ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
155 宿命決戦第5話「至高の宿命者 リシアフェール」
リリカルモナステリオ
種族 ワービースト
壁も棚も天井も、夜明けの光が差し込む寮部屋は彼女の偶像の姿で埋まっていた。
それはリリカルモナステリオの全生徒、教諭、職員そして市民の尊敬を集めている導きの塔の主。
万化の運命者。
そして(ゴゴゴ……と、その名を唱える度に彼女のボルテージは最高潮となる)、
「私のクリスレイン様ーっ!」
少女は胸の前で手を組み合わせて絶叫した。
「にゃーっ!うるさーいっ!」
怒声とともに飛んできた枕が、猫っ毛ツインテールの金髪にぼふっと当たった。
「もう何時だと思ってるのよっ、リシアフェール!」
「ごめーん……」
まったくもう!ネコ系獣人あの輝きをもう一度 エルベリーナはぷんぷん怒りながら枕を回収し、ベッドに潜り込んだ。
枕元の時計を見る。
明け方の5時……。ひどい。いくらなんでもあんまりだ。あたし達が夜行性だからって、寮友だからって、この娘がド天然のお人好しだからって、我慢にも限界ってものがある。しかも今日は大事な日だよ?たっぷり眠っておきたかったのに。そもそもなんで、わたしのベッドにまでクリスレイン様グッズが浸食してるの!あたししかコイツの凄さを理解できないし、コイツがライバルとしてテッペン見せてくれなければあたしは本気で輝けないと分かっていなければ、絶・対・いますぐに部屋からおん出してやるのに!」
「あぁ、クリスレイン様……」
うっとりと呟くリシアフェールにエルベリーナは今度は無言で枕を投げた。にゃあと寮友の悲鳴が聞こえる。
「あんたもひと寝しときなさい。最終審査、終わりまで持たないよっ!」
はーいと答えたリシアフェールは、SDクリスレイン様ぬいぐるみを抱きしめてベッドに丸くなった。
でも眠れない。眠れるわけがない。
今日こそ!今日こそ会うんだ、あの人に!そして……。
だんだんと白んでくる空の下、空飛ぶクジラの上に建つ学生寮の一室で、少女の猫目はいま爛々と燃えあがっていた。
Illust:NOMISAKI
『ザ・ビースト』。
それはアイドル学園リリカルモナステリオで製作が発表されている、獣人を主人公とするミュージカルである。
今日、その主役を決める最終オーディションが開かれる。
その話題で学園と市内はもちきりだった。
惑星クレイ世界のあちこちからアイドルを夢見、そしてその夢をかなえるために若者が集うリリカルモナステリオは、アイドル学校、養成所、芸能事務所、そしてワークショップと様々な顔を持つ。
それらに一貫している思想は、かつて(すべてのものが停滞と絶望に打ちひしがれていた時代である)無神紀になお希望をもって明るい未来を見つめることを説いた旧ズー国の大賢者ストイケイアのもの。つまりアイドルとしてデビューし花咲かせるまで、さらにデビューし喝采を浴びながらも果てしない自己鍛練の道が続くアイドルを支え、励まし、力づけるというものである。
そして今回の『ザ・ビースト』オーディションにはもう一つ、参加者の目の色を変えさせる勝利特典があった。ある人物が列席するという噂である。
しかしそんな回りくどい前提や説明よりも、今は──
観衆の盛り上がりも最高潮を迎えているステージを覗いてみることにしよう。
リリカルモナステリオ賢者の塔、メインステージ。
最後の試技、ダンスセクションが終わった。
暗転。
歓声。客席で色とりどりの光が揺れる。このオーディションの観客にはペンライトの持ち込みは禁止されていないのだ。
「最終選考メンバーは5人」ナレーターの声が反響する。
バ・バ・バ・バ・バッ!
スポットライトが5つ。
ふわふわ茶毛のルーセントスイート ミリス。
ショートカット縞毛のクーレストグランス ヴィレア。
長い黒髪を靡かせたマチュアルアーズ ルティカ。
髪もドレスも眩しい水色でコーディネートされた、あの輝きをもう一度 エルベリーナ。
そして金髪ツインテールのリシアフェールがそれぞれ光束の下でびしっとポーズを決める。
Illust:村上ゆいち
Illust:とくまろ
Illust:はらけんし
「優勝者の発表は、我らがリリカルモナステリオ導きの塔の主……」
司会のナレーションに観客は一瞬、静まりかえり、その後に悲鳴に似た叫びが爆発した。
「えっ?クリスレイン様!?」「噂は本当だったんだ……」「嘘?!」「きゃー!」「クリスレイン様ぁーっ!!!」
クリスレインの存在は、ここリリカルモナステリオではまったく別格の重みを持つ。
彼女の名は永遠のアイドルとして芸能に携わる全ての者の心に刻まれ、伝説となっているパフォーマンスの数々は、たとえばこの客席を埋める観客であるリリカルモナステリオの生徒たちにとっては、お手本というにも恐れ多い、もはや聖典となっているほどである。
「今回のオーディションの特別審査委員長、万化の運命者クリスレイン様からいただきます!」
ナレーターの声も心なしか上ずっているようだ。
それもそのはず。
注目度が高いとはいえ本来、一オーディションの審査を依頼できるような人物ではないのだ。
ひときわ大きく眩しいスポットライトが審査員席に当てられると、歓声はさらに大きいものとなった。
彼女が立ちあがり、ステージへと上がる。
ただそれだけの事なのに、まるで優雅な舞を見たかのように、観客の多くの者が感激の涙を流しながら拍手で迎えた。
クリスレインが杖を構えた。
その先端は、リリカルモナステリオの皆がよく知っているようにマイクになっている。
「すべての参加者に称賛を。主役の獣人をめぐり、全力でチャレンジする姿に心打たれました。そして多数参加の予備審査から歌唱、演技、ダンスの各セクションを勝ち抜いたファイナリスト、彼女たちは皆、王冠を戴くのにふさわしい。5人に拍手を!」
歓声!拍手!そして感激!
ファイナリストは皆、一様に居住まいを正し、弾ける笑顔で審査委員長に一礼した。特に一名のお辞儀は彼女の金髪が地に着くくらいに深い。
「では謹んで発表させていただきます。全ての種族、全ての民に」
“全ての種族、全ての民に”とは、リリカルモナステリオが芸術と愛の力で世界に運ぶ平和の理念の前には、生まれも種族も性別も年齢も関係ない、ということを示す言葉であり、特に大賢者ストイケイアから直に教えを受けたというクリスレインの口から出るとそれは文字通り金言の重みを持つ。
「優勝者は……」
ドラムロールは、獣人にふさわしく野性味たっぷりのビートを刻んでいた。
「リシアフェール!おめでとう!」
金髪ツインテールの愛されネコ系アイドル、リシアフェールはぴょーんと自分の背丈よりも高く跳び上がると、喜びを爆発させた。3人のライバルも、暴れる彼女とそれを抑えるエルベリーナを苦笑しながら見守っている。
「リシアフェール!あなたが主役です。さぁ!クリスレイン様の前に!」
ナレーターに代わって飛んだ強い声の指示は、リリカルモナステリオが誇る鬼教師の誰かだろう。
エルベリーナが慌てて寮友である勝者の身支度を調えてやると(あまりのはしゃぎっぷりにドレスも髪もくしゃくしゃだったのだ)、恐れ多くも表彰台の前に端然と立つ、クリスレイン様の元に引き立てた。
「おめでとう。リシアフェール。選ばれし獣人(ワービースト)スーパーアイドルにふさわしい素晴らしいパフォーマンスでしたね」
獣人の冠が導きの塔の主の手で、少女の頭に載せられようとした、その瞬間──。
「待ってください、クリスレイン様!」
凜とした声と顔でリシアフェールが叫んだ。隣のエルベリーナがぎょっとして止めようとするが間に合わなかった。
会場──リリカルモナステリオ最大の賢者の塔ホール──は水を打ったように静まりかえった。
それは今までの彼女とは違う、まるで何かの強迫観念に囚われているかのような凄みを帯びた表情と声だった。
「私はあなたに、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるんだ!」
Illust:ひと和
幸か不幸か。ファイナリストのヘッドマイクは活きていたので、リシアフェールの声は会場全体に鳴り響いた。
クリスレインは冠をプレゼンテーショントレイに戻すと、優勝者に向き直った。
予定を乱されてもまったく動じない。気品と威厳に溢れた動作だった。そして杖のマイクを取ると、
「聞きましょう、リシアフェール」
対する獣人の少女も物怖じしないという点では負けていなかった。
「ありがとうございます!ここでこうしてお会いできるのを私、ずっと夢見ていました。おかしくなるほど何度も」
会場がどよめき、舞台袖の警備員が動きかけるのを、クリスレインは小さく手を上げるだけで制した。
「そう。それで伝えたいこととは何かしら、私に?」
公式に明示されてはいなくても誰もがリリカルモナステリオの頂点に位置すると認めるクリスレインの言葉に、リシアフェールはぞくぞくっと身を震わせた。武者震いであろう。
「私はあなたに挑戦する!我が『至高』の名において!」
前代未聞の出来事に、今度こそ会場はパニックとなった。
リシアフェールは確かに図抜けた優勝候補ではあったけれど、他人を押しのけるよりも愛され系であり、リリカルモナステリオの生徒としてはどちらかというと穏やかな人格だったからだ。クリスレインを理想のアイドルとして心酔し崇拝することはあっても、こんな猛烈な闘魂に燃える獣人ではなかったはずだ。
後で聞けば、教授たちのうち繊細な者はここで卒倒したという。気の毒な話である。
そして混乱は次のクリスレインの返答でさらに激しくなった。
「よろしい。では、あなたが宿命者なのね。リシアフェール」
「そう!あなたを倒し、一人ステージに立つ!頂点!真の至高!それが私!至高の宿命者リシアフェール!愛しい!あなたを!飲み込んで!私、勝つ!万化の運命者クリスレイン様!」
リシアフェールの言葉の一つ一つが炎を吐くような魂のビートを刻んでいた。これが宿命者のパワーなのか。
静粛に!と呼びかけるナレーションと飛び交う怒号、立ちすくむファイナリストの獣人たちの真ん中で2人は見つめ合った。
森の深い泉のように透き通って穏やかな、しかし侵しがたい威厳を湛えるクリスレイン。
一方のリシアフェールは狩りを前に高揚する獣そのものだ。
「何で決めましょうか」とクリスレイン。
「ラップバトルで!」
「よろしい。始めましょう」
周囲が止める間もあればこそ──
Yeah! Yeah!
リシアフェールが指を鳴らすと用意されたビートが流れ、照明もムーブし始めた。
Yo! Yo!
先攻、バースはリシアフェールから始まった。
「リリカル!モナステリオ!獣!挑む主役。待ちに待った接触、もらう称号、覆す均衡、私・至高。狙う頂点、クリスレイン、あなた蹴落とす!」
指差すリシアフェールに、クリスレインは杖マイクを優雅に振って返答。
「競う運命、それは宿命、誰が仕組んだの?それはあなたの本音?気持ち?満足?目を覚ましなさい今すぐに!」
リシアフェールは笑顔で指を振った。
「NoNoNo!これが私、本当の私、あなたにずっと!長く!憧れ!渇望し!ぶっ倒して!そして私のモノにする!」
いつしか観客もスタッフも息を呑んでこのラップバトルを見つめている。
クリスレインの目が厳しくなった。
「それはひどい!私は挫けない!NoNoNo!このままじゃ急落、故に保護する、だってこんなに戦えるんだもの、お友達になれるでしょう」
美しい抑揚で歌われた最後の一節は世界最高レベルの学園の長としては明らかに俗語的な表現だったが、相手にはこれが一番響いたようだった。金髪ツインテールの獣人がよろめいた。
そして止めの言葉。
「リシアフェール。あなたが愛しいわ、とても、そんなあなたが」
「お友達に……?」
リシアフェールはガクリと膝を落とした。地面に倒れこむ寸前、クリスレインの手が支え、彼女を胸に抱いた。
ビートがフェードアウトしていった。
バトルは終わった。
「ミュゼット!ドクターを。ティファイン!水晶玉の運命者チャンネルに緊急通信。ユルシュール?」「はぁい?」
リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレインは、近習の人魚たちに次々指示を飛ばし、最後におっとり屋のユルシュールに目を止めるとこう言った。
「私とこの挑戦者にお水をもらえるかしら。存分にバトルしてこれできっと目が覚めるはず。本来のリシアフェールにね」
そして彼女の胸の中でぐっすり眠っているリシアフェールの頭に冠を授け、微笑んで、こう言った。
「あなたの熱いビート、確かに受け取ったわ。至高を志す、私の若き楽友」
それは、本人が聞いていたなら喜びの余りまた気絶したであろう、最高のご褒美だった。
Illust:Oli
──ケテルサンクチュアリ、天空の浮島ケテルギア。
「やぁ、我が友バスティオン。遅れて申し訳ない」
防衛省大会議室の扉が音もなく開くと、長い杖をついたリグレイン号船長が現れた。今は2足である。
「その呼び名はそろそろ止めて欲しいものだ。ゾルガ船長」
防衛省長官は掛けた椅子から微動だにしなかった。礼節を重んじるこの男としては珍しい客人の迎え方だった。
「なぜ?オールデンに直接会えばと勧められたから、アルビオン港からこうして訪ねてきたのに。それともまた机の下から拝顔したほうがよろしかったかな」
「レザエルのリモート診察を受けたな。腰はいいのか」
バスティオンの声音は冷徹だったが、それでも先日のケテルサンクチュアリ海軍との激戦は、かつてその腰から下を失ったゾルガには負担だったのではないかと──オールデンからの報告とゾルガが歩く様子から──見抜いている辺り、ケテル一の剣士としての眼の鋭さに翳りはない。
「心配してくれてありがとう。おかげで首もつながって酒も飲めてる。つまりは問題ないってことさ」
禁忌の運命者ゾルガ・ネイダールはにやりと笑って、友である万民の剣バスティオン・アコードの元へと近づいた。
「ふーん、地球儀ねぇ」
ゾルガは(不躾にも)バスティオンの側のテーブルに直接どさりと腰を下ろした。こちらは元々、礼儀に頓着などしない。
「オラクルの分析が出た。今、複数の外部のエージェントに依頼して、調査をさせている」
「そして僕も外部のアドバイザーだ。ケテルサンクチュアリの開放政策も拍車がかかってきたかな。君のおかげで」
ゾルガは少年の顔でバスティオンに微笑みかけた。
「……。来て欲しいと頼んだ覚えはない」
「でも海戦までぶち上げておいて逮捕も投獄もしなかっただろう。嬉しいよ。またこうして二人きりで会えて」
確かに、ケテルサンクチュアリの一大政府機関の大会議室にも関わらず、今は人払いがされ、広大な部屋には椅子とテーブルに隣り合って座る長官と幽霊船の船長しかいなかった。
「私は遠ざけたかった。だが、オールデンが貴様を評価したのだ」
「彼とは一晩飲み明かしたからね。ラム酒と副長の大盤振る舞いが気に入ったのでは?」
「油断ならぬ野心家として、禁忌の運命者をより警戒すべきだと。今は手元において、一瞬たりとも目を離すなとも」
「……」
「おまえは零の虚を運命力のスイングバイとして利用を企み、宿命決戦つまりオールデンのような宿命者の出現を、運命大戦と対を成す運命力の揺り戻しと看破して、再びナイトミスト復活のための踏み台にしようとした。あの海戦さえも貴様にとっては、オールデンを追い詰めることで彼の真の力を引き出すための茶番だった」
「ほう、実に面白い推測だ。あのオールデン君がね」
「私の推理だ。そして今の答えでやはり的を射ていたと分かった」
ゾルガは魔物のような左手で、やったなと友である天上騎士を指さした。
「ふ、ケテルサンクチュアリ防衛省長官ともあろう人がずいぶんな搦手を使いましたな。それで?宿命決戦でさえ己が野望に利用とする大悪人は投獄して幽閉する?」
「いいや、逆だ。その執念と執着、悪意に満ちたずる賢さをとことん利用させてもらう。我々に協力しろ。拒否は認めない」
ゾルガは机にのけぞり愉快そうに笑った。これもバスティオンと2人の時にだけ見せる親し気な姿勢だった。
「毒をもって毒を制すか。いいよ。今回は僕の負けだ。何が掴めなくて何が知りたいんだい、バスティオン」
「ケテルエンジンとワイズキューブは、同じある一つの点の存在を示している」
低く呟くバスティオンはまだ仮面を上げず、顔からも声からもその表情は読めなかった。
「震源地だよねぇ。だけど誰もそれを特定できない」
ゾルガは人間の右手で地球儀を回した。
「予言と予知をも拒む壁とは何か」
地球儀は回っている。
「友よ。僕はその答えの一つを知っている。僕の野望を拒むもの……」
ゾルガは指先を伸ばした。
「それは《時》だ」
尖った幽霊の爪がかつて闇の国だった場所、今はブラントゲート北部にある一点を指した。
ギアクロニクル第99号遺構。
2人はその場所の名前を、よく知っていた。
※注.地球儀とはクレイの惑星球体図のことを指す。ラップバトルは惑星クレイ標準語に似た日本語と英語に変換している。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの祭とコンテスト、オーディション
リリカルモナステリオは、世界中からアイドルを目指す人材が集まる養成所であり、芸能に限らず広く学問や技術を学ぶ学園であり、デビュー前後のアイドルが在籍する芸能事務所であり、そして現役アイドルが芸を磨くワークショップでもある。
空飛ぶクジラの背中の上に建てられた都市にあるリリカルモナステリオ学園は、熱帯から極寒の極地まで世界中を旅しているために、カレンダーから擬似的に「季節」を決めている。
そこで年中行事として重要になってくるのが「祭」と「試験」、「競技会」だ。
季節の祭りはこれまでにも紹介され、よく知られているものがある。
新年祭から始まり、春の聖卵祭、夏の星灯祭、秋の万闇節。他にも、学生の間で小規模あるいは自発的に祝われているものとしては「チョコレート祭り」などもある。
試験については各科の小テストに加えて「進級試験」があり、これは季節の風物詩というよりも全ての生徒に恐れられる悪夢の到来という感がある。
さて、今回本編でも取り上げられた競技会について。
リリカルモナステリオは前述の通り、入学したての研修生、デビュー前、デビュー後、そしてベテランと様々な段階のアイドルがいる。
学園は主に、向上心と意欲を高めるために学内で競い合うことを奨励し、その機会を設けている。
そのためリリカルモナステリオでは試験や祭りよりもはるかに多い数の、大小様々なコンテストやオーディションが開かれている。
コンテストとオーディションとの違いは、コンテストが技能やパフォーマンスを競う(歌唱などの課題が与えられる)のに対して、オーディションは公演や配役(演劇の場合)をめぐって参加者を見定めることにある。
今回の『ザ・ビースト』は主役となる獣人を選抜するためのオーディションであり、リリカルモナステリオから広く募集されているものの、競争率は高く、いま注目のアイドル5人が最終選考まで残ることになった。
結果として今回の第一回『ザ・ビースト』は、勝ち上がった獣人至高の宿命者リシアフェールと、同オーディションの特別審査委員長を務めた万化の運命者クリスレインによる番外戦も大いに盛り上がり、本人同士と観客は元より、主催も満足できる結果となった。
また導きの塔の主クリスレインが久々に表舞台に立ち、ハプニング的な成り行きとはいえ腕比べに参加したことのインパクトは大きく、学園内の競争がより活発化することも期待されている。
リリカルモナステリオについては
→世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館009「リリカルモナステリオ」を参照のこと。
万化の運命者 クリスレインと近習の人魚たちについては
→ユニットストーリー130運命大戦第5話「万化の運命者 クリスレイン」を参照のこと。
リリカルモナステリオのオーディションについては
→クレイ群雄譚
第2章3話 激闘クラスオーディション!前編
第2章4話 激闘クラスオーディション!後編
を参照のこと。
聖卵祭については
→ユニットストーリー096「聖卵祭実行委員長 クラリッサ」を参照のこと。
星灯祭については
→ユニットストーリー149 クレイ群雄譚 アナザーストーリー「Absolute Zero サジッタ」を参照のこと。
万闇節については
→ユニットストーリー119「LèVre SœurS シャルモート」
ユニットストーリー120「Tr!ple×Tr!ck フェネル」
ユニットストーリー121「縛眼の麗蛇姫 シアナ」
を参照のこと。
チョコレート祭りについては
→ユニットストーリー044「澄み渡る雪夜 ベレトア」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ海軍東部軍と空飛ぶ幽霊船リグレイン号による、アルビオン沖海戦については
→ユニットストーリー154宿命決戦篇第4話「守護の宿命者 オールデン」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
それはリリカルモナステリオの全生徒、教諭、職員そして市民の尊敬を集めている導きの塔の主。
万化の運命者。
そして(ゴゴゴ……と、その名を唱える度に彼女のボルテージは最高潮となる)、
「私のクリスレイン様ーっ!」
少女は胸の前で手を組み合わせて絶叫した。
「にゃーっ!うるさーいっ!」
怒声とともに飛んできた枕が、猫っ毛ツインテールの金髪にぼふっと当たった。
「もう何時だと思ってるのよっ、リシアフェール!」
「ごめーん……」
まったくもう!ネコ系獣人あの輝きをもう一度 エルベリーナはぷんぷん怒りながら枕を回収し、ベッドに潜り込んだ。
枕元の時計を見る。
明け方の5時……。ひどい。いくらなんでもあんまりだ。あたし達が夜行性だからって、寮友だからって、この娘がド天然のお人好しだからって、我慢にも限界ってものがある。しかも今日は大事な日だよ?たっぷり眠っておきたかったのに。そもそもなんで、わたしのベッドにまでクリスレイン様グッズが浸食してるの!あたししかコイツの凄さを理解できないし、コイツがライバルとしてテッペン見せてくれなければあたしは本気で輝けないと分かっていなければ、絶・対・いますぐに部屋からおん出してやるのに!」
「あぁ、クリスレイン様……」
うっとりと呟くリシアフェールにエルベリーナは今度は無言で枕を投げた。にゃあと寮友の悲鳴が聞こえる。
「あんたもひと寝しときなさい。最終審査、終わりまで持たないよっ!」
はーいと答えたリシアフェールは、SDクリスレイン様ぬいぐるみを抱きしめてベッドに丸くなった。
でも眠れない。眠れるわけがない。
今日こそ!今日こそ会うんだ、あの人に!そして……。
だんだんと白んでくる空の下、空飛ぶクジラの上に建つ学生寮の一室で、少女の猫目はいま爛々と燃えあがっていた。
Illust:NOMISAKI
『ザ・ビースト』。
それはアイドル学園リリカルモナステリオで製作が発表されている、獣人を主人公とするミュージカルである。
今日、その主役を決める最終オーディションが開かれる。
その話題で学園と市内はもちきりだった。
惑星クレイ世界のあちこちからアイドルを夢見、そしてその夢をかなえるために若者が集うリリカルモナステリオは、アイドル学校、養成所、芸能事務所、そしてワークショップと様々な顔を持つ。
それらに一貫している思想は、かつて(すべてのものが停滞と絶望に打ちひしがれていた時代である)無神紀になお希望をもって明るい未来を見つめることを説いた旧ズー国の大賢者ストイケイアのもの。つまりアイドルとしてデビューし花咲かせるまで、さらにデビューし喝采を浴びながらも果てしない自己鍛練の道が続くアイドルを支え、励まし、力づけるというものである。
そして今回の『ザ・ビースト』オーディションにはもう一つ、参加者の目の色を変えさせる勝利特典があった。ある人物が列席するという噂である。
しかしそんな回りくどい前提や説明よりも、今は──
観衆の盛り上がりも最高潮を迎えているステージを覗いてみることにしよう。
リリカルモナステリオ賢者の塔、メインステージ。
最後の試技、ダンスセクションが終わった。
暗転。
歓声。客席で色とりどりの光が揺れる。このオーディションの観客にはペンライトの持ち込みは禁止されていないのだ。
「最終選考メンバーは5人」ナレーターの声が反響する。
バ・バ・バ・バ・バッ!
スポットライトが5つ。
ふわふわ茶毛のルーセントスイート ミリス。
ショートカット縞毛のクーレストグランス ヴィレア。
長い黒髪を靡かせたマチュアルアーズ ルティカ。
髪もドレスも眩しい水色でコーディネートされた、あの輝きをもう一度 エルベリーナ。
そして金髪ツインテールのリシアフェールがそれぞれ光束の下でびしっとポーズを決める。
Illust:村上ゆいち
Illust:とくまろ
Illust:はらけんし
「優勝者の発表は、我らがリリカルモナステリオ導きの塔の主……」
司会のナレーションに観客は一瞬、静まりかえり、その後に悲鳴に似た叫びが爆発した。
「えっ?クリスレイン様!?」「噂は本当だったんだ……」「嘘?!」「きゃー!」「クリスレイン様ぁーっ!!!」
クリスレインの存在は、ここリリカルモナステリオではまったく別格の重みを持つ。
彼女の名は永遠のアイドルとして芸能に携わる全ての者の心に刻まれ、伝説となっているパフォーマンスの数々は、たとえばこの客席を埋める観客であるリリカルモナステリオの生徒たちにとっては、お手本というにも恐れ多い、もはや聖典となっているほどである。
「今回のオーディションの特別審査委員長、万化の運命者クリスレイン様からいただきます!」
ナレーターの声も心なしか上ずっているようだ。
それもそのはず。
注目度が高いとはいえ本来、一オーディションの審査を依頼できるような人物ではないのだ。
ひときわ大きく眩しいスポットライトが審査員席に当てられると、歓声はさらに大きいものとなった。
彼女が立ちあがり、ステージへと上がる。
ただそれだけの事なのに、まるで優雅な舞を見たかのように、観客の多くの者が感激の涙を流しながら拍手で迎えた。
クリスレインが杖を構えた。
その先端は、リリカルモナステリオの皆がよく知っているようにマイクになっている。
「すべての参加者に称賛を。主役の獣人をめぐり、全力でチャレンジする姿に心打たれました。そして多数参加の予備審査から歌唱、演技、ダンスの各セクションを勝ち抜いたファイナリスト、彼女たちは皆、王冠を戴くのにふさわしい。5人に拍手を!」
歓声!拍手!そして感激!
ファイナリストは皆、一様に居住まいを正し、弾ける笑顔で審査委員長に一礼した。特に一名のお辞儀は彼女の金髪が地に着くくらいに深い。
「では謹んで発表させていただきます。全ての種族、全ての民に」
“全ての種族、全ての民に”とは、リリカルモナステリオが芸術と愛の力で世界に運ぶ平和の理念の前には、生まれも種族も性別も年齢も関係ない、ということを示す言葉であり、特に大賢者ストイケイアから直に教えを受けたというクリスレインの口から出るとそれは文字通り金言の重みを持つ。
「優勝者は……」
ドラムロールは、獣人にふさわしく野性味たっぷりのビートを刻んでいた。
「リシアフェール!おめでとう!」
金髪ツインテールの愛されネコ系アイドル、リシアフェールはぴょーんと自分の背丈よりも高く跳び上がると、喜びを爆発させた。3人のライバルも、暴れる彼女とそれを抑えるエルベリーナを苦笑しながら見守っている。
「リシアフェール!あなたが主役です。さぁ!クリスレイン様の前に!」
ナレーターに代わって飛んだ強い声の指示は、リリカルモナステリオが誇る鬼教師の誰かだろう。
エルベリーナが慌てて寮友である勝者の身支度を調えてやると(あまりのはしゃぎっぷりにドレスも髪もくしゃくしゃだったのだ)、恐れ多くも表彰台の前に端然と立つ、クリスレイン様の元に引き立てた。
「おめでとう。リシアフェール。選ばれし獣人(ワービースト)スーパーアイドルにふさわしい素晴らしいパフォーマンスでしたね」
獣人の冠が導きの塔の主の手で、少女の頭に載せられようとした、その瞬間──。
「待ってください、クリスレイン様!」
凜とした声と顔でリシアフェールが叫んだ。隣のエルベリーナがぎょっとして止めようとするが間に合わなかった。
会場──リリカルモナステリオ最大の賢者の塔ホール──は水を打ったように静まりかえった。
それは今までの彼女とは違う、まるで何かの強迫観念に囚われているかのような凄みを帯びた表情と声だった。
「私はあなたに、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるんだ!」
Illust:ひと和
幸か不幸か。ファイナリストのヘッドマイクは活きていたので、リシアフェールの声は会場全体に鳴り響いた。
クリスレインは冠をプレゼンテーショントレイに戻すと、優勝者に向き直った。
予定を乱されてもまったく動じない。気品と威厳に溢れた動作だった。そして杖のマイクを取ると、
「聞きましょう、リシアフェール」
対する獣人の少女も物怖じしないという点では負けていなかった。
「ありがとうございます!ここでこうしてお会いできるのを私、ずっと夢見ていました。おかしくなるほど何度も」
会場がどよめき、舞台袖の警備員が動きかけるのを、クリスレインは小さく手を上げるだけで制した。
「そう。それで伝えたいこととは何かしら、私に?」
公式に明示されてはいなくても誰もがリリカルモナステリオの頂点に位置すると認めるクリスレインの言葉に、リシアフェールはぞくぞくっと身を震わせた。武者震いであろう。
「私はあなたに挑戦する!我が『至高』の名において!」
前代未聞の出来事に、今度こそ会場はパニックとなった。
リシアフェールは確かに図抜けた優勝候補ではあったけれど、他人を押しのけるよりも愛され系であり、リリカルモナステリオの生徒としてはどちらかというと穏やかな人格だったからだ。クリスレインを理想のアイドルとして心酔し崇拝することはあっても、こんな猛烈な闘魂に燃える獣人ではなかったはずだ。
後で聞けば、教授たちのうち繊細な者はここで卒倒したという。気の毒な話である。
そして混乱は次のクリスレインの返答でさらに激しくなった。
「よろしい。では、あなたが宿命者なのね。リシアフェール」
「そう!あなたを倒し、一人ステージに立つ!頂点!真の至高!それが私!至高の宿命者リシアフェール!愛しい!あなたを!飲み込んで!私、勝つ!万化の運命者クリスレイン様!」
リシアフェールの言葉の一つ一つが炎を吐くような魂のビートを刻んでいた。これが宿命者のパワーなのか。
静粛に!と呼びかけるナレーションと飛び交う怒号、立ちすくむファイナリストの獣人たちの真ん中で2人は見つめ合った。
森の深い泉のように透き通って穏やかな、しかし侵しがたい威厳を湛えるクリスレイン。
一方のリシアフェールは狩りを前に高揚する獣そのものだ。
「何で決めましょうか」とクリスレイン。
「ラップバトルで!」
「よろしい。始めましょう」
周囲が止める間もあればこそ──
Yeah! Yeah!
リシアフェールが指を鳴らすと用意されたビートが流れ、照明もムーブし始めた。
Yo! Yo!
先攻、バースはリシアフェールから始まった。
「リリカル!モナステリオ!獣!挑む主役。待ちに待った接触、もらう称号、覆す均衡、私・至高。狙う頂点、クリスレイン、あなた蹴落とす!」
指差すリシアフェールに、クリスレインは杖マイクを優雅に振って返答。
「競う運命、それは宿命、誰が仕組んだの?それはあなたの本音?気持ち?満足?目を覚ましなさい今すぐに!」
リシアフェールは笑顔で指を振った。
「NoNoNo!これが私、本当の私、あなたにずっと!長く!憧れ!渇望し!ぶっ倒して!そして私のモノにする!」
いつしか観客もスタッフも息を呑んでこのラップバトルを見つめている。
クリスレインの目が厳しくなった。
「それはひどい!私は挫けない!NoNoNo!このままじゃ急落、故に保護する、だってこんなに戦えるんだもの、お友達になれるでしょう」
美しい抑揚で歌われた最後の一節は世界最高レベルの学園の長としては明らかに俗語的な表現だったが、相手にはこれが一番響いたようだった。金髪ツインテールの獣人がよろめいた。
そして止めの言葉。
「リシアフェール。あなたが愛しいわ、とても、そんなあなたが」
「お友達に……?」
リシアフェールはガクリと膝を落とした。地面に倒れこむ寸前、クリスレインの手が支え、彼女を胸に抱いた。
ビートがフェードアウトしていった。
バトルは終わった。
「ミュゼット!ドクターを。ティファイン!水晶玉の運命者チャンネルに緊急通信。ユルシュール?」「はぁい?」
リリカルモナステリオ導きの塔の主クリスレインは、近習の人魚たちに次々指示を飛ばし、最後におっとり屋のユルシュールに目を止めるとこう言った。
「私とこの挑戦者にお水をもらえるかしら。存分にバトルしてこれできっと目が覚めるはず。本来のリシアフェールにね」
そして彼女の胸の中でぐっすり眠っているリシアフェールの頭に冠を授け、微笑んで、こう言った。
「あなたの熱いビート、確かに受け取ったわ。至高を志す、私の若き楽友」
それは、本人が聞いていたなら喜びの余りまた気絶したであろう、最高のご褒美だった。
Illust:Oli
──ケテルサンクチュアリ、天空の浮島ケテルギア。
「やぁ、我が友バスティオン。遅れて申し訳ない」
防衛省大会議室の扉が音もなく開くと、長い杖をついたリグレイン号船長が現れた。今は2足である。
「その呼び名はそろそろ止めて欲しいものだ。ゾルガ船長」
防衛省長官は掛けた椅子から微動だにしなかった。礼節を重んじるこの男としては珍しい客人の迎え方だった。
「なぜ?オールデンに直接会えばと勧められたから、アルビオン港からこうして訪ねてきたのに。それともまた机の下から拝顔したほうがよろしかったかな」
「レザエルのリモート診察を受けたな。腰はいいのか」
バスティオンの声音は冷徹だったが、それでも先日のケテルサンクチュアリ海軍との激戦は、かつてその腰から下を失ったゾルガには負担だったのではないかと──オールデンからの報告とゾルガが歩く様子から──見抜いている辺り、ケテル一の剣士としての眼の鋭さに翳りはない。
「心配してくれてありがとう。おかげで首もつながって酒も飲めてる。つまりは問題ないってことさ」
禁忌の運命者ゾルガ・ネイダールはにやりと笑って、友である万民の剣バスティオン・アコードの元へと近づいた。
「ふーん、地球儀ねぇ」
ゾルガは(不躾にも)バスティオンの側のテーブルに直接どさりと腰を下ろした。こちらは元々、礼儀に頓着などしない。
「オラクルの分析が出た。今、複数の外部のエージェントに依頼して、調査をさせている」
「そして僕も外部のアドバイザーだ。ケテルサンクチュアリの開放政策も拍車がかかってきたかな。君のおかげで」
ゾルガは少年の顔でバスティオンに微笑みかけた。
「……。来て欲しいと頼んだ覚えはない」
「でも海戦までぶち上げておいて逮捕も投獄もしなかっただろう。嬉しいよ。またこうして二人きりで会えて」
確かに、ケテルサンクチュアリの一大政府機関の大会議室にも関わらず、今は人払いがされ、広大な部屋には椅子とテーブルに隣り合って座る長官と幽霊船の船長しかいなかった。
「私は遠ざけたかった。だが、オールデンが貴様を評価したのだ」
「彼とは一晩飲み明かしたからね。ラム酒と副長の大盤振る舞いが気に入ったのでは?」
「油断ならぬ野心家として、禁忌の運命者をより警戒すべきだと。今は手元において、一瞬たりとも目を離すなとも」
「……」
「おまえは零の虚を運命力のスイングバイとして利用を企み、宿命決戦つまりオールデンのような宿命者の出現を、運命大戦と対を成す運命力の揺り戻しと看破して、再びナイトミスト復活のための踏み台にしようとした。あの海戦さえも貴様にとっては、オールデンを追い詰めることで彼の真の力を引き出すための茶番だった」
「ほう、実に面白い推測だ。あのオールデン君がね」
「私の推理だ。そして今の答えでやはり的を射ていたと分かった」
ゾルガは魔物のような左手で、やったなと友である天上騎士を指さした。
「ふ、ケテルサンクチュアリ防衛省長官ともあろう人がずいぶんな搦手を使いましたな。それで?宿命決戦でさえ己が野望に利用とする大悪人は投獄して幽閉する?」
「いいや、逆だ。その執念と執着、悪意に満ちたずる賢さをとことん利用させてもらう。我々に協力しろ。拒否は認めない」
ゾルガは机にのけぞり愉快そうに笑った。これもバスティオンと2人の時にだけ見せる親し気な姿勢だった。
「毒をもって毒を制すか。いいよ。今回は僕の負けだ。何が掴めなくて何が知りたいんだい、バスティオン」
「ケテルエンジンとワイズキューブは、同じある一つの点の存在を示している」
低く呟くバスティオンはまだ仮面を上げず、顔からも声からもその表情は読めなかった。
「震源地だよねぇ。だけど誰もそれを特定できない」
ゾルガは人間の右手で地球儀を回した。
「予言と予知をも拒む壁とは何か」
地球儀は回っている。
「友よ。僕はその答えの一つを知っている。僕の野望を拒むもの……」
ゾルガは指先を伸ばした。
「それは《時》だ」
尖った幽霊の爪がかつて闇の国だった場所、今はブラントゲート北部にある一点を指した。
ギアクロニクル第99号遺構。
2人はその場所の名前を、よく知っていた。
了
※注.地球儀とはクレイの惑星球体図のことを指す。ラップバトルは惑星クレイ標準語に似た日本語と英語に変換している。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
リリカルモナステリオの祭とコンテスト、オーディション
リリカルモナステリオは、世界中からアイドルを目指す人材が集まる養成所であり、芸能に限らず広く学問や技術を学ぶ学園であり、デビュー前後のアイドルが在籍する芸能事務所であり、そして現役アイドルが芸を磨くワークショップでもある。
空飛ぶクジラの背中の上に建てられた都市にあるリリカルモナステリオ学園は、熱帯から極寒の極地まで世界中を旅しているために、カレンダーから擬似的に「季節」を決めている。
そこで年中行事として重要になってくるのが「祭」と「試験」、「競技会」だ。
季節の祭りはこれまでにも紹介され、よく知られているものがある。
新年祭から始まり、春の聖卵祭、夏の星灯祭、秋の万闇節。他にも、学生の間で小規模あるいは自発的に祝われているものとしては「チョコレート祭り」などもある。
試験については各科の小テストに加えて「進級試験」があり、これは季節の風物詩というよりも全ての生徒に恐れられる悪夢の到来という感がある。
さて、今回本編でも取り上げられた競技会について。
リリカルモナステリオは前述の通り、入学したての研修生、デビュー前、デビュー後、そしてベテランと様々な段階のアイドルがいる。
学園は主に、向上心と意欲を高めるために学内で競い合うことを奨励し、その機会を設けている。
そのためリリカルモナステリオでは試験や祭りよりもはるかに多い数の、大小様々なコンテストやオーディションが開かれている。
コンテストとオーディションとの違いは、コンテストが技能やパフォーマンスを競う(歌唱などの課題が与えられる)のに対して、オーディションは公演や配役(演劇の場合)をめぐって参加者を見定めることにある。
今回の『ザ・ビースト』は主役となる獣人を選抜するためのオーディションであり、リリカルモナステリオから広く募集されているものの、競争率は高く、いま注目のアイドル5人が最終選考まで残ることになった。
結果として今回の第一回『ザ・ビースト』は、勝ち上がった獣人至高の宿命者リシアフェールと、同オーディションの特別審査委員長を務めた万化の運命者クリスレインによる番外戦も大いに盛り上がり、本人同士と観客は元より、主催も満足できる結果となった。
また導きの塔の主クリスレインが久々に表舞台に立ち、ハプニング的な成り行きとはいえ腕比べに参加したことのインパクトは大きく、学園内の競争がより活発化することも期待されている。
リリカルモナステリオについては
→世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館009「リリカルモナステリオ」を参照のこと。
万化の運命者 クリスレインと近習の人魚たちについては
→ユニットストーリー130運命大戦第5話「万化の運命者 クリスレイン」を参照のこと。
リリカルモナステリオのオーディションについては
→クレイ群雄譚
第2章3話 激闘クラスオーディション!前編
第2章4話 激闘クラスオーディション!後編
を参照のこと。
聖卵祭については
→ユニットストーリー096「聖卵祭実行委員長 クラリッサ」を参照のこと。
星灯祭については
→ユニットストーリー149 クレイ群雄譚 アナザーストーリー「Absolute Zero サジッタ」を参照のこと。
万闇節については
→ユニットストーリー119「LèVre SœurS シャルモート」
ユニットストーリー120「Tr!ple×Tr!ck フェネル」
ユニットストーリー121「縛眼の麗蛇姫 シアナ」
を参照のこと。
チョコレート祭りについては
→ユニットストーリー044「澄み渡る雪夜 ベレトア」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ海軍東部軍と空飛ぶ幽霊船リグレイン号による、アルビオン沖海戦については
→ユニットストーリー154宿命決戦篇第4話「守護の宿命者 オールデン」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡