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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
167 「魔道君主 ヴァサーゴ」
ダークステイツ
種族 デーモン
カード情報
光与えんとせば人自ずと其れを見いださん

ダンテ・アリギエーリ


 冒険科学士アリウスは右眼の片眼鏡モノクルを引き下ろし、ぐるりと四方を囲む鏡を見つめた。
 明かりは天井全体が鈍く光ることで得られていた。おそらく何らかの魔法照明なのだろう。
 検知グラスはしかし、もう何度目かの試行にも関わらず、アリウスが覗くモニターには何の結果も返してこなかった。ドラゴンエンパイアの科学技術によって作られたアリウスの発明品、この愛用の機器デバイスは今までどんな厚い壁であっても何らかの情報をもたらしてくれたのに。
「えーっ?!これってまさか対科学防壁A・S・Wですか。それだけじゃなくて、何だか他の干渉も排除してあるみたいじゃないですか。セキュリティー厳重すぎでしょ、ダークステイツの魔道君主って。ねぇ、お師匠様~!暇ですよ~。ボクもそっち・・・でお供させてもらえる様に頼んでくださいよぉ……」
 すると、しょげるアリウスの目の前、正面の壁に突然文字が浮かび上がった。
「!」
 その文字を見た途端、アリウスは落ち着きを取り戻した。
 いかに情けない振りをしていても、ひと度モードが切り替われば、人使いの荒い師匠に付き従ってこの惑星クレイを端から端まで駆け回り、幾多の危地を乗り越え、ここまで生き延びているベテランの冒険者なのだ。
 検知グラスの動画モードをONにして、この部屋に備えつけてあった椅子に腰掛け、目は食い入るように“鏡のスクリーン”に注がれている。
 鏡にはこう書かれていた。
『リィエル゠アモルタはどこに消えたのか』

Illust:西木あれく


 ──2時間前。
「ようこそ。君を待っていたんだ。ずぅっとね」
 男はそう言いながら長く艶やかな髪をかき上げた。
 左手首には重厚な黄金きんのブレスレット。の衣とマント。王冠の如き羊角シープホーン。声は若々しいがその赤い瞳──現世よりも他の時代、あるいは他の次元を見透す事に優れている──には、彼が見てきた凄まじい情報に育まれた知性が宿っている。
 皓々と輝く月を背に今、客人を迎えるために広げられた両手のその指の先までが美しかった。
「まるで今夜この時に私が訪ねてくると知っていたかのようだな、ヴァサーゴ」
「もちろんそうだよ。僕の行いはすべて・・・真実であり正義であるんだからね。セルセーラ」
「その有り余る自信はどこから来るのか。お前には毎度ながら感心させられる」
 知の探求者セルセーラは館の門の前でやれやれと首を振り、嘆息をついた。
 右手にはマクガフィン。左に控えるムーンバック。喋る賢者の杖と無敵のビースト。両者共、人語を解する頼もしい連れだ。そんな彼女の背後から、おまけのように弟子のアリウスも顔を覗かせている。
「ふふ。魔道君主に面と向かって良く言う。だけど賢者セルセーラでも判らない事があるから来たんだろう。こんな所まで」
 ムッとしたのかセルセーラは何も答えない。
「図星のようだね……さて。君と杖、ビーストは良いとして」
 ヴァサーゴは顎に軽く手を当てながら微笑んだ。悪い笑みだった。
「僕らの思い出話にまで若者を立ち会わせるのは気の毒だ。別室にお通ししよう」
 キン!
 悪魔デーモンが指を鳴らすと、目を丸くしたアリウスの姿は地面に吸い込まれるように消えた。
「アリウス!」
「慌てなくていい。彼も客。悪いようにはしない」
「……」
 緋衣の悪魔はまた笑うと、一同を門の奥へと差し招いた。
「さぁ。いざ、我が知の宮殿へ」



 魔道君主ヴァサーゴは悪魔デーモン、ダークステイツに名高い賢者である。
 大きく3つの地方に分かれるこの暗黒の版図のどこかに住むというが、瘴気が濃くたちこめる小高い山の頂にあるというこの悪魔デーモンの館の所在は、一般には明らかにされていない。
 そのヴァサーゴ邸、応接室。現在。
 広い部屋なのに妙な圧迫感があるのは、窓の代わりに四方の壁にめられている大きな鏡と、テーブルの周りの床を埋め尽くす燭台、その上で風もないのに揺らめき続けるロウソクの炎のせいだろうか。それとも鏡に映る主人の姿が、赤く燃える瞳の黒い影としか見えないせいなのか。
『リィエル゠アモルタはどこに消えたのか』
 彼女の弟子には聞かせられない、古き良き日々の思い出話に──館の主人は喜々として、客人はやや迷惑そうに──長らく花を咲かせた後、ようやくヴァサーゴが口を開いて発したのがこの言葉だった。
「!」
 思わずセルセーラは目を見開いた。
「驚くことはない。僕の得意は女性が心に秘めるものを言い当てること。知っているだろう」
「では答えを聞かせよ」
 セルセーラは目を細めて不吉な鏡の影を睨んだ。ヴァサーゴ本人に正面切って頼まなければならないのが、よほど癪に触るらしい。
「まぁそう慌てないで。僕も興味がある話題なんだ。整理していこう。きちんと順序よくね」
 ヴァサーゴは目を閉じ、そして質問した。
「なぜこの僕に?」
「正確な答えがわからないからだ」
「そうだろうね。これは魔法でも科学でもない」
 賢者のイラつきに構うことなく、悪魔は目を閉じたまま悠々と語り進めた。
「そしてこの僕、魔道君主ヴァサーゴは過去、現在、未来の知識に通じる悪魔デーモンだ」
「だから尋ねているのだ。お前もそう言っただろう」
「僕の力は、実際に悠久の歴史を眺めてきたレヴィドラス老ほどじゃないけれど」
 肩をすくめたヴァサーゴはすぐにまた目を閉じた。
「他でもない、ダークステイツ広しといえども数えるほどしかいない友人の頼みだ。喜んで力を貸すよ」
「答えを」
「言ったよね。筋道が肝心だよ、セルセーラ」
 賢者は顔をしかめて外方そっぽを向いた。
「君は運命大戦と宿命決戦についてはどこまで知っている?」
「上位水晶玉マジックターミナルチャンネルで共有された事はすべて。だが当事者よりは知らぬ」
「言ってみて」
「機密をそうべらべらと喋ると思うか」
「大丈夫、ここで話したことはレヴィドラスにさえ聞こえていないし、そもそも僕はそれ・・を知っているんだよ。機密漏洩には当たらない。それでも気が咎めるなら、これ・・こそが今回相談に乗る条件であり代償のひとつだと思ってくれればいい」
「……。ケテルサンクチュアリのガブエリウスなる戦士竜の生き残りが、異界に逃れた邪竜シヴィルトを追跡し、それを滅ぼすために仕掛けたのが運命大戦。逆にその打ち返しカウンターとしてシヴィルトが仕掛けたのが宿命決戦だ。……もっともほとんどの儀式はすべて異界で行われたことらしく、我々としては運命者や宿命者の言動と記憶からつなぎ合わせて察するしかないが」


Illust:タカヤマトシアキ


Illust:タカヤマトシアキ


「なるほど。それではリィエル゠アモルタとは」
「だ・か・ら!お前はもう知っているのだろうが!」
「セルセーラ。君がどこまで知っているかで教えられる情報は違ってくるんだよ。なんで僕がこんなに持って回った真似をしていると思う」
「……。お前が警戒しているのはあの連中・・・・のことか、ヴァサーゴ」
「それは後で。さぁ、続けて」
「彼女について説明するには『救世の使い』レザエルに触れねばならない。レザエルはかつて戦場で恋人リィエルを亡くした」
「プロディティオの乱と“ケテルサンクチュアリの華”リィエルの死、レザエルの嘆きと失踪。無神紀。暗い時代だったね。僕ら魔法を生業なりわいとするものにとっても。ね、セルセーラ」
「ノーコメントとさせてもらう。ここと過去話は削除せよ」
「では気がついていたのか」「小狡い悪魔だからな。どこかできっと記録していると思った」「さすがだね」
 ヴァサーゴがまた指を鳴らすと、部屋の壁一面に張られた鏡に今までの会話が文字起こしされ、見出し付きで整理されていた。ダークステイツの魔道君主ヴァサーゴが使う力源と技術はおそらく魔法によるものだろうが、これがブラントゲートならば科学力によるAI対話録作成といった所だ。
「大丈夫だよ。地下したにいるお弟子さんには必要な部分しか見せていないから。続けて」

Illust:海鵜げそ


「そのプロディティオも含め、善良な領主や指導者がある日突然、野心を暴走させ、戦乱や殺戮さつりくの果てに自滅していった事例の多くが、先に触れた邪竜シヴィルトの精神汚染によるものと判明している」
「なるほど。極悪人だ」
「初めて知ったような口をきくな。そのシヴィルトを滅ぼすため、同志として過去の経緯を打ち明け、心から信頼し、この惑星クレイを救う一人としてガブエリウスが選んだのが天使レザエルだ」
「同じ質問になるけど、リィエル゠アモルタとは」
「ここからが魔法でも科学でもない領域だ」
 魔法使いセルセーラは口惜しげに腕組みをした。
「実はこの惑星クレイ世界は一度滅んでいる。深いレザエルの悲しみから生まれた零の運命者ブラグドマイヤー、そのゼロうろに呑み込まれて」
「この世界はまだ滅んでいないけれど」
「違う世界線のことだからだ。そしてその滅んだ未来において死したレザエルが放った運命力が産み出したのがリィエル゠アモルタ」
「ケテルのリィエル、その遺体をギアクロニクルの遺跡が複製クローニングした個体だね」
「これは解説かたじけない。このまま一人で全部喋らされるかと覚悟していた」
 セルセーラはようやく差し出された助け船へ、皮肉たっぷりに感謝を述べた。
「そのリィエル゠アモルタは、レザエルの全ての記憶と強い運命力、そしてギアクロニクルの力の幾許いくばくかを持っていた。彼女が望んだのは滅ばぬ世界」
 セルセーラの説明に、ヴァサーゴはここで初めて首を振った。
「より正確に言えば、彼レザエルの悲しみに覆われぬ世界だね。だけど仮にリィエル゠アモルタの望んだ通りにいったとしても、世界はやはり滅んだだろう」

Illust:タカヤマトシアキ


「そしてそれは時の宿命者リィエル゠オディウムも同じだろうな。アモルタが未来から到来しレザエルに戦わない“現在”を叶えようとしたように、オディウムは現在に生まれリィエルが死ぬ“過去”を変えようと考えた」
「オディウムを産み出したのは、消えた世界線からもたらされた絶望の祈りというわけだ。バヴサーガラは悩んだだろうね」
 緋衣の悪魔は頷いた。
「宿命決戦はその最終局面で、邪竜シヴィルトの精神汚染を受けた無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”と奇跡の運命王 レザエル・ヴィータの一騎打ちとなった。だがその戦いに決着をつけたのはレザエル自身ではなく、リィエル゠アモルタと一体化して起動した聖竜ガブエリウス──正確に言えば彼がこのクレイ世界に残していった肉体と運命力──だった」
「リィエル゠アモルタのおかげで世界は滅びから救われた」
「その通りだ」
「だが彼女はヴァルガ “羅刹”を負かしたと同時に消えてしまった。聖竜ガブエリウスの身体とともに」
「あぁ。順序立てて説明せよと言うのなら、これで満足だろう。ヴァサーゴ」
「そうだね」
「答えよ、ヴァサーゴ。リィエル゠アモルタの身に一体何が起こったのだ?」
「何故そんなに気にするのかな、セルセーラ。君の性格からして、誰かを思いやっての事だとは思えないけれど」
「自分本位で悪かったな。そうだ。今、私は私らしくない事をしている。運命者たちの不安を晴らし希望を持って彼女の帰還を待って欲しいと、何とか彼らの力になりたいと望み、その謎の答えが自分では察せられない所にあると判断してこうして他人に教えを乞うているのだ。……笑うな!ヴァサーゴ!」
 確かに悪魔は笑っていた。
「いや失礼。これこそ僕の望む報酬だ。賢者セルセーラの本音など、そう聞けるものではないからね」
「……」
 弟子アリウスが見たら驚いたことだろう。彼の気難しい師匠は今、赤面していた。
 対する魔道君主ヴァサーゴはここで表情を改めた。
「君が僕を頼ってくれたのは正しい。これはかのレヴィドラスでさえ確信をもっては語れない事だ。彼の“目”は広く見透し“耳”は鋭いが、それはあくまで無限鱗粉インフィニット・アイズが届く過去と現在まで、つまりこの惑星クレイの時間と現実世界・・・・・・・で起こったことに限られるからね。対して僕の目は未来や異次元も──その一部ならば──知る事ができる。時間警察とも呼べる、彼ら・・とはまた違う方法で」
「! それではやはり……」
「あぁ。それではお尋ねの件について、答えを差し上げよう」

 ──ヴァサーゴ邸、鏡の間。
『お尋ねの件について、答えを差し上げよう』
 それきりで記録を停止した文字の前で、アリウスは髪をかきむしり絶叫していた。
「ちょっと!何なんですか、これ。寄りによってこの謎解きの直前で止まっちゃうなんて!」
 無機質な鏡と沈黙だけが返答。
 師匠と同じくらい“知りたがり”のアリウスにとって、これは拷問に等しかった。
「あぁ、もう!」
 椅子に座り込んだアリウスに、その声が届いたのはしばらく経ってからだった。
「待たせたな、アリウスよ」
「お師匠様っ?!」
 弾かれたように顔を上げたアリウスは思わず周囲を見回すが、それは声だけのようだった。
「セルセーラ様、どこにいらっしゃいますか!」
「アリウス、喜べ。答えが得られたぞ。実に満足だ」
 師匠セルセーラにはこちらの声が聞こえていないようだった。
「ねぇ、ちょっと……!」
「アリウスよ。時間がない。よく聞くのだ」
「?」
「ここのあるじは今回、取引の条件として3つの代償を要求した。うち2つは既に交渉が成立している。痛みを伴うものであったが……やはり所詮は悪魔の取引。食えぬ男よ、ヴァサーゴ」
「あの~、その2つの代償って何ですか?」
「残る1つの条件だが」
「あー。やっぱり聞こえていないんですね、ボクの声は」
「アリウス。お前のことだ」「はぁ?」
「お前が今いる鏡の間は、ヴァサーゴ自慢の地下迷宮だそうでな。複雑な時限鍵タイムリミット・キーによって構成されている」「はぁ」
「それが解除されるのは毎晩1度だけ」「まさか……」
「つまり脱出できなければ丸一日、またそこで過ごすことになるわけだ」「!」
館の主あるじヴァサーゴはこの時限迷路からの脱出ゲームをご所望だ。挑戦者はお前。観客はヴァサーゴと私」
「そんなぁ……だって食料も水も何も」
「夜食はテーブルの上に用意されているそうだぞ。ここの厨房の腕は昔から素晴らしいが、私なら大事に取っておくな。万が一のために」
 アリウスは愕然と、食べ尽くしたテーブルの上の“夜食”を振り返った。確かに美味しい菓子とお茶だった。
「……お、お師匠様……」
「まもなくゲーム開始だ。噂ではクイズから障害物突破まで飽きる間もないほど、次々と難問が襲い来るそうだぞ。お前の知力と体力の全てをかけて挑むのだ。そしてこれこそが今回ヴァサーゴが要求した最後の代償なのだ。悪魔ごときに屈するなよ、アリウス。人間ヒューマンの底力を見せてやれ」
「お師匠様……」
「それと、私はこれからレザエルに秘話通信せねばならんから、席を外すぞ。まぁあまり事が事だし、悪魔デーモンが言うことだから全てを信用するのは危険であろうが、それでも彼女が置かれた立場が決して絶望的ではないという“可能性”が高いというだけでも心慰められる事はあろうし、彼らの今後に参考にはなるだろう。そもそもお前の言う、なんだったか、あの小難しい量子力学的にいえば観測した時点で無数の可能性の中から一瞬先の未来は選び取られてしまうのだろう?ならば目的は充分に達せられたと思う。うむ。かのレヴィドラスさえ知らぬことを知っているかもと思えるのは、実に気分が良いな。ここまで来た甲斐があった。さすがは名高い悪魔ヴァサーゴの“視力”。我が友ながら、あの分厚い自信の向こうに漂う胡散臭さまでが一流だ」
「お師匠……」
「準備は良いな、アリウス。では我らは階上うえで待つ」
 声はそれきりで途絶えた。
 どこかからか重々しい駆動音が響いてくる。
 部屋の鏡が一斉に回転し始め、周囲の壁は縦に長細い無数の合わせ鏡に変わった。
「まったくもう。いつもボクばっかり、こんな目に。今夜もホント、誰も助けてくれないんですからねぇ」
 アリウスは嘆息をついて、再び右眼の片眼鏡モノクルを引き下ろし、ぐるりと四方を囲む鏡を睨んだ。
 それではこのどこかに地上に通じる出口があるという事なのだろうか。いずれにせよ……
 突破してみせる。どんな仕掛けでも。
『第1問:……■』
 闘志を燃やす冒険科学士の見つめる先で、正面の鏡が集束し、最初の問いを告げる文字が走り始めた。



※注.時間などの単位は地球のものに換算した。※

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《今回の一口用語メモ》

魔道君主 悪魔デーモンヴァサーゴ
 闇の国ダークステイツの統治と政治を語る上で欠かせないのが、魔皇帝、魔王、そして地方領主である。
 このうち悪魔デーモンヴァサーゴは領主であり、領地の広さや軍事力では及ばないものの、彼が持つ特別な力によって魔王たちにさえ一目置かれる存在である。
 ヴァサーゴは、過去・現在・そして未来を知る力を持つと言われている。
 他次元から到来したギアクロニクルはもともと時間を超える力を持つ“旅人”であり、現在は時間警察ともいうべき役割も担っている。
 一方、惑星クレイに生まれた存在で、時間の裏側で起こった事や未来を知る手段をもつ者は基本的にはいない。占いや予言はあくまで「起こりうる未来の可能性」を告げるものであり、科学やAIが行う未来予測は現在までの情報を数学的に解析した「計算結果」だからだ。
 過去については、無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオのように100億を超える長寿と記憶を保てれば可能だが、未来を見透すことに関しては、特別な例を除けば惑星クレイ生まれでこれを成し遂げたものはほとんどいない。
 加えてヴァサーゴの目は異次元も見透すと言われている。ただ彼自身が述べている通り、この“視力”は以下のようにかなり制限がつくもので、ギアクロニクルほど自在で明示的ではないものの
①相応の代償を要求する悪魔の契約の一環として
②目に見える事実として、結果がすでに判明していること
③あくまで悪魔の力の顕れとして
(この点、占いでも予言でも数学的予測でもないことから“科学でも魔法でもない”と言える)
 惑星クレイ世界の外に連行された時の運命者リィエル゠アモルタの様子を窺う参考意見を尋ねることができる者がいるとしたら確かに、魔道君主ヴァサーゴをおいて他にはいないと言えるだろう。
 繰り返しになるが、ヴァサーゴの“時間の向こう側”を覗いたように発言する力は、あくまでヴァサーゴの感性によるものであり──セルセーラも指摘している、ヴァサーゴ本人の悪魔らしい自信たっぷりな態度から見落としがちだが──極端な話、信じるか信じないかはその言葉を受け取った側の判断に任せられる。
 なおそんな魔王も恐れる悪魔デーモンヴァサーゴにも、その力から得られる成果について交渉の余地はあり、その一つとして「女性が心に秘めていること」への興味。もう一つは彼がとても余興好きであることが挙げられる。
 つまり、心に秘めた思いをもつ女性=知の探求者セルセーラが、ゲーム(余興)のプレイヤー=冒険科学士アリウスを差し出すことで、取引成功となることもあるわけだ。ただしそこは悪魔の契約。関わった者はみな相当な痛手を覚悟しなければならないが。
 なおセルセーラが(その過去をいつまで遡れるのかは謎のままだが)ヴァサーゴの古い友人だったこともあり、今回の取引は比較的穏やかな形で完了しそうである。人間ヒューマンアリウスの健闘を祈ろう。

知の探求者セルセーラとその弟子、冒険科学士アリウスについては
 →世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館 および
  ユニットストーリー080 龍樹篇「終わりの始まり」
  を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡