ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
153 宿命決戦第3話「秤の宿命者 アルグリーヴラ」
ドラゴンエンパイア
種族 フレイムドラゴン
Illust:mado*pen
「お待たせしましたっ!日替わりAランチになりま~す♪」
「おっ、サンキュ!うっまそうだなぁ♫」
照明の下で会計を終えトレイを受け取った男はデレデレにやけながら、ランチセットを左手に、次の注文分を右腕ですいと持ち上げた。
「あのぉ、CEO?」
お?ヴェルストラは行儀悪くつまみ食いしたフライドポテトを咀嚼しながら振り向いた。
「むぁんだい、キャルティーナ」
ヴェルストラCEOが、大企業ブリッツ・インダストリー全社員の名前と顔を暗記しているという噂はどうやら本当らしい。
「それ全部ご自分で食べられるんですか?」
獣人のサーバーは長いウサ耳を揺らして首を傾げた。
「違うよん。でも心配ありがとな。それと……」
「はい?」
「もう上あがっていいぜ。ご苦労さん」
はーい!お買い上げありがとうございましたー!と元気に答えるなり、ブリッツサーバー キャルティーナが乗る空飛ぶキッチンカーは噴射を始め、空へ舞い上がった。その行方には暗い空を覆う巨大な艦影──ブリッツ・インダストリーが誇る強襲飛翔母艦リューベツァール、ヴェルストラの私用空母──が浮遊している。
ヴェルストラは誰にともなく手を振ると、にやにや笑いながら歩き続けた。
歩き続けた先に、彼は待っていた。
「よお」
ヴェルストラは、右腕の剛腕武装に抱えていた巨大なお持ち帰り保温パックの山をそっと下ろすと、雪原で蹲踞の構えを取る相手に声をかけた。
「まずは腹ごしらえといこうぜ」
「……」
逞しい大柄な竜は伏せていた顔をあげ、ブリッツCEOと目の前に積まれた荷をぎろりと睨んだ。
「どした。何すねてんの、アルグリーヴラ」
沈黙を続ける火竜が座し、まだ温かい食事が供された地面は白く固く凍てついている。
ここは南極大陸。その中部の、地図上は何もない唯の雪原。
季節は夏。極夜の空は昼間でも暗い。
そしてここが今日の決闘場だった。
──この日の早朝。
「新製品のお披露目ですのよ?もっと派手にしませんと」
「って言われてもなぁ」
ヴェルストラは編集室のソファーで腕組みをしている。
向かい合う制御卓には浮遊モニターに囲まれたエルフの美女が、顎に指を当てて軽く首を傾げていた。右の目は翡翠色、左の目は紫色。そのどちらもが鋭い知性の輝きを宿している。
ブリッツパブリシスト フェンリッタ。
ブリッツ・インダストリーの凄腕広報担当。広報部随一を誇る頭脳とセンスの高さは元より、冴えた美貌とスタイルの良さに殺到する撮影モデルのオファーにも、クールに微笑むだけで頑として応じない誇り高きプロフェッショナルである。
「派手よりも、格好いい推しのほうがお客に届くんじゃないか、今回は」
「隊列とか?」
「うーん、もうひと声。こう……ハードラインでマッシブな」
フェンリッタは視線制御と素早いタッチ操作で、見る間に編集素材を組み替えた。演出を抑え、重低音に厚みを増し、効果を加えてレンダリングされた動画がプレビューされる。
「いいね。あと最後にバシッ!と決めが欲しい」
「ですわね」
フェンリッタは最後の2秒分をブランクにして作業を止めた。彼女の次の言葉は謎めいていた。
「では。元素材、お待ちしておりますわよ」
「ったく、ウチの会社は人使い荒いよな。じゃあな、行ってくるぜ」
ブリッツCEOヴェルストラはスポーツドリンクを飲み干し、広報担当に指を振って挨拶すると飛行甲板へと向かった。フェンリッタもまた軽く会釈しただけで作業に集中した。
強襲飛翔母艦リューベツァールはヴェルストラのオフィスであり、居室であり、そして前線基地でもある。
ここもまた仕事場という名の戦場。息の合ったCEOとエース広報の間に、過度な礼儀など不要なのだ。
Illust:藤ちょこ
──再び、地上。南極雪原のど真ん中。暗き正午過ぎ。
「さっさと構えろ」
均衡の番人の異名をとるドラゴンエンパイア帝国のベテラン軍人、アルグリーヴラは兵を叱咤し命じることに向いた強い声でそれだけ言うと立ちあがった。
「今日は貴様を潰しにきた」
ヴェルストラも背は高いが、小山のように聳え立つ火竜を前にすると、対比としてはあくまで人間である。
だが彼はただの人ではなかった。
「見たぜ、果たし状。『世界の均衡を乱す元凶に我が怒りの鉄槌を下すべく。一対一の決闘を申し込む』?それにしてもまぁ、カッとなったら天誅だ、鉄槌だのと騎士とか戦士ってのはさぁ」
ぼやくヴェルストラの脳裏に浮かんでいるのはケテルサンクチュアリ防衛省長官の顔だろうか。
「読んで字の如くだ。受ける気になったから貴様もこの地にやって来たのだろう」
「いいや。オレはお前とメシを食いに来たんだ」
「こんな雪原の真ん中でか。バカを言うな!」
「バカじゃない。親友と一緒にメシを食うのがオレにとっては何より大事なんだ。知ってるだろう」
「知らん!いいから片付けろ!話しにもならん」
「なーんだ、せっかくデリバリーしたんだぜ。どうしても要らない?そうか……もったいないなぁ」
ヴェルストラの右腕が指を鳴らすと、彼のトレイと保温パックの山が光の粒と化して消えた。
ヴェルストラの剛腕武装の転送能力だ。
運命者リィエル゠アモルタがもたらした“卵”に基づいて、ブリッツ運命力導入プロジェクトチームが生み出した一大傑作であり、その開発と維持に湯水の如く莫大な資金が注ぎ込まれている金食い虫でもある。この一転送でロケット打ち上げ一回分くらいのエネルギーと費用がかかった事だろう。
食事の片付けくらい、内火艇を呼べば良いではないか。カッコつけたいだけではないのか。こんな手品みたいな些末事に運命力科学の粋を使われるブリッツ社員の嘆きが偲ばれる、実にアホらしい浪費っぷりだった。
「けど、お前が来るという予知と果たし状まで届いて、正直オレは詰んだと思ったね」
「よい覚悟だ。せめて苦しまずに終わらせてやろう」
「いや、そうじゃなくて」
ヴェルストラは左手をひらひら振ってヘラヘラ笑った。
「急すぎるだろ。たまにしか会えないんだから、目一杯ご馳走したいじゃん。竜の好物そろえてさ」
「……」
ヴェルストラの饗応と言えばつとに有名である。
本社であれリューベツァールであれ、もてなされる側の好みや状況に合わせた最高の料理が提供可能なのだ。
それは龍樹侵攻の際、CEO首ったけの追っかけ対象である焔の巫女リノと希望の精霊トリクスタを出撃前に安らがせ(心身の回復のために厳選された料理だったそうである)、つい先日はダークステイツの友人を歓待した無限豪華フルコースの酒宴の果てに、美味いけどもうこれ以上食えないと荒くれ傭兵たちに白旗をあげさせた艦内レストラン『The Great WERSTRA』に刻まれる五つ星の実力と、入念に手配した主ヴェルストラの心づくしである。
「でもあのバーガーセットも社員に超人気で絶品なんだぜ。とりあえず上に飛ばしておいたから後で一緒に食おうな」
「貴様、真剣にやれ!!!」
怒号が雪原を揺るがせた。その音圧だけで地面から粉雪が霧のように噴き上がる。
おー恐、と耳を塞いだヴェルストラが肩をすくめる。
「わかった!わかったから何で怒ってるのか教えてよん、アルグリーヴラ」
口調は戯けているが、ヴェルストラの目は笑っていない。
なにしろ相手は屈強なドラゴンエンパイア帝国軍の中にあってさえ精鋭中の精鋭と恐れられる古参兵であり司令官なのだ。気がつけばオレはもう死んでいたという事も大いにあり得る。
「オレとお前の仲じゃん」
「仲だから言っているのだ!貴様、意図して世界の運命力の均衡を乱しただろう!」
あー、とヴェルストラは機械と生身の手を打ち合わせて納得した風になった。
「リィエルのこと?あれは仕方ないよ。だって、未来から来たお姫様に頼られちゃったんだもん。成功しても失敗しても消滅覚悟の大恋愛なんて、こんなの全力で手助けしなきゃ男がすたるってもんだろ」
「ふざけるなッ!世界の均衡の前では些末時にすぎぬが、お前の会社や国家すら危うくしたのだぞ?!」
「会社はオレがいなくても大丈夫さ。オレが死んだら即、後に引き継げるようにシステムを設定してある」
それは、かつて外宇宙の監獄で葬空死団の首領ソラ・ピリオドに語った事だった。
「国や世界に悪人呼ばわりされるのは、まぁそれは事実なワケだし。国よりも大事なものがあるのはお前も同じだろ」
ヴェルストラの淡々とした口調はかえって火竜の軍人を怒らせたようだった。
「貴様……あれがどれくらい世界を危うくしたか解って言っているのか!」
「もちろん。言っただろ。オレは善人じゃない」
ヴェルストラは真面目な顔で頷き、そして右腕を掲げて見せた。
「何に替えてもオレはどうしても欲しかったんだよ。これが」
「……それは危険な玩具。貴様には過ぎた力だ。放置すればまた世界を危うくする」
違いない。ヴェルストラはまた肩をすくめた。
「だけど、それもお互い様なんじゃないか」
「何のことだ」
「お前、宿命者だろ」
いきなり凄みを増した標の運命者ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”にズバリと言われて、秤の宿命者アルグリーヴラは唸った。
「どうしてそんな力を受け入れちまったんだよ。それはオレが知ってるお前らしくないぜ、秤の番人」
「……」
ほーら黙り込んじゃった、とヴェルストラは戯けてみせた。だがその目は真剣そのものだ。
「ドラゴンエンパイアの偏屈ベテラン軍人。世界の均衡を守ることに命を懸ける超変わり者」
ヴェルストラは右腕を持ち上げて、ブリッツ・アームズを構えた。
「そして、オレの親友だ」ヴェルストラは続けて誓った。
「目ぇ覚まさせてやる」
「やっとやる気になったか」アルグリーヴラも構えた。
戦闘が始まった。
Illust:竜徹
終日暗い空の下、最初に動いたのはヴェルストラだ。
ドン!
凍った地面が陥没しかねない踏切脚。文字通り弾丸の如く火竜の懐に右腕から突っ込んでゆく。
だが相手は老練な武人だった。
「甘い!」
アルグリーヴラは剛腕武装の拳を避けると流れに逆らわず、そのまま後ろに受け流した。
果たして、投げられた方のヴェルストラはとんでもない勢いのまま雪原を転がり氷土に派手な波紋を残しながら、のたうち回って止まった。
音速を超えようかという突撃をわずかな指先の接点と体捌きだけで投げたのだ。竜の膂力と達人の技が合致した戦闘芸術である。
だが……。
一方のヴェルストラはただの人間。衝突痕の底で突っ伏した彼は果たして大丈夫なのか?
「あー。痛てぇなぁ」
むくりとブリッツ・インダストリーCEOは起き上がった。
「極めたと思ったが」
「だ・か・ら、これが欲しかったんだよん。剛腕武装、無敵無敵ぃ!リノちゃんにこの勇姿を魅せ、あんたやユース君みたいな……ってオイ!」
──!
皆まで言わせず、標的を捕捉したアルグリーヴラのレーザー砲が発射された。そして直撃は、
「危ねぇだろ!」
辛うじて避けたようだ。怒声は空から聞こえた。
「戦闘中に無駄口を叩くからだ。ひと度戦場に立てば叩くべきは敵のみ!」
また斉射。さらに照射モードで薙ぎ払わんとする。
ヴェルストラは右腕を軸にして錐もみして、射線をすべて回避した。
「好きな女にいいトコ見せたいのが罪かよ!」
「俺が潰すのは世界に害なす貴様の野望だ!現にお前はその望み通り、人間でありながらこの俺と互角に戦えるではないか、運命者よ」
「そーんなこと言ってさ。宿命者になるって事はお前にもあるんだろ、おっきな望みが!」
「そうだ!この世界から失われつつあるものだ!それこそが均衡、《在るべき未来》だ!」
アルグリーヴラはここで初めて腰の翼を展開させ、上空のヴェルストラに向かって飛んだ。
ギィィン!!
迎えうつヴェルストラのブリッツ・アームズと、アルグリーヴラの肩の刃が噛み合った。
刃といっても、その見かけは両肩の砲身を支える銃架でしかないはずなのだが、近接戦闘モードとして支柱が鋭い“銃剣”の様に変化して敵を切り裂く。これもブリッツ・インダストリー製品の特色のひとつ「余計な機能が必ず付いてくる」一環なのだろう。このカタログには記載されていない“隠しアイテム”も、ベテラン戦士アルグリーヴラは当たり前のように使いこなしている。
2人はそのまま鍔迫り合いに移った。
「《在るべき未来》ね。で、お前にとってこのオレは均衡を乱す者ってワケか」
「破壊者そのものだろう、貴様は」
「さっきのレーザー。その肩の」
「なんだと?!」
「初撃からの照準補正がまだ甘いんだよな。即応性にも少し課題があるようだ。開発部にリクエスト入れとく。納品は火急速やかに」
にやっとヴェルストラはビジネスマンの顔で笑った。
「……」
「なぁもう十分だろう。オレの会社が作る武器を安心して任せられるヤツなんて、この惑星には一人しかいない」
「貴様……」
アルグリーヴラの竜の目が炎と燃えた。
「オレたちは表と裏。天秤を乱す者と均衡を整える者とのコンビネーションだ。オレは運命にお前は宿命に選ばれた。つまりどっちが欠けてもダメだって事なんだぜ、きっと」
「無駄口をやめない所を見ると貴様、まだ本気ではないな……戦え!全存在を懸けて俺を倒しにこい!」
「いやだ。親友に向ける拳なんてオレにはないぜ」
そういえば、あの狙いも怪しい最初の猛タックルを除けば、まだヴェルストラは一度もアルグリーヴラを攻撃していない。だが武人にはこの言葉が逆効果だったようだ。
「ならば討つまで!容赦などせぬ!」
ヴェルストラを突き放すと、件のレーザー砲をショットガンモードで放つ。
「ぐあっ!」
至近距離から網目状に照射されたレーザーを浴びたヴェルストラは、剛腕武装が展開したバリアでは衝撃を吸収しきれなかったのか、苦鳴をあげて落下した。
「止め!宿命転換、ブリッツキャノン!」
アルグリーヴラはレーザー砲と刃を前面に押し立て、風を捲いてヴェルストラに迫った。
落ちる人間、追う火竜。
勝敗はすでに見えた。
斉射と刃でヴェルストラの身体は破壊され、宿命者は地にそそり立ち凱歌を揚げるであろう。
次の瞬間──。
Illust:西木あれく
一時離脱!
ヴェルストラが叫ぶと、アルグリーヴラの刃と銃口の先で、ヴェルストラの姿は光の粒となって消滅した。
「何ッ?!」
宇宙空間。惑星クレイ衛星軌道上。
エネルギーを充填させる極大衛星兵器オイリアンテの反射板に、いきなりヴェルストラの姿が現れた。
そのままこちらに向かってウインクするCEO。
カメラの位置を正確に把握している。
その時、リューベツァールの貨物待機室ではキャルティーナがモニター画面に向かって手を振り、艦橋で事の成り行きを見つめていた秘書ペルフェがひと言つぶやいた。
「勝ったわね」
『CEO権限発動!』
全艦にヴェルストラの叫びが轟いた。
目標を見失って着地した時、真っ先に真上を見上げたのは、アルグリーヴラが無数の危地と死線を越えてきた本物の戦士であることの証明だった。
だが、今回の敵はあまりにも強大だった。
『食らえ、運命転換砲!』
アルグリーヴラはヴェルストラの叫びを聞いただろうか。
『極大衛星兵器オイリアンテ!!』
眩しい光の中、均衡の番人は自らを目指してまっすぐに拳を突き出してくる彼の親友の姿を見た。
──!!!!
天から降り注ぐ衝撃波に凍った地面は落ちくぼみ、土砂が爆発的に噴き上がり、光と轟音が南極大陸を揺るがせた。
この攻撃による振動は、はるか離れたブラントゲートの各ドーム都市でも地震として観測された。
アルグリーヴラは大地に身を横たえ、暗い空を見上げていた。
「おーい、起きてるんだろ」
呑気な声がかかった。すぐ近くで同じように大の字に寝そべっているヴェルストラである。
「当たり前だ。戦場では例えひと時でも完全に気を失ったりはしない。そうならそいつは既に死人なのだ」
「嘘だぁ。オレも今気がついた所だぜ」
ヴェルストラは剛腕武装を杖に起き上がった。
「気ぃ済んだか」
「宿命者として負けても、貴様が危険なヤツだという評価は揺るがない」
「だろうね。まぁもう怒ってないならそれだけでいいさ」
にやりと笑うヴェルストラが差し伸べた手を支えにアルグリーヴラも起き上がった。剛腕武装のおかげなのか、巨大な火竜に引っ張られてもヴェルストラの姿勢は乱れない。
「この次は倒す。貴様が暴走の兆しを見せた、その時には」とアルグリーヴラ。
いやいやいやとヴェルストラはへらへら笑ってひらひら手を振った。
「ケンカはこの一度っきりにしよう。オレの身が持たない。……っと、こっちだ。アルグリーヴラ」
ヴェルストラは友に身をかがませると、クレーターの片隅を指した。
「なんだ?」「カメラだよ。一緒に落ちてきたんだ。……ほらポーズ決めて」「……貴様というヤツは」
シャッター音。肩を組んだ人間と竜は見事画角に収まったようだ。
「それとこれな」
ヴェルストラがまた指を鳴らすとほかほかに保温されていたAランチバーガーセット一つと山のような同セットが現れた。
「オレたちはここで遅い昼メシにしようぜ。どうせお前はこう言うんだろうから。『レストランなどで……』」
「レストランなどで食っている暇などない。戦場では糧食こそが至上の食事だ」
「ま、ドラゴンエンパイアの糧食には敵わないかもしれませんが、ご賞味いただければ幸い」
ヴェルストラは大袈裟にお辞儀をしてから、バーガーにかぶりついた。
「さぁ食え食え、秤の番人」
アルグリーヴラは竜サイズの保温パックを鍛えられた五指で器用に開けると、同じくかぶりついた。
「うまいだろ?」とヴェルストラ。
「まずい!」とアルグリーヴラ。
「要らないの?じゃあ腹減ったからオレが……」
「貴様には一つもやらん。戦場での食べ物確保は初歩の初歩だ」
極夜の空の下、親友同士の宴は続いた。
リューベツァール編集室。
モニターにはヴェルストラが飛び立つ空撮画像、宇宙空間でウインクする画像、そして主より先に着地していたカメラによるヴェルストラが殴り終えた残心の画像が映し出されていた。
最後の素材は、よく見ると倒されたアルグリーヴラがフレームから外されており、決めポーズの後、力尽きて地面に崩れ落ちたヴェルストラの動画もまた削られている。リクエスト通りの格好いい推しである。
レンダリング。
フェンリッタはブリッツ・インダストリー新CMの最後の2秒を埋めると、プレビューして頷いた。
「ハードラインでマッシブ、最後にバシッ!と決めですわね。ヴェルストラ」
凄腕広報のエルフは普段CEOには絶対見せない笑顔を浮かべると、完成品をサーバーにアップロードしてセールス担当のアスティル達に共有すると、同僚がレストランで開いている勝利の宴に参加すべく席を立った。
了
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《今回の一口用語メモ》
アルグリーヴラ──秤の旗の下に
「均衡の番人」の異名を持つフレイムドラゴン、アルグリーヴラに率いられる竜の部隊は“秤”をモットーとして、また実際に軍旗のモチーフとしても採用している。
これは彼、アルグリーヴラが宿命者となる前からの事で、宿命者に任じた何者かが参考にしたかどうかは不明だが、元々《均衡》の守護者を自任するアルグリーヴラにとってその象徴である“秤”を掲げて戦うこと、宿命者としても同じく“秤”を名乗ることは必然だったのだろう。
アルグリーヴラ遊撃隊はドラゴンエンパイア帝国軍の正規部隊でありながら、独自に行動することが認められている異色の存在である。
それは均衡の番人アルグリーヴラが、ドラゴンエンパイア帝国軍人でありながら、その至上目標を「世界の均衡を護る」ことに置いており、かつその献身的な働きによって竜皇帝から篤い信頼を寄せられているからだ。
つまり、世界のために身を賭して働く剛直なベテラン軍人竜がドラゴンエンパイア帝国のためにならない事をする訳がないという事だ。実際、この理由を提示されてなおアルグリーヴラと配下の竜の独自行動を咎められる高官も高位軍人もいないとされる。
そのため、世界の均衡のために戦う秤の旗の竜兵「アルグリーヴラ遊撃隊」の名は、世界の均衡を揺るがそうと企む者や力を暴走させる者ないしはその危険を侵す者にとって、畏怖の対象であり、その“均衡の調整”を恐れるあまりアルグリーヴラが出動したという噂が流れただけで、ドラゴンエンパイアだけでなくそれが「正義」を名乗るものであれ「悪」そのものであれ、均衡を乱すような軍事作戦や犯罪計画の動きが鈍り鎮静化するという統計もあがっている。
アルグリーヴラ隊のもう一つの特徴は武装だ。
アルグリーヴラは天輪聖紀となってから、自国ではなく南極圏にあるブラントゲート国の工業会社ブリッツ・インダストリー社製の武器を自らと部隊の装備として制式採用している。
これもまた軍事大国ドラゴンエンパイアの、しかも正規兵の仕様としては異例である。
しかしアルグリーヴラ遊撃隊の攻撃力は練度の高さ、優れた司令官の指揮による所も大きく、他の部隊からあがる不満の声や雑音を、模擬演習で圧勝することでかき消している。
なおドラゴンエンパイアのベテラン軍人アルグリーヴラと、ブラントゲートの工業会社CEO、種族も年齢も職業も違う2人がどのようなきっかけで知り合い、互いを認め合うことになったかは公になっていない。
ただこの2人について言うならば、多少の無理などは、その目的の正当さを掲げ、実力と結果で黙らせてしまうという点で同じであり、周囲が称賛する側と歯がみして見守るしかない側に分かれることでも一致している。つまりは似たもの同士ということなのかもしれない。
「均衡の番人」アルグリーヴラと遊撃隊については
→ライドライン解説/黒崎キョウマ
を参照のこと。
標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”については
→ユニットストーリー131「標の運命者ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”」
ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」
を参照のこと。
なお剛腕武装により、ヴェルストラが短時間なら宇宙にも耐えられることについては
→ユニットストーリー141「奇跡の運命者 レザエル III《零の虚》」
に記述がある。
同・剛腕武装の開発着手、『ブリッツ運命力導入プロジェクトチーム』結成の経緯については
→ユニットストーリー124 「ブリッツチーフメカニック バートン」
を参照のこと。
ヴェルストラとソラ・ピリオドによる銀河中央監獄ギャラクトラズ潜入捜査については
→ユニットストーリー110「宇宙監獄長 ジェイラス」本編と《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ヴェルストラの秘書ペルフェについては
→ユニットストーリー073「ブリッツセクレタリー ペルフェ」を参照のこと。
強襲飛翔母艦リューベツァールと飛行甲板展望ラウンジレストラン『The Great WERSTRA』については
→ユニットストーリー091「業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス」本編と《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡