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短編小説「ユニットストーリー」
189 朔月篇第13話「月の門番 ヴェイズルーグ III」
ブラントゲート
種族 ムーンキーパー
カード情報

Illust:北熊


 月。不毛な世界。
 ここには吹くはずのない風、降るわけもない雨、そして聞こえるわけもないあの声──。
「ヴェイズルーグ様」
 配下のムーンキーパーの呼びかけに、月の門番は浸っていたある想いから覚めてその目を開け、振り向かず腕を組んだまま答えた。
「彼はここに?」
「はい。クレーターの中央に」
「何か聞かれたか」
「いいえ、何も。……あ、一つだけ」
 ひざまずいていた月の使者レプソルトは杖を立てて、戸惑ったように天使の医師を顧みた。
「『しばらく見ていて良いか』と」
 ムーンキーパーの長も振り返った。
 確かにレザエルは顔を上げ、台地の底から周囲を見渡していた。
 月を、空を、そこに浮かぶ星々を、故郷である青く輝く星を、彼らムーンキーパーを。
 そして、月の門を。その奥に潜むものを。
「なるほど。準備はできたようだな、奇跡の運命者よ」
 呟いたヴェイズルーグは両手を上げると、虚空に向かい呼ばわった。
「空覆いしは黒き翼。曙光集めて門へと捧ぐ。……集え!烏輪うりん幻真獣げんまじゅうレヴノローグ!!」
 月の試練、再び。
 惑星クレイ第1の月最大のクレーターに闘気が満ちあふれた。

Illust:タカヤマトシアキ


 空を覆うからすの群れ、クレーター外周のリムの頂きに立つヴェイズルーグとムーンキーパー、上空で駆動する月の門。
「同じだ」
 レザエルの呟きに、心の中でヴァルガが答える。
『だが戦いとは常に流転するものだ』
 ここに再び召される前、レザエルはリィエル記念病院を訪れたヴァルガと(この月で行われる試練について)検討を重ね、彼の教導も得ている。友であり運命者同士でありながら、改めてヴァルガに師事することにレザエルは全くためらわなかった。ヴァルガは“無双”であり芸術家である。人の心の機微にも深い理解と洞察力を持っている。
『お前は複雑な男だ、レザエル。それは初めて見た時から分かったし、だから真っ先に剣を交えた』
『いきなり斬りかかるのが、そちらのやり方かと当時は思ったものだ』
『否定しない。それは相手が一流であればこそだ。そしてお前の強さと弱さを知った』
『運命大戦、宿命決戦を通じ、私は多少なりとも克服したつもりだったが』
『いいや。何も変わってはいない』
『……』
『複雑に考えすぎる。それがお前の強さであり弱さの元なのだ』
『確かに。それについてはずっと指摘を受け続けている。《在るべき未来》の選択についても』
『まだ気がついていないようだな。欠点の中に美点があり、短所とは長所になり得ることを』
『ああ。まだうまく飲み込めていない』
『お前はオレではない。レヴィドラスでもユースベルクでもない』
 無双の剣士は、ここ最近レザエルを鍛え直してくれた最強の戦士たちを挙げてゆく。
『真似をしただけではまだ負ける。つまり、お前に必要なのは技でも力でも知略でも変革の意識でもない』
『……』
『混乱したか。だが全てを呑み込んだ上でなければ、自得には達しないぞ。なぜオレはオレ自身や弟子に、飽きることなく同じ鍛練を課すのか、わかるか』
『医術と同じだ。高度な課題に直面するほど、基本に立ち返ることが重要だからだ。全てが我が手と頭に入っているから、患者を救う最善手に辿り着くことができる』
『お前は賢い、レザエル。戦いもそれと変わらない。心技体が応えるのは、準備と努力とあるべき状態を保ち続けられた者、勝つ資格がある者のみなのだ。諦めず揺るがない心。ガブエリウスにも教わったはずだぞ』
『手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる』
『全てを捉え己がものとせよ。最速で熟考しろ』

 キンッ!
 物思いにふける様子のレザエルに、レヴノローグの群れが錐状に収束し、突撃してきた。
 金属音は、殺到する殺気の奔流をレザエルが剣先だけで逸らして見せた薄い大気の波動である。
「汝、我が声聞こえるならば呼応せよ。一つ目の祖にして、戒めの牙となりし幻想。天を駆ける真なる獣……」
「第一の幻真獣 “天戒牙狼てんかいがろう”ロズトニル!」
 オォォ──ッ!!!

Illust:中村エイト


 巨大な月の門から、流星のように第一の幻真獣が飛来し咆哮する。
 さらに、万古に輝く黄金の月エイリフト・グルマーニの輝きを受けて
「二つ目の祖にして、導きの王と成りし幻想……世界を震わす真なる獣」
「第二の幻真獣 “震界蛇王しんかいじゃおう”ガルズオルムス!」

Illust:中村エイト


 リムの頂きでヴェイズルーグが続けざまに叫び、世界震わす無辺の蜷局とぐろ、第二の幻真獣が出現したのもレザエルはどこか遠く、しかしここまでの経験から当然予測される戦いの流れとして(自分でも驚くことに)快く受け容れた。
 1体でもまったく敵わなかった相手が数で倍になったにも関わらず、である。
 レザエルは力強く羽ばたき、さらに加速した。
「ほう」
 ヴェイズルーグが思わず声をあげたほどに、次のレザエルの行動は意外なものだった。
 月の門番の前を固める2体の幻真獣ロズトニルとガルズオルムス。
 彼らは、レザエルが仕掛けてくるであろう懸命かつ大振りな斬撃、「面」の攻撃に備え、それぞれに牙を剥きだし、迎撃のため身を固めていた。
 そのど真ん中を、背後に烏レヴノローグの群れを引き連れたままのレザエルが、猛烈な速度で押し通る。
 聖剣さえ体側にぴたりと付けただけの、ただ突破だけを意図した「点」の攻撃だ。
「推参!」
 ヴェイズルーグも油断していたわけではない。
 月の門番は普段、身体を周回させているトゲ状の物体を花弁のように展開して、突進をはばもうとする。
 だがレザエルは長剣をもう一枚の羽根のように伸ばし、錐もみ状に回転することで、ヴェイズルーグのトゲを全て弾いた。
「!?」
 もし続けて構えていたら、レザエルは2体の幻真獣に追いつかれ、捕らえられていただろう。
 レザエルは勢いを殺さず、そのままヴェイズルーグに組み付き、月の門番を身体ごとかっさらった。
 そのまま急上昇する。
 月の空へ。
 弱い重力を味方として。
「やるな。これは何の戦術だ」
 ヴェイズルーグの口調は冷静だったが、今のレザエルにそれを気にする余裕はなかった。
「ユースベルクのスピード、レヴィドラスの浸透力、そしてヴァルガの戦闘勘」
「なるほど。電撃戦で乱闘に持ち込もうというわけか、奇跡の運命者」
「今まで接近戦を試していなかったからな、月の門番よ」
「それでこそ挑戦者だ」
「このまま行かせてもらう!」
 レザエルは体勢を変え、ヴェイズルーグを抱えたまま急降下する。
 みるみる月の地面が迫った。狙うは飯綱いずな落とし。
「捨て身か。工夫も覚悟も良い」
 落下点から2体の幻真獣がさっと身を避ける。
「いいのか、このまま。配下も避けたぞ」
 生死のかかった場面、相手を倒そうというギリギリでもこう聞いてしまうのは、甘さではなくレザエルの本質が医師だからなのだろう。
「彼らは我を信頼しているのだ。よいぞ、落とせ」
 レザエルは稲妻の速さと勢いで、ヴェイズルーグを月面に逆向きのまま叩きつけた。
 月が震え、弱い重力のために砂塵と岩が爆発的に湧きあがり、いつまでも落ちてこようとはしなかった。
「……やったか」
「いいや」
 次の攻撃を避けられたのは、磨き抜かれた剣士の才能、いやもはや本能のおかげだった。
 いきなり爆煙を貫いて殺到した6条もの軌道が異なる光線を、レザエルは半身になり、剣を背後に引いた姿勢ですべてかわした。
 だがヴェイズルーグとトゲの斉射は、その衝撃波だけでも奇跡の運命者をよろめかせた。
「まだだッ!」
 レザエルは叫び、また真っ直ぐに飛び上がる。ヴェイズルーグに向けて。
 両脇から迫る幻真獣ロズトニルとガルズオルムスを、それぞれひと振りで牽制しながら、一気に距離を詰める。
 ガキッ!
 レザエルの剣とヴェイズルーグの掌──月の門の形に輝く、エネルギーの小防壁──が噛み合った。
「良いぞ。実に良い、奇跡の運命者。何が君を変えた」
「友たちが。支えてくれる一人一人が、私の背中を押してくれる!」
「よし。では辿り着いて見せよ。この月の試練とその先にあるものを!」
 ヴェイズルーグの姿は今日、一番に輝いた。
 眩しく金色に。そう、それは上空で動きを増したあの月の門と同じように。

Illust:北熊


《次回に続く》


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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡