ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
206「荒牙之衆 ディナバラダ」
ドラゴンエンパイア
種族 ヒューマン


タム・タム・トン!
乾いた空気に軽快な音が響き、石壁の彼方へと消えていく。
荒牙之衆ロコラは骨を打ち鳴らす手を止めて、耳を澄ませた。
まだ10歳にも達していないような少年だが、その身のこなしも引き締まった表情も大人顔負けだ。ここは戦場。彼が生まれてこの方、慣れ親しんだ生活の場なのだ。
体重を預けると背後の壁が崩れ落ちる。この一帯の地層を構成する脆い石、凝灰岩である。
……タム・タム・トン!
峡谷のどこからか、返答があった。
(よっしゃー!)
ロコラは歓声をかみ殺しながら、両手の棍棒を握りしめる。頭の恐竜の卵殻──これでも立派なヘルメットなのだ──が細かく揺れ始めた。武者震いだ。
さきほど送った打音信号の意味は……
「デカい獲物を見つけたぜ!集まれ、狩りの時間だ!」
今まさに、荒牙之衆の狩りが始まる。

巧爆竜エウディモランチャーは、地上からの打音信号を受信するなり、捕捉していた敵の方向目がけて、搭載しているミサイルを斉射した。
うねりながら空を切り裂くミサイルの軌跡。噴射煙で一瞬、翼竜の姿が隠れるほどだ。
だがその圧倒的な火力にも拘わらず、これは狙いもつけていない乱射。
なにしろ、この土地の空を哨戒するエウディモランチャーの攻撃ポリシーは
「とにかく大量にぶっ放す。どれか一つは当たるから」
なのだから。

バババ!バババ!バババ!バババ!
降り注ぐ小型ミサイルの雨を、多砲身機関砲の連射が迎え撃つ。
ゲヴェーアル・ドラゴンは、尾を曳いて迫るミサイルが急に軌道を変え、地上に潜んでいた自分の頭上から降り注いだのを見て、瞬時にこれが対地対空両方の目標に対応した多目的ミサイルなのだと気がついた。
このような僻地の、しかも近接戦を得意とする戦闘集団に、高度な対地/対空迎撃能力を備えるディノドラゴンが援護についているのは脅威でしかない。
ゲヴェーアル・ドラゴンは隊の先鋒として、敵との接触を暗号回線に報告・共有した。
『Gより全隊へ。敵と交戦状態。応戦継続中。これより第二戦術プロトコルへ移行する!』
戦場においてこうした情報伝達の速さと正確さはまさに生死を分かつ、重要な要素なのだ。

岩の隙間から敵の姿を見、その接近を感じて、全身の毛がざわっと逆立った。
バンイップが被っているのはオオカミの毛皮。
荒牙之衆の戦士が狩りで仕留めた獣を身に纏うのは、その偉大な自然の力を自らと一体化しようとする願い。そして戦いに明け暮れる人生を強き獣と共に生き続けるという、敬意に満ちた行為である。
「まずは機動力を奪え。この黒曜の刃で腱を断つのだ」
幼い頃から叩き込まれた戦いの心得を呟くバンイップもまた若い戦士だった。荒牙之衆には細かく年を数える習慣は無いが、外界でいえば15歳くらいだろうか。
両手に握っているのは黒曜石のダガー。
ロコラと同様に二刀流なのは、荒牙之衆にはそもそも剣術も何もなく、勢いに任せて叩きのめすという単純だが恐るべき戦法を実行するためだ。
力強き者こそが勝ち、生き残る。それこそがこの岩だらけの戦場において唯一の掟である。
「見てなよ、ロケット竜。メッチャクチャにしてやるぜ」

指揮官からの指示と、現場の判断は一致していた。
「指令受諾。私も打って出る」
ラケーテンヴェルフ・ドラゴンは敵が潜むと思われる岩に、ロケット弾を4発放った。
続けざまに轟く爆音!砕けた脆い岩の破片が煙幕のように濛々と立ちこめ、視界を遮った。
制圧ではなく、狙いを定め、相手の行動を狭めるための制御された準備射撃。
……後退したか。だが逃さんぞ。
ラケーテンヴェルフは警戒怠りなく慎重に距離を詰めていく。
この隊には悪戯に深追いするような愚か者も、前進をためらう臆病者もいないのだ。


ヴ──!!!!
ガトリングカノーネの掃射を、低空を飛ぶスプルーシュカッター・ドラゴンはS字スラローム、錐もみ飛行を組み合わせて回避した。仲間のためにあえて囮となる彼が勇猛なティアードラゴンである証拠に、その軌跡には水色のオーラが曳いている。
標的を外した銃弾が、褐色の大地を抉り、岩を砕いて砂埃を立てた。
脆い凝灰岩の岩原が続くここでは跳弾が起こらない。
ドージオロック・フォールドとはまさに、戦士同士が存分に闘うために造られたような土地なのだ。
そして反撃。
スプルーシュカッターは一気に上昇すると、振りかぶった大刀を叩きつけた。水流が時に荒々しく、刃となって襲い来るように。
辛うじて回避するガトリングカノーネ・ドラゴン。
擦り抜けたスプルーシュカッターは、そのまま上空に抜けて高度の優位を握りつつ、再度の突撃に備える構えだ。
「……白兵狙いか、させぬ!」
重火器を持つこちらに対して、ドージオロック・フォールドのティアードラゴンは戦い方をよく知っていた。
そして眼下の岩場では、剣歯虎の毛皮を被る戦士が長槍を構え、ガトリングカノーネの降下を待ち構えていた。
「剛き骨で組み上げた我が槍は、猛獣の牙をも砕く」
彼の名は荒牙之衆マウリーザスと言った。
そしてマウリーザスにはもう一つの仕事があった。その咆哮で、敵味方に首領の登場を告げることだ。

ドロドロドロドロ!
戦鼓、足踏み、そして咆哮。
砕かれた岩の大地を踏みしめて今、蛮族の長が立った。斧と見まごう分厚い蛮刀を携えて。
荒牙之衆 ディナバラダ。
燃えるような赤い髪、輝く青い瞳、端正な顔立ち。
しかしその頭を覆っているのは恐竜の骨。
この土地では敵でありまた戦友でもある恐竜の骨を帯びることは、すなわち最強の証である。
「我が大地ドージオロックの名の下に!」
その大音声が轟くと、配下の人間と竜たちは前線から退き、首領の周りに跪いた。
ここまで竜皇帝恩賜鍛練地ドージオロック・フォールドを舞台に、追いつ追われつの模擬戦を繰り広げてきたアルグリーヴラ遊撃隊の竜たちもまた、一旦前線から退いている。
「出てこい、均衡の番人!」

ディナバラダの叫びに応え、隊員のフレイムドラゴンが作る壁を掻き分けるようにして、秤の宿命者アルグリーヴラが姿を現した。
両者が歩み寄る。
「アルグリーヴラ」
「ディナバラダ」
第3軍たちかぜの蛮人と独立遊撃隊の火竜。
ともにドラゴンエンパイア帝国軍が誇る精鋭の長、旧知の仲である。
「叩かれに来たか」とディナバラダ。
「兵士たちはもう存分に鬩ぎ合っているようだ」
アルグリーヴラは両陣営を見渡した。
銃vs剣、棍棒。
ミサイルの援護があったとはいえ本来、まともに勝負できるわけもない対決の結果。
砂と硝煙にまみれ、あちこち打撃の跡を残しているのは荒牙之衆だけではない。アルグリーヴラ遊撃隊もかなりのダメージを負っている。
演習とはいえ飛び交うのは実弾と真剣。一歩間違えば即命の危険に繋がる、本物の武人だけが耐えうる過酷な鍛練だ。
「竜を狩るにはいい日和だ。アルグリーヴラ」
ディナバラダは巨大な蛮刀を、まるで棒きれかのように軽々と肩に持ち上げた。そして恐竜の骨兜、その口元が不敵に笑う。
「宿命者の仕事ばかりでなまっているだろう。叩き直してやる、火竜!」
「我を狩るのは容易ではないぞ、荒牙之衆」
ディナバラダが蛮刀を構えると、アルグリーヴラのブリッツキャノンも射撃位置に遷移した。
叫びは同時にあがった。
「「ドージオロック!」」
この広大な岩場、帝国軍最大最高の訓練場にして荒牙之衆の居住地がある土地の名こそが、戦士たちにとって何よりも身が引き締まる訓練開始の合図だった。


了
※註.岩石の名前は地球の酷似したものの名称を使用している。※
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《今回の一口用語メモ》
荒牙之衆──ドラゴンエンパイア竜皇帝とたちかぜの勇者「サベイジ」の系譜
荒牙之衆とは竜皇帝直轄領であり恩賜鍛練地ドージオロック・フォールド住む種族。天輪聖紀以前にはサベイジと呼ばれていた者たちである。
サベイジはドラゴンエンパイア帝国中南部一帯に幾つも部族が分布しており、各々が王(サベイジ・キング)を立て生活している。小規模な交易もするがその生業は「軍人」、つまり全員が生まれついての戦人なのだ。
「荒牙之衆」とは、そんな第3軍たちかぜに属する勇士として名高いサベイジに天輪聖紀となってから、現竜皇帝から下された名前だ。
ドラゴンエンパイアの竜皇帝は古来、古からの血統を継ぐ高位竜たちによって選出されてきた。
皇位継承者は「五大高位竜」(天輪聖紀ではいずれも5つの柱軍の退役将軍である)と、遺跡に隠棲する古代竜の末裔「白き高位竜」の6名。
現在、竜皇帝の座にあるのは無神紀以前より帝位に在り続ける元かげろうの将であった高位フレイムドラゴンであり、その治世は無神紀から続いている。
その現皇帝がサベイジに対して、古よりの戦勲と忠誠を称えて贈った称号「荒牙之衆」は名誉とされ、受け入れられている。もっとも古名のサベイジもまた外部の者がつけた名が定着したものであり、荒牙之衆の方が単純に「ふさわしいから」「格好良いから」という理由もあって改称には抵抗がなかったそうである。
荒牙之衆の最大の特徴は、その結束と爆発的な攻撃力にある。
さらにドージオロック・フォールドの岩場や荒地では特に、その神出鬼没の機動力によって荒牙之衆と、彼らを援護するドラゴンたちは恐るべき脅威となる。
ドージオロック・フォールドは帝国軍の訓練地であるが、荒牙之衆にとっては住み処でもある。戦いの中に身を投じるのではなく(現在でも)戦場そのものが生活の場だという点にこそ、かつて蛮族として怖れられ、第3軍たちかぜでも勇名を馳せた「サベイジ」の本質があると言っても良いだろう。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡