ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

「我は水。柔にして剛なるもの」
口上と共に鋭く両剣が振るわれると、波立った湖面から水が刃の軌跡を描くように巻き上がり、そして散る。
一瞬の停滞もなく斬り、払い、突く。仮想の敵を。
最後の、そして渾身の袈裟斬りが決まると洞穴は静寂に包まれた。
「よし」
短い、しかし重々しい声が届くとティアードラゴンは剣を背後に収め、彼の師に向かって跪いた。
「お師匠様」
エルーディング・ドラゴン。
ここ東洋の地底湖を修行の場とするティアードラゴンである。
師匠としてその礼を受けたのは“無双”ヴァルガ・ドラグレス。
武道における「試し」、いわゆる稽古見である今だけは、いつも師の側に控える熱気の刃アルダートと轟炎獣カラレオルも兄弟子に遠慮し、洞穴の外で呼ばれるのを待っている。
「此の水すべてを自在とするまで、これからも励め」「有り難うございます」
ヴァルガは弟子が自ら探求し工夫し学ぶことを促す厳しい師匠であり、滅多なことで次の課題を示したりはしない。つまりこれは称賛と激励なのだ。水の剣士竜は喜悦にうち震え、さらなる修行への決意を固めた。
「エルーディング」「はっ」
ヴァルガはわずかに振り返るような様子を見せると、高弟にひと声かけて立ちあがった。
「少し外してくれ」
師の言葉は絶対である。エルーディング・ドラゴンはもう一度頭を垂れると、理由を聞き返すこともなく弟弟子たちが待つ洞穴の表へと速やかに立ち去った。
完全に周囲の音が消えるのを待ち、ヴァルガの口が開かれた。
「では、ついに俺も呼ばれたのだな」
しかしその呼びかけは一体、誰に向けられたものなのだろう。地底湖のほとりには他に誰の姿もない。
「答えよ。わざわざ人払いしたのだ」
『さすがは無双の運命者』
声は、洞穴そのものが発したかのようだった。
「待ちくたびれたぞ」『では知っていたのか』
「何をだ」
ヴァルガは無言で両刀を持ち上げた。
『月の試練が次に選ぶのは、君だと。ヴァルガ・ドラグレス』

目を開けると、そこは巨大なクレーターの中心だった。
月面は昼。
頭上にはクレイを囲む巨大な惑星たちの姿が浮かんでいるが、地表の強い照り返しのため、本来は見えるはずの広大な星空は漆黒の闇に紛れてしまっている。
「驚かないのだな。君なら耐えられると考えて、今回は直接引き寄せたのだが」
背後を振り向くとヴェイズルーグが立っていた。ヴァルガは友から聞いていた通りの風貌から、彼が月の門番なのだとわかった。ヴェイズルーグのはるか後方にはムーンキーパー3名の姿も見える。月の門の力によって試練の挑戦者は月面での活動を保証されるのだ、というレザエルの説明を思い出した。
「いや驚いた」
ヴァルガは月面の砂地に腰を下ろし、目前の空高くに浮かび上がる惑星クレイに向き合っていた。
よいと言うまで目を閉じていてくれ。少し眩暈がするかもしれないがというヴェイズルーグの指示に、ヴァルガは逆らわず座禅を組んで従ったのだ。
「見事なものだ。虚空に青く輝く俺の故郷の姿は」
「なるほど。ヴァルガ・ドラグレスは当代一の芸術家だと聞いていたが、驚かされるのはこちらの方だったか」
月の門番は泰然自若たる剣士の振る舞いに、むしろ感心しているようだった。
敵の布陣を見下ろしながら茶を点てる武将の如く、ヴァルガには風雅な佇まいと器量と、その双剣をもって戦場すべてを圧倒する凄みがあった。
「この未知の状況に置かれてなお、空の美しさに心を開く余裕を持てるとはな。無双の剣士よ」
「ある人に教えられたのだ。俺が目指す“無双”とは個として秀でることだけではなく、世界の大きさに向き合ってなお己が成すべき事を見失わぬ強さでもあると。剣鬼の道に堕ちることなく、今日まで修行に邁進できたのは彼女のおかげだ。その意味においては、己個人の願いと在るべき未来との間で悩む我が友レザエルのことも他人事ではない」
「レザエル。彼も先日はよく戦った。そして君が言うある人とは時の運命者リィエル゠アモルタのことだな」
「そうだ。あの宿世の恋人たちが俺に羅刹をも呑み込む生き方を示し、 目を覚まさせてくれた」
「そうした出会いは得がたいものだ。何年生きたとしても滅多に巡り逢うことがないような。……我もまた」
出会いとはヴァルガとレザエルのことか、あるいはアモルタのことか。いずれにしてもこれまでとは明らかに違う月の門番の口調に何を感じたのか、剣士は起き上がりヴェイズルーグに向き直った。
「さて脅威についてだが、月の門番ヴェイズルーグよ。呼ばれる時が来たならば、まずお前たちの目的を問おうと決めていた」
「そうか。そうだろうな」
「月の門番とムーンキーパーなる者たちがもし、惑星クレイに害を成すのならば俺と俺の剣が阻む。お前たちは敵か、味方か。狙いは何だ」
ヴァルガの問いに、ヴェイズルーグは微動だにしなかった。
「我は月の門番であり試練を課す者。故に今は、何も伝えることができない。だが、これだけは言える」
「……」
「心置きなく挑むがいい。求める答えも新たな力も、月の門の先に待っている。他の挑戦者と同様に」
空はまた烏輪の幻真獣レヴノローグの群れに埋め尽くされつつあった。
「それだけ聞けば充分だ」
始めよう。剣士ヴァルガの身体が闘気に膨れ上がると、その姿は無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”となった。
羅刹は光と闇の炎に燃える両の剣を低く構えた。
──!!
常人ならば刀にかける手すら見えなかっただろう。
だが、神速の抜き打ちで放ったヴァルガの両刀は、ヴェイズルーグの両掌──そこにはあの月の門の紋章が輝いている──に掴み取られていた。
「やるな。しかもこれは様子見か」とヴァルガ。
「そちらもな。そうだ。わざと受けた。芸術と愛を解し、羅刹をも己がものとする無双の剣がどの様なものか」
!──!
月面の希薄な大気を衝撃波が二度、揺らした。
剣を突き放したヴェイズルーグが、その掌から放ったエネルギー波。ヴァルガは体捌きだけで避けたものの、直撃を受け爆発的に高く湧きあがった月の砂がこの反撃の恐ろしさを伝えていた。しかしなぜレザエルには下さなかった攻撃の手を、ヴェイズルーグはヴァルガに放ったのだろう。先の会話の中の何かが、彼の心を奮い立たせたのか。
「いいぞ。ここからが月の試練だ、ヴァルガ・ドラグレス」

ヴェイズルーグは月の門の紋章が輝く両の掌を空高く差し上げ、招いた。
「汝、我が声聞こえるならば呼応せよ。二つ目の祖にして、導きの王と成りし幻想……世界を震わす真なる獣」
月の門の中心部に、渦を巻くような空間の歪みが生じる。
世界震わす、無辺の蜷局。
出現したそれは、長く強靭な胴体を持つものだった。
「第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムス!」
門から月面に降り来たった震界蛇王ガルズオルムスは咆哮も威嚇もなく、空中からヴァルガを睥睨していた。
レザエルの相手を務めた第一の幻真獣 天戒牙狼ロズトニルとは違う。
剣士が思考したのはほんの刹那。
月の弱い重力を利用してヴァルガは、一気に距離を詰めた。
ガルズオルムスが青白い雷撃で迎撃する。
「退かぬ」
ヴァルガはX字に構えた二刀で受け、払い除けた。
「届け!」
右の光、左の闇。両の剣によるヴァルガ必殺の突きが繰り出される。
だが……
それを阻んだのは烏輪の幻真獣レヴノローグの群れだった。
視界が黒く閉ざされたが、ヴァルガは敵との間に厚い壁となって立ち塞がる烏レヴノローグを斬って斬って斬りまくる。
白い月面に黒い羽根が散り落ちてきた。それはヴァルガ“羅刹”の奮闘の結果だ。だが──
「無辺には至らず」
ムーンキーパーらと共に、月面で戦いを見守っていた月の門番は呟いた。
レヴノローグの群れに血路を開いたヴァルガ“羅刹”の前に待ち構えていたのは、今度こそ渾身の力をこめて今、雷撃を放たんとする震界蛇王ガルズオルムスの姿だった。
「それは、我が幻真獣最強の一角。第二の祖にして、竜と成りし蛇」
「ぐぅっ!」
ヴァルガはそれでも最後の力を振り絞り、第二の幻真獣との距離を詰めようとする。
だが、最初の跳躍には彼に弱い重力として力を貸した月が、今度は薄い大気として彼の翼の揚力を妨げた。
(思うほどに飛べぬか?!)
「放て、ガルズオルムス」
重々しい命令とともに先程とは比べものにならない程の、強力な雷撃がヴァルガを打ち、弾き、そして羅刹は月面に墜ちた。

目を開けると、岩盤の天井が見えた。では戻されたのか、惑星クレイに。
「我、力及ばず」
ヴァルガ“羅刹”は横たわったまま呟いた。
『そうでもない』
「まだいたとはな」
ヴァルガは意外そうに姿なき月の門番ヴェイズルーグに返答した。
『もう少し話したいことがある』
「敗軍の将、兵を語らずというが……ただ、弟子の前に無様な様を見せずに済ませてくれたのは感謝する」
『こちらではそれほど時間が経っていないはずだ、無双の剣士』
「話したいこととは何か」
剣士にとって敗北とは(生き残ってさえいれば)すなわち次の勝利への研究材料である。勝者は結果という実を得て速やかに去るというのがヴァルガの考え方だ。
『伝えたい事と、伝えてほしい事がある』
「うむ」
ヴァルガは本来の姿に戻り、起き上がり再び結跏趺坐となって声に向き合った。
『伝えてほしい事とは、レザエル宛てのものだ』
「だろうと思った」
『彼には、近く第二の試練の機会が与えられるだろう』
「確かに伝えよう。試練が一度きりではないというのは、俺にとっても励みとなる知らせだ」
『挫けない挑戦者にのみ道は開かれる。それが月の試練だ』
「鍛練か」
『……』
「俺の知りたかった答えの一つはこれではないか。お前と月の門は強き者を選び、“鍛練”しているようだ」
『我には答えられない』
「だろうな。それでもう一つの“伝えたい事”とは」
『君は秘密を守れるか、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス』
「口は堅い、と言われている」
『君は言ったな。個として秀でるだけではなく、世界の大きさに向き合ってなお己が成すべき事を見失わぬ強さを追求するのだと』
「あぁ。アモルタの教えだ」
『ではその意にも沿うと思う。君を見込んでの事だ。心して聞いてほしい』
「よかろう」

修行場に弟子たち、アルダート、カラレオル、エルーディング・ドラゴンが戻った時、師ヴァルガは既に立ちあがり、洞穴の奥の闇を見つめていた。
「お師匠様、何か」
ただならぬ様子に、アルダートが恐る恐る声をかける。独りで型の稽古をしているくらいに考えていたのだが、師匠の身体に残る傷や漂う闘気からして、ここで(あるいはここではない何処かで)起こった事はそんな程度のものではないようだ。
「いいや。何でもない」
「でも……」
まだ何か言いかけるアルダートを手で制して、師匠は歩き出した。洞穴の外へ。新たな挑みへと。
「どちらへ?お師匠様」
アルダートの問いに師は背中で答えた。
今日の試練についてはもう振り返ることもない。彼は無双の剣士なのだから。
「修行だ。今度は長くなるかもしれぬ」
了
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
月の門番ヴェイズルーグの目的について──ブラントゲート宇宙軍情報部、臨時報告書より
関係各位
現在、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの証言とあわせて情報分析中で、取り急ぎの報告となってしまうものの、案件の重要度からあらかじめ共有するものである。
下記は今回判明した中から、おそらく事実に近いものを抜粋したものである。
現在、第1の月および月軌道に出現している「月の門」、「ムーンキーパー」、「月の門番ヴェイズルーグ」について。
以下、便宜上まとめてムーンキーパーと呼ぶ。
①彼らムーンキーパーは惑星クレイの強者、月の門が選びし者を呼び寄せて「月の試練」に挑ませている。
②奇跡の運命者レザエルに続いて選ばれたのは、
無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス/無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”。
③月の門番ヴェイズルーグは「月の試練」のいわば試験官のような立場らしい。
④挑戦者の召喚は、ムーンキーパーを使者とした前回レザエルの時に比べ、
今回のヴァルガは(声だけとはいえ)ヴェイズルーグが直接接触している。
往復の時間を短縮させるためか、ヴェイズルーグが惑星クレイ上で
使える力と範囲を強めているのか。いずれにしても理由はまだ不明である。
⑤我々、宇宙防衛を担うものとして最大の関心事であるが、
ムーンキーパーと月の門、「月の試練」の狙いとは──ヴァルガの得た感触によれば──
どうやら“何らかの目的のために強者をさらに鍛える”ことにあるらしい。
侵略でも同化でも変革でも洗脳でもないのだとすると、歴代の惑星クレイに接触してきた種族としては
かなり変わった部類の来訪者となるだろう。
報告は以上。
無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスへの事情聴取はリモートで終了しており、情報と推察の提供にも協力的であった。ヴァルガ氏はこの後、直接面談する必要があるとのことで奇跡の運命者レザエルとも接触するという。
ただ一点気になるのが、同氏が惑星クレイに帰還した後にもまたヴェイズルーグの“声”と対話したというのだが、その内容については(月の門番ヴェイズルーグとムーンキーパーの目的の推察に参考になりそうなものを除くと)一部に留まり、他の──ヴェイズルーグからヴァルガ宛てに伝えられた内容について──は「個人的なこと」として明かしてもらえなかった事だ。
今後、運命者と宿命者のネットワーク内で真実が共有されることを願っている。
月の門番ヴェイズルーグ、月の門、ムーンキーパーについては
→ユニットストーリー176 朔月篇第1話「奇跡の運命者 レザエル VI」
ユニットストーリー177 朔月篇第2話「月の門番 ヴェイズルーグ」を参照のこと。
ヴァルガとシヴィルトの精神汚染、リィエル゠アモルタとガブエリウスについては
→ユニットストーリー160 宿命決戦第9話「時の宿命者 リィエル゠オディウム II 《最後に立つ者》」
ユニットストーリー163 宿命決戦第12話「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
ユニットストーリー164 宿命決戦第13話「奇跡の運命王 レザエル・ヴィータ」
を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡