ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
187 朔月篇第12話「零から歩む者 ブラグドマイヤー・ネクサス」
ダークステイツ
種族 デーモン

零の虚の内部は音も無く、ただゆっくりと瘴気が渦を巻いていた。
周りは白い闇。地平も空も見渡すかぎりの闇だ。
ダークステイツなどに垂れこめる瘴気は本来、スモッグの様に空を暗くするものだが、この運命力の大気は純粋すぎて光を淀ませる濁りすら無いのだ。
「何も感じない。来るべきではなかった」
アルティサリアはぽつりと呟いた。
「ここは無の世界。何もない」
「いや存在する。零が」
ブラグドマイヤーはそう言うと闇の向こう、今はまだ何も見えない前方を指し示した。もう片方の腕はアルティサリアを支えるようにそっと差し伸べられている。彼女には触れず、それでもその背後を護りながら、促す。友として礼に適った仕草だった。
「見せたいものがある。行こう」
「気づかいは無用です」
サイバロイドの少女はエスコートを振り切って歩き出した。
「私、一人でできますから」
悪魔はしばらくその背中を見つめ、結局黙ったまま跡を追った。
Illust:DaisukeIzuka
──第3回運命者、宿命者合同リモート会議
出席者:
奇跡の運命者レザエル、大望の翼ソエル
無限の宿命者レヴィドラス
無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス、熱気の刃アルダート
レザエル「前回までで方針は決まったと思うので、今回は参加者をしぼらせてもらった」
レヴィドラス「あぁ。放っておくと標の運命者(ヴェルストラ)ばかり喋っているからな。私とレザエルは運命王、宿命王として、ヴァルガは2つの世界の運命力を一度は集めた身だ。本来ならばここにリィエル゠アモルタがいればとは思うが、お付きも含め、この件についての最終調整会議としてふさわしい顔触れといえるだろう。不満はないよ、運命王レザエル。オディウムは相当ごねただろうが」
レザエル「ご理解いただけて有り難い。今回オディウムには退いてもらった。言うまでもなく彼女は賢明だが、2人への思い入れの強さと(この世界での)年齢が近すぎると判断した」
ヴァルガ「それにしても、両者の接触についてクリスレインの許可が下りるとは思わなかった」
レヴィドラス「同感だ。付き合いの長い私でさえ意外だった。まぁあのアルティサリアに『公認の悪魔の友人ができた』というのは──ギャンブルではあるが──プラスな芸能ニュースにはなりそうだが。オディウムとはまた違った意味で、振り向かずにはいられない少女である訳だし」
レザエル「理由については前回、クリスレイン本人が言っていた通りなのではないか。うまく行けばブラグドマイヤー、アルティサリア双方にとって良い影響があると期待している。マグノリア王の助言もあったようだ」
レヴィドラス「私としては“うまく行かなかった”場合のほうが心配だ。不安定だからな、2人とも。バランスがとれれば良いが、さて」
ヴァルガ「均衡といえば秤の宿命者の意見はどうなのだ」
レザエル「『若者が友情を育むのに水を差したくない。よってノーコメント』だそうだ」
レヴィドラス「ほう。さすがのデリカシーだな、アルグリーヴラ。無双の剣士としても同意見かな?」
ヴァルガ「柩機と悪魔。種族が異なる2人になにか共感できるものがあるならば、今後の成長に悪いことはない。我々のことを省みれば、天使と火竜という弟子同士の絆が、師である俺とレザエルの人生まで良い影響を与えてくれていることも事実なのだから」
レザエル「ヴァルガの言うとおりだと思う。とはいえ、零の虚とブラグドマイヤーについては私自身にも深い関わりと責任を感じている」
ヴァルガ「……」
レヴィドラス「……」
レザエル「クリスレイン、そしてオルフィスト卿の後見を得て私は引き続き、零の虚の近くで監視を続ける。何か変化があれば逐一報告する」
ヴァルガ「承知」
レヴィドラス「頼んだぞ、運命王。我が無限鱗粉といえども零の虚の中は見透すことができない。口惜しいが」
レザエル「それで思い出したのだが、この挑みの直前、つい先程ブラグドマイヤーから君に伝言があったのを忘れていた、宿命王。あの時、たぶん聴き取れていなかったのではないか」
レヴィドラス「そうだ。虚に入る前、何か言っておったな。何だったのだ」
レザエル「『ジジイもたまに立ち聞きできぬ事があるのも一興だろう』と」
レヴィドラス「……あの小僧」
レザエル「あれはまだ子供のようなものだ。私が代わりに謝ろう。口が悪いのはどうか許してやってほしい」
レヴィドラス「ふむ」
ヴァルガ「……」
レザエル「では水晶玉の接続を切る。参加を感謝する、ヴァルガ、レヴィドラス」
Illust:へいろー
──零の虚の中、現在
「なぜ来てくれた。ここに」
「私が望んだのではありません」
背後からのブラグドマイヤーの問いに、無表情のアルティサリアは前を向き歩き続けながら答える。
「クリスレイン様より公演の合間に外出許可をいただき、我が主オルフィスト様からの命令に従ったまでです。『零の運命者ブラグドマイヤーと接触せよ』と」
「だがオレが君を、零の虚で包み、この中へ移動させた時にも抵抗しなかった」
リィエル華廟の外れで待っていたブラグドマイヤーは挨拶もそこそこに、連れて行きたい所があるとだけ説明して、アルティサリアの頭、リンクジョーカーの輪の上に、小さな零の虚を被せたのだ。花で編んだ冠を載せるようにそっと、丁寧に。
「あなたに危害を加える気配をわずかでも感じたなら即時《楽装》で反撃、殲滅していました。私は選ばれし異界の戦士、柩機なのですから」
「害意はなかったとしても、もしオレが“君をここに捕らえておきたい”と考えていたなら、どうする」
「戦士としては突破し脱出するだけです。アイドルとして次の公演に間に合わせるためにも」
「これぞ二刀流という訳だな。では恐れはないと。中に入ってみれば果てしない広がりを見せる、この零の虚にも」
「恐怖とは何ですか。リンクジョーカーのサイバロイドである私には理解できません」
「脅威や危険や未知のものに恐怖も覚えず、高揚もなく戦い、相手を倒し、喜びもなく演じ歌う。やはりそれが君なのだな」
「私を閉じ込め恐怖を覚えさせたい。それがあなたの目的なのですか、零の運命者」
「いいや」
ブラグドマイヤーは足を速めてアルティサリアを追い越した。彼女に止まるよう合図する。
「オレの言葉はそのままの意味だ。『連れて行きたい所がある』そして『見せたいものがある』」
その手が指した前方で、白い闇が薄れていた。
そこにあったもの。それは──
自然石を積み上げて造られた円形の劇場と、本来絶対不毛とも言うべきこの空間に生じた青い草地だった。
その前で一人の人間が待っていた。
Illust:篠丸峰山
「エラボレート・ウィザード」
魔術師は2人に向かって礼をした。
「彼は、こうしたものを積み上げ丁寧に築く職人でもあり、協力してくれている」
「其方が斯様な道を選ぶとは意外であったが、楽しい仕事だ」
ブラグドマイヤーの説明にも魔術師の気取った返答にも、アルティサリアは無反応だった。
いや正確にいえば他のことに反応はしていたのだ。
「あまり良い趣味とはいえませんね」
とアルティサリア。このできかけの野外円形劇場の装飾に使われているモチーフ、骸骨が気に入らないらしい。
「ダークステイツ風にしてくれている。が、改良の余地はあるかもしれない」
彼女の率直な感想に、気分を害した風もなくブラグドマイヤーは頷いた。
「見せたいもの、連れて行きたい場所というのはここですか」
「そうだ。座ってもらえないか」
ブラグドマイヤーは劇場の最前列を指した。
アルティサリアは一瞬考えてから、従った。岩を半円に並べただけの原始的な座席であるが座り心地は悪くない。
客席に柩機。
悪魔ブラグドマイヤーは草地が生い茂る舞台の中央に立った。
エラボレート・ウィザードはいつの間にか退場している。
「ここは零の虚。悲しみの瘴気から生まれた運命力の螺旋、その中心だ」
「戦術データにもそのように記述があります。あなたはこれを破壊兵器としてこの惑星クレイ世界そのものを呑み込ませ、無としようとした」
アルティサリアは淡々と事実を指摘した。
「そうだ。オレは全てが欲しかった。特にこのオレを生み出した、悲しみの根源レザエルという存在が。彼を取り込み、一体化することで完全になれると、生まれた瞬間から感じていた」
「それは本能ですね」
この返答は予想しないものだったらしい。
ブラグドマイヤーは一瞬絶句して、それから何度か頷いた。表情が窺えないことについてはリンクジョーカーに負けていないブラグドマイヤーだが、それでも彼はアルティサリアの声に何か手応えを感じたようだ。
「そうだ。呑み込み、奪い、全てを自分の中に取り込みたいという衝動だ」
「あなたは従った。なぜ世界を滅ぼさなかったのですか」
「止められたのだ。レザエルと、そしてリィエル゠アモルタに」
「リィエル゠アモルタ。関係者の間で頻出する名前です」
「美しく賢く強い人だ。ぜひ君にも逢わせたい」
「私が気になるのは、戦力分析として未知の対象だからです」
「だが興味はある。会った者すべてが心酔し、称賛する彼女の魅力とは何か」
「認めます。観客の心を呪縛するアイドルとして、完璧を目指すのもまた私の任務ですから」
「呪縛といえば、君の夜影兵は“蝶”だった。それで最初にオレも心引かれたのだ」
ブラグドマイヤーの言葉に合わせるように、ここの住人である蝶々がどこからか現れて、アルティサリアの周りを飛び、そして彼女の髪に止まって羽根を休めた。
アルティサリアは何か言いたげにブラグドマイヤーを見た。悪魔は答えた。
「この核心では時間すらも止まっている」
「この子も本来の短命ではないのですね。滅びることが無い」
「零の虚は相手を倒す武器ではなく、救命治療にも、永遠に朽ちない思い出の保存場所としても、ごく限られた観客のための舞台としても使える。レザエルが教えてくれたことだ」
「呪縛もそうです」
アルティサリアは誇らしげに胸を張った。
「話が合うな。オレたちは」
「……」
アルティサリアは戸惑ったようだった。
私は今なにを感じたのか。この人に自慢したいだなんて。
「人はその望むものに合わせて成長する。オレがこの世界に出て学んだことだ。つまり情熱なくして進歩はない」
「私にはそれがないと」
学園の優等生でもあるアルティサリアは賢かった。相手の考えとその意図する先を読んでいる。
だが相手の予想を超える点ではブラグドマイヤーも負けてはいなかった。
「どうしてそう思うのだ。それについてオレは何も言っていないが」
「クリスレイン様も、サポートメンバーも、学園誌のレビュー記事も皆そう言うからです。私には情熱がないと」
「君はどう感じている」
「余計なお世話です」
アルティサリアは言ってから、自分の言葉に我が耳を疑った。それに今、ブラグドマイヤーの笑う声が聞こえなかったか。
「そうだ。こちらの事はよく知りもしないで、他人が余計なお世話だな。君は誰より戦果を上げ、誰よりも観客を魅了しているのに」
「任務の達成目標は完全にクリアしている自負があるわ。それなのに、マグノリア王は」
「何と言われた」
「『あなたには既に仲間がいて、友として慕ってくれる者もいる。その鎖を解き、心を開きませんか』と」
ブラグドマイヤーは深く頷いた。
「ではマグノリアは同じものを感じたのだ。そしてオレよりもはるかに上手く表した」
「……」
「君は痛い所を突かれた」
「逃げ出したわ。その場からね」
アルティサリアが悄気るなど前代未聞のことだろう。だが幸い、零の虚は2人以外、絶対に情報が漏れることのない空間だった。
「オレはそんな君と友だちになりたいと思う」
「私はあなたを滅ぼしたい」
聞き違えではない。
ブラグドマイヤーの交際の申し出に、アルティサリアははっきりと宣戦で答えたのだ。
「なぜ」ブラグドマイヤーの問に動揺はない。
「私の弱味を知っているから。それを指摘するから」
「だからやっつけたいのか。それを八つ当たりと言う」
アルティサリアは客席から立ちあがった。その両側にはすでに楽装が出現している。
驚いたのか、彼女の髪から件の蝶々が舞い離れた。
「命令します。黙りなさい」
「拒否する。黙らない」
ブラグドマイヤーは中央の草地に立ち、その姿を変えていた。
「零から歩む者ブラグドマイヤー・ネクサス。新しき姿として柩機のお相手をしよう」
Illust:DaisukeIzuka
人はその望むものに合わせて成長する。
ならば今、ブラグドマイヤーの望むものとは結びつき、進歩することだ。
大鎌に変わって携える(奇跡の運命王 レザエル・ヴィータの聖剣に似た)ブラグドマイヤー・ネクサスの剣も、その強い意志と変化の象徴であり、彼自身が「己が何者であるか」を問い続け、自覚し、成長し、さらにそうした自分をこの惑星クレイ世界へと導いてくれたレザエルへの信頼、憧れ、そして結びつきをも示すものといえるのだろう。
(手強い)
アルティサリアは生粋の戦士である。
目の前の相手がただ姿を変えただけではなく、全力をもってしても超えられるかどうか推測不能の対象であると一瞬で分析していた。
だが敵うかどうかは問題ではない。アルティサリアは突撃に備えた。
「楽装システム、スタートアップ」
「だが」「?!」
「一戦交える前にひとつ聞いてほしい。オレはこの前、夢を見た」
この悪魔は真剣勝負の前に何を言い出すのだろう。
「それはこの世界ではない、どこか別の惑星のことだ。一人の少年がいた」
「……」
「彼は長く心閉ざしていた。過去に辛い悲劇に見舞われていたからだ。ここのように終わりのない闇、空虚な人生だ」
「それが何」
「彼は自分が空っぽだと思っていた。だがある時、見出したのだ。自分には好きなものがあって、友はいつも側にいたのだと。この私もまた彼をいつも夢に見ていたことを思い出した」
「その夢が何なの!」
アルティサリアは苛立った。この夢の話には、何か聞かずにはいられないものがある。
「少年の生き方と変化は教えてくれる。ただ任務や衝動のため、他のものなどいらないと決めつけている者であっても、オレたちの中にはもう一つの欲求がある」
「そんなもの、ただの雑音よ!私もあなたと同じ、ただ成すべき事とその結果だけが永遠に積み重なっていくだけ!」
「違う。オレたちが欲するのは己を知ることだ。本能が欲することや他人に課せられた事だけではなく、自分の言葉で喋り、考え、自分の足で歩むこと。自分自身の人生を生きることだ。君は上ばかり見て、まだその始点、零を知らない。つまり完璧などではなく不完全なのだ」
ブラグドマイヤーの言葉が彼女にもたらした衝撃は、想像を絶するものだったのだろう。
アルティサリアはがっくりと膝をついた。
「確かに、零の虚は全てを無に帰すものだ。だが……」
ブラグドマイヤーは手を差し伸べた。かつてレザエルが彼にそうした時のように。
「無はまた零でもある。全ての始まり、ここから歩き始める出発点だ」
「……」
「鎖を解いて人生を始めよう、アルティサリア。オレは友として、ここにいる。思うまま何でも言って欲しい」
アルティサリアは顔を上げ、零から歩む者を見つめた。
その髪に、またあの蝶々が飛来して止まった。美しい少女の頭を引き立たせる髪飾りのようだった。それを脅かさないよう、そっと手を添えながらアルティサリアは言った。
「蝶」
ブラグドマイヤーは少し目を見開いた。予想外だったのだろう。何でも話せと言ったのにだ。
「好きなもの。あと歌うことが好き」
「歌うといい。好きな時にここで。気が向くままに」
アルティサリアはブラグドマイヤーの手を取り、そして戦闘態勢を解かれた楽装から、黒い蝶の群れが飛び立った。
Illust:小澤彩音
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《今回の一口用語メモ》
ブラグドマイヤーの変化と異世界(惑星クレイと地球)との相互干渉について
元々、過去の惑星クレイの歴史と「運命力学」において、惑星クレイでの出来事が異世界の惑星(ここでは“地球”と仮称する)で起こる事/起こった事と相互に影響し合っているということは、知る人ぞ知る定説であった。
天輪聖紀となってからは、運命大戦と宿命決戦そしてその終盤において、この世界の激動の背後に、2つの世界を挟んだ聖竜ガブエリウスと邪竜シヴィルトとの「術式」の応酬があったことが判り、惑星クレイの有識者たちの間でも再び、この「運命力と異世界相互干渉説」に注目が集まるようになっている。
具体的に、それは奇跡の運命王レザエル・ヴィータと無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオ、それぞれの出現時に見られた事で、惑星クレイと異世界地球との間で、ごく稀に情報や感情が交差するという事例である。
また今回、本編でもブラグドマイヤーの夢という形でそれは現れている。
もちろんPolyPhonicOverDriveアルティサリアの心を動かしたのが、ブラグドマイヤー自身の気持ちであることに疑いはないが、地球側の人間の動きや変化もまた、彼ブラグドマイヤー自身の変化に関係していることもまた事実のようである。
これまでのPolyPhonicOverDriveアルティサリアについては
→ユニットストーリー179 朔月篇第4話「PolyPhonicOverDrive アルティサリア」
ユニットストーリー184 朔月篇第9話「樹角獣皇 マグノリア・パトリアーク」
を参照のこと。
奇跡の運命王レザエル・ヴィータと無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオ、それぞれの地球との干渉については
→ユニットストーリー161 宿命決戦第10話「奇跡の運命者 レザエル V《奇跡の光》」
ユニットストーリー162 宿命決戦第11話「無限の宿命王 レヴィドラス・エンピレオ」
を参照のこと。
零の虚と、レザエルがブラグドマイヤーをこの中から惑星クレイ世界に連れ出した経緯については
→ユニットストーリー140 運命大戦第14話「零の運命者 ブラグドマイヤー」
ユニットストーリー141 運命大戦第15話「奇跡の運命者 レザエル III《零の虚》」を参照のこと。
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周りは白い闇。地平も空も見渡すかぎりの闇だ。
ダークステイツなどに垂れこめる瘴気は本来、スモッグの様に空を暗くするものだが、この運命力の大気は純粋すぎて光を淀ませる濁りすら無いのだ。
「何も感じない。来るべきではなかった」
アルティサリアはぽつりと呟いた。
「ここは無の世界。何もない」
「いや存在する。零が」
ブラグドマイヤーはそう言うと闇の向こう、今はまだ何も見えない前方を指し示した。もう片方の腕はアルティサリアを支えるようにそっと差し伸べられている。彼女には触れず、それでもその背後を護りながら、促す。友として礼に適った仕草だった。
「見せたいものがある。行こう」
「気づかいは無用です」
サイバロイドの少女はエスコートを振り切って歩き出した。
「私、一人でできますから」
悪魔はしばらくその背中を見つめ、結局黙ったまま跡を追った。

──第3回運命者、宿命者合同リモート会議
出席者:
奇跡の運命者レザエル、大望の翼ソエル
無限の宿命者レヴィドラス
無双の運命者ヴァルガ・ドラグレス、熱気の刃アルダート
レザエル「前回までで方針は決まったと思うので、今回は参加者をしぼらせてもらった」
レヴィドラス「あぁ。放っておくと標の運命者(ヴェルストラ)ばかり喋っているからな。私とレザエルは運命王、宿命王として、ヴァルガは2つの世界の運命力を一度は集めた身だ。本来ならばここにリィエル゠アモルタがいればとは思うが、お付きも含め、この件についての最終調整会議としてふさわしい顔触れといえるだろう。不満はないよ、運命王レザエル。オディウムは相当ごねただろうが」
レザエル「ご理解いただけて有り難い。今回オディウムには退いてもらった。言うまでもなく彼女は賢明だが、2人への思い入れの強さと(この世界での)年齢が近すぎると判断した」
ヴァルガ「それにしても、両者の接触についてクリスレインの許可が下りるとは思わなかった」
レヴィドラス「同感だ。付き合いの長い私でさえ意外だった。まぁあのアルティサリアに『公認の悪魔の友人ができた』というのは──ギャンブルではあるが──プラスな芸能ニュースにはなりそうだが。オディウムとはまた違った意味で、振り向かずにはいられない少女である訳だし」
レザエル「理由については前回、クリスレイン本人が言っていた通りなのではないか。うまく行けばブラグドマイヤー、アルティサリア双方にとって良い影響があると期待している。マグノリア王の助言もあったようだ」
レヴィドラス「私としては“うまく行かなかった”場合のほうが心配だ。不安定だからな、2人とも。バランスがとれれば良いが、さて」
ヴァルガ「均衡といえば秤の宿命者の意見はどうなのだ」
レザエル「『若者が友情を育むのに水を差したくない。よってノーコメント』だそうだ」
レヴィドラス「ほう。さすがのデリカシーだな、アルグリーヴラ。無双の剣士としても同意見かな?」
ヴァルガ「柩機と悪魔。種族が異なる2人になにか共感できるものがあるならば、今後の成長に悪いことはない。我々のことを省みれば、天使と火竜という弟子同士の絆が、師である俺とレザエルの人生まで良い影響を与えてくれていることも事実なのだから」
レザエル「ヴァルガの言うとおりだと思う。とはいえ、零の虚とブラグドマイヤーについては私自身にも深い関わりと責任を感じている」
ヴァルガ「……」
レヴィドラス「……」
レザエル「クリスレイン、そしてオルフィスト卿の後見を得て私は引き続き、零の虚の近くで監視を続ける。何か変化があれば逐一報告する」
ヴァルガ「承知」
レヴィドラス「頼んだぞ、運命王。我が無限鱗粉といえども零の虚の中は見透すことができない。口惜しいが」
レザエル「それで思い出したのだが、この挑みの直前、つい先程ブラグドマイヤーから君に伝言があったのを忘れていた、宿命王。あの時、たぶん聴き取れていなかったのではないか」
レヴィドラス「そうだ。虚に入る前、何か言っておったな。何だったのだ」
レザエル「『ジジイもたまに立ち聞きできぬ事があるのも一興だろう』と」
レヴィドラス「……あの小僧」
レザエル「あれはまだ子供のようなものだ。私が代わりに謝ろう。口が悪いのはどうか許してやってほしい」
レヴィドラス「ふむ」
ヴァルガ「……」
レザエル「では水晶玉の接続を切る。参加を感謝する、ヴァルガ、レヴィドラス」

──零の虚の中、現在
「なぜ来てくれた。ここに」
「私が望んだのではありません」
背後からのブラグドマイヤーの問いに、無表情のアルティサリアは前を向き歩き続けながら答える。
「クリスレイン様より公演の合間に外出許可をいただき、我が主オルフィスト様からの命令に従ったまでです。『零の運命者ブラグドマイヤーと接触せよ』と」
「だがオレが君を、零の虚で包み、この中へ移動させた時にも抵抗しなかった」
リィエル華廟の外れで待っていたブラグドマイヤーは挨拶もそこそこに、連れて行きたい所があるとだけ説明して、アルティサリアの頭、リンクジョーカーの輪の上に、小さな零の虚を被せたのだ。花で編んだ冠を載せるようにそっと、丁寧に。
「あなたに危害を加える気配をわずかでも感じたなら即時《楽装》で反撃、殲滅していました。私は選ばれし異界の戦士、柩機なのですから」
「害意はなかったとしても、もしオレが“君をここに捕らえておきたい”と考えていたなら、どうする」
「戦士としては突破し脱出するだけです。アイドルとして次の公演に間に合わせるためにも」
「これぞ二刀流という訳だな。では恐れはないと。中に入ってみれば果てしない広がりを見せる、この零の虚にも」
「恐怖とは何ですか。リンクジョーカーのサイバロイドである私には理解できません」
「脅威や危険や未知のものに恐怖も覚えず、高揚もなく戦い、相手を倒し、喜びもなく演じ歌う。やはりそれが君なのだな」
「私を閉じ込め恐怖を覚えさせたい。それがあなたの目的なのですか、零の運命者」
「いいや」
ブラグドマイヤーは足を速めてアルティサリアを追い越した。彼女に止まるよう合図する。
「オレの言葉はそのままの意味だ。『連れて行きたい所がある』そして『見せたいものがある』」
その手が指した前方で、白い闇が薄れていた。
そこにあったもの。それは──
自然石を積み上げて造られた円形の劇場と、本来絶対不毛とも言うべきこの空間に生じた青い草地だった。
その前で一人の人間が待っていた。

「エラボレート・ウィザード」
魔術師は2人に向かって礼をした。
「彼は、こうしたものを積み上げ丁寧に築く職人でもあり、協力してくれている」
「其方が斯様な道を選ぶとは意外であったが、楽しい仕事だ」
ブラグドマイヤーの説明にも魔術師の気取った返答にも、アルティサリアは無反応だった。
いや正確にいえば他のことに反応はしていたのだ。
「あまり良い趣味とはいえませんね」
とアルティサリア。このできかけの野外円形劇場の装飾に使われているモチーフ、骸骨が気に入らないらしい。
「ダークステイツ風にしてくれている。が、改良の余地はあるかもしれない」
彼女の率直な感想に、気分を害した風もなくブラグドマイヤーは頷いた。
「見せたいもの、連れて行きたい場所というのはここですか」
「そうだ。座ってもらえないか」
ブラグドマイヤーは劇場の最前列を指した。
アルティサリアは一瞬考えてから、従った。岩を半円に並べただけの原始的な座席であるが座り心地は悪くない。
客席に柩機。
悪魔ブラグドマイヤーは草地が生い茂る舞台の中央に立った。
エラボレート・ウィザードはいつの間にか退場している。
「ここは零の虚。悲しみの瘴気から生まれた運命力の螺旋、その中心だ」
「戦術データにもそのように記述があります。あなたはこれを破壊兵器としてこの惑星クレイ世界そのものを呑み込ませ、無としようとした」
アルティサリアは淡々と事実を指摘した。
「そうだ。オレは全てが欲しかった。特にこのオレを生み出した、悲しみの根源レザエルという存在が。彼を取り込み、一体化することで完全になれると、生まれた瞬間から感じていた」
「それは本能ですね」
この返答は予想しないものだったらしい。
ブラグドマイヤーは一瞬絶句して、それから何度か頷いた。表情が窺えないことについてはリンクジョーカーに負けていないブラグドマイヤーだが、それでも彼はアルティサリアの声に何か手応えを感じたようだ。
「そうだ。呑み込み、奪い、全てを自分の中に取り込みたいという衝動だ」
「あなたは従った。なぜ世界を滅ぼさなかったのですか」
「止められたのだ。レザエルと、そしてリィエル゠アモルタに」
「リィエル゠アモルタ。関係者の間で頻出する名前です」
「美しく賢く強い人だ。ぜひ君にも逢わせたい」
「私が気になるのは、戦力分析として未知の対象だからです」
「だが興味はある。会った者すべてが心酔し、称賛する彼女の魅力とは何か」
「認めます。観客の心を呪縛するアイドルとして、完璧を目指すのもまた私の任務ですから」
「呪縛といえば、君の夜影兵は“蝶”だった。それで最初にオレも心引かれたのだ」
ブラグドマイヤーの言葉に合わせるように、ここの住人である蝶々がどこからか現れて、アルティサリアの周りを飛び、そして彼女の髪に止まって羽根を休めた。
アルティサリアは何か言いたげにブラグドマイヤーを見た。悪魔は答えた。
「この核心では時間すらも止まっている」
「この子も本来の短命ではないのですね。滅びることが無い」
「零の虚は相手を倒す武器ではなく、救命治療にも、永遠に朽ちない思い出の保存場所としても、ごく限られた観客のための舞台としても使える。レザエルが教えてくれたことだ」
「呪縛もそうです」
アルティサリアは誇らしげに胸を張った。
「話が合うな。オレたちは」
「……」
アルティサリアは戸惑ったようだった。
私は今なにを感じたのか。この人に自慢したいだなんて。
「人はその望むものに合わせて成長する。オレがこの世界に出て学んだことだ。つまり情熱なくして進歩はない」
「私にはそれがないと」
学園の優等生でもあるアルティサリアは賢かった。相手の考えとその意図する先を読んでいる。
だが相手の予想を超える点ではブラグドマイヤーも負けてはいなかった。
「どうしてそう思うのだ。それについてオレは何も言っていないが」
「クリスレイン様も、サポートメンバーも、学園誌のレビュー記事も皆そう言うからです。私には情熱がないと」
「君はどう感じている」
「余計なお世話です」
アルティサリアは言ってから、自分の言葉に我が耳を疑った。それに今、ブラグドマイヤーの笑う声が聞こえなかったか。
「そうだ。こちらの事はよく知りもしないで、他人が余計なお世話だな。君は誰より戦果を上げ、誰よりも観客を魅了しているのに」
「任務の達成目標は完全にクリアしている自負があるわ。それなのに、マグノリア王は」
「何と言われた」
「『あなたには既に仲間がいて、友として慕ってくれる者もいる。その鎖を解き、心を開きませんか』と」
ブラグドマイヤーは深く頷いた。
「ではマグノリアは同じものを感じたのだ。そしてオレよりもはるかに上手く表した」
「……」
「君は痛い所を突かれた」
「逃げ出したわ。その場からね」
アルティサリアが悄気るなど前代未聞のことだろう。だが幸い、零の虚は2人以外、絶対に情報が漏れることのない空間だった。
「オレはそんな君と友だちになりたいと思う」
「私はあなたを滅ぼしたい」
聞き違えではない。
ブラグドマイヤーの交際の申し出に、アルティサリアははっきりと宣戦で答えたのだ。
「なぜ」ブラグドマイヤーの問に動揺はない。
「私の弱味を知っているから。それを指摘するから」
「だからやっつけたいのか。それを八つ当たりと言う」
アルティサリアは客席から立ちあがった。その両側にはすでに楽装が出現している。
驚いたのか、彼女の髪から件の蝶々が舞い離れた。
「命令します。黙りなさい」
「拒否する。黙らない」
ブラグドマイヤーは中央の草地に立ち、その姿を変えていた。
「零から歩む者ブラグドマイヤー・ネクサス。新しき姿として柩機のお相手をしよう」

人はその望むものに合わせて成長する。
ならば今、ブラグドマイヤーの望むものとは結びつき、進歩することだ。
大鎌に変わって携える(奇跡の運命王 レザエル・ヴィータの聖剣に似た)ブラグドマイヤー・ネクサスの剣も、その強い意志と変化の象徴であり、彼自身が「己が何者であるか」を問い続け、自覚し、成長し、さらにそうした自分をこの惑星クレイ世界へと導いてくれたレザエルへの信頼、憧れ、そして結びつきをも示すものといえるのだろう。
(手強い)
アルティサリアは生粋の戦士である。
目の前の相手がただ姿を変えただけではなく、全力をもってしても超えられるかどうか推測不能の対象であると一瞬で分析していた。
だが敵うかどうかは問題ではない。アルティサリアは突撃に備えた。
「楽装システム、スタートアップ」
「だが」「?!」
「一戦交える前にひとつ聞いてほしい。オレはこの前、夢を見た」
この悪魔は真剣勝負の前に何を言い出すのだろう。
「それはこの世界ではない、どこか別の惑星のことだ。一人の少年がいた」
「……」
「彼は長く心閉ざしていた。過去に辛い悲劇に見舞われていたからだ。ここのように終わりのない闇、空虚な人生だ」
「それが何」
「彼は自分が空っぽだと思っていた。だがある時、見出したのだ。自分には好きなものがあって、友はいつも側にいたのだと。この私もまた彼をいつも夢に見ていたことを思い出した」
「その夢が何なの!」
アルティサリアは苛立った。この夢の話には、何か聞かずにはいられないものがある。
「少年の生き方と変化は教えてくれる。ただ任務や衝動のため、他のものなどいらないと決めつけている者であっても、オレたちの中にはもう一つの欲求がある」
「そんなもの、ただの雑音よ!私もあなたと同じ、ただ成すべき事とその結果だけが永遠に積み重なっていくだけ!」
「違う。オレたちが欲するのは己を知ることだ。本能が欲することや他人に課せられた事だけではなく、自分の言葉で喋り、考え、自分の足で歩むこと。自分自身の人生を生きることだ。君は上ばかり見て、まだその始点、零を知らない。つまり完璧などではなく不完全なのだ」
ブラグドマイヤーの言葉が彼女にもたらした衝撃は、想像を絶するものだったのだろう。
アルティサリアはがっくりと膝をついた。
「確かに、零の虚は全てを無に帰すものだ。だが……」
ブラグドマイヤーは手を差し伸べた。かつてレザエルが彼にそうした時のように。
「無はまた零でもある。全ての始まり、ここから歩き始める出発点だ」
「……」
「鎖を解いて人生を始めよう、アルティサリア。オレは友として、ここにいる。思うまま何でも言って欲しい」
アルティサリアは顔を上げ、零から歩む者を見つめた。
その髪に、またあの蝶々が飛来して止まった。美しい少女の頭を引き立たせる髪飾りのようだった。それを脅かさないよう、そっと手を添えながらアルティサリアは言った。
「蝶」
ブラグドマイヤーは少し目を見開いた。予想外だったのだろう。何でも話せと言ったのにだ。
「好きなもの。あと歌うことが好き」
「歌うといい。好きな時にここで。気が向くままに」
アルティサリアはブラグドマイヤーの手を取り、そして戦闘態勢を解かれた楽装から、黒い蝶の群れが飛び立った。

了
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《今回の一口用語メモ》
ブラグドマイヤーの変化と異世界(惑星クレイと地球)との相互干渉について
元々、過去の惑星クレイの歴史と「運命力学」において、惑星クレイでの出来事が異世界の惑星(ここでは“地球”と仮称する)で起こる事/起こった事と相互に影響し合っているということは、知る人ぞ知る定説であった。
天輪聖紀となってからは、運命大戦と宿命決戦そしてその終盤において、この世界の激動の背後に、2つの世界を挟んだ聖竜ガブエリウスと邪竜シヴィルトとの「術式」の応酬があったことが判り、惑星クレイの有識者たちの間でも再び、この「運命力と異世界相互干渉説」に注目が集まるようになっている。
具体的に、それは奇跡の運命王レザエル・ヴィータと無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオ、それぞれの出現時に見られた事で、惑星クレイと異世界地球との間で、ごく稀に情報や感情が交差するという事例である。
また今回、本編でもブラグドマイヤーの夢という形でそれは現れている。
もちろんPolyPhonicOverDriveアルティサリアの心を動かしたのが、ブラグドマイヤー自身の気持ちであることに疑いはないが、地球側の人間の動きや変化もまた、彼ブラグドマイヤー自身の変化に関係していることもまた事実のようである。
これまでのPolyPhonicOverDriveアルティサリアについては
→ユニットストーリー179 朔月篇第4話「PolyPhonicOverDrive アルティサリア」
ユニットストーリー184 朔月篇第9話「樹角獣皇 マグノリア・パトリアーク」
を参照のこと。
奇跡の運命王レザエル・ヴィータと無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオ、それぞれの地球との干渉については
→ユニットストーリー161 宿命決戦第10話「奇跡の運命者 レザエル V《奇跡の光》」
ユニットストーリー162 宿命決戦第11話「無限の宿命王 レヴィドラス・エンピレオ」
を参照のこと。
零の虚と、レザエルがブラグドマイヤーをこの中から惑星クレイ世界に連れ出した経緯については
→ユニットストーリー140 運命大戦第14話「零の運命者 ブラグドマイヤー」
ユニットストーリー141 運命大戦第15話「奇跡の運命者 レザエル III《零の虚》」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡