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短編小説「ユニットストーリー」
175 「ゼフィロシィド」
種族 ヒュドラグルム
必要なものは土と水、そして太陽。



Illust:凪羊


 種が芽吹いている。
 周囲は見渡すかぎりの荒寥とした大地。
 だが種の心には喜びがあった。彼にとって必要なものが、ここには望むだけあったから。
ここの土は美味しいね。水もキレイだ。ありがとう、トリクスタ!
「よかったね、グリフォシィド。これでボクも安心だよ」
 希望の妖精は足を投げ出して苗木の横に座り、並んで2人、白んでいく明けの空を見ていた。
ボクはここに根付く。地下から吸い上げた水が泉となり川となり森が生まれ、野山は木と花、動物や虫たちでいっぱいになる!
「うん、いいね。そうしたらリノとエッグ君を連れてくる。きっとみんな喜んでくれるよ」
約束だよ!グリフォシィドはここを楽園にする!
「あぁ、約束しよう!」
 トリクスタは小指・・を差し出して、苗木の枝に触れあわせた。
 意識しなかったけれどそれは、古代から伝わる約定の仕草だ。

 それは、昨年の冬のことだった。


Illust:凪羊


 ──そして現在。
 ドラゴンエンパイア国北部。
 かつて不毛地帯であったはずの一帯が今、楽園へと瑞々しき変容を遂げている。
「過去の君へ。僕はゼフィロシィド。安息の地のあるじ、この常春ゼフィロの地の牧人だ」
 新しい年の始めに際し、今、ゼフィロシィドは思考し始めた。
 土と水と太陽、そして周囲から取り込んだ運命力を樹液として恒常的なサイクルを生きるゼフィロシィドの意識の在処ありかを、人間など惑星クレイ世界の他の変容性な生物に伝えるのは難しいが、実はこれは独り言ではない。
 円環状につながったグリフォシィド、すなわち過去のもう一人の自分に思いを投げて、その反響エコーを確かめることは日常的でしかも自分が自分であるために必要な行為なのだ。
「この1年、外の世界でまた大きな変化が起こったね。水に風に大地に、僕はそれを感じ取れる」
 小川のせせらぎは、ゼフィロシィドが巡らせる思考のように細やかで淀みがなかった。
「僕がこの地に根を張った時、つまり前の僕が滅んだ時以来のことだ」
 嘆息に似た草原の風に、花々が揺れる。
「僕は、僕が君であった頃のことをほとんど覚えていない。何か大事な言葉があって、激しい衝撃、孤独。そして僕を包み込んでくれる手、本当のトモダチに出会った……僕は今、幸せだ」
 緑を蓄えてそびえる岩山は、彼の確かな成長と揺るがない自我を体現しているようだった。
「そして今、僕は思うんだ。もし僕が得た活力を還元することができたなら、と。この世界全体にね」


Illust:凪羊


 陽が高くなり、元は氷原であった土地、いまは豊かな森と山地となった安息の地を照らし出した。
「僕らは『龍樹』、そう呼ばれていたね。覚えている。その名を口にする時、あの優しいリノでさえ恐れと困惑の色を隠せないことも。僕らはどうやらこの星に忘れられない危害を与えてしまったようだ。僕を信じてくれる友だちはまだ少ない。誰かの役に立ちたいと心から望んだとしても、ほとんど誰も耳を傾けてはくれないと思う」
 それ以上言葉にならない龍樹の種ゼフィロシィドの煩悶はんもんを、白い雲と太陽、そして蒼穹に浮かぶ巨大な惑星たちと月が見守っている。
「……でも聞いて欲しい。僕であってもう僕ではない僕、グリフォシィド」
 ゼフィロシィドの心に浮かぶのは、また新たな荒野──ひらくべき何処どこか──に根付き、豊かな実りの始原の来臨となる自分の姿。
 そう、れは種。星を育む、希望の種だ。
 希望とは命の輝き、挑む心は若さのあかしだ。
 重いとがを負い、大いなる力を失ったとはいえ、再び世界に向き合おうとする彼の心を誰が止められるだろうか。
「僕はあきらめず、今はただ時を待つ」
 ゼフィロシィドの心の眼にはもうそれが見えている。
 龍樹の種が安息の地に巡らせた結界、この楽園の扉を開き、大いなる運命力の均衡バランスに汝も関われと差し伸べられる手が。
 今、ゼフィロシィドは変容した。
 そして思考し、誰にともなく宛てもない祈りを世界に放った。

 僕を見つけて欲しい。待っているから。まだ見ぬ君よ。


Illust:石川健太




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《今回の一口用語メモ》

新たなる種ゼフィロシィド──かつて龍樹の種がもたらしたものと、これから起こり得る変容

 ゼフィロシィドとは、龍樹の種グリフォシィドが安息の地で変化した新たな姿だ。
 だが変わったのは形だけではない。

 龍樹とグリフォシィドについて、ここまでの経緯を振り返ってみよう。
 グリフォシィドは天輪聖紀となってから、ひそかに宇宙から惑星クレイに飛来し根付いた、生物としては外来種である。
 そしてこの種にはある特質があった。
 それは「星の生命力を吸収して成長する」というもの。龍樹の到来を予見していた崇拝者によって付けられたと思われる「掠め奪うグリフォシィド」という名は暗示的でもある。
 グリフォシィドはその名の通り、自身の欲求のおもむくままに惑星クレイの運命力を吸い取り始めた。
 その影響は世界樹の不調となって現れた。
 最初期にいち早くこの変化に気がついたのが、世界樹と心通わす才能を持つストイケイアの『世界樹の音楽隊ワールドツリー・マーチングバンド指揮者ドラムメジャー、満開の大行進リアノーンだった。
 リアノーンや天輪の巫女リノらの警戒も及ばず、成長したグリフォシィドは「龍樹」として、惑星クレイの運命力を取り込み続け、やがて眷族である水銀様のものヒュドラグルムと、──クレイの有力者に龍樹の仮面と力を与え幹部として迎えた──マスクスによる軍団を結成。最大の敵となる天輪竜の卵とトリクスタ、焔の巫女たちの一行を時間軸の外に飛ばしている間に、惑星クレイ世界の大半をその支配下においた。
 これが龍樹侵攻である。
 結局、天輪と封焔の巫女に率いられたクレイの抵抗勢力によって、最終形態まで進化していた滅尽の覇龍樹 グリフォギィラ・ヴァルテクスは滅ぼされ、惑星クレイ世界も復興へ向かって動き出した。
 またこの滅尽の覇龍樹崩壊の際に龍樹が集めた運命力は飛散し、この力を浴びたものが「運命者」となった。

 さて、ここからはごく一部の者しか知らない事実だが、龍樹は完全に滅んだわけではなかった。
 縮小化し無力化し、記憶のほとんどを失った状態で再びグリフォシィドに戻っていたのだ。
 意識もまた幼児に戻ったグリフォシィドが望んだのは「土と水そして太陽」。
 つまりは、自らが惑星クレイの一部となる事だった。
 その望みに応えたのが希望の妖精トリクスタ、幼いグリフォシィドが既にクレイにとっての害悪ではないと判断したのが天輪竜の卵サプライズ・エッグ(神格ニルヴァーナに通じる存在)、またこの秘密について口を閉ざし、事実を知る者を最小限に留めたのが天輪の巫女リノ。

 そして現在、龍樹安息の地に根を張り豊かな楽園を築いていたグリフォシィドが(本編にもあるように)新たな年の始まりに際して、また惑星クレイにその無垢な興味を向け始めたようである。
 果たしてこの動きが「新たな始まり」となるのか。
 またそれがクレイ世界にとって吉と出るか凶と出るか。
 今後の動向を注目していきたい。


滅尽の覇龍樹 グリフォギィラ・ヴァルテクスが滅んだ後、トリクスタによって無害化したグリフォシィドが龍樹安息の地に移された事については
 →ユニットストーリー122篇「トリクスタ」を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡