ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

──虹の魔竜の地下迷宮89階。
「CEO権限発動!殲滅機動要塞フライシュッツ・マクシム!」
命令の声と共に岩盤剥き出しの天井、そのはるか上空に向けて右腕を差し上げ、男は呼びかけた。「マクシームッ!」と絶叫したあたりで折良く迷宮のどこからか遠雷のような音がゴゴゴと轟く。絶好の演出だった。
『オイリアンテ、エネルギービーム照射開始』
通信機の向こうから聞こえたのは衛星内で淡々と管制するブリッツオペレーター トゥールの声だ。それに応えて右腕が振り下ろされる。
「リューベツァール、機関全稼働ッ!“ブリッツ・アームズ”連続充填!」
暗がりの地下洞窟に閃光が走り、不可視のエネルギーが降り注ぎ、洞窟にハム音が鳴り響く。
突然湧いた光と波動に、何が起こるのかと身構えたのは魔宝竜リスタルゲイラー。この地下迷宮最深階に通じる門の番人である。
「解説しよう」
放電する巨大な右腕を突き出しながら、男はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「“ブリッツ・アームズ”は軌道上のオイリアンテ、上空のリューベツァールやフライシュッツ・マクシムを連動させ、その威力を何倍も増大させることができるのだ。どんなに厚い岩盤の下だろうとね」
オォォォ!
対峙するリスタルゲイラーが吼え、怒りにまかせて突進した。
虹の魔竜は知能も高いが、主に似てプライドもまた高い。ブリッツCEOの挑発に乗ったのだ。
だが彼にとって、それは待ちに待った好機だった。
巌のように扉の前から動かなかった相手が“ブリッツ・アームズ”の力に動揺し、今ようやく隙を見せたからだ。
「一斉掃射ぁ!」
チュドドド──ン!!!
“ブリッツ・アームズ”から放たれた運命力の奔流、弾丸状に固められた猛烈な連打が敵を打ち、凄まじい衝撃と轟音をあげながら、最後の扉と床の岩盤ごと魔宝竜リスタルゲイラーは押し倒され、下へ崩れ落ちていった。
「あれ、ちょっと派手にやり過ぎちゃったか。手加減できなくてゴメンな」
標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”は、階段でもスロープでもなく唯の大穴が開いた迷宮最下層への通り道を見下ろしながら、ちょっと悪い顔で笑って見せた。

──約半日前、早朝。ダークステイツ国暗黒地方西部。
「よぉ、ブルース。直で会うの、久しぶり~」
濃く立ちこめる瘴気の中からぬっと現れた悪魔に、驚くこともなくヴェルストラは声をかけた。
「待たせたな」「いや全然。メシ食う?」「結構だ」「そっかぁ」
会話しながらヴェルストラはにこにこ笑っている。こうして親友と会うのが何より楽しい男なのだ。
「オレをこんな所に呼び出したのは山歩き?キャンプの準備はしてきたけどさ」
言いながら淹れたコーヒーを勧めるヴェルストラ。ディアブロス“爆轟”ブルースは静かに首を振って断った。ヴェルストラは険しい岩場の中に狭い空き地を見つけて厚手のグランドシートを敷き、携帯コンロにテーブル、ピカピカの食器と山盛りの食材、ゆったり座れる折りたたみチェアも2つ用意してあった。
「違う。遊びとしてはもう少し歯ごたえがある。山ではなく地底だ」
あー、やっぱりそういう事。ヴェルストラはおおげさに天を仰いだ。
「虹の魔竜の塒の真上、山頂が集合場所なんて、おかしいと思った」
大袈裟に嘆いてみせながら実は、対地攻撃力に優れるフライシュッツ・マクシムをあらかじめ上空に呼び寄せてあるあたり、やはりこの男は曲者である。
「忙しかったか」
渋い声で聞くブルースに、あぁ気にしない気にしないと手をヒラヒラさせるヴェルストラ。
時は(後に起こる)レザエル失踪事件よりも前、完成させたリィエル華廟や病院の本格運用に向けてのスタッフ配置や組織作り、各国との折衝など、日常業務に加えてさらに多忙だったはずの頃である。しかしヴェルストラは勿論、そんな事情は微塵も窺わせることなく言い切った。
「いやいや、時間なんてのは無理矢理でも作るもんさ。特に親友のためならね」
で、何をすればいいんだ?ヴェルストラは熱いコーヒーを傾けながら聞いた。
「おまえに会わせたいヤツがいる」「誰?」
「一番下に辿り着けばわかる」「そりゃそうでしょ……って、なに?この突破不可能といわれる虹の魔竜の地下迷宮を最下層まで行けっての」
お前ならできる。ブルースはそう言い残すと身を翻した。その先には山体に空いた穴があった。
「下で待つ」「へぇ。いきなり最下層まで近道の落下孔か、便利だね。じゃオレも……」
ブルースはまた首を振った。
「おまえにはムリだ」「なんで?自力で飛べるんだぜ、今のオレは。科学の力で」
「落下している間も侵入者に向けて獄炎が吹きつける」「ブリッツ・アームズなら大丈夫だって」
「吸える空気は特濃の瘴気のみ」「うーん……たぶん平気かな、宇宙でも短時間なら何とかなったし」
「逆刺や刃柵など数多くの罠と対科学、対魔法障壁が施され」「それはまたご丁寧なことで……」
「オレに突破される度に改良され、強化されている」「アンタが元凶かよ?!」
「つまり足を踏み出したら最後、焼かれ切り裂かれ窒息しながらも自分の力で着地するしかない」「えー?!」
ではまた後でな。ブルースは一切ためらうことなく足を踏み出し、縦坑の中に消えた。
「あれが悪魔の3000mジャンプってヤツか」
ヴェルストラはやれやれと肩をすくめ、背後にぽっかり口を開けた迷宮への入り口を振り返った。
「じゃあオレはおすすめ通り徒歩で下りますかね、1階ずつ。大した洞窟行だよ、まったく」
右腕の“ブリッツ・アームズ”を鳴らし、キャンプ用品一式の大荷物をまとめて背負うと、ブリッツCEOは迷宮攻略に突入した。

──現在。虹の魔竜の地下迷宮最下層。
「よぅ来たぜ。クリアタイムどうだった~?」
自分が開けた大穴から軽やかに降り立ったヴェルストラは、VRゲームのRTAスコアを尋ねるノリで、待ち構えていた一同に笑いかけた。
ディアブロス“爆轟”ブルース、彼の盟友である魔石竜ジュエルニール、主に迷宮の外を警邏しているジュエルコア・ドラゴン、先の一斉掃射でボロボロにされたリスタルゲイラー、新顔の魔石竜も一体。彼らはダークステイツでも恐れられる屈強な虹の魔竜の枢軸だが、小柄なジュエリアス・ドラコキッドだけは地に手をついてがっくりと肩を落とし顔も上げられない。
「どした?」とヴェルストラ。
「ここの管理者だ。改良を繰り返した難攻不落の迷宮が、半日もかけずあっさりクリアされてしまって落ち込んでいるようだ。放っておいてやってくれ」
とブルース。CEOは、悪かったな。でも中層階のトラップ、ありゃ激ムズだったぜとドラコキッドの背中を叩き、慰めて引き起こすと導かれるまま奥の間へと進んだ。
「期待していた以上だ。最後の一撃が特に」
とブルース。ヴェルストラはヘラヘラ笑った。
「ディアブロスの悪魔がよく言うよ。最速クリアなら獄炎と毒霧とトラップの中を3000m突っ切って着地したアンタの勝ちだろ、ぶっちぎりで」
……こいつら化け物すぎる。
ジュエリアス・ドラコキッドは慄然とした顔でギャロウズボールの花形と標の運命者の背中を見つめた。周りの虹の魔竜たちも無言だ。竜にしてみれば幾多の冒険者を呑み込んだこのデスダンジョンを、人間が運命力を纏った右腕一本でブッ壊しまくった事実に毒気を抜かれた気分なのだろう。
「それで?まさか、オレの退屈を紛らわす為だけに迷宮攻略ゲームやらせたんじゃないだろう」
「あぁ。これが目的だ」
ブルースは足を止めると、開け放たれた迷宮最後の扉の向こうを顎で指した。
そこにはこの塒の主が丸くなって眠っていた。
かつて龍樹侵攻の折、光の粒となって消滅したはずのドラジュエルドが。

「おいおいおい。これって魔宝竜ドラジュエルドじゃないの、ホントにご本人?寝てるの?」
「そうだ。この老いぼれには“眠れる竜”という異名もあってな」「へぇ」
聞き手のヴェルストラがこの虹の魔竜に詳しくないのは、単純に今まで縁がなかったという事に尽きる。
運命者となるまでのヴェルストラは科学一辺倒──なにしろ超科学国家ブラントゲートに冠たる工業会社CEOである──だったし、龍樹侵攻のドラジュエルドは運命力の塊である“虹の魔石”とマスクスを巡って、ほとんどが故国かケテルサンクチュアリに絡む件ばかりだったからだ。
「さっきからオレの頭に直接うるさく語りかけてくる」「じゃあ今なんて言ってる?」「こいつはお喋りな上にお調子者だ。通訳は断る」「そこをなんとか。ここまでの流れを要点だけ教えてくれよ。一刀両断は得意だろ、ブルース」
ブルースは少し考えてから答えた。
「ドラジュエルドの老いぼれがこの塒に戻ったのは少し前のことだ。それを報されたオレは何度かここに通っている。だがずっと眠ったままだった」
「あ。それ、ひょっとしてレザエルの《在るべき未来》の選択と関係ある?」
「ドラジュエルドも同じ考えだ」
「やっぱり。大雑把にいえばあれって世界を変える事だったろ?病や争いの無い世界にしたいとか、この世界の外に消えたアモルタに帰ってきてほしい、みたいな。じゃあこっちの“願い”も叶っちゃったんだな。天使じゃなくて、消えた竜のお爺ちゃんが帰ってきたとは驚きだけど」
「強すぎる力と大きすぎる願いの余波だろうな。全てが少しずつ現実になってゆく」
「善人って欲張りだよなぁ。オレなら世界平和より、迷わず好きな女の復活を願うけど」
「……」
「ここ笑う所だぜ、ブルース。だからオレには《在るべき未来》の選択なんてチャンスは来ないのさ。レザエルはいいヤツだから、世界の重みを背負ってみんなを導いていく。だから願いが叶うんだ、運命力が働いて」
「思ってもみなかった事にもな」
「ところでドラジュエルドはどこから戻ってきたのさ。アンタがぶっとばして消滅させただろう。他でもない魔宝竜ドラジュエルド自身の虹色の炎で」
「消えていた間のことは言いたくないそうだ。もっとも向こうがどんな所でヤツが何をしていたのかなどオレたちに理解できるわけもないだろうが」
「あぁ、ケテルの大賢者も『生きてもいないし死んでもいない状態』って言ってたもんな。生死の狭間の真実なんてゾルガの専門領域だぜ」
ブルースにじろりと見られたヴェルストラは、ちょっと別件で話す機会があってさ~と笑った。この人たらし、ヴェルストラCEOの人脈はノヴァグラップルスタジアムの売り子から、生と死の境界を乗り越えようと企む幽霊船の船長、サンクガード寺院奥院に鎮座する大賢者まで途方もない広がりをみせているらしい。

「で、他に何て言ってるの、ドラジュエルドのお爺ちゃんは。ああやって眠りながらさ」
ヴェルストラは会議や交渉の達人だ。ちゃらんぽらんで散漫な様でいて、きちんと核心に迫っている。
「“月”が気になって仕方ないそうだ。この洞窟の魔石が騒ぐのがその予兆なのだと」
「ふーん。月ね……」
ヴェルストラは目線を少し左下に向けながら考えていた。ここでいう月とは第一の月のことだろう。惑星クレイでは慣例的にただ“月”といった場合は、ブラント月ではない元々ある月のことを指すからだ。
後にわかることだが、ヴェルストラはこのあとブリッツ社の衛星監視網を、月とそこに至るまでのエリアについて特に警戒レベルと精度を上げるよう指示を飛ばしている。優れた経営者とは僅かな変化や予兆から大局の動きを看てとり、物事の流れを自分に引き寄せるものだ。ただの無茶無理無謀な人物ではないのである。
「だからそろそろ目覚めたい、とドラジュエルドは言っている」「え?自分じゃムリなの」「ダメらしい」
ブルースは腕組みをして嘆息をついた。
「今までのように、魔石に囲まれ惰眠をむさぼっているのとは違う。こういう寝ぼすけには強い刺激が必要だ」
「なーるほど。じゃお望み通りブッ叩いて起こしてあげよっか、運命力のハンマーパンチをゴツン!と」
にやりと笑ったヴェルストラが右腕のブリッツ・アームズを構える。
かつて怒りに燃えるドラゴンエンパイアの竜軍人、秤の宿命者アルグリーヴラの防御をも粉砕したブリッツ・インダストリー社製、運命力科学の粋である。主の命の危機を察した虹の魔竜たちの顔色が変わった。
「そう年寄りを苛めるな」
とブルース。マスクに覆われた口元は窺えなかったが、どうやら苦笑しているようだ。
「冗談だよ。でもアンタの狙いも読めたぜ、ブルース。ドラジュエルドの身体が蘇ったのは膨大な運命力の流れのおかげだ。だからまず、その運命力を意図して打ち込めるこのオレにダンジョンで暴れさせた」
「そうだ」
「で、さっき床をブチ抜いたオレの一撃のおかげでドラジュエルドはアンタに喋れるようになったのか?」
「そのようだな。うるさくてかなわん」
「そして、さらにもう一撃この洞窟に運命力を食らわせれば目が覚めそうだ、と」「そう思う」
「でも直接殴るのは論外。老人と子供は殴らないもんな、悪魔ブルースは」「そうだ」
「そしてオレも親友の知り合いを殴る拳は持っていない。となると結論は一つだ」
ヴェルストラはギャラリーを振り返って叫んだ。
「よぉ。オレと殴り合えるヤツ、誰かいる?ドラジュエルドの爺さんのために」
少しの沈黙。迷宮のナンバー2である魔石竜ジュエルニールを制して、今までずっと沈黙していた新顔の魔石竜がずいと前に出た。
「魔石竜リドスアグール。我が主のためならば喜んでお相手する」
いいねぇとヴェルストラは頷いた。
「お爺ちゃん、きっと喜んでるよ。あんた男だな、リドスアグール」
「だが手加減はしないぞ、真剣勝負だ。万が一間違いがあっても恨むなよ、ブリッツCEO」
ヴェルストラはまだニヤニヤ笑っている。
「武人だねぇ。いいよいいよ~。じゃ始めよっか」
そして虹の魔竜の王の間は戦場となった。以前ここで暴れたのは今、2人を見守っているブルースである。

リドスアグールは双刃になった剣を体前に構えた。
「来い!」「じゃ行くぜ!」
ヴェルストラは予備動作なしで魔石竜に突っ込んだ。残像を残すほどの超スピードである。
──!
リドスアグールにきわどく躱された、と見せて急停止。ストレートを空振りしたブリッツ・アームズをヴェルストラはバックハンドで振り払う。驚くべきことにこの身体の自在な制御は、人間ヴェルストラ自身が積んだ鍛練の成果だ。
直撃!
リドスアグールは双刃剣を構えた姿勢のまま、運命力の拳を受けて壁まで吹き飛び、そして倒れこんだ。
「やるな」ブルースが腕組みしたまま呟く。
「安心しな。運命者ってのはちょっと強すぎるんだ。オレに敵わなくても不名誉じゃない」
ヴェルストラは言い捨てて、眠れるドラジュエルドに歩み寄ろうとした。
背中がザワつく予感に、ヴェルストラは本能だけで振り向き、右腕をかざした。
ガシィ!
羽を広げて一気に跳躍した無傷のリドスアグールが、彼の頭上に双刃を振り下ろしていた。とっさの反応がなければヴェルストラは即死だっただろう。
「戦闘において敵に背を向けるとは。貴様やはり戦士ではないな、CEO」
「あれぇ……倒したんじゃなかったっけ」
とヴェルストラ。少し冷や汗が滲む。
「ここが虹の魔竜の塒だということを忘れてもらっては困る」
リドスアグールはじりじりと刃を押し下げながら、解説した。
「我が主ドラジュエルドと虹の魔石の力は、我と共にある!」
ヴェルストラにも、魔石竜リドスアグールの背後に彼を護るように聳え立つ、虹の魔竜の王ドラジュエルドの幻影が見えるような気がした。
「そうか。じゃオレも手加減いらないな」
ヴェルストラは鍔迫り合いを跳ね返し、右アッパー右ストレート右フックを目にも止まらぬ速さで打ち込んだ。リドスアグールは避けるのが精一杯だ。竜を上回る俊敏性とパワーを生み出すブリッツ・インダストリーの技術力と運命科学力こそ、おそるべし。
「……ぐっ!」
巨大なブリッツ・アームズの掌が魔石竜の胴をわし掴みに捕らえた。
そのまま投げつける。
ヴェルストラ渾身の運命力をこめた竜の弾丸として、寝床で丸まるドラジュエルドへ。
ドーン!
衝撃に洞窟が、虹の魔竜の塒全体が震えた。
「ぐわあっ!」
主に激突したリドスアグールに、虹の魔竜たちは一斉に動きかけたが、ブルースは目線だけでそれを留めた。
そう言えば今、老竜の瞼がぴくりと動かなかっただろうか。
「まだまだッ!」
魔石竜リドスアグールは双剣を持ち直し、再び起き上がった。彼は本物の戦士だった。その闘志に敬意を表してヴェルストラもまた本気で構える。
だが……。
「もうよいぞ。我が愛しき臣下よ」
深い知性と隠せない陽気さがにじむ声。
「ドラジュエルド」「やれやれ。やっとお目覚めか」
ブルースとヴェルストラが呟き、
「我こそは魔宝真竜ドラジュエルド・イグニス!世界の狭間より還り、いま微睡みより醒めたり」
「ははーっ!」
主の宣言を受け、家臣である虹の魔竜たちが一斉に地にひれ伏した。
バッ!
虹の魔竜の長が翼を広げると、燃え上がる五色の運命力の炎がその身体を照らし出した。
膨れ上がったその姿は、かつて龍樹グリフォギィラが自分をもっとも脅かす存在と信じ、ダークステイツの魔王たちをして彼にだけは手を出してはいけないと恐怖させた、真に強大な古の竜のものだった。
「おおっと、こいつは……」
ヴェルストラはブリッツ・アームズを構え直した。
実際、ドラジュエルドの咆哮は──嘘か誠か100億歳という──老齢にも関わらず、この迷宮全体を揺り動かす力があり、暴走することがあれば今度こそ本気でヴェルストラが止めなければならないと覚悟したからだ。
しかし……。
「よぉ、お若いの。感謝するぞ。しかし目覚ましとは言え、エラくきっつい一撃じゃったのぉ~」
また翼を畳んでごろりと横になったドラジュエルドの、素っ恍けた第一声でヴェルストラはつんのめった。
「大丈夫だ。ご苦労だった」
その肩に力強い手が置かれる。ブルースだ。そして老竜に向き合うと呼びかけた。
「ドラジュエルド」「ブルース」
2人の間に暖かな感情が流れる。
「感動のご対面だな」
しみじみと頷くヴェルストラをよそに、虹の魔竜と悪魔は互いにそっぽを向いた。
「なーにが感動じゃ!この悪魔がやり過ぎたせいで、ワシは粉々になってずっとあの世行きだったのだぞ!」
「そう仕向けたのはお前だろうが、老いぼれ」
「さぁて覚えとらんなぁ。最近、物覚えが悪ぅなってのぉ」
「そもそも消えていたはずなのに何故、新しい力や姿を手に入れているんだ、お前は」
「ふふふ、それはナイショじゃ」
「……この野郎!」
ヴェルストラは、旧友の荒っぽい交歓に背を向け、身体をさすりながら起き上がった魔石竜リドスアグールに手を差し伸べた。
「これで終わりでいいよな。殴って悪かった」「……気にしていない」「ならいい」
そしてニカッと笑ったブリッツ・インダストリーCEOは、主の新たな姿を茫然と見守る虹の魔竜たちに声をかける。ここまで携えてきたキャンプセットと食料を持ち上げながら。
「なぁアンタら、ハラ減っただろ。メシにしようぜ」
積もる話は2人に任せて、まずは腹ごしらえだ。

了
※コーヒーについては地球の似た製法の飲料の名称を借りた。※
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《今回の一口用語メモ》
ドラジュエルドの帰還──現世と幽世の狭間より
惑星クレイ世界では死は絶対的なものと言われている。
つまり死んだ者は幽世の存在となり、その後に生き返ったという例は(少なくとも知られている事実としては)無いということだ。
それでは、幽霊や不死人はどうなのかと言えば、彼らを動かしているのは偽りの生命であり「再び生きている」とは見なされない。
龍樹侵攻の初期、魔宝竜ドラジュエルドはその強すぎる運命力を見込まれ、第一の標的となった。
軍門に下ってからは龍樹勢力の重鎮、業魔宝竜ドラジュエルド・マスクスとして天輪側と対決したが、それは龍樹の目をごまかし好機を待っていただけで、世界の破滅に手を貸すことを拒否し、盟友ブルースの手を借りて(自身の化身である魔宝竜ドラジュエルドの)虹の炎を浴び光の粒子となって現世から消滅した。
多くの者がこの時、ドラジュエルドは死亡したと考えていた。
ケテルサンクチュアリの賢人たちがその所在を予測するまでは。
そして今回、ドラジュエルドは現世と幽世の狭間から復活をとげた。
本編でも語られたように、そのきっかけは奇跡の運命王レザエル・ヴィータ/奇跡の運命者レザエルによる《在るべき未来》の選択だったと考えられている。
レザエルは、アモルタの復活を心の底で望みながらも病と争いの無い平穏な世界を望んだ。
《在るべき未来》はそうしたレザエルの心の状態を正確に反映し、(ギアクロニクルの尺度から見れば比較的早期の)アモルタ生還に希望を残しつつ、病や争いの影が薄まった世界を現実化した。
そしてこの時、《在るべき未来》が選び取られた惑星クレイ世界に、膨大な運命力の奔流が注ぎ込んだ。
賢者たちの仮説ではあるが、この異常なほど豊かな「運命力の還流」こそが、狭間にあったドラジュエルドの存在も巻き込んでクレイに帰還させたのだとも考えられている。
魔宝真竜ドラジュエルド・イグニスとは、そうした運命力の流れから新たな力を得た老竜ドラジュエルドの姿であり、虹の魔竜一党やブルースなど、ごく限られた身内にはその気配はもっと以前から感じ取られていたのだという。
復帰したドラジュエルド──もともと無限の宿命者レヴィドラス同様に100億歳といわれる長寿であり、運命力の塊“虹の魔石”を貯蔵する者として隠然たる力を持つ──が、今後どのように惑星クレイ世界と運命力の均衡に影響を与えるのか。注目される所である。
ドラジュエルドと“虹の魔竜の地下迷宮”=虹の魔竜の塒については
→ユニットストーリー061「魔宝竜 ドラジュエルド」
ユニットストーリー069「フェストーソ・ドラゴン」を参照のこと。
業魔宝竜ドラジュエルド・マスクスが、ディアブロス“爆轟”ブルースの力を借り、自ら望んで惑星クレイ世界から消えた経緯については
→ユニットストーリー091龍樹篇「業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス」
ユニットストーリー092龍樹篇「マスク・オブ・ヒュドラグルム」を参照のこと。
なお、ドラジュエルドが龍樹侵攻の最終局面で重要な役割と言葉を残していることは
→ユニットストーリー118龍樹篇「武装焔聖剣 ストラヴェルリーナ」で見ることができる。
惑星クレイ世界における生と死の狭間に挑戦するゾルガの野望については
→ユニットストーリー113「万民の剣 バスティオン・アコード」
ユニットストーリー140「零の運命者 ブラグドマイヤー」
ユニットストーリー154「守護の宿命者 オールデン」を参照のこと。
時の運命者リィエル゠アモルタと聖竜ガブエリウスの消滅については
→ユニットストーリー164宿命決戦第13話「奇跡の運命王 レザエル・ヴィータ」を参照のこと。
奇跡の運命王レザエル・ヴィータが選んだ《在るべき未来》の選択と、現在までのその結果については
→ユニットストーリー164宿命決戦第13話「奇跡の運命王 レザエル・ヴィータ」
ユニットストーリー176朔月篇第1話「奇跡の運命者 レザエル VI」
ユニットストーリー180朔月篇第5話「奇跡の運命者 レザエル VII」
を参照のこと。
ドラジュエルドが失踪した後、その所在を賢人たちが予測していた事については
→ユニットストーリー093「天道の大賢者 ソルレアロン」を参照のこと。
ヴェルストラと、ノヴァグラップルスタジアムの売り子メイティーナについては
→ユニットストーリー172「エンディアリング・ベンダー メイティーナ」を参照のこと。
ブリッツ・インダストリーの「運命力導入プロジェクトチーム」結成とその成果については
→ユニットストーリー124「ブリッツチーフメカニック バートン」
ユニットストーリー131「標の運命者ヴェルストラ “ブリッツ・アームズ”」
ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡