ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
青年団代表、ベリガル村の男の子は満面の笑みでオファーした。
「と言うことで、内部の事はよろしく!なてぃーじゃ姐さん」
まっ。軽く言ってくれちゃって。
私ことディヴァインシスター なてぃーじゃは、サングラスのブリッジを薬指で持ち上げながら密かに天を仰いだ。ピンクのレンズは真冬の夕のお天道さんを反射して上手く目線を隠してくれる。
「若い者が失礼いたしました。修道女なてぃーじゃ、あなた様とそのお仕事は我々、近隣の民の希望でございます。ご苦労おかけしますが、何卒!何卒よろしくお願いします!」
村の長老がきちんと言い直してくれた。さすが年の功ね。
「はいはい、お任せ~!」
私はヴェールと花飾りの具合を直してから、二丁サブマシンガンを抜き、素早く手首と肘を擦り合わせてスライドを引く。
描く軌跡は X W。
これは戦いに臨む時、私から神格へ祈りを捧げる動作であり、また“霊力弾”を放つ我が愛銃へ最初に入れる気合いでもある。なお両手に二丁サブマシンガンを決めた私の背後に、見える人には神聖なオーラが見えるらしい。これはきっと神格のご加護よね。私たちは天輪聖紀に生きるディヴァインシスターなのだから。
「くぅー!」「ビシッと決まったぁ!」「姐さん、かっこいいっす!」「頼みましたぞー、シスター!」
どうもどうも♪
沸き上がる老若男女の歓声と拍手に応えながら、私は地面に埋め込まれている様な地下蔵へと歩を進める。
そして……
村の衆の歓声に背を向けて、完全にこちらの顔が見えなくなった所で、私は笑みを消した。
なてぃーじゃは戦闘嗜好だなんて評判も聞こえてくるし、まぁ実際ただ祈っているよりは前線に立っている方が性に合ってはいるけれど、この国境近くの村々の信頼を背負って安全を守ることが第一の喜びであり、やり甲斐なのだ。そしてこの仕事はいつも楽勝というほど甘くはない。
暗く口を開ける入口が迫ってきた。空はと言えばこちら側は快晴、海のむこうはいつもの瘴気曇り。
両の手の銃を構え直す。
さぁ、ここからは聖なるお役目の時間だ。
Illust:三登いつき
タララ!タララ!タラ!
軽快な銃声。
赤い閃光と共に、地下室の闇がフラッシュを浴びせたように払われ、そしてまた暗くなった。
私の銃は火薬を使わないけれど、それでも無音と言うわけにはいかない。
二丁サブマシンガンを翼のように広げながら“弾”を放ち続け、私は裾をひるがえして着地する。水平に伸ばした腕とトリガーにかけた指はそのまま。まだ敵が襲ってくるのなら勿論、この膝立ちの体勢からも私はすぐに応射できる。
私の背後で、何者かが床に落ちる音が続いた。
ぱた、ぱた、ばた。
3体制圧。
「なんだキサマ!ここはワガハイたちのナワバリだぞ!」
私の前方からキーキーと怒声があがった。何体もの単眼がぎらぎら光っているのが見える。
Illust:石川健太
トリガーに触れないようにしながら、私は耳栓──見かけはインナーイヤー型ヘッドホンそのものだし実際、音楽も聞けるけれど、本部やシスター同士の通信にも対応したケテルギア製の優れものなのだ──を外した。
「なぁに?耳栓してたから、もう一度言って」
エルフの鋭い耳に銃声は厳しい。特にこんな閉鎖空間では必須アイテムだ。
「ここから出てけと言ったんだ、侵入者!」
「なによ!いきなり襲ってきたのはそっちでしょう」
「勝手にナワバリに入ってくるからだ!」
「そのナワバリについてなんだけどねー」
私はヒットさせた彼らの状態を確認した。
翼が生えた小悪魔たちは地に突っ伏してのびていた。
叩き込んだ霊力は3発3発そして2発。弾倉きっかり半分で仕留めた。
修道女なてぃーじゃ特製、霊力弾は今のところ百発百中。バーストコントロールも効いている。
「ケテル側としては協定通り、納期の今夜からここを開けて欲しいって」
「ダメだ」
「なぜ?そういう約束でしょ。困っているのよ、ベリガル村の人たちも」
私は立ち上がり、二丁サブマシンガンでW字型の構えを保持した。
幸い、小悪魔の代表は共通語に堪能だ。私が対する相手には問答無用でひたすら襲ってくるヤツらも少なくない──おっかない魔獣とかね──ので、お隣の国との交渉は何かと大変なのだ。
「とにかく今夜はダメだ!」と小悪魔代表はブチ切れた。
「仕方ないわね」
どうやらここは白黒つけなければいけないらしい。
「ともかく理はこちらにあって依頼も受けてるんだから、力ずくでも今夜開けてもらいますからね。このワイン蔵は!」
ここで、今いる場所の解説。
私が(天空の都ケテルギアの本部から)派遣されているここは、我がケテルサンクチュアリ国の南端にある村、ベリガル。
対岸のダークステイツ側の岬とは手漕ぎボートで1時間ほど。あの闇の国から飛来する魔獣の翼ならばあっと言う間に到達する。
そんな魔獣の脅威と乾燥に悩まされてきたこの土地も、郷士による警備と近年の灌漑整備によって安定した農作、増産が可能となってきた。
名産はワイン。
温暖なこの地では収穫が年の瀬、つまりこの12月に行われる。
そして今日は収穫祭なのだ。
この日、地下蔵で熟成された飲み頃のワインの栓も開けられて、収穫農家と村人に振る舞われる。
ただ一つ問題があった。
それが私が突入した「ダーモ ワイン蔵」。
名酒『悪魔のワイン』が収められている蔵である。※ダーモとはこの地方の方言でデーモンのことらしい※
「話し合いましょう」
私は呼びかけた。
「まずはその銃を下ろせ」
と小悪魔代表。
「断る」「なぜだ」「悪魔に背を向けるほどバカじゃないの」「ワイン蔵に銃を持ち込むなど非常識だ」「私の銃なら大丈夫よ」「その自信はどこから来るのだ。誰が許可したのだ」「私はこの村を保護するディヴァインシスターだから」「それを言うなら、ワガハイたちはここの正当な住民だ」
ふむ。私はまたサングラスを指で押し上げた。
契約を盾にして、悪魔たちを撃ち払うことは簡単。
でも彼らの主張もまた正論なのだ。
「『悪魔のワイン』は文字通り、あなたたち悪魔がこの国の地下で醸造してきたワイン蔵。ここでしかあの絶妙な香りと味は造られない」
「そうだ。我々だけが伝承する方法で造る、古代ダークゾーンの頃より魔王たちが取り合ってきた名酒だ」
「戦争まで起こりかねない状態を恐れたあなた達の先祖は、このユナイテッドサンクチュアリの南端の地下蔵に、当地の民を脅かさない事と醸造にこの地の果実を使うこと、売買についての正当で充分な報酬、そして収穫祭を共にすることを条件に、隠れ棲むことを許された」
「そうだ」
「じゃあ今になって何故、協定を破るの?いきなり蔵の扉を閉ざされて、村のみんなも困っているのよ」
「それは……」
小悪魔達は顔を見合わせ、黙り込んだ。
「どうかしたの?」私が促すと小悪魔は渋々口を開いた。
「蔵に、入れないのだ。ワガハイたちも」
Illust:山宗
「幻獣の咆哮と稲妻の轟音。此処は狂気の坩堝なり……なーるほど」
私はそれを見て、魔獣年鑑に載っていたボンカーズ・ボルトキメラの目撃例を思い出し、そっと呟いた。
蔵の真ん中に寝ていた魔獣が3つある頭をピクリと動かす。
しーっ!
少しだけ開けた扉の影から内部を窺う私を、背後に詰めかけた怯える小悪魔たちが黙らせようとする。わかってるってば!
なお私が、背後を取らせないという前言をあっさり撤回したのは、彼らは意欲的な管理人なだけであって害意はないと判断したからだ。とりあえず今のところは。
「最初に言ってくれればいいのに」と私。
「ワガハイたちの酒蔵にエルフごときの手は借りたくない」と小悪魔代表。
まぁナワバリ意識の強いこと。
「銃は使うな」
私は小悪魔の言葉を無視して、W字に構えた二丁サブマシンガンを腕の一振りでリロードした。霊力をチャージされた遊底がスライドする。
「よせ。樽が壊れたら取り返しが付かない」
私はここで初めて悪魔に笑いかけた。
「まぁ。シスターにお任せなさい」
私のサブマシンガンには実弾が入っていない。
私なてぃーじゃがワイン蔵へ突入を乞われているのは、どれだけ撃ってもワイン樽にも蔵にも被害を出さず、かつ魔物はしっかり懲らしめるというこの状況に最適な、霊力を込めて射出する戦う修道女だからだ。
鷲、獅子、狼。3つの頭をもつキメラは基本的に眠り込むことも正体を失うこともない。常に頭のどれかは起きているから。
『悪魔のワイン』と呼ばれる名酒を樽から啜って、すっかり酩酊しない限りは。
タラララララララ!!タラララララララ!!
「天誅!」
私は扉の影から飛び出すなり、二丁サブマシンガンのそれぞれ弾倉半分を撃ちまくった。
実弾ではないから弾数は関係ないと思われるかもしれないけれど、銃から弾丸の形として撃ち出す以上、私が一度に込められる霊力にも限界がある。
横たわっていたボンカーズ・ボルトキメラは、押し寄せる霊力の弾丸を身体に……受けなかった!?
「さすが!」
ダークステイツ西部で恐れられる種だけはある。
トリガーの音に反応したのか、かき消すように姿を消したキメラのスピードに、私は唸った。
私は飛び出した勢いそのままに、並ぶ樽の後ろに身を寄せ、背中を預ける。
両手のサブマシンガンは体側。
耳栓を外す。聴覚には相当ダメージが来るけれど、この暗闇の中ではエルフの聴力が頼りだ。
そして視力も。
私が薬指でブリッジを押すと、赤いサングラスは暗視モードになった。
「!」
視界が緑色の暗視映像に切り替わる。
この装備を支給してくれたオラクルシンクタンク本部と、我がケテルサンクチュアリの神聖科学力に感謝。
これで私は、明かりがあるのと同じ状態でキメラに対峙することができる。
少なくとも外、今のぼっているであろう満月くらいには……ん、外?
(そもそも、どうやってキメラはこの蔵に侵入したのかしら)
バリバリバリーッ!
私は弾かれるように樽の後ろから転げ出た。
今まで隠れていた所に、上からキメラの雷撃が落ちている。危ない危ない。あやうく黒焦げだ。
「上かぁっ!」
タラララララララ!!
地面を横に転がりながら、取りあえず片手を上空に向け掃射する。
残りは8発。
手応えはまだ無い。霊力のリロードのために時間を稼ぐか。いや……。
私は、賭けに出た。
蔵の真ん中まで走り、鳥の翼のように二丁サブマシンガンを地面に着ける。
キメラの知能は高い。
これが相打ちを狙った誘いであることは百も承知だろう。
「……来なさい」
自分でも落ち着いた声が出た。
私はディヴァインシスター。その忠誠は国と会社と、そして天と地の民に捧げられている。
この悪魔のワイン蔵で終わるとしても、悔いは無い。
グォッ!
無我の境地でなければ避けられなかっただろう。
襲撃は背後からやって来た。
雷撃はぎりぎりで私に避けられるとみて、あえて牙と爪で近接戦を挑んだキメラはやはり手強かった。
!
私はキメラの鉤爪に逆らわず前転すると──キメラの視界は一瞬、私のケープと修道服の裾に遮られたはずだ──、仰向けとなった目前に浮かぶキメラの腹に向かって
タラララララララ!!
貴重な残り8発の霊力弾を接射で撃ち込んだ。
これで私は空。反撃にあえば為す術も無い。だけど……
グォォーッ!
サブマシンガンは大砲ではない。
だから次に起こった事について、私はかすかに期待はしていたけれど、結果はまぐれに近い“奇跡”と言えた。
霊力のフルオート射撃をまともに受けたキメラの身体が、天井に向けて弾け飛んだ。
その先にはおそらく通気用に造られた穴と開閉式の鎧戸があった。
そしてそれは、内側から開く方式。(狡猾なキメラはおそらくここを手で開けて侵入したのだ)
キメラの身体が戸にぶつかって、また落下するのを、私はのんびり待つつもりはなかった。
素早く手首と肘を擦り合わせる。
描く軌跡は X W!
装填!霊力フルパワー!
スライドが引かれた。
「ここには二度と来ないでーッ!」
タラララララララララララララララ!!タラララララララララララララララ!!
二丁マシンガンの全弾倉を叩き込むとキメラは鎧戸ごと吹っ飛び、悲鳴とともに外に放り出され、そしてそのまま逃げ去った。
「よぉ。大丈夫か、キサマ」
私は空に向け構えた状態のまま、ずいぶん長く止まっていたらしい。
降り注ぐ月光ごしに、こちらに覗き込む沢山の小悪魔たちの顔が見えた。
「平気。でも少しは呼び名、考えてね」
私が銃をホルスターに収めて起き上がると、小悪魔アンビット・ラウンダーの代表がじっと私を見つめた。
「礼を言う」
う、うーん。感謝はありがたいけど、単眼の悪魔のドアップは遠慮したい。
「これで村人は通してくれるのよね、例年通り」
もちろんだ、アンビット・ラウンダーは頷いた。
「呼びに行った。もうすぐ来るだろう、祭り装備で」
「それは良かった。いと尊き守護聖竜と冠頂く我が神聖国の……」
「おっと!それは宴の終いにしてくれ。ワガハイたちが酔い潰れた後に」
任務を終え祝福を唱えようとした私を、ひきつり笑いのアンビット・ラウンダーたちが手を振って止めた。
まぁ良いか。
今夜はケテルサンクチュアリの民とダークステイツの悪魔が闘うことなく、とびきりのワインで年越しをする特別な日なのだ。
偉大なる神格も、これくらいは見逃してくれるだろうから。
llust:トビ丸小夏
※注.時間の単位は地球のものに換算した。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
戦う修道女の活動と敵
ディヴァインシスターとはオラクルシンクタンク所属のエージェント。
オラクル本部は天上にありながらも天輪聖紀、ケテルサンクチュアリにおいてディヴァインシスターは主に地上をその活動の舞台としている。
その理由として、『汝ら天と地に分かれ長く対立し合ってきたケテルの民の「架け橋」になるべし』というケテルエンジンの託宣と方針があったとも言われる。
その一方で、ディヴァインシスターは元々が悪を滅ぼす武闘派の精鋭でもあるため、悪や民の平和を乱す存在に対しては実力行使を旨とし、今回のなてぃーじゃのように“戦いの中で互いを理解する”ことも少なくない。
さて、そんな戦う修道女ディヴァインシスターたちの敵について考察してみよう。
天輪聖紀に入ってからの諸国は国境と領土をめぐっての大規模会戦は稀であり──各国が内政問題で手一杯だからだ──、ケテルサンクチュアリとドラゴンエンパイアの関係も決して悪くはない。衝突や暴走が起こったとしても小競り合い以上に発展することは無い。
反面、もう一方の国境を巡って、なてぃーじゃ達ディヴァインシスター、また緋炎帥竜ガーンデーヴァ率いる緋炎武者のように、ダークステイツ国境付近の防衛は苛烈なものとなる。
無神紀以前から、神聖王国の敵はダークステイツのデーモン、キメラ、ハイビースト、ドラゴン、そしてミュータントなどであることに変わりはない。
ディヴァインシスターは軍人ではないが、庶民レベルの困りごとは(人望厚い)戦う修道女に相談が寄せられることが多い。彼女たちもまた、そうした期待に応えるべく今日も奮闘し続けているのである。
ディヴァインシスターについては、
→ユニットストーリー005「ディヴァインシスター ふぁしあーた」
ユニットストーリー040「ヴェルリーナ・エスペラルイデア(前編)」を参照のこと。
オラクルシンクタンクとケテルエンジンについては
→ユニットストーリー148 「紡縁の魔法 ペララム」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ東端の防人については
→ユニットストーリー123 「魂醒せし守主 ルアン」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ南部の防人については
→076「砂塵の雷弾 サディード」
094「緋炎帥竜 ガーンデーヴァ」
147 「ドラグリッター ディルガーム」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ南端にあるベリガル村と焔の巫女一行との関わり(灌漑開発援助)については
→033「トリクムーン」を参照のこと。
惑星クレイ世界の暦については
→017「樹角獣 ダマイナル」の《今回の一口用語メモ》惑星クレイの時間と暦法
を参照のこと。
----------------------------------------------------------
「と言うことで、内部の事はよろしく!なてぃーじゃ姐さん」
まっ。軽く言ってくれちゃって。
私ことディヴァインシスター なてぃーじゃは、サングラスのブリッジを薬指で持ち上げながら密かに天を仰いだ。ピンクのレンズは真冬の夕のお天道さんを反射して上手く目線を隠してくれる。
「若い者が失礼いたしました。修道女なてぃーじゃ、あなた様とそのお仕事は我々、近隣の民の希望でございます。ご苦労おかけしますが、何卒!何卒よろしくお願いします!」
村の長老がきちんと言い直してくれた。さすが年の功ね。
「はいはい、お任せ~!」
私はヴェールと花飾りの具合を直してから、二丁サブマシンガンを抜き、素早く手首と肘を擦り合わせてスライドを引く。
描く軌跡は X W。
これは戦いに臨む時、私から神格へ祈りを捧げる動作であり、また“霊力弾”を放つ我が愛銃へ最初に入れる気合いでもある。なお両手に二丁サブマシンガンを決めた私の背後に、見える人には神聖なオーラが見えるらしい。これはきっと神格のご加護よね。私たちは天輪聖紀に生きるディヴァインシスターなのだから。
「くぅー!」「ビシッと決まったぁ!」「姐さん、かっこいいっす!」「頼みましたぞー、シスター!」
どうもどうも♪
沸き上がる老若男女の歓声と拍手に応えながら、私は地面に埋め込まれている様な地下蔵へと歩を進める。
そして……
村の衆の歓声に背を向けて、完全にこちらの顔が見えなくなった所で、私は笑みを消した。
なてぃーじゃは戦闘嗜好だなんて評判も聞こえてくるし、まぁ実際ただ祈っているよりは前線に立っている方が性に合ってはいるけれど、この国境近くの村々の信頼を背負って安全を守ることが第一の喜びであり、やり甲斐なのだ。そしてこの仕事はいつも楽勝というほど甘くはない。
暗く口を開ける入口が迫ってきた。空はと言えばこちら側は快晴、海のむこうはいつもの瘴気曇り。
両の手の銃を構え直す。
さぁ、ここからは聖なるお役目の時間だ。
Illust:三登いつき
タララ!タララ!タラ!
軽快な銃声。
赤い閃光と共に、地下室の闇がフラッシュを浴びせたように払われ、そしてまた暗くなった。
私の銃は火薬を使わないけれど、それでも無音と言うわけにはいかない。
二丁サブマシンガンを翼のように広げながら“弾”を放ち続け、私は裾をひるがえして着地する。水平に伸ばした腕とトリガーにかけた指はそのまま。まだ敵が襲ってくるのなら勿論、この膝立ちの体勢からも私はすぐに応射できる。
私の背後で、何者かが床に落ちる音が続いた。
ぱた、ぱた、ばた。
3体制圧。
「なんだキサマ!ここはワガハイたちのナワバリだぞ!」
私の前方からキーキーと怒声があがった。何体もの単眼がぎらぎら光っているのが見える。
Illust:石川健太
トリガーに触れないようにしながら、私は耳栓──見かけはインナーイヤー型ヘッドホンそのものだし実際、音楽も聞けるけれど、本部やシスター同士の通信にも対応したケテルギア製の優れものなのだ──を外した。
「なぁに?耳栓してたから、もう一度言って」
エルフの鋭い耳に銃声は厳しい。特にこんな閉鎖空間では必須アイテムだ。
「ここから出てけと言ったんだ、侵入者!」
「なによ!いきなり襲ってきたのはそっちでしょう」
「勝手にナワバリに入ってくるからだ!」
「そのナワバリについてなんだけどねー」
私はヒットさせた彼らの状態を確認した。
翼が生えた小悪魔たちは地に突っ伏してのびていた。
叩き込んだ霊力は3発3発そして2発。弾倉きっかり半分で仕留めた。
修道女なてぃーじゃ特製、霊力弾は今のところ百発百中。バーストコントロールも効いている。
「ケテル側としては協定通り、納期の今夜からここを開けて欲しいって」
「ダメだ」
「なぜ?そういう約束でしょ。困っているのよ、ベリガル村の人たちも」
私は立ち上がり、二丁サブマシンガンでW字型の構えを保持した。
幸い、小悪魔の代表は共通語に堪能だ。私が対する相手には問答無用でひたすら襲ってくるヤツらも少なくない──おっかない魔獣とかね──ので、お隣の国との交渉は何かと大変なのだ。
「とにかく今夜はダメだ!」と小悪魔代表はブチ切れた。
「仕方ないわね」
どうやらここは白黒つけなければいけないらしい。
「ともかく理はこちらにあって依頼も受けてるんだから、力ずくでも今夜開けてもらいますからね。このワイン蔵は!」
ここで、今いる場所の解説。
私が(天空の都ケテルギアの本部から)派遣されているここは、我がケテルサンクチュアリ国の南端にある村、ベリガル。
対岸のダークステイツ側の岬とは手漕ぎボートで1時間ほど。あの闇の国から飛来する魔獣の翼ならばあっと言う間に到達する。
そんな魔獣の脅威と乾燥に悩まされてきたこの土地も、郷士による警備と近年の灌漑整備によって安定した農作、増産が可能となってきた。
名産はワイン。
温暖なこの地では収穫が年の瀬、つまりこの12月に行われる。
そして今日は収穫祭なのだ。
この日、地下蔵で熟成された飲み頃のワインの栓も開けられて、収穫農家と村人に振る舞われる。
ただ一つ問題があった。
それが私が突入した「ダーモ ワイン蔵」。
名酒『悪魔のワイン』が収められている蔵である。※ダーモとはこの地方の方言でデーモンのことらしい※
「話し合いましょう」
私は呼びかけた。
「まずはその銃を下ろせ」
と小悪魔代表。
「断る」「なぜだ」「悪魔に背を向けるほどバカじゃないの」「ワイン蔵に銃を持ち込むなど非常識だ」「私の銃なら大丈夫よ」「その自信はどこから来るのだ。誰が許可したのだ」「私はこの村を保護するディヴァインシスターだから」「それを言うなら、ワガハイたちはここの正当な住民だ」
ふむ。私はまたサングラスを指で押し上げた。
契約を盾にして、悪魔たちを撃ち払うことは簡単。
でも彼らの主張もまた正論なのだ。
「『悪魔のワイン』は文字通り、あなたたち悪魔がこの国の地下で醸造してきたワイン蔵。ここでしかあの絶妙な香りと味は造られない」
「そうだ。我々だけが伝承する方法で造る、古代ダークゾーンの頃より魔王たちが取り合ってきた名酒だ」
「戦争まで起こりかねない状態を恐れたあなた達の先祖は、このユナイテッドサンクチュアリの南端の地下蔵に、当地の民を脅かさない事と醸造にこの地の果実を使うこと、売買についての正当で充分な報酬、そして収穫祭を共にすることを条件に、隠れ棲むことを許された」
「そうだ」
「じゃあ今になって何故、協定を破るの?いきなり蔵の扉を閉ざされて、村のみんなも困っているのよ」
「それは……」
小悪魔達は顔を見合わせ、黙り込んだ。
「どうかしたの?」私が促すと小悪魔は渋々口を開いた。
「蔵に、入れないのだ。ワガハイたちも」
Illust:山宗
「幻獣の咆哮と稲妻の轟音。此処は狂気の坩堝なり……なーるほど」
私はそれを見て、魔獣年鑑に載っていたボンカーズ・ボルトキメラの目撃例を思い出し、そっと呟いた。
蔵の真ん中に寝ていた魔獣が3つある頭をピクリと動かす。
しーっ!
少しだけ開けた扉の影から内部を窺う私を、背後に詰めかけた怯える小悪魔たちが黙らせようとする。わかってるってば!
なお私が、背後を取らせないという前言をあっさり撤回したのは、彼らは意欲的な管理人なだけであって害意はないと判断したからだ。とりあえず今のところは。
「最初に言ってくれればいいのに」と私。
「ワガハイたちの酒蔵にエルフごときの手は借りたくない」と小悪魔代表。
まぁナワバリ意識の強いこと。
「銃は使うな」
私は小悪魔の言葉を無視して、W字に構えた二丁サブマシンガンを腕の一振りでリロードした。霊力をチャージされた遊底がスライドする。
「よせ。樽が壊れたら取り返しが付かない」
私はここで初めて悪魔に笑いかけた。
「まぁ。シスターにお任せなさい」
私のサブマシンガンには実弾が入っていない。
私なてぃーじゃがワイン蔵へ突入を乞われているのは、どれだけ撃ってもワイン樽にも蔵にも被害を出さず、かつ魔物はしっかり懲らしめるというこの状況に最適な、霊力を込めて射出する戦う修道女だからだ。
鷲、獅子、狼。3つの頭をもつキメラは基本的に眠り込むことも正体を失うこともない。常に頭のどれかは起きているから。
『悪魔のワイン』と呼ばれる名酒を樽から啜って、すっかり酩酊しない限りは。
タラララララララ!!タラララララララ!!
「天誅!」
私は扉の影から飛び出すなり、二丁サブマシンガンのそれぞれ弾倉半分を撃ちまくった。
実弾ではないから弾数は関係ないと思われるかもしれないけれど、銃から弾丸の形として撃ち出す以上、私が一度に込められる霊力にも限界がある。
横たわっていたボンカーズ・ボルトキメラは、押し寄せる霊力の弾丸を身体に……受けなかった!?
「さすが!」
ダークステイツ西部で恐れられる種だけはある。
トリガーの音に反応したのか、かき消すように姿を消したキメラのスピードに、私は唸った。
私は飛び出した勢いそのままに、並ぶ樽の後ろに身を寄せ、背中を預ける。
両手のサブマシンガンは体側。
耳栓を外す。聴覚には相当ダメージが来るけれど、この暗闇の中ではエルフの聴力が頼りだ。
そして視力も。
私が薬指でブリッジを押すと、赤いサングラスは暗視モードになった。
「!」
視界が緑色の暗視映像に切り替わる。
この装備を支給してくれたオラクルシンクタンク本部と、我がケテルサンクチュアリの神聖科学力に感謝。
これで私は、明かりがあるのと同じ状態でキメラに対峙することができる。
少なくとも外、今のぼっているであろう満月くらいには……ん、外?
(そもそも、どうやってキメラはこの蔵に侵入したのかしら)
バリバリバリーッ!
私は弾かれるように樽の後ろから転げ出た。
今まで隠れていた所に、上からキメラの雷撃が落ちている。危ない危ない。あやうく黒焦げだ。
「上かぁっ!」
タラララララララ!!
地面を横に転がりながら、取りあえず片手を上空に向け掃射する。
残りは8発。
手応えはまだ無い。霊力のリロードのために時間を稼ぐか。いや……。
私は、賭けに出た。
蔵の真ん中まで走り、鳥の翼のように二丁サブマシンガンを地面に着ける。
キメラの知能は高い。
これが相打ちを狙った誘いであることは百も承知だろう。
「……来なさい」
自分でも落ち着いた声が出た。
私はディヴァインシスター。その忠誠は国と会社と、そして天と地の民に捧げられている。
この悪魔のワイン蔵で終わるとしても、悔いは無い。
グォッ!
無我の境地でなければ避けられなかっただろう。
襲撃は背後からやって来た。
雷撃はぎりぎりで私に避けられるとみて、あえて牙と爪で近接戦を挑んだキメラはやはり手強かった。
!
私はキメラの鉤爪に逆らわず前転すると──キメラの視界は一瞬、私のケープと修道服の裾に遮られたはずだ──、仰向けとなった目前に浮かぶキメラの腹に向かって
タラララララララ!!
貴重な残り8発の霊力弾を接射で撃ち込んだ。
これで私は空。反撃にあえば為す術も無い。だけど……
グォォーッ!
サブマシンガンは大砲ではない。
だから次に起こった事について、私はかすかに期待はしていたけれど、結果はまぐれに近い“奇跡”と言えた。
霊力のフルオート射撃をまともに受けたキメラの身体が、天井に向けて弾け飛んだ。
その先にはおそらく通気用に造られた穴と開閉式の鎧戸があった。
そしてそれは、内側から開く方式。(狡猾なキメラはおそらくここを手で開けて侵入したのだ)
キメラの身体が戸にぶつかって、また落下するのを、私はのんびり待つつもりはなかった。
素早く手首と肘を擦り合わせる。
描く軌跡は X W!
装填!霊力フルパワー!
スライドが引かれた。
「ここには二度と来ないでーッ!」
タラララララララララララララララ!!タラララララララララララララララ!!
二丁マシンガンの全弾倉を叩き込むとキメラは鎧戸ごと吹っ飛び、悲鳴とともに外に放り出され、そしてそのまま逃げ去った。
「よぉ。大丈夫か、キサマ」
私は空に向け構えた状態のまま、ずいぶん長く止まっていたらしい。
降り注ぐ月光ごしに、こちらに覗き込む沢山の小悪魔たちの顔が見えた。
「平気。でも少しは呼び名、考えてね」
私が銃をホルスターに収めて起き上がると、小悪魔アンビット・ラウンダーの代表がじっと私を見つめた。
「礼を言う」
う、うーん。感謝はありがたいけど、単眼の悪魔のドアップは遠慮したい。
「これで村人は通してくれるのよね、例年通り」
もちろんだ、アンビット・ラウンダーは頷いた。
「呼びに行った。もうすぐ来るだろう、祭り装備で」
「それは良かった。いと尊き守護聖竜と冠頂く我が神聖国の……」
「おっと!それは宴の終いにしてくれ。ワガハイたちが酔い潰れた後に」
任務を終え祝福を唱えようとした私を、ひきつり笑いのアンビット・ラウンダーたちが手を振って止めた。
まぁ良いか。
今夜はケテルサンクチュアリの民とダークステイツの悪魔が闘うことなく、とびきりのワインで年越しをする特別な日なのだ。
偉大なる神格も、これくらいは見逃してくれるだろうから。
Have A Great Year!
llust:トビ丸小夏
了
※注.時間の単位は地球のものに換算した。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
戦う修道女の活動と敵
ディヴァインシスターとはオラクルシンクタンク所属のエージェント。
オラクル本部は天上にありながらも天輪聖紀、ケテルサンクチュアリにおいてディヴァインシスターは主に地上をその活動の舞台としている。
その理由として、『汝ら天と地に分かれ長く対立し合ってきたケテルの民の「架け橋」になるべし』というケテルエンジンの託宣と方針があったとも言われる。
その一方で、ディヴァインシスターは元々が悪を滅ぼす武闘派の精鋭でもあるため、悪や民の平和を乱す存在に対しては実力行使を旨とし、今回のなてぃーじゃのように“戦いの中で互いを理解する”ことも少なくない。
さて、そんな戦う修道女ディヴァインシスターたちの敵について考察してみよう。
天輪聖紀に入ってからの諸国は国境と領土をめぐっての大規模会戦は稀であり──各国が内政問題で手一杯だからだ──、ケテルサンクチュアリとドラゴンエンパイアの関係も決して悪くはない。衝突や暴走が起こったとしても小競り合い以上に発展することは無い。
反面、もう一方の国境を巡って、なてぃーじゃ達ディヴァインシスター、また緋炎帥竜ガーンデーヴァ率いる緋炎武者のように、ダークステイツ国境付近の防衛は苛烈なものとなる。
無神紀以前から、神聖王国の敵はダークステイツのデーモン、キメラ、ハイビースト、ドラゴン、そしてミュータントなどであることに変わりはない。
ディヴァインシスターは軍人ではないが、庶民レベルの困りごとは(人望厚い)戦う修道女に相談が寄せられることが多い。彼女たちもまた、そうした期待に応えるべく今日も奮闘し続けているのである。
ディヴァインシスターについては、
→ユニットストーリー005「ディヴァインシスター ふぁしあーた」
ユニットストーリー040「ヴェルリーナ・エスペラルイデア(前編)」を参照のこと。
オラクルシンクタンクとケテルエンジンについては
→ユニットストーリー148 「紡縁の魔法 ペララム」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ東端の防人については
→ユニットストーリー123 「魂醒せし守主 ルアン」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ南部の防人については
→076「砂塵の雷弾 サディード」
094「緋炎帥竜 ガーンデーヴァ」
147 「ドラグリッター ディルガーム」を参照のこと。
ケテルサンクチュアリ南端にあるベリガル村と焔の巫女一行との関わり(灌漑開発援助)については
→033「トリクムーン」を参照のこと。
惑星クレイ世界の暦については
→017「樹角獣 ダマイナル」の《今回の一口用語メモ》惑星クレイの時間と暦法
を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡