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短編小説「ユニットストーリー」
162 宿命決戦第11話「無限の宿命王 レヴィドラス・エンピレオ」
ストイケイア
種族 フォレストドラゴン

Illust:寿ノ原


 ソエルがその客室の前に辿り着くと、本来は白きアモルタの護衛としてこの船に派遣された突空の騎士パルナセトラが、扉の前で待っていた。槍を携えた正義感の強い天使の女性である。
 同じく天使の、こちらは少年であるソエルが手に抱えた大きな荷物を掲げると、パルナセトラは大人の微笑を返し、後ろ手に何か操作して扉の前から通路の端まで歩き去った。
 これが騎士の情け、いや年上の余裕なのだろうか。
 謹厳実直にこの監視任務をこなすロイヤルパラディンとしては、かなり大目に見てくれた措置だと言える。
 ソエルはその後ろ姿に黙って会釈して、客室の扉に向き直った。
 鍵はすでに開けられている。
 入り口に、突き返された食事のトレイ。
 扉から覗きこむと、殺風景な薄暗い部屋の壁近く、細く射し込んだ光の先にうずくまる影がある。
「アルダート……」
 答えは無かった。
「聴取は終わったんだって?……ごめん。もっと早く来たかったんだけど。その……」
 医師見習いの少年天使は暗闇に語りかけ続けた。
「患者さんが安定するまでは、どうしても病室を離れたくなくて。あ、聞いてるだろうけど、もう大丈夫だよ。アモルタさんは」
 アモルタと聞いた瞬間、影がびくりと動いたのを見て、ソエルは繰り返した。
「大丈夫!すごいんだよ、レザエル様とブラグドマイヤーさんが協働して。見せたかったよ、画期的な治療法なんだ。ここの医師せんせいがたも感心していて」
「良かったな」
 第一声。ぜんぜん良くは感じられない口調で闇が答える。ソエルはあえて明るく答えた。
「そう!本当に良かったよね!……それでさ。みんな、今度は君の心配をしているんだよ」
「オレの?」
「当たり前じゃないか!可哀想に、カラレオルもすっかりしょげちゃってるよ」
「アイツは、大丈夫だ」
「友だちが落ち込んでるんだ。大丈夫なわけないだろう?僕もそうさ!」
「……」
「それに、そもそも君は疑われて連れてこられたわけじゃない。知っている事を話してもらって、そしてああなった・・・・・原因から保護するためだ。ケテルの騎士たちは、動転してお師匠さんを探し続ける君たちを“保護”し、ヴェルストラさんがこの船に引き取った。だからまず、少しは何か食べないと……」
「食べたくない」
「食事のことだけじゃない。僕が心配してるのは気持ちだよ。そっちのほうが深刻だ」
「……」
「ね。これ、持ってきたんだ。いい匂いでしょ」
 ソエルが大皿に抱えていたのは、それはもう見るからに香ばしい焙り肉の巨大な塊だった。
「ヴェルストラさん提供の最高肉をクリスレイン様が時間をかけてロースト(あの人って何でも上手なんだ)、僕も味付けを手伝ったんだ。水晶玉マジックターミナルでよく話したよね。肉のウマイ食べ方。スパイスをたっぷり効かせて、じっくり焙る。塩味はほどほどに」
「……いらねぇって」
「強がるなよ、アルダート。お腹鳴ってるの、ここまで聞こえてるぞ」
 ソエルはわざと砕けた物言いをした。
「ねぇ。剣士にとって食事は何よりも大事なんだろ。お師匠様にいつも……」
「いらねぇって言ってんだろ!」
 ソエルの手から美味しそうな肉がはたき落とされた。金属の皿は床でガランガランと荒く、悲しい音を立てた。
 やつれ泣きはらしたアルダートの顔が、ソエルの目の前にあった。
 極限まで落胆し、悲嘆にくれ、何日も絶食し、立っているのもやっとな状態でもアルダートは若く前途有望な剣士だった。
「お師匠様はアモルタを刺して逃げた!大罪人だ!オレはその弟子なんだぜ!」
「それはもう言ったよね。君は悪くない、アルダート」
 ソエルは肉と大皿をまた持ち上げて、静かに首を振った。
「……」
「ヴァルガさんは立派な剣士だ。正気ならあんな事をするはずがない。まして君は見ていないから信じられないだろう。実際に目撃した僕でさえ信じたくない。……でも起こってしまった。みんな傷ついてるし、辛いんだ。僕も」
 アルダートはまた言い返そうとして、息を呑んだ。
 慰めている側のソエルが泣いていた。誰よりも親しい友のために。
 次の瞬間、アルダートの中で何かが弾けた。
 滝のような涙を流し、膝から崩れ落ちて泣くアルダートを、ソエルはしっかり抱き止めた。アルダートもその首にしがみつく。
「なんでだッ?!何故なんだよ、お師匠様──っ!」
「アルダート……。アルダート、それはきっと、誰にもわからないんだよ」
 慟哭が号泣に、やがて啜り泣きになるまで、ずっとソエルは友だちから離れなかった。
「落ち着いた?」
 ソエルはアルダートの肩を抱いて、起き上がらせた。
「あぁ。……ごめんな。心づくしのご馳走を」
「いいよ。きっと叩き落とされるだろうって忠告されて、わざわざ包んできたからねっ」
 ソエルはちょっと怒った顔で(もちろんわざとだ)親友の顔の前に、拾い上げた焙り肉を突きつけた。
 それは丈夫な紙で幾重にもくるんであった。
 そうそう、きっちりと巻いておきな。落とされようと、放り投げられようと、全っ然平気なくらいにさ。
 ついさっき、ヴェルストラCEOはそう言いながらソエルの髪をわしゃわしゃしてウインクしてみせたのだ。
「さ、食べよ、アルダート」
 ソエルはそう言うと、自分で端を千切って食べ始めた。
「うん、おいしい!このまま全部食べちゃおうかな」
「おい!最初に会った時、言っただろうが。オレの食事、台無しにしたら……」
「命は無い?平気平気、いまの君なら僕でも逃げ切れるさ。……おっと!」
 ソエルはアルダートが足をふらつかせたのを見逃すことなく、肩を入れて支えた。
「……情けねぇ。オレ、ホントに」
 アルダートはまたボロボロ泣いた。
「心から好きで信じていたから傷つくんだ。君はいいヤツだよ、アルダート」
 ソエルはもう泣いていなかった。友を癒すという、彼にしかできない仕事があったから。
「さぁ、座って。食べて。眠るんだ。お医者さんの言うことは聞くものだよ」

Illust:山月総


 月夜。
 森は眠っていた。
 その中心、宮殿の草地でレヴィドラスは赤い目を開け、そしてまた閉じた。
 竜の頭が地面に落ちかけては止まる。人でいえばうつらうつらと船を漕ぐ感じだが、巨大なフォレストドラゴンともなるとそんな控えめな動作ではない。落ちかけては起き、そしてまた目が閉じかける。
 ねむい。
 本来なら、これはあり得ないことだった。
 朱霧森しゅのきりのもりヴェルミスムは、レヴィドラスが世界の隅々にまで散らした無限鱗粉インフィニット・アイズの核心だ。その関係は、蜘蛛の糸とそれを張り巡らせたネットに例えれば解りやすいだろう。彼レヴィドラスが注意を向けている物事に関係する“情報の動き”があれば、罠にかかった獲物のごとく糸の微細な振動、つまり無限鱗粉インフィニット・アイズが異常を知らせる。
 この点で、無限の宿命者は眠るということがない竜だ。
 そのレヴィドラスが今、猛烈な眠気に襲われ、そして彼の統べる森もまた機能を停止しつつある。
 だが、果たしてそれは眠気だったのか。意識レベルの低下を強制する力が働いているとしか思えない状況だった。それも恐ろしく強大な力が。
『思い出せ』
 彼の薄れかけた意識に、その言葉だけが繰り返し響いている。
『思い出せ』
 レヴィドラスは覚えている。これはかつて天使レザエルに対して、ガブエリウスなる戦士竜が消した記憶を取り戻し、覚醒を促すキーワードとして設定したものだ。そして今、その言葉はレヴィドラス自身、心の内側からこみあげてきているようだった。
 だが、何をだ?
 レヴィドラスは全てを知り全てを忘れない竜であるのに。
 その朧となった視界、目と鼻の先に、草地を踏みしめて近づく足が見えた。
 黄色の足に黒い爪。
 これは、どこかで……。
「睡れ、世界の目よ」
 聞き覚えがあるぞ。その2つの剣が巻き上げる風にすら触れたことがある。
「そうだ。オマエのその耳ともだ。有り難く頂戴する。我が野望、真の無双を叶えるために」
 思い出したぞ!おまえは、無双の運命者だな。
 レヴィドラスは最後の力を振り絞って、顔を上げ目を見開いた。
「ほぅ。しぶといな。さすがに100億のよわいを重ねるともなると」
 き、貴様。どうやってここに?!
「答える必要は無い」
 レヴィドラスは目を細めた。違う。無限鱗粉インフィニット・アイズを通じて見続けてきた、あいつではない。その目。赤い輝き……。
「おまえは……」
 ザ・ザン!!
 皆まで言わせず、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは、光と闇の剣を無限の宿命者レヴィドラスの首に振り下ろした。



 “レヴィドラスの目”がサンクチュアリ平原の空を進む、強襲飛翔母艦リューベツァールの艦影を捉えた。
「こちらケテルギア管制塔cloud。リューベツァールの進入を許可する」
ラジャーRoger。飛行コースは提出しなくていいんだよな」
はいAffirm。針路クリア。護衛騎士・・も不要との指示あり。防衛省長官より秘密任務、最優先事項と伺っています。異例exceptionですが」
「オレって男がそもそも異例irregularなんでね。じゃ、ちょっと聖都の庭先借りちゃうよーん」
「どういたしまして。管制塔より、ご武運お祈りいたします。以上Over
「リューベツァール了解!感謝するぜ。バスティによろしく~!以上Over

 “レヴィドラスの耳”が航空無線を解析して言語化する。
 交差した2つの剣を通じてその感覚を共有しているヴァルガはその全てを盗み、把握していた。
 レヴィドラスの無限鱗粉インフィニット・アイズは今、赤い目を光らせる凶刃の剣士ヴァルガ(あえてあの求道者的な無双の剣士ヴァルガと呼び分けるならば、こう呼んでもよいだろう)の意のままに動く目であり耳であり、感触を伝える手でもあった。
『ふむ。なるほど。便利なものだな、無限鱗粉インフィニット・アイズとやらは』
『なぜだ。なぜこんな事ができる?ギアクロニクル遺跡の凶行といい、私の感覚に割り込む力といい……』
『クモの巣は獲物を捕らえるための罠だが、そのあるじでなくともその揺れる様や水滴の付き方で風や天気を予測することもできる。今の我にはなんでも可能だ』
今のおまえ・・・・・だと?』
『貴様もの主から宿命決戦の果てに、誰かはこう・・なると聞いていたのだろう、レヴィドラス』
 レヴィドラスは(彼ほどの年経りし知識竜としては異例の事だが)総毛立った。
『無双の運命者よ。──そもそもそう呼んで良いのかどうかも迷うが──ではやはり彼女を刺し貫いたあの瞬間、貴様は奪ったというのか。時の運命者 リィエル゠アモルタに集まった、2つの時間軸を合わせた力、偉大なる運命力を。私も見て・・はいたが確信を持てなかった……本当にそんなことが可能なのか?』
しかり』
『だが《在るべき未来》はどうする?おまえが望む願いとはなんだ?なぜ私を利用する?』
『答える必要は無いと言ったぞ。貴様は黙って、オレの目と耳になっておればいいのだ。我が真っ先に倒すべき存在、運命王の向かう先。ヤツらがそこに何を求めているのかをな。それ』
 ぐっ!
 よせ、と拒む間もない。
 それは予想をはるかに上回る禍々まがまがしい力だった。
 脳髄をかき乱されるような異様な苦痛とともに、レヴィドラスとヴァルガの“見聞き”する風景が変わった。

 ──天輪聖紀。極北の廃殿。奥院跡。
「君の記憶から、私とシヴィルトに関わること一切を消す。これは母から教わった一種の催眠術だ。私が『思い出せ』と言うか、私が死ねば元に戻る」
「承知しました。しかし私としては前者しか受け容れられません」
「そうありたいな。これはいわば保険であり、そして計画の一部でもある。すなわち『運命者』の」
「その言葉は以前にも聞きました。『運命者』とは何ですか」
「それは君がおのが身をもって知るだろう、我が友レザエル」
 コスモドラゴン ガブエリウスの身体から強い光が湧きあがった。レザエルはあまりの眩しさに顔を覆った。
「準備はいいか。偉大なる挑戦と冒険の始まりだ、レザエル」


『ほう。それではガブエリウスなる竜は、肉体をあの極北の廃殿、その奥院に残し異世界に飛び立ったのか』
『これを知ってどうする』
『教えると思うか。余計な口をきくな。……いや、ひとつ質問に答えよ。なぜ運命者ども・・・・・は今、ガブエリウスの肉体を納めた土地に向かうのか』
 おまえだって運命者だろうに、とは返せなかった。そんな事をすればためらわずに私の首は切り落とされるだろう。100億は永遠に近い年月だが、あともう少しだけ、レヴィドラスは生き延びねばいけない。
『ガブエリウスは星渡りという秘術を用い、運命大戦という術式を編み出した。だが肉体を完全に捨てたシヴィルトと違い、魂は異世界にあるとしてもガブエリウスの持つ力のほとんどは、まだ肉体に残されたままという事ではないかな』
『なるほど。つまり肉体に宿るガブエリウスの力を利用する事こそが、ヤツらにとって最後の希望というわけだ。では我が目指す土地も決まったな』
 レヴィドラスはこれ以上ないほど緊張して耳をそばだてた。
 レヴィドラスを制圧し意のままに酷使しているように見えるこの凶刃ヴァルガのやり方にも、実はデメリットはある。実際には心で思っているだけでも、口に出す以上の本音が、感覚が繋がっているレヴィドラスにも流れ込んでくるのだ。
 レヴィドラスの記憶をまさぐる手が止まり、悪意のある笑いが降り注いだ。
『ふ。オレとした事が迂闊うかつであった。我が意図を探られるとは』
『気づかれたか……』
 もともと剣士として無双を誇っていたものの、いまのヴァルガの勘の冴えは異常だった。
『古狸が!まぁ、いい。これでガブエリウスの肉体の在処ありかもわかった。運命王のこともな』
『これからどうするつもりなのだ、無双の運命者よ』
『その呼び名はともかくとして、そろそろ自分の心配をしたらどうだ、レヴィドラス』
『おまえは私を殺せない。目と耳と手を失うことになるからな』
『それは自分を買いかぶり過ぎだろう。我は大陸と大洋を横切ってこの森に到達するのに数日も要することなく、貴様のムダに多い知識から必要な分だけを速やかに吸収し、無限鱗粉インフィニット・アイズ感覚・・にも容易に割り込めたのだ。宿命と運命のすい、2つの時間軸の運命力を得た我に不可能はない』 
 レヴィドラスは嘆息をついた。悔しいがそれはまったくの事実だった。
『それが貴様の《在るべき未来》というわけか。その剣で天地万物。その一切を鏖殺おうさつせしめ、真の無双へ至らんとするのが?』
『その通り。我以外の全てを葬れば、我が最強だと証明できる』
『聞け。私の記憶と知識を探ることで、おまえももう必要な事は知っているのだろう。我ら宿命者と、おまえヴァルガ・ドラグレスをそそのかし、どうしようもないほどにその精神を汚染させた張本人。その名はシヴィルト。共心竜であるヤツは他人の心に入り込み、野望をかきたて、成し遂げたいと心に願っている事を増幅させ暴走させる』
『そのようだな』
『おまえほどの男、無双の剣士が、シヴィルトの精神汚染が見せる幻に踊らされて狂うのか、ヴァルガ・ドラグレス。目を覚ませ!』
『……』
『聞こえているのだろう!シヴィルトの影を追い払え、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス!』
『黙れ。そういう貴様も、自分から望んでシヴィルトと惑星クレイの宿命者を繋げる役割を果たしたではないか。どの口がそれを言うのか!』
『これは痛いところを突かれたな。確かにシヴィルトは他者の心に入り込むのがうまい。我は知識欲、他の者も見事にやられた。だが私は目が覚めた。遅きに失した感はあるが、まだ間に合うと信じる!』
『半端者よ、レヴィドラス。いまオレの中で燃え上がっている野望と行き着く先は、オレが望んだ無双を無限に叶える究極の形だと信じるぞ。……まぁいずれにせよ、貴様は用済みだ。我が剣にかかる最初の宿命者としてこの森で死ね、老いぼれ』
 ふふふ。レヴィドラスは不敵に笑った。
『老いぼれか……。だが老いることにも良い面はあるぞ、若僧』
『ほう。辞世の句か。聞いてやろう』
『老いると打たれ強くなる。いつ死ぬかもわからんからな。不安である事自体に慣れる。ほれ、こうして剣を突きつけられても、どこ吹く風よ』
『それで終わりか』
『まぁ待て。続きだ。それ故にまた、老人は臆病にもなるものだ。いくら保険をかけても安心できない。……特に、異世界に旅立った極悪人が、我ら宿命者の野望を煽り、運命者とせめぎ合わせた黒幕だったと判明したならば。そしてヤツの器として最後に選ばれたのが、あの求道者の無双の運命者だとわかったならば、な』
『何を言っている。……むっ!』
 風景が現実に戻った。
 朱霧森しゅのきりのもりヴェルミスム、宮殿の間。
 森の主レヴィドラスと、彼の首を剣で制している凶刃ヴァルガ。
 その周りに、今、4人の気配があった。

 2人の背後に卒然と顕れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ青年騎士。二振りの聖剣はすでに抜かれ、この世に害なす存在に対し、一歩も引かない戦闘態勢に入っている。
「守護の宿命者オールデン」

Illust:三好載克


 正面に顕れたのは腕組みする赤い火竜フレイムドラゴン。ブリッツキャノンの両砲門はぴたりと凶刃ヴァルガに照準を合わせている。彼も軍人だ。しかも老練な。
「秤の宿命者アルグリーヴラ」

Illust:竜徹


 右に、爪先で回りピルエットながら獣人ワービーストアイドルが顕れる。決めのポーズも愛らしく決まった。主演のミュージカル『ザ・ビースト』は異例のロングラン中である。
「至高の宿命者リシアフェール」

Illust:Oli


 左。長い髪をたなびかせ、冷たく光る金属の身体ボディ。右手にはレールガン、左手には近接戦闘用の火炎フレイムが燃えている。無表情の顔からは何の感情も窺えない。
「凌駕の宿命者インバルディオ」

Illust:百瀬寿


「貴様ら?!」
 凶刃ヴァルガは、無限の宿命者レヴィドラスの首を抑えた剣を微動もさせず、細めた赤い目を動かすことなく周囲を察知した。
 或る異世界の偉大な剣豪はこうしるした。
『目の付けやうは、大きに広く付くる目なり
 つまり、視力によらず戦場全体をかん、すなわち心の目で把握するのが一流の剣士であると。
 そしてその観の力は、すぐにある事実を看破させた。
「なるほど。無限鱗粉インフィニット・アイズだな」
「……。まやかしは通じないか。さすがは狂うても無双の剣士ヴァルガ・ドラグレス」
「面白い余興だ。が、こんな虚仮威こけおどしをオレが……」
 4人の宿命者の姿はレヴィドラスの無限鱗粉インフィニット・アイズが形造った虚像だ、と凶刃ヴァルガは見破った。

Illust:萩谷薫


「恐れるとでも思ったのかッ!」
 赤い目の凶刃ヴァルガの動きはまさに一陣の風のようだった。
 身を翻すと居並ぶ宿命者、騎士オールデン、戦士アルグリーヴラ、獣人ワービーストリシアフェール、機械兵器バトロイドインバルディオを斬る!斬る!斬る!斬る!
 だが無限鱗粉インフィニット・アイズの宿命者はその剣の太刀筋の向こうで霧散し、少し輪郭が薄い像としてたちまち再生した。リシアフェールだけが刃が通過した瞬間、ひゃっと身体を縮めたのを見ると、痛みや感触は無いにしてもこちらの状況はリアルに伝わっているらしい。
「やはり只の木偶でくだったか」
 血振りをした凶刃ヴァルガは、無限の宿命者に止めを刺すべく向き直った。レヴィドラスに背を向けていたこの間も無論、隙など微塵もない。
「そうでもない。手出しこそ出来ないが宿命者たちの心と意識は確かにこの森に招かれているし、これから起こる事を彼らが見守ってくれることに意味がある。わずかだが貴重な時間ももらえた」
「悪あがきだ」
「3つ、忘れていることがあるぞ。ヴァルガ・ドラグレスよ」
 レヴィドラスはゆっくりと起き上がった。その首の傷は深手である。ダメージは隠しようもない。
「聞かせてもらおう」
「ひとつは惑星クレイ世界における宿命者の仲立ちが私だったこと。すべての宿命者は私が知ったことを瞬時に共有できるのだ。彼らは私をよく知っているし、私もまた彼らとは時間をかけて話し合っている。わば運命者に対抗する『宿命者ネットワーク』の中心が私であり、その媒介が無限鱗粉インフィニット・アイズというわけなのだ」
「とはいえ。できることと言えば虚像でオレの目をあざむこうとする、所詮はこの程度。滅せよ、レヴィドラス」
 光と闇の剣が振り上げられた。
「二つ。惑星クレイと異世界の出来事はお互い密接に関係している。つい先日は、あちら・・・の想いが一つの偉大な力を生み出した」
「運命王のことか。ふっ、この無双が蹴散らしてくれるわ」
「本当にそうかな」
「長口上と強がりも貴様の言う老いぼれの特徴か。三つ目は?」
「なんだね、お若いの」
 レヴィドラスは本日一番の余裕、老成した偉大なる知識竜のたたずまいを取り戻して胸を張った。
「三つ目だ。まだ何か隠しているだろう」
「そう。やっと間に合った。100億を超える我が歳月としつきでも最もきわどい瞬間であった。……見よ!」
 轟音とともに森の木々と空気が揺れた。
 衝撃波ソニックブームである。
「ブリッツで最速のジェット機だそうだぞ、あれは」
 耳をつんざく騒音と風、そして振動の中、レヴィドラスはどこかとぼけた様子で説明した。
 だが赤い目をした無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは空を見上げ、もう聞いていなかった。
 ヴァルガの視力をもってすれば今、朱霧森しゅのきりのもりヴェルミスム上空を通過したのが、ブリッツ・インダストリーでも最速を誇る偵察機であり、コクピットで(マスク越しでもわかるくらい)ニヤニヤ笑いながら親指を立てていたのがCEOヴェルストラである事は看て取れただろう。
 彼を驚かせたのは、大陸とドラゴニア海を挟んだ遙か向こう側にいるはずの強襲飛翔母艦リューベツァールから、わざわざヴェルストラが超音速でブッ飛んできたことではなく、その所在は秘密であるはずのこの森におそらく驚異的な短時間で到達したことでもない。
 それは天から降り来たる者。
 艦載機から投下された美しき積み荷。
 黒き羽根。遠い遺跡に眠る偉人の生き写し。心を持つギアクロニクル複製体クローン
 時の宿命者 リィエル゠オディウムの姿だった。

Illust:海鵜げそ


「実体だと!?」「そうだ。いま届けられたまごううことなく現実だ」
 シヴィルトとレヴィドラスがそれぞれ驚きと納得の声をあげる中、黒きオディウムは羽ばたいて草地に、レヴィドラス、凶刃ヴァルガ、そして彼女と三角形を形成する位置に降り立った。その周りを残りの宿命者たちの幻影が囲んでいる。
「レヴィドラスのお爺ちゃん、お久しぶり」
「おぉ。少し見ないうちに女っぷりがあがったな、オディウム。自分そっくりなライバルといい男でも奪い合ったか」
「知らないの。セクハラって言うのよ、そういうの」
 オディウムはあくまでクールに切り返して、赤い目のヴァルガに向き直った。
「よくもアモルタに……。覚悟はいいかしら?裏切り者の無双さん」
「この老いぼれの情報は見たが、お前たち2人のリィエルはそれほど親しかったか?」
「あなたたちにも知らない事はあるのよ。他にもね」
 その言葉に凶刃ヴァルガは眉をひそめ、レヴィドラスはあからさまにイヤな顔をした(知らない事があることを何より嫌うのだ)。
「運命者どもとあの地の果てまで逃げていればいいものを。むざむざ斬られにやってきたか」
「その逆よ。レヴィドラスに2つ、伝えに来たの。大事なことだから直接ね」
「大事なこととは何かね、黒い天使のお嬢さん」
 レヴィドラスは優雅に軽く首を傾げた。
 100億歳を超える知識竜である。女性の前ではあくまでダンディーなのだ。
「間もなく最北の神殿で最後の儀式が行われる。今こそ我ら全員が共闘するチャンス」
虚仮威こけおどしだ」
 嘲笑する凶刃ヴァルガに向けた、黒きオディウムの視線は氷のように冷たかった。
「斬る!」
「まぁ待て、無双の凶刃よ」
 凶刃ヴァルガが構え直した二剣は、さりげなく間に割って入ったレヴィドラスの身体にはばまれた。
「お嬢さんは2つと言った。まずは聞こうではないか。その腕があれば我らを切り倒すのに寸秒もかかるまい」
 2人の視線が黒きオディウムに集まった。
「2つの時間軸の運命力を足したものに対抗する力は本来、運命者も宿命者の誰ももう持っていないはずだった」
「それが宿命と運命のすいだ」
「だけど運命王が出現した。明らかにこの惑星ほしでは無い所から来た力によって」
 レヴィドラスが手を打った。愉快そうだ。他者よりも知っていることが彼の喜びなのだから。
「おぉ。それだ!知っているぞ。あちら・・・の世界で起きている変化だ。星を超えて伝わってくるシヴィルトの悪意と驚きから感じていたぞ」
「レザエルに起こったことを私がこの目で見た。その時に解ったの。あなたにもできるわ、レヴィドラス」
「私が、か。お嬢さん?」
「そうよ。それを伝え、見届けるために私はここに来た」
「戯れ言はその辺りで止めてもらおうか!」
 凶刃ヴァルガはイライラと割って入ったが、黒きオディウムは彼も、彼の剣も平然と無視した。
「この無双の凶刃を倒せる!だからあなたも手を伸ばし、あの力を掴んで!」
 これほどの力と自信、実力に溢れる凶剣士の恫喝にさらされても、一歩も引かない勇気と度胸は(その記憶に浸ったことしかないものの、逆にそれ故に深く共感した)ユナイテッドサンクチュアリの華リィエル譲りのものだったのかもしれない。
 森に光が差し始めた。
 今は月夜。自然の光であるわけがない。
「させぬ!」
「邪魔はさせないわ!ヴァルガ・ドラグレス!」
 凶刃ヴァルガの振りかざした剣は、時の宿命者リィエル゠オディウムが差しのばした手の前で止まった。
 オディウムの目は澄んでいる。もう赤くはなかった。そしてその目は輝いていた。必殺の刃を前にしても、ただ愛しい者と守るべき者のために生きる決意で。本当に目の中で炎が燃えているようだった。
 一体、何がこの女をそれほど憤らせ、突き動かすのか。もともとこの世界にはいなかった者なのに?
 たかがギアクロニクル複製体クローンと侮れない強烈な意志の力に一瞬、ヴァルガは刃を止めた。
 それで充分だった。

 自分を巡る鬩ぎ合いから、今のレヴィドラスは完全に心離れていた。
 輝く光の円の中心で、手を伸ばしている赤い髪の少年がいた。
 少年は見たがっていた。知りたがっていた。
 レヴィドラスにはそれが判った。
 自分もそうだと答えたくなったが、言葉は届かない。すぐ目の前にいるのに……知識竜と少年を隔てる実際の距離は気が遠くなるほどのものだった。
 だからただ、手を伸ばした。
「無限に枝葉を広げる世界。我の求むる未来は其処そこに!」
 無限の宿命者レヴィドラスは叫んだ。
 最後の瞬間、レヴィドラスは少年がこちらに向かって微笑むのを、確かに見たような気がした。

Illust:山宗


「滅せよ、レヴィドラス!」
 現実に戻った瞬間、黒きオディウムを突き飛ばした凶刃ヴァルガの光と闇の剣はすぐ目の前に落ちかかってくる所だった。
 レヴィドラスの首に刃がかかる。……だが、それは切り裂くことはできなかった。
退け!我こそ宿命者のぜんにして一つの姿、無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオなれば!!」
 朱ではなく黄金色の無限鱗粉インフィニット・アイズが噴き上がった。
 ヴァルガの身体は吹き飛ばされ、黒きオディウムはそのまま地に伏せた。
「世界の均衡と平和の敵、心を歪められた小童こわっぱ竜め!」
 雄々しく立ちあがった宿命王レヴィドラス・エンピレオの周囲に、黄金の無限鱗粉インフィニット・アイズが疾風となって舞い、そしてその背に集束した。
 その口が放出に備え、彼の力の元、朱霧森しゅのきりのもりヴェルミスムの大気を吸い込む。武道でいう息吹いぶきだ。
「いい加減に、目を……」
 この日、いやシヴィルトにその意志を歪められてから初めて、赤い目のヴァルガは防御姿勢を取った。2つの世界の運命力の持ち主が本能的に次の衝撃に備えたのだ。
「覚ませ────────!!!!!」
 黄金色の奔流、無限鱗粉インフィニット・アイズが赤い目の無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスに激突し、森の草地に猛烈な爆轟を響かせた。



※注.無線とその用語については地球の方式に変換した。また戦いの目の配り方については宮本武蔵『五輪の書』水の巻に記述がある。※

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《今回の一口用語メモ》

運命王と宿命王──シヴィルトの誤算
 惑星クレイと異世界 地球。宇宙を幾層も超え、絶対に通じ合うことがないとまで言われながら互いに運命力によって結ばれたこの2つの星は、「星渡り」と呼ばれる秘術によってガブエリウスがクレイから異世界へと渡り、また宿命決戦の終盤では地球での出来事が惑星クレイで奇跡的な現象を生じさせることになった。
 それが運命王と宿命王。

 奇跡の運命者レザエルと無限の宿命者レヴィドラスが新たな力と姿をもって出現し、強敵の前に立ちはだかる。その原理は(先に述べたとおり)地球での動きが惑星クレイに干渉したという意味で、まったく同じものだ。
 運命王は、強襲飛翔母艦リューベツァール飛行甲板上で、奇跡の運命者レザエルにクレイの運命者たちの願いと、そして異世界 地球の先導者から届けられた祈りが加わって生まれたもの。
 一方、宿命王は朱霧森しゅのきりのもりヴェルミスムで、無限の宿命者レヴィドラスに宿命者たちの願いと、異世界 地球の先導者から届けられた祈りが加わったものだ。
 レザエルはすべての悲劇の元凶が邪竜シヴィルトであると知り、己が真に望む《在るべき未来》を見出した。
 またレヴィドラスは知識欲をかき立てられる余り、自分を見失っていたことを省みて、自分以上に完全に意志を歪められてしまっている赤い目の凶刃ヴァルガが目指す《在るべき未来》、すなわち「天地万物。その一切を鏖殺おうさつせしめ、真の無双へ至らん」とする野望の道具として使われることを拒み、他の宿命者と力を合わせてヴァルガに対抗し、自らが望む《在るべき未来》である「あくまで自分の力で知識を探求し続ける」こと、そして理不尽と戦う意志をもった瞬間に宿命王となった。
 この2つの事実から運命王と宿命王とは、力源としては惑星クレイの運命者、宿命者の願いに地球の先導者の力が加わったもので、出現の条件としてはそれぞれの《在るべき未来》を真に定めたことにあると言える。

 なぜこれらを重ねて強調するかと言えば、ユニットストーリー161でレザエルが語ったように、もしも運命王と宿命王の誕生と覚醒することがなければ、2つの世界を股に掛けたシヴィルトの力は、地球ではシヴィルトが憑依した人間の女性、惑星クレイ世界においては凶刃ヴァルガという器を得て、この世の生物全ての欲求を増大・拡大し開放させることで、その結果、世界を破滅の道に導くと予想されるからだ。

 そしていよいよその真の姿を現すことになる凶刃ヴァルガの動向も含め、宿命決戦最終盤戦の続きをお待ちいただきたい。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡