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短編小説「ユニットストーリー」
160 宿命決戦第9話「時の宿命者 リィエル゠オディウム II 《最後に立つ者》」
ダークステイツ
種族 エンジェル
私の身体はあなたが残した最後の運命力で造られた。だけど魂はどこから来るの?

──時の運命者 リィエル゠アモルタ


Illust:ダイエクスト


 ──ユナイテッドサンクチュアリ天空の都ケテルギア、最上層テラス。
「お茶は?オディウム」
「いいえ、もう沢山よ。アモルタ」
 白と黒。
 髪と瞳、服の色とその衣装の細かい違いを除けばそっくりな2人の天使は、テーブルを挟んで向かい合っている。
 白きアモルタはポットを下ろすと、テラスの端に振り向いた。
 黒きオディウムもそれに続く。
 2人の視線の先に、語らう男女の天使がいた。
『ふふ、働き過ぎでは』
 アモルタは、背中を見せる女性のセリフを呟いた。そして男性が答えた、その続きもあえて声にする。
『そうかもしれない。プロディティオなる男が反旗を翻して以来、各地からの救援要請は増すばかりだから』
 男性の天使、若きレザエルはここで、生けるユナイテッドサンクチュアリの華リィエルに向き直った。
『だが無理を押しても会うべき人がいる。それが今の僕の幸せだ』
 次のセリフはオディウムが引き取り、そして首を振った。
 寄り添う2人は言うまでもなくレザエルとリィエルだ。これはレザエルの記憶にある昔の映像なのだ。
「また繰り返し?結局、あなたはここに戻ってくるのねアモルタ、いえレザエル・・・・
「私ではなく彼の記憶がループしているのよ、オディウム」
「わかったわよ、レザエルの記憶を持つ未来生まれのリィエル゠アモルタ。それで私に何と言わせたいの?」
 今度、首を振ったのはアモルタだった。
「何も」
 彼女が目を伏せたカップには穏やかな琥珀色の紅茶が揺れている。
「ただ、全てを知ってほしかっただけ。あなたに欠けていた記憶の中に、こうして一緒に浸ることで」
「ご苦労様。でも結局この後、リィエルは死ぬの。愛など解さない野蛮な叛徒どもの手にかかって、無惨にもね。レザエルは間に合わない、永遠に」
「避けられぬ運命」白きアモルタは涙を拭いて嘆息をつき、
「覆すべき宿命」黒きオディウムは傲然と胸を張って宣言すると、命じた。
「止めて。もう充分よ」
 最上層テラスに突如、ノイズが走り、周囲の風景は停止した。
 こちらに背を向けて語らうレザエルとリィエルも、また。
 この風景は(滅んだ未来の)レザエルから引き継いだ記憶を、時の運命者リィエル゠アモルタが再生したものだ。いわば仮想現実VRであり実体は無い。
「彼の記憶を一から体験させてくれたのには感謝するけれど、時間稼ぎは無駄。意識を戦闘に戻して!私、ますますやる気になっているから。彼に決して罪は犯させない!負けないから!」
「そう、でしょうね。あなたは」
 奇妙な事実として、時間軸が生み出した“時空の双子”といえる2人だが、白きアモルタにはレザエル譲りの落ち着きがある一方で、黒きオディウムは──宿命者として燃える闘志があるためか──若々しく活発であり、まるで年の離れた姉と妹のような対話になっている。
「もう少しだけ時間を頂戴、オディウム」
「時は貴重だわ。お互いにね、アモルタ。あなたこそ急ぐべきじゃない」
 黒きオディウムが冷たく見つめるその先で、白きアモルタはカップを掴み損ねた。いや、その透けた指ではもう掴めないのだ。
「私はこの映像で2つの結末を見せてもらったわ、アモルタ。ひとつがブラグドマイヤーのゼロうろによって滅ぶ世界。そしてもう一つが今につながる時間軸。つまりあなたが消滅した過去」
「あなたの《在るべき未来》は3つ目ね、オディウム」
「そうよ。ねぇ、アモルタ。どうしてあなたが私を止めようとするか、私には理解できない。元になった過去を変えれば誰も死なないのよ」
「いいえ。その未来が叶えば今度はあなたが消滅する・・・・・・・・
 黒きオディウムは怯える気配すら見せずに、白きアモルタをにらみ返した。
「……」
「では解っているのね。時間軸を変えようとする挑みは、当事者の消滅をもって終結する。避ける方法は無い。それこそ私たちが縛られる時空の絶対的な法則よ」
「あなただってそうでしょう、アモルタ!そして今、2度まで時空間の泡となって消えるリスクを冒している。他でもないレザエルのために!それも私と同じでしょう」
「お願いよ、オディウム。私が言う事をよく聞いて」
 透けかけている手がテーブル越しに、黒きオディウムの腕を抑えた。
「いや!もう戻して!決着をつけるの!」
「いいえ、離しはしない」
「……」
「だって私はあなたで、あなたは私でもあるのだから」
 この記憶の世界に引き込まれた時と同じく、黒きオディウムはまたしても白きアモルタに抵抗できなかった。
 どちらの場合も、時の運命者リィエル゠アモルタは声を荒げることすらしていない。
 だが彼女アモルタの中に確かに存在する侵しがたい“何か”に、戦意モラルや体力では遙かに勝っているはずのオディウムがまったく歯が立たないのだ。
「でもお互い時間がないのも本当。……聞いて、オディウム。誰かの駒のままで消えるのはしゃくじゃない」
 白きアモルタの砕けた物言いに、黒きオディウムは胸をつかれた面持ちになった。
「私たちは肝心なことがまだ判っていない。あなたを宿命者にした力は《絶望の祈り》、私を運命者にした力はレザエルの運命力デザインフォース。わかるでしょう。それらは力でしかない」
「つまりその背後には」
「そう。私たちを邂逅させ、せめぎ合わせようと働きかける意志がある。それは何か。あるいは誰なのか」
「私たちに働きかける、誰か」
わたしたち・・・・・は医師。そうよね、リィエル・・・・゠オディウム。起こっている事象を見極めるのが仕事」
「……」
「見極めましょう。駒ではなく、ひとつの個性、ひとりの女性として」
「でも……どうすれば」
「協力して。そして協力を要請・・して。私たちが今まで触れてこなかった“記憶”にその答えがあるはず。潜りましょう、もう一段深く」
 黒きオディウムが聞き返す間もなく、白きアモルタの顔が寄せられ、現実世界でもそうしているように、この記憶の中・・・・においても2人のリィエルはひとつに重なった。
 アモルタとオディウムの顔は互いに接している。それはまるで美しい双面の彫像のようだ。
 そして互いの記憶が合流し、
 また周囲の世界は曖昧な闇に同化した。

Illust:海鵜げそ


「その日、私はD3峰の山頂にいた。同じく睡りの中で私は眩しい光に打たれた。それはまるで白昼夢のようだった。そこで……何か大事なことがあったような気がする」

 これは奇跡の運命者レザエルの言葉、そして
「俺はいつもの短いねむりの中で、何者かに囁かれたように感じた。“強きを求める『無双の運命者』よ。ベクトア・バザールに悲しみの天使の翼エンジェルフェザー、『奇跡の運命者』を探せ”と」

 こちらは無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの証言だ。
 いまアモルタとオディウムは時の外側から、レザエルに関わる運命者誕生の瞬間、その記憶を探っていた。
 この瞬間には互いに身体の感触は無い。2人はいま浮遊する視点と思考である。
「他の運命者は?」と黒きオディウム。
「ヴァルガと同じようだったと聞いているわ。光と、運命者と邂逅しせめぎ合うようにと促す囁き」
 白きアモルタは何か確信を得たように、落ち着いた声で答えた。

 ここでまた割り込んできた情報があった。
 闇に、映像が浮かび上がる。ドラゴンエンパイアの空を飛ぶバヴサーガラとトリクムーンの会話である。
「ツバレンのこと、話してやればよかったのではないか」
「知らぬほうが良いこともある」

 ツバレン?
 アモルタとオディウムが(瞑想中の今、ほとんど身体の感触は無いので気持ちとして)顔を見合わせた。
 そしてまたトリクムーンの独白。
「その目覚めが良い方に転べば良し。かのツバレンの様になるなら、その時は……ボクらの出番か」

 ツバレン。
 この言葉はなぜ繰り返し登場するのか。
「これらの情報は?」と白きアモルタ。
「言われたとおり今、レヴィドラスに協力を呼びかけたら提供してくれたわよ」
「ツバレンとは何の名前なのかしら」
「北の果てにある島の名前らしいけど、ここまでが守秘義務・・・・に触れない限界らしいわ。チラチラほのめかすだけって、教えないより不親切よね、あのお爺ちゃん」
 黒きオディウムの思考には怒りよりも呆れている様子が窺えた。
 全てを知る者、無限の宿命者レヴィドラスは無限鱗粉インフィニット・アイズにより、惑星クレイ世界の歴史と出来事のほぼ全てに通じている。思考と記憶を探索中のオディウムに接触するのも、お手のものの様だ。
 基本的に宿命者同士としては頼れる関係らしい。

 また映像の割り込み。
 場面は変わって、どこかの荒寥とした氷原のようだ。2つの人影とその背後の山には荒廃した神殿が見える。
 一人はレザエル。もう一人は竜族の戦士のようなフォルムなのだが、靄がかかっていて見えない。
「私は……、惑星クレイを離れ、……する」
「クレイを離れる?そんなことできるのでしょうか?」
「運命者は邂逅することで運命力デザインフォース天秤バランスを傾け合う。そのためにもまだ“何も知らない”ほうが我が『運命大戦』を成立させやすくするのだ」
「君の記憶から、私と……に関わること一切を消す。私が……か、……ば元に戻る」

 ちょっとレヴィドラス!何よ、いまの「……」は!!
 激怒するオディウムの背を、アモルタは彼女を抱きしめた実体の手で優しく叩いてなだめた。

 風景が天空の都ケテルギア、最上層テラスに戻った。
 身体の感触が戻り、オディウムは少し名残惜しそうにアモルタの腕から身を離した。
「もう!全然判らなかったじゃない、あいつめ!」
 オディウム、オディウム。白きアモルタが憤慨する黒きオディウムをなだめた。
「充分よ。色々と判ったわ」
 オディウムは「えっ?」と驚きの表情を浮かべた。自分の鏡像とも言えるアモルタと長く触れあっていたためなのか、黒い怒りや罪の意識から少し解き放たれ、より和んだ印象が増している。
「まず一つ。運命大戦は誰か・・によって仕組まれたものだった」
「いいわ。ではその誰かを仮に神殿の戦士竜と呼びましょうか」
「えぇ。そして次に、戦士竜はレザエルの知り合い、少なくともレザエルが任務のために自らの記憶を消させても良いと思えるほど、信頼している相手だった」
「三番目。つまり戦士竜は運命者に“光(つまり運命力)”のメッセージを囁くことで互いに邂逅し、その運命力を傾け合うように意図した、と」
「正解。お茶は?オディウム」
「いただくわ。アモルタ」
 今度は断らなかった、オディウム。
 かくしてアモルタの見事な手さばきでカップが満たされ、オディウムも再び香り高いユナイテッドサンクチュアリ産の紅茶を堪能する。ほんのわずかな間だが、場違いなほど穏やかな空気が2人の間に流れた。
「次に宿命決戦」「続けましょう」
「あなたは《絶望の祈り》、つまり封焔の巫女バヴサーガラが集めた世界の半分の運命力、時間軸の向こうに消えたはずの力を担って生まれた」
「そうね」
 また黒い怒りが湧きあがってくるオディウム。
 アモルタは冷静だった。事実は追究せねばならない。それが務めだ。彼女は──彼女がその記憶をもつレザエルと、彼女の元となった女性リィエルは医者だったから。しかもそのどちらも不世出と言われた名医なのだ。
「では他の宿命者はどうかしら?」
「たぶんレヴィドラスのお爺ちゃんは真実を知っているけれど、確信は教えない」
「運命大戦を立ち上げた戦士竜とは別な存在を感じるわ」
「宿命者が運命力に打たれ、野望をかき立てられているのは間違いないわ。ただいずれも強制ではない」
「そこが第二の人物の狡猾なところなのでしょう」
「そしてそれに関わる言葉と地名がツバレンというわけね。それではをツバレンと仮称しましょう」
 よろしい。アモルタは頷いた。
 いつの間にか2人は息の合った探索者、そして(これほど断片的で不完全な情報から筋道を立てて事実を探り出す)おそらくこの世で最も優れた分析者ペアになっていた。
 それはアモルタが持つレザエルの知識と経験、オディウムを構成するギアクロニクルの時空に対する直観と洞察力、何よりも2人の元となっているリィエルという天使が、どの時代においても飛び抜けて優れた知性と強靭な精神力を持っているからに他ならない。
「そのツバレンについて。私はブラグドマイヤーのそばにいてゼロうろの中から、ケテルの予言さえも妨害し介入した事件も聞いている。つまりそれは時空間にも干渉できるほど強力で邪悪な存在ということ」
「ではレヴィドラスは?あのお爺ちゃんは同じ宿命者として、『運命者と宿命者は出会う定めにあり、その末に世界は在るべき未来へ進むのだ』と教えてくれたわ」
「嘘は言っていない。でも彼も、ツバレンが何か深い意図をもって全員を動かしている事は察しているのでは無いかしら。そして無限の宿命者レヴィドラスにはたぶん、ツバレンとは違う意図があると思う。たとえば、必要と思われる情報だけを与えて、あなたの怒りを今この瞬間も巧みに制御していることも」
 あいつ、とオディウムは拳を握った。
「でもそれは、あなたの為であるかもしれない」
 私のため?またオディウムは目を見開いた。
戦闘バトルモード。レヴィドラスから聞いていない?私たちはギアクロニクルの技術によって生み出された複製クローン。半ば以上生物だけど、同時に機械でもある。一度、命をかけて相手を倒すと決めて戦闘を始めたら、つまりあなたが怒りに目が眩んで正気を見失ったら……」
「もう、引き返せない」
 オディウムの顔色がその出現以来、いま初めて青ざめていた。
「止めるには?」
「どちらかが倒れるまでやるしかないわ。……オディウム、最後にこれだけは言わせて」
「何?」
 白きアモルタは黒きオディウムの頬を優しく包むと、その目をひたと見つめた。
「レザエルを悲しませたくない。そのために私たちは今、争っている。あなたは絶望、私は希望を背負って」
「……」
「私たちの元は同じリィエル。今、あなたが見てきたレザエルの全記憶を思い出して。もうわかるでしょう。死の瞬間でさえリィエルが微笑んでいたのは何故なのか。彼女が一番癒したかったのはレザエルなのよ。そしてレザエルはそんなリィエルを愛していた。彼女の死を、世界を揺るがせるほど嘆くくらいに。あなたもそうではないかしら。あなたはそんなレザエルを愛しているのでは。時空のことわりを歪ませるほど」
「でも、私は怒りと憎しみから生まれたわ。あなたが言ったようにそれは変えられない。決着がつくまでは」
「そうね。でも私はあなたの中の愛に、確かに触れた。だから私はあなたの為に祈る。過去に戻ってやり直すよりも、この世界と私たちと向き合って幸せになって、と。例えこの戦いが、どんな結果になったとしても」
 周囲の風景が白熱すると、ガラスのように割れ、飛び散った。
 再び、戦いが始まった。
 運命と宿命を決する戦いが。


Illust:ToMo


 ──現実へと戻った、その瞬間。
 アモルタとオディウムは飛び退った。
 その間を、機械竜の突進がよぎる。
 アナクロノス・ドラゴン。
 壁から出現したギアドラゴンは時の宿命者リィエル゠オディウムを護る屈強な兵士、攻撃の切り札である。
 だがそのアナクロノスが振るう歯車型の大斧も、アモルタの裾さえ切り裂くことはできなかった。
 それは彼女の身体をしっかりと引き戻した、幾つもの優しい手。
「「「リィエル様!!!」」」「あなたたち!」
 号笛の奏者ごうてき そうしゃ ビルニスタ、愛琴の奏者あいきん そうしゃ アドルファス、麗弦の奏者れいげん そうしゃ エルジェニアが割り込んだからだ。
 さらに4人の天使は、オディウムが息継ぐ間もなく放ち、雲霞うんかの如く迫った黒い針の攻撃もひらりとかわしていた。
 アモルタの元であるリィエルは元々戦場を駆ける天使エンジェルフェザー、いわば衛生兵であり、武術の心得のある歴戦の勇士。従者たちもまた2000年を超える間も、万が一の事態に備え、主人を守るため日頃から鍛練怠りなかった戦士なのだ。身のこなしには何の不安もない。
「なるほど。あなたの、いえリィエルの忠実なる従者という訳ね。小癪な!」
「そう。皆の心を受け止め、私はあなたを止める。この一撃で」
 アモルタの後背に光の輪が出現した。
 エネルギーが集束する。
 それでは、時の運命者リィエル゠アモルタは戦闘バトルモードに入る事なく、己の全身全霊の攻撃アタックを放てるようになったと言うのだろうか。
 その輝きを、ソエルとブラグドマイヤーに支えられたレザエルは眩しく見つめていた。
「──!」
 刹那。オディウムは迷った。
 眼下に控えるギアクロニクルに命じ、護らせるべきか。それとも攻撃を打ち返すべきか。
 アモルタを見、決死の表情の従者たちを見、そして澄んだ眼がこちらを見つめるレザエルを見た。
 そしてそれが勝敗を分けた。
「これが私の望む《在るべき未来》!受け止めて、オディウム!!」
 白きアモルタの背後で光輪が回った。
 それはまるで止まっていた時計盤が復活して動き出したような、激しさよりも荘厳な《運命》の歯車を思わせる重々しい動きだった。
 その回転がみるみる極限まで速度を速めた時──
 無数の光の針が打ち出され、祭壇の間を奔流となって走ったそれは、黒き時の宿命者リィエル゠オディウムを包み込み、そして地に叩き伏せた。

Illust:海鵜げそ


「オディウム!」
 白きアモルタが与えた仮眠からの突然の覚醒。にも関わらず、レザエルの状況把握と反応は速かった。
 黒きオディウムに駆け寄ると無理に動かさず、ソエルとそしてブラグドマイヤーに指示して、彼女を周囲から隔絶させる。
 手の先から出た柔らかい光、レザエルの神聖魔法がリィエル゠オディウムのかぼそい身体を包んだ。
 黒い天使はまだ目を開けない。
 いっそう力を込めようとしたレザエルは、背後から彼に倍する癒やしの力が押し寄せ、彼に手を貸してきたのを感じた。
 背後には祭壇、その下にはレザエルの愛しい人がいる。
「……リィエル、君なのか」
「そうね、たぶん。レザエル」
 言葉は少し遅れてきた。
 降下してきたリィエル゠アモルタである。その手もまた癒やしの力に輝いている。
 白き天使もまたその言葉通り、今起きたことを正しく認めていた。
 彼女が急ぎ舞い降りるよりも早く、祭壇の中から、確かにレザエルに力を貸した何かがあったのだ。
 時空を超えて、彼女の化身ともいえる黒きオディウムの治療に、愛しきレザエルに手を貸した意志。
 アモルタはその名の主を誰よりも知っている。
 ユナイテッドサンクチュアリの華、エンジェルフェザー リィエル。
 傷つくもの、病めるものがある所にいつの間にか現れ、分け隔てなく治療を与える彼女を、人々はこうも呼んだ。
 奇跡の天使、と。
「まず他人を癒すことしか考えないのね。あなたたちときたら」
 そして今、ようやく目を開けた黒きオディウムの言葉、その第一声に、誰より先にソエルが声を上げて泣いた。
「そうだ。だから皆、彼女を愛した。私もまた、誰より……」
 レザエルもまた泣いていた。
 その肩にリィエル゠アモルタの白い手がかかっている。その腕は、今やしっかりとした実体を備えていた。
「運命力があなたに流れ込むのを感じるわ、アモルタ。あなたの勝ち、私の負け。……これからどうすれば」
「生きていけるわ。この世界で、一緒に」
 それは先ほど、2人だけで語ったことだった。
 オディウムの目から一粒の涙がこぼれた。

「何でしょうか、これは」
 決闘の場に追いついていたソエルが耳をそばだてる。
 遺構に潮騒のようなざわめきが湧き起こっている。
「運命力の均衡バランスだ」とブラグドマイヤー。
 かつてゼロうろの中心にあり、運命大戦の終わりにも立ち会った彼だからこそ、今起こっている事を正しく理解しているのだろう。
 彼の感覚を借りて表すならば、レザエル、2人のリィエル、ブラグドマイヤー、そして離れた場所にいるはずの運命者と宿命者、その全てから集まった運命力の流れが時の運命者リィエル゠アモルタに集まり、束ねられていく。
 リィエル゠アモルタとは、もうひとつの時間軸における未来のレザエルの運命力と記憶を持ち、現在(正確には少し以前となるが)における亡きリィエルのギアクロニクル複製体クローンであり、そして一度その存在を消滅させながら白い羽根というよすがを介在させることでブラグドマイヤーのゼロうろから復活した運命者である。そして何よりも愛しい人と万人のために、心から癒やしを望む優しさと高潔な人格の持ち主だ。運命と宿命を合わせた膨大な運命力を授かり、豊かな《在るべき未来》を掴み取る資格も器も、充分すぎるほど備わっている。
 ブラグドマイヤーほど敏感では無かったにしても、今ダメージから回復しつつあるレザエルも、暗闇に光明を見出した心地に浸っていた。
 後は振り向くだけ。
 いま肩に手を掛けてくれているリィエルは、いや時の運命者リィエル゠アモルタは、変わらぬ微笑みで迎え、レザエルの予感を現実のものにしてくれるだろう。幸福な恋人にのみ感じられる心震えるほどの渇望にかられながら、奇跡の運命者は身を起こした。

 その時──。
 苦鳴が安息を破った。
 振り向いたレザエルは、そこに信じられぬ光景を見た。
 時の運命者リィエル゠アモルタ、白き天使の胸を闇の剣が貫いていた。
「リィエル?!」
 レザエルは絶叫した。
 時はどうしていつも彼に残酷なのだろうか。
「宿命と運命のすい。その全て、確かに頂戴した」
 倒れ伏すリィエル゠アモルタから剣を引き抜き、闇に溶け込むように消えたのは──
 無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス。
 そしてその瞳は、真っ赤に燃えていた。



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《今回の一口用語メモ》

ヴァルガ・ドラグレス失踪についての緊急報告

 ケテルサンクチュアリ防衛庁長官殿

 時の運命者リィエル゠アモルタを襲い、姿を消したヴァルガ・ドラグレスについて。
 待機しておりました我々ケテルサンクチュアリ騎士団遺構守備隊と、周囲を固めていた封焔竜、封焔の巫女バヴサーガラの警戒網、徹底捜索にも関わらず、犯人ヴァルガの行方は掴めておりません。
 リィエル゠アモルタは、リィエル゠オディウムと共に強襲飛翔母艦リューベツァールに収容され、レザエル医師執刀の元、緊急手術中であります。経過と結果は追ってご報告いたします。
 現在の所、犯人の動機も意図も不明。
 弟子である熱気の刃アルダートも(騎士団の別働隊が身柄を確保いたしましたが)、突然の出奔と凶行、さらに行方をくらました師匠ヴァルガに対する混乱と動揺が激しく、未だ聴取ができておりません。
 小官が任務と信頼に応えられなかったこと慚愧ざんきえず、事後は謹んで責を負う覚悟。ただ今は、引き続き封焔と協働して全力で捜査にあたり、少しでも我が神聖国と運命者ネットに対し、有力な情報を得んと努める所存であります。

心よりのお詫びと、辞表を却下していただいた事に感謝を込めて
ギアクロニクル第99号遺構 保安担当
明敏の騎士カテルス



ユナイテッドサンクチュアリ時代、リィエルレザエルが語り合ったテラスについては
 →ユニットストーリー141運命大戦第15話「奇跡の運命者 レザエル III《零の虚》」を参照のこと。

ツバレンについては
 →150 「仁竜融騎 グライアンドラ」
  で触れられているが、運命大戦を仕組んだ者、また宿命決戦を引き起こした者の謎と共に、
  詳しくは今後の関連ストーリーの公開をお待ちいただきたい。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡