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短編小説「ユニットストーリー」
161 宿命決戦第10話「奇跡の運命者 レザエル V《奇跡の光》」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル
カード情報
 手術中の赤い表示が消えた。
 扉が開くと、ストレッチャーに寝かせられた時の運命者リィエル゠アモルタが運び出される。全身を緩やかに半透明な運命力の皮膜に覆われたその顔は穏やかだ。
「アモルタ!」
 黒きオディウムこと時の宿命者リィエル゠オディウムが駆けつけようとして、クリスレインに優しく抱き留められ、
「リィエル……」
 次の角で待っていたヴェルストラが、ストレッチャーを引くソエルによろしく頼むと声を掛け
「……」
 エレベータの前では封焔の巫女バヴサーガラと、開放ボタンを押し続けるトリクムーンが厳粛な面持ちで待機しており、最後に、
「「「リィエル様」」」
 号笛ごうてき奏者そうしゃビルニスタ、愛琴あいきん奏者そうしゃアドルファス、麗弦れいげん奏者そうしゃ エルジェニアに迎えられて、ストレッチャーは病室へと入った。
 リィエルの忠実な天使3人はあるじが──ギアクロニクルの力を得てリィエル゠アモルタとして──復活するまで、そして現在も聖なる遺体を完璧に維持している看護のプロフェッショナルである。不安は何も無い。

「ドクター・レザエル、誠に!誠にお見事な手際でした!」
 ブリッツドクター ゲイズン──強襲飛翔母艦 リューベツァール船医、ヴェルストラ主治医──は感激を隠しきれない面持ちでマスクを外すのもそこそこに、隣で手術衣を脱ぐレザエルの肩に手を掛けた。いまは背丈を飛行器で補っている。

Illust:オサフネオウジ


「愛しい人の執刀なのに冷静で確かな方針と手技、我々への的確な指示、そしてあの大胆なアイデア!グレートネイチャーの医科大学病院でもおそらく敵う医師はいないでしょう。……あぁ、いけない。お疲れの所なのに興奮してしまって申し訳なかった」
「いや、ドクター・ゲイズン。皆さんのサポートとこの最新設備がなければ私のリィエルを救う事は難しかったと思う。心から感謝する。ブラグドマイヤー、もちろん君にも」
ゼロうろにあんな使い方があるとは、オレはまったく思いつかなかった」
 ブラグドマイヤーも手術衣を脱いだ。
 レザエルは一刻を争うリィエル゠アモルタの治療と手術にあたって、ゼロうろの中で“あらゆる機能が止まる”ことを利用した。つまり応急処置から、手術に際して体機能の一時停止、そしていま絶対安静の治癒期間まで、ブラグドマイヤーから分けられたゼロうろつまり運命力の薄い皮膜によって、時の運命者リィエル゠アモルタを守ったのである。
「患者を第一に考える気持ちがそうさせたのだろう。オレ自身、大した事はしていない」

『ブラグドマイヤー!アモルタをゼロうろで包んでくれ!』
 あの時、リィエル負傷とヴァルガ失踪の衝撃はほんの一瞬。
 負傷が心臓ハートであると見抜いたレザエルは、アモルタの周辺だけ“あらゆる機能を止める”ことを思いついた。
 その判断と発想力もさることながら、そのレザエルの言葉を絶対信頼し、聞き返すことなく瞬時に発生させたゼロうろを放ち、リィエル゠アモルタを包んだブラグドマイヤーの理解力と反応速度も尋常ではない。
 なお言い添えれば、遺構内部から運命者と随員全員そして黒きオディウムを瞬間移動させ、ゲイズンを含めた医療チームに緊急手術オペを手配し受け容れ準備を整えた、標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”の貢献も見逃せない。
「いいや。生命エネルギーの漏出(※注.人間でいう出血にあたる)と闇の刃による細胞浸食を、あの場では医者には止められなかった。いわば運命力と医術、そして科学の勝利だ。何より即死を免れたのは君のおかげだよ」
 ブラグドマイヤーは軽く斜めを見上げた。どのような感情かは窺えないがどうやら絶賛されて嬉しいらしい。
「ヴァルガ・ドラグレスとは付き合いが短いが、ヤツの剣はあれほどの凶刃だったか」
「うむ。それも含めて皆に話しておきたいことがある」
 手術室の前に、黒きオディウム、クリスレイン、バヴサーガラとトリクムーンが集まった。
 そして病室に人と設備が足りていることを確認したヴェルストラがソエルを引き連れて現れ、こう言った。
「わかった。ラウンジに行こう。まずはひと休みだ」

Illust:タカヤマトシアキ


「ゾルガ船長につながった」
 ヴェルストラは文字だけ浮かんだスクリーンを背に、一同に振り向いた。
 水晶玉マジックターミナル音声のみSOUND ONLYだ。
「バスティオン防衛省長官殿も同席している」
 ゾルガの声には珍しく皮肉な調子がない。
「こちらはバヴサーガラとオディウムが同席だ。レザエル、ブラグドマイヤー、そしてオレ。クリスレインも駆けつけてくれた」
「黒きリィエル゠オディウムもか」
 バスティオン長官の懸念はもっともだ。つい先ほどまで、レザエルの命と引き換えにその運命力を手に入れ、遠い過去を改変しようとしていた張本人なのだから。
 名指しされたオディウム本人も翼を畳み、明らかに意気消沈している様子だった。
「うん。それについてもレザエルから説明があるそうだぜ。では、後はよろしく」
 ヴェルストラはここまで一切茶化すことなく、レザエルへとバトンタッチした。
 それだけで事態の深刻さが解ろうというものである。
「ありがとう、ヴェルストラ。皆の協力で、リィエル゠アモルタの手術は成功した。容態は安定していると言って良いだろう。絶対安静ではあるが」
「よかった。まさに奇跡ですね」
 クリスレインは安堵の息をつきながら、まだ顔を上げない隣の黒い天使オディウムの背を撫でている。レザエルは微かに頷きながら2人を見て、そして続けた。
「オディウムに同席してもらったのは、これまでの事とこれからの事にも彼女は深く関わっているからだ」
「レザエル、それは貴殿の《在るべき未来》だな」
「そう考えて良いと思う、バヴサーガラ」
 レザエルは会釈した。このヴェルストラのサロンを通じて結ばれた友誼ゆうぎだが、レザエルが医術で人々を救いながら同時に常に世界の均衡バランスへの意識を高く持っている事、一方、バヴサーガラの世界を人知れず裏側から支え警戒する行動力、互いにその献身的な働きを尊敬し合う仲だ。
「まず今進んでいる状況の整理をさせてもらいたい」
 レザエルは席を立って発言した。
「この船は私からの依頼で、ある地点に針路をとっている。あとで君にも合流してもらうぞ、ゾルガ船長」
「承知。だが目的地は?」
「この通信ではまだ明かせない。何しろ大気や水の中にさえ聞き耳を立てている者がいるから」
「レヴィドラスのジジイ。あの無限鱗粉インフィニット・アイズだな」「ブラグドマイヤー、それは悪い言葉だと言った」「ゼロうろだが、指示通り、部屋の内側に展開してある。安心してくれ」「……」
 この会議室も守秘回線はもちろん、さりげなく対電磁波・対魔法にも厳重な設備を備えている。
 しかしブラグドマイヤーの言葉通り、無限の宿命者レヴィドラスに対する盗聴防止には、ゼロうろによるシールドがもっとも有効である。レヴィドラスはゾルガ、バスティオン側の空気などに潜んで、限られた情報しか流れてこない事に歯噛みしているに違いない。ブラグドマイヤーはどうやら上機嫌のようである。
「続ける」
 レザエルは今回の指導を咳払いに留めた。時間が無い。
「皆に伝えたい事がある。私は全てを思い出した」
 はっと黒きオディウムが顔をあげた。
「そうだ、オディウム。先ほど君とアモルタが“記憶”の中で語り合ったことだ」
「ちょっと待て。何のことだよ。思い出したってことは、何か忘れていたのか」
 ヴェルストラがほぼ全員の気持ちを代弁した。
「忘れさせられていた、というべきだろうな。いまから説明する」
 レザエルはスクリーンの前に歩み出た。
「我々は運命者。その元となった運命力は先頃、宇宙より飛来しこの惑星クレイ世界を脅かし、その全運命力を吸い上げ、開花し、そして超存在となりかけたもの」
「それは龍樹。グリフォギィラだ」
 バヴサーガラが頷き、レザエルはまた目礼した。
「天輪と封焔。あなたたち戦士たちの活躍でグリフォギィラは滅びた。だが植物には、枯れてなお己の種を残す機能がある」
播種はしゅってヤツ。タンポポとかのあれだよな。生物の本能だ」
 ヴェルストラはふっと指先に息を吹きかけた。解りやすく和ませる言い方だが、実はかなり高度な事を言っている。レザエルは頼もしそうに彼を振り返った。
「そうだ。グリフォギィラは破滅し、その力が撒かれた先が我々というわけだ」
「ではなぜ皆、せめぎ合うのだ」とブラグドマイヤー。
「運命者について言えば、の発案だ。運命力は磁力に似ている。離れていても引き合い。やがて邂逅する。それならば“術式”として『運命大戦』を考案し、運命力の均衡を傾け合い、集束させ、その頂点を生み出すシステムとしたのだ。願いを叶えられる《在るべき未来》をひとつの目標として」
「彼とはどなたの事?あなたはまるで親友のように彼のことを話しているけれど」とクリスレイン。
 あぁ、とレザエルは深く頷いた。
 真実が明かされる時が来た。
「つい先程。私は手術に集中していながら、ある声を聞いていた。それは昏睡するアモルタのようであり、私のリィエルのようであり、オディウム、君のようでもあった」
「その声はなんと言っていたの」
 オディウムの声は震えていた。ベッドで安静を保っているアモルタを除けば、いまレザエルが言っていることをもっとも理解しているのはオディウムだ。
「『思い出せ』と。そしてその通り、その声の主と、彼に頼まれたことを私は思い出した」
「彼とは?私が知っている人物なのか」とバヴサーガラ。
「長くこの惑星クレイを見てきた貴女でさえ、恐らくその名は知らないと思う。ガブエリウス。それが彼の名だ」
「ガブエリウス」
 会議室と通信に沈黙が降りた。
「そのガブエリウスがなぜレザエルに頼み事をする?運命大戦の目的は?そして宿命者とはなんだ?同じ者の差し金か?」
 ブラグドマイヤーの疑問は純粋であるが故に、皆の疑問をよく捉えていた。
「あぁ。順番に説明する。まずこの地図だが……ゾルガとバスティオン長官には音声だけで辛抱していただく」
 レザエルはモニターに一枚の地図を表示させた。
 その地形と国境は、現在見慣れたものとは違っていた。
 それもそのはず。これは新聖紀。3000年以上も前の地図なのだ。



「当時、北極圏を中心として人々を恐怖に陥れた存在があった。それは『ツバレンの悪夢』」
 バヴサーガラが息を呑んだ。
「そうだ。こちらは貴女も知っている事だ、バヴサーガラ。先日の話では青年グライと共心竜アンドラについて懸念は無いとのことだったが」
 ヴェルストラやクリスレイン、そしてオディウムの視線を受けてバヴサーガラが話を補足した。
「『ツバレンの悪夢』とはドラゴンエンパイアでは今日に至るまで共心竜の禁忌タブーとして知られている、恐怖の伝説なのだ」
 トリクムーンも続ける。
「その悲劇を繰り返さないためにも、人と竜が融和する未来を僕とバヴサーガラは注意深く見守ってきた。だけどレザエル、ツバレンと運命者にどんな関係が?」
「『ツバレンの悪夢』には本当の名があるのだ。それがシヴィルト」
 バヴサーガラとトリクムーンは顔を見合わせた。
「シヴィルト!それが原始の共心竜の名なのか?!」
「私が聞いている限りではシヴィルトは今、惑星クレイ世界を遠く離れた異世界にいるはずだ。それを追って行ったガブエリウスもまた」
 バスティオンの疑問にレザエルは答えた。
「共心竜と言ったが、シヴィルトはドラゴンなのか」とブラグドマイヤー。
「そうだ。正確にはそうだった・・・・・。シヴィルトはもともと人間の心に寄り添う力があった。他者と精神をシンクロさせる、それが共心竜の持つ能力だ。だがヤツは歪み、数多くの被害をもたらした後、捕らわれ投獄された」
「マグナプリズン」「絶対脱出不可能と言われる竜の監獄だ」
 バヴサーガラとトリクムーンの言葉を、レザエルが引き取る。
「その牢獄からシヴィルトは抜け出した」「どうやって?だって脱出不可能なんだろう」
 自身も入獄した経験があるだけにヴェルストラの疑問はもっともだった。
「そうだ。ヤツは肉体を捨て悪意に満ちた霊魂だけの存在、精神寄生体となった。人の心を歪ませ、野心を極限まで高め、そして暴走させる精神汚染だ……あのプロディティオのように」
 悲鳴があがった。それは黒きオディウムだった。
「では、リィエルの死は……プロディティオが内乱を起こしたのは、そのシヴィルトのせいだと言うの?!」
「そうだ」
「あのプロディティオも元はただの善良なケテルの地方領主だった?シヴィルトに性格を歪まされた結果だと。そんな事のために、沢山の人が……私が・・殺されたと言うの!?」
「そうだ!リィエル!そうなんだ!僕は君を救えなかった!本当にすまない!!!その事を悔いない時はない!」
 レザエルの声は半ば慟哭どうこくだった。それは癒えることの無い痛み。その記憶を蘇らせる事は身を刻まれる思いだ。
 言葉は自然に込み上げてきた。時の宿命者リィエル゠オディウムはたぶん生まれて初めて、自分もまたリィエルなのだと実感した。
「そんな……レザエル。あなたのせいじゃない。絶対、あなたのせいじゃないわ!私、よく知ってる!アモルタが、リィエルが教えてくれたから!……でも、それじゃ誰も、救われないっ!」
「だから、これは、誰よりも君に聞いてほしかった。オディウム。仮に君が、その怒りと憎しみに背中を押されるがまま、私を殺してその運命力で無神紀まで時翔タイムリープし、プロディティオの兵たちからリィエルの命を守ってくれたとしても……」
「根本は、何も、変わらないのね」
 オディウムは顔を覆ってしまった。
 自身の悲劇にかきたてられた怒りも憎しみも、彼女の目を完全に曇らせることはなかった。なぜなら彼女もあのリィエルだったから。
 ……。
 怒りと憎しみ?
 これはどこかで……。オディウムが顔をあげた。
「そうだ」
 レザエルの声が水を打ったような沈黙を破った。
「君たち宿命者の後ろには、シヴィルトがいる」
「どうやってそんな事を」
 バヴサーガラですら茫然と呟いた。
 異世界。とてつもない広がりを見せる宇宙をさらに何層も、あるいは互いを隔てる“壁”すらも飛び越えた向こう側、異なる世界に属するどこかの星からシヴィルトは今その魔の手を惑星クレイに伸ばしているというのか。
「シヴィルトでも、たぶん直接手を下すことは無理なのだと思う」
「そう思う根拠は」とゾルガ。
「シヴィルトの物語はまだ終わりではないからだ」
 レザエルは次の地図を出した。
 新聖紀の終わり、ユナイテッドサンクチュアリ国。



「ユナイテッドサンクチュアリの北の果てに、守護聖竜の神殿があった。守護聖竜を祀る神官、神殿を守る竜戦士たち。極寒の氷原と切り立った山。暮らしは厳しく慎ましいものだったが、麓には幸せな竜たちの集落があった」
「まるで見てきたようだぜ」
 ヴェルストラが突っ込んだ。そろそろ少し茶化すくらいでないと、明かされてゆく事実はあまりに重すぎる。
「実際見てきた。私はその廃墟でガブエリウスに彼の一族に伝わる竜の武爪ぶそう術を習ったのだ」
 驚きに目をみはる一同の中で、また気がついたのはブラグドマイヤーだった。
「今、廃墟と言ったな。レザエル」「あぁ」
「滅びたというのか」「もう祀る者も護る者も誰一人いない」
「屈強な竜戦士が守る、由緒ある神殿が、それほど容易に陥落したと?」
「そう。ユナイテッドサンクチュアリの中でも重要な聖地だった」
「……シヴィルトなのだな」
 ブラグドマイヤーの声には怒りがあった。
「そうだ。ガブエリウスの一族はシヴィルトによって滅ぼされた。彼にとってシヴィルトは世界の敵であり、それ以上に家族と仲間、友人の仇なのだ」
「なんてこった」
 ヴェルストラは樽のように巨大なスポーツドリンクのボトルを傾けて、口を拭った。会議なので酒は無理だが、何かヤケに飲まずにはいられない。配られてるコーヒーや茶ではなくて。
「つまりシヴィルトは北極圏を荒らまわった竜で、とっ捕まってからは霊体となって牢獄を抜け出し、ガヴエリウスの一族を滅ぼし、現ケテルの地方領主を狂わせて戦争を起こし、あんたのリィエルの命を奪い、さらにまたこうしてオレたち運命者と宿命者を争わせてるってことだよな」「そうだ」
「極悪人だ」「極悪人ね」「天誅」「絶対許さない!」
 ゾルガ、クリスレイン、バスティオン、そしてリィエル゠オディウムが声をあげた。
「少し待ってほしい。最後の、それも最大の謎がまだ明かされていない」
 レザエルの言葉にブラグドマイヤーが答える。
「そうだ。運命大戦は、そして宿命決戦とは何なのだ」
 レザエルは満足そうに頷いた。ブラグドマイヤーは良い生徒である。
「ガブエリウスは、長年追いかけ追い詰めていたシヴィルトが惑星クレイから去ったのを知った。異世界渡りの術を編み出したのだろうとガブエリウスは言っていた。そして、ガブエリウスもまた一族に伝わる秘術を探求し修行を積むことでそれを可能とした。そしてその最終段階が運命大戦だ」
「2つの世界をまたぐ大悪党というわけだ。スケールでかいな」とヴェルストラ。
「宿命決戦は?」とリィエル゠オディウム。
「ガブエリウスから宿命決戦のことは聞いていない。つまりこれはガブエリウスの計画にはなかった要素ということだ」
「……」オディウムが不安そうに身じろぎした。
「だが推測することはできる。シヴィルトは運命大戦の仕組みや、運命者の成り立ちを利用して、絶望の祈りによる運命力をこの世界に発生させた。それを受け取ったのが宿命者なのだとすれば、これはガブエリウスの術式に対する、いわば“逆打ち”だ。あくまで推測だが」
 魔術や宗教用語である逆打ちを、居合わせたメンバーは正しく理解することができた。教育者の頂点にいるクリスレインは言うに及ばず、熱心な勉強家であるブラグドマイヤーを始めとして運命者は知性でも秀でた存在だからこそ追いつく事のできる議論だった。
「成り立ちからすれば、汝こそその心髄といえるだろう。時の宿命者 リィエル゠オディウム」
 バヴサーガラは黒き天使に歩み寄ると抱擁した。絶望の司祭と絶望の仔、黒き羽が酷似する2人である。
「汝オディウムは歪められた時間軸から漏れ出した絶望、その莫大な運命力から世界を変えうる力を持って生まれた。私は汝を構成する力の司祭。いわば汝の母だ。その怒りと憎しみのいくばくかをどうか鎮める手助けをさせてほしい」
 オディウムはまだ全てを知っているわけではない。
 だが戸惑いながらも、封焔の巫女の温かい抱擁の中で涙をこらえる事ができなかった。オディウムは子供のようにしがみついて泣いた。
 レザエルも頷いた。これこそ運命者の会合にバヴサーガラを参加させたヴェルストラの大手柄である。
「つまり運命大戦と宿命決戦の仕組みは似ているが、その意図は全く別のものだ。そして敵の大きさを把握しかけている今、深刻な問題がある」
「ヴァルガだ」ゾルガが陰鬱な口調で言い当てた。

Illust:萩谷薫


「そう。無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス。我らの友だった男だ。そして、ここまでの話を省みれば、彼もまたシヴィルトに精神汚染されたのだと断じざるを得ない」
「しかも、リィエル゠アモルタへと収束した運命者と宿命者、『宿命決戦』で傾け合った均衡バランスの結果、その全ての運命力を奪って逃げている」
 バヴサーガラに礼を言って椅子に戻ったオディウムの言葉には力が蘇り、冷静で、指摘も的を射ていた。どうやら落ち着きを取り戻したようだ。
「彼は、確かにそう言っていた」
 レザエルは硬い表情で頷いた。
「所在も不明だ。我ら騎士団と封焔竜の総力をあげてはいるが……申し訳ない」とバスティオン長官。
「いいや。仮にヴァルガが今ここに現れたとしても、我々は為す術も無く敗北するだけだろう」
「同意だ。ヴァルガの失踪は──仮にそれがさらに厄介で強力なシヴィルト精神汚染体への進化に必要な時間だったとしても──我々にとっては僥倖であるのかもしれない」
 レザエルの分析をバヴサーガラが支持する。
「ヴァルガはどのようにしてシヴィルトに精神汚染されたのだ?」
 ブラグドマイヤーの言葉はほとんど独り言のようだったが、レザエルはその一言で顔を上げた。
「そう。それこそが謎。そしてそれ自体がおそらく鍵なのだ、ブラグドマイヤー」
「つまり?」
「直接手を下せないはずなのにシヴィルトは異世界にいながら、こちらのヴァルガへ影響を与えた。もしかしたら、異世界とクレイを繋ぐ“何らかの手段”を持っているのかもしれない。こちらもまた異世界に働きかけることができれば、あるいは……」
「それならば、ごう。つまり宇宙的な位相と角度、そして時間が合致するときを待つしかない」
「次元を旅し、稀に出現するアカシックブックのようにか」
 封焔の巫女の発言に、トリクムーンが身を乗り出した。
「バヴサーガラ。貴女はこうした宇宙的な魔術の大家だ。ごうの時とはどのようにして計るべきか?」
「信じてもらえるかどうかは判らぬが……」
 レザエルの問いにバヴサーガラはほんの少し肩をすくめた。
 膨大な知識と経験の蓄積をこのたった一時ひとときですべて伝えるのは無理だ。
「それは必然だ。宇宙と運命力の均衡バランスにおいて、必要ならばごうは起こる。逆に不要ならば、どのように占術計算を重ねても魔術論理を組み合わせようとも科学技術をつぎ込もうとも、起こることは無い」
「つまり?」
 クリスレインほどの知性でもこの論理は理解しかねるようだ。バヴサーガラは微笑むと、奇跡の運命者レザエルを見つめた。
「レザエル。貴殿はもう何か感じているのではないか。近づいてくる必然の時を」
 全ての視線、全ての注意がレザエルへと集まった。
 長いミーティングだった。
 複雑な記憶を蘇らせ、難解な現状を解き明かそうと挑む試みだった。
 だからレザエルの返答には(こういう話題転換の名人である)ヴェルストラでさえ不意を突かれた形となった。
「……実はひとつ試してみたいことはある。皆、一緒に甲板に出てくれないか」

Illust:Hirokorin


 ──強襲飛翔母艦リューベツァール飛行甲板フライトデッキ
 上空は瘴気の曇り、眼下は厚い雲海。ここはまだダークステイツ上空なのだろうか。
 レザエルは方陣の中心に立っていた。
 甲板中央にヴェルストラ、クリスレイン、ブラグドマイヤー、そしてゾルガに繋がる水晶玉マジックターミナル
 少し離れた位置にオディウム、バヴサーガラ、トリクムーン、ソエル、シーケンス・ウィザード、双瞬そうしゅんの剣士イスティアらが見守っている。
「ゾルガとはまだ繋がってるぜ!指示どおりに」
 吹きすさぶ突風の中、イアモニターに手を当てながら標の運命者が声を張り上げた。
「リィエル゠アモルタの病室とも!……だけど、本当にこれで良いのか」
 ヴェルストラにしては珍しいためらいである。
 確かにレザエルほどの医師が音声だけとはいえ、絶対安静の患者が眠る病室と回線を繋がせる事に、疑問を持たないほうが不自然だ。レザエルの次の言葉はさらに謎めいていた。
「あぁ、それでいい。リィエルに関して言えば、むしろこれが彼女の助けになるかもしれない」
 まずは、自らが在るべき心の状態。こうした儀式の基本だ。
 そしてそれはすでに思い当たっていた。
 ごうとは宇宙的な必然の結節、運命の邂逅だ。だとするならば、いつか感じた異世界の感触に頼るしかない。
『そうだ。ここしかない』
 周囲の光景はいつの間にか、ユナイテッドサンクチュアリ天空の都ケテルギア、最上層テラスとなっている。
 それを見慣れたオディウムも、見た事の無い他の運命者も一様に驚きを隠せない。
 奇跡の運命者が空に飛び立つ。
 レザエルが取り戻した記憶は、実はもう一つあった。
 運命者の力が宿った時のこと。
 彼レザエルは眩しい光の中、この懐かしい風景の中に立ち、そしてあの青い髪の少年と出会ったのだ。
『私は手を差し伸べ、彼もまた手を伸ばした』
 今もまた、いや今度はあの少年が立ち、手を伸ばす彼を目指してレザエルは降下してゆく。
 少年の目には燃えるような闘志があった。
 レザエルと同じく、穏やかな中にも愛しい人のために戦う、強い心があった。
『力を。友に戦う力を!シヴィルトに我らの未来を踏みにじらせないために!』
 レザエルは背後に仲間たちの思いを感じていた。皆、光り輝いているのが目を向けなくてもわかる。
 ブラグドマイヤー、クリスレイン、ヴェルストラそして通話の向こう、ケテルサンクチュアリにいるゾルガと病室で横たわっているはずのリィエル゠アモルタまで。その気配すべてが彼であり、また彼と共にあることを全員が感じていた。
 少年の背後にも輝く人間の仲間たちが見えた。
 レザエルは少年を見、少年もまたレザエルを見た。
 そして、互いに差しのばした手が触れあおうとする瞬間、
 ──それが生まれた。

 爆発的な光の中、世界は再び姿を取り戻した。
 ここはリューベツァールの甲板、レザエルを含む全員がなぜか、長大な飛行を終えて着地したかのように片膝を着いている。
「わずかな光でも、手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる」
 レザエルはその言葉をまるで呪文のように力強く唱えた。
 それはいつ聞いたのか。氷原の鍛練の日々か。運命者を託され地上に置かれたドラゴニア大山脈のD3峰の吹雪の中か。それは聖竜が語りかける光の言葉だった。
「クレイと異世界の運命力よ!今こそ我に──!」
 降り注ぐ眩しい光と力の中、レザエルは屈み、そして再び立ちあがった。
 手を伸ばせ!今こそ、その手を光に!
 太陽と星の光を聖剣に宿し、甲冑はその厚みと精巧さを増した、輝くマントが美しくたなびく。そして大いなる翼は6枚を数えた。
『運命王』!
 運命者たちは声をそろえた。
『奇跡の運命王』!!!
 甲板に集う者すべてが声をあげた。
「我こそ、シヴィルトに下される運命の切っ先」
 もはや盗み聞きや盗み見を恐れることは何もない。
 これは仇敵に対する堂々とした挑戦だった。
 レザエルの聖剣が掲げられ、あふれ出るオーラがあまねく暗黒の天と地を照らし出した。



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《今回の一口用語メモ》

奇跡の運命王と《在るべき未来》

 これまでも繰り返し述べられているように、奇跡の運命者レザエルは運命大戦で、真に願うもの、《在るべき未来》を選択できていなかった。
 それは時の運命者リィエル゠アモルタの消滅と引き換えとなった苦い勝利のためであったかもしれないし、(時の宿命者リィエル゠オディウムが指摘したように)ただ一つの未来を叶えるのにレザエルという人物は優しすぎたのかもしれない。
 しかし今回、2度目となったリィエル゠アモルタ消滅の危機、リィエル゠オディウムの惑い、さらにレザエル自身が忘れさせられていたガブエリウスとの記憶を取り戻したことによってどうやら《在るべき未来》への準備は調ととのったようである。
 なお奇跡の運命王とその力については、ここからの本編の続きをお待ちいただきたい。

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無限の宿命者レヴィドラスの無限鱗粉インフィニット・アイズによるほぼ絶対遮断不可能な情報収集能力と、彼レヴィドラスが唯一うとましく思う、ブラグドマイヤーのゼロうろの有効性については
 →ユニットストーリー152 宿命決戦第2話「無限の宿命者 レヴィドラス」
を参照のこと。

プロディティオの乱とユナイテッドサンクチュアリの華リィエルの悲劇については
 →ユニットストーリー138 運命大戦第12話「時の運命者 リィエル゠アモルタII 《過去への跳躍》」
  と同・《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。

青年グライと共心竜アンドラ、「共心竜」については
 →ユニットストーリー150 「仁竜融騎 グライアンドラ」
  と同・《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。

禁忌の運命者ゾルガ・ネイダールが(彼を監視する意味もこめて)バスティオンの元に留められていることについては
 →ユニットストーリー155 宿命決戦第5話「至高の宿命者 リシアフェール」
を参照のこと。

ツバレンについては
 →ガブエリウスとシヴィルトそれぞれの過去、ガブエリウスとレザエルの約束については、
  この後の公開される関連ストーリーをご覧ください。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡