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短編小説「ユニットストーリー」
164 宿命決戦第13話「奇跡の運命王 レザエル・ヴィータ」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル
カード情報
俺は最強を目指して修行し、それを証明し続けることにこの生涯をかけた。
俺は俺自身の力で最強とならなければならない。

──無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス



Illust:萩谷薫


 ──ケテルサンクチュアリ、極北の廃殿。山の麓。
 早朝。
 暦で言えば季節は秋の始め。
 北方とはいえこの時期には、森が色づき畑の作物が収穫を迎えるシーズンである。
 だがこの不毛の大地に残った枯れ木には、彩り豊かな葉も実を結ぶ果実も絶えて久しい。
 はるか昔、新世紀にこの地を見舞った悲劇の結果だった。
 反乱と暴力の炎が、守護聖竜を祀り慎ましく暮らしていたこの地を焦土と化した。
 突き詰めればそれはただ一人の邪竜。
 いや、ただ一つの邪悪な精神がもたらした破壊だった。

 そして今、ここに2人の戦士が相対している。
「無双」
「奇跡」
 無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”。
 奇跡の運命王レザエル・ヴィータ。
 それは二人が最初に会ったドラゴニア大山脈D3峰の麓、ベクトア・バザールの地で呼び合った名前だった。
「やはり貴様だ。オレにはわかっていた」とヴァルガ“羅刹”。
「何がだ」
「我は運命者となり初めて貴様とまみえ、剣を交えた。その時に感じたのだ。我の前に最後に立つ者もまた貴様だとな。レザエル」
『相手を知るに真剣勝負より優れた方法などない』
 レザエルが返した言葉に反応したのはヴァルガ“羅刹”、アルダートとソエルだけだった。
「そしてあの時、君はこうも言ったのだ、ヴァルガ。『俺は剣鬼ではない』と」
 魔刃竜は無言のまま剣を抜き、歩を進めてレザエルと正対する位置についた。
せめぎ合い、どちらがどれほど強いのかを試してゆく。満足がいくまで、これから何度でも。オレはそうも言ったはずだ、奇跡の癒やし手よ」
 淡々と話すヴァルガ“羅刹”に何を感じたのか、レザエルも聖剣を持ち上げて構えた。
 運命王として授かった長大な剣。
 水晶クリスタルのように透き通り、陽の光にきらめきながら、恐るべき切れ味も秘めた硬質の刀身。それをレザエルは羽根のように軽々と扱っている。
「これは試合か」
「果たし合いだ。オレはリィエル゠アモルタを背中から貫いたのだから」
「そうだな。ごくわずかに心臓を外して」
 レザエルの答えに、周囲を遠巻きにする立ち会いから驚きの声があがった。
 宿命王レヴィドラス、時の宿命者リィエル゠オディウム、残りの宿命者もまた無限鱗粉インフィニット・アイズが造る幻影体として在った。さらに標の運命者ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”、万化の運命者クリスレイン。そして零の運命者ブラグドマイヤーの横には大望の翼ソエルと、変化した師匠の姿を食い入るように見つめる熱気の刃アルダートが居る。上空にはバヴサーガラ率いる封焔竜が舞い、他の関係者を乗せた強襲飛翔母艦リューベツァールがこの世界の未来をかけた戦いを見守っている。
「あれは仕留め損なったのだ」
「それは事実に反する」
 断定できるのはレザエルが医師だからだ。
「私自身がリィエル゠アモルタの手術を執刀したのだ。彼女の天使の心臓エンジェルハートへのダメージは治療可能な程度に浅く抑えられていた。それは意図的なものだった。つまり君はアモルタを殺そうとしていない」
「貴様らがいたからだ。普通は助からん」
「違う。私たちがいたから君は刺したのだ。運命力の強奪を、もっとも速やかに、もっとも効果的な方法で。あのままでは2人のリィエルのどちらか、おそらくアモルタがシヴィルトに選ばれて精神汚染されていた可能性があった。つまりこの世界を滅ぼすのを避けるために、君は……」
「余計な口を利くな!」
 ヴァルガ“羅刹”は光の剣を振った。運命王レザエルは後退して容易にこれを避けた。
「オレと戦え!レザエル」
 ヴァルガ“羅刹”は吼え、闇の剣で突いたが、再びレザエルはかわした。いずれにも殺気がない。
「話は終わっていないぞ。私はこう推理する。君ヴァルガは2つの世界線の運命力をその身に浴び、シヴィルトの精神汚染を受けて魔刃竜となり、剣鬼“羅刹”としてその刃を振いながらも……実は完全に正気を失ってはいないのではないかと。違うか」
「……。男同士の決闘にいちいち水を差す奴だ」
 ギャラリーは今、静まりかえっていた。ある予感に、ヴァルガの弟子アルダートだけがわなわなと身を震わせている。
「私たちは今ここで戦う必要があるのか」
「オレが戦いたいのだ。ここ・・を我らの墓場と決めた」
「それはこれ以上、惑星クレイで誰かがシヴィルトの犠牲となるのを防ぐためだな」
「なんですって……」「どういう事だよ」「まさか」
 声はクリスレインとヴェルストラ、ブラグドマイヤーだ。何かを察しているらしい。
「ヴァルガが負ければこの私レザエルに滅ぼされ、シヴィルトに精神汚染された固体は永遠に消滅する。逆に、運命者の頂点である運命王に勝てば、無双のいただきを極め、ヴァルガの野望は達成される。そのままこの場で自刃するつもりだろう」
「そんなっ?!お師匠様──ッ!!」
「黙れッ!!」
 ヴァルガ“羅刹”は、離れたアルダートを師匠としての声で一喝した。
「間違っているぞレザエル、慈善家でお人好しの友よ。オレは真に強くなりたいと望んで自ら羅刹となったのだ。これぞ強さを追求する我が意志の顕れよ」
「ああ。君自身の無双と究極の力を追求する野望から、心から進んでその道を選んだこともまた否定はしない。そしてシヴィルトもまた、最強の戦闘力と純粋過ぎるほどの強さへの渇望ゆえに君ヴァルガを選んだ」
「……」
「もう一度、問う。ヴァルガ、我々はどうしても戦わねばならないのか」
「修行中、シヴィルトの精神の接触を受け、誘惑され、その意図する所とヤツの力の大きさを知った時」
 ヴァルガは剣を下ろした。
「オレは決めたのだ。このように邪悪なものを存在させてはいけない。根絶やしにせねばならないと。だがそれは同時に、シヴィルトに選ばれたこのオレにしかできない事だという悟りでもあった。我自身が“羅刹”と化し、戦いの頂点で滅ぶことでしか、シヴィルトと惑星クレイとの繋がりを断つことはできない」
「シヴィルトに限りなく近づき、その意志と邪悪を吸収することで漏れなく負の要因を自分に集めたと。ならば」
 運命王レザエルは手を差し伸べるようにその輝く羽根を広げて言った。
「私にある考えがある。もう少しだけ時間をくれないか、ヴァルガ。いま異世界の向こうでも大きな衝突が起こっている。その結末を待ってからでも……」
「ダメだ。貴様は賢い癒やし手だが、優しすぎる。ゆえに事の深層に迫れないのだ。異世界と惑星クレイは密接に影響し合っている。我はそれをレヴィドラスの隠された知識から学び、自分の賭けが的を外していないことを知った」
「それって、もしかして……」
 小さな声だったが、黒きオディウムのよく通る言葉が一同の考えを代弁していた。
「なるほど。クレイと異世界はいわば鏡像。ただ待つだけでは、異世界で猛威を振るうシヴィルトに対して我々の“先導者”たちが有効な力を発揮できないのか」
「オレと貴様がここで互いが命をかけて全力で戦うことをしなければ、な。オレは剣士だ。剣に生き、剣に滅ぶ。レザエル、貴様は奇跡を起こし、在るべき未来へ世界を導け」
 レザエルとヴァルガは見つめ合った。
 もう誰も彼らに声をかけられる者はいない。友人も弟子も恋人も。
「そして何よりも、運命王となった貴様との真剣勝負は我が本当に望むところなのだ。受けろ、レザエル」
「……。それが避けられぬのならば致し方ない、ヴァルガ」
「言っておくが、この“羅刹”の剣は途轍もなく強いぞ」
「ご教授願おう」
 運命王と“羅刹”、互いの剣が持ち上げられ構えられた。


Illust:タカヤマトシアキ


「参る!」
 ヴァルガ“羅刹”は残像を曳いて迫った。
 レザエルも、V字に迫る光と闇の2剣を真正面から受け止める。
 ギィィン!!
 そのまま鍔迫り合いとなった。
「これをその長き一刀で受けるか、運命王」
「首と胴、同時に向けられた斬撃。初手で必殺を狙ったな。だが変化はあっても軌道を読めば対処は可能だ」
「ふむ。では、力勝負ではどうかな」
 火花が散った。
 それがヴァルガ“羅刹”が放った、交差する剣ごと押し出した一撃と見切ったのは、おそらくベテラン軍人である秤の宿命者アルグリーヴラくらいではないだろうか。
「くっ!」
 レザエルはその大きな運命者の翼で羽ばたき、後退した。ヴァルガがその無双の戦闘勘で察した通り、武芸者と医師ではその膂力りょりょくの差は否めない。ひとまず距離を取らねば。
 だが、ウインドドラゴンであるヴァルガ“羅刹”はそれを許さなかった。
 縦横無尽。
 光と闇の凄まじい斬撃が息つく暇なくレザエルを襲う。
 すべてをかわし受け流しながら、レザエルは空中にいながらにして自分が追い詰められていくのを感じていた。
「もらった!」
 ヴァルガの光の剣がレザエルの下方から、まっすぐに脇腹へと突き込まれる。
「?!」
 心臓にまで達した手応えを感じながら、ヴァルガ“羅刹”は目を細めた。
 光の剣はレザエルが竜の爪のように広げた左手で掴み取られ、背中へと軌道を曲げられていた。
 無論、手甲があるとはいえ、魔刃竜の剣を掴めば指ごと落ちることは必定。
 武術として高められた強度と角度計算、何より刃との接触を最小限に抑えつつ、軌道を逸らせることに特化した体さばきこそが今の技の本質だった。
 レザエルの兜と角燃えるヴァルガ“羅刹”の頭が至近距離でかち合った。
「妙な技を使う」
武爪ぶそう術。かつてこの地を守っていた戦士竜たちによって磨かれてきた技だ」
「という事は本来、竜爪を武器としたあの武術か。教わったのは……」
「我が師だ。君はレヴィドラスから知識を得たのではなかったか」
「あまりにも時間が無かった。ゆえに必要な分だけだ。だが、なるほど。ヤツといい遍歴へんれき剣聖けんせいアイディラスといい、貴様は良い師についている。今のオレですら互角に斬り合えるほどに。確かに医者にしておくにはもったいない……」
 !
 ヴァルガ“羅刹”はなんの前触れもなく互いの剣と腕が絡み合った状態から、くるりと身を翻すと遅れて回転してきた身体の一部、つまり甲冑に包まれた尾をレザエルに叩きつけた。
 無双は伊達な呼称ではない。ヴァルガにとって全身が武器なのだ。
「ぐっ!」
「だが甘い。戦闘中、攻撃はどこからもあり得ると心得よ」
 落下し硬い地面に叩きつけられたレザエルを、ヴァルガは冷たく見下ろした。止めは差さない。今はまだ。
「起きろ、運命王」
「うっ……」
「戦いは、始まったばかりだ」
 そうだな。レザエルはそう言いながら身を起こすと友の、いや友だった剣士竜を見上げた。その姿は、雲がかかった鈍い朝陽を背に燃えていた。
 聖剣を構える。そうだ。私は倒れるわけにはいかない。今はまだ。
「戦い続けよう」

Illust:海鵜げそ


 ──極北の廃殿。奥院おくのいん跡。
 石像の前で、その女性は糸が切れたように倒れた。
 すかさずローブの男から伸びた触手が、優しいと言えなくもない仕草でその身体を支え、地面に横たわらせる。
「僕は医者ではないが」
 禁忌の運命者ゾルガ・ネイダールは言った。
「倒れるのは昨日から何度目だ?明らかにあなたは限界で無理をしすぎだ。今度こそ本当に死んでしまうぞ」
「ご心配ありがとう。不死者イモータルゾルガ。でも続けます。レザエルと彼を信じた人のために」
「さすがはユナイテッドサンクチュアリの華の複製体クローン。愛とは力だね。さぁ座ってくれ」
 ゾルガのタコのような強靭な触手が、椅子のように変型して、引き続きある試み・・・・に挑み続ける、時の運命者リィエル゠アモルタを楽な姿勢で座らせた。
「そう。病み上がりなんだから意地を張らず、僕にもっと頼って欲しい。まぁそんな気色悪い椅子しか用意できなくて恐縮だけど」
「あなたは面白い人、ゾルガ。ワルおどけているのに実は真面目で親切な所も素敵です」
 アモルタは振り返りもせず、目の前の石像に手を伸ばし、ある・・仕草を続けていた。
 額に汗を浮べた真剣な表情。ゾルガが指摘したとおり、手術後の痛みを押しての集中は困難であり、体力の低下も否めない。ブラントゲートの先進医学による超治療があったとしても本来ならばやっと絶対安静を解かれる程度の回復段階なのだ。それでもその瞳は清らかに澄んで溢れる知性に輝き、口元は優しく微笑んでいる。
「ふふん。今のは副長にぜひ聞かせたいね」
「副長といえば、ヘンドリーナさんによろしく伝えて。水晶玉マジックターミナルでしかお話ししていないけれど、船長、あんないい人にはもう出会えませんよ。大事になさい。バイオロイドには植物と同じく、もっと目に見える優しさを注いで。からかい過ぎて本当に怒らせては駄目」
「これは手厳しい。あなたの言葉は優しいのにグサグサ刺さるね」
「時に耳に痛いことも言ってくれるのが本当に大事な人。気持ちを伝えられなくなってからでは遅いのです。私がこう言った事をいつか思い出してくださいね」
「柄にも無いけど、僕は今きっと礼を言うべきなんだろうな。ところでその明晰な頭脳と優しさ、強靭な精神、実は負けず嫌いな性格も全部レザエル譲りなのかな、それともリィエル本体オリジナル?」
「いまはもう私アモルタ独自オリジナルだと思いますわ、船長……準備できました。これでおそらく」
 持ち込んだ灯りに照らされた狭い部屋で、2人は目の前の石像を見上げた。
「レザエルに伝えられた残る2つの術式、その1つか。でも何故、これをあなたがしなければならないんだ?」
 ゾルガは腕を組んだ。触手の椅子がくるりとアモルタを振り返らせる。
「それは私が“2つの時間軸の運命力を受け止める器だったから”でしょう、船長。未遂に終わったとは言え」
「色々と難しいものだ、魔術というのはね」
「あなたの見果てぬ野望の参考にもなりまして?」
 リィエル゠アモルタは椅子の抱擁に逆らって、一人で地面に降り立った。
「そうだといいね。でもバスティオンから引き離され、ケテルギアからこんな所まで連れてこられたのも何かの縁だ。同じ運命者として、降霊術師一世一代の偉業として、最後の一押しを手伝うよ。アモルタ」
「無理強いはできません。お手伝いいただくにしても、これは命懸けですから。ゾルガ船長」
 アモルタは振り返った。対するゾルガの表情も真剣だった。
「いいや。ぜひにも手伝わせて欲しいのだ」
「クレイ世界の海でもっとも恐れられる悪党が、人助け?」
にも許せない悪というものがあるから。あのシヴィルトという奴は特にね。それで納得してもらえないか」
「それでしたら否はありませんわ」
 時の運命者リィエル゠アモルタは、禁忌の運命者ゾルガ・ネイダールを戦士竜の石像の前に手で差し招いた。
 それは短い歳月にも拘わらず急激に風化し、すでに周囲の岩盤と同化しかけている姿だった。
「まず必要なのは発動条件。死者と生者双方に受け容れやすいを呪文の詠唱によって整える。それこその専門だ」
 ゾルガが杖を掲げ、不可思議で理解不能な言葉を唱え始めた。強い運命力がその先に集まり始める。
「次に魂。この身体は魂を失っている。石化したのは全運命力を“世界渡り”の秘術にかけたから」
 アモルタは敬意と労りをこめて石像に手を当てた。共感が高まるのを感じる。
「このクレイに戻れる保証はなかったというのに。その危険も顧みず」ゾルガが杖を振った。
「仇敵を滅ぼすため、そして世界を救うために」アモルタが戦士竜の身体に額をつけた。
「時の魂を得て、蘇れ!」
 降霊術師ゾルガは朗々と唱えた。
「最後の戦士竜!」
 ギアクロニクル複製体クローンアモルタはひたと石像の顔を見上げた。
「「ガブエリウス!!」」

Illust:増田幹生


 ──ケテルサンクチュアリ、極北の廃殿。山の麓。
 勝負の趨勢すうせいは明らかに成りつつあった。
 レザエルは健闘した。
 敵の二刀流に対して、レザエルの剣技は有効だったし、武爪ぶそう術はある時は盾がわりに、またある時はもう一つの剣=爪撃となって何度もヴァルガ“羅刹”の体勢を崩させた。
 だがそこまでだった。
 いまのヴァルガ、無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”には、2つの時間軸から集められた運命力があった。
 総量比。運命力の均衡バランスから言えば、そもそもの優劣は最初から定まっていたのだ。
 それでもレザエルが長時間持ちこたえたのは、ただ大切な存在のため。
 友人、恋人、この世界に生きとし生けるもの。
 天使として医師として慈しみ、愛おしいと思う者。
 そして、シヴィルトのような悪に二度と歪まされることが無く、正しくあり続けて欲しいと願うこの世界、惑星クレイのことを思うその気持ちだけだった。
「レザエル!」「お師匠様!」「負けないで!」
 どんな絶望の最中にあっても希望を失わない、心強い声援が勝算なき戦いを善戦に変えていた。
 だが……。
「でやぁ!」
 ヴァルガ“羅刹”が珍しく力みを感じさせる気合いと共に、まとめて振り下ろした光と闇の2つの剣が、その斬撃とたぎるオーラをレザエルに叩きつけ、その衝撃波だけで再びレザエルは大地に叩き落とされた。
「ぐあっ!」
 見上げた目の前には、二刀を槍のように逆手に持ち替えた魔刃竜が立ちはだかっていた。
「さらば、友よ。案ずるな、オレもすぐに逝く」
 2剣が振り下ろされる。
 だが、レザエルは諦めも絶望もしなかった。
 まさに刃が触れようとする最後の瞬間。
 レザエルの脳裏にある少年の言葉が響いた。
『最後まで、一緒に手を伸ばしてくれるか? レザエル!』
 目を見開いたレザエルは飛び起きると咄嗟に、落ちかかる光の剣を両手で挟むようにして正面から受け止めていた。
 ──!
 異世界 地球ではこれを、真剣白羽取りと呼ぶ。
 惑星クレイに伝わる守護聖竜団秘伝の武装術においても究極の技と呼ばれるそれを今、無双ヴァルガ“羅刹”の刃に対し、素手である天使レザエルが成功させたのだ。
 だが、レザエルを襲ったもう一つの刃の行方は?
 レザエルとヴァルガが長い剣の先へと視線を動かしてゆく。
 その先で……
 運命王の背後から伸びた竜の爪が闇の剣をがっしりと掴み止め、握りしめていた。
 いずれも獲物に達しなかった剣の表面で光と闇のオーラが悔しげに乱れ、うねった。
「何ぃ!?」
 羅刹の初めての驚愕を、このとき皆が見た。
 いや驚いていない者など、この場にいただろうか。
「聖竜ガブエリウス」

Illust:タカヤマトシアキ


 レザエルは呟いて安堵の息をついた。
「わずかな光でも、手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる」
 それは友であり心から尊敬する真の英雄、この聖竜ガブエリウスから伝えられた、戦いと人生に臨む心構え、奥義、そして心の支えとしてきた言葉だった。
 一方のヴァルガは、2剣を運命王と聖竜に捕らえられたまま、この時完全に身動きを抑えられていた。
 真剣白羽取りの真に恐るべき効果とは、必殺を期して斬り込んでくる剣士に対し、その剣を封じることで相手の動きそのものの自由を制する点にある。
「復活しただと?!」
「……」
 ガブエリウスは、動揺するヴァルガ“羅刹”には構わず、無言のまま剣を持ち上げると、がら空きになったこの無双竜の腹を蹴った。
「うっ!」
 ただの蹴りだ。だがヴァルガ“羅刹”には避けられなかったし、剣がガブエリウスの手を傷つけることも無く、しかもその剣を捻りられるのにも──まるで指がつかに貼り付いたかのように──抵抗できなかった。
 地面を抉り、長い衝突痕を残して、ヴァルガ“羅刹”はようやく停止した。
「おまえはただの抜け殻だ……そのはずだッ!」
「……」
 ガブエリウスはまだ無言だった。
 信じられないことに、物言わぬ聖竜の戦士にヴァルガ“羅刹”は怯んでいた。無双ともあろうものが。
「答えろ!何者だ、貴様!」
「私はガブエリウス」
「そしてアモルタだ」
 レザエルは立ち上がり、自らの心身から疲労もダメージも嘘のように消えている事に、今さらのように気がついていた。
「成し遂げてくれて感謝の言葉もないよ。無理をさせて済まなかった、私のリィエル」
 ガブエリウス=アモルタと呼ぶべき戦士竜は首を振ると、全幅の信頼をこめてレザエルと手を携えた。竜式の握手だ。
「リィエル゠アモルタ?ガブエリウス本人ではないのか。……ど、どういうことだ」
 無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”はよろよろと起き上がった。
 おかしい。蹴られた腹から何かが流れ出ているように、力が失われていく。
「ガブエリウスの魂は異世界にいる。だが彼の"力"のほとんどは、こちらに残された肉体にあるのだ。守護聖竜の守人、竜戦士、“世界渡り”の成功者、そして私の友人ガブエリウス」
「……」
 ヴァルガは頭を振った。まだ理解が追いついていない。レザエルが続ける。
「私は、彼ガブエリウスが異世界に旅立つ直前、2つの術式を教えられていた。その一つが魂を移植することで、抜け殻となった身体に新たな生命を宿す術」
「身体はガブエリウス、しかし魂はリィエル゠アモルタだと?」
「そうだ」
「そんなことはできない。生物の魂を移植するなど……」
「できる。我々には降霊術師という専門家がいて」
 そのレザエルの言葉に応えるように、ゾルガが廃墟となった遺跡の出口から今は2足で姿を見せ、小粋に杖を振って見せた。
「友が、その準備のために貴重な時間を稼いでくれた。宿命王もまた」
 ヴェルストラが手を振る。ようやくその真の意図と努力を認めて、黒きオディウムが「あなたやるじゃない」とその横腹をきつく肘で突き、美女の痛烈な慰労をもらって文字通りCEOは笑み崩れた。そしてレザエルの最後の言葉に、無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオは「微力ではあったがな」と首を爪で掻いた。
「これが貴様の策というわけか」
「ガブエリウスの策だ。彼はその生涯、全存在を賭けてシヴィルトを追い、我々にも世界を救うための手立てを残してくれた。最後の最後まで真の英雄。我々の恩人だ」
「つまり真の最強は、そのガブエリウスというわけだな」
 頷いたレザエルは少し悲しげだった。これから起こる事をもう予見しているのだ。
「そうだ。私レザエルは遂に、ガブエリウスには追いつくことすらできなかった。その器の大きさ、見通しの広さ、考えの深さ、武術においても」
「それなら良し!」
 武芸者ヴァルガは構え直した。
 良しというのは無論レザエルにではない。倒すべき相手が見えたことへの率直な喜びだった。
「倒す!そして無双となる!」
「ヴァルガ・ドラグレス」
 ここで初めてガブエリウスが口を開いた。
 誰よりもまずレザエルが目をみはったのは、その声が懐かしい友ガブエリウスの声であると同時に、言葉は魂であるアモルタのものであり、そしてなぜか亡き恋人リィエルのようにも聞こえたからだ。
「終わりを告げましょう。時と世界の歪みが生み出した、この乱れに」
「終わらせるとも!全てのものを我が剣で平らげてな」
「正気に戻りなさい。それは歪まされた、あなたでは無いあなたです。最強を目指すのなら、"羅刹”の力に呑まれるのではなく、吞み込みなさい」
「……この力を、正しく使いこなせと?」
「それでこそ無双」
「……」
 ヴァルガは完全に気圧けおされていた。まるで三人の賢者の叱咤激励を受けているようだ。
 だが無双にも矜持きょうじというものがあった。
 精神で敵わぬのなら、可能性に賭けてみるまで。
 光と闇の剣が天に向かって突き上げられた。捨て身の構えだ。あとは突進あるのみ。
「レザエル。次が私の最後の術式。こちらへ」
 レザエルは導かれ、聖竜ガブエリウスの正面に立たされた。
 背中からその肩に竜の手が添えられた。何も語らなくても厚い信頼と深い愛が伝わってくる。その温かい流れにレザエルは安らいだ。
「《在るべき未来》を掴んで、レザエル。私たちのために、世界のために」
「もちろんだよ、リィエル。世界に正しさを取り戻す」
「それでいい。では私のレザエル、また遭う日まで」
 リィエル?!
 レザエルがハッと気がついた瞬間、
 喊声ときのこえをあげて無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”が2人に突進し、運命王が羽を広げ聖剣を掲げたその上から、ガブエリウスが吐き出した運命力の奔流がヴァルガに激突し、吹き飛ばし、この剣士竜の背から靄のような邪念の塊が弾き出され──
 そして空に消滅した。
 レザエルは荒れ地の地面に横たわったヴァルガを見、ゆっくりと背後を振り返った。肩に置かれた手はもう無い。
 その視線の先で、聖竜ガブエリウスが空間に開いた黒い穴に吸い込まれて消えてゆく。
「“世界渡り”……いいや」
 レザエルが知る限り、ガブエリウスとシヴィルトが成し遂げた異世界への移動は、魂をその肉体と切り離し、意識のみを飛ばすものだった。身体ごと移動するこれは、両者が以前編み出したものとは違う何かだった。
「新たな術式だとでもいうのか」
 言葉をかける間も手を伸ばすこともできないまま、聖竜ガブエリウスの姿は消え、空間の黒い穴もまた消滅した。
 茫然とするレザエルの足元で、微かな音がした。
 それもまた見覚えのあるものだった。
 機械仕掛けの“卵”。
「リィエル゠アモルタ……」
「行ってしまったのね」
 いつの間にか、レザエルの横に辿り着いていた黒きオディウムがそれを拾い上げ、彼の手を開いて渡した。
「私の姉たち・・・との約束よ。私が見届ける。今こそ選んで、レザエル。あなたの《在るべき未来》を」
 レザエルはオディウムを見、手の中のアモルタの“卵”を見、起き上がり地に手をついて項垂うなだれるヴァルガの首に轟雷獣カラレオルを連れて駆けつけた弟子アルダートがしがみついて泣くのを、宿命王レヴィドラスの隣に(あれほど憎まれ口を叩いていた)ブラグドマイヤーが寄り添い、そしてこちらに友人たちが駆け寄ってくるのを見た。
 彼ら全員の行いもまた英雄だ。アモルタはきっともう全てを許している。彼女は自分でもあるからそう思う。
 ヴァルガには弟子がいて運命者たちがいて、やがては宿命者たちも支えてくれることだろう。
「さぁ、レザエル」
 物思いに耽るレザエルを、オディウムはにっこり笑って促した。
 ギアクロニクルの天使、時の宿命者リィエル゠オディウム。その顔を眩しい秋の朝日が照らした。
 恋人と同じ微笑を浮かべるそれは輝いていた。
 今、均衡バランスを取り戻した世界のすべてが美しく、愛おしかった。
 得られたものも失われたものにも太陽ニルヴァーナは等しく降り注ぐ。
「私の《在るべき未来》、それは……」
 奇跡の運命王レザエル・ヴィータは時の“卵”を握った手を、天に向かって高く、高く掲げた。




Illust:DaisukeIzuka


 ──時の狭間で。
「任意同行に応じてくれて助かる。我らとしては事情を伝える許可は出せなかったが」
「いいえ。きっと判ってくれますわ。監視者エージェントザムーグ」
「罪状は伝えた通りだ。無許可時翔タイムリープ、異なる時間軸の情報漏出、これら違反2点については捜査も一段落している。これは微罪処分では済ませられない」
「時空法の厳しさは理解しているつもりです」
「犯した罪は等しく裁かれるべきだが、一方で、貴女が産み出された事情、宿命決戦の終了を見届けるという条件付きで自首したこと。我々の接触に対し一貫して表明してきた真摯な反省。そしてこれまでの功績と献身もすべて考慮に入れられるし、適切な治療も受けられる。だが証人喚問で有利な発言を得たとしてもなお、どのくらい罪の軽減につながるか、約束はできない」
「そのお言葉だけで充分です。ギアクロニクル」
「そろそろ時刻・・だ」
「行く先は?」
「この時代の時間とは離れた場所だ。……恐れてはいない様だが」
「すべての願いが叶い、後を任せる者もいますから。もう何も」
「貴女の勇気には敬意を表する。この世界を救ってくれた」
「お礼を言うのは私の方です。“卵”とを彼に残してくださって。……では参りましょうか」

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡