ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
184 朔月篇第9話「樹角獣皇 マグノリア・パトリアーク」
ストイケイア
種族 ワイルドドラゴン

レティア大渓谷は冬の終わり。
日の出は遅く、弱い陽光がようやく地上を照らし始めたばかりだ。
だが冬と言っても、マグノリアの力によって、この地レティア大渓谷のほとんどは積雪もなく寒風も見られない。やがて来る春に備え、樹角獣の動きが活発となり、水が温み、草木は芽吹きの気配を帯びて、花も早いものは咲き始めている。
そんな生命の気配にあふれる風景の中をアルティサリアは飛行していた。凍える大気の中をただ真っ直ぐに。
“柩機”アイドルの右翼から、一人の天使が接近し、合流する。
そして声をかけた。
「任務は終わった?アルティサリア」
AngelicEcho ルミノエル。
リリカルモナステリオ学園所属の癒やし系天使アイドル。アルティサリアのサポートメンバーだ。天使である彼女も柩機同様、晩冬の空くらいの寒さが身に堪えることはない。
Illust:皐月深鈴
「完了しました。報告に向かう所です」
「よかった~、あなたが無事で!じゃあ、あの森に出た異界の“影”はぜーんぶ一人でやっつけちゃったんだ」
ルミノエルは微笑むと、柩機は少し間をおいてから答えた。
「ええ。あなたはクリスレイン様に随伴を命じられたの?護衛など必要ないのに」
「ううん、違うよ。この後にステージを控えている友だちを、私が迎えに来たかったの。しっかり見ていないとあなた、ちっとも休まないんだもん」
噂ではルミノエルの母は医者だという。名家の出身のためか、アルティサリアの無機質な反応を気に留めることもなく、優しく笑いかけている。
「そうね」と関心なさげなアルティサリア。
「そうだよ~。ところでこの飛行コースって、学園に戻るんじゃないよね?」
「……」
アルティサリアは答えず、前方に顔を向けたまま、少しスピードを増した。慌てて天使ルミノエルがそれに付き従う。
2人の先には、この一帯最大の峰があった。
そしてその頂には、王がいた。
すっくと立つその姿には威厳と内なる力と、そしてこの地の全てを擁する巨大な器が窺えた。
樹角獣皇マグノリア・パトリアーク。
レティア大渓谷の主である。
Illust:かわすみ

クレイの惑星域(惑星クレイの地底、地表、大気圏をまとめた呼称)に、異界の力が直接影響したり、干渉する者が出現する例は多くない。特に平時には。
よってズーガイア大陸の西方、レティア大渓谷付近で異界の“影”の目撃例があがったことは──宿命決戦が終わった後の惑星クレイ世界では──各国の防衛担当部門や有識者に驚きをもって捉えられたニュースだった。
惑星クレイと異界とはそれ程に(時空という意味で)大きく隔たった領域、というのが今までの共通認識であったので、これは運命大戦と宿命決戦のいわば副作用ではないかという推測や、またさらに先に奇跡の運命者レザエルが直面した月の門番ヴェイズルーグと『月の試練』にも関係があるのではないかという見解もあった。
いずれにしても、異界の“影”に対応するプロフェッショナルとは“柩機”である。
そして柩機の主神オルフィスト・レギス──龍樹侵攻終結以来、クレイへの接触が少なくなっていた柩機の長──が、戦士とアイドルの二刀流としてリリカルモナステリオにアルティサリアを派遣したこともまた、こうした事案と関係があるのではないか。
それは今、
「我がレティア大渓谷およびズーガイア大陸の脅威を排除してくれたことに感謝します。PolyPhonicOverDrive アルティサリア」
山頂に佇む樹角獣皇マグノリア・パトリアークが発した言葉でも裏付けられたようだ。
「我が主よりの命令を果たしたまでです」
アルティサリアは楽装を両脇に置きながら直立し、型としては完璧な、しかし熱意は微塵もない敬礼を返した。横で跪く天使ルミノエルが──世界に名高いマグノリア王に対して少し失礼ではないか、そもそも樹角獣皇マグノリア・パトリアークが直接外部の者に話しかけるなど聞いたこともない名誉ではないかと──気が気でない様子だが、アルティサリアもマグノリアも平然としている。
「あなたの声は森や生き物を傷つけることなく、影を排除することができる」
「そのための抜擢と心得ております」
アルティサリアは微動だにせず、球形マイクを戦闘機乗りがヘルメットを持つように携えて答えた。
Illust:へいろー
アルティサリアの言葉遣いは武人というフィルターを通して尚、少女としては時代がかっている。
慇懃、悪く取ればこれに無礼が伴う。だがそこがアイドルとして他と決定的に違う点であり、紛うことなく天然の──なにしろ彼女はリンクジョーカーであり精強な戦士なのだ──隙のなさに惹かれ、熱狂なファンを獲得しているのだ。
「つまり世界のために戦うのは任務のためだと」「そうです」
アルティサリアの言葉は即答すぎて、またそれがマグノリアであろうとクリスレインであろうと変わらないために、人によっては気になる所かもしれない。
「命がけですね」「舞台も部隊も変わりません」
「観客はあなたの命を脅かさないのでは」「アイドルにとって、見てもらえる側の期待に応えられないのは死と同じ」「なるほど」
王と柩機の対話をずっとはらはらしながら聞いていた天使ルミノエルは、ここではっと顔をあげた。ルミノエルが、どんなに連れない素振りをされてもアルティサリアのために何かしてあげたいと思うのは、彼女の生真面目さというか、強い責任感と高いプロ意識を本当に尊敬しているからなのだ。
「ところで私をどう思いますか」「失礼ながらご質問の意図をはかりかねます」
「あなたは課せられた義務のために一人で戦う」「その通りです」
「私もかつてはそうでした」「……」
「レティア大渓谷は樹角獣のいわば理想郷。この地の安寧のため本当に長い間、私はこの土地に外来者を入れることを拒んできました。彼が領域を越え、森に棲みついてこの地を探求し、良き友であり助言者、医師として我らを癒そうとしてくれるまでは。ザカット」
王の呼ぶ声に山の陰、雲の下から眼鏡を掛けた2足型の獣人が現れた。
「大渓谷の探究家C・K・ザカットと申します」
頭を垂れたザカットの自己紹介にアルティサリアは黙々と、ルミノエルは丁寧に返礼する。
「そして今日ここであなたがたに逢うと決めた時、彼らは同席すると言って譲りませんでした。ヴォルジャール、ラジッカ」
単角と枝角を持つ樹角獣が、それぞれ主の背後から姿を見せた。
招かれた客人に対しても油断なく目を光らせている。王の衛士というのはそういうものだ。
Illust:かわすみ
Illust:獣道
「彼らは確かに臣民の義務として、ここにいます。でも私に呼ばれなくても側に仕えてくれます」
「それはあなたが王だから、でしょう」
アルティサリアは少し考えてから答えた。
「でもあなたのお友達も、側にいてくれていますね」「アイドル活動を共にするサポートメンバーです」
いきなり自分のことを言われ、私?とびっくりするルミノエルをよそに、王と柩機の対話は続いていく。
「彼女は命令を受けて、ここに来たのですか。任務として」「いいえ。自発的に随伴してきたのです」
「では彼女は戦いに疲れたあなたを心配して駆けつけてくれたのでしょう」「そう言っていました」
「相手を慮り、労り、手を差し伸べること。美しい友情です」「……」
「学友としてメンバーとして友を思うこと、臣下として愛し愛されること、いずれも素晴らしいことだと思いませんか」
アルティサリアはその明晰さにも関わらず、沈黙を続け、やっと言葉を絞り出した。
「友情も愛情もパラメーターとして戦力に計算できません」
「情は数値ではありません。測れるものでも、意図して生まれるものでもない」
今度はマグノリア王が即答した。そして続けた。
「大事なのは互いを尊重すること」「……」
「だから私は一人で戦い続けることをやめました。臣下として友として、この地を治め、新しきを恐れず、豊かに生きる。皆と共に」「……」
「実は以前はこれほど語ることもありませんでした。古き友にも寂しい思いをさせたと思います」「……」
水晶玉の向こう、リリカルモナステリオの導きの塔で人魚クリスレインがそっと目頭を押さえた。
「あなたには既に仲間がいて、友として慕ってくれる者もいる。そうですね」
はいっ!天使ルミノエルはもう動揺することなく、胸を張って答えた。
「その鎖を解き、心を開きませんか。私も力になります」
アルティサリアは俯いた。
なぜ自分がここに寄って報告するよう導きの塔の主クリスレインに命じられたのか、なぜレティア大渓谷の異変に自分が呼ばれたのか、なぜ必要のない外出がルミノエルに認められたのか、そもそもなぜ自分を惑星クレイ世界に我が主オルフィストは派遣し二刀流としての任務を課したのか……リンクジョーカーとしての優れた状況把握と処理能力をもってしても、今は解決不可能だった。なぜなら“感情”は彼女のデータ要素として、まだあまりに蓄積不足だったから。
「ステージの開幕時間が迫っている」
アルティサリアは敬語さえ使わずに言い切ると、ほんの少し身を屈めた。その口調には今まで一度も無かった感情、苛立ちのようなものが現れていた。
「報告は終了。失礼します」
柩機は猛烈な速度で、いきなり後方の空に向かって上昇した。
ストイケイア公演のために上空に浮遊している空飛ぶクジラに向かって。
「アルティサリア!」
突然の退出と発進に、振り向いたルミノエルは文字通り仰天して後を追うことも忘れていたが、マグノリア王の手が自分の背を優しく押したことに気がついて感激し、ぴょこんと頭を下げて後を追った。
嘆息。
マグノリアとクリスレインが、それぞれ携えていた水晶玉越しに目線を交わした。
先日二人が語り合ったアルティサリアの対処、いや処方と言うべき試みは実らなかったようだ。
「ひとつ聞きたいことがある」
水晶玉から第三者の声が響いた。
「ブラグドマイヤー?」
クリスレインが驚く。レヴィドラスの頼みで傍聴は許可していたが、最も発言するはずがないと思っていた相手だったからだ。
「聞きたいことって何かしら」
クリスレインはすぐに気を取り直した。
ブラグドマイヤーに対しては、レヴィドラスとレザエルから報告を受け、自らも対話している。この世界に生まれて間もないブラグドマイヤーはあのアルティサリアに欠けている──自分たちが努力している──事について、何か直感を抱いているようであり、この点では自分の生徒に関わる大事を共有する不安はなかった。
だが、彼の次の言葉はクリスレインとマグノリア、そして傍から聞いている無限鱗粉のレヴィドラスさえ驚愕させた。
短い言葉。だがそれは誰にとっても完全に想定外のものだ。
「オレもアルティサリアの友になれないか」
Illust:DaisukeIzuka
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《今回の一口用語メモ》
レティア大渓谷の王マグノリア──エルダーとパトリアーク
マグノリアはズーガイア大陸西方、レティア大渓谷の主である。
レティア大渓谷の森や峡谷、山河は長い間、外来者を拒んできた。その結果、外の世界にこの地が知られるようになったのは天輪聖紀(黎明期)になってからのことだ。
それまでもまた発見されて以降も、マグノリアの力により望まれない侵入者は眠らされ、無力化され渓谷の中に立ち入ることはできなかった。
これが進化形としてのエルダーまで、つまり古きもの、長老として領土に君臨する孤高のマグノリアの時代と呼んでいいだろう。
その後、マグノリアは、封焔の巫女バヴサーガラと絶望の勢力に対しても一人で立ち向かい、これにほぼ完全に対抗することができた。ここから考察すると、マグノリアの存在自体は破壊と再生を掲げる《絶望》よりも、現在の世界と自然を愛し、より高めていきたいとする《希望》が本質なのだと考えられる。
だが龍樹侵攻では──おそらく龍樹が自然に属する力だった為かもしれないが──マスクスとなって龍樹側につき、その圧倒的な力でストイケイア国ズーガイア大陸を席巻した。
(オルフィスト同様)このマスクスとして龍樹の軍門に下ったことが、その後の版図の回復と保全、そして孤高から臣下や友との協調へと、マグノリアの意識を変える強い動機になったのは疑いない。
それを示すように、現在のマグノリアを示す「パトリアーク」とはその語感からも(エルダーよりも)統治者、臣下を束ねるリーダーとしての意味合いが強くなっている。
レティア大渓谷に関わるもの以外、つまり今回のアルティサリアについて、国土の防衛をリリカルモナステリオ所属の柩機アイドル アルティサリアに任せたこと。また(クリスレインが指摘した)彼女に欠けていると思われる点について助言や説得、自らの体験を伝えること。いずれもかつての孤高であった“エルダー”マグノリアからでは想像しづらく、こうした点からも、マグノリア自身が惑星クレイ世界の移り変わりや運命力の均衡と無縁ではなく、着実に変化・成長を続けていると言えるかもしれない。
PolyPhonicOverDrive アルティサリアについては
→ユニットストーリー179「PolyPhonicOverDrive アルティサリア」を参照のこと。
アルティサリアのサポートメンバーについては
→世界観──ライドライン解説「六王院スズネ」も参照のこと。
樹角獣王マグノリアと樹角獣、C・K・ザカットについては
→ユニットストーリー017「樹角獣 ダマイナル」
ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」
ユニットストーリー053「大渓谷の探究家 C・K・ザカット」
ユニットストーリー109「厄災の樹角獣王 マグノリア・マスクス」
および
世界観──ライドライン解説「大倉メグミ」
世界観コラム──セルセーラ秘録図書館「樹角獣」
を参照のこと。
マグノリアが治めるレティア大渓谷の、それまでの鎖国から開放に向けての動きについては、宿命決戦の真っ只中である頃のエピソード
→ユニットストーリー152「無限の宿命者 レヴィドラス」《今回の一口用語メモ》
動物学者/大渓谷の探究家C・K・ザカットの解説でも触れられている。
樹角獣皇 マグノリア・パトリアークの臣下、マグノリア自身の変化については
→世界観──ライドライン解説「大倉メグミ」の新ライドラインも参照のこと。
マグノリアに寄り添うリアノーン、セラス、バヴサーガラについては
→ユニットストーリー111「強欲魔竜王 グリードン・マスクス」本文、ブルースの言葉として触れられている。なお当時、マグノリア・マスクスに一撃を与えて正道に立ち返らせたブルースだが、当のマグノリアには(この時は少々)恨まれたという事情がある。
マグノリアとバヴサーガラ(人間の身体と自我を持つに至ったリノリリ)の交わりについては
→ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」を参照のこと。
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日の出は遅く、弱い陽光がようやく地上を照らし始めたばかりだ。
だが冬と言っても、マグノリアの力によって、この地レティア大渓谷のほとんどは積雪もなく寒風も見られない。やがて来る春に備え、樹角獣の動きが活発となり、水が温み、草木は芽吹きの気配を帯びて、花も早いものは咲き始めている。
そんな生命の気配にあふれる風景の中をアルティサリアは飛行していた。凍える大気の中をただ真っ直ぐに。
“柩機”アイドルの右翼から、一人の天使が接近し、合流する。
そして声をかけた。
「任務は終わった?アルティサリア」
AngelicEcho ルミノエル。
リリカルモナステリオ学園所属の癒やし系天使アイドル。アルティサリアのサポートメンバーだ。天使である彼女も柩機同様、晩冬の空くらいの寒さが身に堪えることはない。

「完了しました。報告に向かう所です」
「よかった~、あなたが無事で!じゃあ、あの森に出た異界の“影”はぜーんぶ一人でやっつけちゃったんだ」
ルミノエルは微笑むと、柩機は少し間をおいてから答えた。
「ええ。あなたはクリスレイン様に随伴を命じられたの?護衛など必要ないのに」
「ううん、違うよ。この後にステージを控えている友だちを、私が迎えに来たかったの。しっかり見ていないとあなた、ちっとも休まないんだもん」
噂ではルミノエルの母は医者だという。名家の出身のためか、アルティサリアの無機質な反応を気に留めることもなく、優しく笑いかけている。
「そうね」と関心なさげなアルティサリア。
「そうだよ~。ところでこの飛行コースって、学園に戻るんじゃないよね?」
「……」
アルティサリアは答えず、前方に顔を向けたまま、少しスピードを増した。慌てて天使ルミノエルがそれに付き従う。
2人の先には、この一帯最大の峰があった。
そしてその頂には、王がいた。
すっくと立つその姿には威厳と内なる力と、そしてこの地の全てを擁する巨大な器が窺えた。
樹角獣皇マグノリア・パトリアーク。
レティア大渓谷の主である。


クレイの惑星域(惑星クレイの地底、地表、大気圏をまとめた呼称)に、異界の力が直接影響したり、干渉する者が出現する例は多くない。特に平時には。
よってズーガイア大陸の西方、レティア大渓谷付近で異界の“影”の目撃例があがったことは──宿命決戦が終わった後の惑星クレイ世界では──各国の防衛担当部門や有識者に驚きをもって捉えられたニュースだった。
惑星クレイと異界とはそれ程に(時空という意味で)大きく隔たった領域、というのが今までの共通認識であったので、これは運命大戦と宿命決戦のいわば副作用ではないかという推測や、またさらに先に奇跡の運命者レザエルが直面した月の門番ヴェイズルーグと『月の試練』にも関係があるのではないかという見解もあった。
いずれにしても、異界の“影”に対応するプロフェッショナルとは“柩機”である。
そして柩機の主神オルフィスト・レギス──龍樹侵攻終結以来、クレイへの接触が少なくなっていた柩機の長──が、戦士とアイドルの二刀流としてリリカルモナステリオにアルティサリアを派遣したこともまた、こうした事案と関係があるのではないか。
それは今、
「我がレティア大渓谷およびズーガイア大陸の脅威を排除してくれたことに感謝します。PolyPhonicOverDrive アルティサリア」
山頂に佇む樹角獣皇マグノリア・パトリアークが発した言葉でも裏付けられたようだ。
「我が主よりの命令を果たしたまでです」
アルティサリアは楽装を両脇に置きながら直立し、型としては完璧な、しかし熱意は微塵もない敬礼を返した。横で跪く天使ルミノエルが──世界に名高いマグノリア王に対して少し失礼ではないか、そもそも樹角獣皇マグノリア・パトリアークが直接外部の者に話しかけるなど聞いたこともない名誉ではないかと──気が気でない様子だが、アルティサリアもマグノリアも平然としている。
「あなたの声は森や生き物を傷つけることなく、影を排除することができる」
「そのための抜擢と心得ております」
アルティサリアは微動だにせず、球形マイクを戦闘機乗りがヘルメットを持つように携えて答えた。

アルティサリアの言葉遣いは武人というフィルターを通して尚、少女としては時代がかっている。
慇懃、悪く取ればこれに無礼が伴う。だがそこがアイドルとして他と決定的に違う点であり、紛うことなく天然の──なにしろ彼女はリンクジョーカーであり精強な戦士なのだ──隙のなさに惹かれ、熱狂なファンを獲得しているのだ。
「つまり世界のために戦うのは任務のためだと」「そうです」
アルティサリアの言葉は即答すぎて、またそれがマグノリアであろうとクリスレインであろうと変わらないために、人によっては気になる所かもしれない。
「命がけですね」「舞台も部隊も変わりません」
「観客はあなたの命を脅かさないのでは」「アイドルにとって、見てもらえる側の期待に応えられないのは死と同じ」「なるほど」
王と柩機の対話をずっとはらはらしながら聞いていた天使ルミノエルは、ここではっと顔をあげた。ルミノエルが、どんなに連れない素振りをされてもアルティサリアのために何かしてあげたいと思うのは、彼女の生真面目さというか、強い責任感と高いプロ意識を本当に尊敬しているからなのだ。
「ところで私をどう思いますか」「失礼ながらご質問の意図をはかりかねます」
「あなたは課せられた義務のために一人で戦う」「その通りです」
「私もかつてはそうでした」「……」
「レティア大渓谷は樹角獣のいわば理想郷。この地の安寧のため本当に長い間、私はこの土地に外来者を入れることを拒んできました。彼が領域を越え、森に棲みついてこの地を探求し、良き友であり助言者、医師として我らを癒そうとしてくれるまでは。ザカット」
王の呼ぶ声に山の陰、雲の下から眼鏡を掛けた2足型の獣人が現れた。
「大渓谷の探究家C・K・ザカットと申します」
頭を垂れたザカットの自己紹介にアルティサリアは黙々と、ルミノエルは丁寧に返礼する。
「そして今日ここであなたがたに逢うと決めた時、彼らは同席すると言って譲りませんでした。ヴォルジャール、ラジッカ」
単角と枝角を持つ樹角獣が、それぞれ主の背後から姿を見せた。
招かれた客人に対しても油断なく目を光らせている。王の衛士というのはそういうものだ。


「彼らは確かに臣民の義務として、ここにいます。でも私に呼ばれなくても側に仕えてくれます」
「それはあなたが王だから、でしょう」
アルティサリアは少し考えてから答えた。
「でもあなたのお友達も、側にいてくれていますね」「アイドル活動を共にするサポートメンバーです」
いきなり自分のことを言われ、私?とびっくりするルミノエルをよそに、王と柩機の対話は続いていく。
「彼女は命令を受けて、ここに来たのですか。任務として」「いいえ。自発的に随伴してきたのです」
「では彼女は戦いに疲れたあなたを心配して駆けつけてくれたのでしょう」「そう言っていました」
「相手を慮り、労り、手を差し伸べること。美しい友情です」「……」
「学友としてメンバーとして友を思うこと、臣下として愛し愛されること、いずれも素晴らしいことだと思いませんか」
アルティサリアはその明晰さにも関わらず、沈黙を続け、やっと言葉を絞り出した。
「友情も愛情もパラメーターとして戦力に計算できません」
「情は数値ではありません。測れるものでも、意図して生まれるものでもない」
今度はマグノリア王が即答した。そして続けた。
「大事なのは互いを尊重すること」「……」
「だから私は一人で戦い続けることをやめました。臣下として友として、この地を治め、新しきを恐れず、豊かに生きる。皆と共に」「……」
「実は以前はこれほど語ることもありませんでした。古き友にも寂しい思いをさせたと思います」「……」
水晶玉の向こう、リリカルモナステリオの導きの塔で人魚クリスレインがそっと目頭を押さえた。
「あなたには既に仲間がいて、友として慕ってくれる者もいる。そうですね」
はいっ!天使ルミノエルはもう動揺することなく、胸を張って答えた。
「その鎖を解き、心を開きませんか。私も力になります」
アルティサリアは俯いた。
なぜ自分がここに寄って報告するよう導きの塔の主クリスレインに命じられたのか、なぜレティア大渓谷の異変に自分が呼ばれたのか、なぜ必要のない外出がルミノエルに認められたのか、そもそもなぜ自分を惑星クレイ世界に我が主オルフィストは派遣し二刀流としての任務を課したのか……リンクジョーカーとしての優れた状況把握と処理能力をもってしても、今は解決不可能だった。なぜなら“感情”は彼女のデータ要素として、まだあまりに蓄積不足だったから。
「ステージの開幕時間が迫っている」
アルティサリアは敬語さえ使わずに言い切ると、ほんの少し身を屈めた。その口調には今まで一度も無かった感情、苛立ちのようなものが現れていた。
「報告は終了。失礼します」
柩機は猛烈な速度で、いきなり後方の空に向かって上昇した。
ストイケイア公演のために上空に浮遊している空飛ぶクジラに向かって。
「アルティサリア!」
突然の退出と発進に、振り向いたルミノエルは文字通り仰天して後を追うことも忘れていたが、マグノリア王の手が自分の背を優しく押したことに気がついて感激し、ぴょこんと頭を下げて後を追った。
嘆息。
マグノリアとクリスレインが、それぞれ携えていた水晶玉越しに目線を交わした。
先日二人が語り合ったアルティサリアの対処、いや処方と言うべき試みは実らなかったようだ。
「ひとつ聞きたいことがある」
水晶玉から第三者の声が響いた。
「ブラグドマイヤー?」
クリスレインが驚く。レヴィドラスの頼みで傍聴は許可していたが、最も発言するはずがないと思っていた相手だったからだ。
「聞きたいことって何かしら」
クリスレインはすぐに気を取り直した。
ブラグドマイヤーに対しては、レヴィドラスとレザエルから報告を受け、自らも対話している。この世界に生まれて間もないブラグドマイヤーはあのアルティサリアに欠けている──自分たちが努力している──事について、何か直感を抱いているようであり、この点では自分の生徒に関わる大事を共有する不安はなかった。
だが、彼の次の言葉はクリスレインとマグノリア、そして傍から聞いている無限鱗粉のレヴィドラスさえ驚愕させた。
短い言葉。だがそれは誰にとっても完全に想定外のものだ。
「オレもアルティサリアの友になれないか」

了
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《今回の一口用語メモ》
レティア大渓谷の王マグノリア──エルダーとパトリアーク
マグノリアはズーガイア大陸西方、レティア大渓谷の主である。
レティア大渓谷の森や峡谷、山河は長い間、外来者を拒んできた。その結果、外の世界にこの地が知られるようになったのは天輪聖紀(黎明期)になってからのことだ。
それまでもまた発見されて以降も、マグノリアの力により望まれない侵入者は眠らされ、無力化され渓谷の中に立ち入ることはできなかった。
これが進化形としてのエルダーまで、つまり古きもの、長老として領土に君臨する孤高のマグノリアの時代と呼んでいいだろう。
その後、マグノリアは、封焔の巫女バヴサーガラと絶望の勢力に対しても一人で立ち向かい、これにほぼ完全に対抗することができた。ここから考察すると、マグノリアの存在自体は破壊と再生を掲げる《絶望》よりも、現在の世界と自然を愛し、より高めていきたいとする《希望》が本質なのだと考えられる。
だが龍樹侵攻では──おそらく龍樹が自然に属する力だった為かもしれないが──マスクスとなって龍樹側につき、その圧倒的な力でストイケイア国ズーガイア大陸を席巻した。
(オルフィスト同様)このマスクスとして龍樹の軍門に下ったことが、その後の版図の回復と保全、そして孤高から臣下や友との協調へと、マグノリアの意識を変える強い動機になったのは疑いない。
それを示すように、現在のマグノリアを示す「パトリアーク」とはその語感からも(エルダーよりも)統治者、臣下を束ねるリーダーとしての意味合いが強くなっている。
レティア大渓谷に関わるもの以外、つまり今回のアルティサリアについて、国土の防衛をリリカルモナステリオ所属の柩機アイドル アルティサリアに任せたこと。また(クリスレインが指摘した)彼女に欠けていると思われる点について助言や説得、自らの体験を伝えること。いずれもかつての孤高であった“エルダー”マグノリアからでは想像しづらく、こうした点からも、マグノリア自身が惑星クレイ世界の移り変わりや運命力の均衡と無縁ではなく、着実に変化・成長を続けていると言えるかもしれない。
PolyPhonicOverDrive アルティサリアについては
→ユニットストーリー179「PolyPhonicOverDrive アルティサリア」を参照のこと。
アルティサリアのサポートメンバーについては
→世界観──ライドライン解説「六王院スズネ」も参照のこと。
樹角獣王マグノリアと樹角獣、C・K・ザカットについては
→ユニットストーリー017「樹角獣 ダマイナル」
ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」
ユニットストーリー053「大渓谷の探究家 C・K・ザカット」
ユニットストーリー109「厄災の樹角獣王 マグノリア・マスクス」
および
世界観──ライドライン解説「大倉メグミ」
世界観コラム──セルセーラ秘録図書館「樹角獣」
を参照のこと。
マグノリアが治めるレティア大渓谷の、それまでの鎖国から開放に向けての動きについては、宿命決戦の真っ只中である頃のエピソード
→ユニットストーリー152「無限の宿命者 レヴィドラス」《今回の一口用語メモ》
動物学者/大渓谷の探究家C・K・ザカットの解説でも触れられている。
樹角獣皇 マグノリア・パトリアークの臣下、マグノリア自身の変化については
→世界観──ライドライン解説「大倉メグミ」の新ライドラインも参照のこと。
マグノリアに寄り添うリアノーン、セラス、バヴサーガラについては
→ユニットストーリー111「強欲魔竜王 グリードン・マスクス」本文、ブルースの言葉として触れられている。なお当時、マグノリア・マスクスに一撃を与えて正道に立ち返らせたブルースだが、当のマグノリアには(この時は少々)恨まれたという事情がある。
マグノリアとバヴサーガラ(人間の身体と自我を持つに至ったリノリリ)の交わりについては
→ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡