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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
157 「天意壊崩 バロウマグネス」
ダークステイツ
種族 ヒューマン
カード情報

Illust:モレシャン


「青い薔薇の花言葉は?」
 城門の前。きらびやかな礼服に青色の花吹雪をひらっひら舞わせながらモラクスがそう聞きやがるので、
「……」
 オレはぷいとそっぽを向いた。回答拒否だ。
 するとヤツは呆れたようにため息をついて、こう言いやがんの。
「答えぬとここを通すわけにはいかんぞ」
 あー、はいはい。しょうがねぇなぁ。
 オレ様は嫌々答えたね。
「“不可能を可能にする”」
 イヤミをこめて語尾は、するーっと伸ばしてやった。するとモラクスの野郎、
「他は」ときやがる。
「あー、“喝采”?」とアゴをかきながらオレ様。
「まだあるだろう」
「“神秘的”」と髪をいじりながらオレ様。
「もっとも有名なものが抜けている」
 あーうるせー。オレ様はうんざりしながら答えた。
「“奇跡”」
「よろしい。話は聞いているぞ、バロウマグネス」
 話通ってるんなら最初からそう言えよ!と言いかけて、オレは口をつぐんだ。
 ヤツの背後に栄耀えいようの城の家来どもが、こっちを睨むデーモン兵がまぁ、いるわいるわ。うようよと。
「チェッ!なんだよ、あの合い言葉は」とオレ様。
「貴様と仲間の運命・・だ。星がそう語っている」
 うへぇ。何かと思えばおまえも占いとかオカルトのたぐいかよ。悪魔だけに。
 君主の錫杖を携えてサラッサラの白い髪をかき上げる栄耀総裁モラクスは、ダークステイツに名高い精強な軍勢の長であり、そして秘密の知識に通じることで有名な悪魔デーモンだ。
「入るがいい。時間・・が迫っている」
 モラクスは城の奥へと顎をしゃくり、オレはその悪魔美男子顔に鉄拳をお見舞い……
「だとよ。お招きにあずかろうぜ、バロウマグネス」
 サングィナリィ・テイマーが手を伸ばすとオレの肩を抱いてさりげなく止めた。蜘蛛のように光る赤い目のコイツはチームのまとめ役だ。サングィナリィの蜘蛛については後々触れるだろう。
「そーそー。金にならないケンカなんてしちゃダメっしょ、リーダー」
 とピークァント・ミアズマ。鋭くつり上がった目の下の点描がにやりと邪悪に歪む。口から漏れるのは緑色の息だ。超猛毒なんだぜ、あれ。
「暴れる力は後に残しといてよ、マグネス」
 アンキャニィ・バーニングは可愛い声の最年少。だが実はベテランの傭兵だ。こいつの不可思議な炎は確かにこのあと役に立つだろう。……あと、どうでも良いけどその縮めた呼び方やめろよな。
「じゃ、さっさと案内してもらおうか、モラクス。しっかし悪魔の城主自らがお出迎えとはご苦労なことで」
 オレ様のすげー丁寧な挨拶にヤツはふんと鼻を鳴らしやがった。
「貴様とて客人、持て成さぬ訳にはいかんのだよ。しかも運命者たちからの依頼ともなればな」

Illust:桂福蔵


 ──今朝。
 オレ様こと重力の支配者バロウマグネスと傭兵チームは、親友のウチにいた。
「あー、もう入らねぇ。ブリッツCEOのもてなしってのは大したモンだぜ」
「みんなもあんたも食い過ぎなのよ、バロウマグネス。調子に乗って」
 アトラクト・インヴァースが例の「ス」を抜く色っぽい呼び方をして、ついでに背中を重力でぐいと押した。
 げふっとオレは息を吐きながら(いやもうなんも文句も言えないほど満腹だったんだ。リューベツァールでのヴェルストラの大盤振る舞いについては『秤の宿命者アルグリーヴラ』の回にもちょろっと出てるから見てくれよな)、つんのめるように指定されていた会議室の扉に手をかけた。
 オレが開けんのかよ?と振り返ると、当たり前でしょ現場部門リーダー、とインヴァースが腕を組んででっかい胸を張るので、仕方なくノックして中に入った。
 あー、やだやだ。情けねぇ。無敵のバロウマグネス様がしけた犬っころみたいにさぁ。あ、ちなみにオレは愛犬家だ。例えだぜ、例え。
 ったく荒っぽいよな傭兵って。荒っぽいよなダークステイツの女って。荒っぽいよな東部傭兵団のCFO(最高財務責任者)ってのはさ。しかもサイフ握られてるから迂闊うかつに逆らえねぇし。ちなみにこっちのCEO(最高経営責任者)は幻想の奇術師ファンタズマ・マジシャンカーティスだ。あんの野郎はトレジャーハンター・カンパニーのエージェントもやってるから今、メチャクチャ忙しい。ま、偉くなった代償ってヤツだよな。ざまあみやがれ。オレたち仕事にあぶれた東部の傭兵どもを使って、せいぜい儲けるがいいぜ。ちなみにダークステイツの魔王どもが大ゲンカ(戦争)やめて小競り合いばっか繰り返してる(結果として傭兵の仕事が多様化した)って事情は『異能摘出』の回、参考な。
「ようこそ。お楽しみの所を邪魔して申し訳ない」
 威厳と品位、知性あふれるその声(あー、なるほどヴェルストラが夢中になるわけだわ)を聞いた途端、オレのおふざけと回想の時間は終わった。
 オレとオレのこわーいお目付役インヴァースがすすめられた椅子に着くと、依頼主クライアントはこう言ったんだ。
 羽根持つ冠。なびく黒髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。全身を包む圧倒的な魔力。
「私は封焔の巫女バヴサーガラだ」
 ま、もっともその容姿を見りゃ、言われる前にわかってたけどな。なんせ彼女は超有名人だ。
 その背後にはチビっこい精霊と、大柄で逞しいドラゴンが2体、主人を守るようにその脇を固めていた。

 意外なことに封焔の巫女さんとCFOインヴァースは妙に気が合うらしく、商談はスムーズに進んだ。
「それでは、ご提示いただいた条件とご契約でお請けいたします。こちらにご署名を」
「よろしく頼む」
「本日只今より、取りかかります」
「助かる、インヴァース」
「お任せください。バヴサーガラ様」
「それと作戦時には私にも連絡を共有してもらいたい。電波など通信が効かない可能性もあるが」
「通信手段には心当たりがありますので、私がここに残り作戦をモニターします。いいわね、バロウマグネス」
 佳い女ってのはこうして並べて見ると凄みが増すよなぁ~、特に食後はさぁ……なんて腹をさすりながらボケーッとしていたオレは、
「バロウマグネス!」鋭い声で跳ね起きた。今回はスの抜けは無しだ。
「え?!あ?……はい?」
「全っ然聞いてなかったわよね、話」
「い、いやぁ。この後ちょろっとヴェルストラとVRゲームの約束があるんで。じゃあ封焔の方々、あっしはここらで……」
「バ・ロ・ウ・マ・グ・ネ・ス」
 冷たい目がひとーつ、ふたぁつ……オレを除く全員がじっとこちらを睨んでいた。あぁぁ気になるぜ。あのじっとりと目つきの悪いチビっこい精霊が特に。これって殺気だよな。
「いい?あんたとチーム、そして私達じゃないと完遂不可能な任務ミッション・インポッシブルなわけ」
「はぁ……」
「チームとすぐに現地に飛んで。CEOが一番速い・・・・ジェットを用意してくれてるそうよ。楽しみね」
「ちょっ!待てって!ハードな飛行にはまだ腹ごなしが……」
「胃からの逆流くらい重力・・で抑えられるでしょ」
 どんだけ食ってもナイスバディな美女が無茶言うなって!
「目的地は総裁モラクスの栄耀城」
 げぇっ。オレはカエルみたいに鳴いた。
「あの白髪野郎とご対面かよ!」
 モラクスとは色々あってさ。……いや、そのなんだ。仕事のおまけでちょっと・・・・城の一部を崩しちまっただけなんだけど。
「総裁は今回の協力者よ。くれぐれも失礼のないようにね。増援も追いつくから」
 インヴァースはどんどん迫ってぐいぐいオレを会議室から追い立てた。
 で、ドアから押し出される寸前。
 背中に柔らかい感覚があったかと思うと、顔の横で彼女がある言葉を囁いた。相変わらずいい匂いがする。
「!」
 オレは明らかに強すぎる重力・・で突き出された。
「次の策は、既に用意しております」「あらゆる害意は、我が焼き尽くす」
 扉が閉じる寸前、バヴサーガラの背後の封焔竜アパルラとゴーパヤティが主人に声をかけたのをオレは確かに聞いた。
 そのままごろんごろんと転がって、空母とは思えない豪華な調度の壁に逆立ちでぶち当たったオレは(おい!さっきたらふく食ったばかりって言っただろうがよ!)、
「てめぇら!汗流すのは現場のオレたちだぞ!ちったぁいたわれ!」
 と負け惜しみを吐いた。
 でも、オレの顔が赤くなったのを誰にも見られなかったのは良かったぜ。さて、チームを呼びに行かなくちゃな。

Illust:茄子乃


Illust:山宗


 モラクスのもてなしは予想をはるかに下回っていた。
「で?」
 オレ様は燭台を持って案内してきたモラクスを睨んだ。
 目の前は、どこをどう見ても地下牢にしか見えない部屋(しかも拷問用具が山積みなんだぜ、ヤバすぎだろ)。私用空母プライベートキャリアのふかふかベッドに食べ放題飲み放題の豪華レストラン、最新アトラクションで親友ダチと遊び放題なんてのとは雲泥の差。いやこれじゃ泥にも失礼だ。
 それにしても相当腕に自信があるんだろうな、こいつ。オレたち腕利きの傭兵4人相手に、護衛の一人も付けずに城主みずから案内を買って出るなんてさ。まぁ確かに身のこなしには手強さを感じるぜ。
「ここに人を入れたのは久しぶりだ」
「前回のアレ(こちらのお城をちょっぴりブッ壊してさしあげちゃったヤツな)、まだ根に持ってるのかよ」
「被害請求して満額補償。そのことに不満はない」
 とモラクス。あぁそうだろうともさ、派手にボッタくってくれたもんな!返済すんの大変だったんだぜ。
「……じゃ何なんだよ、この部屋はよ」
「目的はここじゃない」
 栄耀総裁はすたすた歩いて部屋の一角の壁を押すと、ガクンと石壁が向こうに倒れた。そこは隠し扉になっていて、人ひとりがかろうじて這い入れそうな穴が開いていた。
「行け」
 チームメンバーがオレを見るので、しょーがねぇ、オレは四つん這いになって開いた穴に向かった。
「バロウマグネス」
 冷たい声。ほーら来た、やっぱり。その杖でオレの背中ぶっ差しますかぁ?悪魔デーモンさんよぉ。
此度こたび実体化・・・はおまえの手の者・・・を使ったとしてもこの刻、この世界では数秒と持たないかもしれぬ。必ず読み取れ。……無事に辿り着けたらな」
「どういう意味だ」オレは真面目な顔で振り向いた。
「言った通りの意味だ」
 健闘を祈る、とだけ言うと燭台を掲げたモラクスはさっさといなくなった。おい!真っ暗になっちまったぜ?照明くらい置いてけっての!
「行こう、マグネス」
 暗闇からアンキャニィ・バーニングの声がすると、その指先にぼっと緑色の炎が灯った。よっしゃ!さっそく役にたったな。使えるぜ、チーム最年少!
 オレは穴に向き合うと、素早く身体を潜り込ませた。
 こっからは仕事の時間だ。

Illust:れんた


 しっかしまぁ、城だの砦だの古い石造りの建物ってのは、どうしてこう地下がじっとり湿るのかね。
「今回の仕事は、運命者ネットからなんでしょ、マグネス」
 緑色の炎を指先に灯したアンキャニィ・バーニングが訊く。
 あぁ、そうだ。オレは用心深く両脇の壁を探りながら答えた。前情報を信じるならここはただの地下通路じゃないからな。用心に越したことはない。
「傭兵とトレジャーハント、どっちの依頼なんだろうねぇ。ま、どっちでも良いけどさぁ」
 ピークァント・ミアズマは呑気に訊きながらも、後方に警戒を怠らない。
「どっちもだ」とオレ様。
「ほう。これはボーナスが期待できそうだぜ、なぁみんな」
 先頭を歩いているサングィナリィ・テイマーが煽る煽る。ま、傭兵ってのは稼ぎで繋がってるからな。ジメジメ真っ暗な狭い地下探検で士気をあげたきゃ、こう言うしか無いわな。
「金のことならインヴァースかカーティスに聞いてくれよ」
 オレは心の中で舌を出し、耳にはかすかに罵声、頭をぽかりと見えない手で軽く殴られた。
「それで何で運命者がボクら傭兵/トレジャーハンターに頼るのさ」
 突然オレの頭あたりから聞こえた異音に首を傾げながら、アンキャニィが尋ねた。
 んー、どう説明したもんかね。機密シークレットもあるしなぁ。でもまぁ、まだ先は少し距離がありそうだし、ここでブリーフィングってのも悪くないか。オレは少し考えてから話し出した。
「ギアクロっているじゃんか。ホラ、あの時間警察みてぇな」
 あぁと3人は頷いた。
「あれが最近、乗り出してるらしいんだよな。実際にはヤツらの動きは目に見えないから、魔帝都D.C.の噂でしかないけどさ」
「というと時空犯罪で」とサングィナリィは赤い目を光らせた。
「らしいな。その原因が“世界線の歪み”なんだと」
「世界線は選択肢や歴史の流れで分岐し枝分かれしたもの、その結果のことだよ。歪みって変じゃない?」
 アンキャニィが少年の声で無茶苦茶賢いことを言った。
「あー、アレか。ひょっとしてレザエルとリィエルとか宿命者の話?それなら納得ぅ」
 ピークァントが緑の息を漏らしながらニシニシ笑う。
 な、なんだよ、おまえら。オレより全然事情通じゃんか。
「あの食べ飲み放題の時、ヴェルストラに聞いたんだよ。2000年の時を超えた大恋愛」
「男泣きしながら全部話してくれたぜぇ。最後ド悲劇なの、泣けるっしょ」
「オレたちゃ金稼ぎに明け暮れる、手前大事な傭兵だけどさ。あれはイイ話だったな。酒の席が盛り上がった」
 これのどこが世界の未来に関わる絶対機密なんだ、あいつめ……親友ダチの口の軽さにオレは白眼を剥きたくなった。
 でもまぁ、リィエルの悲劇は世界でも有名な昔話だし。運命者自身が宿命者のことまでポロっポロ漏洩してるんだから、後は知ーらねっと。
 何はともあれ皆がわかってるんなら話が早い。オレは大幅に話を省略した。
「そんなわけで他にも予言や予知やらがあってさ。でも結局、なんで消滅したはずのリィエルが宿命者になってやって来るんだ?って謎多過ぎなんだよな。そこで、なるべく奇跡のレザエル医師せんせいには知らせずに調査したいと」
「気遣いだね」「イイ奴ばっかりじゃん」
「いや、ちょっと待て。依頼者はバヴサーガラって言ってなかったか。あれは運命者じゃないだろう」
 ツっこんだのはサングィナリィだ。こいつはホント蜘蛛みたいに頭がキレる。
「そう。だがバヴサーガラって言やぁ、かつては世界を2分したほどの実力者だ。オレたちよりよっぽど強ければ頭もイイあの封焔の巫女さんが、今回オレたちを頼ったのには訳があるんだ。それは……」
「しっ!」
 おっと。先頭を歩いていたサングィナリィ・テイマーが“停止”のサインを送ってきた。
 4人の動きが寸分の狂いもなくピタリと止まる。当たり前だろ、オレたちは腕利きのプロフェッショナルなんだ。
 ……!
 オレにも聞こえた。ヤバイ。この状況で一番会いたくないヤツらが大挙して……。
 チュウ!チュ!チュウ!
 ところで、いきなりだがおまえらハムスター飼ったことあるか。
 可愛いよなー。鼻とヒゲをヒクヒクさせながら甘えてくるあたり。
 だけどさオレ、実は苦手なんだ。なんての……こう齧歯げっし目、全体が。特に今わさわさと通路いっぱいに迫ってきてるネズミの群れみたいなのは特に。理由?聞かないでくれ。傭兵さんにも色々事情があるのよ。
 で。いま襲ってきた奴。
 暗くてよく見えなかったけど、うまく言えないけど、これがどうも普通のネズミじゃない予感がした。
何となくだが、そう簡単に撃退できそうもない。目を爛々と輝かせた殺気の塊だ。
 そこで──。
「ピークァント!」「あいよっ!」
 ゴォ──!
 今まで最小限に抑えていたピークァント・ミアズマの緑色の毒霧が、一気に城の地下通路に溢れた。猛毒だがオレたち傭兵はよっぽど吸わなきゃ大丈夫。普段から山ほど摂ってる抗性・・物質に感謝だ(オレたち傭兵が毒やら細菌への抵抗力をつけている事については『麗酷なる魔公子 バティム』の回をチェックだぜ)。

Illust:月見里大樹


 チュ……チュ!
 やっぱりな。ネズミたちは怯んだし、苦しそうだったけれど一匹も倒れなかったのを見て、オレは納得した。こいつらは特に毒に強い耐性を持つスーパーラットなんだって。しかもよく見りゃ一匹ずつも馬鹿デカい。
 たかがネズミの群れだってバカにできないぜ。こんな身動きのとれない状況で襲われたら、屈強な傭兵でも気がついたら骨だけなんて事もある、厄介で手強い敵だ。いま笑ってるヤツ、なんならこっちと替わってみるか?
「アンキャニィ!」「任せてよ!」
 ゴォ──!
 前進を続けるネズミどもに、今度はアンキャニィ・バーニングの緑の炎が襲いかかった。
 アチチ!
 悲鳴があがったのはオレたちも同じ。危うく丸焼きだ。ボディスーツの耐熱性能に感謝だよな。
 ということでネズミの群れは毛やら尻尾やらを焦がして退散を始めた。
「サングィナリィ!」「皆まで言うな!」
 サングィナリィ・テイマーの身体から無数の蜘蛛がわらわらと湧き出して、ネズミの後を追う。ネズミどもは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した(シャレじゃないぜ)。
 オレたちも押し合うように狭い地下通路を走り出す。
 先頭を走るサングィナリィの身体のラインと被って、ひと際でっかい蜘蛛の姿が見えた。
 サングィナリィは蜘蛛のいわば訓練師tamerだ。しかもヤツは自分の身体にでかい蜘蛛を飼っているのさ。さらにサングィナリィの蜘蛛が食うのは虫ばかりじゃないんだぜ。……おぉ恐っ。だがおかげで助かった。
 あ。ここまでの話、暗くて湿って狭い所とネズミ&蜘蛛が苦手なヤツ、ごめんな。

Illust:п猫R


「よくぞ辿り着いた、冒険者たちよ。いまこそ《合》の刻!」
 祭壇の部屋に朗々と栄耀総裁モラクスの声が響き渡った時、オレは思わず笑ったね。
 ラスボスか?!ってぇの。
「モラクス」うんざりしたオレの声。もぉらくすぅ、と声に出して読んで欲しい。
「なんだ」
「どーこにいんだ、てめぇはよ」
「城の執務室だ。そこは今まで私と祖先しか入ったことが無い場所なのだぞ」
 へぇ。それじゃモニターでもあんのかね。それとも今、天井飛んでる使い魔らしきコーモリがカメラ代わりだとか?ダークステイツだけに。
 モラクスはオレの呟きをがっちり無視しやがって続けた。
「へぇ、こーんなネズミだらけの地下がそんな特別かね」
「その場所に立ち入れるということが特別なのだ。我が一族がダークゾーン、古くはダークステイツを通じて、精強な軍勢と有効な戦略的運用、そして誰も知らぬ秘密に通じていたことは、その部屋があったからなのだ」
「それをまたどうしてオレなんかに?」
「危険だからだ。ここは、神格メサイアの力でこの世界に魔法が生まれた時に生まれた原初の歪み、その一つだ。以来、数億年に一度、ごく気まぐれに現れるもの・・が周囲の時空ごと歪ませ、近づいては遠ざかっていく。そして、それに触れて生きて帰ったものは、その研究に全てを費やしたごく一握りの我々、数名の高位悪魔デーモンだけなのだ」
「あーらま……」
「どうだ。さすがに怖じ気づいたか」
「へっ、まさか。オレは重力の支配者バロウマグネス様だぜ!」
「貴様ならそう言うだろうと思った。……星がざわめいている。そろそろだぞ、あれ・・が現れるのは。説明した通り、この《合》は永劫に一度あるか無いか、千載一遇のチャンスだ。準備はよいか」
 へっ、あたぼうよ。
 オレは3人を下がらせると、祭壇の前に立った。
 言い忘れてたけどここ・・は、あの暗くて湿って狭かった通路を、どうも魔物っぽかったネズミの群れを追い立てながら突進した先に急に出た、驚くほど清潔で無機質な感じを受ける部屋だった。
 そして石造りのようだが、どうもこれは石肌っぽく見える何らかの金属らしい。オレの中の“重力”がそう告げていた。重力使いってのはこんなセンサーにも使えるんだぜ。日常生活にはまっっったく役立たねぇけどさ。
「いいぜ、インヴァース!」
 目の前の祭壇が光り出したタイミングに合わせて、オレは叫んだ。
「行くわよ、バロウマグネス!」
 オレの耳にアトラクト・インヴァースの声が聞こえた。
 突然始まった会話と見えない相手に、チームの残り3人が目を剥いた。
 実はこれ、前から実験を重ねていた事なんだ。
 重力使い同士のオレとインヴァースは、ひょっとしたらこういう電波も届かないような場所や状況でも、重力を利用すれば互いに意思疎通できんじゃねぇかって。インヴァースは重力子グラビトンだのスピン2がどうだの気絶しそうなほど難しいこと言ってたが、要はオレたち2人の中にスマホが(リリカルモナステリオだけでなく今やダークステイツの傭兵隊長も普段使いしてるんだよなぁ、実は)内蔵されているようなモンらしい。
 ちなみにスマホじゃ通話相手を殴れないけど、重力で結ばれた相手ならなぜか会話だけでなく小突くくらいはできる。
 さて、次から起こったことは立て続けだぜ。付いてきてくれよな。
 ──!
 目の前の祭壇に、輝く本が現れた。
 だが、それはインヴァースから伝え聞いていたものとは少し違っていた。
 オレでも読める表題には『アカシックブック写本』と書いてある。
「はぁ写本?! まさかアカシックブックに写本コピーがあるって言うのかよ?!」
 オレの目が見開かれる。
 その途端、 
 オレの真横に女が現れて……
 時が、止まった。

Illust:Laara


一刹那いちせつな空隙くうげき。それで全ては事足りるわ」と若い女の声。
 オレは時の止まった空間で凝固しながら、その声を聞いていた。
「来たわよ、バロウマグネス。さっさと済ませましょう」
 静寂の刹那シュエレン。
 オレたち傭兵チームの新入りだが、もっとも活躍が期待されている若手筆頭株だ。
「さぁ、時間・・が無いわ。はやく本をめくって・・・」インヴァースが耳の中で囁いた。
 ガ・ギギ・グゲゴ……
 オレは重力の力を振り絞って、時の止まった空間で泳ぐように動き出した。
 時が止まってるのに何故、動けるのかって?
 そう!動けるんだな。これが。
 時間というのはオレたちがいる四次元空間を構成する一つだ。
 そして、そうした時空に働きかけることのできるのが重力なんだ。あー、光速度とか質量とか対称性とかもう難しいことは全部インヴァースに聞いてくれな。
 とにかくオレは祭壇のアカシックブックに辿り着くと、この歴史と世界線すべてが記されているという究極の秘宝に手を伸ばした。
 空気がにかわのように重い。
 だが、アカシックブックはその写本といえども不安定な量子的性質を持つために、こうして“時を止められる”異能──いま標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”の力を借りて転送されてきた──シュエレンのようなヤツの手を借りないと、いや借りたとしてもごく短い間しか、この世に存在を留めていられない。そして時が止まった空間で自在に動けるのは、このオレ様だけと言うわけさ。(正確にいえばアトラクト・インヴァースもできるはずだが)
 幸い、オレには調べたいページが決まっていた。
 だがページをめくる必要はなかった。
 なぜならオレが知りたいと思った所が、そのまま情報としてオレの頭の中へと流れ込んできたからだ。
『運命大戦最終章──ゼロうろと時の運命者リィエル゠アモルタの消滅』
 そう、これだ!そして次の章……
『運命大戦追補──時の運命者リィエル゠アモルタの消滅が引き起こしたもの』
 情報が流れ込んできた。それは、なんて言うんだろ、映画みてるみたいな感覚だが、残念ながら内容は楽しいものじゃなかった。
 オレが最初に見たもの、それは……「黒い翼」。怒りと憎しみがビンビンに伝わってくる。
 こ、こいつは!オレは目をみはった。
「離れて、バロウマグネス!」「巻き込まれる!」
 待て、もう少し……。
 ダメだ!
 オレは辛うじて誘惑を振り切って『アカシックブック写本』から身を引き剥がした。
 だけどほんのちょっとだけ遅かったんだよな。オレとしたことが……。
 次の瞬間。
 アカシックブックの写本コピーは消滅し、オレに流入した莫大な情報量は超重力へと相転移して、生命体が耐えうる限界を遙かに超えた余剰エネルギーとなったそれがオレの肉体をバラバラに引き裂き、消滅させた。



















 死んだと思った?
 いやいや。オレ様を誰だと思ってんだよ。
 ゴゴゴゴ……。
「これがオレの世界だ――磁極正転・天意壊崩マグネオブバース・ディソーダーッ!!」
 復活ふっかーつ!!!!
 オレは仲間とモラクスの使い魔を“重力の手”で握ると、一気に上空へと飛び出した。
 後でビデオを見たけど、あれは凄かったな。地中で大爆発が起きたみたいに、モラクスの庭がぼっこり円形に陥没したんだから。
 ド・バーン!!!
 モラクスの栄耀えいようの城の基礎が傾いたらしいけど、今度こそ知ったこっちゃねぇよ。
 だってすべて承知で運命者とオレたちに協力したんだろうが。え?モラクス総裁さんよ。

Illust:桂福蔵


「よっバロウ!お疲れさん」
 強襲飛翔母艦リューベツァールの飛行甲板に皆を下ろすと、真っ先にヴェルストラが声をかけてきた。
 オレもあいつもニッコニコでハイタッチ。
 それだけでいいのさ。親友ダチってイイよな。
「バヴサーガラは展望デッキか」
 だが楽しい時間は長続きしない。オレの珍しくマジな様子に、ヴェルストラも運命者らしい顔になって「案内する。こっちだ」と先導してくれた。
「バロウマグネス!」
 展望デッキのドアが開くと、強烈な抱擁が迎えてくれた。
 インヴァースだ。へへっ、そういう約束だもんな。生還できたらデートOKってさ。
 だが……。
「どうして死ななかったの」
 おい!そりゃ疑問か?残念か?
 目を丸くするオレに周囲から爆笑が起きた。
「おまえがアレクサンドラから今のおまえになったのとおんなじさ、アトラクト・インヴァース」
「同じ?」
「超重力は普通、生物の肉体を引き裂き、粉々に破壊する。だが重力使いなら?」
「生まれ変わる」
「そうだ。今のオレは天意壊崩プロヴィデンス・ディソーダーバロウマグネス、殺しても死なない男さ」
「それで一体、どこが変わったのよ」
 オレの身体をいろいろつねりながらインヴァースが眉をひそめる。
 また笑いばっかり起こって締まらないので、とりあえずインヴァースとチームメンバー、シュエレンには「いいからいいから」と手を振って、オレは依頼人の前に立った。
「ご苦労だった」
 短いがバヴサーガラの言葉には心がこもっていた。オレは会釈した。
「さっそくだがアカシックブックの内容を伝えたい。……場所、変えたほうがいいよな」
「いいや、ここでいい。運命者チャンネルも開いている。レザエルだけは外してもらっているが」
 そうか。そうだよな。
 オレは頷いた。
「高い金払ってもらったのに、こんな報告になっちまってすまないと思っている」
「何を言う。アカシックブックと接触し情報を得た人間など、この世界にはほとんどいない。まさに偉業だ」
 ヴェルストラもうんうん頷いていた。誉められれば誉められるほど何だか申し訳ない気分になってくる。
「ありがとな。それじゃ報告だ」
 実は伝えるべきことは多くないし、伝えるべき相手も目の前にいる。
「予言と予知の通り、リィエルがまたこの世に現れる。近い未来、あるいは既にもう生まれているのかもしれない」
 バヴサーガラは黙って頷いた。
「そして問題はその原因」
「そうだ。それがわからなかった。宿命者が持つエネルギーは並のものではない」
「……あんたには、もう分かっていたんじゃないのか」
「どういう意味だ」
 オレの言葉に、本人よりも後ろのあの精霊トリクムーンのほうが激しく動揺を見せた。
 バヴサーガラは友人らしくトリクムーンをなだめると、オレに向き直った。 
「言ってくれ。リィエルを宿命者にする力とは何なのだ。それさえ判れば対策も打てるはず」
「あぁ。そうだといいな」
 困惑する一堂に、オレは珍しく続きをためらった。
 オレもあの時・・・それを選んでいたからだ。
 希望による現状維持ではなく、破壊による再生。そこに未来があると信じていた。
「宿命者リィエルを生む力、それは……」
 それは?封焔の巫女バヴサーガラは身を乗り出した。
「あんたが率いていて、司る力だ。つまりあんたが世界中から集めた力だ。絶望の巫女バヴサーガラ」
「なんだと?!」トリクムーンがまた叫んだ。
「《世界の選択》で選ばれなかった未来、失われた《絶望》の力、そのエネルギーが宿命者の力の源であり、リィエルを復讐の鬼に変える」
 リューベツァールのデッキの空気は凍りついたようだった。



※注.ハムスターは地球に棲む酷似した齧歯目の愛玩動物の名前とした。毒に耐性の高いスーパーラットもまた同様に用語を借りた。※

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《今回の一口用語メモ》

《世界の選択》と分かたれた世界線

 惑星クレイの長い歴史において、幾度も世界の運命を左右する変化、すなわち《世界の選択》が行われてきた。その代表的なひとつが、天輪聖紀の始まりを告げる出来事となった天輪の巫女リノと封焔の巫女バヴサーガラとの一騎打ち(代理闘争)と、惑星に活きる全ての生物それぞれの意思による希望か絶望かの選択である。
 結果、世界は希望を選び、天輪聖竜 ニルヴァーナ(天輪真竜 マハーニルヴァーナ)はクレイ星系のすべてを温かく照らす太陽とその力の象徴となった。
 そしてまたいつか再び選択の日が来るかもしれないという予感を含みながらも一旦、歴史のページは閉じられ、新章たる天輪聖紀はここに正式な“紀”としての始まりを迎えた。
 ……はずだった。
 しかし今回の接触によって、アカシックブックに新たな記述が加わっていることが明らかとなった。
 それがあり得た未来、「絶望の祈りが選択された世界線」で“生まれたはずの”運命力とその揺り返しである。

 今回の場合は「希望の祈りが選択された世界線」が我々の住む世界であり、「絶望の祈りが選択された世界線」とは恐らく封焔の巫女バヴサーガラによって一度滅ぼされ(彼女の封焔の炎によって)清められ再生したまったく新たな、そして異質な惑星クレイであると思われる。
 繰り返しになるが、本来はこの2つの世界は互いを認識することも行き来することもできない。
 だがそんな時空のことわりを覆す存在が、ひとつだけある。
 アカシックブック。
 それは全ての世界線の全ての歴史が記されている本だ。
 本と呼ばれているが、そこに秘められた情報量は、ひとつの世界に収められる限界を遥かに超えている。その全てを知覚することは、世界の意志とも言える神格にすら不可能だろう。
 さらにアカシックブックの所在は不確実性の下にあり、ほとんどの場合、意図して出会える事は無い。

 アカシックブックやその断片と遭遇する可能性があるとすればそれは、星詠と呼ばれる一族が、星域という特別な空間からのみ検知できる異世界間の運命力の流れから察知・推察された結果だ。彼ら星詠によれば、あらゆる世界にアカシックブックのごく一部が写本という形で現れる可能性があると言われている。

 さて、あり得た未来と“生まれたはずの”運命力に戻ろう。
 先の運命大戦の終盤で、時の運命者リィエル゠アモルタが時翔タイムリープにより過去にあたる我々の世界に現れた。
 彼女がやって来たのは零の運命者ブラグドマイヤーが滅ぼした未来(あり得た未来)であり、結果としてリィエル゠アモルタの出現と消滅は、あり得た未来の世界の消滅と運命力の均衡バランスを乱した。これが秤の宿命者アルグリーヴラが標の運命者ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”に指摘し追及した、世界の均衡を危うくする行為の全貌である。
 ギアクロニクルのように時空の構造に熟達した修復者/監視者ではない者の手で行われたことで、(世界は「全てが無と化す滅び」からは救われたものの)運命力はその性質上、大きな揺り戻しを迎えることになった。
 伝え聞くアカシックブックの記述によれば、これこそが宿命者の力を生み出す原因となったのだという。

 この運命力の揺り戻しは、宿命者の出現の他にも、運命大戦の勝利で叶えられるはずだった奇跡の運命者 レザエルの《在るべき未来》の選択もまた、不十分かつ未完了のまま保留されていることを意味している。そして同時に、「ありえた二つの世界線の運命力」が、我々の惑星クレイ世界に集まったことになる。
 つまり我がケテルサンクチュアリの予言とストイケイアの予知にもある通り、レザエルはこの後、運命力の揺り戻しの結果と相見えることになる。
 なぜなら、ブラグドマイヤーを生み出したのはリィエルを亡くしたレザエルの悲しみであり、この一件をもたらしたリィエル゠アモルタを生み出したのはレザエルが(あり得た未来で)死した際に解放された運命力だから。
 つまりレザエルにとっては全てが自らに帰ってくるという結果となり、そしてきたる運命者と宿命者の邂逅は、運命大戦以上の影響を我々の世界に与えるのは間違いない。
 我々ケテルの賢者としても運命者と連携し、レザエルがこの後の試練に立ち向かい、邂逅から新たな結論を見出すことを信じ、見守り、支えていく所存である。
 引き続き、動向を注視して行こう。

ケテルサンクチュアリ サンクガード寺院
天道の大賢者 ソルレアロン



《世界の選択》の概要については
 →ユニット/「天輪聖竜ニルヴァーナ──焔の巫女リノたちの旅と《世界の選択》」を参照のこと。

アカシックブックについては
 →世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史「新聖紀前期 ~アカシックブックと時空超越~」
  ユニットストーリー093「天道の大賢者 ソルレアロン」の《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。

リィエル゠アモルタの時翔タイムリープとギアクロニクル介入の可能性については
 →ユニットストーリー139「時の運命者 リィエル゠アモルタ III《奇跡の運命》」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

ブリッツCEO ヴェルストラが東部ダークステイツ傭兵団を強襲飛翔母艦リューベツァールで歓待した様子については、バロウマグネスも注釈を入れているが
 →ユニットストーリー153「秤の宿命者 アルグリーヴラ」本文中で少し触れられている。

アトラクト・インヴァースの前身、“ランペイジ城址の重力使い”アレクサンドラについては
 →ユニットストーリー006「重力の支配者 バロウマグネス」
  ユニットストーリー018「異能摘出」
 を参照のこと。

アトラクト・インヴァースとバロウマグネス、ヴェルストラ(がバロウと呼ぶ)とのなりそめについては
 →ユニットストーリー074「アトラクト・インヴァース」
  ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」
  ユニットストーリー137「時の運命者 リィエル゠アモルタ」
 を参照のこと。

重力使い、ダークイレギュラーズについては
 →ユニットストーリー006「重力の支配者 バロウマグネス」を参照のこと。

ダークステイツの傭兵については
 →ユニットストーリー006「重力の支配者 バロウマグネス」《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

リリカルモナステリオでいわゆるスマートフォンが普及している様子については
 →ユニットストーリー068「#Make_A_Trend!! キョウカ」を参照のこと。

天道の大賢者ソルレアロンとサンクガード寺院の賢者たちについては
 →ユニットストーリー093「天道の大賢者 ソルレアロン」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡