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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
193 クレイ群雄譚 アナザーストーリー 「お菓子な可笑しな遊園地 ハートルールー」
ダークステイツ
種族 ワーカロイド
 すばらしい冬がやってきました。
 パチパチはじける暖炉に、月あかりに染まる氷柱、透きとおった夜空にまたたく星々の光。街はすてきなものであふれて、目抜き通りをゆく大人たちの頬はべに色にかがやき、おしゃべりの声はバルーンのように弾んでいます。
 けれど大人に手をひかれている子どもたちはだれも彼もしょんぼりとうつむいていました。
 くつ先を見てはフゥとため息をつき、犬のしっぽを見てはフゥとため息をつき、いくら大人にはげまされてもその顔は暗いままです。
 それもそのはず。マーケットにいっても、カップボードをあけても、ばぁばのハットを持ちあげても、どこにもあのお菓子が、あのオモチャが無いのですから。

 ダークステイツから世界に飛び立つ、ハートルールーのハッピー・トイズ!

 季節はずれの抜け殻も、角がとれて丸くなったガラス片も、今はガラクタにしか見えません。子どもたちがしんそこ欲しいのはあのハートマークがついたお菓子とオモチャだけなのですから。
 

 雪がシュガーパウダーのようにふってくる、うつくしい晩のことでした。
 ダークステイツのとある家で、ひとりの女の子が窓ぎわに腰をかけていました。細くひらいたカーテンから庭先に光がもれ、霜のおりた庭草がきらきらとかがやいています。
 女の子がフゥとため息をつくと、リビングからばぁばの声がきこえてきました。
 ディナーができたわよ、早くいらっしゃい……
 けれどいま彼女が恋しいのはピーマンがこっそり入ったシチューではなく、甘い甘いハートマークのキャンディなのです。お腹はぐぅぐぅ鳴っているのに、なかなか立ちあがることができません。
 するとどこかから、トントン、と小石がぶつかるような物音が聞こえてきました。外から誰かが窓をたたいているようです。
 女の子はカーテンをあけ、窓にまぶたを押しつけ目をこらしましたが、雪で白いベールがかかった庭には人影らしいものは見えません。
 こんどは外から声がきこえてきました。鈴をシャラシャラと鳴らすような、かわいらしい声音でした。

「ここよ、ここ! アタシはここ!」

 おどろいて、女の子はアッと声をあげてしまいました。窓サッシの下の暗がりで、濃いピンクの影がぴょんぴょんと飛びはねていたのです。
 それはこれまで見たこともないような、かわいらしいウサギのぬいぐるみでした。

 

Illust:小玉

 
「アタシ、ピカピカ・バニー! アナタにお手紙を持ってきたの!」

 ピカピカ・バニーは携えたショルダーバッグから手紙を取りだして、誇らしげにかかげました。フラップはあざやかな紫のシーリングスタンプでとじられ、そこにはあの、夢にまで見たハートマークがピカピカと光っていました。

「アナタをお菓子かし可笑おかしなハートルールーの遊園地にご招待!」

     ♡

 怒りんぼ、笑いんぼ、泣きんぼ。
 せいたかのっぽ、ぷくぷくちびすけ。
 にょっきりツノ、パタパタ羽、ギザギザ歯。
 子どもはみんなそれぞれちがうけれど、好きなものをきかれたら口を揃えてこう言うでしょう。

 ダークステイツから世界に飛び立つ、ハートルールーのハッピー・トイズ!

 それはすてきなオモチャとお菓子をつくる工場の名前です。
 工場長の名前はハートルールー。子どもと遊ぶためにつくられたワーカロイドです。
 工場長、という肩書きは大人びて立派ですが、その見た目はいささか『可笑し』な感じで、口うるさい大人なら眉をひそめかねないものでした。
 背が高く、アメジットのような目はビカビカと光って、とくに子どものこととなるともう恐ろしいほど輝きます。
 着ているタキシードは目にまぶしいほどのライムグリーンで、へんてこなパズル柄が裏にも表にもつづいています。シルクハットの上ではオモチャの汽車が走りまわり、ときたまポッポー! と汽笛を鳴らしてはまわりをビックリさせるのでした。
 ハートルールーは自分の身なりをとても気にいっていました。とびっきりのお菓子をつくるには、とびっきり可笑しな格好でなくてはいけませんから。
 ハートルールー、という名前だけあって、一年前まで存在した彼の工場はちょうどハートマークの形をしていました。
 右手にはお菓子の植物園が広がって、しゅわしゅわはじけるソーダの川や、ひんやりアイスの実る木や、ナッツでできたチョウが飛びかっていました。
 左手に広がるのはオモチャの遊園地です。パズルがはぜるローラーコースターに、びゅんびゅん速い観覧車、ドールが舞いおどるミラーハウス、夢のようなところでオモチャたちは毎日楽しく暮らしていました。
 風がびゅうびゅうと吹く夜、変化がおとずれました。
 ひとりの悪戯っこがにやりと笑い、遊園地のまん中から火をつけたのです。
 火はまるで獣の牙のように遊園地をのみこんで、ソーダの川も、アイスの木も、ローラーコースターも、大観覧車もぜんぶ燃やしてしまいました。
 おしまいに悪戯っこはハートルールーのほっぺたにキスをして、元気いっぱい去っていったのです。

 

Illust:モレシャン


 けれどハートルールーとオモチャたちはちっともめげませんでした、しょげませんでした。
 なんて素晴らしい! とスキップしました。
「燃えてしまったということは、1から作れるということさ!」
 せっかくつくるのですから同じものでは退屈です。もっともっと、子どもたちが大喜びするような工場にしなくては。
 ハートルールーはギョロギョロと目をひらき、ステッキを軽やかにふりました。
 名案が浮かんだのです。

「そうだ、遊園地を作ろう! 可笑しなお菓子な遊園地だ!」
 
 これまでの工場にあった遊園地は、子どもたちを呼ぶにはいささか危険な代物でした。街路樹は火を吹き、ローラーコースター目がけて鉄砲玉が飛びだし、まっくらな迷路はどこまでつづいているかわかりませんでした。そのせいで大人たちがいやがって、遊園地に行きたがる子どもたちを引きとめたのです。
 ですからこんどは子どもたちが遊んでもたんこぶくらいですむような、大人たちが渋々うなずくくらいの遊園地にすることにしました。 
 それでも子どもたちはワクワクドキドキするものが大好き。ふわふわ安全なものばかりではきょうざめです。
 ハートルールーとオモチャたちは子どもたちが退屈しないよう、うんとアイディアを出しあって、とびきりの遊園地をつくることにしました。
 開園日は一年後の冬の日です。
 子どもたちが大きくなるのはあっというまですから、それ以上待たせるなんてできません。
 時間はロウソクを吹き消すようにすぎていきました。

 
 まだ朝だというのに、遊園地の天空モニタには雨雲を塗りこめたような冬空が映しだされていました。それはまるでハートルールーの気持ちをうつしとったかのような灰色でした。
「はぁ……」
 ハートルールーは私室の窓べに立って、深いため息をつきました。
 私室は遊園地にそびえるタワーのてっぺんにありました。尖ったタワーのてっぺんですから天井は上にいくほど細くなり、そこにヘンテコなモビールが数えきれないほどつるされています。
 広さは子ども部屋のおよそ倍くらいで、天蓋つきのベッドにはお菓子の包みが、クローゼットにはけばけばしい衣装が、それぞれぎっしりとつまっていました。
 一面には天井までつらぬく大きな窓があり、そこから遊園地のようすを見おろすことができました。
 遊園地のまん中には大きなソフトクリーム型のモニュメントがたっていて、『開園まで残り十日!』の文字がピカピカと光っています。
 そう、年月はかけ足ですぎ、開園まであとたった十日しかないのです!
 もうすっかりできあがっていなければいけないのに、およそ半分のアトラクションには白い作業シートがかかっていました。
 メッシュになったシートから見えるアトラクションは、お世辞にも今日あすにできあがるとは思えないありさまです。
 遊園地づくりは予想したよりも大変で、なかなか思うように進んでいませんでした。
 ハートルールーはぽっかりあいたように寒々しい胸に手をあて、もうひとつため息をつきました。
 けれどもう朝なのです。くよくよしてはいられません。
「さぁ行こうじゃないか!」
 ハートルールーは自分をふるい立たせ、下におりていきました。
 遊園地はとほうもない大きさのドームになっていて、天井いっぱいに外を映しだす仕組みでした。これで雨の日だってびしょ濡れにならずにめいっぱい遊ぶことができるというわけです。
 まん中にはソフトクリーム型のモニュメントと虹色にひかる大観覧車があり、それをかこむようにローラーコースターがめぐっています。街路にはモザイクタイルでヘンテコな絵が描かれ、そこでスキップすると自分まで絵のなかに入ったような心地になるのでした。
 太陽はまだのぼったばかり。オモチャたちはまだ夢のなかにいるようで、ハートルールーのほかに人影はありません。
 そのとき、遠くから声が聞こえてきました。
「ハートルールー、おっはよー!」
 道の向こうからポンポンと跳ねるようにしてやってきたのはテディベアのティティでした。

 

Illust:モレシャン


 その後ろから追いかけてきたのは、クルミ割りの兵隊ナチュナチュです。
「ハートルールー、昨日も遅くまでがんばってたんだろ? オモチャは遊ぶのがシゴト、がんばりすぎは良くないぜ。俺にドドーンとまかせな!」

 

Illust:モレシャン


 ティティとナチュナチュはかつての工場でそれぞれエリアリーダーをつとめていたふたりです。いまは特にはりきって遊園地をつくってくれる頼もしい仲間でした。
 ふたりの顔を見たとたん、ふさいでいたハートルールーの気持ちは青空のように晴れていきました。
「おはようティティ、ナチュナチュ。さぁ、きょうも一日楽しく騒ごうじゃないか!」
『イェーイ!』
 ふたりはこぶしをあげてピョンとジャンプしました。
 その声が目覚ましになったのでしょう。遊園地で次々とオモチャたちが起きだしました。コーヒーカップからはふわふわのぬいぐるみが、アイアンのベンチでは猿のシンバル奏者が、眠たげに目をこすり、のびをして、小さくあくびをしました。
 さぁすてきな今日のはじまりです。
 ハートルールーのもとにはぞくぞくとオモチャたちが集まってきて、おはようハートルールー、と挨拶してくれます。おはようみんな、とハートルールーもほほえみました。
 そのときでした。

 ドーン! 

 世界をまっぷたつにするようなものすごい音がして、地面がびりびりと震えました。ハートルールーは転びかけたティティを抱きとめ、あたりを見わたしました。
「地震かな?」
 いいえ、ちがいました。
 遊園地の中心にそびえ立っていたソフトクリームモニュメントのてっぺんから、黒い煙がもくもくとあがっているのです。
 一体なにがあったというのでしょう。
 ハートルールーが息せき切ってかけつけると、一足先に到着したオモチャたちがモニュメントを見あげて首をかしげていました。
 モニュメントには大きな穴があき、まるでお菓子を食べすぎた虫歯のようになっています。
「なにが起こったのか知っている子はいるかな?」
 オモチャたちはみんな首を振りました。
 しかしモニュメントを何度ためつすがめつしたところで一向に原因はわかりません。もうモニュメントは完成しきっていて、爆発をおこすようなものが近くにあったとはおもえないのです。
 ハートルールーが弱っていると、上のほうからばたばたという羽ばたきが聞こえてきて、色鮮やかなオウムが肩に舞いおりました。
「ハ、ハ、ハートルールー、ハートルールー!」
 彼は録音レコーディングオウムのパーロット。人の話し声を録音することができるオモチャです。
「おはよう、パーロット。どうしたのかな?」
 パーロットはなにかを訴えかけるように激しくくちばしをうち鳴らしました。
「犯人、キイテタ! キイテタ!」
 ハートルールーはパチンと手をうちました。パーロットは録音オウム。きっと犯人の手がかりを録音しているにちがいありません。
「すばらしい! さっそく聞かせてくれ」
「ワカッタ、ワカッタ!」
 パーロットは頭を前後ろにうごかして、ノイズまじりの声で話しはじめました。

『……よし、準備は完了だ』
『楽勝だったな。セキュリティは無いも同然、見張りはザルだ』

 ハートルールー、そしてオモチャたちはハッと息をのみました。
 録音されたふたりの声は、この遊園地ではたらくどのオモチャのものでもありませんでした。タバコや酒によってしわがれ煤け、夢をうしなった大人の声でした。
 大人は、ハハッ、とかすれた声で笑います。
『しょせんガラクタの寄せ集めだからな。あのハートルールーとかいうイカレ人形だって、元は子守り用のワーカロイドだって話さ』
『納得がいったぜ。ガキがデカくなって捨てられて、今はめそめそガキのための遊園地を作るって? ガラクタオモチャが惨めだねぇ』
『ガキなんて、うちのキャンディ食わせておきゃ勝手にハイになるってのに!』
『違いねぇ!』
 ガハハ、ガハハハ
 のけぞるようにして笑っているのか、パンパンパン、と手をうつ音が聞こえてきます。
 ふとそれがやんで、大人は冷えきった声で言いました。
『……あぁ、そろそろ時間だな。これでオモチャどもは大人の怖さを知るだろうよ』
『——3,2、1……』
 ドカァン……という爆発音をおしまいにして、パーロットは口をとじました。
 きっとこの音がさきほど聞いた爆発音なのでしょう。犯人はかってに入ってきた大人たちだったのです。
 さわぎたてていたオモチャたちは黙りこみ、あたりにはいやな静けさがみちました。
 ハートルールーは歯をくいしばり、にぎりこぶしをワナワナとふるわせました。
「なんてことだ、オトナが、オトナのせいで……」
 オトナがどんなつもりでモニュメントを爆破したのか、正確なところはハートルールーにはわかりませんし、わかりたくもありません。
 からだの内から、自分ではどうしようもないほどの怒りが炎のように次から次へとわいてきます。
 怒りはハートルールーの頭をまっ赤にします。するとどうしたというのでしょう、意識がだんだんと遠のいていき、まぶたがひとりでに閉じていくのです。それはまるで燃えつきた紙きれが黒いすすになって消えていくように……
 やがて糸が切れたように力がぬけ、かたい地面がほおにぶつかり、オモチャたちの声が遠くにきこえました。

「——ハートルールー! ハートルールー! しっかりして!」

     ♡

『 おとうさん おかあさん 
  イイコにするから もうわがままなんて言わないから
  わたしと遊んでくれるお人形をください どうかおねがいします 』
 
 ダークステイツのとある街で、小さな女の子が手紙を書きました。そうしてハートルールーはこの世界に生まれたのです。
 ハートルールー、と名前をつけてくれたのは女の子でした。けれど舌ったらずに「ルールー」と呼ぶせいで、まわりの大人たちはハートルールーのほんとうの名前を知りませんでした。
 女の子が「ハートルールー」とおわりまで呼ぶときは決まってわるさをするときでした。大きらいなピーマンをこっそりあつめ、お母さんの目をぬすんでハートルールーの口にさしだすときなんか、まさにそうです。
 もちろんお母さんはいじわるをしているわけではありませんし、ピーマンをたべるのは子どもの仕事です。
 ハートルールーもそれをわかっていますから、口をすっぱくして言いきかせるのですが、女の子も負けません。
 その目はすばらしく美しく、虹のかかった空をそのままはめこんだような青でした。まっすぐにじぃっと見つめられると、ハートルールーはたちまち降参してしまうのでした。

 
 子どもが大きくなるのは早いものです。
 女の子の髪はのび、背たけもぐんぐんと育って、そのうちにピーマンだってたべられるようになりました。ハートルールーはそれをよろこびほほえんで、さみしい胸をかくしていました。
 ある晴れた朝のことです。
 女の子はまっ白なうつくしいドレスを着て、知らない大人に手をひかれ、どこかに出かけていきました。
 窓の外からは「結婚おめでとう!」「結婚おめでとう!」という声がしきりに聞こえてきます。それもどんどん遠くなり、やがて聞こえなくなりました。
 ハートルールーはずっとずっと、ひとりぼっちで子ども部屋に立っていました。
 どれだけ時間がたったのでしょうか。ハートルールーは、デスクの上に白い封筒がおかれていることに気がつきました。そこには女の子の筆跡で『ハートルールーへ』と書かれています。
 ハートルールーは手紙を読まずに家から出ました。
 もう大丈夫、あの子はもう上手にスキップできますし、ピーマンだってたべられます。ハートルールーに手をひかれなくたって、どこにでも行けるのです。
 だってオトナになったのですから。
 だってオトナになってしまったのですから——


「……――」
 ハートルールーが意識を取りもどし、ゆっくり目をあけますと、あたりはオモチャたちでいっぱいでした。
 数えきれないほどのオモチャたちがベッドにおしかけ、それぞれ心配そうな顔でハートルールーをのぞきこんでいたのです。
 ティティはひときわ深刻な面もちでハートルールーの手をにぎっていました。
「……良かった。ハートルールー」
「問題ないとも! 何をそんなに心配しているんだい?」
 背中をささえられて身体をおこすと、そこはハートルールーの私室でした。ふんわりとおりた天蓋の向こうに灰色の空が広がっているのが見えます。
 可笑しなことが起こっていました。ついさっきまで下でパーロットの声を聞いていたはずなのに、いつの間に私室に移ったのでしょう 
 ふしぎそうにハートルールーが首をかしげていると、オモチャたちは言いづらそうに口をひらきました。
「……あのね、ハートルールー」
「オトナたちの声を聞いたあと、ハートルールーは倒れちゃったの」
「それから眠っていたの。壊れちゃったのかと思うぐらい、ずっとずっと……」
「ずっと……?」
 心にいやな影がさしこみました。
 ハートルールーは止めようとするオモチャたちの手を振りきりベッドをおりて、遊園地を見おろしました。
「まさか——」
 穴のあいたモニュメントの上でたよりなく光っている文字は、こうでした。

『開園まであと三日!』

 アァッとハートルールーは悲痛な叫び声をあげました。
「三日?! ワタシは七日も眠っていたっていうのか。嘘だと言ってくれ!」
 にわかには現実をうけとめきれず、ハートルールーはまばゆい光に目を射られたように顔をおおいました。しかしすぐに顔をあげました。
「遊園地は今どうなっているのかな?」
 窓ごしに遊園地をにらみつけると、白いシートがかかった建物はまだ五つもありました。彼がたおれてしまう前とほとんどようすが変わっていません。
 言葉をうしなっているハートルールーの足元で、オモチャたちはぴょんぴょんと跳ねました。
「わたしたち、とってもがんばったの」
「でも、ハートルールーのことが心配で心配で」
「お菓子も喉を通らなくなっちゃって……」
「……すまなかったね、みんな」
 ハートルールーはひとりずつオモチャたちをなでてあげました。しかしその頭のなかでは恐怖にも似たあせりがぐるぐるとうずを巻き、少しでも気をぬけば口からあふれてしまいそうでした。
 あと三日! たった三日で遊園地を作りあげられるとはどうしたって思えないのです。

——仕方がない、開園をのばせばいいじゃないか。 

 頭のどこかで声が優しくハートルールーにささやきかけてきます。それはまさしく自分の声でした。

——ダメだ!

 ハートルールーは首を強くふりました。
 すでに子どもたちへの招待状は出してしまっているのです。みんなみんな、首を長くして開園を待っているにちがいありません。その日のためにほしいものをガマンしている子だっているでしょう。彼らをがっかりさせるようなことはぜったいにできません。

——でも、どうすれば今から間にあうのだろう?

 頭から煙がでるまで考えこみ、そこでふと、名案が浮かびました。
「……あぁ、そうだ!」
 ハートルールーのくちびるには冷たいほほえみが浮かんでいました。
 どうしてこんなに単純なことを今まで思いつかなかったのでしょう?
 ハートルールーは勢いよくふりかえり、オモチャたちへと叫びました。
「寝るのをやめてずっと働けばいい! そうすれば倍働くことができる! これ以外にもう方法はない!」
 しかし聞きわけのわるいオモチャたちは不安そうな顔をして、なかなかウンと言いません。
「また倒れちゃうよ!」
「もう平気だとも、この通り!」
 ハートルールーがステッキを軽やかにふると、オモチャたちは竜巻のように吹きとびました。
 ビュウビュウと吹く風のなか、ティティは必死に声をあげます。
「オヤツの時間はどうするの?」
「もちろん抜きだ! オヤツを食べている暇があれば街路をしける!」
 そんな! オヤツがないなんて! オモチャたちから痛ましい声があがります。
 ナチュナチュはハートルールーの腕にすがりつきました。
「お昼のパレードは?」
「中止だ! パレードなら遊園地が完成してからいくらでもできる!」
 頭のなかでは、大人たちがタバコとアルコールによごれきった声でハートルールーをあざ笑っています。

——『ガキがデカくなって捨てられて、今はめそめそガキのための遊園地を作るって?』
——『ガラクタオモチャが惨めだねぇ』

 うるさい、うるさい、と頭のなかで叫んでも、いやらしい笑い声はやみません。
 うるさい、うるさい、うるさい——

 ドンドン!
 ハートルールーはステッキで床を打ち鳴らし、雷のような大声で叫びました。

「禁止、禁止、ぜーんぶ禁止だ!」

 気づくと、あたりは嵐がすぎた夜のように不気味にしずまりかえっていました。
 オモチャたちは部屋のすみで身をよせあって、おびえた目でハートルールーを見つめています。
 そこ映っているハートルールーの姿の、なんと恐ろしいことでしょう。
「……あぁ」
 ようやく彼は自分のしでかしたことに気づき、ステッキを取りおとしました。
「……すまない、みんな。ワタシに遊園地を作る資格はない」
「そんなことない!」
 オモチャたちはあわてて飛びおきました。
「いいや、ワタシの台詞を聞いただろう? ワタシはオトナになってしまったんだ。あの愚か極まりないオトナに……!」
 オトナ、それは夢をもたないイキモノ。
 オトナ、それは笑顔をわすれてしまったイキモノ。
 ハートルールーはオトナを憎むあまり、いつしか自分もオトナになってしまったのです。
 こんな心ではコドモたちに楽しんでもらうなんてできっこありません。
 足から力がぬけてしまい、よろよろとひざをつきました。みっともない顔を見られたくなくて手で顔をおおうと、そこにふわふわとしたものがかさなりました。
 たくさんのぬいぐるみがハートルールーを取りかこみ、やわらかな手でふれているのです。
「ハートルールー、泣いてるの?」
「……何を言っているんだい? オモチャは笑わせるものだ、泣くはずなんてないだろう」
 しかしなぜでしょうか、目をおおっている指先が雨のようなものでぬれるのです。
「この水はそう、きっと故障さ。ハハハ、修理をしなくてはね。目から水が出るなんてオモチャ失格だ!」
 ハハハハハハ!
 こわれオモチャのようにけたたましい笑いをひびかせたあと、ハートルールーはがっくりと肩をおとし、消えいりそうな声をもらしました。
「……みんな、許してくれ」
「元気をだして、ハートルールー」
「だれも怒ってなんかいないよ」
「ハートルールーが一番がんばってるの、みんな知ってるもの」
 オモチャたちがハートルールーの頭をぽんぽんとなでた、ちょうどそのときでした。しめっぽい空気を引きさくように、耳ざわりなアラート音がけたたましく鳴りひびきました。
 それに続けて、天井にしつらえられたスピーカーから余裕のない叫び声が聞こえてきました。

『——侵入者あり、侵入者あり、正面ゲートに侵入者あり!』

「なんだって?!」
 ハートルールーはお尻に火がついたように立ちあがりました。
 まだ開園前ですから、外と遊園地をへだてる正面ゲートにはオモチャ以外がいるはずありません。
 それなのに今、黒い服を着た怪しげな大人たちが何人もゲートにとりついてこじ開けようとしていました。その手には銃や剣のようなものがにぎられています。オモチャたちが持っている花が飛びだすピストルや、飴でできたサーベルとはちがう、本物の武器でした。
 オモチャたちは空気がぬける風船のように悲鳴をあげました。
「……オトナが遊園地を壊しにきたんだ」
「もうダメだ、おしまいだ!」 
 いつものハートルールーならば勇ましい声をあげ、オモチャたちをふるい立たせたことでしょう。しかしいまはのどがつっかえて、うまく声が出せません。
 万事休す、と思われたそのときです。
 雲がさぁっとひらいて光がさしこむように、ピカピカな声が響きました。

「あれあれ、どうしたの? とーってもダルダルなムード!」

 部屋にピョンッと飛びこんできて、くるりと一回転したのはピカピカ・バニーでした。
 世界中の子どもたちに招待状をとどけるため、ピカピカ・バニーが遊園地を出発したのが二ヶ月前のこと。すべてを配りようやく帰ってきたのです。
 ハートルールーは弱々しいほほえみを向けました。
「おかえり、ピカピカ・バニー。よく帰ってきたね。今すこし大変なことが起こっているんだ」
「もう、ダルダルな話はあとあと! ハートルールー宛てにピッカピカなお手紙があるんだから!」
 ジャジャーン! 
 ピカピカ・バニーは一通の手紙を取りだしました。
 薄いピンク色の封筒には『ハートルールーさまへ』と、すこしかたむいた文字でしるされ、その左右にはぷっくりとしたハートのシールがはられていました。
 ステキなシール! それは子どもにとってなによりも大切な宝物です。ハートルールーの目にはダイヤやルビーよりもずっとずっとかがやいて見えました。
「……なんてすてきな手紙なんだ」
 大人たちのことなんてすっかり忘れ、ハートルールーはふるえる手で封筒を受けとりました。
 一年前に工場が燃えてしまうまでは「すてきなお菓子をありがとう!」とピカピカな手紙が届いたものです。しかし工場がなくなってからは「どうしてなの?」「かなしいよ」とかなしげな手紙がちらほらと届くだけで、ピカピカな言葉はたえて久しくなっていました。
 子どもたちからの手紙はハートルールーにとってケーキやチョコレートと同じくらいたいせつなものです。手紙をもらえないハートルールーはお腹を空かせた子どものようになってしまい、胸はぽっかりと空いて、それによって遊園地づくりは思うようにすすまなかったのです。
 封筒から便箋を取りだすと、たどたどしい筆はこびでこう書かれていました。

『 ハートルールーさんへ
  しようたいじよう ありがとうございました
  ばあばといつしよにゆうえんちにいけるのが いまからとつてもたのしみです』
 
 封筒には手紙だけではなく、写真が一枚はいっていました。
 まっさらな青空のしたで、一人の大人が庭に座ってほほえんでいます。
 オモチャたちは写真をのぞきこんで、めいめい好きかってに言いたてました。
「誰これ、女の子じゃないわ。とってもおばあちゃんだわ」
「コドモじゃない」
「生まれたての犬みたいにシワシワだ」
 ハートルールーはオモチャたちのすきまから写真を見おろして「オトナはみんな醜いね!」と悪口を言ったあと、こうつけたしました。
「でもこの瞳はすてきじゃないか」
 彼女の目はすばらしく美しく、虹のかかった空をそのままはめこんだような青でした。
 ハートルールーはフンと鼻を鳴らします。
「ま、オトナの写真なんて、ワタシはこれっぽちもいらないけどね!」
「じゃあ俺がもらう!」
 ピョンピョン! とナチュナチュがジャンプして、写真に手をのばしました。
「ダメだ!」
 ハートルールーはねずみ取りにかかったような、ひっくり返った声をあげました。
 そして写真をていねいな手つきで封筒にしまいこみ、空っぽの胸におさめました。
 するとどうでしょう。
 灰色の雨雲のように心をおおっていた憂鬱はたちまち吹きとび、胸からあたたかな力があふれ、身体のすみずみまで満ちてゆきます。
 頭にはだれも考えつかない奇天烈なアイデアや、見たことのない破天荒なイメージがこんこんと湧きでてきます。
 いまなら未完成な遊園地だって一息でつくりあげられることでしょう。
 ハートルールーはオモチャたちの顔を一人ひとりていねいに見つめました。
「みんな、ふがいないワタシを許してくれるかい?」
「もちろん!」
「僕らはハートルールーが大好きなんだから!」
 オモチャたちのジャンプに合わせ、ハートルールーはステッキをトトンと鳴らしました。
「よろしい!」
 ハートルールーはギョロギョロと目を見ひらき、悪夢のような顔で笑いました。

「——まずはオトナをやっつけてしまおうか」

    ♡

 ハートルールーの遊園地から南に百キロほどいったところに『トイ・カンパニー ドロ・ポップ』はありました。
 しかしトイ・カンパニーとは名ばかりで、彼らの商品はすこしふれただけでねむれなくなるゲームや、食べたら別人のようになってしまうキャンディなど、子どもにはふさわしくないものばかり。 
 ところがハートルールーがオモチャとお菓子をつくれないのをいまがチャンスと魔の手を広げ、じわじわと子どもたちをむしばみつつありました。
 ですからハートルールーの遊園地が完成し、ふたたびハッピー・トイズが子どもたちの手にとどくとたいへん都合がわるいのです。
 遊園地にやってきた大人は十人。ドロ・ポップにやとわれ遊園地をこわすようにと命令された悪者たちでした。
 大人たちの種族はバラバラでしたが、共通しているのは戦いにきたというのに身を守るための装備がすくないこと。
 お金はたんまりともらっているにも関わらず、しょせんはオモチャたちだとバカにして、ちょっとの支払いですませようという魂胆でした。
 なにせそのぶんだけ懐にはいるお金は多くなるのですから。
 大人たちは隠れようともせず正面ゲートをこじあけ堂々とはいってくると、黄色い歯と黒ずんだ歯ぐきをむきだしにしてゲタゲタと笑いました。
「さぁ、さっさと終わらせて一杯やって帰ろうぜ」
「あぁ、雑魚を壊して飲む酒が一番美味い!」
 するとそのときです。
 大人たちのうしろで、ギイィィ……とぶきみな音をひびかせゲートが閉まりました。
 つづけて地面がかすかに揺れはじめました。地震でしょうか? 浮かれ気分の大人たちは物音が聞こえてきて、ようやく異変に気がつきました。
 ドシーン、ドシーン、ドシーン……
 地響きをあげてやってきたのは、空をおおうほど大きな大きなフワフワでした。

 

Illust:テッシー


 遠くからでもその身のたけが大きいことは明らかです。
「へっへっ、フワフワなんて一発でガス欠にしてやる」
 先頭をゆく大人が銃をぶっぱなします。タタン、タタタンッ! と小太鼓のような銃声がひびきました。
 しかし銃弾はやわらかな身体にのみこまれ、ジャイアント・フワフワはとまりません。
 フワフワは両手をおおきく広げ、大人たちを三人まとめてつかまえました。
「ぎゅ、ぎゅ~ってしてあげる!」
 大人たちは必死であばれましたが、ぎゅうっとだきしめられたらもう、逃げだすことはできません。
 軽やかな音をたて、ポップコーンのようにはじけました。

 ポン! ポポン!
 
 その下にいた大人たちはもう、おどろいたのなんのって。
 顔を完熟リンゴのようにまっ赤にそめ、あわてて逃げ場をさがしましたが、ゲートはぴったりと閉まっています。押しても引いてもびくともしません。閉じこめられてしまったのです。
 ワァ、オォ、ヒィ
 それぞれ声をはりあげてバラバラにかけだしました。
 ひとりの大人が目抜き通りをへっぴり腰で走っていると、前からテンポのいい足音が近づいてきました。
 パカラッ、パカラッ、パカラッ……
 高らかにひづめを鳴らし、やってきたのはブロックでできた馬でした
 
 

Illust:ハタパグ


 しめしめこれはいいところにきた、と大人はブロック・ホースに手をのばしました。背中に飛びのって遊園地をかけぬけ、出口をさがそうという腹づもりです。
 しかしブロック・ホースが乗せるのは子どもだけ、きたない大人がふれることは断固としてゆるしません。さおだちになり、にやつく顔をおもいっきり蹴りあげました。
 軽やかな音をたて、ポップコーンのように弾けました。

 ポン! ポポン!
 
 別の大人はローラーコースターの影で息をころしていました。さわぎが落ちつくまでそこでオモチャたちの目から逃れようという企みです。
 するととつぜん上から嵐のような音がふってきて、見あげますと、シャークの頭をつけたコースターが猛烈なスピードでせまってきました。
 
 

Illust:モレシャン

 
 めいっぱいに開かれたあぎとからまっ赤な炎があふれ、大人のからだをつつみます。
 軽やかな音をたて、ポップコーンのように弾けました。

 ポン! ポポン!

 あちらではメリーゴーラウンドの騎馬がかけ、そちらではコーヒーカップがびゅんびゅん飛びかい、こちらではでぶっちょオモチャ怪獣が火を吹きます。

 

Illust:かわすみ


 まるで誕生日パーティの支度をするキッチンのように、そこかしこでポップコーンが弾ける音があがりました。

 ポン! ポポン!
 ポン! ポポン!
 ポン! ポポン! 
 
 ハートルールーはステッキをくるくると回し、鼻歌まじりのスキップで、ソフトクリームモニュメントの前に立ちました。
 ちょうどその下ではひとりの大人がしゃがみこんでいました。
「さてさて、キミでおしまいかな。遊園地を楽しんでもらえたようで何よりだ!」
 その大人はヒューマンの男で、顔の下半分がもじゃもじゃのヒゲにおおわれていました。髪もまたいつシャワーをあびたのかわからないほどもじゃもじゃで、清潔をおもんじる大人であれば鼻をつまんで顔をしかめるようないでたちです。
 大人はハートルールーを憎しみのこもった目でにらみつけました。
「何が楽しんでもらえたようで……だ。イカれた人形野郎め!」
「……おや?」
 しわがれたその声にはおぼえがありました。
 録音オウムのパーロットの口からあふれた大人の声とまったく同じものでした。あの憎たらしい大人がまたのこのことやってきたのです。
「キミにはたくさん迷惑をかけられたからね。本当なら時間をかけてぎったんぎたんにしてやりたいところだけど……」
 しかし開園まではあと三日しかありません。このおろかな大人とゆっくり話している時間は一秒だって無いのです。
 さっさと終わらせてしまおう、とハートルールーがステッキを振りあげると、大人はあわてたように右手をかかげました。
「待て、俺は招待チケットを持ってる!」
 その手のなかでは、ライムグリーンの紙がクシャクシャになっています。ピカピカ・バニーが世界中の子どもたちにくばって歩いた招待チケットでした。
 ハートルールーはステッキを上げたまま、いぶかしげに目をほそめました。
「……どうしてそのチケットを?」
 チケットは子どもたちに渡したはず。大人の手に渡るなんてことはあってはならないのです。
 大人はうすら笑いを浮かべ、早口でわめきたてました。
「俺のガキのだ。ガキってのはすぐに無くしちまうからな。俺は今日、可愛いガキのためにここに下見に来たってわけだ。お前らはそんな善良な保護者も襲う気か?」
 嘘つきのわんぱく少年ですらはずかしくなってしまうような、つたない言い訳でした。
 大人を取りかこむオモチャたちは「嘘つきだ!」「オトナは嘘ばっかりだ!」と叫びます。
 けれどもハートルールーはなにやら考えこんでうごかなくなりました。
 大人は片くちびるをつりあげ、勝ちほこったようにせせら笑いました。
「三日後、ガキを連れてまた来る。俺がいないとうちのガキが来られなくなる! 可哀想だと思わないか? ……なぁイカれ人形、ガキが好きなら親は殺らないだろ」
「そうとも、ワタシは心の底からコドモが大好きさ。悪戯小僧も、内気な少女も、みんなみんな心の底から大好きだとも!」
 ハートルールーは大人のヒューマンへと歩みより、かかげているチケットをめくって宛名を見ました。
 そこには『ルーシー』と女の子の名前がしるされていました。
「ワタシはひとり残らず覚えているよ。ルーシーは日向ぼっこが大好きなバイオロイド・・・・・・のお嬢さんさ」 
 ハートルールーがステッキを鳴らすと、軽やかな音をたて、ポップコーンのように弾けました。

 ポン! ポポン!

 ハートルールーは汚れてしまったチケットの代わりに胸から新しいチケットを取りだして、後ろにいたピカピカ・バニーへと手わたしました。
「ルーシーにチケットを届けてきてくれるかな? きっとチケットを無くして悲しい思いをしているから」
 あのオトナがチケットを持っていたということは、きっと何か手ひどい方法で奪われたにちがいありません。そのときのことを想像するだけで、ハートルールーの胸は悲しみでおしつぶれてしまいそうでした。
「うんうん、アタシに任せて!」
 ピカピカ・バニーはピョン! と飛びはね、あっという間にかけていきました。あの速さならきっと今日のうちには届けてくれるでしょう。
 ハートルールはそれぞれ元気に大暴れしたオモチャたちへと向きなおりました。
「さぁみんな最後の仕上げに戻ろう。……いや、その前に」
 シルクハットで汽車が高らかに、ポッポー! と汽笛を鳴らしました。

「まずはオヤツの時間だ!」

    ♡
    
 冬空は雲ひとつ無く、どこまでも澄んでいました。
 その青をてっぺんにいただいて、ハートルールーの遊園地は誇らしげに建っていました。
 今日は待ちに待った開園日です。
 ドームの前では朝早くから何千人という子どもたちが目をキラキラさせていました。
 ハートルールーはその行列のなかにこっそりはいって、子どもたちのようすを見守っていました。
 もちろんいつもの可笑しな服ではすぐに彼だと見やぶられてしまいますから、うんと地味なかっこうに着がえています。
 つぎはぎのトレンチコートでライムグリーンをかくし、シルクハットのかわりにさえない山高帽をかぶり、古ぼけたステッキを持ちました。これで恥ずかしがりな大人のできあがりです。
 ハートルールーはアメジットの目をそっと伏せ、子どもたちの大騒ぎに耳をすませました。それはどんなオーケストラよりもうつくしい調べでした。
 しかしふと、うつくしい調べのなかに雨音のように小さくて、それでいてはっきりと彼を呼ぶ声があることに気づきました。

「ルールー……?」

 おどろきにパチリと目をひらき、ハートルールーは声がしたほうへと首をむけました。
 ごった返した人ごみに埋もれるようにして、ひとりの女の子とひとりの大人が立っていました。
 まわりの大人とくらべてもその大人は年をとっていました。背中はぐにゃりと曲がっていて、やせていて、手はしわしわで木のみきのようです。百歳なのかそれともとっくに二百歳をすぎているのか、正しいことはわかりませんでした。 
 大人は女の子に手をひかれ、ハートルールにむかって一歩、また一歩と歩みよってきます。
 ハートルールーはギギッと音が鳴るほど歯ぎしりをしました。
 この遊園地はコドモのためのもの。本心ではオトナを呼びたくはないのです。 
 ギョロリと目をひん剥いて「キミのことはよーくわかるぞ!」と怒鳴りつけました。
「スキップは上手にできないし、うとうと居眠りしてばかり、ご飯はボロボロこぼし、手をひいてもらわなきゃシャンと歩けない。あぁ、なんて——」
 ドン、とステッキが鳴りました。

「まるでコドモみたいじゃないか!」

 彼女はふんわりと、虹のかかった青空そのもののうつくしい瞳で笑いました。



 ついに入場ゲートが開きます。
 きゃあきゃあ、うぉーうぉー、子どもたちは思い思いの声をあげて遊園地へとかけていきます。
 ハートルールーは満足そうにほほえんで、声高らかに叫ぶのでした。

「ようこそ、お菓子な可笑しな遊園地へ!」

 

Illust:モレシャン






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作:鷹羽 知  
監修:中村 聡