ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
「レザエルが望んでいるのは“世界”を癒すこと。戦いはそのやり方の一つでしかない。彼自身が“奇跡”なのよ」
オディウムは空を見上げていた。腕に“卵”を抱えて。
黄昏時。ブラント月は低空に赤く輝き、その背後にはクレイ周辺の巨大な惑星がひしめいている。
中天に白い満月。つまり今、月の表は“昼”なのだ。
ソエルは、振り向かずに言った今の言葉が、自分がかけようとした問い「お師匠様はなぜいつも先頭に立って戦う運命なのでしょうか。誰よりも優れた医師なのに」の答えだと知ってはいたけれど、時の宿命者オディウムの洞察力に圧倒されてしまった。時によってそれはほとんど読心術の様である。
「ソエルも心配なんでしょう。レザエルのことが」
そんなソエルに振り向くオディウム。少年の天使は黙って頷くしかなかった。
「大事な人が命がけで戦っているというのに。肝心な時、自分はいつも見守る側」
オディウムはまた言い当てた。
ギアクロニクル遺跡によって造られし天使の彼女は、惑星クレイに生を受けて間もないのにも拘わらず、医師として助言者として、アモルタの卵の所持・代弁者として、さらにまた個性派揃いの宿命者でも際立った発言権を持つ重要人物になっている。要は、賢く力強く気品があるのに、レザエルの事となると健気で激しやすい所が(リィエル゠アモルタとは違った意味で)老若男女から愛されているのだ。
「でも、私たちはレザエルが安心して任せられると信頼しているから後に残されたの。自信持って」
「はい……」
「そしてその期待に応えようと私も努力していくわ。医師としても、3人のリィエルの一人としても。もっともっと彼の支えになれるように」
そうそう。もう回診の時間よね、知らせに来てくれてありがとう。とソエルの肩を軽く叩いてから、オディウムはリィエル記念病院の屋上エアポートから降りようと歩き出した。
「あの!オディウムさん……」
「なぁに?」
黄昏の陽の下でギアクロニクルの天使が振り向いた。
その目には理解と知性と優しさ、そして言葉にはしない葛藤があった。不安をも希望に変える意志の強さ、それこそが“均衡”。運命者と宿命者がこの星の運命力の極である所以だ。
ソエルは決めた。今の自分に欠けているもの、それは上を向いて成長し続ける姿勢だ。目の前の宿命者オディウムのように、諦めることなく人の善性を信じ、困難に立ち向かう。懸命に自分自身の人生を歩き続ける信念だ。
「僕、いつかオディウムさんみたいになりたいです」
「ありがと。私も頑張るわ。レザエルにもっと頼られて、ソエルにもずっとそう言ってもらえるようにね」
そして同僚ソエルを促したオディウムはもう一度、空を仰ぎ見て言った。
誰にも聞こえないほどの呟き。でもそこに込められた想いはおそらく、その腕に携えたアモルタと、華廟に眠る朽ちぬ美しきリィエルと合わせた3人分の、心からの強い願いだった。
「頑張れ、私のレザエル」
Illust:北熊
──月面。
月の試練は、追うヴェイズルーグと幻真獣2体、そこから逃れるレザエルという展開になっていた。
そもそもの数的不利に加えて、月の門番と幻真獣はそのうちの1体でも運命者を2度負かすほどの力を持っている。
まして低重力の月面はムーンキーパーの独壇場と言ってよい。
よって逃げの一手は至極真っ当な流れなのだが、黄金色に輝きを増したヴェイズルーグはそんなレザエルに──この戦いの前に見せていた落ち着きにも通じる──変化を感じ取っていた。
「運命王となるタイミングを計っているのか……それとも」
ヴェイズルーグは独り言ちながらも、挑戦者を追い詰める手を緩めはしなかった。
月の門よ、さらなる試練の力を!
門番の呼びかけに“門”が応える。
ある種のエンジンを思わせる回転と光が高まると、
『門を護せしは震界の蜷局!!』
Illust:北熊
第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムスの姿が蜂の巣状のバリアに包まれ明滅したかと思うと、次の瞬間、各々の身体が膨らみ、速度をあげてレザエルとの距離を一気に詰めた。
レザエルの判断もまた瞬速だった。ガルズオルムスの猛攻から状況を読み取る。
(同時攻撃!速さだけでは無い。攻撃と防御それぞれが上がっているのか)
月面の砂を蹴立てて着地すると、迫りくる蛟型ガルズオルムスとそれに続く狼型ロズトニルとの強力無比な二重攻撃に聖剣を構えて備える。
ヴェイズルーグは意表をつかれた様だった。
「まさかパワーアップした幻真獣の突進を正面きって受け止めるつもりなのか、レザエル」
ドーン!!
希薄な月の大気を震わせて、狼型ロズトニルと蛟型ガルズオルムスはレザエルと激突した。
……いや、2体の幻真獣がぶつかり破壊し、えぐり取ったのは月の地面だ。
この戦いの直前、時間が無い中で親友ヴァルガから秘密裏に伝授されたのが「見切り」だ。いや、月面で幻真獣相手に試すにしてはもはや「捨て身」と呼ぶべきか。
激闘の中で唯一度訪れるかどうか。この刹那の機会に、レザエルとそして秘伝を授けたヴァルガは賭けた。
「『手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる』!」
空高く舞い上がる爆煙の中からレザエルが立ちあがった。
レザエルは今までにない力が身体に溢れてくるのを感じていた。
一人で戦っているのではない。
レザエルに後事を託し修行を続けるヴァルガ。内心を窺わせることなくいつもと変わらぬ様子で患者に接し微笑んでいるオディウム、その側にいるアモルタの“卵”、ソエル。この月の戦いに目を凝らしているヴェルストラと宿命王レヴィドラス。ブラグドマイヤーとアルティサリア、他の運命者・宿命者の視線と彼を想う波動をも今のレザエルには感じることができた。運命大戦と宿命決戦、それぞれの終盤に感じたものと同じか、それ以上に。
「そうでなくてはな!」
ヴェイズルーグが叫んだ。爆煙と突進の最中でなかったならば、レザエルは月の門番の口調に、ある種の喜びさえ感じて驚いたに違いない。この時確かに、ヴェイズルーグは目の前の戦いと(おそらく謎に包まれた彼の真の目的のために)レザエルの抵抗に手応えを感じたのだ。
ありがとう、皆。
そして……
「我、今こそ我が願いの在処を知る!癒やすべきはこの世界すべてと我自身にあり!」
レザエルは飛んだ。迷いを捨てまっすぐにヴェイズルーグに向かって。
「推参!」
奇跡の運命王レザエル・ヴィータ!
今、6つの大いなる翼を広げ、長大な聖剣とともに運命王レザエルは飛んだ。
立ちはだかる大いなる壁。
月の門番ヴェイズルーグに。
Illust:タカヤマトシアキ
「!」
レザエルの突進と渾身の突きを、ヴェイズルーグはまたしても月の紋章が浮かぶ両掌で弾いた。
……いや、際どいところで受け流したというべきだろう。
その証拠に、月の門番は勢いを受け止めて後退し、聖剣と掌の間には激しいスパークが発生している。
「惜しい。だが背後はどうするのだ、運命王?」
そう。この数瞬の間に体勢を立て直した2体の幻真獣が、月面を蹴って飛翔し、背後から再びレザエルに襲いかかってきた。
「諦めない。私の勝利に懸け、帰りを待つ人のためにも退かない」
迫りくる危機の中、鍔迫り合いの力を緩めないまま、レザエルは目を閉じた。
勝とうとする欲が目耳を奪い、負けを恐れる心が手足を縛る。ならば戦いそのものを呑み込むことで、危地すら好機と成り得る。それが戦いを生業とする最強の剣士ヴァルガから教わった心得だ。
『世界と人を癒そうとする心が勝ちを引き寄せる。俺はそんなお前を認め、終生の好敵手と認めたのだ』
レザエルは確かに今、勝敗を超えた境地にいた。
惑星クレイの空の下でじっと目を閉じ、心は彼に寄り添い共にこの月で戦っている、剣の師にして無二の友ヴァルガの言葉通りに。
『戦えレザエル。力尽きる、その最後の瞬間まで』
──レザエルは夢の中にいた。
真剣勝負しかも月の試練を課すムーンキーパーの長と鍔迫り合いをしている時に、微睡むなど本来はあり得ない事だ。だが武芸、スポーツそして芸術や学問、発明であっても最高度に集中が高まった時、微睡むような非現実的な感覚を得る者は少なくない。ゾーン、無我の境地、悟り。呼び方は様々だが、今レザエルが没入している感覚と時間はそうしたものなのだろう。
『レザエル』
呼ぶ声がする。
レザエルは頭を上げてその方向を見た。上方、この微睡みの世界であってもそこには厳然と「月の門」が浮遊していた。その中心に潜む影がレザエルを呼んでいるのだ。
『レザエル』
「その声には覚えがある」
レザエルは記憶を遡るように首を傾げた。
「こうした夢の中で、おまえはずっと私に呼びかけていた。何者だ?」
影がすっくと身を起こした。
「レザエル、君は何のために戦う」
「それは長い間、私自身の問いでもあり、医師として迷う時もあった。しかし、特にこの試練を通じて一つの答えに達したと思う」
「……」
「私は傷ついた全てのもののために戦ってきた。……だが、それだけではない。私は私の愛する者の笑顔のために、全力で剣を振るう。つまり私の剣とは、メスと同じく人と世界を癒し治すために使われるものなのだ!」
奇しくもそれはほぼ同時刻に、惑星クレイの地上で時の宿命者リィエル゠オディウムが発した言葉に酷似していた。レザエルが以前、オディウムに心からの声を伝えたのは──互いがどんなに離れていても通じる──こうした深く心に寄り添う理解と労りに対する感謝と敬意の表れだったのかもしれない。
影は大きく頷いたようだった。今、レザエルにはどれほど遠くてもその仕草を感じ取られた。
『よろしい。ではレザエル。名を』
「名前をどうしろというのだ」
『我が名を』
唱えよ、というのだろうか。あるいは言い当てろと?
『我が名を』
影は変わらぬ口調で繰り返した。
彼我の間が月面と軌道上という宇宙的な距離にも関わらず、はっきりとその問いはレザエルの耳に届いた。耳に?
「……そうだ。おまえは夢の中で確かに言い、私は聞いた。いずれ出会いの時、我が名を呼べと」
記憶の中で、耳に親しく寄せられた嘴が囁いていた。
『互いの名を知り、それを呼び合うことは我々にとって永遠に続く魂の契約。奇跡の運命者レザエル、そして奇跡の運命王レザエル・ヴィータ。我が名は……」
あの時、あの翼を持つ影は何と言ったか。
レザエルは今日最高の集中力を奮って、記憶の靄を払った。答えはすぐそこにあった。
「リフィストール!」
レザエルは微睡みから覚めて叫んだ。月の門に、その奥で彼を待ち続けていた存在に。
「我は呼ぶ。救世の翼と共に飛ぶ、月より出でし真なる獣!宇宙に輝くもう一つの奇跡……奇跡の幻真獣リフィストール!」
Illust:タカヤマトシアキ
『我が契約、成れり!』
彗星のようにそれは降ってきた。
そして今まさにレザエルの背を襲おうとしていた、2体の幻真獣を撥ねのけ蹴散らす。猛禽のような動き。
レザエルもまた背中の不安がなくなった事で、聖剣を一気に薙ぎ払い、月の門番ヴェイズルーグを突き放す。
「応えたか、幻真獣が!」
月の門番は構え直し再び戦いに臨みながら、満足げにそして喜びを隠しきれない呟きを放っていた。
そしてレザエルはリフィストールに応えた。
「今こそ我らの絆は永遠のものとなった。共に行こう、リフィストール。我が友よ」
『どこまでも。命果てるまで、レザエル』
2人は初対面のはずなのに信頼して互いの背を任せ、長年の友のように意思を通じ合うことができた。
それはそうなのだ。
初めての試練からずっとリフィストールは(まだ名の無い幻真獣として)レザエルを見つめてきた。
あの時は敗北に終わったものの、レザエルの勇敢さと無私の心はリフィストールの心を動かしたし、いつかその精神がさらなる高みまで到達できると期待して待ち続けていたのだから。
「放て、リフィストール!」
レザエルはこちらの様子を窺い体勢を整えているムーンキーパー達を、まっすぐに指した。
奇跡の幻真獣は少しのけぞった後、体前に集束させたエネルギーを光線として放つ。
鋭く伸びた光条は、ヴェイズルーグを直撃した。
「よし。だが、まだ足りぬ」
低重力に舞い上がる砂塵の中からヴェイズルーグは起き上がり、まるで教練教官のような言葉を返した。
「防御を切り崩すぞ、リフィストール!」
レザエルもまた闘志あふれる訓練生のように、この新たな同士と共に突進した。
奇跡の運命者と奇跡の幻真獣が、ムーンキーパーの陣営3体を聖剣と嘴で襲い、また離脱する。旋回してまた攻撃。レザエルはレヴィドラス、ユースベルク、そしてヴァルガから“迷いの無さ”を学んでいる。
(そうだ。迷いなく迫り相手の実体に近づいてゆく。これこそが必要なものだったのだ)
ヴェイズルーグは呟いた。
そして彼の闘志も燃え上がった。彼自身の述懐と、門番としての務めはまったく別なものなのだ。
「行け、我が幻真獣たち!ガルズオルムス!」
主の指示に、第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムスが飛び出した。
旋回するレザエルに追いつき、激しく帯電した身体から続けざまに雷撃を放つ。
レザエルはこれをかざした聖剣で全て受けた。
「ぐっ!」
さすがは第二の幻真獣が本気で放つ打撃に、運命王であっても回避の余裕は無い。
「ロズトニル!」
ヴェイズルーグの声に高く跳び上がった第一の幻真獣 “天戒牙狼”ロズトニルが、火球を吐く。レザエル・ヴィータの聖剣はそれを横真っ二つに斬ってみせた。
「耐えてみせる!」
月面の空に閃光が炸裂する中、レザエルはもう何度目かわからぬほど繰り返してきた突撃を試みた。
ただし今度は宙に浮いて待つヴェイズルーグの、さらに上空から。
長大な聖剣が振り下ろされる。
「運命王といえども、勢いだけでは……むっ?!」
ヴェイズルーグはレザエル・ヴィータの一撃が、振りは派手ではあるが渾身のものではないのを感じ、警戒した。鍔迫り合いを挑むレザエル、広げられた6つの翼、やや大仰ともいえる構え。……何かがおかしい。
「そうだ。勢いだけではない。今は友がいる」
キラリ!
月面を流星の様に走る光を見た時、ヴェイズルーグは理解した。
リフィストールだ。
奇跡の幻真獣リフィストールはこの第一の月の曲率とその視差、そして自身の速さを利用して地平線の下に潜り、ムーンキーパー達の目を一瞬あざむき姿を消したのだ。
レザエルが上空に注意を集める囮となり、その隙にリフィストールが視野外の低空から一気に距離を詰める。
(出会ったばかりでこれほどの連携ができるのか、レザエルよ)
次の攻撃にそなえレザエルが距離をとった瞬間、ヴェイズルーグは突進してきたリフィストールの前に大きく手を広げて立ち塞がった。まるで格闘技の師匠が弟子に“胸を貸す”ように。
「さぁ来い!奇跡の幻真獣!」
リフィストールの突撃をヴェイズルーグはまともに受け止めた。
──!
上空に突き抜けた奇跡の幻真獣と聖剣を構えた運命王の前で、月の門番の姿は猛烈な爆光の中に消えていった。
Illust:北熊
「月の試練、これにて完了」
レザエルがハッと顔をあげた時、今までの戦いが嘘だったかのように、穏やかに輝く月面の目の前にはムーンキーパー達が立ち並び、勢揃いしていた。誰からも戦意はもう感じられなかった。
では、すべては夢だったのだろうか。
いいや。レザエルとヴェイズルーグらの身体には激戦の跡が残り、レザエルの側には奇跡の幻真獣リフィストールがいる。幻などではなかった。
「見事だ、レザエル。よく学びよく戦い、そしてよく己に向き合った」
ヴェイズルーグは歩み寄り、運命王レザエルの肩に手を置いた。
「ではこれが試練だったと。あなたと戦い、奇跡の幻真獣を我が友とすることが?」
「そうだ」
ヴェイズルーグは深く頷いた。
「そして我もまた君の戦いと試練への向き合い方に、思い起こされるものがあった」
レザエルはそれが何かは聞かなかった。誰にでも心密かに思う大切なことはあるものだから。
ヴェイズルーグはその気づかいを感じたのか、また満足げに頷いた。
「さぁ。次の段階へ進もう」
「というと、それが試練が“鍛練”である理由なのか。達成とは資格の見極めと証明でもあると?」
「そうだ。事態は切迫している。我はまず、世界の癒やし手として君の見識と智慧を借りたいのだ」
ヴェイズルーグの言葉にレザエルも頷いた。
出会ってからずっとヴェイズルーグに感じていたこと。彼らの厳しさの中に垣間見える“切迫感”や挑戦者レザエル、ヴァルガに懸ける“期待”のようなもの、つまり月の門番とムーンキーパーが惑星クレイ世界とその住人に真摯に向き合う一族である、という予感を今の言葉が裏打ちしていたからだ。
「事情を伺いたい。それが世界と我々にとって善なるものであれば、喜んで協力しよう。私で良ければ」
レザエルは感じたままに答えた。
ヴェイズルーグもまたレザエルに掛けた手を離そうとはしなかった。
「もちろんそれで構わない。君は試練に向き合い、悩み、考え、そしてその心に幻真獣は応えたのだから」
「痛み入る」
月の門番ヴェイズルーグは月世界へと手を広げ、レザエルを差し招いた。
「さぁどうか我の友として、そして幻真獣に認められた者として我らの依頼を聞いてほしい。大いなる謎と大いなる務めが待っている」
レザエルはヴェイズルーグとムーンキーパーを、今も駆動する月の門を、傍らで信頼の目を向けるリフィストールを、そしてこの上なく親しく感じる仲間たちが待つ惑星を見上げた。
全力を振り絞って戦い、思わぬ同士と友を見出す。
世界は美しい。その癒やしのためなら私は何でもしよう。
「行こう。ヴェイズルーグ」
奇跡の運命王レザエル・ヴィータはそう言うと歩き出した。
成さねばならぬ事が待つ未来へ。眩しく陽光が降り注ぐ昼の月世界へと。
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《今回の一口用語メモ》
奇跡の幻真獣 リフィストール
ついに月の試練に打ち克ったレザエル。
その勝利の原動力となり、月の門番ヴェイズルーグと配下とに対峙した不利な戦局を一変させたのが、奇跡の幻真獣リフィストールだ。
ヴェイズルーグと共にレザエルを追い詰めた試練の担い手、第一の幻真獣 “天戒牙狼”ロズトニルと第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムスもまた「幻真獣」。だが、リフィストールはその姿を明らかにした瞬間から、レザエルの供であり強力な味方としてその側に寄り添っている。
つまり立場と成り立ちが、前者(門番の眷族)と後者(試練達成者の供「奇跡の~」)では全く違うのだ。
月の門番ヴェイズルーグは、他の情報と同じように、この2つの幻真獣の特性についても説明をしていない。
だが現時点でも、月の試練と幻真獣について、ヴェイズルーグがレザエルにかけた言葉から推測できる事はあるので、我が不肖の弟子が運命者・宿命者から集めた情報も参考として、下記に挙げていきたいと思う。
①「月の試練」とは:
月の門番ヴェイズルーグが眷族である幻真獣とともに、選ばれし挑戦者と全力で戦い、その中で幻真獣を呼び寄せることができたものが達成となるもののようだ。そして今の所、達成者として確認されているのは奇跡の運命王レザエル・ヴィータのみである。
②新たな幻真獣、試練達成者の供とは:
試練達成者が何らかの自らの“壁”を越え、何よりも強い意志を示した時、月の門の奥に潜む新たな幻真獣が出現し、彼らの側に仕える事となるようだ。
今の所、その名前と姿、そして力が明らかになったのは「奇跡の幻真獣リフィストール」しかいない。
リフィストールは(レザエル以外には)言葉を発せず、しかし高い知性と強い意志、ある種の友情と忠誠心のような絆も達成者であるレザエルに見せている。運命者と同じ「奇跡」を冠している事。また天使であるレザエルに対して翼ある幻真獣がその側に寄り添った事にも、何か宇宙的な意味があるのかもしれない。
③ヴェイズルーグの目的とは:
さて今、我々が直面している最大の謎。それが……、
月の門番ヴェイズルーグが何を目的として、惑星クレイから挑戦者を選び「月の試練」を課すのか、だ。
今回レザエルがヴェイズルーグと対話するまで、この謎にもっとも近づいたと思われるのは無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスだ。
ただヴァルガは、親友であるレザエルにさえ「鍛練」というキーワードを残すのみで、ヴェイズルーグから託されたもう一つについては黙秘しているため、情報が少なすぎて推測も曖昧なものにならざるを得ない。
ただ、①②の繰り返しにはなるが、ヴェイズルーグと月の門は極めて厳しく高い水準の「試練」を課すことで、レザエル(達成者)やヴァルガ(未達成)のような、「惑星クレイでも選りすぐりの運命力と心身に優れる者を鍛え、限界と己自身を知り克服し、その心に幻真獣が応える者を探している」という事は確かだ。
ヴェイズルーグは一体、何に向けてレザエルらを“鍛練”しているのだろうか。
今回また新たな謎として情報を得た「ヴェイズルーグがレザエルに依頼したい事」を含めて、またもう少し時間が経ち、状況が明らかになった所で再度、考察してみたいと思う。
月の門の中心部で、レザエルを窺う奇跡の幻真獣リフィストールについては“もう一つの影”として
→177 朔月篇第2話「月の門番 ヴェイズルーグ」
の末尾に触れられている。
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オディウムは空を見上げていた。腕に“卵”を抱えて。
黄昏時。ブラント月は低空に赤く輝き、その背後にはクレイ周辺の巨大な惑星がひしめいている。
中天に白い満月。つまり今、月の表は“昼”なのだ。
ソエルは、振り向かずに言った今の言葉が、自分がかけようとした問い「お師匠様はなぜいつも先頭に立って戦う運命なのでしょうか。誰よりも優れた医師なのに」の答えだと知ってはいたけれど、時の宿命者オディウムの洞察力に圧倒されてしまった。時によってそれはほとんど読心術の様である。
「ソエルも心配なんでしょう。レザエルのことが」
そんなソエルに振り向くオディウム。少年の天使は黙って頷くしかなかった。
「大事な人が命がけで戦っているというのに。肝心な時、自分はいつも見守る側」
オディウムはまた言い当てた。
ギアクロニクル遺跡によって造られし天使の彼女は、惑星クレイに生を受けて間もないのにも拘わらず、医師として助言者として、アモルタの卵の所持・代弁者として、さらにまた個性派揃いの宿命者でも際立った発言権を持つ重要人物になっている。要は、賢く力強く気品があるのに、レザエルの事となると健気で激しやすい所が(リィエル゠アモルタとは違った意味で)老若男女から愛されているのだ。
「でも、私たちはレザエルが安心して任せられると信頼しているから後に残されたの。自信持って」
「はい……」
「そしてその期待に応えようと私も努力していくわ。医師としても、3人のリィエルの一人としても。もっともっと彼の支えになれるように」
そうそう。もう回診の時間よね、知らせに来てくれてありがとう。とソエルの肩を軽く叩いてから、オディウムはリィエル記念病院の屋上エアポートから降りようと歩き出した。
「あの!オディウムさん……」
「なぁに?」
黄昏の陽の下でギアクロニクルの天使が振り向いた。
その目には理解と知性と優しさ、そして言葉にはしない葛藤があった。不安をも希望に変える意志の強さ、それこそが“均衡”。運命者と宿命者がこの星の運命力の極である所以だ。
ソエルは決めた。今の自分に欠けているもの、それは上を向いて成長し続ける姿勢だ。目の前の宿命者オディウムのように、諦めることなく人の善性を信じ、困難に立ち向かう。懸命に自分自身の人生を歩き続ける信念だ。
「僕、いつかオディウムさんみたいになりたいです」
「ありがと。私も頑張るわ。レザエルにもっと頼られて、ソエルにもずっとそう言ってもらえるようにね」
そして同僚ソエルを促したオディウムはもう一度、空を仰ぎ見て言った。
誰にも聞こえないほどの呟き。でもそこに込められた想いはおそらく、その腕に携えたアモルタと、華廟に眠る朽ちぬ美しきリィエルと合わせた3人分の、心からの強い願いだった。
「頑張れ、私のレザエル」

──月面。
月の試練は、追うヴェイズルーグと幻真獣2体、そこから逃れるレザエルという展開になっていた。
そもそもの数的不利に加えて、月の門番と幻真獣はそのうちの1体でも運命者を2度負かすほどの力を持っている。
まして低重力の月面はムーンキーパーの独壇場と言ってよい。
よって逃げの一手は至極真っ当な流れなのだが、黄金色に輝きを増したヴェイズルーグはそんなレザエルに──この戦いの前に見せていた落ち着きにも通じる──変化を感じ取っていた。
「運命王となるタイミングを計っているのか……それとも」
ヴェイズルーグは独り言ちながらも、挑戦者を追い詰める手を緩めはしなかった。
月の門よ、さらなる試練の力を!
門番の呼びかけに“門”が応える。
ある種のエンジンを思わせる回転と光が高まると、
『門を護せしは震界の蜷局!!』

第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムスの姿が蜂の巣状のバリアに包まれ明滅したかと思うと、次の瞬間、各々の身体が膨らみ、速度をあげてレザエルとの距離を一気に詰めた。
レザエルの判断もまた瞬速だった。ガルズオルムスの猛攻から状況を読み取る。
(同時攻撃!速さだけでは無い。攻撃と防御それぞれが上がっているのか)
月面の砂を蹴立てて着地すると、迫りくる蛟型ガルズオルムスとそれに続く狼型ロズトニルとの強力無比な二重攻撃に聖剣を構えて備える。
ヴェイズルーグは意表をつかれた様だった。
「まさかパワーアップした幻真獣の突進を正面きって受け止めるつもりなのか、レザエル」
ドーン!!
希薄な月の大気を震わせて、狼型ロズトニルと蛟型ガルズオルムスはレザエルと激突した。
……いや、2体の幻真獣がぶつかり破壊し、えぐり取ったのは月の地面だ。
この戦いの直前、時間が無い中で親友ヴァルガから秘密裏に伝授されたのが「見切り」だ。いや、月面で幻真獣相手に試すにしてはもはや「捨て身」と呼ぶべきか。
激闘の中で唯一度訪れるかどうか。この刹那の機会に、レザエルとそして秘伝を授けたヴァルガは賭けた。
「『手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる』!」
空高く舞い上がる爆煙の中からレザエルが立ちあがった。
レザエルは今までにない力が身体に溢れてくるのを感じていた。
一人で戦っているのではない。
レザエルに後事を託し修行を続けるヴァルガ。内心を窺わせることなくいつもと変わらぬ様子で患者に接し微笑んでいるオディウム、その側にいるアモルタの“卵”、ソエル。この月の戦いに目を凝らしているヴェルストラと宿命王レヴィドラス。ブラグドマイヤーとアルティサリア、他の運命者・宿命者の視線と彼を想う波動をも今のレザエルには感じることができた。運命大戦と宿命決戦、それぞれの終盤に感じたものと同じか、それ以上に。
「そうでなくてはな!」
ヴェイズルーグが叫んだ。爆煙と突進の最中でなかったならば、レザエルは月の門番の口調に、ある種の喜びさえ感じて驚いたに違いない。この時確かに、ヴェイズルーグは目の前の戦いと(おそらく謎に包まれた彼の真の目的のために)レザエルの抵抗に手応えを感じたのだ。
ありがとう、皆。
そして……
「我、今こそ我が願いの在処を知る!癒やすべきはこの世界すべてと我自身にあり!」
レザエルは飛んだ。迷いを捨てまっすぐにヴェイズルーグに向かって。
「推参!」
奇跡の運命王レザエル・ヴィータ!
今、6つの大いなる翼を広げ、長大な聖剣とともに運命王レザエルは飛んだ。
立ちはだかる大いなる壁。
月の門番ヴェイズルーグに。

「!」
レザエルの突進と渾身の突きを、ヴェイズルーグはまたしても月の紋章が浮かぶ両掌で弾いた。
……いや、際どいところで受け流したというべきだろう。
その証拠に、月の門番は勢いを受け止めて後退し、聖剣と掌の間には激しいスパークが発生している。
「惜しい。だが背後はどうするのだ、運命王?」
そう。この数瞬の間に体勢を立て直した2体の幻真獣が、月面を蹴って飛翔し、背後から再びレザエルに襲いかかってきた。
「諦めない。私の勝利に懸け、帰りを待つ人のためにも退かない」
迫りくる危機の中、鍔迫り合いの力を緩めないまま、レザエルは目を閉じた。
勝とうとする欲が目耳を奪い、負けを恐れる心が手足を縛る。ならば戦いそのものを呑み込むことで、危地すら好機と成り得る。それが戦いを生業とする最強の剣士ヴァルガから教わった心得だ。
『世界と人を癒そうとする心が勝ちを引き寄せる。俺はそんなお前を認め、終生の好敵手と認めたのだ』
レザエルは確かに今、勝敗を超えた境地にいた。
惑星クレイの空の下でじっと目を閉じ、心は彼に寄り添い共にこの月で戦っている、剣の師にして無二の友ヴァルガの言葉通りに。
『戦えレザエル。力尽きる、その最後の瞬間まで』
──レザエルは夢の中にいた。
真剣勝負しかも月の試練を課すムーンキーパーの長と鍔迫り合いをしている時に、微睡むなど本来はあり得ない事だ。だが武芸、スポーツそして芸術や学問、発明であっても最高度に集中が高まった時、微睡むような非現実的な感覚を得る者は少なくない。ゾーン、無我の境地、悟り。呼び方は様々だが、今レザエルが没入している感覚と時間はそうしたものなのだろう。
『レザエル』
呼ぶ声がする。
レザエルは頭を上げてその方向を見た。上方、この微睡みの世界であってもそこには厳然と「月の門」が浮遊していた。その中心に潜む影がレザエルを呼んでいるのだ。
『レザエル』
「その声には覚えがある」
レザエルは記憶を遡るように首を傾げた。
「こうした夢の中で、おまえはずっと私に呼びかけていた。何者だ?」
影がすっくと身を起こした。
「レザエル、君は何のために戦う」
「それは長い間、私自身の問いでもあり、医師として迷う時もあった。しかし、特にこの試練を通じて一つの答えに達したと思う」
「……」
「私は傷ついた全てのもののために戦ってきた。……だが、それだけではない。私は私の愛する者の笑顔のために、全力で剣を振るう。つまり私の剣とは、メスと同じく人と世界を癒し治すために使われるものなのだ!」
奇しくもそれはほぼ同時刻に、惑星クレイの地上で時の宿命者リィエル゠オディウムが発した言葉に酷似していた。レザエルが以前、オディウムに心からの声を伝えたのは──互いがどんなに離れていても通じる──こうした深く心に寄り添う理解と労りに対する感謝と敬意の表れだったのかもしれない。
影は大きく頷いたようだった。今、レザエルにはどれほど遠くてもその仕草を感じ取られた。
『よろしい。ではレザエル。名を』
「名前をどうしろというのだ」
『我が名を』
唱えよ、というのだろうか。あるいは言い当てろと?
『我が名を』
影は変わらぬ口調で繰り返した。
彼我の間が月面と軌道上という宇宙的な距離にも関わらず、はっきりとその問いはレザエルの耳に届いた。耳に?
「……そうだ。おまえは夢の中で確かに言い、私は聞いた。いずれ出会いの時、我が名を呼べと」
記憶の中で、耳に親しく寄せられた嘴が囁いていた。
『互いの名を知り、それを呼び合うことは我々にとって永遠に続く魂の契約。奇跡の運命者レザエル、そして奇跡の運命王レザエル・ヴィータ。我が名は……」
あの時、あの翼を持つ影は何と言ったか。
レザエルは今日最高の集中力を奮って、記憶の靄を払った。答えはすぐそこにあった。
「リフィストール!」
レザエルは微睡みから覚めて叫んだ。月の門に、その奥で彼を待ち続けていた存在に。
「我は呼ぶ。救世の翼と共に飛ぶ、月より出でし真なる獣!宇宙に輝くもう一つの奇跡……奇跡の幻真獣リフィストール!」

『我が契約、成れり!』
彗星のようにそれは降ってきた。
そして今まさにレザエルの背を襲おうとしていた、2体の幻真獣を撥ねのけ蹴散らす。猛禽のような動き。
レザエルもまた背中の不安がなくなった事で、聖剣を一気に薙ぎ払い、月の門番ヴェイズルーグを突き放す。
「応えたか、幻真獣が!」
月の門番は構え直し再び戦いに臨みながら、満足げにそして喜びを隠しきれない呟きを放っていた。
そしてレザエルはリフィストールに応えた。
「今こそ我らの絆は永遠のものとなった。共に行こう、リフィストール。我が友よ」
『どこまでも。命果てるまで、レザエル』
2人は初対面のはずなのに信頼して互いの背を任せ、長年の友のように意思を通じ合うことができた。
それはそうなのだ。
初めての試練からずっとリフィストールは(まだ名の無い幻真獣として)レザエルを見つめてきた。
あの時は敗北に終わったものの、レザエルの勇敢さと無私の心はリフィストールの心を動かしたし、いつかその精神がさらなる高みまで到達できると期待して待ち続けていたのだから。
「放て、リフィストール!」
レザエルはこちらの様子を窺い体勢を整えているムーンキーパー達を、まっすぐに指した。
奇跡の幻真獣は少しのけぞった後、体前に集束させたエネルギーを光線として放つ。
鋭く伸びた光条は、ヴェイズルーグを直撃した。
「よし。だが、まだ足りぬ」
低重力に舞い上がる砂塵の中からヴェイズルーグは起き上がり、まるで教練教官のような言葉を返した。
「防御を切り崩すぞ、リフィストール!」
レザエルもまた闘志あふれる訓練生のように、この新たな同士と共に突進した。
奇跡の運命者と奇跡の幻真獣が、ムーンキーパーの陣営3体を聖剣と嘴で襲い、また離脱する。旋回してまた攻撃。レザエルはレヴィドラス、ユースベルク、そしてヴァルガから“迷いの無さ”を学んでいる。
(そうだ。迷いなく迫り相手の実体に近づいてゆく。これこそが必要なものだったのだ)
ヴェイズルーグは呟いた。
そして彼の闘志も燃え上がった。彼自身の述懐と、門番としての務めはまったく別なものなのだ。
「行け、我が幻真獣たち!ガルズオルムス!」
主の指示に、第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムスが飛び出した。
旋回するレザエルに追いつき、激しく帯電した身体から続けざまに雷撃を放つ。
レザエルはこれをかざした聖剣で全て受けた。
「ぐっ!」
さすがは第二の幻真獣が本気で放つ打撃に、運命王であっても回避の余裕は無い。
「ロズトニル!」
ヴェイズルーグの声に高く跳び上がった第一の幻真獣 “天戒牙狼”ロズトニルが、火球を吐く。レザエル・ヴィータの聖剣はそれを横真っ二つに斬ってみせた。
「耐えてみせる!」
月面の空に閃光が炸裂する中、レザエルはもう何度目かわからぬほど繰り返してきた突撃を試みた。
ただし今度は宙に浮いて待つヴェイズルーグの、さらに上空から。
長大な聖剣が振り下ろされる。
「運命王といえども、勢いだけでは……むっ?!」
ヴェイズルーグはレザエル・ヴィータの一撃が、振りは派手ではあるが渾身のものではないのを感じ、警戒した。鍔迫り合いを挑むレザエル、広げられた6つの翼、やや大仰ともいえる構え。……何かがおかしい。
「そうだ。勢いだけではない。今は友がいる」
キラリ!
月面を流星の様に走る光を見た時、ヴェイズルーグは理解した。
リフィストールだ。
奇跡の幻真獣リフィストールはこの第一の月の曲率とその視差、そして自身の速さを利用して地平線の下に潜り、ムーンキーパー達の目を一瞬あざむき姿を消したのだ。
レザエルが上空に注意を集める囮となり、その隙にリフィストールが視野外の低空から一気に距離を詰める。
(出会ったばかりでこれほどの連携ができるのか、レザエルよ)
次の攻撃にそなえレザエルが距離をとった瞬間、ヴェイズルーグは突進してきたリフィストールの前に大きく手を広げて立ち塞がった。まるで格闘技の師匠が弟子に“胸を貸す”ように。
「さぁ来い!奇跡の幻真獣!」
リフィストールの突撃をヴェイズルーグはまともに受け止めた。
──!
上空に突き抜けた奇跡の幻真獣と聖剣を構えた運命王の前で、月の門番の姿は猛烈な爆光の中に消えていった。

「月の試練、これにて完了」
レザエルがハッと顔をあげた時、今までの戦いが嘘だったかのように、穏やかに輝く月面の目の前にはムーンキーパー達が立ち並び、勢揃いしていた。誰からも戦意はもう感じられなかった。
では、すべては夢だったのだろうか。
いいや。レザエルとヴェイズルーグらの身体には激戦の跡が残り、レザエルの側には奇跡の幻真獣リフィストールがいる。幻などではなかった。
「見事だ、レザエル。よく学びよく戦い、そしてよく己に向き合った」
ヴェイズルーグは歩み寄り、運命王レザエルの肩に手を置いた。
「ではこれが試練だったと。あなたと戦い、奇跡の幻真獣を我が友とすることが?」
「そうだ」
ヴェイズルーグは深く頷いた。
「そして我もまた君の戦いと試練への向き合い方に、思い起こされるものがあった」
レザエルはそれが何かは聞かなかった。誰にでも心密かに思う大切なことはあるものだから。
ヴェイズルーグはその気づかいを感じたのか、また満足げに頷いた。
「さぁ。次の段階へ進もう」
「というと、それが試練が“鍛練”である理由なのか。達成とは資格の見極めと証明でもあると?」
「そうだ。事態は切迫している。我はまず、世界の癒やし手として君の見識と智慧を借りたいのだ」
ヴェイズルーグの言葉にレザエルも頷いた。
出会ってからずっとヴェイズルーグに感じていたこと。彼らの厳しさの中に垣間見える“切迫感”や挑戦者レザエル、ヴァルガに懸ける“期待”のようなもの、つまり月の門番とムーンキーパーが惑星クレイ世界とその住人に真摯に向き合う一族である、という予感を今の言葉が裏打ちしていたからだ。
「事情を伺いたい。それが世界と我々にとって善なるものであれば、喜んで協力しよう。私で良ければ」
レザエルは感じたままに答えた。
ヴェイズルーグもまたレザエルに掛けた手を離そうとはしなかった。
「もちろんそれで構わない。君は試練に向き合い、悩み、考え、そしてその心に幻真獣は応えたのだから」
「痛み入る」
月の門番ヴェイズルーグは月世界へと手を広げ、レザエルを差し招いた。
「さぁどうか我の友として、そして幻真獣に認められた者として我らの依頼を聞いてほしい。大いなる謎と大いなる務めが待っている」
レザエルはヴェイズルーグとムーンキーパーを、今も駆動する月の門を、傍らで信頼の目を向けるリフィストールを、そしてこの上なく親しく感じる仲間たちが待つ惑星を見上げた。
全力を振り絞って戦い、思わぬ同士と友を見出す。
世界は美しい。その癒やしのためなら私は何でもしよう。
「行こう。ヴェイズルーグ」
奇跡の運命王レザエル・ヴィータはそう言うと歩き出した。
成さねばならぬ事が待つ未来へ。眩しく陽光が降り注ぐ昼の月世界へと。
了
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《今回の一口用語メモ》
奇跡の幻真獣 リフィストール
ついに月の試練に打ち克ったレザエル。
その勝利の原動力となり、月の門番ヴェイズルーグと配下とに対峙した不利な戦局を一変させたのが、奇跡の幻真獣リフィストールだ。
ヴェイズルーグと共にレザエルを追い詰めた試練の担い手、第一の幻真獣 “天戒牙狼”ロズトニルと第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムスもまた「幻真獣」。だが、リフィストールはその姿を明らかにした瞬間から、レザエルの供であり強力な味方としてその側に寄り添っている。
つまり立場と成り立ちが、前者(門番の眷族)と後者(試練達成者の供「奇跡の~」)では全く違うのだ。
月の門番ヴェイズルーグは、他の情報と同じように、この2つの幻真獣の特性についても説明をしていない。
だが現時点でも、月の試練と幻真獣について、ヴェイズルーグがレザエルにかけた言葉から推測できる事はあるので、我が不肖の弟子が運命者・宿命者から集めた情報も参考として、下記に挙げていきたいと思う。
①「月の試練」とは:
月の門番ヴェイズルーグが眷族である幻真獣とともに、選ばれし挑戦者と全力で戦い、その中で幻真獣を呼び寄せることができたものが達成となるもののようだ。そして今の所、達成者として確認されているのは奇跡の運命王レザエル・ヴィータのみである。
②新たな幻真獣、試練達成者の供とは:
試練達成者が何らかの自らの“壁”を越え、何よりも強い意志を示した時、月の門の奥に潜む新たな幻真獣が出現し、彼らの側に仕える事となるようだ。
今の所、その名前と姿、そして力が明らかになったのは「奇跡の幻真獣リフィストール」しかいない。
リフィストールは(レザエル以外には)言葉を発せず、しかし高い知性と強い意志、ある種の友情と忠誠心のような絆も達成者であるレザエルに見せている。運命者と同じ「奇跡」を冠している事。また天使であるレザエルに対して翼ある幻真獣がその側に寄り添った事にも、何か宇宙的な意味があるのかもしれない。
③ヴェイズルーグの目的とは:
さて今、我々が直面している最大の謎。それが……、
月の門番ヴェイズルーグが何を目的として、惑星クレイから挑戦者を選び「月の試練」を課すのか、だ。
今回レザエルがヴェイズルーグと対話するまで、この謎にもっとも近づいたと思われるのは無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスだ。
ただヴァルガは、親友であるレザエルにさえ「鍛練」というキーワードを残すのみで、ヴェイズルーグから託されたもう一つについては黙秘しているため、情報が少なすぎて推測も曖昧なものにならざるを得ない。
ただ、①②の繰り返しにはなるが、ヴェイズルーグと月の門は極めて厳しく高い水準の「試練」を課すことで、レザエル(達成者)やヴァルガ(未達成)のような、「惑星クレイでも選りすぐりの運命力と心身に優れる者を鍛え、限界と己自身を知り克服し、その心に幻真獣が応える者を探している」という事は確かだ。
ヴェイズルーグは一体、何に向けてレザエルらを“鍛練”しているのだろうか。
今回また新たな謎として情報を得た「ヴェイズルーグがレザエルに依頼したい事」を含めて、またもう少し時間が経ち、状況が明らかになった所で再度、考察してみたいと思う。
ダークステイツ国の至宝にして太古より現在に至るまで惑星の記憶に通じる者
唯一無二空前絶後前代未聞の大賢者
知の探究者セルセーラ
唯一無二空前絶後前代未聞の大賢者
知の探究者セルセーラ
月の門の中心部で、レザエルを窺う奇跡の幻真獣リフィストールについては“もう一つの影”として
→177 朔月篇第2話「月の門番 ヴェイズルーグ」
の末尾に触れられている。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡