ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
165 「ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ」
ストイケイア
種族 インセクト
教わったのは、剣の真。
刃を握り、血の道を往く者としての心延え。
刃を握り、血の道を往く者としての心延え。
──鍛錬の日々 ラスカリア
Illust:п猫R
西よりの風、微弱。陽は強く、天候は晴れ。気温26℃。スコールの直後なので湿度は高い。
標的までの距離約400m。彼女の腕ならば中距離。外さないし外せない。特に今回は。
「首領、もう撃っていい?撃っていいよねェ!」
狙撃手の口から押し殺した熱い呟きが漏れた。
レフォノハイラはオオスカシバ。雀蛾型のインセクトである。
スカポーロ島中央部、平地を見下ろす小山の上にある林。葉の茂る木の一つ、その太い枝の上。
姿勢は膝立ち。
スコープは使わない。
反射で察知される危険は冒せない。銃の狙いが合っているという事はすなわち、スコープという手鏡で相手を正確に照らしている事に等しい。
その標的。
照星に被って見えているのは深編み笠。
見間違うはずもない。あれこそが世界の敵だ。
指をガードの中に滑り込ませ、トリガーに近づける。
引き金は優しく、自然にことりと落とすように。狙撃の基本だ。
一瞬、視界の中で木立が揺れた。指を止め、しばし風を読む。
……。
無風。銃と一体になったレフォノハイラが指を引き絞った。
タァン!
乾いた銃声と共に、400m向こうで深編み笠が弾けた。
倒れるウインドドラゴン。
駆けつける火竜の少年。
こちらに向かって吼え立てる轟炎獣。
「悪く思わないで。あんたに組を潰されるわけにはいかないんだよ」
ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラは鋭く息を吐き、ライフルを廃莢して肩に抱え直した。せめてもの弔いに、標的の名を口に上らせながら。
「無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス」
ストイケイア国西部メガ多島海地方、スカポーロ。
虫園と呼ばれるここは近隣の島嶼の中でも飛び抜けて華やかな南国の島。その名の通りインセクトの楽園として知られている。
面積は決して大きくはないスカポーロには、大小様々な組が存在する。
元々、国際的犯罪結社メガコロニーの一大拠点だったこの島は、豊かな資源や貿易の富の権益をめぐって争いや強奪が絶えなかった。そこで有力者を頼り、非合法な“力”に頼る自治を選んだのが組の発祥なのだ。
「おうおうおう!俺達にアヤをつけたんだ、覚悟はできてんだろうなァ!」
アリ型インセクトが吼えた。
ヴェレーノ・ソルダート グルドーリ。性格は好戦的で獰猛。ヴェレーノの戦闘部隊である。
「やかましいッ、このヴェレーノが!挟んで斬る!お前もコイツで真っ二つにしてやるわ!」
甲虫型インセクト斬獲怪人ブルスラッシュは大鋏を振りかざしている。
ここはスカポーロのスラム街。
華やかな表通りからは離れ、現地民やこの土地のことを知る者は決して近づかない地域である。
Illust:宮本サトル
Illust:いけだ
「おい、テメェ!今、うちの組バカにしたよな、絶対許さねぇぞ。覚悟しろよ。……どうした?仲間呼んで来いよ。数に頼らなきゃ何にもできないヘタレがよぉ」
「お前ごとき私一人で充分だ!抜け!」
「もう抜いてるぜぇ、テメェにゃこれが見えねぇのかよ!」
グルドーリは尻尾を振り上げてみせた。その先には猛毒の針がある。
「やるか!?」「やんのか、おぉ?!」
剣vs毒針。切った張ったは極道の流儀である。
「お待ちなさい」
涼やかな声が澱んだ裏路地の空気を吹き払った。
「あんたは……」「か、頭!」
インセクトの脚が石畳にハイヒールのような乾いた音をたてた。
「ラスカリア・ヴェレーノ。この喧嘩、預からせてもらいます」
Illust:п猫R
「何を勝手な……」「へ、へい!面目ありやせん、首領」
憤然とする甲虫型ブルスラッシュと、頭を石畳に擦りつけんばかりのアリ型ソルダート グルドーリ。
夢刃の剣姫ラスカリア・ヴェレーノは青みがかった美しい髪をかき上げた。
少女の可憐さと大人の落ち着き、芳しく香る鱗粉、そしてその背に担いだ夢幻剣とそれをもうひとつの腕のごとく自在に操る剣士としての凄み、闘気。それは確かに組全て、そして街の民すらも心酔し崇拝するスカポーロ島の美しき首領だった。
「原因は」
うっとりと見つめていたグルドーリは、ラスカリアの問いに慌てて頭を振って答えた。
「こいつがあのイヤミったらしい角、かすめてきやがったんで」
「ふっ、そっちがムダに幅を取るのが悪いのだ。アリんこらしく縮こまっておれ」「なんだとコラァ?!」
「おやめ」「へ、へぇ」
ラスカリアはあくまで穏やかなトーンを崩さない。
「甲虫のお兄さん。ここは裏通りとはいえ天下の公道。つまらない喧嘩はやめて、ひとつ収めてくれませんか」
「そっちが売ってきたケンカだ」
「ではこうしましょう。私が頭を下げます。この通り」
「ク、首領。いけやせん!」
ラスカリアはアリ型グルドーリを目で止める。
「ほぅ。親分がこんな些細なケンカに頭を下げるとは。いかにもヴェレーノらしいな。メガコロニーの裏切り者、極道の半端者が」
「私たちは裏切っていないし、半端者と呼んでいただいても結構。私自身もっともっと強くあらねばと思うから。でも、これがこの島の新しい組の在り方だと信じているわ。私にとっては家族が何より大切。こんな些細なことで傷ついて欲しくないのよ」
「……」
傘にかかっていいはずの甲虫型ブルスラッシュの方が、居心地悪そうに大鋏を持ち直した。これが器の違いだ。
「近くそちらの親分さんにもご挨拶申し上げます。ではこれで手打ちに」
ラスカリアはそれだけ伝えると子分グルドーリを促して踵を返した。
そこへ駆けてくる軽やかな羽音がする。
「あ!いたいた!お嬢ー!」
「どうかした。フラウトリ」
シルフの少女の名を呼び、慌てた様子で返ってきた答えにラスカリアは目を瞬かせた。
「ラスカリア様!大っ変!すぐに来てください!」
戸惑いは一瞬のこと。美しき蝶のインセクトは頷くと、恐縮するグルドーリの背を叩いてから輝く青黒色の羽根を広げ、ヴェレーノ・ファミリア フラウトリと共に裏路地の狭い空へと飛び立った。
Illust:出利
──スカポーロ島、中央平地。
「逆徒に死の制裁を」
全身をオレンジ色のデンドロビウムで装ったバイオロイド、ヴェレーノ・ソルダート ディローヴが、牙を剥き出す轟炎獣カラレオルにサーベルを突きつけた。
Illust:п猫R
Illust:北熊
「不意打ちとは卑怯だぞ!しかも見えない所から狙撃だなんて!」
熱気の刃アルダートは地に倒れ伏した師匠ヴァルガ・ドラグレスをかばうように、中腰の姿勢で構えていた。
片手剣は、ヴェレーノ組の戦士ディローヴに向けられている。
「剣客ヴァルガ・ドラグレスは乱心し、ケテルの女天使を背後から刺したとの噂だ。この島の平穏を乱す侵入者は悪だ。我らヴェレーノ・ソルダートの精鋭は、お前たちが港に入ってからずっとこの時を狙っていたのだ」
ディローヴは一歩も引かなかった。
「シディラッカ、パルラジール、その他の者も。オレ達の秘密作戦を知って協力を申し出た組の者も追ってここに来る。我らの首領を悩ませぬように今ここで止めを刺す」
「いやいや!待て待て!オマエの情報は何もかも間違ってるぞ!」
アルダートは怒りと動揺のあまり腕を振り回し、唾を吐き飛ばしながら反論した。噂って言うのはどうしてこんなに歪んで伝わるんだよ。
「間違い?どこがだ」
「まずお師匠様は精神汚染を受けていたんだ。だからリィエル゠アモルタさんを……」
「それ見ろ。やはり襲っているではないか。卑怯者はどちらだ」
「いいから聞けって!あれは偽装だったんだ。レザエル医師の腕を信じて、異世界から干渉してくる敵の精神汚染を一身に受け、世界をヤツから守るための」
「だが結局、運命者レザエルとは刃を交えたのだろう?この世界の未来を懸けて」
「そこまで知ってるなら誤解だってわかるだろ!運命者も宿命者も、みんな判って、許してくれたんだって。オレなんて『大変だったね。ご苦労様』なんて言葉までもらったぜ、リィエル゠オディウムさんに」
「ではなぜこの島にいる。ヴァルガ・ドラグレスとお前、そしてそのハイビーストも」
アルダートは空いている手で頭をかきむしった。あぁもう面倒臭ぇ!説明することが多すぎるんだって。
「バヴサーガラさんだよ!封焔の巫女バヴサーガラが、あんたん所の親分と古い知り合いで、人里離れた場所でまた修行を一からやり直したいっていう、お師匠様の要望を伝えてくれて……」
「そう。私が受けました」
声は空から降ってきた。
アルダートが驚いたことに、あれほど殺気立っていたヴェレーノ組の戦士ディローヴは即座にサーベルをしまうと、シルフを従えた蝶のインセクトに跪いた。
「お嬢」
「って、じゃあこの人がラスカリアさん?」
アルダートも慌てて片手剣を背後に収めた。
これがヴェレーノ組の親分?噂に聞いていたよりも、ずっともの凄い美人だった。しかも若い。
「お詫びの言葉もありません。これからご挨拶に伺おうと思っていた矢先に、組の者が先走ってしまい……」
ラスカリアは茫然とするアルダートと、尻尾を振っているカラレオルの肩にそれぞれ手を掛けながら通り過ぎ、横たわるヴァルガ・ドラグレスの前に片膝をついた。そして深々と頭を下げる。
「お客人。大変ご無礼いたしました。ご無事とお見受けいたしまして、お声がけが遅くなりましたが」
次の瞬間、アルダートは仰天した。いや正しくはラスカリア以外の全員が凍りついたのである。それは……
師匠、ヴァルガ・ドラグレスが笑い出したからだ。
そして起き上がった。
無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”の姿で。
Illust:萩谷薫
「お、お師匠様……」
額の角に炎を灯し、両の手に光と闇のオーラを波立たせるヴァルガの姿は、見慣れたアルダートでさえ圧倒される闘気の塊だった。
だがヴァルガ“羅刹”は笑っていた。愉快そうに。
「まさしく。聞いていた通りだ、ラスカリア・ヴェレーノ」
「あなたも。ヴァルガ・ドラグレス。天下無双の剣士」
ラスカリアも立ち上がり、もう一度頭を下げた。
「ではバヴサーガラは意図してお前のみに伝えたのだな」
「ええ。あの方らしい」
「あのぉ……どういう事でしょうか」
恐る恐る尋ねたアルダートは、他の全員の思いを代弁していた。
「修行だ。オレはあらゆる状況下で強くあらねばならないからな」
「つまり?」
とアルダート。人語を解するカラレオルもまた同じ様に首を傾げている。
「こういう事です」
ラスカリアは振り向きざま巨大な夢幻剣を振った。
キン!
空振りかと思いきや、金属のかち合う音がして飛来した何かが彼方へと弾かれた。
「レフォノハイラにもう止めるよう伝えて。きっと私たちが襲われているように見えている」
「伝えます!」
シルフのヴェレーノ・ファミリア フラウトリが大慌てで飛び去った。
もっとも、狙いをつけた照星越しに彼女の首領に睨まれた狙撃手レフォノハイラは、伝令を待つまでもなくとうに戦意喪失しているだろうけれど。
アルダートはようやく何度か頷きながら、剣の達人2人に向き直った。
「わざとなんですね。お師匠様」
あぁ、ヴァルガ“羅刹”は穴の空いた深編み笠を拾った。
飛来する銃弾を剣で弾く技も、狙撃の瞬間にそれを避ける体捌きも、剣士として想像を絶する高みには違いない。
アルダートは呆れ、さきほど師匠に取りすがってその命を案じたことに今さら徒労感を覚えた。
「この島にいる限り、不完全な情報を頼りにオレを付け狙う刺客は後を絶たんだろうな」
「この島の中からも外からも。眠る間もないほどに」
「それで良い。二度と我が精神を他者に乗っ取られることのないよう、徹底的に自らをしごく為に。いずれこの“羅刹”を呑みこみ、完全に己がものとするために。自分自身に勝つために」
「ヴァルガ様にとっての“羅刹”はいわば悍馬なのですね」
ヴァルガは楽しそうに、そしてラスカリアは真面目に頷いた。2つの世界の運命力と邪竜シヴィルトの力が生み出した形態“羅刹”を、荒ぶり他人の制御を拒む悍馬に例えたのは正鵠を射ていたらしい。
「ここはもともと国際犯罪組織メガコロニーの本拠でしたから。ただし我が組には今後あのようなことのない様、お客人に対するおもてなしを徹底いたします」
「いいや、いつ何時撃ちかかってくれても良い。夜討ち朝駆け、大いに結構」
ヴァルガは“羅刹”の姿を解くと、いつもの無双の剣士となって首領に頭を下げた。
「改めて世話になる。ヴァルガ・ドラグレスだ。無双と号す」
「ヴェレーノ組を率いております、ラスカリアです。世界最高の剣士の修行に、我が島を選んでいただけて光栄です」
ラスカリアは返礼して、やっと表情を和ませた。
「ではさっそくご教授いただけますか」
ラスカリアは夢幻剣を背に構えた。
「なるほど。ここの挨拶とはそれか」
気に入った、と無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは2剣を取り直した。
周囲が止める間もあればこそ。
強くなりたい。誰よりも。
剣士にとってそれは自然な望みであり、またそのためには刃を交えることが何よりの対話なのだろう。
お師匠様の言葉で以前、確かそんなことを聞いた記憶がある。
『相手を知るに真剣勝負より優れた方法などない』
そうだ。強くなりたい。どんな時も。誰に対しても。
アルダートは皆を下がらせ、自分もまた2人の剣士が打ち合う様子を見つめながらも、心の内に燃えてくるものを感じていた。
了
※注.距離の単位は地球のものに換算した。オオスカシバは地球の酷似する種の名称を借りた。※
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《今回の一口用語メモ》
ヴェレーノ組と組織構成
ヴェレーノ組は、ストイケイア国西部の島、虫園スカポーロを縄張りとしている。
その発祥となった犯罪組織メガコロニーとは縁が切れているものの、ヴェレーノ組の活動は合法と非合法の間、いわゆるグレーゾーンであり、旧メガラニカ地方の荒っぽい風土に合った自治組織と言える。
他の組との最大の違いは、先代ファルファラが築きラスカリアが継承している地元住民との信頼関係だ。
そしてヴェレーノ組の組織構成もそうした事情を反映して、荒事担当は極力表に顔を出さず、住民からの相談受付やミカジメ料の回収などは、シルフやバイオロイド、フォレストドラゴンなど柔和な印象を与える者が請け負っている。
前者がヴェレーノ組の武闘派戦士、ソルダート。
後者がヴェレーノ組の接客など庶務を担当する、ファミリアである。
また、ヴェレーノ組にはまだ幾つか階級が存在するが、今回紹介するのはあと2つ。
カポレジューム。
これは組の幹部クラスの尊称である。クワガタ型インセクト、エフラスがこの立場。
最後に組長。
頭、親分、また首領とも言われるのは、先代ファルファラから娘に委譲された経緯を反映したものだ。
さらに現ヴェレーノ頭首ラスカリアについては、組内部で「お嬢」と呼ばれることが多い。
これは若くして組を背負うラスカリアを、幼い頃からの盟友エフラスを始め、組全員が文字通り家族のように愛し、頭領として慕い、厳しい指導者として恐れ、先祖伝来の『夢幻剣』を振るう美貌の女剣士として憧れをもって見つめているからであり、この呼称ひとつ取ってもヴェレーノ組の、他の組の追随を許さない鉄の結束と忠誠心の高さが窺える。
なお、近年健全化の傾向が見られるメガコロニーの一翼として、ヴェレーノ組は外部の著名人との交流が盛んであり、ラスカリアの剣術師範として(母ファルファラの旧友である)封焔の巫女バヴサーガラに教えを乞うたこともよく知られている。今回、再出発を決意したヴァルガ・ドラグレスがこの地を修行の拠点と定め、組もまたヴァルガを賓客として厚く遇したこともまた、そうした良好な関係を表しているといえるだろう。
無双の剣士ヴァルガ・ドラグレスと“羅刹”については
→ユニットストーリー163「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」および
ユニットストーリー164「奇跡の運命王 レザエル・ヴィータ」を参照のこと。
虫園スカポーロとヴェレーノ組については
→ユニットストーリー133 「夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ」を参照のこと。
メガコロニーとインセクトについては
→ユニットストーリー080「終わりの始まり」と《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡