ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
196「水鱗の武僧 リュウトウ」
ドラゴンエンパイア
種族 ドラゴロイド

ドラゴンエンパイア帝国は惑星クレイで地上最大の面積と武力を誇る軍事国家である。
秤の宿命者アルグリーヴラ(アルグリーヴラ遊撃隊の長)によれば「軍隊の基礎とは連帯と独立。そして精鋭化と汎用化の均衡である」と云う。
竜の帝国は竜のみにて在らず。
人間ほか他種族と連携し各々の個性を活かすことで国が成立し、大きな戦争が無い天輪聖紀における我ら軍隊の在り方も定められるのだというアルグリーヴラの主張は、いかにも均衡と秩序を重んじる秤の宿命者らしいと言えるだろう。なお余談だが、国際的/惑星的視点での防衛意識を持つ型破りな帝国軍人“均衡の番人”アルグリーヴラの「竜の友」は異国ブラントゲートの工業会社CEO、標の運命者ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”だ。
そしてもう一つの特徴。
世界最古の寺院「暁光院」を擁するドラゴンエンパイアは祭祀、つまり神格や始祖竜(原初竜)、精霊を祭り崇めることにも非常に熱心な国家でもある。
Illust:霜月えいと
──ドラゴンエンパイア皇都。
この首都の東大門近くに『水竜祭殿《竜央》』がある。
ここは国内の水竜祭殿のいわば総本山ともいえる古刹であり、ティアードラゴンをはじめとする竜やその竜の友、信徒の参拝者が年中絶えることがない。
「こうして見ると世界は広いよなぁ」
水鱗の武僧リュウトウは水鱗棍を腰に当てながら、境内に掲げられた世界地図を見上げていた。
左手には水の竜と精霊を祭る本殿、正面には湖とも見まごう広大な池、右手に並んでいるのは掲示板であり今週の格言や祭典行事の案内、そして境内案内と幾つもの地図が描かれている。こうした祭殿や寺院の内外に向けた掲示は、ドラゴニア大陸竜央(大陸中心部)から東(東洋や極東)に多く見られるものだ。
「オレもいつか……」
『いつか、どうしたいのだ』
リュウトウは突然周囲に響いた声に身を翻した。すでに寺院の紋章が刻まれた水鱗棍は隙なく定位置に構えられている。続く声も祭殿を守る武僧らしく鋭いものだった。
「何者か!」
誰何に応えるようにそれは空から現れた。
一陣の旋風とにわかに発生した薄青い雲とともに。
Illust:おかわ
「ワールクラウド・ドラゴン」
竜の祭殿に仕える僧としてリュウトウは、空から降りてきた緑竜の名と姿を知っていた。
「武僧、汝ドラゴロイドよな」
緑の長い胴をくねらせながらワールクラウド・ドラゴンは轟くような声で言った。
「いかにも」
とリュウトウ。杖の構えは解いていない。
竜人は天輪聖紀になってようやくその存在が明らかになり、世間でもその姿を見かけるようになった謎多き種族である。帝国のどこかにあると言われる隠れ里で育てられ、武術など諸芸に通じるエリートを数多く輩出している。
「うむ、やはりな。我が目に狂いはなかった」
「ウインドドラゴン殿。四門からではなく空からのご訪問とはお急ぎの件か」
とリュウトウ。何やら一人で納得した様子のワールクラウド・ドラゴンに対して、緊張と杖の構えは解いていない。竜祭殿総本山の僧侶・神官にケンカを売りに来る他所の竜など滅多にあるものではないが、その稀な例に対応するのが武僧の務めである。ひとつ付け加えるならばリュウトウはここの武僧の中でも気の長い方ではない。
「急ぎといえば、まぁそうなる」
「よろしければご用件、お聞かせ願えますでしょうか?」
竜と武僧の睨み合いに割り込んだ声は、朗らかで明るい女性の声だった。
「ふむふむ。それはさぞお困りのことでしょう」
ワールクラウド・ドラゴンの言葉に耳を傾けていたミューチャは池の水の上に立ちながら、頷いた。彼女が人間であっても水の上に立てるのは、ここを舞台として踊るために修行を積んでいるからだ。
水紋の舞姫ミューチャ。
水竜祭殿《竜央》の踊り子、舞踏僧である。
「リュウトウさん、ちゃんと聞いていましたか?」
突然話を振られたリュウトウは、杖を支えに“止水の構え”の型を取っていた鍛練の姿勢のまま固まった。
ミューチャに相好を崩して話しかける緑竜に(竜も人も男は美人にだらしないな、と呆れ)、自分はさっさと修行の続きに戻っていたのだ。
「ワールクラウドさんはあなたにもお願いしたいみたいですよ。こうしたご相談を受けるのも私達、水竜祭殿の僧にとって大切な務めなのですから」
「いや申し訳ない。卵がどうとかまでは……」
もう、と頬を膨らませるミューチャに武僧リュウトウは恐縮しきりだ。
幼い頃からこの祭殿で育った修行僧ミューチャが──見かけも実年齢もリュウトウより年下なのにも拘わらず──先輩であることに加えて、寮監の信頼も篤く、朗らかで正義心の強い彼女には、勇猛果敢なドラゴロイド戦士にも譲らざるをえない雰囲気があるのだ(要は「なんだか調子が狂う」のである)。
「ワールクラウドさん曰く、それが起こったのは1旬前のことなのだそうです」
水面に立つ舞姫ミューチャは真面目な顔で語り始めた。
すっかり悩みを吐き出した顔のワールクラウド・ドラゴンは池のほとりの岩の上に身を落ち着けて、くつろいでいる。束の間、境内に穏やかな時間が流れていた。
これだこれ。こういう所が苦手なんだ。
リュウトウは角の生えた頭をかいて少し俯いたが、黙って耳を傾けた。
Illust:瞑丸イヌチヨ
竜は卵から生まれる生き物である。
また偉大なる竜は卵の段階から、その誕生を期待して手厚い保護を受ける。例えとしても畏れ多いが、世界最古の寺院として名高い暁光院でもそうして特別に祭られてきた卵があり、孵化した現在も専属の焔の巫女がついて世界を旅しているのだとか。
「10日前、天空竜の祭殿からその大事な『空の覇者』の卵が一つ消えたと」
卵のくだりは学寮の談義でも知っていた事だったので、型の稽古を続けながら退屈そうに聞いていたリュウトウだったが、ミューチャのこのひと言で飛び起きた。
「それは一大事じゃないか!」「そうですねぇ」
ミューチャはあくまで穏やかだ。ただし、と人差し指をたててリュウトウの言葉を止める。
「盗っ人の仕業などではありませんよ。取り違えがあったようですね」
「『空の覇者』と普通のウインドドラゴンのか」
「そうです。天空竜は高山の岩場が産屋になりますけど、『空の覇者』は竜皇帝にお目通りが叶うので寺院に取り置かれて、まもなくの誕生を待っていた所……」
「残っていたのが違う卵だったと。なるほど。天空竜祭殿としては騒動を公にできないよな。内密に解決したいと」
ここ皇都において皇帝と宮廷がからむと話は大事になる。なんと言ってもこの国は竜の“帝国”なのだ。
「だけど妙だな。なんでそっちで解決しないんだよ。総動員して探しまくればいいじゃないか」
もちろんここに限らず、ドラゴンエンパイアの祭殿が冠するそれぞれの対象(この場合は“水竜”と“天空竜”)とはその由緒を示すものであって、それを理由に他の竜族を門前払いにすることはない。だが他の祭殿のことに深入りしないというのもまた礼節というものである。
「そうしたとも」とワールクラウド・ドラゴン。
「八方手を尽くして?」とリュウトウ。
「無論だ。だが見つからぬ」
「そうして残った最後の捜索先として、どうしても手が出ない場所があるのですって」
いやな予感がした。
「人里離れた、所在不明の土地。竜皇帝陛下によって保護され、その里人以外は接近が禁じられた一帯」
いやな予感が当たった。
水鱗の武僧リュウトウは苛立たしげに杖で肩を叩いた。
「寄りにも寄って、なんでオレたちのドラゴロイドの里近くに『空の覇者』の卵を置いてきたんだよ?!」
「知らぬからだ」
「ドラゴロイドの里は所在不明。つまり祭殿の運び手がうっかり近くの山に産屋の巣を作っても……」
「わからないよな」
リュウトウは頭を抱える。秘密であることが秘密。世の中で起こる事は時に皮肉を帯びている。
「なるほど。それで……」
「ドラゴロイドの里との交渉、卵の返還を依頼したいとのことですよ。武僧のあなたに」
舞姫ミューチャは笑顔になり、リュウトウは渋面になった。
Illust:白砂かに
ただの一振りで朝陽の下、リュウトウの杖が池の水面を生き物のように荒立たせた。
まるで、水そのものを味方とするが如く。
武僧の旅立ちに際しては、決意と力量を示すためにこの祭殿の水と交流するのが習わしである。
「じゃ、行ってくる」
とリュウトウは素っ気なく言って、くるりと身を翻した。
彼にとっては生まれ故郷への里帰りでしかない。今朝の旅立ちに、気負いなどあるわけがなかった。
見送りは祭殿の寮監、水紋の舞姫ミューチャ、そして客人兼依頼人であるワールクラウド・ドラゴン。
ここは昨日3人で話し合った場所とほぼ同じ、境内の中心だ。
ドラゴロイドの里の所在は秘密であるため、どの門から出て行くか、つまりリュウトウの行く方角も知られてはいけない。
リュウトウは祭殿の代表者であり師匠でもある寮監以外、見送りは断ったはずだった。
ところが踏み出したリュウトウに、徒歩と飛行の2人が追いついてきた。
「おい……!」
ドラゴロイドは本来プライドの高い種族である。
怒りの表情で振り向いたリュウトウを、ミューチャの明るい声が遮った。
「竜皇帝陛下のお許しが出ました。“里の所在が特定できない途中までの同行、その往復を許可する”」
「我も天空竜代表として、“自分たち自身の罪の償いを兼ねて、ドラゴロイドを道中護衛せよ”とのことだ」
ワールクラウド・ドラゴンの渋い声が続く。緑のウインドドラゴンは首を傾げた。人間で言う、肩をすくめて見せる仕草なのだろう。
「結局バレてしまった。つまりこれはもう依頼ではなく宮廷からの命令だ。天空竜祭殿の上層部は首が寒いだろうな」
リュウトウは天を仰いだ。いや確かに、思ってはいたよ、オレもいつか……。
「だが、汝もそう望んでいたのではないか。リュウトウ」
ワールクラウドは彼の心を読んだかの如く、続けた。
「……」
「旅に出たいと。そうした任務をまかせるということは祭殿に仕える者として一人前の証拠だ」
「私も。外の世界が見られるなんて何だかウキウキしています!」
いかにも祭殿育ちのお嬢様らしく、いまはもうただ無邪気にミューチャはステップを踏み始めていた。
「ということで、よろしく頼むぞ」
心なしか緑のウインドドラゴンの声も朗らかな調子になってきた。
「それでは皆様ご一緒に~、ざっぱーんと舞い踊りましょう!」
舞姫ミューチャは池に飛び込むと、一寸も沈むことなく水紋だけを残して軽やかに爪先で走り、飛び、そして舞った。朝の境内に掌鼓の澄んだ軽快な音が鳴り響いた。
「朗らかで美しいな。そして彼女がいると自然と気分が浮き立つ。不思議な人間だ」
「……もう行くぞ、急ぐ旅なんだろう」
仏頂面の水鱗の武僧リュウトウはそう言いながら歩を早めた。
だがそれでも、新たな相棒となった緑竜の感想についてはまったく異論がなかった。
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《今回の一口用語メモ》
ドラゴンエンパイアの竜と「竜の友」
惑星クレイの国家で最大の版図を誇るドラゴンエンパイア。
文字通り「竜の帝国」であるこの国には、数多くの竜が住んでいる。天輪聖紀となっても国名が変わらなかったことからも、この国がその始まりから“竜”中心の国家であることが察せられるだろう。
ちなみに太古、弐神紀にドラゴンエンパイアで力をもっていた武装集団は3つであり、後に帝国軍の中核を成す種族となっている。
空:フレイムドラゴンを中心とする「かげろう」
地:ディノドラゴンの古代竜を中心とする「たちかぜ」
夜:アビスドラゴンの忍竜を中心とする「ぬばたま」
他にも天輪聖紀に至るまで登場したドラゴンエンパイアの竜は数多く、サンダードラゴン、ウインドドラゴン、アースドラゴン、プラズマドラゴンのほか、封焔の巫女バヴサーガラ由来の竜族として封焔竜、プレアドラゴンもいる。
今回登場した祭殿のティアードラゴンもそうした竜族のひとつ。
ティアードラゴンはその生息分布から海洋国家ストイケイアの竜というイメージが強いが、天輪聖紀以前にも(前述の)ドラゴンエンパイア第一軍かげろうにその姿を確認できる。
また無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの高弟エルーディング・ドラゴンも、東洋の地底湖を修行の場とするティアードラゴン。水竜はその名の通り、海、川、湖など水が豊かな土地に棲む竜なのだ。
前述の通りドラゴンエンパイアは世界最大の軍事国家「竜の帝国」であり、竜皇帝をはじめとする六大竜家、重臣、貴族などは竜族中心である。
ただその一方で、司祭、僧侶や(軍事)科学者、技術者、学者、官僚などには人間や他の種族も数多く存在し、特にプライドが高く、人付き合いが苦手な気難しい竜たちに認められた者は「竜の友」と呼ばれ、尊敬されている。
旧き水竜神──それははるか古代にまで遡れるほど古い信仰だ──を祀る祭殿で修行を積んだ武僧リュウトウと舞踏僧の舞姫ミューチャリティはそうした一員であり、竜に親しむ人間たちだ。
こうした竜神祭殿は皇都だけでなくドラゴンエンパイア全域に点在しており、竜と人々の拠り所となっている。
僧侶たちは神殿の内外を問わず、「竜の友」として──水や火などを祭る竜の属性に拘わらず──竜と他種族との間に立ち、人々の暮らしや物事をより円滑に進めることを使命としているのである。
※本編でも触れられているが、こうして見ると惑星クレイ世界最古と言われるドラゴンエンパイアの寺院「暁光院」と、いつか孵る天輪竜の卵を安置し、崇め、祈り続けてきた神官や僧侶、焔の巫女たちがいかに特別な存在かが浮き彫りになってくる※
ドラゴロイドについては
→ユニットストーリー022「Earnescorrectリーダー クラリッサ」
ユニットストーリー068「#Make_A_Trend!! キョウカ」
ユニットストーリー094「緋炎帥竜 ガーンデーヴァ」の《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。
「竜の友」については
→シヴィルト サイドストーリー「スペロドとシヴィルト」
を参照のこと。
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秤の宿命者アルグリーヴラ(アルグリーヴラ遊撃隊の長)によれば「軍隊の基礎とは連帯と独立。そして精鋭化と汎用化の均衡である」と云う。
竜の帝国は竜のみにて在らず。
人間ほか他種族と連携し各々の個性を活かすことで国が成立し、大きな戦争が無い天輪聖紀における我ら軍隊の在り方も定められるのだというアルグリーヴラの主張は、いかにも均衡と秩序を重んじる秤の宿命者らしいと言えるだろう。なお余談だが、国際的/惑星的視点での防衛意識を持つ型破りな帝国軍人“均衡の番人”アルグリーヴラの「竜の友」は異国ブラントゲートの工業会社CEO、標の運命者ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”だ。
そしてもう一つの特徴。
世界最古の寺院「暁光院」を擁するドラゴンエンパイアは祭祀、つまり神格や始祖竜(原初竜)、精霊を祭り崇めることにも非常に熱心な国家でもある。

──ドラゴンエンパイア皇都。
この首都の東大門近くに『水竜祭殿《竜央》』がある。
ここは国内の水竜祭殿のいわば総本山ともいえる古刹であり、ティアードラゴンをはじめとする竜やその竜の友、信徒の参拝者が年中絶えることがない。
「こうして見ると世界は広いよなぁ」
水鱗の武僧リュウトウは水鱗棍を腰に当てながら、境内に掲げられた世界地図を見上げていた。
左手には水の竜と精霊を祭る本殿、正面には湖とも見まごう広大な池、右手に並んでいるのは掲示板であり今週の格言や祭典行事の案内、そして境内案内と幾つもの地図が描かれている。こうした祭殿や寺院の内外に向けた掲示は、ドラゴニア大陸竜央(大陸中心部)から東(東洋や極東)に多く見られるものだ。
「オレもいつか……」
『いつか、どうしたいのだ』
リュウトウは突然周囲に響いた声に身を翻した。すでに寺院の紋章が刻まれた水鱗棍は隙なく定位置に構えられている。続く声も祭殿を守る武僧らしく鋭いものだった。
「何者か!」
誰何に応えるようにそれは空から現れた。
一陣の旋風とにわかに発生した薄青い雲とともに。

「ワールクラウド・ドラゴン」
竜の祭殿に仕える僧としてリュウトウは、空から降りてきた緑竜の名と姿を知っていた。
「武僧、汝ドラゴロイドよな」
緑の長い胴をくねらせながらワールクラウド・ドラゴンは轟くような声で言った。
「いかにも」
とリュウトウ。杖の構えは解いていない。
竜人は天輪聖紀になってようやくその存在が明らかになり、世間でもその姿を見かけるようになった謎多き種族である。帝国のどこかにあると言われる隠れ里で育てられ、武術など諸芸に通じるエリートを数多く輩出している。
「うむ、やはりな。我が目に狂いはなかった」
「ウインドドラゴン殿。四門からではなく空からのご訪問とはお急ぎの件か」
とリュウトウ。何やら一人で納得した様子のワールクラウド・ドラゴンに対して、緊張と杖の構えは解いていない。竜祭殿総本山の僧侶・神官にケンカを売りに来る他所の竜など滅多にあるものではないが、その稀な例に対応するのが武僧の務めである。ひとつ付け加えるならばリュウトウはここの武僧の中でも気の長い方ではない。
「急ぎといえば、まぁそうなる」
「よろしければご用件、お聞かせ願えますでしょうか?」
竜と武僧の睨み合いに割り込んだ声は、朗らかで明るい女性の声だった。
「ふむふむ。それはさぞお困りのことでしょう」
ワールクラウド・ドラゴンの言葉に耳を傾けていたミューチャは池の水の上に立ちながら、頷いた。彼女が人間であっても水の上に立てるのは、ここを舞台として踊るために修行を積んでいるからだ。
水紋の舞姫ミューチャ。
水竜祭殿《竜央》の踊り子、舞踏僧である。
「リュウトウさん、ちゃんと聞いていましたか?」
突然話を振られたリュウトウは、杖を支えに“止水の構え”の型を取っていた鍛練の姿勢のまま固まった。
ミューチャに相好を崩して話しかける緑竜に(竜も人も男は美人にだらしないな、と呆れ)、自分はさっさと修行の続きに戻っていたのだ。
「ワールクラウドさんはあなたにもお願いしたいみたいですよ。こうしたご相談を受けるのも私達、水竜祭殿の僧にとって大切な務めなのですから」
「いや申し訳ない。卵がどうとかまでは……」
もう、と頬を膨らませるミューチャに武僧リュウトウは恐縮しきりだ。
幼い頃からこの祭殿で育った修行僧ミューチャが──見かけも実年齢もリュウトウより年下なのにも拘わらず──先輩であることに加えて、寮監の信頼も篤く、朗らかで正義心の強い彼女には、勇猛果敢なドラゴロイド戦士にも譲らざるをえない雰囲気があるのだ(要は「なんだか調子が狂う」のである)。
「ワールクラウドさん曰く、それが起こったのは1旬前のことなのだそうです」
水面に立つ舞姫ミューチャは真面目な顔で語り始めた。
すっかり悩みを吐き出した顔のワールクラウド・ドラゴンは池のほとりの岩の上に身を落ち着けて、くつろいでいる。束の間、境内に穏やかな時間が流れていた。
これだこれ。こういう所が苦手なんだ。
リュウトウは角の生えた頭をかいて少し俯いたが、黙って耳を傾けた。

竜は卵から生まれる生き物である。
また偉大なる竜は卵の段階から、その誕生を期待して手厚い保護を受ける。例えとしても畏れ多いが、世界最古の寺院として名高い暁光院でもそうして特別に祭られてきた卵があり、孵化した現在も専属の焔の巫女がついて世界を旅しているのだとか。
「10日前、天空竜の祭殿からその大事な『空の覇者』の卵が一つ消えたと」
卵のくだりは学寮の談義でも知っていた事だったので、型の稽古を続けながら退屈そうに聞いていたリュウトウだったが、ミューチャのこのひと言で飛び起きた。
「それは一大事じゃないか!」「そうですねぇ」
ミューチャはあくまで穏やかだ。ただし、と人差し指をたててリュウトウの言葉を止める。
「盗っ人の仕業などではありませんよ。取り違えがあったようですね」
「『空の覇者』と普通のウインドドラゴンのか」
「そうです。天空竜は高山の岩場が産屋になりますけど、『空の覇者』は竜皇帝にお目通りが叶うので寺院に取り置かれて、まもなくの誕生を待っていた所……」
「残っていたのが違う卵だったと。なるほど。天空竜祭殿としては騒動を公にできないよな。内密に解決したいと」
ここ皇都において皇帝と宮廷がからむと話は大事になる。なんと言ってもこの国は竜の“帝国”なのだ。
「だけど妙だな。なんでそっちで解決しないんだよ。総動員して探しまくればいいじゃないか」
もちろんここに限らず、ドラゴンエンパイアの祭殿が冠するそれぞれの対象(この場合は“水竜”と“天空竜”)とはその由緒を示すものであって、それを理由に他の竜族を門前払いにすることはない。だが他の祭殿のことに深入りしないというのもまた礼節というものである。
「そうしたとも」とワールクラウド・ドラゴン。
「八方手を尽くして?」とリュウトウ。
「無論だ。だが見つからぬ」
「そうして残った最後の捜索先として、どうしても手が出ない場所があるのですって」
いやな予感がした。
「人里離れた、所在不明の土地。竜皇帝陛下によって保護され、その里人以外は接近が禁じられた一帯」
いやな予感が当たった。
水鱗の武僧リュウトウは苛立たしげに杖で肩を叩いた。
「寄りにも寄って、なんでオレたちのドラゴロイドの里近くに『空の覇者』の卵を置いてきたんだよ?!」
「知らぬからだ」
「ドラゴロイドの里は所在不明。つまり祭殿の運び手がうっかり近くの山に産屋の巣を作っても……」
「わからないよな」
リュウトウは頭を抱える。秘密であることが秘密。世の中で起こる事は時に皮肉を帯びている。
「なるほど。それで……」
「ドラゴロイドの里との交渉、卵の返還を依頼したいとのことですよ。武僧のあなたに」
舞姫ミューチャは笑顔になり、リュウトウは渋面になった。

ただの一振りで朝陽の下、リュウトウの杖が池の水面を生き物のように荒立たせた。
まるで、水そのものを味方とするが如く。
武僧の旅立ちに際しては、決意と力量を示すためにこの祭殿の水と交流するのが習わしである。
「じゃ、行ってくる」
とリュウトウは素っ気なく言って、くるりと身を翻した。
彼にとっては生まれ故郷への里帰りでしかない。今朝の旅立ちに、気負いなどあるわけがなかった。
見送りは祭殿の寮監、水紋の舞姫ミューチャ、そして客人兼依頼人であるワールクラウド・ドラゴン。
ここは昨日3人で話し合った場所とほぼ同じ、境内の中心だ。
ドラゴロイドの里の所在は秘密であるため、どの門から出て行くか、つまりリュウトウの行く方角も知られてはいけない。
リュウトウは祭殿の代表者であり師匠でもある寮監以外、見送りは断ったはずだった。
ところが踏み出したリュウトウに、徒歩と飛行の2人が追いついてきた。
「おい……!」
ドラゴロイドは本来プライドの高い種族である。
怒りの表情で振り向いたリュウトウを、ミューチャの明るい声が遮った。
「竜皇帝陛下のお許しが出ました。“里の所在が特定できない途中までの同行、その往復を許可する”」
「我も天空竜代表として、“自分たち自身の罪の償いを兼ねて、ドラゴロイドを道中護衛せよ”とのことだ」
ワールクラウド・ドラゴンの渋い声が続く。緑のウインドドラゴンは首を傾げた。人間で言う、肩をすくめて見せる仕草なのだろう。
「結局バレてしまった。つまりこれはもう依頼ではなく宮廷からの命令だ。天空竜祭殿の上層部は首が寒いだろうな」
リュウトウは天を仰いだ。いや確かに、思ってはいたよ、オレもいつか……。
「だが、汝もそう望んでいたのではないか。リュウトウ」
ワールクラウドは彼の心を読んだかの如く、続けた。
「……」
「旅に出たいと。そうした任務をまかせるということは祭殿に仕える者として一人前の証拠だ」
「私も。外の世界が見られるなんて何だかウキウキしています!」
いかにも祭殿育ちのお嬢様らしく、いまはもうただ無邪気にミューチャはステップを踏み始めていた。
「ということで、よろしく頼むぞ」
心なしか緑のウインドドラゴンの声も朗らかな調子になってきた。
「それでは皆様ご一緒に~、ざっぱーんと舞い踊りましょう!」
舞姫ミューチャは池に飛び込むと、一寸も沈むことなく水紋だけを残して軽やかに爪先で走り、飛び、そして舞った。朝の境内に掌鼓の澄んだ軽快な音が鳴り響いた。
「朗らかで美しいな。そして彼女がいると自然と気分が浮き立つ。不思議な人間だ」
「……もう行くぞ、急ぐ旅なんだろう」
仏頂面の水鱗の武僧リュウトウはそう言いながら歩を早めた。
だがそれでも、新たな相棒となった緑竜の感想についてはまったく異論がなかった。
了
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《今回の一口用語メモ》
ドラゴンエンパイアの竜と「竜の友」
惑星クレイの国家で最大の版図を誇るドラゴンエンパイア。
文字通り「竜の帝国」であるこの国には、数多くの竜が住んでいる。天輪聖紀となっても国名が変わらなかったことからも、この国がその始まりから“竜”中心の国家であることが察せられるだろう。
ちなみに太古、弐神紀にドラゴンエンパイアで力をもっていた武装集団は3つであり、後に帝国軍の中核を成す種族となっている。
空:フレイムドラゴンを中心とする「かげろう」
地:ディノドラゴンの古代竜を中心とする「たちかぜ」
夜:アビスドラゴンの忍竜を中心とする「ぬばたま」
他にも天輪聖紀に至るまで登場したドラゴンエンパイアの竜は数多く、サンダードラゴン、ウインドドラゴン、アースドラゴン、プラズマドラゴンのほか、封焔の巫女バヴサーガラ由来の竜族として封焔竜、プレアドラゴンもいる。
今回登場した祭殿のティアードラゴンもそうした竜族のひとつ。
ティアードラゴンはその生息分布から海洋国家ストイケイアの竜というイメージが強いが、天輪聖紀以前にも(前述の)ドラゴンエンパイア第一軍かげろうにその姿を確認できる。
また無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの高弟エルーディング・ドラゴンも、東洋の地底湖を修行の場とするティアードラゴン。水竜はその名の通り、海、川、湖など水が豊かな土地に棲む竜なのだ。
前述の通りドラゴンエンパイアは世界最大の軍事国家「竜の帝国」であり、竜皇帝をはじめとする六大竜家、重臣、貴族などは竜族中心である。
ただその一方で、司祭、僧侶や(軍事)科学者、技術者、学者、官僚などには人間や他の種族も数多く存在し、特にプライドが高く、人付き合いが苦手な気難しい竜たちに認められた者は「竜の友」と呼ばれ、尊敬されている。
旧き水竜神──それははるか古代にまで遡れるほど古い信仰だ──を祀る祭殿で修行を積んだ武僧リュウトウと舞踏僧の舞姫ミューチャリティはそうした一員であり、竜に親しむ人間たちだ。
こうした竜神祭殿は皇都だけでなくドラゴンエンパイア全域に点在しており、竜と人々の拠り所となっている。
僧侶たちは神殿の内外を問わず、「竜の友」として──水や火などを祭る竜の属性に拘わらず──竜と他種族との間に立ち、人々の暮らしや物事をより円滑に進めることを使命としているのである。
※本編でも触れられているが、こうして見ると惑星クレイ世界最古と言われるドラゴンエンパイアの寺院「暁光院」と、いつか孵る天輪竜の卵を安置し、崇め、祈り続けてきた神官や僧侶、焔の巫女たちがいかに特別な存在かが浮き彫りになってくる※
ドラゴロイドについては
→ユニットストーリー022「Earnescorrectリーダー クラリッサ」
ユニットストーリー068「#Make_A_Trend!! キョウカ」
ユニットストーリー094「緋炎帥竜 ガーンデーヴァ」の《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。
「竜の友」については
→シヴィルト サイドストーリー「スペロドとシヴィルト」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡