ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
163 宿命決戦第12話「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
ドラゴンエンパイア
種族 ウインドドラゴン
親友のために何かしてやりたいと思うことに、理由なんてない。みんなそうじゃないか?
ただオレとしては出会えた仲間みんなに対して、何故かはわからないけど、旅行の添乗員とか雪原キャンプのリーダーみたいな気持ちが抑えられないんだ。
いただろ、ガキの頃に世話好きな年上の兄ちゃん姉ちゃんって。今はその気持ちが良くわかる。
それでオレの空母や会社、オレ自身がこうして役に立ってると思うと震えがくるほど嬉しくってさ。事の大小は関係ないよ。
でも笑っちゃうよな?年齢だけで言えばオレよりはるかに上のがゴロゴロいるんだぜ。
ただオレとしては出会えた仲間みんなに対して、何故かはわからないけど、旅行の添乗員とか雪原キャンプのリーダーみたいな気持ちが抑えられないんだ。
いただろ、ガキの頃に世話好きな年上の兄ちゃん姉ちゃんって。今はその気持ちが良くわかる。
それでオレの空母や会社、オレ自身がこうして役に立ってると思うと震えがくるほど嬉しくってさ。事の大小は関係ないよ。
でも笑っちゃうよな?年齢だけで言えばオレよりはるかに上のがゴロゴロいるんだぜ。
──週刊『世界のCEO名鑑 特別号』ブリッツ・インダストリーCEOヴェルストラ ロングインタビュー
「私有空母がオフィスでサロン:大盤振る舞いやお節介焼きは自己満足?なんでもいいだろ楽しけりゃ」より
「私有空母がオフィスでサロン:大盤振る舞いやお節介焼きは自己満足?なんでもいいだろ楽しけりゃ」より
Illust:山宗
「いい加減に、目を……覚ませ────────!!!!!」
黄金色の奔流、無限鱗粉が赤い目の無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスに激突し、森の草地に猛烈な爆轟を響かせた。
「やった!お爺ちゃん!」
衝撃波が通り過ぎるのを待たず、弾かれたように顔をあげた黒きオディウムが叫ぶ。
「いいや」
だが、たちこめる金色の帳の向こうから発せられた答えは、ヴァルガのものだった。
一方、攻撃したはずの無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオは吐き出した姿勢のまま、凍りついている。
無傷だと?!……この宿命王の渾身の一撃に、そんなバカな!
「今の我にとっては何ほどのこともない。残念だったな」
猛烈な風が金色の霧を吹き飛ばす。
それが二刀を軽く振っただけの動作が巻き起こした恐るべき剣風だと、この場に居合わせたうち何人が看破し得ただろうか。しかし、何より驚くべきはそこにいた者の姿……。
邪竜解放!
宿命者たちが見つめる先で、孤高の剣士ヴァルガの姿は一変していた。
まずは鎧。
かつて腰回りに着けられていた二枚の胴丸は、いま背骨と肋骨を思わせる形状と生々しい素材感となった。
次に両の剣。
光と闇、それぞれ極限まで高まった運命力は陽炎のように湧き立ち蠢くオーラとなって刀身の輪郭を朧なものとしている。
そしてその頭。
ヴァルガのトレードマークのようであった深編み笠は背後に跳ね上げられ、その額の角には真紅の炎がたいまつの様に燃え盛っていた。
Illust:萩谷薫
「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”、見参!」
ヴァルガはカッと目を見開くと名乗りを上げた。
同時に、他の装甲のそこかしこで輝く赤い“目”が一斉に開眼する。禍々しい光景だった。
「魔刃竜?!羅刹だと!?精神汚染に留まらず、異世界にいる邪竜シヴィルトの力そのものが流れ込み、ヴァルガを変質させたというのか……!?」
「そうだ。いま我は古き“型”を脱ぎ捨て、無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレスとして新たな姿となった。貴様の一撃は完全に無効化されたのだ」
「なんてこと……まるで自切ね」
黒きオディウムは呟いた。
自切とは、ある種のトカゲが敵に襲われた時、自ら尻尾を切り離し、敵の注意が逸れた隙に逃げる習性のことを言う。
彼女オディウムが持つ生物学の知識は、(成立してからの時間経過からすれば)姉とも呼べるリィエル複製体、時の運命者 リィエル゠アモルタから受け継いだ──もうひとつの時間軸でレザエルが死ぬ直前までに蓄えた膨大な──知識と記憶だ。
だがそれは、2つの時間軸の運命力を集め、遠く宇宙の果てで解放された邪竜シヴィルトの力によって、精神を汚染され変容したヴァルガ・ドラグレスの実態をどこまで正しく言い当てていたのかは定かではない。
「無限鱗粉を攻撃に使う事は、ブラグドマイヤーには有効だったかもしれぬが」
ヴァルガ“羅刹”の構えは無造作に両の剣を広げただけのように見える。
「我を倒すことはできない」「……!」
「もう一度よ!無限鱗粉をぶつけて、お爺ちゃん!」
対峙する2人の竜の間に、黒きオディウムの叫びが割って入った。
「もし自切なら、再生するまでは最も体組織が弱まるはず!いまこそチャンスよ!」
「医者らしい意見だな。それを喋らせているのはレザエルの記憶か」
「そうよ!そして今レヴィドラスのお爺ちゃんを支えているのは私たち宿命者全員の力!あなたの思うようにはさせないわ、ヴァルガ・ドラグレス。特にあのシヴィルトに心狂わされている、今のあなたにはね!」
時の宿命者リィエル゠オディウムは腕を組み、胸を張った。
闘志みなぎる表情、燃える萌木色の瞳、魔刃をふるう剣鬼“羅刹”を前にしても決然と顎を引き上げ気の強い印象を崩さない。
それはリィエルでもアモルタでもない、瞳の色と同じく、ようやくこの現世に萌え出て確立されつつあるオディウム独自の人格だった。
「ビシッと決まった所を何なのだが、お嬢さん。いまの主役は私なのだがなぁ」
無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオはそう言いながら、さりげなくオディウムを自分の背後に回して、魔刃から庇った。残る宿命者の幻影もまた彼、宿命王レヴィドラスの後ろにずらりと並ぶ。
「二振りだな」
ヴァルガ“羅刹”が力みも無く発した言葉は、光と闇の魔刃、それぞれひと振りでこの場のレヴィドラス、リィエル゠オディウム、さらに幻影体のオールデン、アルグリーヴラ、リシアフェール、インバルディオを撫で斬りにする、という死の宣告だった。
「確かにそれは可能だろう。“羅刹”よ、力勝負では既に我らの負けだ」
宿命王レヴィドラスは、ちょっと待ちなさい!と前に出ようとするオディウムを制するように羽根を広げた。まずは自分を斬れと言わんばかりだ。
「以て瞑せよ、宿命者」
弔辞をつぶやき、動きかけたヴァルガ“羅刹”の足が一瞬止まった。レヴィドラスの次の一言で。
「我々の目的が、おまえの撃退のみならな」
なんだと。
魔刃竜の目が細まった。
悪あがきにしては宿命王レヴィドラスは堂々とし過ぎていた。確かに相手は100億歳を超える古狸だ。どんな秘策を持っているかも知れぬ。
だが斬る!
惑わされぬ!剣士に迷いなどないのだ。
「むん!」
豪刀の光が胴を薙ぎ、鋭利極まる闇の突きが宿命王に迫る。
レヴィドラスは黄金の無限鱗粉を集束させて身代わりとした。
だがそれは辛うじて、ギリギリの回避でしかない。
「無駄だ」
宿命王の力が産み出した金色に輝く硬質の鱗粉を、いとも容易くヴァルガ“羅刹”の双剣は砕いた。
血振り。万が一にも我が剣の冴えを鈍らせることのないように。
「獅子は兎を捉えるにも象を捉えるにも全力を用いると云う」
「やはり惑わせることすら敵わないのか、流石」
宿命王レヴィドラスも歯がみする。
知識が経験がそして100億年の歳月が培った勘が断定する。……私はこの敵に勝てないと。
「待ちなさい!こっちにもあなたの敵、宿命者はいるわ!」
この場に居合わせたもう一つの生身、黒きオディウムの声がする。
ギアクロニクル複製体。いや、今やレザエルの知識と記憶を受け継ぎ、オリジナルの人格を備えた時の宿命者 リィエル゠オディウムは、いつの間にか移動して、レヴィドラスとヴァルガ“羅刹”を挟んだ対角線上でエネルギーを充填させていた。では因果歪曲・断罪で援護しようというのか。
「危ない!奴に近づくな、お嬢さん!」
宿命王は叫んだ。
犠牲は一人でいい。
この後の……もう一つの運命力の頂点の勝算が僅かでもあがるなら、この私は喜んで礎となろう。
「三文芝居だな」
ヴァルガ“羅刹”は笑い飛ばした。
憎ったらしいほどの余裕。だが、それはどこか狂気とは別の、あの武芸者ヴァルガが未熟な弟子を突き放すような“剛さ”を感じさせる一言でもあった。
確かに今、誰かが動けば、2動作で宿命王レヴィドラスも黒きオディウムも斬り伏せられ、絶命して、地に伏せるだろう。
──?!
レヴィドラスはここでぴくりと身を震わせた。
「怖じけたか」
ヴァルガ“羅刹”は鼻を鳴らしたが、オディウムは耳の周りに集まった無限鱗粉の霧に顔を傾け、そしてその囁きに何事かを理解したように頷いた。
「なぁ、お若いの」宿命王レヴィドラスはのんびりと語りかけた。
「? オレのことか」とヴァルガ“羅刹”。
「そうだ。この勝負は私たちの負けだと改めて認めよう。全力をぶつけたとて、お前のその2つの時間軸を合わせた運命力の前では歯がたたん」
「正しい認識だ。では今、楽にしてやろう」
「お前は強い。強すぎる。精神を歪められたとはいえ、お前の闘志には迷いも混じり気もなさ過ぎるのだ。そして100億年の長きに渡って歴史を見てくると、こういう状況もある」
「どんな状況だ」
「勝負に勝って戦いを逃す。世界は不確定要素、人生は想定外の出来事の集まりだ。運命大戦でもそういうことがあったのを(私の知識から)覚えていないかな?一人、二人。想定外の運命者がいたことを」
「なに?……上か!?」
謎めいた宿命王の言葉の意味を、一瞬で悟ったヴァルガはやはり無双の剣士だった。
だが遅かった。
また“観”の目を開いたヴァルガの超感覚がある異変を探り当てた。
金色の霧がいつの間にか空に向かって舞い上がっていた。
その先に浮かんでいたもの。それは──。
ホバリングするVTOLジェット偵察機の上、キャノピーを開けて右手を空に掲げている、ある男の姿だった。
「よぉ、ヴァルっさん」
「貴様……」
「オレがさっきオディウムちゃんを送ってきたの、すっかり忘れていたんだろう?」
白の房が入った黒髪とマントを靡かせてCEOは叫んだ。
Illust:西木あれく
「標の運命者 ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”。間に合ったな」
宿命王レヴィドラスは満足そうに頷いた。
一方、前後と上空を囲まれた形となったヴァルガ“羅刹”はこの時、ほんのわずかな間、動きを封ぜられていた。ただちに3人を斬ることはできる。だが何かがおかしい。そしてこれは宿命王がいう『勝負に勝って戦いを逃す』には充分な間隙だった。
「そうだ!オレだよ!いやぁ、この偵察機、速すぎて旋回するのにえらく手間どっちまったけど」
ニヤリと笑うヴェルストラは、すでにヘルメットを脱ぎ捨てている。
「貴様もただ斬られるためだけに、やって来たか」
ヴァルガ“羅刹”は飛翔に備えて、少し屈み込んだ。
「おっと!動かないほうがいいと思うぜ」
ブリッツ・インダストリーCEOは何か重い物を持ち上げているかのように、力みを感じさせる口調で警告した。
「また虚仮威しか」
「いや、そうじゃない。オレはいわば案内人さ。あんたが望む最後の戦場への」
どういう意味なのか。魔刃竜は上空の運命者と、目の前の宿命者たちを素早く見比べた。
「すぐにわかる。……じゃあ行くぜ!それでは皆様。シートベルトをご着用願います」
ヴェルストラはヘラヘラ笑いながら指を鳴らした。
Illust:ToMo
──惑星クレイ衛星軌道上。
『CEO権限発動!』
ブリッツ・アームズの始動コードに反応した極大衛星兵器オイリアンテが、反射板にエネルギーを充填させた。
通常手順で操作していた管制室のブリッツオペレーター トゥールはモニターに浮かんだパワーの値と指示座標を見て一瞬、眉を顰めた。
が、トゥールはワーカロイドである。ためらう事も遅滞も無く、それを実行した。
朱霧森ヴェルミスムから光の粒子と化して消滅した、ヴァルガ“羅刹”、宿命王レヴィドラス、黒きオディウム、そして偵察機の上に立つヴェルストラは、次の瞬間……。
全天の視野を埋め尽くす降着円盤を見上げる、宇宙空間に出現した。
「うっ」「ぐっ!」「ぐおっ!」
ギアクロニクル複製体オディウムを除く、3者が瞬時に窒息し極低温に凍えた。エンジンが止まり鉄屑と化したジェット偵察機がヴェルストラの足元から離れてゆく。
(き、貴様……)
無重力でバランスを失ったヴァルガ“羅刹”だが、運命者ヴェルストラがブリッツ・アームズから得ているのと同じく、解放された邪竜の力により宇宙空間にも耐性があるようで、速やかに体勢を整えると2剣を突き出した。
(慌てなさんな)
その切っ先が触れる直前、ヴェルストラがチッチッと指を振った途端……。
再び光景が一変した。
四方を金属の壁で覆われた空間。
ここは小型の宇宙港のようだった。
床に落ちた一同は、一斉に大きく空気を吸い込んだ。
だが、息付く間もなく。
ギィン!
振り下ろされたヴァルガ“羅刹”の2剣を、ヴェルストラとオディウムを庇った宿命王レヴィドラスの爪が防いだ。
「やってくれたな!人間!!」
魔刃竜の目が燃えていた。だが、ブリッツ・インダストリーCEOの眼光もまた強い意志という意味では負けていない。
「あぁ。オレは悪なんでね、魔刃竜ヴァルっさん。この首斬ってくれてもいいけど、それだとクレイに帰れなくなっちゃうよん」
「ここはどこだッ」
「ギャラクトラズ宙域」
「待て。その名には覚えがあるぞ……まさか」
「そう。ここは銀河中央監獄ギャラクトラズに隣接した鉱山。そして巨大ブラックホール近くのここでは」
「約30倍の速さで時間が流れる」
宿命王レヴィドラスが満足げに頷いた。彼にとって知識とは喜びである。
「次のエネルギーチャージまでは1時間ほどかかる」
「じゃあ1日以上時間が稼げたってこと。……ねぇちょっと!なんであらかじめ教えてくれなかったのよ!」
黒きオディウムの追求に、ヴェルストラは手をヒラヒラさせて笑った。
「秘密の保持ってのは共有する人数に反比例するんだよ。それと、サプライズは突然にってさ」
「なによ、それ!」「我が社のモットーの一つだよん」
黒きオディウムは頬を膨らませたが、ヴァルガ“羅刹”の怒りは当然収まらない。闇の剣がそのオディウムに、光の剣がレヴィドラスに向けられた。
「急げ。さもなければ此奴らを斬る」
「エネルギー切れだって言ったでしょ。ブリッツ・アームズに宿命王の運命力をプラス、オイリアンテの角度調節して、地上に残してあった運搬用ゲートに命中、作動させたんだ。ほらアレ」
ヴェルストラが親指で差した先には、確かに大きな転送用ゲートが設置されていた。
「あそこからクレイに戻れる。けど、閉鎖したゲートに動力は無い。来た時と同じように宿命王の運命力とオレの力が必要なんだ。あ、もちろん美人のギアクロニクル天使ちゃんの同行もね。やる気あがるからさ」
ヴェルストラはウィンクしたが黒きオディウムにはそっぽを向かれてしまった。
「大丈夫、ちゃんとクレイに帰してやるよ。しかも、運命王との決戦の舞台のお膳立て済みで。ただし、オレたちが辿り着く頃には準備万端の運命王が待っているけどな」
「……謀ったな」
「そして引っかかった。精神汚染されても一本気な所は変わらないよな。一時休戦といこうぜ、ヴァルっさん」
「先程から聞いておれば、なんだその呼び方は!叩っ斬るぞ」
「えー!運命者同士、そこそこ長い付き合いじゃんか」
「……」
「あは。本気だね、その目は。わかった!もう黙るから」
無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”は3人から離れ、両刀を体側に置くと腕組みして床に座り込んだ。オレとした事が抜かったわ。
「1時間だぞ!できねば全員叩き斬り、貴様達の運命力でゲートを開ける試みをするまで。死にたくなければ死ぬ気で努力しろ」
「はいはい。怖いお師匠様」
ヴェルストラは弟子のように答えて、ごろんと寝転ぶとすぐに寝息をたて始めた。宿命者レヴィドラスも無言で羽根を畳んで丸くなり(どちらも真面目に力を充填しているのだ)、黒きオディウムはそんな一同を見回し、そして嘆息をついた。揃いもそろって皆、無茶にも程がある。
全員無言。
刻が来たれば再び凄絶な決闘となること、必至。
……長い1時間になりそうだった。
Illust:Hirokorin
──ケテルサンクチュアリ、極北の廃殿。山の麓。
『転送ビーム、兆候確認!』
水晶玉に衛星軌道上のオイリアンテからの通信を受けたクリスレインが振り向き、そして一同も頷いた。レザエル、ブラグドマイヤー、ソエル、そしてアルダートだ。
予想よりも遅い。
しかもはるか遠くのゲートからではなく、ブリッツ・アームズの転送による直接帰還となれば、ヴェルストラの一計は成功したと見るべきだろう。レザエルは誰よりも深く安堵の息をついていた。
転送とゲート、そして超重力のギャラクトラズ宙域を組み合わせた“時間稼ぎ”。
あまりにも大胆な企て、そして危険な賭けだった。
事前の段階ではただ一人、耳打ちされ密かに計画を打ち明けられた彼レザエルも、動揺を抑えるのが難しかったほどに。
「(ほら、無限鱗粉が聞いてるぜ。他の話をしてるフリしてくれよ)あ、やっぱりいくら快気祝いでも病人に丸ごとホールケーキはNGだよな、レザエル先生。悪ぃ悪ぃ!」
「……ヴェルストラ。私たちは君の世話になってばかりだ。どうしてそこまでしてくれる?」
「いつも言ってるだろ。オレは最初っからレザエルとリィエルの時空ロマンスに夢中なんだって。それに……」
レザエルの問いに、にっと笑ったヴェルストラはこう答えたのだ。
「親友のために何かしてやりたいと思うのに、理由なんてないよ」
レザエルは回想から覚めて、傍らの信頼する弟子とその友の肩に手を置いた。
「ソエル、アルダート」
この後、結末がどうであれ、立会人となる若い二人にとっては辛い経験になるはずだ。それはわかっていた。
「上で待っていてくれてもいい。だが私としては君たちにこそ、見ていてほしいと思う」
「もちろんです」とソエル。
「オレも。ここに居させてください」
アルダートはしっかりと答えた。友の支えと時間が、この若い竜剣士を立ち直らせたのだ。
「見届けます。最後まで」
レザエルが目で問いかけようとした事を、アルダートは正しく理解していた。
普段、他人の心の動きにはあまり興味を示さないブラグドマイヤーが背に手を当ててくれたのに気づいたアルダートはちょっとびっくりして、そして笑顔になった。
「来ます!」
伝説のアイドル、クリスレインの美声がこの時ばかりは一同の緊張を誘った。
荒れ果てた大地。かつて神官と竜戦士たちの一族が住んでいた廃墟の地に、転送が結像する直前の輝く光の粒子が、この氷原に舞う雪の破片と混じりあった。
「……」
レザエルは戦いの前に許された只この一瞬を、背後の神殿を顧みるのに使った。
その心に浮かぶのは、かつて彼を鍛え、秘密を共有し、そして世界を救うための同士として選んでくれた戦士竜のことだろうか。
そして転送が終了したその時、ただ二つの言葉が交差した。
それは二人が最初に会った時、呼び合った名前だった。
「無双」
「奇跡」
宿命決戦。その最後の戦いが始まる。
了
※注.トカゲについては惑星クレイにも酷似した生物が存在し、自切による防御と逃走を行える種も数多く存在する。※
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《今回の一口用語メモ》
無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”
惑星クレイの宿命決戦(運命者と宿命者が運命力の均衡を傾け合うこと)において現在、ヴァルガ・ドラグレスが占めている立場は特異なものとなっている。
まずヴァルガ・ドラグレスは(異世界 地球で解放された)邪竜シヴィルトの精神汚染にさらされている。
これは同じくシヴィルトの影響を受けた宿命者たちとは似て非なる状態だ。
宿命者もまたシヴィルトが仕掛けた術式によりその野望や欲求を増幅され、運命者と邂逅し、鬩ぎ合い、これに勝利することでより強い運命力を得ることを、自ら進んで望むようになる。
だが宿命者には、リィエル゠アモルタを背後から刺すような凶行までに及んだヴァルガ・ドラグレスのように、一種洗脳とまで呼べる強力な精神汚染は無い。それどころか、シヴィルトとその力の影響を、自分たちと世界に対する脅威とみなした時、一致団結して無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオを生み出すほどに、倫理観や理性を残している。
さらに邪竜解放なるキーワードをもって変化(あるいは覚醒)した無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”に至っては、(ヴァルガ自身の根本的な意識の在処は別として)2つの時間軸の運命力に裏打ちされた圧倒的な力、野望の実現のため凶暴なまでに高まった戦意は、何らかの方法で異世界 地球からシヴィルトが強力に干渉していると見なさざるを得ない状態となっている。
残された最大の謎は、他の運命者や宿命者ではなく何故、ヴァルガ・ドラグレスがシヴィルトに選ばれたのかという点だ。
ここまで本編でも触れられてきたように、ヴァルガが目指す無双と最強が行き着く理想がそもそも他者を圧倒し制することにあり、また実際の戦闘力としても飛び抜けた存在であることだからと言うのが、恐らく今の所もっとも有力な説となるだろう。だが惑星クレイ側からでは察せられない、異世界 地球での出来事もまた深く、求道者ヴァルガを凶刃の剣士と化した理由に関わっているのかもしれない。
引き続き、運命王レザエルとヴァルガ“羅刹”との対決にご注目いただきたい。
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銀河中央監獄ギャラクトラズと小惑星帯アステロイド、希少鉱物ギャラクトラズ鉱の鉱山開発。さらにこの工事にチーム『シルエット』が関わった事については
→ユニットストーリー110「宇宙監獄長 ジェイラス」および
ユニットストーリー146 「リペアロボ ラニ」を参照のこと。
宇宙の建設屋チーム『シルエット』については
→ユニットストーリー101「ギガントアームズ シルエット」を参照のこと。
極大衛星兵器オイリアンテと管制室のブリッツオペレーター トゥールについては
→ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡