ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」

澄んだ夏の青空。砂浜の白と海の瑠璃とのコントラストが眩しい。
華やいだ声が風に乗って聞こえてくる。
「ここはいい陽がいっぱいだ。素晴らしいね、オールデン」
龍樹の若木は両手のように葉を広げながら微風に揺られ、日光を満喫していた。
「ああ。いつもこんな日ばかりなら良いのにな、ゼフィロシィド」
守護の宿命者オールデンは真面目に答えながら、龍樹の若木の鉢に水を、カウンターに並べられたグラスにもそれぞれ飲み物を注いでいった。
砂地に建てられたビーチハウス。
今日のオールデンは平服にエプロンを着けている。その背後にはこの後の会食用に野菜や果物、新鮮な海の幸が山と積まれていた。
「どうぞ。宿命王」「おぅ。私の好みに合わせてくれるとは」
テーブルに置かれた樹液カクテルの椀を一口舐めて、麦わら帽子を被った無限の宿命者レヴィドラスが頷いた。丸まってはいるが竜の身体はテーブル席のほとんどを占拠している。
またの名を、無限の宿命王レヴィドラス・エンピレオ。
この惑星全ての知識に通じる100億歳の偉大な古老……なのだが、ブラグドマイヤーとの掛け合いで“実はかなりおもしろいお爺さん”であることが既に露呈している。ストイケイアの森奥深くに隠棲するレヴィドラス自身がストイケイアの森を出て、これほど遠方まで飛んでくること自体、きわめて稀なことだ。
そこへ息を切らせて2人の少女が駆け込んできた。
彼女たちの前にも絶妙なタイミングでグラスが供される。
「わぁ!ありがとう、オールデンさん!」
白とピンクの水着に浮き輪を抱えた獣人リシアフェールが席に着くのももどかしげに、フルーツで飾られたモクテルを見て喉を鳴らせば、
「でも、ケテルの将軍閣下にこんな事させるのも気が引けるわね」
申し訳なさそうなセリフとは裏腹に、こちらは黒の水着のリィエル゠オディウムも、差し出されたオリジナルアイスティー“リグフェイト・サンライトブリュー”の芳香とグラスに映えるキュートな翼型のデコレーションに目を輝かせた。
リィエル記念病院の頼れる医師オディウムの内輪にしか見せない顔とは、浜辺でビーチボールひとつあればリシアフェールといつまでも遊んでいられる無邪気さ。そして可愛らしいものが大好きなのだ。
「いいや、こう見えてオレも充分楽しんでいるよ」
オールデンは、ケテル地上出身の世話好きな青年そのものの爽やかさで笑った。宿命者全員の好みは把握済みである。
「ところでアルグリーヴラとインバルディオは……?」
オールデンの問いに少女2人が顔を見合わせると、砂浜の彼方でいきなり水柱が上がった。
『凌駕を撃ち抜け!ライデンシャフト!』『イェッ・サー!隊長!!』
『敵目標、秤の宿命者!各個迎撃!』
号令と共に、海上と空中に光線が交差し、被弾した海面と砂浜が爆発的に盛り上がった。
「あっちゃー!」リシアフェールが頭を抱えた。
「睨み合っていたから、危ないかもとは思っていたのよね……」とオディウム。
「始まってしまったようだな。戦闘狂vsベテラン軍人のじゃれ合いが」
レヴィドラスはのんびりした口調で指摘した。それはいざとなれば宿命王の力で介入できるという余裕だったのかもしれない。
ただ、呆れてばかりもいられない真面目な男がここにいた。
「あぁ。護衛の同行を許したのは間違いだったか」
オールデンは嘆息をついてスポーツドリンクを一気にあおると、ファイトに夢中の宿命者同士を仲裁し止めるべく、エプロンを脱ぎ、カウンターの下に置いてあった天上騎士の甲冑を着け始めた。

リグフェイト島はドラゴンエンパイア帝国北西部リグ湾にある無主地、正確に言うと島ではなく砂嘴である。
砂地がほとんどを占めるこの島は面積がごく小さく、漁場にも港にも不向き、潮が低い限られた時期しか(徒歩では)渡ることができない上に、東方の険しい山によって周囲から隔絶されているため、ドラゴンエンパイアはこの“地図の端”を領地として厳しく主張してはいない。地元の民や観光客が遊びに来るくらいだ。
──宿命者2人の大立回りをなんとか収めた後、
「とはいえ、外交ルートを通して竜皇帝にお伺いは立てた。宿命者が集合する場所として地図の中の土地を借りる以上、それが礼儀というものだから」
昼下がり、(急ごしらえのビーチハウスを除くと)この島では唯一大きな日陰を作る白い巨石の下で足を投げ出してくつろぐ一同に、オールデンが解説した。
「それにしても今、宿命者を集めて親睦を深めようとはよく考えたわね、オールデン」
オディウムは感心しきりだ。彼女が留守をソエルに任せられるようになったのは最近のことで、他の宿命者もまたこの惑星クレイでの暮らしが安定した所での、オールデンからの誘いだったのだ。普段から宿命者ネットワークで連絡を取り合う仲とはいえ、こうした目配りと気配りはさすがバスティオン長官の懐刀と言われる人物である。
「思えば宿命決戦からこの方、皆が一度に顔を合わせる機会が作れなかった。本来、宿命王であるこの私が言い出すべきことだったが……」
レヴィドラスの声には率直な思いが滲んでいた。対するオールデンの答えは穏やかだった。
「お気になさらず。誰かが、ではなくどうするかが大事なのですから」
「ちなみに提案は僕がしました!」
はーい、とゼフィロシィドの葉が上がると、やるわねとリィエル゠オディウムもウインクした。
オールデンの協力者・友人としてこの人懐っこい龍樹の種が──惑星クレイの運命力を代表する一派である──宿命者たちの前に現れた時から、リシアフェールと2人で大変な盛り上がりだったのだ。
「心から感謝する。2人とも」と宿命王レヴィドラス。
「お陰で英気を養えた。休息もまた戦士の仕事だ」
配下のライデンシャフト・ドラゴンを先に帰投させたアルグリーヴラも、会釈する。
「データ不足……敵手求む……」
こちらも本当にしばらく振りに専用スタジアムを出たインバルディオだけは、歴戦の勇士アルグリーヴラ相手にまだ交戦データ採取に喰い足りないようだ。
「それは次、私が主催する時にでもしてもらおう。このあとは予定通り食事にして、陽のあるうちに解散するのが良いだろう。各々務めもあるのだから」
とレヴィドラスが長老らしい配慮を見せた。
「楽しいな……でも私、本当にここにいる資格があるのかなぁ」
ここまで黙りこくっていたリシアフェールから、ぽつりと漏れた呟きを聞き逃さない者が2人いた。
一人は、頭部のセンサーを輝かせた凌駕の宿命者インバルディオ。
そして、もう一人……
「話を聞こう、リシアフェール」
獣人アイドルに声をかけた秤の宿命者アルグリーヴラは、こう続けた。
「いま君に必要なのはたぶん、俺のような相談相手だ」

リグフェイトの夕焼けといえば、地元でも知る人ぞ知る絶景である。
北極圏にも近いこの辺りでは夏でも陽は低く、日没は長く、いつまでも終わらないように感じられる。
──!
海原に霧笛のような音が轟いた。
それは聞く者の身体を震わせる竜の“発声”だった。
「こうだ。やってみろ」
砂浜に仁王立ちしたアルグリーヴラは、あまりの衝撃にぽかんと口を開けたままのリシアフェールを促した。
「あの……さっきは何て言ったんですか」
ドラゴンエンパイアが誇る軍人、均衡の番人の異名を持つ竜は吼えるように笑った。
「『ヴェルストラのお節介野郎ーッ!』だ」
なぜその文句?!ぜんぜん意味わかんない。リシアフェールはひきつった笑顔を浮かべた。
水際にいる2人を離れて見ている宿命者のうち、耳の良い時の宿命者と無限鱗粉を操る無限の宿命者の反応は早かった。
「事実を言ってるだけなのにね。秤の宿命者らしい」オディウムはくすくす笑い、
「まったくだ。あの怒号が標の運命者にまで届くと良いなぁ。いや愉快愉快」
麦わら帽子のレヴィドラスも顔をのけぞらせ、オールデンは肩をすくめた。巨石の下に蹲るインバルディオは沈黙したままだ。
「さぁ。何か晴らせぬモヤモヤがあるのだろう。ここで吐き出すのだ、力一杯」
アルグリーヴラに再び促されて、リシアフェールは尻尾を巻いてしまう。
「でも……」
「聞かれた所で我ら宿命者は皆、仲間だ。一蓮托生、秘密厳守。安心しろ」
「はぁ……」
リシアフェールは渋々と言った感じで話し始めた。
「今度、合同音楽フェスがあるんです。リリカルモナステリオで」「ほう」
「一大イベントです。で、メインイベントの前座ステージを任されて……」「前座では不満か?」
ニャニャニャン、とんでもにゃーい!リシアフェールは手を振って全力で否定する。

「光栄です!同級生から新しいサポートメンバーも加わって。推してくれる君へ アルメリアって言うんですけどぉ」
ホラこれ、と差し出されたスマホには『えへへ♪トクベツ、だよっ!』と微笑むアルメリアのブロマイドが映っていた。

「可愛らしく、演者としても有能そうではないか。何の問題がある?」
「プレッシャーです」「ふむ」
「今の私でクリスレイン様の前を飾れるかどうか……」「確かに、万化の運命者は永遠のアイドルだが」
そう・そう・そう!そこでーす!
リシアフェールがアルグリーヴラを指差すと、夕暮れの海からぴちゃんと魚も跳ねた。先程の轟音で仮死状態になっていた一匹のようである。
「ドラゴンエンパイアの軍人さんまでがそう言っちゃうじゃないですか。まして、今回のフェスの、大トリは、パフォーマンスバトル、なんですよー!」
だんだんリズムに乗ってくるリシアフェールを、アルグリーヴラはじっと見つめていた。
「私、クリスレイン様の、熱烈な信奉者。恥はかかせられない」
「テンション、それは震える魂。パッション、心からの熱意」
宿命者全員が目を見開いたのは、あの謹厳実直の権化のようなアルグリーヴラの返答が、ラップ風リリックに走り出したことだった。
「故に叫べ。覚悟決めて迷い捨て。熱い思い、夕の海を揺らす決意!」
オォォ……。
リシアフェールの身体が震えだした。
燃え上がる闘志。獣人の少女が噴き上がる運命力の奔流、情熱の炎は激しく、そして美しかった。
竜皇帝の信頼も篤い軍人であり、また均衡の番人として世界の均衡を監視し保ってきたアルグリーヴラは知っていた。誰でも心揺らぐことがある。大事なのは、ためらう背中を一歩先へと押してくれる手。そして自らの揺らぎに向き合い、正しいバランスを目指して立ちあがる者だけが、未来を拓く力を手に入れる事ができるのだ。
人生の試練と闘う、本物の戦士として。
「もう迷わない……!私、やるぞ!クリスレイン様への愛は、最高!マジ、至高!」
リシアフェールは叫んだ。
リグ湾の空に、その先に遊弋しているであろう空飛ぶクジラに、リリカルモナステリオ学園に。
そして万化の運命者クリスレインに。
「クリスレイン様、LOVE──!!!」
その宣言は砂を巻き上げ、海を響もす程、大きかった。
腕を突き上げたリシアフェールの頭上に、花火のような光が次々と打ち上げられた。
振り返ると信号弾を発射している凌駕の宿命者が見えた。彼女もまた新しい“戦い方”をリシアフェールから学習したらしい。
よぉ相棒!
リシアフェールがビッと凌駕のインバルディオを指す。
立ちあがったオディウム、レヴィドラス、そしてオールデン。宿命者たちも歓声をあげ、リシアフェールに励ましのサインを送っていた。その横でゼフィロシィドも葉を揺らして彼女を称えている。
そして私の仲間!
アルグリーヴラが励ますように優しく背中を支えてくれるのを感じ、ポロポロ泣き笑いしながら、至高の宿命者リシアフェールは今、友達ってホントいいなと心の底から思っていた。
了
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《今回の一口用語メモ》
龍樹侵攻の真の終結と宿命者たちの祝福──龍樹の種ゼフィロシィドと守護の宿命者オールデン
このほど、ケテルサンクチュアリ防衛省から発表された声明が世界を駆け巡った。
それは『ゼフィロシィドとの恒久的な平和協定の締結』についての正式発表であり、バスティオン長官とゼフィロシィド、両代表が署名する天空の都ケテルギアでの調印式の模様がなぜか(ブリッツ・インダストリーがメインスポンサーである)ノヴァグラップルのライブチャンネルでも全世界/近宇宙に流されたことで、単なる政治ニュースでは収まらない広がりを見せたのだ。
またこの共同声明書には、立会人としてストイケイアから伝説の老竜レヴィドラスがその鱗粉で名を刻み、ダークステイツの時の宿命者リィエル゠オディウムもまた署名したこと。また、式典前には前述の守護の宿命者オールデン率いる天上騎士団と、ドラゴンエンパイア帝国軍アルグリーヴラ遊撃隊との編隊飛行、平和条約に寄せたゼフィロシィドの謝罪と感動的なスピーチでも大いに話題をさらった。
さらにこの日の同チャンネルの前後には、凌駕の宿命者インバルディオによるノヴァグラップルエキシビションファイトと、獣人アイドル リシアフェールによるライブも配信された。
関係者はもちろん、勘の良い視聴者であれば、この一連の流れにすべて同じ祝福と団結のトーンが漂っていたことに気がついたかもしれない。至高の宿命者リシアフェールが見せた渾身のパフォーマンスのように。
ちなみに惑星クレイ世界では運命者も宿命者も、その称号の意味は一般に「同じ名を冠したグループに属しているのだな」くらいの認識である。よって時の運命者リィエル゠アモルタ(現在の、聖なる時の運命者リィエル゠ドラコニス)が聖竜ガブエリウス(の肉体)とともにこの世界を救った英雄であることも、深く知る者はごく限られている。
ケテルサンクチュアリの首都で平和を誓った龍樹の種ゼフィロシィドは、調印後の記者会見で、今回の条約締結の成功にはその宿命者ネットワークの協力と、オールデン大将との信頼関係がとても大きかったと語った。
確かに、今回の誓約文に連名し、執行責任者を命じられたオールデン大将は、守護の宿命者としてよりも“救国の英雄”や“天地を問わず人望を集める英才天上騎士”として、その名がよく知られた存在である。
龍樹侵攻の記憶を、ケテルサンクチュアリの天上と地上の民が容易に忘れるとは思えないが、地上生まれの天上騎士と、生まれ変わった龍樹の苗木という、奇妙でありながらも固く結ばれた信頼が今後、宿命者たちの協力の下に新たな実を結ぶ日も遠くないのかもしれない。
至高の宿命者リシアフェール(万化の運命者クリスレインに憧れるネコ系獣人アイドル)については
→ユニットストーリー155 宿命決戦第5話「至高の宿命者 リシアフェール」
を参照のこと。
オールデンとゼフィロシィドの邂逅については
→ユニットストーリー200 赫月篇第1話「奇跡の運命者 レザエル VIII」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡