カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
202 赫月篇第3話「魔宝竜皇 ドラジュエルド・マグナス」
ダークステイツ
種族 アビスドラゴン

Illust:saikoro


 ゴォッ!
 洞穴のすべてを灼熱の奔流で埋め尽くしながら、偉大なる四色の炎が迫る。
 それがまさに今、バヴサーガラを灼き尽くさんとした瞬間……。
 2つの影が炎と封焔の巫女との間に割り込んだ。
 無言のまま、友であり相棒である彼女を背後にかばったのはヴェルロード。絶望の精霊トリクムーンの変化オーバードレスである。
「させぬ!」
 一方、気合いのこもった叫びと共に、蛮刀と封焔の鎖を振り回し、炎を払ったのが封焔竜ザムーパドルゥ。
 すべての封焔竜にとって、調停の封焔バヴサーガラ・アークシャイアは主君であり、何よりも尊い“母”だ。今回随行を許された時から、バヴサーガラと封焔軍団の為にいつでも身を挺する覚悟はできている。
「ドラジュエルド!そろそろ目を覚ませ。私だ」
 壁となって守ってくれた2人を労りながら、バヴサーガラはずいと前に出て、呼びかけた。
 黒と青の装い。羽根持つ冠。なびく黒髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。全身を包む圧倒的な魔力。
 その声には強靭な意志と深い知見が窺える。
 封焔の巫女バヴサーガラは宇宙的な秘儀に通じた大魔術師、小国に匹敵する軍勢を率いる武将であり指導者、世界の半分の運命力と絶望の信仰を背負ったこともある伝説的な存在である。
 轟くようなあくび・・・が一つ。
 続けて緊迫した地下のねぐらの空気にぼんやりとした声が漂った。
「おおぅ、バヴサーガラかぁ」
「手荒い歓迎だな、ご老体」
 バヴサーガラは暗がりを軽く睨みつけ、そして微笑んだ。

Illust:北熊


「なんだよ、もう帰るのか。ゆっくりしていけよ」
 ドラコキッドは悪魔デーモンディアブロス“爆轟ヴィアマンス”ブルースに声をかけた。
「試合がオレを待っている。ドラジュエルドとおまえたちの様子も見られたしな」
 そうか、残念だぜ。と言いながらジュエリアス・ドラコキッド “グロウ”は、新調した装備の具合を確かめ、ぴしっとダンディーに整えた。
「ま。この後、バヴサーガラが来るっていうので兄貴たちも忙しいからな。ちょうどいいか」
「バヴサーガラは封焔竜を引き連れて来るのか」
「いーや、供は最小限だと。こっちの出迎えも断って、ちゃあんと全階層クリアしてから来るらしいぜ。……ったくお前ら力押しが過ぎるんだよ。毎度、迷宮ダンジョンをあちこち作り直す側の身にもなってみろってんだ」
 ドラコキッド “グロウ”の背後、洞窟の通路をジュエルコア・ドラゴン “グリント”や、旧知の友である魔石竜 ジュエルニール “ラスター”がそれぞれ装いも新たにした姿でブルースに挨拶しながら通り過ぎてゆく。
 いずれもこの迷宮の主に仕える近衞の竜、一騎当千の猛者たちである。

Illust:北熊


Illust:北熊


「確かに忙しいようだ」とブルース。
「だろ?あ、でもお前、バヴサーガラとは面識あるんだろ。会っておかなくていいのか」
「オレはギャロウズボール、あっちは政治やら世界の未来の心配だ。難しくて話が合わん」
 確かにブルースとバヴサーガラは、ブリッツCEO ヴェルストラが催すサロン、強襲飛翔母艦リューベツァールで顔を合わせるくらいの間柄で縁が深いとは言いがたい。
 もっともこの悪魔本人は気がついていないが、バヴサーガラ側のブルース評は実はきわめて高く信頼も篤い。
 曰く『近年の惑星クレイ史、特に《世界の選択》と龍樹侵攻の裏舞台において、賢者と呼ばれる我らの戦略や長期的展望を超えるほどの影響と傷跡を残したのは、ディアブロス・ブルースの拳だけだ』と。
 破壊による新生というバヴサーガラが掲げる旗印、“絶望”が運命力的にブルースと共鳴する所があるのかもしれない。
「では、またな」
 ブルースは来た時と同じく、ドラコキッド “グロウ”が顔を上げる前に、足音もなくその姿を消していた。
「あぁ、帰りも気をつけろよ・・・・・・・・・
 迷宮の警備主任は誰もいない空間にそう言うと、モニターを開いた。
 地上まで続く絶壁に取り付き、登攀にかかるブルースの現在位置を捉え、直通縦坑シュート全体に警報を鳴らした。
 古い友達であれ客人であれ、ヤツはこの迷宮の侵入者。
 総掛かりで邪魔してやるのが“力こそ正義”の国、ダークステイツの流儀ってもんだろう。これはスリルを楽しむゲームだ。何の妨害もない3000mの退屈なクライミングより、ブルースは楽しんでくれるに違いない。
「よーし!今度こそブルースをこてんぱんにしてやるぜぇ!」
 まぁ全部が空しく、あの拳に返り討ちにされる運命だとしてもさ。

 ──虹の魔竜の地下迷宮ダンジョン最深部、ドラジュエルドのねぐら
「運命大戦と宿命決戦、そして月の試練と赫月病かくげつびょうの恐れについて私の知る情報はここまでだ」
 長い話を終えたバヴサーガラは豪華なソファーに身を沈め、饗されたスカポーロ豆のコーヒーを傾けた。
 ドラジュエルドの居室に、虹の魔竜たちが大わらわでしつらえた応接セットだ。
 なにしろ今回の客人はバヴサーガラ。
 神格ならざりし人間ヒューマン。主の旧友にして貴賓である。
 時々ふらっと訪ねてくる先客のブルースのように、座りたければどこかその辺の地べたにという訳にはいかない。
「うむ。よくわかった。寝起きの頭にはちと重い話じゃったが、そうかワシがあっち・・・に行っておる間にそのような事が……」
 ドドン、と遠くから鈍い音が響き、微かに迷宮が揺れた。
 ディアブロスの悪魔デーモンがまたトラップを破壊したのだろうが、この部屋にいる者は誰も気にしていない。よくあることだ。
「特に奇跡の運命者じゃったか、ヤツは気になるのう」
「彼は運命王。現在の惑星クレイ世界における運命力の極、そのひとつだ」とバヴサーガラ。
「まぁそれもあるが、ちとモテすぎではないか。賢く美しい3人のリィエルに好かれるなど、天国じゃ」
「地獄だろう。そのうち2人に滅ぼされかけたんだぞ、レザエルは」
 トリクムーンはぼそりと呟いた。すでにヴェルロードから変化オーバードレスは解かれている。
「殺したいほど愛されておるんじゃろうなぁ。男冥利に尽きるわい」「時空を超えた壮大なロマンスだ」
 年長者2人は頷いた。
 物騒な漫才みたいな会話だが、詰めかけたドラジュエルドの配下も封焔竜ザムーパドルゥもそして勿論トリクムーンも笑わない。
「まぁ冗談はともかくとして、バヴサーガラよ。そのレザエルをいつまで放置するのか」
 バヴサーガラはカップに口を寄せながら、その紺碧の瞳でドラジュエルドを見つめ返した。
「応援しこそすれ、干渉する必要は認められない。たびたび会っているが、未来を任せるに足る人物だ。誠実で真面目、寛容かつ正義感にあふれ、愛情深く誰からも慕われ、医師として人と世界を癒す情熱に燃え、剣士としても並ぶ者なし。故に月の門番ヴェイズルーグも、この惑星の住民としてレザエルを第一に信頼しているのだろう」
「それで奇跡の幻真獣まで与えられたというか。できすぎじゃ、かえって信用ならん」
「年寄りのひがみだな」とトリクムーン。
「ほほう、さっき燃やしておくべきじゃったのう。チビ助精霊君よ」
「老いぼれを起こすたびに黒焦げにされるのが、ここの流儀か」
 トリクムーンが無表情で返した。
 バヴサーガラや焔の巫女リノ、トリクスタの身が脅かされると途端に機嫌が悪くなるのがトリクムーンである。封焔と《世界の選択》に深く関わる一人として、この3人に何かあると我慢ならないのだろう。
「今のワシは眠くはないぞ」
 ぐおお。
 ドラジュエルドは身を起こし、竜たちは恐怖におののいた。
 その姿は以前にも増して、力と威厳に満ち、四色の圧倒的な運命力の炎を帯びていた。
「『魔宝竜皇ドラジュエルド・マグナス』!見よ、これこそが新たなワシの姿じゃ!」
 洞窟の最深部に灼熱の闘気が満ちあふれた。
 一触即発である。

Illust:北熊


「我々はそろそろおいとますることにしよう」
 変化を遂げたドラジュエルドや睨み合う両陣営も見えていないように、バヴサーガラは優雅にソファーから立ちあがった。
「ひとつ訊いておきたいことがある。ドラジュエルド」
 長い髪を揺らし、封焔の巫女が振り向く。その手はさりげなく友、トリクムーンの肩を押さえている。
「その姿、どうやって手に入れた」
 ドラジュエルドは竜の顔でにやりと笑うと、腰を下ろし、ここでやっと張り詰めた空気が消えた。
「ナイショ……と言いたい所だが、おぬし相手に誤魔化しはきかんじゃろうな。ブルースとは違って。まぁひと言でいえば“寝ながら修行した結果”という感じじゃ」
「ほう」
「驚かんとはさすが魔術の大家。ワシがいたのは生と死の狭間、この世のことわりの外にある世界じゃ。ワシはそこで修業を積むことができた。世界の法則や時間の制限を超えてな」
そこ・・に行って帰ってこられた者など、史上ほとんど知られていないし、その子細について語られることもなかった」
 バヴサーガラの言葉には、一度この世の外に去って再び現世への帰還に成功するという、史上稀な足跡を残した友に対する畏敬の念がにじんでいた。
「語られぬからじゃ。正直な所、ワシもほとんど覚えていない。残る記憶ではそこでワシは異なる世界の住人、少年に出会い、戦うことしか知らぬ修羅のごとく共に相手を倒し続けた。果てしもなく、ひたすらに」
「なるほど。それが私を呼んだ理由か」
「またもお見通しじゃの。そうじゃ。ワシは知ってしまった。自らが強くあること、相対する他者にもそれを求めること。この世の外のあの経験が夢だとしても、その夢から醒めてもまだワシの中に炎が揺れておる。この魔石の燃え立つような輝きのように。……そして気がついた。最近のワシは少々ふがいない、というか。世界への働きかけに腰が引けていたのではないか」
「個人的にはそうは思えないが、一理はあるのだろう。確かに、汝が身を投げ出して龍樹の力を削ぎ、この世を去っている間に世界は大きく変わったのだ」
 ドラジュエルドは少し息をついた。
「そうじゃ。龍樹侵攻の際、ワシは苦肉の策しか打つ手がなかった。龍樹が無害な存在となったと聞いても、厄難の種を摘めなかったことは今でも無念なのじゃ。だが、今回もワシは月の異変を先んじて察知することができた!惑星クレイの住人として、誰よりも早く!」
「それは認めよう」とバヴサーガラ。
「ワシは何か恐ろしいことが待っている気がしてならぬのじゃ。龍樹の時のように、誰もが予想だにしない何かがあるのではないか。赫月病かくげつびょうについて聞いた今はまして、じゃ。お主もそう感じているから、わざわざこんな所まで会いに来てくれたのじゃろう。バヴサーガラ」
 バヴサーガラは黙って頷いた。彼女にもこの老竜の予感や力に期するものがあったのだ。
「そうだ。私は信じている。密かにこの世を見つめ、災いに備えてきた汝を。ドラジュエルド」
「ありがたい。力を貸してくれるか、バヴサーガラ。助言も。この老いぼれに」
「無論だ」
 バヴサーガラは虹の魔竜の長に歩み寄り、手を広げてその頭を抱いた。
 トリクムーンと虹の魔竜たち、封焔竜ザムーパドルゥは黙ってその様子を見つめていた。そこには確かな友情があった。この星屈指の強者、そして互いに年をた歴史の証人にしかわからない共感と怖れ、そしていたわりが。
「今こそ、手を携え共に歩もう」
 魔宝竜皇ドラジュエルド・マグナスは目を閉じ、そして開いた。
 その瞳には友バヴサーガラと、彼が気に留める世界の重要人物の姿が映っている。彼はこの世に生還し、そしてまたこの世界に関わると決めたのだ。
 調停の封焔バヴサーガラ・アークシャイアはまた頷いた。全てわかっているという風に。
「旧き孤独な友よ。この世界には汝の力が必要だ」



※註.時間の単位は地球のものに換算した。※

----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

魔宝竜皇ドラジュエルド・マグナス──虹の魔竜の長ドラジュエルドの変化と進化

 “眠れる暴竜”ダークステイツに名高いドラジュエルドは、本人いわく100億歳を超える老竜である。
 これが正しければドラジュエルドは、朱霧森しゅのきりのもりヴェルミスムの無限の宿命者 レヴィドラスと同じく、惑星クレイにドラゴンが出現した頃に誕生した太古の竜の一人ということになる。

 ドラジュエルドの睡眠(ディアブロス ブルースに言わせれば惰眠)については以前触れたことがあるが、彼が虹の魔竜のねぐらから飛び立ち、その力の凄まじさを世に知らしめたのが天輪聖紀の「旧都セイクリッド・アルビオン襲撃事件」だ。
 古代より、知られていた彼の呼び名は『魔宝竜 ドラジュエルド』。
 ダークステイツの(地方領主である)魔王たちをして触れるべからずと恐れさせ、暗黒地方中央部の脅威とされた虹の魔竜の長の通称である。
 次に、長い隠棲からドラジュエルドを解き放ったのが龍樹侵攻。
 龍樹勢力の重鎮として姿を現したのが『業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス』だ。
 龍樹の仮面マスク・オブ・ヒュドラグルムを着けた姿と、龍樹の軍門に下ったと見せて実は、世界にとって最大の脅威となり得る自分を盟友ブルースの手を借りて破壊させた逸話が残っている。
 この世から“消滅”したドラジュエルドが復活したのは、宿命決戦直後のことだったと思われる。
 すでに肉体を取り戻していたドラジュエルドが、標の運命者 ヴェルストラ“ブリッツ・アームズ”による目覚ましの一撃によって意識を取り戻した時、その姿はまた変化していた。
 それが『魔宝真竜 ドラジュエルド・イグニス』。
 イグニスに変化した理由については、ブルースにも「ヒミツ」とはぐらかしていたが今回、旧友であり宇宙的な魔術の大家であるバヴサーガラには真相を打ち明けている。宿命決戦の終わり、レザエルによってなされた《在るべき未来》の選択によって生み出された運命力の奔流が、ドラジュエルドの帰還に働きかけたことを鑑みると、これもまた原因の一つだと思われる。
 そしてバヴサーガラの前に姿を見せた『魔宝竜皇 ドラジュエルド・マグナス』。
 最も尊き、そして偉大なという冠をいただいたドラジュエルドの変化は、彼の親衛を固める竜たちの成長を促し、かつ眷族である魔宝竜の力も増幅させている。

 こうして振り返ってみると、気が遠くなるほどの年月を重ねた老竜ドラジュエルドが近年、衰えるどころか、さらにその力を充実させているのが分かるだろう。
 今回、表題にあえて「変化と進化」と掲げたのは、ここに触れておきたい為だ。
 しかもドラジュエルド本人は(寝ぼすけの振りを続けながら)運命大戦と宿命決戦、そして月の試練という最近の運命力の流れと、常にその中心となってきた奇跡の運命者 レザエル/奇跡の運命王 レザエル・ヴィータに強い関心を抱いているようだ。
 老いの表れは諦めと無関心だとも言う。
 その点、ドラジュエルドの好奇心と探究心とはその対局にある。
 四炎の運命力を身の内に燃やす虹の魔竜の長ドラジュエルドとは、おそらく惑星クレイ有数の老竜という事実や飄々ひょうひょうとした態度からは測れないほど、若々しく、この世界の行く末にも深く関与していく存在なのかもしれない。


ドラジュエルドとバヴサーガラの関係(旧友)については
 →ユニットストーリー072「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
 を参照のこと。

ドラジュエルドが龍樹侵攻の以前から、その予兆を察し、一人この世界のために身を挺しようとしていた事については
 →ユニットストーリー「グリフォシィド」
 に、龍樹の種グリフォシィドによる的確な評価がある。

また、ドラジュエルドが日常のほとんどを睡眠に費やす事については
 →ユニットストーリー194「現れる凶夢 ディムメア」および《今回の一口用語メモ》
 を参照のこと。

ドラジュエルドの旧都セイクリッド・アルビオン襲撃事件については
 →ユニットストーリー069「フェストーソ・ドラゴン」
  ユニットストーリー071「魔石竜 ロックアグール」
  ユニットストーリー072 世界樹篇「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(前編)」
  ユニットストーリー072 世界樹篇「天輪鳳竜 ニルヴァーナ・ジーヴァ(後編)」
 を参照のこと。

業魔宝竜ドラジュエルド・マスクスが、ディアブロス“爆轟ヴィアマンス”ブルースの力を借り、自ら望んで惑星クレイ世界から消えた経緯については
 →ユニットストーリー091龍樹篇「業魔宝竜 ドラジュエルド・マスクス」
  ユニットストーリー092龍樹篇「マスク・オブ・ヒュドラグルム」を参照のこと。

ドラジュエルドが現世に完全に復活し、その姿を変えたことについては
 →ユニットストーリー183「魔宝真竜 ドラジュエルド・イグニス」を参照のこと。

奇跡の運命者 レザエルが2人のリィエルによって滅ぼされかけたことについては
 →ユニットストーリー137 運命大戦第11話「時の運命者 リィエル゠アモルタ」
  ユニットストーリー138 運命大戦第12話「時の運命者 リィエル゠アモルタ II 《過去への跳躍》」
  ユニットストーリー139 運命大戦第13話「時の運命者 リィエル゠アモルタ III《奇跡の運命》」
  ユニットストーリー158 宿命決戦第7話「時の宿命者 リィエル゠オディウム」
 を参照のこと。

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡