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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
188「知の探究者 セルセーラ」
ダークステイツ
種族 エルフ

Illust:ロクシロコウシ


 ダークステイツ。街も路もすべてが紫に染まる不吉な薄明かりの中、夜は妖しく更けてゆく。
 厚く垂れこめる瘴気を割って、羽根持つ者が1人舞い降りた。
「遅いっチ!」
「ごめんナ~」
「もう出る所だったっキー!」
 へっへっへー。今夜はどこを荒らして騒ぐよ?
 いたずら好きな小鬼たちが広場の欄干に座り、額を突き合わせて悪い笑みを浮かべる。
 あっちの路地で酔っ払いをからかってやろう。老いぼれ錬金術師の実験を邪魔して。いやいやここは真っ当に・・・・酒場でご馳走つまみ食いするのがいいだろう。♪どーれにしよーかな♫
 これぞ三人寄らば悪鬼の悪知恵、だ。
「ダメだ。そんなつまらんイタズラなど何の意味も無い」
 突然かけられた声に、小鬼たちはギョッとして振り返った。
 朧月おぼろづきを背負って、グラマラスな女性が立っていた。
 手には杖、特徴のある大きな帽子、ぴったりと寄り添う毛並みの良い白い獣。
「誰だっキー?!」
「オレたちの後ろを取るとは。やるナ!」
「あ!こいつ見たことあるっチ!えーっと……」
 パラリ。
 3人の前に一枚のポスターが突き出された。
『ダークステイツ凱旋講演会』
『太古より現在に至るまで惑星の記憶に通じる者』
『唯一無二空前絶後前代未聞の大賢者 知の探究者セルセーラ』
 3人はでかでかと書かれた文字をそれぞれ読み上げた。
 そして額に汗を浮かべながら、そぉーっと見上げる。月夜にふんぞり返って見下ろす女魔法使いを。

Illust:三越はるは


「フッ。定型文から言うと“ダークステイツ国の至宝にして”の一文がNGくらったのが残念であったが。偉大なるセルセーラである。控えおろう!」
 たちまち小鬼たちは広場の石畳にへへーっと平服……はしなかった。
「なーんだ、ただのエルフだっキー」「ビビッで損したナ」「オレたちのジャマするなっチ」
 ぶーぶー上がる不満の声はすぐに呑み込まれた。
 セルセーラの側にいた最強の獣ムーンバックが牙を剥き、唸り声をあげたからだ。
「むーちゃんは無礼者には怒りっぽいのだ。口の利き方には気をつけた方がよいぞ。んん~?」
 ぶるぶる震える小鬼たちに声をかけるセルセーラ。鷹揚にして容赦というものがない。
「ヒマを持て余しているオマエたちに、有り難~い至上任務をあたえてやろうというのだ。おぉ、ちょうど良かった、アリウスよ」
 ハァハァ息を切らせながら、冒険科学士アリウスが街路の向こうから駆けてきて、ぶ厚い紙束を差し出した。
「お師匠様……こちら、ご注文通り……」
「ご苦労様。まぁひと息ついてください、アリウス」
 小鬼たちはまたギョッとなった。
 ねぎらいの言葉はセルセーラの杖から発せられたものだったからだ。賢者の杖マクガフィン。この一行の良心とも称されるメンバーである。
「あ、ありがとう、マクガフィン。もう大変でしたよ。町中の印刷所をまわって」
「見せてみよ。おぉ良い出来ではないか」
「もう。だいたい何で今さら刷り直しなんですか?売り文句の却下はこの地方の魔王直々のNGなのに……」
「そこではない。ここだ、ここ!」
 とセルセーラは講演告知ポスター(改訂版)の下段を指した。

Illust:凪羊


「これ、この前訪ねた『龍樹安息の地』の写真ですよね。公表して良いのでしたっけ?」
「バヴサーガラと運命者・宿命者ネットワークに許可は取ってあるのだ。条件つきでな」
「へぇ、その条件とは」
 師匠と弟子の会話が盛り上がっているうちに、そーっと逃げようとしていた小鬼たちは獣ムーンバックのひと睨みで硬直していた。
「①所在を明らかにしないこと②龍樹はもはや世界を脅かす『悪』ではないと知らせるために公開すること」
「なるほど。バヴサーガラさんが世界に伝えたいことを僕らが代弁するんですね」
がだ。分を心得よ、未熟者」
「はぁ。……あのぉ師匠。実は僕、もう二つ疑問がありまして」
「面倒だな、オマエは。言ってみよ」
「ひとつは『秘録図書館』についてです。最近ずいぶん配信が滞っているような気が」
「そのことか。理由は簡単だ」
「僕らが旅で忙しかったから?」
「それもある。が、そもそも運命大戦と宿命決戦については、途中でとやかく言えるもので無かったろうが」
「……うーん。まぁ、3人のリィエルとレザエルとの関係とか、運命力の均衡バランス、ガブエリウスとシヴィルトの術式、異世界の干渉とか。ホント色々、複雑に絡みあってましたよねー」
「で、それらが終わって現在、“月”の一件はどうだ?我々は月の門番とムーンキーパー、月の門についてほとんど手掛かりもないまま、幻真獣なる存在はもう2体目が登場したのだぞ。今は推察ではなく情報収集の時期であるとは思わぬか、アリウス」
「……確かに」
「それ見よ。ちゃんと全体のことも考えているのだ、このセルセーラ様はな」
 小鬼たちはぽかんと口を開けたまま、いまや会話からは完全に取り残ドロップされている。まぁ世の中、分からないほうが幸せという事もあるものだ。
「わかりました。この件については納得です。もう一つ」
はようせい。小鬼どもがくたびれ果てておるぞ」
「2つ目が、僕の初稿から差し替えられたこのキャッチコピーです。声に出して読んでみてください」
「『いつだって勇気を引き寄せるのは人の想い……イメージの力なのよ。』良い言葉だろうが」
「これは詐欺広告です。素の師匠とは口調が違いすぎます。上品で優しそうで平和的で」
「それはまるで私が、雑で思いやりがなくてケンカばかり売っているヤツだと言いたいようだな、アリウス」
 ここで小鬼たちが一斉に、ぷぷぷっと吹きだしてセルセーラにじろりと睨まれた。
「それはあくまで広告上の売り文句だ。闇の国ダークステイツでそんな事、気にするヤツなどおらんだろう」
「では実際観にきたお客さんにはどう接するんですか?観客の反応も過激ですよ、ダークステイツは」
 指摘するアリウスはあくまで冷静である。
「オマエ、生まれた国でもないのに良く知っているな」
「誤魔化さないでください。ちゃんとこの広告通りの感じで振る舞えるんですね、師匠。じゃないとこれ・・渡せませんよ」
「……よかろう」
「ホントですね?」
「知の探究者に二言はない。いや……『二言はないわよ、アリウス』」
「……。わかりました。でも、もしも暴動にでもなったら僕、まっさきに逃げますからね」
「ふん!薄情なヤツめ。コホン。『まぁいいわ。その束を3等分しなさい』」
「はい。3等分して?」
『こいつらに渡しなさい』
 アリウスは素直に従った。「こいつら」にではなく『この人たちに』なら完璧なんですけどね。
 頭の上に?マークを沢山浮かべている小鬼たちに、セルセーラは重々しく命じる。
『それを町中に配るのです。人通りの多い路地に、錬金術師の作業場に、そして物見高い連中が集まる酒場に』
「へ?」「何でオレたちが?」「そんなことを?」
 小鬼たちの疑問はもっともなものだ。しかしセルセーラは動じない。
『この惑星クレイ世界に冠たるこの偉大な賢者セルセーラの名を広める手伝いですよ。光栄でしょう』
 いや全然、と首を振る小鬼たちの動きが師匠に見えないように、さりげなく弟子アリウスが間に割って入った。
「キミたち、この辺りでよくイタズラしてる小鬼くん達でしょう。ちょっと耳を貸して」
 ごにょごにょごにょ。
「なるほどナ!」「了解っチ!」「行ってくるっキー!」
 アリウスに囁かれた小鬼たちはパッと顔を輝かせると、くるりと背を向けて街へと飛んでいった。
「いったい何をしたのだ、アリウス」
 呆気にとられた様子のセルセーラ、獣ムーンバック、(表情はわからないが)杖マクガフィンの様子を、アリウスは満足げに振り返った。
「つまらないイタズラ。ダークステイツ流ですよ」
 このあと小鬼たちが、ポスター配りの名目で当初の望み通り、やりたかった全てのいたずら・・・・・・・を町中でしかけたとしても、アリウスが関知する所ではない。実際、そうした奇抜で過激な配り方ほどこのダークステイツ国では関心を引くだろうし、「文句があればこいつに言いな!」と後に残されたポスターの案内をたどって詰めかけた群衆を相手にしても、我が師匠ならあの機転と毒舌で丸めこんでしまえる……はずだ。たぶんね。
「それより会場に行くまで特訓です。その話し方が自然に出るまで何度でもやりますから」
「……すまん。ちょっと用事を思い出したっ!」
「ムーンバック!マクガフィン!お師匠様を止めて」
 いつもはセルセーラ側につく1頭の獣と1つの杖は“動かない”という選択で、珍しく主人に逆らった。
「くっ!」
「ほらね、彼らも今回は僕が正しいとわかっているんです。イヤでしょ、こんな魔の都で、観客にケンカ売って暴徒に追われるなんて言うのは。師匠らしく堂々と言い負かしましょうよ、いつもみたいに」
「うーむ……」
「さあそれでは、丁寧で人当たりの良い話し方の特訓です。参りましょうか、お師匠様」
「ぐぬぬ……」
 セルセーラは拳を握りしめたものの、確かに道理は弟子にあり、(講演とポスターとキャッチコピーを)仕掛けたのは自分である。見事に自ら意図せず配置した陥穽トラップはまった・・・・感があった。
「印刷所まわりの後はトーンマナー特訓だなんて、まったく弟子使いの荒い師匠なんですから……」
 行きますよ。ひと声かけてアリウスは歩き出した。
 すべてが紫に染まる不吉な薄明かりの中、妖しく更ける夜の街に。
 彼らが明かす新たな世界の変化──新生龍樹ゼフィロギィラ──について耳目をそばだてているであろう、ダークステイツの民が待つ講演会場へと。

Design:三越はるは Illust:カエルDX





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《今回の一口用語メモ》

知の探究者セルセーラ一行

 初登場から時間が経っているため、ここでセルセーラ一行のメンバーとその軌跡について、改めて紹介していきたいと思う。なお、いずれも現在の所属国家はダークステイツである。

知の探究者 セルセーラ
 惑星クレイ世界の歴史とその裏にある秘密に通じる魔法使いの女性。
 妖艶でグラマラスだが、言葉遣いはとても古めかしい。科学には偏見と不信感がある。
 プライドが高く、気難しく高飛車で、怒りっぽく、弟子に限らず人使いは荒い。言葉を選ばず、口も悪い。
 それでも尊敬を集めているのは、長い目で見ると彼女の行動が世界の安定と迫る脅威のために身を投げ出して貢献していることを(彼女を深く知る者は)皆、知っているからだ。
 定住を好まず冒険生活を愛しているが、逃げ足も早く、このため絶体絶命の危機を何度も乗り越えている。
 さまざまな大仰な称号を名乗っているが、実際それに見合うほど実力と実績、そして人脈もあり、時々「まるで見聞きしてきたように大昔のことを話す」ことがある。当然疑問が集まる点ではあるが、現在に至るまで生年不詳であり、女性に年齢を聞くのは失礼であるとして絶対に明かそうとしない。

冒険科学士 アリウス
 ドラゴンエンパイア出身の科学者。故郷を出奔してセルセーラに師事し、国籍をダークステイツとする。
 そのためダークステイツでは普及していないレベルの科学知識と技術、発明品を使いこなしており、(セルセーラの後ろで普段目立つことはないし、そういう性格でもないために)忘れられがちだが実は世界的にも稀な存在の一人。
 いつもセルセーラの無理無茶の犠牲者。だが結果からすると師匠が望んだ以上の成果をあげている場合、また
予測を超えるような収穫を得られることが多く、結局の所、師セルセーラとは絶妙のコンビなのではないかという評価もある。なお一行の生活用具一式の管理を預かっているのもアリウスであり、科学嫌いなはずの師セルセーラでさえ、野外の旅を快適なものとする科学生活用品の恩恵には満足している様子である。
 『セルセーラ秘録図書館』の配信者であり、世界に知られざる知識と冒険紀行を広める……はずなのだが、今の所、師の無茶振りに振り回されるアリウスのドタバタばかりが目立ち、肝心の秘密知識については、師に大事な所をぼかされることも少なくない。

最強の獣 ムーンバック
 セルセーラの古き友。愛称「むーちゃん」。温和で我慢強い性格だが、意外に他人をからかうのも好き。
 高い知性を持っているが、人語は喋れない(喋ったことを見られたことがない)。もっともセルセーラとマクガフィンはその意志を正確に読み取ることができるし、感性と表情が豊かなのでアリウスとのコミュニケーションも困ったことはない。
 巨体だが、ある程度までなら自在に大きさも変えられるらしい。ふさふさとした柔らかく豊かな体毛が特徴であり、セルセーラはソファーとして寝床として、またコート代わりとしてもこの手触りをこよなく愛している。
 空も飛べる。ただし塩水が嫌いであるため、海上を飛行するのは嫌がる。
 セルセーラ一行は危険回避能力が高いため、なかなか実力を披露する機会は少ないが、その二つ名の通り、いざ戦闘となれば何者にも負かされることのない心強い味方となる。

賢者の杖 マクガフィン
 喋る杖。セルセーラの友人であり忠実な配下、そして助言者である。
 前触れもなくいきなり喋り出すので、初対面の者は仰天することになる。
 セルセーラに匹敵するか、あるいはもっと古い知識と経験をもっているが自慢することなく、聞かれた時や相手が困っている時に適切なアドバイスや知識を提供してくれる。
 性格は穏やかで常識家。セルセーラ一行の「良心」でありメンバーの良き相談相手。
 「物」として長く暮らしてきた為に生き物の都合を忘れることが多い。犠牲者の大半はアリウス。
 自律した行動は「できないこともない」程度。つまり杖としてその場でぴょんぴょん跳ねたり、短い距離をジャンプしながら移動するなど。マクガフィン本人もこの動きの不便さにはかなり不満らしく、セルセーラの手の中に収まっているほうが安心するようである。


セルセーラと一行については
 →世界観/世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館を参照のこと。

セルセーラが龍樹グリフォシィドの蠢動を察知し、探索に乗り出した事については
 →ユニットストーリー080龍樹篇「終わりの始まり」を参照のこと。

セルセーラが旧知の仲であるデーモンと会見した件については
 →ユニットストーリー167「魔道君主 ヴァサーゴ」を参照のこと。
 なおこの時、セルセーラが回答を得たはずの『リィエル゠アモルタはどこに消えたのか』については彼女から明かされていない。だが、『リィエル゠アモルタが消滅したわけではなく、時空法に抵触したことによって、この世界の外に置かれているらしい』ということが運命者と宿命者に共有されたのは、この時にセルセーラの問いとアリウスの挑戦によって得られた情報によるものである。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡