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短編小説「ユニットストーリー」
170 「忍妖 フタクチヨ」
ドラゴンエンパイア
種族 ゴースト
 



 繁華街の夜は華やかだが、この一帯はいつもなぜか薄暗い。
 ドラゴニア大陸中央部。
 ドラゴンエンパイア帝国、皇都は惑星クレイ世界有数の巨大都市メトロポリスだ。
 おぼろ小路。
 “小路”といっても、地方の町村でいえば大通りに匹敵する長さと奥行きがある。
 さらに運河で区切られたこの一画には、どの方角からも地上の橋を渡らねば立ち入ることも離れることもできない。上空からの侵入は竜貴族でさえ避ける。
 なぜ首都にも関わらず、これほど閉鎖的で隔絶された地域なのかといえば……。

 まず、あなたが橋を渡ろうとする。
 黄昏時、そこには手鞠てまりを持った少女が待ち構えているだろう。
 忍妖テマリヒメはこう尋ねる。
「ねぇ。わたしと遊んでくれる?」
 この問いにどう答えるか。差し出される手鞠てまりにどう反応するか。

Illust:齋藤タヶオ


 また宵の口に同じ橋を訪れば、金色の瞳を輝かせた女性が火の玉を獣のように鋭い爪を生やした手でもてあそびながら、こう尋ねるだろう。
「キミはどーやってボクを楽しませてくれるのかにゃ?」
 ちなみに彼女、忍妖シェンリィは人懐こいが気短なゴーストだ。顔なじみとなるまで接し方はくれぐれも慎重に。

 他にもいる門番たちの関門をくぐり抜けたとしても、ぼんやりと灯されたおぼろ小路を歩くにはこの街のルールに沿ったふるまいが求められる。
“夜もすがら、双角に焔色を灯し仇敵を狩りに現る”
 それ、ご覧。
 忍妖シシディアはよこしまな意図を持った闖入者ちんにゅうしゃを嗅ぎ分ける。地上であれ空中であれ水中であれ。その焔色の角に突かれたくなかったら、酒や遊びに羽目を外すのも良い加減に留めておくことだ。

Illust:茄子乃


 もうお察しの通り、おぼろ小路は忍妖にんようの隠れ里だ。
 ゴースト、ハイビースト、ワービースト、インセクトなどなど、その種族は様々だが忍妖とは忍び、すなわち諜報に関わる者であり、その存在はいずれも世間の暗闇に親しい存在、あやかしである。
 忍妖とはかつて帝国軍(特に隠密部隊である「ぬばたま」と「むらくも」)の兵種をあらわす言葉だったが、天輪聖紀の今、皇都おぼろ小路に姿を見せる者は必ずしも軍属とは限らない。
 逆に、一般市民のようでいて忍びという者も多くいる。
 おぼろ小路の店主や給仕、通行人までが忍妖だと気がつけば、娯楽や美食を求めて橋を渡ってきた者にもこの街の特殊性と正体が見えてくる。
 東洋風の建家の二階で周囲を窺う女性もまた、おぼろ小路という舞台を彩る役者の一人だ。

 紙が張られた障子窓から射し込む月光と、弱い行灯あんどんの光。
 おぼろに妖しく浮かび上がるのは美しく編まれ、染め抜かれた鶴の柄と生地も選び抜かれた最高級のもの。それは持ち主の職業、役者にふさわしい着物だった。
 だが──。
「食べるなら今ね。誰も見ていないうちに」
 卓に並べられたご馳走に、黒髪がうねる。
 うねるだけでなく、それが手のように自在に料理を掴み、口へと運ぶ。
 あんむあむ。
 彼女の頭の後ろ。舌を伸ばし咀嚼を続ける大口へと。

Illust:茶ちえ


「さぁ早く。次の出番まで時間が無いのだから」
 その言葉からするとこの部屋は楽屋、そして呼びかけたのはもう一つ・・・・の口になのだろう。
 舞台を控えた役者は例外なく早食いだ。
 しかも彼女の場合、詰め込む口が2つもある。彼女がゴーストであり、おぼろ小路のあやかし、忍妖フタクチヨと知らなければ──いや知っていたとしても──恐怖を感じざるを得ない光景だろう。
「きゃっ誰!?」
 彩り豊かな食事を半ばまでたいらげた頃、フタクチヨは悲鳴をあげて後頭部をかばった。
「邪魔をする」
 “お邪魔する”は本来、東洋的で実に奥ゆかしい挨拶だが、それも口調による。この場合は「食事を邪魔する」という状態を口にしているだけ。月光を背に窓辺に浮いている客には、言葉とは裏腹に遠慮という考え方が無いのだった。
「もう!びっくりさせないでくださいましよ、トリクムーン!」
 絶望の妖精は無表情で右手を挙げた。それはどうやら彼なりの謝罪の仕草らしかった。

Illust:齋藤タヶオ


 トリクムーンは勧められた座布団の上で──どうやって膝を折っているのかは不明だが──きちんと極東の日ノ元諸島ひのもとしょとう風に正座していた。その前には茶菓子が添えられた緑茶の碗が茶托ちゃたくの上で湯気を立てている。
「続けてくれ」
「言われなくても。でもちっとはお察しくださいな。どうせ盗み聞きしてたのでしょうけど、あたしゃ次の出番まで間がないんですよ」
 急須を置く間にも後ろ・・の口の咀嚼そしゃくは続いていた。
「……」
他人ひとが食べる所をそんなにしげしげ見るものではありません。そりゃあ珍しいでしょうけれど」
 フタクチヨはちょっと赤くなった。
 おぼろ小路の一座、その看板役者の楽屋とは、世間の好奇の目を避け続け、やっと辿り着いた安息の場所である。
「失礼した。君の指摘通り、僕は察するという事ができない性格たちなので」
「よぉく知ってます。ですからこちらもついで・・・でお答えさせていただきますよ、トリクムーンの旦那。今、あたしの本業はおぼろ小路一座の役者。忍妖としての情報屋は兼業なんですからね」
「君くらい有能なら兼業でも構わない。さて頼んでいたことだが」
 後ろの口に黒髪が刺身を放り込んだ。大口は健啖家けんたんかだった。
 あむあむあむ。
「ご報告できることはそんなに多く無いですねぇ。“樹”の件」
 トリクムーンの目が細まった。
「西で動きがあったようですね。サンクガード寺院で何やら」
「具体的には」
 フタクチヨはいやですよぉと手を振る。
「相手は隣国の首都近く、しかも賢者の総本山。あたし達はあくまで忍びだってことをお忘れなく。派手なことはせず、“忍んで見守る”だけ。ただ……」「ただ?」
「あたし達の連絡網によれば、──鳳凰の寺院入りについては先日お知らせしました通りですけれど──その後、出入りの魔女や魔法使いウィザードたちの動きが慌ただしかったようで。シャドウパラディンも動いているようですね。第5騎士団、これは国外向けでありましょう」
「おぼろ小路の情報通に頼んで良かった。だが、それだけの人員がつぎこまれることから予想されるのは?」
「それは旦那やバヴサーガラ様のご専門でしょ」「忍妖の意見が聞きたい」
 やれやれと自分の口での食事は諦めて、フタクチヨは箸を置いて向き直った。
「まだ居場所は掴めていないんでしょうねぇ。“樹”の本体については。ただ臨戦態勢に入っていない所を見れば」
「差し迫った脅威とは判断されていないということか。なるほど」
「旦那。お聞きしてよろしいですか。なぜ“樹”なんです」
「今さら行方を捜すのかと?」「えぇ」
 トリクムーンは腕組みをした。
「バヴサーガラのだ。彼女には世界が変化するきざしを、誰よりも察知する力がある。そこで気になったらしい、“樹”について」
 ほ、と感嘆の息をつきながらフタクチヨはようやく食事を終えた後頭部の大口を隠し、今までは腕のように使っていた黒髪の毛先を整え始めた。
「さすがはバヴサーガラ様」
「だが万能ではない。はその見る範囲によって極度の疲労を伴うし、変化の予兆は感じられても対象が大きいほど、その正体は漠然としたものになる」
「変化という意味では、あと一件」
 フタクチヨは鏡台に向かい、手早く化粧をしながら言った。
「ギアクロニクルとリンクジョーカー。この2つで何か引っかかることはございませんか、旦那」
「それらが気になるのか」
「それこそこの界隈かいわいに流れてる、漠然とした噂ですよ。ガセかもしれませんが一応お耳にと」
「ギアクロニクルについては少し前、動き出したという噂が確かにあった。僕が知っている件についてならその捜査はほぼ終わっていると思う。リンクジョーカーには思い当たる節はない。バヴサーガラに聞いてみよう」
 フタクチヨ姐さん!
 廊下から声が掛かった。あい!と答えてフタクチヨは立ちあがった。
「じゃ、あたしゃもう行きますから。バヴサーガラ様にはよろしくお伝えくださいまし」
「いい報告だった。引き続き頼む」
 これはほんの気持ちだが。
 立ちあがったトリクムーンは彼らしくない言葉を発し、背後に携えていた袋を取り出して畳に置いた。
 依頼の報酬以外に贈り物を添えるのは、この東洋的なおぼろ小路へ情報屋を求めて出入りする内に覚えた習慣らしい。

「まぁ」
 床に置かれた土産ものを覗いて、フタクチヨは破顔した。
 袋いっぱいの菓子は皇都指折りの菓匠の手によるものだった。役者にはこうしたちょっとつまみ食いできる差し入れも好まれる。
 礼を言おうと振り返ったフタクチヨの視線の先には、誰もいない開かれた障子窓だけがあった。
「リノリリからだ。僕のセンスじゃない」
 声は降り注ぐ月光が発したかのようだった。
 リノリリが、古代から永の歳月を生き続ける封焔の巫女バヴサーガラの、人間としての心と体にあたる少女であること、そしてそれを作ったのが他ならぬトリクムーンであることを、フタクチヨは知らない。
 ただ、付き合いが長くなりつつあるあの絶望の妖精にとっても、それ・・が彼と他人を結びつける手掛かりになる存在である事は察せられた。
 フタクチヨ!
 名前が呼ばれた。
 フタクチヨは廊下を渡り、階段を降りながら“変容”していった。
 おぼろ小路に生きる忍妖。生来の忍びと、今もうひとつの生業としている舞台役者の姿へと。



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《今回の一口用語メモ》

忍妖にんよう

 忍妖とは元々、ドラゴンエンパイア国において忍び(隠密)任務を与えられたあやかしの者たちを指す言葉だ。ドラゴンエンパイア帝国軍では第4軍ぬばたま、第5軍むらくものそれぞれ主力となっている。
 ただし天輪聖紀の現在、忍妖は少し緩やかな定義となっており、予備役や引退した兵士、志願兵(正式な軍属ではない)、または慣例的にあやかしが「忍妖」と自称またはそう呼ばれることもある。
 もっとも軍事国家ドラゴンエンパイアにいる限り、市民の生活も軍と無縁ではいられないので混乱はないようである。※このあたりの事情はドラグリッターも似ている。※

 忍妖には様々な種族がいるが、中でも多数を占めるのがゴースト、ハイビーストだ。ワービーストやインセクト、その他は比較的少数派ということになる。
 大きな違いとしては不死者か生者かという事になるが、隠密(忍び)として求められる資質としてはそれぞれに利点がある。
 ゴーストは壁などの障害を擦り抜けられるため侵入や偵察には圧倒的な優位があるが、物品の強奪などには不利となる(実体が無いまたは希薄である上に、肝心の品物は壁を擦り抜けられないからだ)。
 またゴーストは(細かい種別によるがおおむね)夜の闇の中で本領を発揮する。
 一方でハイビーストなどは実体があるために戦闘では優位にあり、工兵の役割や破壊工作なども引き受けられる。

 なお、今回登場したドラゴンエンパイア皇都の歓楽街「おぼろ小路」には忍妖が多く生活していることで知られている。ここに住む忍妖はその特技の性質上、軍属であるかどうかに関わらず事情通であり、情報屋が公然とした職業となっている。
 住民が集まったのが先なのか、それとも元々この地が皇都の諜報活動における中心地となるべき立地だったのかは不明だが、おぼろ小路では昼夜を問わず、情報という名の商品が盛んにあきなわれている。


竜を駆る者ドラグリッターについては
 →ユニットストーリー098「ドラグリッター ラティーファ」
  ユニットストーリー150 「仁竜融騎 グライアンドラ」
 を参照のこと。

惑星クレイ世界の東洋と、極東の日ノ元諸島については
 →081「ディアブロス“爆轟”ブルース」
 を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡