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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
181 朔月篇第6話「無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス III」
ドラゴンエンパイア
種族 ウインドドラゴン
カード情報

Illust:萩谷薫


 長い祈りが終わると、墓所に一礼して剣士が立ちあがった。
 音も立てず空気すら乱すこともなく、長い蹲踞そんきょからの起立にも体幹には微塵のブレもない。
「我が旅はここに始まり、ここに終わる」
 低い声で呼びかけた先は、棺に眠る朽ちないリィエルか、その前の祭壇に安置されたアモルタの“卵”か。
 それとも……
「修練の結実、拝覧いたします」
 聖所の扉を背に、彼の後ろから凜と声をかけたギアクロニクル複製クローン、聖所の空中に浮遊するオディウムにであろうか。
 ヴァルガはひとつ頷くと両のつるぎを抜いた。
 刀剣が煌めくと、この密閉された地下墓所、リィエル華廟中心の空気がぴんと張り詰めた。
「いざ一献いっこん、献上つかまつる」
 無双のやいばは一体何に向かって振り下ろされるのだろうか。

Illust:OHSE


 リィエル華廟──かつてのギアクロニクル第99号遺構──を剣士一行が訪れたのは立春の頃、ブラントゲート国のいわば飛び地であるドラゴニア大陸最南端のこの一帯の寒さにも、わずかに緩みが出た頃のことだ。
「明刃の騎士レリジアル」
 ロイヤルパラディンの騎士は名乗ると、ウインドドラゴンと扉の前に割り込んだ。
 華廟の聖域、リィエルの墓所に続く扉。
 病院や一般参拝口とは違う、施設のこの道には、ユナイテッドサンクチュアリの華リィエルの故郷であるケテルサンクチュアリ国から(より正確に言えば防衛省のバスティオン長官の命で)、警備が派遣されているのだ。
「無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスとお見受けする」
「いかにも」
 深編笠を傾けてヴァルガは首肯し、いつものように付き従ってきた熱気の刃アルダートと轟炎獣カラレオルの弟子2人も一礼した。
「華廟の衛士にしてリィエル゠アモルタに仕えるケテルの騎士として問う。ご訪問の目的は」
「リィエルとリィエル゠アモルタの拝礼に。捧げ物を持って参った」
 差し出された巻物を受け取ったレリジアルは一礼し、慎重にそれを広げ、そして絶句した。
「これは……」
「春の花、夏の鳥、秋の風、冬の月。そして三本の竹。これはきっと私たち3人のリィエルを指しているのね。すべてが調和する瞬間を収めた傑作。見るものの心を夢幻の境地へと誘う水墨画。お見事です」
 羽ばたきと共に天から降りてきた時の宿命者リィエル゠オディウムが、一行に会釈してから覗きこみ、称賛の言葉を放った。尺八を吹き、花を愛で、筆で人を酔わせる。剣客ヴァルガ・ドラグレスは本物の芸術家なのだ。
「リィエル゠オディウム」ヴァルガは目礼し
「ヴァルガ・ドラグレス」
 礼を返したオディウムは、心奪われた様子のレリジアルから画をそっと受け取り、丁寧に巻き取った。
「リューベツァールでのリモート以来ね。やっと来てくださった」
区切り・・・が付いたらここに伺う。そういう約束だった」
 剣士は俯き、オディウムは微笑した。いつもよりも大人っぽい、アモルタを思わせる笑みだった。
「さぁ中へ。私がご案内します」
 ヴァルガは弟子たちにここで待てと言い残し、オディウムはケテルの騎士レリジアルに目で引き継ぐ意志を伝え、聖所への扉、その向こうへと歩き出した。
「決意と選択に、聖なる刃の祝福を」
 2人の背にかけられた明刃の騎士レリジアルの祈りは彼女自身にしか聞こえないものだった。

「ここには初めてお見えに?」
「改装前に、一度」
 照明が行き届いた墓所の回廊を進む剣士とギアクロニクルの天使の歩みは、悠々としているようで早かった。片や剣豪の健脚、もう一人は翼持つ天使である。
「アモルタを背後から刺した時ね。シヴィルトに精神汚染された侵入者として」
「そうだ」
 オディウムは辛い過去の事実を穏やかに悪意なく指摘し、対するヴァルガの短い答えには様々な感情がこもって岩の重みが感じられた。
「区切りが付いたから自らここに来た、とあなたは言った」
「……」
「でも、私たちもあなたをずっと待っていた」
 歩くヴァルガは俯いたままだ。その背中は重い。
「と思うのよ。この先にいる姉たちもね。私もまたリィエルだから、たぶん間違っていないと思う」
 この先にという言葉通り、オディウムの手に今、“卵”はない。
「元のリィエルは無神紀の天使、アモルタは世界線の違う“滅んだ未来”のレザエルが最後に放った記憶と運命力から再現された複製クローン、私オディウムは消滅したはずの“絶望の運命力”がギアクロニクル遺跡に製造させた複製クローン
 オディウムは複雑な3人の成り立ちと関係性を、鮮やかに簡略化してみせた。
「結果として同じ記憶を共有しているけれど、個々に違う人格でもある。そして皆、レザエルに強い想いを抱いている。……そう。奇妙で複雑な気分よ、正直ね」
 オディウムの本音が明かされるのが、レザエルでもブラグドマイヤーでもヴェルストラでもなく、ヴァルガ・ドラグレスだということが今日ここで遂げられた邂逅の重要性を示していた。
「レザエルもアモルタも、そして私も心の隅で信じていた。あなたが何かを背負ってあれ・・をしたのだと」
「……」
「そしてその通りだった。私が思うにあなたは非難されるのではなく、称えられるべきだわ」
「無防備な者を、しかもレザエルの危機に際し何度も不可能を乗り越えて駆けつけた女性を、俺は刺した」
「いいえ、それはレザエルが言ったはず。あのままだとアモルタがシヴィルトの精神汚染を受けていた。レザエルは、記憶の中にある理想のリィエルを実体化したアモルタを殺す事なんてできないし、そもそもアモルタがいなければガブエリウスの力も使えなかった。シヴィルトは勝利して、2つの世界が破滅していたはずよ」
「……それでも、彼女の痛みは今もこの俺の中にある」
「剣士の刃はせめぎ合うために使われ、武の道に反することはあくまで非であり邪であると。そうよね」
 2人は聖所の扉の前で立ち止まった。
 厳重極まりない施錠が機械音を鳴らして解かれ、墓所に一礼して進み出たヴァルガは、その入り口で膝をつき、祈りに没入した。

Illust:海鵜げそ


 ──ここで話は冒頭に戻る。
 ヴァルガは二刀を掲げ、そしてX字に振り下ろして跪いた。身を翻すと二刀まとめて横薙ぎ、そして後方へと羽根を広げた形で構え、静止。刀を寄せ、地を這うように極限まで低く構える。動きはまったく止まることなく続いてゆく。
 剣舞。いやこれは、ここに実在しない敵を想定した仕合しあいだ。
 そしていませめぎ合っているのは、
「過去の自分、精神汚染された時の“羅刹”、あなた自身なのね」
 オディウムにもそれは容易に理解できた。
 つまりヴァルガはヴァルガ・・・・と戦い、そして斬り伏せようとしているのだ。
 しかも、それがただのカタや演舞でない証拠に、ヴァルガは無形の相手と本気で斬り合っており、進みまた退く足も、繰り出す2つの魔刃もあやまてば滅び、制すればたおす真剣の気合いに満ちていた。
「そうか。だからここで、今」
 オディウムは体捌きの完璧さから芸術的な美しさも備えて切り結ぶ、剣士ヴァルガの姿を見て、呟いた。
 自他共に最強の剣士と認めるヴァルガに本来、敵と呼べる存在などほとんどいない。
 克服すべき敵とは自分そのもの。
 ヴァルガ自身がアモルタに覚える悔いと、周囲の理解と優しさに対するまどい、踏み切れぬ気持ち、そして“羅刹”の力を己がものとして取り込む勇気なのだ。
 都合をつければ立ち会えたはずのレザエルも、ブラグドマイヤーも、そして遠隔リモートから施錠を解く許可を与えたヴェルストラも皆、わかっている。
「ハッ!」
 無言のまま激しい立ち回りを演じてきたヴァルガが、鋭い息を吐いて、後ろに跳び退すさった。
 背後にはリィエルの棺。そしてその前の祭壇にはアモルタの“卵”がある。
 かつて刺した相手を、精神汚染された敵=自分から、自分=ヴァルガが守る。
 その図式に、思わずオディウムは口元を抑えた。
 もう充分だから。もう止めて。
 まだだ!ヴァルガの声なき声がそんなオディウムに答える。
「どんな力も否定せず使いこなしてこそ無双と成りえる」
 ヴァルガの声が聖所に響いた。
「いま我が背にはリィエル、アモルタ、そしてガブエリウスがいる」
 かつて刃を交え制せられた者が、立ち直れ、“羅刹”をも呑み込めと背中を押すのだ。
 恐るるべきものなど何もない。
「いざ、参る!」
 無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”!!
 爆発的な闘気の発露とともに、ヴァルガの姿は頭頂に炎を燃やす剣の竜、無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”となっていた。
 “羅刹”が構え、無形の“羅刹”に向かって風のように走る。
 敵に出会えば敵を斬り、そこに己を見出せば己を斬らん。これすなわち無双の境地。
 斬るのは己自身の悔いとまどい、そして躊躇ちゅうちょする心だ!
「切り捨て、御免!」
 裂帛れっぱくの気合いとともにヴァルガ“羅刹”の魔刃が宙を薙ぎ払い、素振りとは思えぬ剣風と轟音を起こしながら、無形の羅刹、精神こころを乗っ取られた過去の自分が両断され、霧消した。

Illust:萩谷薫


「お見事でした」本日2度目の絶賛。
「立ち会い、誠にかたじけない」
 ヴァルガに戻った剣士の言葉の意味を察して、オディウムは苦笑した。
「どういたしまして。これでアモルタと繋がる私が証人というわけね。あなた、ヴァルガ・ドラグレスがひとつの修行を終えたという。でも、次からはあらかじめ何をするか教えて。毎回こんな壮絶な斬り合いに立ち会わせられたら、身も心も持たないわ」
 剣士は少し考えて、肩を揺らした。ギアクロニクルの天使は構造上、消耗も疲れも知らない。つまり冗談だと理解したからだ。
「気をつけよう、時の宿命者リィエル゠オディウム」
「でも来ていただいた甲斐があったわ。無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス」
「と言うと?」
 刀を納めたヴァルガの目の前、棺と祭壇の“卵”の前に舞い降りたオディウムは、華奢な身体で胸を張った。
「あなたが最後の力を放った時、私、感じたの。この“卵”の中にアモルタと、そしてガブエリウスの気配を」
 ヴァルガは胸をつかれた表情になった。
 今日の敵は自分自身であり、いわば被害を与えたアモルタと、彼女の姉妹とも呼べる亡きリィエルとオディウムとを立会人としたみそぎのために来たつもりだった。他に何の欲も意図もないのがヴァルガという男だ。
「あなたの覚悟と力の発露、そしてアモルタに寄せる労りの気持ち、沢山くださったあのお花。そうしたここまでの積み重ねが、この世界の外にいる彼女たちにも、何らかの良い影響があるのだとしたら……いいえ、きっとそう。とても素晴らしいことよ」
「だとしたら、これぞ望外の光栄というものだ。信じよう」
 そうね、そうしましょう。とオディウムは手を叩き、また(生まれた)年齢相応の華やいで無邪気な様子になった。そして少し考えて、
「それともう一つ。ここで修行を一つ終えたあなたにお伝えしたいことが」
「何だ」
「月の試練については知っている?」
「レザエルが敵わなかったことだけは。真剣に戦った結果、負けた話など掘り返したりはしない」
 あなたらしいわね、とオディウム。今度は笑っていない。
「でも月の試練については、今日の戦いを見せてくれたあなたにも、どこかで繋がっているような気がするの。まどいを捨てること、自分に打ち克つこと。レヴィドラスのお爺ちゃんから聞いた話からも、レザエルにはあなたが必要だわ。助言なのか、競うことなのか、あなた自身も試練に挑む事なのかはわからないけれど」
 ヴァルガはためらうことなく誠実に答えた。
「友のために俺ができることなら何でもする。運命者も宿命者も、むろんレザエルにも」
「じゃあ私も気軽にお願いできるお友達ね、ヴァルガ・ドラグレス。武士に二言はないのでしょう?」
 愛らしいオディウムの問いかけに対するヴァルガの返答は、長い沈黙を待たなければならなかった。
「そのようだ、リィエル゠オディウム」





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《今回の一口用語メモ》

無双の禊ぎ──ヴァルガ・ドラグレスの剣舞

 宿命決戦の終盤、無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”が時の運命者リィエル゠アモルタから運命力を奪った行いについては、いまだ異論が分かれる所ではある。
 だがまず第一に、張本人のヴァルガ自身は(その時にはシヴィルトの精神汚染の下にあったにもかかわらず)その事自体に深い罪の意識を抱き、苛烈ともいえる修行を積んできた。
 もう一点、現在は惑星クレイ世界の外にいると思われるリィエル゠アモルタの代弁者として、同じ過去の記憶を共有するリィエル゠オディウムは、最初の衝撃を乗り越えた後は(医師としてレザエルと同じか、複製クローンとしてはより早く)ヴァルガの真意を予感していた節がある。
 つまり警備担当や騎士団を中心に、アモルタが凶刃に斃れたという一報が駆け巡っていた裏で、運命者と宿命者の一部はヴァルガがいつか正道に立ち戻る可能性を信じていたと言うこともできるし、ヴェルストラが宇宙の彼方に“羅刹”を置き去りにするのではなく──転送門ゲートと彼の狡知をもってすれば可能だったはずだ──、レザエルと傷をおして援護したアモルタ、そして残されたガブエリウスの力をもって、シヴィルトの悪影響だけを取り除く勝機に賭けたという経緯も理解できるだろう。

 さて、本編で描かれる通りヴァルガは、アモルタへの贖罪のために、世界を脅かした悪の象徴ともいえる彼の化身“羅刹”を、完全に自分がコントロールできたと確信するまで、リィエルの墓前とアモルタの“卵”の前に直接、頭を下げることをしなかった。
 オディウムが見透した通り、それは単純な謝罪よりもはるかに深い、血を吐くような修行を経て達した自己の魂の成長をもって捧げる行為だったのだ。
 ヴァルガの剣舞、“羅刹”との無形乱取り、水墨画の奉納、そして修行先から絶えず送られ続けた花束こそが、剣豪として過去の行いに向き合うヴァルガの心境と生き方そのものを語るものと言えるだろうし、またその結果、アモルタに代わってオディウムが受け入れたことで禊ぎは完了したと捉えても良いと思われる。



無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”の凶行については
 →ユニットストーリー160 宿命決戦第9話「時の宿命者 リィエル゠オディウム II 《最後に立つ者》」
 を参照のこと。

羅刹を自在とするため、ヴァルガが始めた修行については
 →ユニットストーリー165「ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ」を参照のこと。

ヴァルガがオディウムに、アモルタの礼拝を約束したリューベツァールでの邂逅については
 →ユニットストーリー180朔月篇第5話 「奇跡の運命者 レザエル VIII」を参照のこと。

アモルタとオディウムが全ての記憶を共有し、アモルタがオディウムに後事を託した事については
 →ユニットストーリー160 宿命決戦第9話「時の宿命者 リィエル゠オディウム II 《最後に立つ者》」
 を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡