ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
Illust:米子
夜。砂漠の空気は乾いて冷たい。
どこか異星の表面を思わせる仄暗いその不毛な大地を、砂塵の銃士は突っ走り、小さな吹きだまりの裏で音も立てずに伏せた。もし偶然目にとめた者がいたとしても、気まぐれな風が砂を少し巻き上げた様にしか見えないだろう。
夜気はピンと張り詰めている。
こんな時に、灯りはおろか迂闊な音をたてる者など、“竜の顎”山脈の内側にいる筈もいない。仮にいたとしても、この砂漠で長く生き延びられる訳がないからだ。
『賢いヤツは砂ネコみたいに振る舞うものさ。臆病に狡猾に』
口元まで引き上げたフェイスマスクの上で、夜目にも鮮やかな水色の瞳が光る。
鈍色の空にはクレイに近い大小さまざまな惑星の姿が浮かんでいる。
天頂に皓々と光る月。もう一つのブラント月は地平線の下。
この土地に住まう民の呼び名でいうと《単月夜》ということになる。古来より神秘の象徴とされる“月”。その冷たい眼差しの下、今宵、砂漠ではどのような光景が繰り広げられるのか。
『さぁて、始めますかね。U』
音声としては無音のまま、伏せたままの彼の両手に自動拳銃が現れた。彼の正体を知らなければ手品かと思ったかもしれない。
砂塵の双銃バートはベテランの銃士だ。
『目標は正面。……!』
ポッ!
着弾!バートが砂地を横に転がると、身を預けていた吹きだまりに激しく短い砂柱が立った。
それを避けたその身のこなしも、マスクの下で唇を舐める仕草も本物の砂ネコのようだ。
『始まったぁ!』
全身の血が滾る。ここで燃えてこないヤツは砂塵の銃士じゃない。
銃声は同時に聞こえた。敵は近い(ヤツの銃の射程距離としては、だが)。
2丁拳銃を握りしめながらバートは素早く起き上がり、またしても一陣の風のように、次の遮蔽物目指して駆けだした。
ドラゴンエンパイアの中央南部、危険地帯。
"竜の顎"山脈に囲われる広大な砂漠地帯。特にその西部を指して使われる地名である。
砂と岩とごく稀に生える草木だけが広がるこの一帯で、銃を得物として、魔獣狩りや隊商の護衛、時には部族同士の抗争を仲裁するなどの、危険だが割の良い稼ぎで生計を立てる者たちがいる。
砂塵の銃士。
ドラゴンエンパイア第2軍なるかみにも兵士として多くの強者を輩出している砂塵の銃士は、この危険地帯においては軍隊というよりも、傭兵部隊や自警団のような規模や編成で知られ、住民達もまたそのような存在として接している。要は、頼もしいが怒らせると怖い用心棒集団といった所か。
その中でも飛び抜けた知名度と実力、そして規律を誇るのが、砂塵の重砲ユージン率いるチームである。
この夜。
左翼待機組は、砂塵の彩撃カラレスと砂塵の弾幕ヘレネス。
呼び合うにはコードネームのCとH。または二つ名の彩撃と弾幕。
作戦行動中など敵の耳に届く場所では原則、本名では呼び合わない。これは(一部例外はあるが)名前が知られるほど敵もまた増える、砂塵の銃士ならではの注意点だ。
しかし今はわかりやすく本名に変えて彼と彼女の会話を聴いてみよう。
遠くに銃声。
「よしっ!当たりが来たよ、カラレス。あんたが出ないならこっちから打って出ちゃうおっかな、私」
編み上げた長い髪を靡かせるヘレネスがベールごしに翡翠色の瞳を活発に輝かせると
「追い込むまで待つ。そういう命令だよ、ヘレネス。Uの言いつけを守って」
沈着冷静なカラレスは砂色の髪の下で紫水晶のような目を静かに煌めかせた。
ここは砂漠に突き出た、人の身長ほどの高さの岩の露頭の上。
二人は冷える岩肌に暖かい織布──砂漠に生きる者にとっては夜から朝方までの必須装備だ──を敷いて、ただ命令を待っていた。つい先程までは。
Illust:タダ
Illust:加藤綾華
「もう、じれったい。このくらい、私一人で事足りるわ。最大出力なら絶対逃しはしないから……」
ヘッドベールの乱れを直すヘレネスの右手には竜頭の飾りが付いた大ぶりな拳銃が握られている。実際、必中距離で彼女が放つ広範囲に広がる雷撃の“網”から逃れた者はいない。砂塵の弾幕の名は伊達ではないのだ。
「今は待機。言われただろう、生け捕りだって」
カラレスも2丁拳銃を持ち上げて見せる。見かけは優美なリボルバーだが、ひと度トリガーが引かれればうねる青い稲妻の軌跡が敵を無力化する。
「抜け駆けは止めてよね」
「競うつもりは無い。今回は接敵機動を期待されてオレたちはここを任されているんだ」
「でもおかしいじゃない。賞金首でも魔獣でもないなら標的って何?」
「それは知らなくていいから教えてくれないんじゃないかな」
「変なの。C」
「いつもの事だろ。H」
砂塵の銃士はそろって肩をすくめると、再び岩に身を横たえた。兵士の仕事のほとんどはこうしてただ待つ時間が続くものだ。
Illust:白井秀実
砂の海。月光の下で何かが動いた。
「そこっ!」
砂塵の燦弾ラグニットは鋭く息を吐いてトリガーを引く。
銃声と曳光弾の軌跡が月夜の薄闇を切り裂いた。
すると──
照星の向こうで、影が撥ねた。
当たったのではない。避けられたのだ、と思う間もなく3発、影の動きを読んで続けざまに撃ち込んだ。赤・黄・緑。夜闇を貫く燦たる軌跡は曳光弾の特性上、ややホップしている。
また避けられた!?
砂丘(といっても小さな吹きだまりだが)の背後に標的が逃げ込んだと知って、ラグニットはライフルの銃身を上げ、長い黒髪をかき上げた。
「……やるじゃない」
もちろんラグニットとしても零点規正無しの夜間狙撃で、最初からヒットするとは思っていない。
ただ砂丘に逃げ込まれるまでに仕留めておきたかった。悔しい。
だけど……。
「任せたわ、L。後詰めはあなたよ。しっかり仕留めてきなさい!」
ラグニットは回線を開放すると、インカムのマイクに激励の言葉を送った。間を置かず、任せろ!と応答がある。いい連携だ。
そう。あたしたちはチームなんだ。一人で戦っているわけじゃないからね。
バシュ!バシュ!バシュ!
回転式榴弾発射機が鋭い破裂音をあげると、砂丘の後ろで
ドン!ドン!ドン!
派手な花火が夜の砂漠に弾けた。もちろんこれは例えで、実際には榴弾が炸裂しているのだが。
「くははっ!心地の良い轟音だ!」
体中を弾帯でぐるぐる巻きにして笑う砂塵の轟弾ロアノードは、標的がいると思われる辺りに榴弾をバラ撒きながら、物騒な花火師のような高揚感を味わっているようだった。
切れ目無く、絶え間なく、砂漠に轟音と紅蓮の華が咲く。
通常は連発したとしてもリボルバー・グレネードランチャーの装弾数は6つ。
ところがロアノードの得物は、これを重機関銃のように弾帯で装填できるように改造してある。単純な火力として他の短銃、小銃、狙撃銃と比べものにならぬほどの制圧力だった。
Illust:モレシャン
「L、無駄撃ちを止めろ」
インカムからどっしりと思い声が響いた時、榴弾の乱射はピタリと止まった。
「だけどよ、U……」
「相手は硬い。むやみやたらに煙を立てると逃げられる」
正論だ。静かで穏やかだった夜の砂漠は、今やもうもうと立ちこめる黒煙で満ちていた。
「全隊。フォーメーションC」
そのひと声で、口を尖らせたロアノードまでもが顔を引き締め、定位置に移動した。
いま爆撃地を半包囲しているのは砂塵の彩撃カラレスと砂塵の弾幕ヘレネス、砂塵の燦弾ラグニット。
砂塵の轟弾ロアノードは射線が被らないように包囲の上方を塞いだ。
標的を追い込んできた砂塵の双銃バートだけが、本隊と正対する位置に付けている。
そして唯一、逃げ道と思われる場所、砂丘の頂上に、一際大きな砂塵の銃士が立ちはだかっていた。
ユージン。砂塵の重砲ユージン。
危険地帯広しといえども、その隻眼と腹に響く声を他人と間違える者はいない。
「ここまでだ。おまえはよく戦った」
ユージンは月光を背に、砂丘の影にいる何者かに呼びかけた様だった。
果たして、ギラリ、と影の中から黄金色の銃身が突き出された。
「突撃銃か。それも悪くない」
ゆっくりと“標的”の全身が洗われた。
包囲から驚きの声が上がる。
完全武装ではあったが……それは人間の女性だった。
Illust:田島幸枝
「名は?」とユージン。
「バディーア。ドラグリッター バディーアだ」
竜騎士はアサルトライフルを微動もさせずに答えた。
「我らの攻撃によく持ちこたえた。この後どう反撃するつもりだった」
「爆煙に紛れて、一人ずつ」「だろうな」
銃士たちが驚いたことにユージンは低く笑った。
「これで終わりなのか」
とバディーア。失望よりも不満げな銚子だった。振り乱された緑の髪と鍛え上げられた褐色の肌が月光を美しく反射している。
「いいや。全隊退がれ」
ユージンの言葉の後半はもちろん銃士たちに向けられたものだ。
隊長の指示は絶対である。皆、黙ったまま包囲を解き、正対する2人のためのスペースを確保。射線を避けて皆、身を伏せる。
「一騎打ちと行こう。ドラグリッター。所属は?」
「それは軍がこれから決める。だからここで戦うよう言われて来た」
「そうだろうな」
「ここでお前を倒せばワタシの評価はあがるのだろう、砂塵の重砲」
「倒すことができればな」
「始まりの合図は」
バディーアの指はもうトリガーに掛かっている。
グレネードが発生させた煙を今、一陣の砂漠の風が吹き払った。
「もう始まっている」
ユージンが言うや否や、
「燃え散れ!」
ドドドドドドドドドドドドドドド!
バディーアは叫びと同時に、弾倉半分をフルオートでぶっ放した。
だが火線の先には誰もいない。
「避けただと!?」
バディーアの驚きはもっともだった。目と鼻の先だったのだ。ライフルで外す距離ではない。
ユージンの姿はすでに砂丘の下にあった。
弾を避けたのではない。バディーアが撃つ指の動きよりも速く、砂丘を飛び降り、そして転がり落ちたのである。
バババ!バババ!
ヒエルHFR40GDSデザートスペシャルが火を噴いた。
3点バースト。無駄撃ちはなし。通常弾なので軌跡はまっすぐに飛んでいる。
バディーアは砂丘の背に逃れた。
これも理屈としてはユージンと同じ。相手が狙い、撃つ寸前に先んじて回避する。
「すげぇ」
つい先程まではグレネードを撒き散らし、興奮と高揚の頂点にいた砂塵の轟弾ロアノードが感極まったように呟くと、
「なかなかね」
狙撃銃を肩付けした砂塵の燦弾ラグニットもさらに応射するドラグリッターの女を睨んだ。
「いやいや。そこはそれ」
2人の勝負に感嘆する隊員の中で、砂塵の双銃バートだけは何か確信ありげに頷いた。
「オレたちのリーダーは、あのユージンなんだからさ」
Illust:三好載克
ドラグリッター バディーアの応射にユージンは身を低くした。
防御姿勢のようにも見える。
だがそれは彼にとって新しい攻めの形だった。
「起きろ、獄炎。お前の出番だ」
ユージンの銃ヒエルの弾倉が落ちると、次の瞬間、コマ落としのように新しい弾丸が装填された。そしてユージンの指が押し込んだセレクターには《獄炎》と刻まれていた。
配下の砂塵の銃士、そしてユージンも、生きるか死ぬかのこの砂の世界で、常に強く鍛え続けているように、自らの愛銃ヒエルもまた進化させているのだ。
ダン!ダン!ダン!ダン!
重砲4発。
ユージンは弾を全て、標的とは異なる方に向けて撃ったように見えた。
だが砂塵の銃士ならば皆、砂塵の重砲ユージンが舞うように撃つ時、その攻撃はヒエルHFR40GDSと弾丸の持つ特性と合わせて、予測不能な恐るべき攻撃となることを知っている。
「なんだこれは?!」
バディーアは、急激かつ重力も位相も無視したかのような曲射軌道を描いて、彼女の周りに迫った銃弾に目を瞠った。
それは断じて普通の銃弾の動きなどでは無かった。
さらにそれぞれの弾丸が燃え、灼熱の炎を帯びていた。大気の中で燃えながら迫るそれは、電磁砲の弾体が超高速で自らを燃やしながら飛翔するのに似ていたかもしれない。
ボウ!ボウ!ボウ!ボウ!
《獄炎》の弾丸は、バディーアの身体を覆うプロテクターに4点、正確に命中し、それを砕いた。
「ぐあぁ──っ!」
Illust:かんくろう
東の空。
夜明けの光を背に、火竜の一団が降下してきた。
先頭の赤竜が手をあげると、砂塵の重砲、いや砂塵の獄炎ユージンも同じくそれに応えた。
「あれは……まさか、均衡の番人」
ドラグリッター バディーアが、手当をする砂塵の弾幕ヘレネスを止めて立ち上がり、ユージンの方を振り向いた。
「アルグリーヴラ遊撃隊だ」
「じゃあ……」
「そう。応募した君をスカウトし試練を与えたのはアルグリーヴラだ。全力でやって欲しいというので、すまなかった」
「いえ、こんなの全然。かすり傷だったし。……あなたたちのも模擬弾ですね」
とバディーア。竜の牙を模したマスクを外せば、彼女もまた若い人間の女性だった。砂塵の銃士を相手に一歩も引かず大立ち回りする屈強な戦士ではあったけれど。
「ああ。そうだ」
重々しく頷くユージンの周りで、銃士たちはゴム弾やプラスチック弾が入った弾倉を開いて見せた。お返しにバディーアもアサルトライフルの弾を見せて肩をすくめる。この砂漠に向かうよう指示された時にもう一つ指定されたのが、実弾ではなく模擬弾でという事だったのだ。
バディーアをヘレネス、ラグニットの女性陣が座らせる。
「ワタシがアルグリーヴラ遊撃隊に?」
まだ信じられない様子の女戦士は、もう一度ユージンに向き直った。そのユージンはもう秤の宿命者アルグリーヴラに向かって歩き出す所だった。
「これも砂塵の銃士の仕事なの?砂塵の重砲」
まぁそれは。ユージンは振り返らず背中で答えた。
「我々だけの秘密だ。お互い全力でやらなければ試練にならないからな」
了
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《今回の一口用語メモ》
秤の軍団と砂塵の銃士
一流の兵士の鍛練とは一流の敵をもってしか成らぬ。
これはドラゴンエンパイア国境を守る緋炎帥竜ガーンデーヴァの言葉だ。
軍隊や傭兵団など戦闘集団を維持・運営していく上で、もっとも重要なことは(改めて言うまでもないが)戦闘技術、練度、士気そして強健な心身を維持する為の鍛練。
特に強力な火力と装備を(味方も敵も)個人で携帯できる現代戦では、実戦さながらの緊張感と状況の中で連携と戦術を確認することも大事になってくる。
だが、ここに一つ問題がある。
それは部隊が強くなればなるほど、相当する相手もまた少なくなるということ。
これは戦闘でもスポーツでも、あるいは他の勝負事であったとしても同じであり、鍛え高め合うライバルの存在は稀少なものとなってゆく。
今回、秤の宿命者アルグリーヴラが(もともと南極ブラントゲートとの通商路確保についての協力者・同盟者だった)砂塵の重砲ユージンと砂塵の銃士チームに、再鍛練のための模擬戦の相手として要請したのはそうした互いの強さを認めた結果といえる。
また、名にし負う砂塵の銃士が“本気”でこの戦いに臨むこともまた、アルグリーヴラは疑いなく信じていたのだろう。
最後に、こうして経緯を辿ってみると湧く興味として、砂塵の銃士がアルグリーヴラに依頼することは無いのだろうかというものがある。
案の定、次戦は攻守所を変えて、砂塵の獄炎ユージンをこうした接敵機動の模擬戦に招待する約束がすでに両陣営で結ばれているそうだ。獄炎ユージンの重火力とアルグリーヴラ隊が誇るブリッツ・インダストリー社製兵器とが、いつどのような状況で火花を散らすのか、軍事や兵器マニアならずとも──これならばいっそ同社CEOの後押しの元──ノヴァグラップルとして配信してほしい垂涎のマッチアップと言えるだろう。
秤の軍団と緋炎武者、砂塵の銃士、そしてブリッツ・インダストリーの関係については
→ユニットストーリー147 「ドラグリッター ディルガーム」も参照のこと。
ドラゴンエンパイア国境の防人さきもり、緋炎武者と帥竜ガーンデーヴァについては
→ユニットストーリー094「緋炎帥竜 ガーンデーヴァ」を参照のこと。
竜を駆る者ドラグリッターと、竜騎士を養成する竜駆ヶ原兵学校については
→098「ドラグリッター ラティーファ」を参照のこと。
砂塵の銃士と指揮官ユージンについては
→ユニットストーリー003「砂塵の重砲 ユージン」
ユニットストーリー026「砂塵の榴砲 ダスティン」
『The Elderly ~時空竜と創成竜~』
前篇 第1話 鳳凰の夢
前篇 第2話 砂上の楼閣
後篇 第1話 遡上あるいは始源への旅
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡