ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

「領主様♪綺麗でしょう?僕のお世話した庭園は!」
ローザリウム・フェアリーが陽光の下、色とりどりの花が咲き誇る薔薇園から顔を出して手を振った。
グランフィア農園は春うらら。
声をかけられた森厳なる薔薇の主 グランフィアも手を挙げて応えた。
若き領主は午後の日課として広大な農園を、草花や作物を愛でながら歩く。
それは本来、見回りとも呼ぶべきだろうけれど、この農園に怠け者はいないし、仮に外敵が迫るようなことがあれば誰よりも先に“薔薇の守り”が立ちはだかる。だから皆の労をねぎらい、話を聞くのが主な仕事だ。
「良い景色だ。きっと彼女も喜ぶだろう」
「ありがとうございます!」
「ローザリウム。お前は今日発つのだったね」
臣下は家族、領主は家長である。家のことで知らない事があってはならない。父から授けられた心得だ。
「はい!僕、どうしてもまたあの音楽隊の一員になりたくて」
ローザリウム・フェアリーは身体に比して大きな鋏を持ち上げながら目を輝かせ、そして俯いた。
「あ、でもごめんなさい。僕がいなくなるとこの薔薇たちが……」
「それは気にしなくていい。そろそろ来る頃だ、ほら」
雲ひとつ無い空に点が現れたかと思うと、みるみる間にそれは杖を持ったフォレストドラゴンの姿になった。
「ラスタインパート・ドラゴン」
薔薇園の空気を乱さず静かに柔らかく着地すると、竜は名を呼んでくれた領主に拝跪の礼をする。
「お呼びと伺い、参上いたしました。領主様」
「ああ。ここの薔薇の世話を任せたいのだ」
「交替というわけですな。喜んで。剪定では及びませんが、我が杖をもって薔薇を力づけましょう」
ラスタインパートは低く吼えるように笑った。
ローザリウムも笑顔になって頷いた。
ラスタインパート・ドラゴンもつい先日まで、世界樹の音楽隊のユニフォームに身を包み、町村をパレードしていた頼れる先輩だ。そうでなくても、植物とその世話を愛するグランフィア農園の仲間たちは皆、仲が良い。
「では2人とも、頼んだぞ」
「はい。分け与えしは希望の輝き。生命は今こそ咲き溢れる」
胸を張って答える杖の竜ラスタインパート・ドラゴンと鋏を掲げるローザリウム・フェアリーに見送られて、森厳なる薔薇の主 は豊かな陽光の下、また日課のそぞろ歩きへと戻っていった。


──グレートネイチャー総合大学、大コンサートホール。
華やかな行進曲。きびきびとした号令を受けてステージは進行していた。
V字の隊形がXになりΛにそしてまた合流すると+になって回転。そしてその周囲をハート型に楽団メンバーが囲み行進している。カラーガードが旗やステッキを振れば、敏捷いハイビーストや大柄なドラゴンたちまでもが指揮者の号令に合わせて軽やかに舞い踊る。
一糸乱れぬ、世界樹の音楽隊のステージドリル。
会場が、観客の喝采で沸く。
場所柄ほとんどが学生か教授陣、職員だが、それでもこの学内最大のホールを満員にしてもまだ立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。

誠実なる奉奏サンセリーテは、桔梗の花弁を思わせる鮮やかな青紫の服と髪そして飾りの付いたサックスを揺らしながら、リアノーンの列と交差した。
『いい調子ね、サンセリーテ』
リアノーンの微笑みは言葉よりも饒舌だった。
この指揮者は演奏中であっても、隊全体のパフォーマンス全てを把握できるほどの余裕がある。その役割に特化して産み出されたバイオロイドという事実を加味してもなお、世界樹とさえ心通わせられる“音”を持つリアノーンは紛うこと無き天才なのだ。
『そちらもね、リーダー』
目線で答えたサンセリーテの表情はあくまでクール。でも彼女は醒めているわけではない。実は、この本番が始まる前にもう話し終えていたからだ。みんなにとって大事なことは全て。
「ユニゾンドレス!」
リアノーンとメンバーの呼び声で、現在リアノーンが最高の力を出せる姿となった。
爛漫の総行進 リアノーン・ヴィヴァーチェ。
龍樹侵攻の際、友である黒猫アマナこと凶眼竜皇アマナグルジオ・マスクスに対抗するため、本来戦いは得意ではなかったリアノーンに、このグレートネイチャー総合大学やストイケイア海軍アクアフォースが技術と開発力の粋を集めて造り出した装備である。
もっとも今日は、戦う道具としてのお披露目ではない。
剣と弩の形をした2本2対のフルートが、指揮棒の動きに合わせて自在に宙に舞った。翼のような光とハイドロエンジンの青緑の軌跡を曳きながら。
精密で華やかなステージドリルに目を奪われていた観客は、リアノーンを中心に渦を巻く美しい“音”の舞踏に心まで魅了されていた。
「遍く想いを重ね合わせて、歓びの音色は明日を奏でる!」
音楽隊の中心、親しい者たちに囲まれながら、いまこそリアノーンは失われていた時間を取り戻した気持ちになっていた。
明日そしてまた次の日も、仲間は集まるだろう。
大賢者ストイケイアが理想として描いた未来。平和と愛、希望の旗印の下に。
音楽と舞踊を愛する大切な友たちが。

──少し前。同コンサートホール、ドレッシング・ルーム。
楽屋トークが重要なコミュニケーションの機会であることは、ストイケイアの音楽隊でも変わらない。
「それで?マグノリアさんはお元気」リアノーンの問いに
「ええ。あなた宛てに『くれぐれもよろしく』と」サンセリーテが答え、
「みんな!グランフィア農園からのお土産。どんどん持っていってね!」
愛幸の乙女ラーレィがテーブルの上に満載された山の幸を指すと種族を問わず、音楽隊のメンバーが詰めかけて次々と笑顔で手に取っていった。
新鮮な果実とジュース、蜂蜜、菓子と軽食。リハーサルと本番の間など忙しい最中にはどれも喜ばれるものだ。ましてグランフィアの名は農業大国ストイケイアの中でも、果実や花卉の最高級ブランドとして知られている。
「お礼状書かないと」
「泊まりに行ってあげたほうが喜ばれると思う。次の休暇に」
桔梗色のサンセリーテは静かに目で微笑み、農園ではチューリップの世話役をしていたラーレィは『そうして!そうして!』と陽気に手を打ち鳴らした。会話を察して楽屋にいたメンバーも賛同した。
リアノーンとグランフィア、いわば幼馴染みの2人の友情と互いへの敬意は、あの龍樹侵攻を経ても変わることは無かった。
ありがとう、みんな。
リアノーンはちょっと目尻を払った。

世界樹の音楽隊は今、さらなる発展期を迎えていると言えるだろう。
リアノーンを囲むカラーガード、生え抜きのバイオロイド、ドラゴン、ハイビーストなどに加えて、グランフィア農園からもメンバーを定期的に加えている。これが人材としての充実。
もう一つは先に名の挙がった、マグノリア王が治めるレティア大渓谷との交流だ。
樹角獣の楽園、レティア大渓谷はこれまで長い間、他所からの客を避けてきた。
それが最近になって境界の監視と制限がゆるみ、善良な旅人にその峡谷や山河が開放され始めている。
(遡れば変化の始まりは、かつてこの大学に在籍していた動物学教授の訪問と定住から始まったのだが、それはまた別の長い話である)
誠実なる奉奏サンセリーテはつい先日まで、音楽隊のメンバーでありながらマグノリア王の側に仕えて外の世界の変化を伝え、世界樹の健康についてリアノーンに代わって助言をするため、レティア大渓谷に長期滞在していた。
「変わっていくのね。色々なものが」
とリアノーン。
その脳裏に去来しているのは龍樹侵攻の折、マスクスを選んだリアノーンを命がけで止めてくれた焔の巫女リノやトリクスタの姿だろうか。あるいは同じように傷ついたマグノリア王の心身を癒すためにブラントゲートからはセラス・ホワイト、ドラゴンエンパイアからはバヴサーガラ(と表裏一体の存在である少女リノリリ)、そしてリアノーン自身がレティア大渓谷の中心まで分け入って寄り添い、幾晩も語り合った思い出だろうか。
「それって良いことだと思うよ、リアノーン」
愛幸の乙女ラーレィは明るく答えた。いま味わっているのは彼女の故郷、グランフィア農園特製の蜂蜜だ。
「私も。組織や種族、閉ざされた領域を越えて交流が進むのは進化だと思っています。過去のことは過去のこと」
誠実なる奉奏サンセリーテはその名の通り、真心と理解のこもった目でリアノーンを見つめている。
彼女はただクールな音楽隊メンバーではない。
熱い思いを胸の内に秘め、今までは距離を感じられていた同士をより密接に結びつけ、ストイケイアという広大な国に渡される架け橋になるという使命を背負って頑張っているのだ。
リアノーンは活き活きと瞳を輝かせると、装備を掴んで立ちあがった。
そう。この大ホールでのステージドリルもまた、大学につきまとう象牙の塔の閉鎖的なイメージを払拭する意味がこめられたイベント。長い歴史を誇るこの大学もまた変革を迎えるための試金石なのだ。
私たち世界樹の音楽隊に声が掛けられたのは光栄なことだ。
「うん。よしっ頑張ろう!みんな!」
メンバーの歓声が答える。
世界樹の共感者としてどうしても繊細で流されやすい面も持つリアノーン。それは彼女の美点であり最大の弱みでもある。だが、龍樹侵攻とその力に感化されたマスクスが世を席巻した最悪の時でさえ、彼女の本質が善であることを疑うメンバーはいなかった。
だからサンセリーテの次の言葉は、メンバー全員の意思でもあった。つまり……。
「共に歩み捧げましょう、私たちだけの音楽を」
了
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《今回の一口用語メモ》
クロスオーバーする人材──世界樹の音楽隊とグランフィア農園、レティア大渓谷
天輪聖紀となり惑星クレイの運命力の回復と各国家や組織の状況が好転する中で活発化しているのが、仕える相手や所属する組織などを横断し、相互に行き来する人材である。
それは、個人や組織同士の親密さと許容度の広さを示すものと言えるだろう。
ストイケイア国の場合、世界樹の音楽隊とグランフィア農園の親密な関係を示す者としてローザリウム・フェアリーやラスタインパート・ドラゴンが、また今回登場した誠実なる奉奏サンセリーテは同・音楽隊とマグノリア王(レティア大渓谷の主)との関係を示す例となる。
ここで注目したいのは、この交流の中心にいるのがいずれもリアノーンという事だ。
リアノーンは言うまでも無く、世界樹の音楽隊の指揮者。また惑星クレイに点在する世界樹と心通わせられる、稀な才能の持ち主。
リアノーンと森厳なる薔薇の主グランフィアとは先代から続く仲であり、息子である現・グランフィアがまだ幼い頃から続くその縁はとても深い。
本編でも述べられている通り、音楽隊と農園との人材交流は穏やかなもので、少数の「農業に興味がある、または旅の疲れを農園の生活で癒したい音楽隊メンバー」と「音楽や舞踏、パフォーマンスの才能ややる気のある農園の民」とがそれぞれ仕事を交換するようなイメージらしい。
一方で最近、対外的な付き合いや活動も進めているマグノリア王(閉鎖的だったレティア大渓谷の境界を緩め、あえて人語を口にするという変化は国際ニュースにもなっている)にとって、自然の理解者・共感者としてのリアノーンは良き話し相手であるようだ。
そのため、農園とは違いレティア大渓谷と音楽隊の交流は、まだリアノーン側からの働きかけの方が大きく、マグノリア王の側にバイオロイドが付き従う(そして峡谷や山河に音楽を鳴り響かせる)というもの。樹角獣は大渓谷特有の種であり、グランフィア農園の民のように生活してきた土地を離れて立場を交換したりすることは──マグノリアへの忠誠心の高さからしても──考えづらいが、それでも交流が進んだ将来、世界樹の音楽隊との関わりと協調は違う形で深まってゆくのかもしれない。
リアノーンの繊細さと純粋さ、共感力の高さ故の脆さの予兆は初登場
→ユニットストーリー060「満開の大行進 リアノーン」
でも既に見ることができる。
なおこの世界樹に指す影の気配は、長い時を経てグリフォシィドと龍樹グリフォギィラ、やがて龍樹侵攻へと繋がってゆく。
龍樹の軍門に下り、マスクスとなったリアノーンについては
→ユニットストーリー089「隷属の葬列 リアノーン・マスクス」
ユニットストーリー090「武装鏡鳴 ミラズヴェルリーナ」
を参照のこと。
バヴサーガラがリアノーンと仲が良い知り合いで、以前から気に掛けていた様子は
→ユニットストーリー060「満開の大行進 リアノーン」
ユニットストーリー064「マーチングデビュー ピュリテ」
で触れられている。
なお、リアノーンとセラスがいつ頃から、連れだってマグノリアを訪れるほど良好な関係(親友)となったのかは作中明らかではないものの、時期的には
→入国者と捜査官として会った
ユニットストーリー090「武装鏡鳴 ミラズヴェルリーナ」の後、
リアノーンが、ブラントゲートで龍樹の仮面を廃棄し、
天輪側に協力する各国と連携してユニゾンドレスの開発を進めたあたりから急接近したものと思われる。
樹角獣王マグノリアと樹角獣、C・K・ザカットについては
→ユニットストーリー017「樹角獣 ダマイナル」
ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」
ユニットストーリー053「大渓谷の探究家 C・K・ザカット」
ユニットストーリー109「厄災の樹角獣王 マグノリア・マスクス」
および
世界観──ライドライン解説「大倉メグミ」
世界観コラム──セルセーラ秘録図書館「樹角獣」
を参照のこと。
マグノリアが治めるレティア大渓谷の、それまでの鎖国から開放に向けての動きについては、宿命決戦の真っ只中である頃のエピソード
→ユニットストーリー152「無限の宿命者 レヴィドラス」《今回の一口用語メモ》
動物学者/大渓谷の探究家C・K・ザカットの解説でも触れられている。
マグノリアに寄り添うリアノーン、セラス、バヴサーガラについては
→ユニットストーリー111「強欲魔竜王 グリードン・マスクス」本文、ブルースの言葉として触れられている。なお当時、マグノリア・マスクスに一撃を与えて正道に立ち返らせたブルースだが、当のマグノリアには(この時は少々)恨まれたという事情がある。
マグノリアとバヴサーガラ(人間の身体と自我を持つに至ったリノリリ)の交わりについては
→ユニットストーリー035「樹角獣帝 マグノリア・エルダー」を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡