ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
迫りくる光線を避けるのには身を素早く捻るだけで足りた。
無重力または微重力下では、姿勢制御もまた非常に繊細で熟練を要する技術だ。
だがリンクジョーカーであるグリッチエピセンターはこれを易々とこなした。
光線が本来の威力と精度を失っているのは、高エネルギーレーザーに干渉した熱圏のプラズマが錯乱と吸収を引き起こすためだ。猛烈な速度で降下中の今、射撃すること自体がまぐれ当たりを期して振るダイスのようなものだが、この状況では射手のチャレンジが加点になる。
グリッチエピセンターは球状に展開していたリンクジョーカーの赤黒い力場を、振りかざした槍斧に収束させて敵に迫った。
近接戦闘を挑む。
これもまた攻撃側加点対象のアクション。
リンクジョーカーの力は本来、異界に根ざすものだ。
大気圏突入時においても宇宙船などのように大きく自由を奪われることはない。そしてその有利は、敵であるスペースドラゴンもまた同じだ。
! !!
槍斧と竜の爪が激突し、そして離脱した。
双方ともにまだダメージはない。
プラズマの尾を曳きながら交差し、流星のように落下する2人の足元に、自転する惑星クレイの地表、氷に閉ざされた大陸の姿が迫りつつあった──。
Illust:DaisukeIzuka
ノヴァグラップル 双子星級。
宇宙空間を舞台にした壮大な艦隊戦や、空間を埋め尽くすバトロイド同士の大会戦を売りとする一番人気の銀河級に対し、「宇宙空間での単機戦」をスピーディーかつスリリングな展開で楽しませることに主眼を置いて新設されたカテゴリーだ。
リンクジョーカーのサイバロイドとスペースドラゴンの対決に、双子星級マッチとしてノヴァグラップル運営が用意したのは「大気圏突破ファイト」。
実際、宇宙と惑星の関係をよく知る者ほど、この荒唐無稽さを笑うに違いない。
クレイにおいて最高の科学力を誇る国家ブラントゲートでさえ、大気圏を越えて地上と宇宙を行き来することには都度、膨大なエネルギーと精密な計算を必要とする。
惑星の重力と自転、そして大気(空気)が持つ力に対抗し、対応する数値を処理することはそれほどに困難なものなのだ。
だからこそ、大気圏を飛び越える物質転送や軌道エレベーター──奇しくもこの2つはブラントゲートの工業会社ブリッツ・インダストリーと同CEOが最近、特に力を入れている分野だ──が重宝されるのだが、惑星クレイの場合、ここに幾つかの例外がある。
それは“宇宙と親しい種族”ということだ。
リンクジョーカーはもともと宇宙、遊星ブラントから生まれた種族。
故にオルフィスト率いる柩機のように、異界からこの世界を脅かす敵と戦うことが可能となる。現在は母星(ブラント月)とともに惑星クレイ世界に同化したリンクジョーカーだが、かつて侵略者としてこの星に攻め入った時には、大気圏など物ともせずに押し寄せてきたものである。
スペースドラゴンもまた宇宙に親和性をもつ竜の一種だ。他との最大の違いは、地上と宇宙を自力で行き来する力と特性であり、この点ではリンクジョーカーと共通している。
……だがそんな彼らでさえ、2つの条件がない限り、大気圏を突破している最中にわざわざ命懸けの戦闘をしようとは考えないだろう。
それは他でもない。
この闘技が観客の求めるものであり、2人がノヴァグラップラーだからだ。
Illust:増田幹生
高度が下がると突然、何かの壁に当たったような感覚とともに闘士たちは急激に減速した。
中間圏界面。
周囲の光景はまだ「空」というよりも「宇宙空間」という印象のほうが強い。
だが目に見えぬ“圏”としての性質ははっきりと違っている。
ここからの中間圏では一気に空気密度は上昇し、気温は低下する。
本来の大気圏再突入であれば、今こそ減速する最初のチャンスだ。だが2人は軌道宇宙船でも宇宙戦艦でもない。
──!
膠着する周囲の大気を掻き分けて、ヘドウェイルーター・ドラゴンが距離を詰める。
ビッ!ビッ!ビッ!
レーザーの点射をグリッチエピセンターは槍斧で弾いた。
返す槍で突きを繰り出し、反撃に薙ぎ払われる爪を躱す。
ガシッ!
リンクジョーカーの槍斧とスペースドラゴンの鉤爪が噛み合う。
鍔迫り合いとなった。
速度はほとんど落ちぬまま、次は成層圏界面。
ここで気温は一旦、0℃に。これはこの周辺の大気としては最高の温度となる。
空気はさらに濃密なものとなるが、槍斧と鉤爪の競り合いはまだどちらも譲らなかった。
ようやく青味を帯びてきた空と後に残してきた宇宙空間を背景に、2人を包む力場──リンクジョーカーだけでなく、スペースドラゴンもまた自らを保護する障壁を展開している──が下方から湧きあがる空力加熱の炎に燃える。
中継カメラが捉えたそれは、闘技でありながら絵画のような美しさと構図だった。
繰り返しになるが、他の種族のほとんどや宇宙船ならば制御された減速を続けながら、この段階でもまだ落下速度と機体にかかる力、超高熱にただ耐えるしかないこの時間に、リンクジョーカーとスペースドラゴンは減速せず落下しながら、華麗で激しく、そして危険極まりない白兵戦技を披露し続けている。
「なぜこれほど激しく戦えるのか。特に沈着冷静で知られるリンクジョーカーが」
中継映像では、そんな観客の興味を煽るようにここで闘士のプロフィールがインサートされる。
波動の聚合グリッチエピセンター。
彼は他のリンクジョーカー同様、ブラント月とその周辺の宇宙空間を主な活動範囲としている。
まだ年齢は低いため、惑星クレイの地上に降りたことも数えるほどしかない。
だが、その若さと経験の浅さを補っているのがグリッチエピセンターの高い士気と戦闘勘、そしてリンクジョーカーとして生まれ持った“波動”の力である。
「最も遠き場所より、未知なる波動を引き寄せる」
そのグリッチエピセンターの闘技キャッチフレーズが、大物食いという評判と観客から寄せられる観客の期待感を窺わせる。
天輪聖紀の異界防衛を担う防人として柩機が注目されるリンクジョーカーだが、最前線で戦い続ける正規兵である柩機よりも──ちなみに休暇中に鍛練を兼ねてノヴァグラップルに挑戦すること自体、オルフィストは禁じていない──同じように若手の、密使の赤刃ゼーマンバルマーのようなフリーランスの方が、闘士に向いていることは間違いない。そして共通しているのは強い士気と故郷遊星ブラントをベースとする異次元の戦闘力。
なお赤い二刀ナイフの使い手ゼーマンバルマーは闘技場級でも人気の闘士である。
Illust:nima
戦闘は紫外線を吸収したオゾン層を越えて、いよいよ対流圏に入った。
一般の航空機でも達せられる高度である。
眼下には真白な大地が広がっている。
天頂から強烈な陽光。見渡すかぎり雲はなく、クレイの青い空を付近の巨大な惑星と、白く浮かび上がる月がその姿を見せている。もう一つのブラント月は今、クレイの裏側に位置しているようだ。
双方が距離を取ると、中継を見守る歓声と興奮が高まった。
目の肥えた観客はわかっている。
膠着する大気圏突入時のからみ合いはプロレスでいう正面に組み合っての「力比べ」で、これからが技の見せ所なのだ。
しかもどちらが先に減速に入るかで優位はがらりと変わる。
この急加速のまま、地表との激突を避けられる限界ぎりぎりまでどちらが耐えるかを競うチキンレースの要素も入ってくる。ノヴァグラップルのファンならば一瞬も目を離してはいけない局面だった。
眼下に、みるみる白い大地が迫ってくる。
最初に仕掛けたのはグリッチエピセンターの方だった。
落下しながら槍斧を振りかぶり、振り下ろす。
一見、空振りのように見えたその一撃はしかし、穂先に収束し聚合した空間の揺らぎ=波動が撃ち出された瞬間、明らかに遠隔攻撃だと知れた。
ヘドウェイルーター・ドラゴンが、身体中の光球を赤く光らせながら──これは自分自身に発した警告だったらしい──錐もみ状態になって、その揺らぎを避けると直進したエネルギーが地表に氷雪の爆煙をたてる。
二撃!三撃!
最後の一発はかすめた。
だがヘドウェイルーター・ドラゴンもまた闘士であった証拠に、被弾に怯むことなくひと声吼えると、エネルギーを収束させ、射出口から渾身のレーザーを短時間連続で放射し続けた。
──!!!
ここまでの降下中の交戦でも判明した通り、超高速で落下しながら必中射撃など望むべくもない。
それならば狙撃でも乱射でもないものとして採った選択肢が、避けられたとしてもその次の移動地点までは範囲に収められる掃射だった。
「ぐっ!」
リンクジョーカーが初めて声を発した。
それはスペースドラゴンの掃射したレーザーが、遂に力場を捉え、直撃し、赤黒い色が真紅に変化──つまりはダメージを吸収する限界まで達したということを示す反応──したからだ。
次の瞬間。
大きな×印が描かれた地点2つに闘士が衝突すると、何か激しいスパークが周囲に散って……
ドーン!!!
氷原に2つの、今までとは比較にならないほど巨大な爆発が起きた。
結局、リンクジョーカーもスペースドラゴンも双方、減速することなく、地上寸前まで文字通り隕石のように運動エネルギーを保ったまま、地上に激突したのだ。
『南極地区救護班、出動』『闘士2名の状況チェック』
中継にディレイが入った。
ノヴァグラップルは過激ではあるものの、最低限の安全は保証した上で出場契約が結ばれている。
それこそが同じような競技イベントでありながら、隣国ダークステイツのギャロウズボールとの違いなのだ。
むくり。
爆発痕の底から氷雪と土砂をはねのけて、人と竜の影が同時に立ちあがった。
『ゲームセット。ドロー』
闘士グリッチエピセンター、ヘドウェイルーター・ドラゴンと、配信画面の前の観客に試合終了、両者引き分けが告げられた。
──だが、ここで一つ疑問が残る。
隕石落下に相当するエネルギーの解放の真っ只中にあって、何故、両名ともに無事なのか。
よく見れば爆発の大きさの割に、出現したクレーターは小規模なものに留まっている。
『アブゾーブゲート、作動良好。闘士状況グリーン』
それはノヴァグラップルのメインスポンサーであり、整備運営パートナーでもあるブリッツ・インダストリーの新発明、転送技術を応用した衝撃無効化門のおかげだった。
隕石衝突の莫大なエネルギーは、着地予定ポイントに仕掛けられた2つの吸収門によって、はるかギャラクトラズ宙域に廃棄用門から排出されるという仕組みだ。……しかし予定着地ポイントが少しでもずれたらどうするのか。本当に無効化門は100%作動する保証はあるのだろうか。
「大丈夫、大丈夫!お客さんドッキリ成功、ブラックホールの近くでは小っちゃな花火が打ち上がるだけだからさ」
ヘラヘラ笑うブリッツCEOの放言が聞こえてきそうなメチャクチャなアイデアであり、これを実行する運営側、さらにこれで契約に合意する闘士もまた豪胆というか大胆不敵というべきか。
リンクジョーカーとスペースドラゴンは疲労の色も見せず、歩み寄ると互いの腕を合わせた。
これは握手のようなものらしい。
ノーサイド。
ノヴァグラップルが専属闘士だけで行われていた時代から、試合が終われば戦闘中の激しい闘志も対立も消滅する。ライバルは存在しても遺恨は無い。
ノヴァグラップルはあくまでゲーム、競技であり戦争では絶対にあり得ないからだ。
ドローならば賞金は山分け。
互いに表情が表に出ないリンクジョーカーとスペースドラゴンの感情は推測するしかないが、どちらにも全力で闘った者のみが醸し出せる満足感が漂っていた。
そして新たな闘志も。
『この後は豪華賞金と“最強”の称号を懸けたエクストラマッチ、世界中から集められた多数の挑戦者による、ノヴァグラップル《デッドゾーン》!王者は何人が相手でも構わないと豪語するあの……』
アナウンスの最後、コールされた王者の名は歓声にかき消され、南極の大地に立つ2人には届かなかった。
『両闘士も治療と休憩の後、希望すればこのエクストラマッチに参加することもできます!お二人はどうなさいますか?』
もちろん、2人の選択は決まっていた。
彼らが揃って振り返った先。
墜落現場にほど近い地点に設けられたドームから現れた姿を見て、その者の正体と、彼女が望むことを知って奮い立たない闘士などいるだろうか。
凌駕の宿命者インバルディオ。
無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”と並んで、いま全ての闘士が挑む機会を求め、倒したいと望むバトロイド。
リンクジョーカーとスペースドラゴンは顔を見合わせ、それぞれに身体を均し、損傷を確かめた。
休憩?治療?
そんなもの要らない。
ここまではあのインバルディオに挑む前の、準備運動のようなものだ。
「友よ。次なる位階へ、歩みを進める時が来た」
ヘドウェイルーター・ドラゴンは思考でリンクジョーカーに語りかけ、波動の聚合グリッチエピセンターもまた言葉には出さずにただ頷いた。
彼らの周囲に、世界各地から集まった様々な種族、様々な武器・能力を携えた闘士が集まり始めた。
凌駕の宿命者インバルディオもまたその背後に、端末のバトロイドを多数展開していた。
南極を吹きすぎる極寒の風がぴんと張りつめる。
闘いはもう、始まっていた。
つい先ほど終わったのと同じくらい唐突に。
闘いにこそ生きる価値を見出す者たちの喜びに溢れながら。
Illust:百瀬寿
※注.大気圏を構成する各層(圏)の名称は地球のものを使用した。なお惑星クレイは地球よりも重力が強いために各圏の厚みや構成物質の密度には違いがある。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
ノヴァグラップル 双子星級
ブラントゲートが誇る総合格闘技ノヴァグラップル。
惑星のみならずも他宇宙でも熱狂的なファンを獲得しているこの一大エンタテインメントは、天輪聖紀となって宣言した「超新星格闘新時代」の旗印の通り、最近もいくつかの新しいコンテンツを打ち出している。
その一つが有り余る戦闘意欲と実力の持ち主、凌駕の宿命者インバルディオのためだけに作られた特別ステージ「ノヴァグラップル《デッドゾーン》」である。
そして今回配信された「ノヴァグラップル 双子星級」もまた新設されたカテゴリーとなる。
双子星級はその名の通り、一対の戦い、一騎打ちの宇宙戦闘をいかに劇的に見せるかに重きを置いている。
リンクジョーカーvsスペースドラゴンとなった、リンクジョーカー グリッチエピセンターとスペースドラゴンヘドウェイルーター・ドラゴンの戦闘は「大気圏突入戦闘」という、ブラントゲートの科学技術
をもってしても撮影や中継、記録が困難なものだったが、そのスピード感とスリルが流星と例えられるほど好評を勝ち取ったようだ。
これには数あるノヴァグラップルの中でも一番人気を誇る銀河級が、その壮大な宇宙戦を売りにする反面、大艦隊や大戦闘機/バトロイド軍団同士の争いは決着がつくまでが長いという声もあり、観客の機体に応え、喜ばせることに努力と研究を惜しまない運営陣の姿勢を現したものと言えるだろう。
なお今回のグリッチエピセンターとヘドウェイルーター・ドラゴン、また凌駕の宿命者インバルディオや無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの例をあげるまでもなく、天輪聖紀におけるノヴァグラップルは、養成所から叩き上げの専属闘士以外にも広く門戸を開いており、報酬や補償など契約条件の合意とイベント時期のタイミングが合えば、飛び込みでの参加も増えている。視聴者アンケートによればこれは観客の大多数にも歓迎される改革であったようで、この機運に乗って、より人気を集めるマッチメイクの設定に運営側の手腕が問われる所だろう。
ノヴァグラップルとノヴァグラップラーについては
→ユニットストーリー010「グラナロート・フェアティガー」
ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ノヴァグラップル《デッドゾーン》については
→ユニットストーリー156「凌駕の宿命者 インバルディオ」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ノヴァグラップル 双子星級新設に繋がったともいわれる、単艦戦の《巡洋艦シングルマッチ無制限一本勝負》については
→ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
天輪聖紀のリンクジョーカーと柩機、“夜”の戦いについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」006 柩機(カーディナル)、参照のこと。
柩機と柩、異界の敵との戦いについては
→ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」
ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」を参照のこと。
柩機ではないリンクジョーカーについては
→ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」
ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
柩機の長オルフィストについては
→ユニットストーリー063「柩機の主神 オルフィスト・レギス」を参照のこと。
オルフィストとマスクス、龍樹については
→ユニットストーリー106「柩機の徒 オプアート」
ユニットストーリー114「柩機の禍神 オルフィスト・マスクス」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
無重力または微重力下では、姿勢制御もまた非常に繊細で熟練を要する技術だ。
だがリンクジョーカーであるグリッチエピセンターはこれを易々とこなした。
光線が本来の威力と精度を失っているのは、高エネルギーレーザーに干渉した熱圏のプラズマが錯乱と吸収を引き起こすためだ。猛烈な速度で降下中の今、射撃すること自体がまぐれ当たりを期して振るダイスのようなものだが、この状況では射手のチャレンジが加点になる。
グリッチエピセンターは球状に展開していたリンクジョーカーの赤黒い力場を、振りかざした槍斧に収束させて敵に迫った。
近接戦闘を挑む。
これもまた攻撃側加点対象のアクション。
リンクジョーカーの力は本来、異界に根ざすものだ。
大気圏突入時においても宇宙船などのように大きく自由を奪われることはない。そしてその有利は、敵であるスペースドラゴンもまた同じだ。
! !!
槍斧と竜の爪が激突し、そして離脱した。
双方ともにまだダメージはない。
プラズマの尾を曳きながら交差し、流星のように落下する2人の足元に、自転する惑星クレイの地表、氷に閉ざされた大陸の姿が迫りつつあった──。
Illust:DaisukeIzuka
ノヴァグラップル 双子星級。
宇宙空間を舞台にした壮大な艦隊戦や、空間を埋め尽くすバトロイド同士の大会戦を売りとする一番人気の銀河級に対し、「宇宙空間での単機戦」をスピーディーかつスリリングな展開で楽しませることに主眼を置いて新設されたカテゴリーだ。
波動の聚合グリッチエピセンター vs ヘドウェイルーター・ドラゴン
リンクジョーカーのサイバロイドとスペースドラゴンの対決に、双子星級マッチとしてノヴァグラップル運営が用意したのは「大気圏突破ファイト」。
実際、宇宙と惑星の関係をよく知る者ほど、この荒唐無稽さを笑うに違いない。
クレイにおいて最高の科学力を誇る国家ブラントゲートでさえ、大気圏を越えて地上と宇宙を行き来することには都度、膨大なエネルギーと精密な計算を必要とする。
惑星の重力と自転、そして大気(空気)が持つ力に対抗し、対応する数値を処理することはそれほどに困難なものなのだ。
だからこそ、大気圏を飛び越える物質転送や軌道エレベーター──奇しくもこの2つはブラントゲートの工業会社ブリッツ・インダストリーと同CEOが最近、特に力を入れている分野だ──が重宝されるのだが、惑星クレイの場合、ここに幾つかの例外がある。
それは“宇宙と親しい種族”ということだ。
リンクジョーカーはもともと宇宙、遊星ブラントから生まれた種族。
故にオルフィスト率いる柩機のように、異界からこの世界を脅かす敵と戦うことが可能となる。現在は母星(ブラント月)とともに惑星クレイ世界に同化したリンクジョーカーだが、かつて侵略者としてこの星に攻め入った時には、大気圏など物ともせずに押し寄せてきたものである。
スペースドラゴンもまた宇宙に親和性をもつ竜の一種だ。他との最大の違いは、地上と宇宙を自力で行き来する力と特性であり、この点ではリンクジョーカーと共通している。
……だがそんな彼らでさえ、2つの条件がない限り、大気圏を突破している最中にわざわざ命懸けの戦闘をしようとは考えないだろう。
それは他でもない。
この闘技が観客の求めるものであり、2人がノヴァグラップラーだからだ。
Illust:増田幹生
高度が下がると突然、何かの壁に当たったような感覚とともに闘士たちは急激に減速した。
中間圏界面。
周囲の光景はまだ「空」というよりも「宇宙空間」という印象のほうが強い。
だが目に見えぬ“圏”としての性質ははっきりと違っている。
ここからの中間圏では一気に空気密度は上昇し、気温は低下する。
本来の大気圏再突入であれば、今こそ減速する最初のチャンスだ。だが2人は軌道宇宙船でも宇宙戦艦でもない。
──!
膠着する周囲の大気を掻き分けて、ヘドウェイルーター・ドラゴンが距離を詰める。
ビッ!ビッ!ビッ!
レーザーの点射をグリッチエピセンターは槍斧で弾いた。
返す槍で突きを繰り出し、反撃に薙ぎ払われる爪を躱す。
ガシッ!
リンクジョーカーの槍斧とスペースドラゴンの鉤爪が噛み合う。
鍔迫り合いとなった。
速度はほとんど落ちぬまま、次は成層圏界面。
ここで気温は一旦、0℃に。これはこの周辺の大気としては最高の温度となる。
空気はさらに濃密なものとなるが、槍斧と鉤爪の競り合いはまだどちらも譲らなかった。
ようやく青味を帯びてきた空と後に残してきた宇宙空間を背景に、2人を包む力場──リンクジョーカーだけでなく、スペースドラゴンもまた自らを保護する障壁を展開している──が下方から湧きあがる空力加熱の炎に燃える。
中継カメラが捉えたそれは、闘技でありながら絵画のような美しさと構図だった。
繰り返しになるが、他の種族のほとんどや宇宙船ならば制御された減速を続けながら、この段階でもまだ落下速度と機体にかかる力、超高熱にただ耐えるしかないこの時間に、リンクジョーカーとスペースドラゴンは減速せず落下しながら、華麗で激しく、そして危険極まりない白兵戦技を披露し続けている。
「なぜこれほど激しく戦えるのか。特に沈着冷静で知られるリンクジョーカーが」
中継映像では、そんな観客の興味を煽るようにここで闘士のプロフィールがインサートされる。
波動の聚合グリッチエピセンター。
彼は他のリンクジョーカー同様、ブラント月とその周辺の宇宙空間を主な活動範囲としている。
まだ年齢は低いため、惑星クレイの地上に降りたことも数えるほどしかない。
だが、その若さと経験の浅さを補っているのがグリッチエピセンターの高い士気と戦闘勘、そしてリンクジョーカーとして生まれ持った“波動”の力である。
「最も遠き場所より、未知なる波動を引き寄せる」
そのグリッチエピセンターの闘技キャッチフレーズが、大物食いという評判と観客から寄せられる観客の期待感を窺わせる。
天輪聖紀の異界防衛を担う防人として柩機が注目されるリンクジョーカーだが、最前線で戦い続ける正規兵である柩機よりも──ちなみに休暇中に鍛練を兼ねてノヴァグラップルに挑戦すること自体、オルフィストは禁じていない──同じように若手の、密使の赤刃ゼーマンバルマーのようなフリーランスの方が、闘士に向いていることは間違いない。そして共通しているのは強い士気と故郷遊星ブラントをベースとする異次元の戦闘力。
なお赤い二刀ナイフの使い手ゼーマンバルマーは闘技場級でも人気の闘士である。
Illust:nima
戦闘は紫外線を吸収したオゾン層を越えて、いよいよ対流圏に入った。
一般の航空機でも達せられる高度である。
眼下には真白な大地が広がっている。
天頂から強烈な陽光。見渡すかぎり雲はなく、クレイの青い空を付近の巨大な惑星と、白く浮かび上がる月がその姿を見せている。もう一つのブラント月は今、クレイの裏側に位置しているようだ。
双方が距離を取ると、中継を見守る歓声と興奮が高まった。
目の肥えた観客はわかっている。
膠着する大気圏突入時のからみ合いはプロレスでいう正面に組み合っての「力比べ」で、これからが技の見せ所なのだ。
しかもどちらが先に減速に入るかで優位はがらりと変わる。
この急加速のまま、地表との激突を避けられる限界ぎりぎりまでどちらが耐えるかを競うチキンレースの要素も入ってくる。ノヴァグラップルのファンならば一瞬も目を離してはいけない局面だった。
眼下に、みるみる白い大地が迫ってくる。
最初に仕掛けたのはグリッチエピセンターの方だった。
落下しながら槍斧を振りかぶり、振り下ろす。
一見、空振りのように見えたその一撃はしかし、穂先に収束し聚合した空間の揺らぎ=波動が撃ち出された瞬間、明らかに遠隔攻撃だと知れた。
ヘドウェイルーター・ドラゴンが、身体中の光球を赤く光らせながら──これは自分自身に発した警告だったらしい──錐もみ状態になって、その揺らぎを避けると直進したエネルギーが地表に氷雪の爆煙をたてる。
二撃!三撃!
最後の一発はかすめた。
だがヘドウェイルーター・ドラゴンもまた闘士であった証拠に、被弾に怯むことなくひと声吼えると、エネルギーを収束させ、射出口から渾身のレーザーを短時間連続で放射し続けた。
──!!!
ここまでの降下中の交戦でも判明した通り、超高速で落下しながら必中射撃など望むべくもない。
それならば狙撃でも乱射でもないものとして採った選択肢が、避けられたとしてもその次の移動地点までは範囲に収められる掃射だった。
「ぐっ!」
リンクジョーカーが初めて声を発した。
それはスペースドラゴンの掃射したレーザーが、遂に力場を捉え、直撃し、赤黒い色が真紅に変化──つまりはダメージを吸収する限界まで達したということを示す反応──したからだ。
次の瞬間。
大きな×印が描かれた地点2つに闘士が衝突すると、何か激しいスパークが周囲に散って……
ドーン!!!
氷原に2つの、今までとは比較にならないほど巨大な爆発が起きた。
結局、リンクジョーカーもスペースドラゴンも双方、減速することなく、地上寸前まで文字通り隕石のように運動エネルギーを保ったまま、地上に激突したのだ。
『南極地区救護班、出動』『闘士2名の状況チェック』
中継にディレイが入った。
ノヴァグラップルは過激ではあるものの、最低限の安全は保証した上で出場契約が結ばれている。
それこそが同じような競技イベントでありながら、隣国ダークステイツのギャロウズボールとの違いなのだ。
むくり。
爆発痕の底から氷雪と土砂をはねのけて、人と竜の影が同時に立ちあがった。
『ゲームセット。ドロー』
闘士グリッチエピセンター、ヘドウェイルーター・ドラゴンと、配信画面の前の観客に試合終了、両者引き分けが告げられた。
──だが、ここで一つ疑問が残る。
隕石落下に相当するエネルギーの解放の真っ只中にあって、何故、両名ともに無事なのか。
よく見れば爆発の大きさの割に、出現したクレーターは小規模なものに留まっている。
『アブゾーブゲート、作動良好。闘士状況グリーン』
それはノヴァグラップルのメインスポンサーであり、整備運営パートナーでもあるブリッツ・インダストリーの新発明、転送技術を応用した衝撃無効化門のおかげだった。
隕石衝突の莫大なエネルギーは、着地予定ポイントに仕掛けられた2つの吸収門によって、はるかギャラクトラズ宙域に廃棄用門から排出されるという仕組みだ。……しかし予定着地ポイントが少しでもずれたらどうするのか。本当に無効化門は100%作動する保証はあるのだろうか。
「大丈夫、大丈夫!お客さんドッキリ成功、ブラックホールの近くでは小っちゃな花火が打ち上がるだけだからさ」
ヘラヘラ笑うブリッツCEOの放言が聞こえてきそうなメチャクチャなアイデアであり、これを実行する運営側、さらにこれで契約に合意する闘士もまた豪胆というか大胆不敵というべきか。
リンクジョーカーとスペースドラゴンは疲労の色も見せず、歩み寄ると互いの腕を合わせた。
これは握手のようなものらしい。
ノーサイド。
ノヴァグラップルが専属闘士だけで行われていた時代から、試合が終われば戦闘中の激しい闘志も対立も消滅する。ライバルは存在しても遺恨は無い。
ノヴァグラップルはあくまでゲーム、競技であり戦争では絶対にあり得ないからだ。
ドローならば賞金は山分け。
互いに表情が表に出ないリンクジョーカーとスペースドラゴンの感情は推測するしかないが、どちらにも全力で闘った者のみが醸し出せる満足感が漂っていた。
そして新たな闘志も。
『この後は豪華賞金と“最強”の称号を懸けたエクストラマッチ、世界中から集められた多数の挑戦者による、ノヴァグラップル《デッドゾーン》!王者は何人が相手でも構わないと豪語するあの……』
アナウンスの最後、コールされた王者の名は歓声にかき消され、南極の大地に立つ2人には届かなかった。
『両闘士も治療と休憩の後、希望すればこのエクストラマッチに参加することもできます!お二人はどうなさいますか?』
もちろん、2人の選択は決まっていた。
彼らが揃って振り返った先。
墜落現場にほど近い地点に設けられたドームから現れた姿を見て、その者の正体と、彼女が望むことを知って奮い立たない闘士などいるだろうか。
凌駕の宿命者インバルディオ。
無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”と並んで、いま全ての闘士が挑む機会を求め、倒したいと望むバトロイド。
リンクジョーカーとスペースドラゴンは顔を見合わせ、それぞれに身体を均し、損傷を確かめた。
休憩?治療?
そんなもの要らない。
ここまではあのインバルディオに挑む前の、準備運動のようなものだ。
「友よ。次なる位階へ、歩みを進める時が来た」
ヘドウェイルーター・ドラゴンは思考でリンクジョーカーに語りかけ、波動の聚合グリッチエピセンターもまた言葉には出さずにただ頷いた。
彼らの周囲に、世界各地から集まった様々な種族、様々な武器・能力を携えた闘士が集まり始めた。
凌駕の宿命者インバルディオもまたその背後に、端末のバトロイドを多数展開していた。
南極を吹きすぎる極寒の風がぴんと張りつめる。
闘いはもう、始まっていた。
つい先ほど終わったのと同じくらい唐突に。
闘いにこそ生きる価値を見出す者たちの喜びに溢れながら。
Illust:百瀬寿
了
※注.大気圏を構成する各層(圏)の名称は地球のものを使用した。なお惑星クレイは地球よりも重力が強いために各圏の厚みや構成物質の密度には違いがある。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
ノヴァグラップル 双子星級
ブラントゲートが誇る総合格闘技ノヴァグラップル。
惑星のみならずも他宇宙でも熱狂的なファンを獲得しているこの一大エンタテインメントは、天輪聖紀となって宣言した「超新星格闘新時代」の旗印の通り、最近もいくつかの新しいコンテンツを打ち出している。
その一つが有り余る戦闘意欲と実力の持ち主、凌駕の宿命者インバルディオのためだけに作られた特別ステージ「ノヴァグラップル《デッドゾーン》」である。
そして今回配信された「ノヴァグラップル 双子星級」もまた新設されたカテゴリーとなる。
双子星級はその名の通り、一対の戦い、一騎打ちの宇宙戦闘をいかに劇的に見せるかに重きを置いている。
リンクジョーカーvsスペースドラゴンとなった、リンクジョーカー グリッチエピセンターとスペースドラゴンヘドウェイルーター・ドラゴンの戦闘は「大気圏突入戦闘」という、ブラントゲートの科学技術
をもってしても撮影や中継、記録が困難なものだったが、そのスピード感とスリルが流星と例えられるほど好評を勝ち取ったようだ。
これには数あるノヴァグラップルの中でも一番人気を誇る銀河級が、その壮大な宇宙戦を売りにする反面、大艦隊や大戦闘機/バトロイド軍団同士の争いは決着がつくまでが長いという声もあり、観客の機体に応え、喜ばせることに努力と研究を惜しまない運営陣の姿勢を現したものと言えるだろう。
なお今回のグリッチエピセンターとヘドウェイルーター・ドラゴン、また凌駕の宿命者インバルディオや無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの例をあげるまでもなく、天輪聖紀におけるノヴァグラップルは、養成所から叩き上げの専属闘士以外にも広く門戸を開いており、報酬や補償など契約条件の合意とイベント時期のタイミングが合えば、飛び込みでの参加も増えている。視聴者アンケートによればこれは観客の大多数にも歓迎される改革であったようで、この機運に乗って、より人気を集めるマッチメイクの設定に運営側の手腕が問われる所だろう。
ノヴァグラップルとノヴァグラップラーについては
→ユニットストーリー010「グラナロート・フェアティガー」
ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ノヴァグラップル《デッドゾーン》については
→ユニットストーリー156「凌駕の宿命者 インバルディオ」の《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ノヴァグラップル 双子星級新設に繋がったともいわれる、単艦戦の《巡洋艦シングルマッチ無制限一本勝負》については
→ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
天輪聖紀のリンクジョーカーと柩機、“夜”の戦いについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」006 柩機(カーディナル)、参照のこと。
柩機と柩、異界の敵との戦いについては
→ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」
ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」を参照のこと。
柩機ではないリンクジョーカーについては
→ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」
ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
柩機の長オルフィストについては
→ユニットストーリー063「柩機の主神 オルフィスト・レギス」を参照のこと。
オルフィストとマスクス、龍樹については
→ユニットストーリー106「柩機の徒 オプアート」
ユニットストーリー114「柩機の禍神 オルフィスト・マスクス」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡