ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
「注目!」
号令に訓練生は一斉に直立不動となった。
私は皆の目前、海の上へと歩き出し、あの大きな橋の袂で隊に向き直った。
「ロティオン戦術教官に敬礼!」
返礼し頷くと“休め”がかかった。緊張する訓練生には号令の主、一同の背後に立つ艦隊指導教官のティアーナイト カイキリアが口元に浮かべている微かな笑みになど気づくわけもない。
「おはよう、皆さん」
私は話し出した。
今朝、多島海から見るドラゴニア海は天気晴朗にして波穏やか。頭上の空には昼でも空を埋め尽くす近隣の惑星と、双子月が白く浮かんでいる。
凪いだ海に起立する隊員は皆アクアロイド。
目の前で整列しているのは、間もなく我がアクアフォースに入隊する、いわば海の雛鳥たちだ。
「私の後にあるのがセレナラ海峡橋。天輪聖紀に入ってから完成したものとしては、ストイケイアでも屈指の巨大建築物です」
訓練生たちの視線が上へ、そして両岸へとさまよう。
海峡をつなぐこの橋はより近くで見ると、改めてその壮大さに圧倒される。
「この橋が結ぶのがトエルプ島とセレナラ島。海峡にその名が冠せられるセレナラはこの一帯の古名。セレナラ海峡橋は交通の要所であり、海域を守る我々の拠点そして……」
ひと息置くと、さまよっていた雛鳥たち訓練生の視線が私へと戻ってきた。
「私たちが拠って立つ頼もしい防壁です」
Illust:へいろー
──昨夜。
商港セレナラからイヤベール海軍兵学校への帰路のこと。
私ことロティオンに、同じく水上を併走するティアーナイト カイキリアはこう話しかけてきた。
「あなたにはあの子たちに現場の雰囲気を叩き込んで欲しい。客員戦術教官どの」
今は兵学校で教官職に就いているカイキリアだけど、私同様いざ前線に立てば『乾坤一擲の大斬撃が、膠着した戦況を覆す』と絶賛された戦斧の使い手。
今、巡航する2人は海にハイドロエンジンの緑の軌跡を曳き(これは平時、私たちがアクアフォースであるという敵味方識別信号がわりにもなる)、腕に同じくハイドロエンジン搭載の戦斧を抱えている。一時休暇でも手放すことが無い、私たち前方支援任務にあたるアクアロイドの装備だ。
「もっとも前夜に同僚と連れだってショッピングを楽しんでいる姿を目撃されたら威厳も無いでしょうけど」
「ではこれは極秘ミッションという訳ね」
と私が返すと、カイキリアは商店街で購入したエクステンションに手を当てて微笑む。
謹厳実直を旨とするアクアフォースだけれど、お洒落がまったく禁止されているわけではないし、風紀の乱れは心の乱れ。むしろベテランほど軍人は身だしなみに気を配るものだ。
「門限まではまだ少しある。少し迂回していきましょう」「仕事熱心ね。結構」
私の提案をカイキリアは快諾して、兵学校の島の外周に大きく弧を描くコースを選んだ。
我々アクアロイドにとっては水上も水中も居心地としては変わらない。
「美しい景色ね」「そうね。本当に」
何艘かの哨戒兵とすれ違い、敬礼を交わしながら兵学校の真北を過ぎた所でカイキリアは呟き、私も万感の思いをこめて同意した。
ライトアップされた兵学校の砦と、その向こうで輝くセレナラ海峡橋の航路標識灯。
アクアフォースの海兵として、絶対正義の名の下に我がストイケイア国の防衛にあたる身として、その灯の美しさと平和の尊さは何度見ても心震えるものがある。
「でも海ってのはね、思う通りにいかないことだらけなのよ」
ふと本音が出た。
明日教える新兵たちに私は何を教えればいいのだろう。
記憶が飛んでしまいそうな初陣のこと。グランブルーの不死者たちを前にして覚える闘志や、私たちの海の清浄と平穏を穢される怒りについてか。
夜。足元を過ぎ去ってゆく暗い水面を見ていると海の豊かさと同時に、恐さにもまた思いを巡らせられる。
「いい言葉。それ、ぜひそのままあの子たちに聞かせて」
私の問いかける視線にカイキリアは力強く頷いた。
「それこそが現場の声。戦場の真実を乗り越えて海兵は成長するもの。大丈夫!」
Illust:OHSE
「実戦に出てみれば判りますが、海は──私たち水に親しいアクアロイドでさえ──思い通りにはいかないものです」
教官!と訓練生の一人、アクアロイドの少年が手を挙げたので指名する。
「では僕らはどうすれば良いのでしょうか」
「まずあなた達は栄えあるアクアフォースの一員であることを知る。そして地形や気象条件、彼我の状況など戦場のすべてを頭に叩き込む。そして上官の言うことをよく聞いて」
また手が挙がった。今度は少女だ。
「一人になってしまった時には?」
「戦場では一人になることも少なくありません。特に海は広く、水上と水中そして空中も含めるならば、私たちが警戒すべき海域はとても広いのだから。究極的に言えば、頼りになるのは自分という事。日頃の訓練の成果が最後の最後で結果となる」
訓練生たちが顔を見交わせるのを見て、私は言葉を継いだ。
「不安になったかしら。でも思い出して、我々はアクアフォース。惑星クレイの海を治めることを宿命とするもの」
訓練生たちが顔をあげ、カイキリア指導教官が私に向かって深く頷いた。
その時──。
ヴィー!ヴィー!ヴィー!
警報というのはどんな時であっても聞きたくないものだ。
橋の袂の水面を教室にしていた私たちは、突然鳴りだしたその音に身を固くした。
『敵襲。グランブルー快速船3隻、接近。水上警戒!水中警戒!』
定点保持!
陸でいう凝固だが、私たち海の軍隊では「完全な静止」状態というのは寄港時や隠密行動を除けば基本として、あり得ない。海は常に流動し、変化するものなのだ。故に、訓練生たちにその場を動くなと命じる場合、定点保持となる。
「カイキリア!」「ロティオン!」
前方支援の兵士として私たちは互いによく知る仲だ。
怯えて固まる訓練生の安全が確保されたと同時に、ハイドロエンジンの刃を煌めかせ、私たち2人は橋に並行して水面を走り出した。
黒ずくめの私ロティオンと白のカイキリアが突進して行く様は、訓練生には水面を飛ぶ白黒2本の矢のように見えただろう。
「海兵!」
水中から声がかかった。アクアロイドにとって水は会話の壁とはならず、大気中と何ら変わらない。
見れば、揺らめく海面越しに環流の水将セルジオスが水中を突進している。
「海兵!」
私たちは答礼し、水面を挟んで併走に移った。
「単騎で先駆けとは」と私。
「なぁに。こういう時こそ部下たちには、格好良い背中を見せたいんでね」
「負けず嫌いなだけでしょう。訓練教官の私たちには特に」
カイキリアの言にセルジオスは水中で大きく口を開けて笑った。どうやら図星らしい。
戦斧持ちの前方支援と二刀流ダガー使いの水将。こういう競争心は軍人として決して悪いものではない。
「ま、ざっと捌いてお見せする。水中はこっちに任せてくれ!」
「「了解!!」」
「オレたちは先鋒、追って本陣も来るから、それまで持ちこたえればいい!」
私とカイキリアは頷く。
軍隊の戦闘の本質とは強調と連携。
敵を撃退する主戦力が控えているというのは心強く、よしんば私たちが倒れたとしても戦い甲斐があるというものだ。
ドォーン!!ドォーン!!ドォーン!!
衝撃波が背後から続けざまに襲ってきた。
私たちには振り向かなくてもそれが、セレナラ海峡橋が(我らが宝、海中世界樹を擁する海峡へ)敵艦の侵入を防ぐため巨大な橋桁を海に降下させた音だと知っていた。始めて目撃し体感したあの訓練生たちはさぞ驚いたに違いない。
セレナラ海峡橋 防壁モード。
巨大な海峡連絡橋はすなわち戦時の水門なのである。
「じゃ準備はいいか、お嬢さんがた!行くぜ……」
セルジオスの呼びかけは先の者よりも少し私たち女性兵を意識したものだったけれど、戦闘時の高揚のせいか私もカイキリアも特に抗議はせず、ただ加速した。
倒すべき敵へ!
海とこの地の平和のため!
「「「絶対正義の名の下においてッ!!!」」」
Illust:キリタチ
了
※注.軍隊で使われる用語、号令などは地球のものに合わせた。※
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
セレナラ海峡橋──メガ多島海のバリケード
メガ多島海とは惑星クレイの南半球、旧メガラニカ領を構成する島々。
その中でもドラゴニア海に浮かぶトエルプ島と海中世界樹は特に有名である。
世界樹とは、そのいずれもが惑星クレイの生命に直結する神秘の樹木であり、トエルプ島の場合は海の中に自生している奇観として、参拝者が訪れる観光名所にもなっている。
龍樹侵攻の前触れだった“悪意”の襲撃にあった事もあるこの海中世界樹は(最も国力/防衛力維持が難しかった無神紀の間でさえ)最優先で守られるべき聖所として、悪の手に渡らぬようにアクアフォース海軍によって厳重に守られてきた。
結局、龍樹と水銀様のものは海中世界樹を完全に浸食・制圧することはできなかったものの、海上と海中の防御には課題を残すことになった。“悪意”のような突然に襲来する敵の他にも、この海域には恒常的な脅威として不死の船団グランブルーとその不死者たちもいる。
そんな中、天輪聖紀に入って完成したのが、ストイケイアの巨大プロジェクト、トエルプ島とセレナラ島を結ぶ「セレナラ海峡橋」だ。
人や車が走る道路と鉄道も通されたこの橋は、交通と流通を劇的に改善させ(ほとんどのストイケイアの民はアクアロイドのように水陸を自在に移動できるわけではないので)、今までは小舟や連絡船に頼っていたこの地域を経済的にも飛躍的に発展させている。
同時に、この巨大な橋は海峡の底にある「トエルプの海中世界樹」の守りにもなっているのだ。
ドラゴニア海側からグランブルー船団が迫った時、架け橋の桁が下降し、大型の船の侵入を阻む。
グランブルー勢力の脅威は水上の船と水中の不死者の双方が連動する点にあるので、その片方を妨害できるのは大きい。いわば「海の城門」とも呼べるセレナラ海峡橋によって海中世界樹の防備はより強固なものとなったのである。
なお多島海の内側はアクアフォースの艦隊が常駐しているため、海中世界樹がこちらから大規模な攻勢を受ける恐れはほぼ無い。とはいえ時折、警戒網をかいくぐって出現するグランブルー船とはぐれ不死者に対しては、今回本編に登場したアクアフォース士官たち、未来の戦士である訓練生たちの不断のパトロールによって索敵、聖所を侵す不埒な侵入者に対しては絶対正義の名の下に必ずこれを迎撃するであろう。
ティアーナイトとサイトM、海中世界樹については
→ユニットストーリー075「ティアーナイト アリックス」
ユニットストーリー078「ティアーナイト エミリオス」を参照のこと。
メガ多島海とアクアフォース海軍基地の分布については
→025「旗艦竜 フラッグバーグ・ドラゴン」を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡