ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
207 赫月篇第7話「万化の運命者 クリスレイン・カデンツァ」
リリカルモナステリオ
種族 マーメイド


──リリカルモナステリオ導きの塔。
人魚エンファティックライム アルメルは、水が無いトンネルを身をくねらせて垂直に上昇していく。
ここは塔の最上階に続く唯一の通路。
滑らかな周囲の壁に階段の類はなく、一見何もないこの透明な空間は──飛行する者を拒む力場が張り巡らされている一方で──、なぜか泳いで上り下りすることだけができる。つまり水に親しい種族か、その先導なしでは移動できないように設計されているのだ。

天輪聖紀における惑星クレイ第6の国家とも呼ばれるリリカルモナステリオ。
かつて大賢者ストイケイアの思想に共感し、空飛ぶクジラの背中に愛と平和の学園都市を築いたリリカルモナステリオの創始者は、人魚だとも言われている。
導きの塔最上階はリリカルモナステリオの歴代の指導者たちがクジラと交感し、行く先を決めてきた施設。いわば船でいうブリッジ、飛行機と見立てればコクピットにあたり、最重要機密が守られる場所なのだ。
「だからって厳重すぎるのよ、ここ」
低層階と違い、最上階にはこうして直接出向かない限り、一切の連絡がつかない。
アルメルは緊張していた。
リリカルモナステリオの関係者でも、この領域に立ち入ることができる者は少ない。
まして一生徒であるアルメルが、導きの塔の主に連絡をつなぐ役目を仰せつかるなど──彼女にとっては初めてのことだし、勿論それはとても光栄な機会なのだけど──荷が重いというものだ。ただいつもクリスレイン様に近く仕える3人、ユルシュール、ティファイン、ミュゼットが全員、塔のテラスステージでのランスルーに参加するため手が離せないのだから仕方がない。
「失礼しまーす。……?!」
水面(透明で見えないけれど)から恐る恐る顔を出したアルメルは、意外すぎる光景に目を丸くした。
円形の指令室は壁すべてがガラス張り、天井は高く、全体が白のトーンで統一され、椅子すら無い簡素な空間だった。
その部屋の中央で窓を向いた2人の女性が背を向けて並び、手を繋いでいる。
彼女たちが立つ目の前で、真珠色の幹に虹色の葉を茂らせる大樹が音を奏でていた。
重々しく、しかし柔らかに心震わせる優しい波動の連なり。
「素敵な音。まるで交響曲みたい」
楽帽を被ったバイオロイド少女は満足の嘆息をついて、そして笑った。
「樹も喜んでいるわ。心通わせられるあなたのような人に来てもらえて……あら」
リリカルモナステリオの指導者にして、偉大なる人魚アイドルは生徒アルメルに振り向き、そして微笑んだ。真珠色の樹を前にいつの間にか、客人である世界樹の音楽隊の指揮者と深い友情で結ばれていた導きの塔の主を見て、言葉を失ってしまったアルメルに。
その姿はいつも以上にスターのオーラに満ちあふれていた。後光が差すほど。気が強くしっかり者のアルメルでさえ思わず何の用でやって来たのかも忘れてしまうほどに。
クリスレインは永遠の、最高のアイドルなのだ。
「ご苦労様、アルメル。もう時間のようね。行きましょうか、リアノーン」

「Big up to!…to!! My LOVE! NEx NexT Our Muse…ラストショウ、“トロイメント/カデンツァ”!」
至高の宿命者リシアフェールのシャウトアウトが、このイベント『リリカルモナステリオ/世界樹の音楽隊合同音楽フェス』の大トリを告げた。
リリカルモナステリオ導きの塔。空飛ぶクジラの背の上。輝く天蓋。澄み切った空の下。
今日の舞台はテラス。囲むビルディング、すべて開放。学寮、ホテル、一部住居。鈴なりの観衆。取り囲む道にも観衆。皆、思い思いリラックス。次でフィナーレ……そして登場!
世界樹の音楽隊!
「吹き抜ける風コルフィ!」
コールを受けて躍り出たのはカラーガードの先鋒。

鮮やかな青の衣装、翻るフラッグ。
そこへ反対側から走ってきたワンダーラベンダー ユルシュール──今日はトゥインクルパウダーを使っているので人魚パフォーマーは皆、2足だ──が、青のバイオロイドと手を打ち合わせ、歌いながらダンスに加わる。
続いては、高鳴る芽吹きグラシア。

観客の中には──世界樹の音楽隊のパレードはとても有名なので──既に気づいているファンもいる。
赤のバトントワラー、グラシアも先の青旗のコルフィも、カラーガード達の装いが新しいものになっている。
この合同フェスのため、マーメイドアイドル達との対バンのために、いつも以上に創意工夫とレッスンを重ねた結果、音楽隊メンバーのバイオロイドたちが心身共にアップグレードした姿だ。
グラシアと共に軽快なダンスを見せるのは(2本足となっている)ライヴリィネイビィ ティファイン。
元々、水上での身軽な動きで知られるティファインにとって、自在に回転するバトンと連動して飛び、跳ね、そして歌いながら組み合ったポーズを決めるくらい、お手のものである。
サポートメンバー同士の競演、ラストを飾るのが希望の旋律 レクティナ。
彼女が持つのはバトンというよりも短槍と呼ぶべき長さのもので、使い方はとても難しい。

だが、人魚コンフィデントアクア ミュゼットとの優雅でスローな踊りにも、背後の壁面水槽に群れるクラゲさん達とのシンクロダンスにも完璧な対応を見せるあたりは、さすがカラーガードキャプテンである。
さて、長かった合同音楽フェスもラストステージ。
カラーガード達とマーメイドアイドルが勢揃いし、鳴り響いていた音楽がぴたりと止むと、導きの塔から無数の水泡があふれ出た。暮れかかるドーム越しの空に、虹色に輝きながら。
それはこの後すぐ現れるであろう、永遠のアイドルの到来を予感させる演出だった。
──!
歓声が一層大きいものとなる。
今回の客席は、この町最大のホール「導きの塔メインステージ」だけではない。
塔の外、テラスステージが舞台となるため、それを直に見る事のできるリリカルモナステリオの街路、学寮、市街地の窓からも観覧が可能。
さらに各々の屋上と飲食スペースは外来の観客のために開放され、フェスの期間中、ドームに覆われたこの町のあちこちで心温まる交流が生まれている。
「世界樹の音楽隊より、協心の巧演モルワール!」
マイクを握ったリシアフェールのコールでテラスのドアが開くと、先端に花を咲かせたクラリネットを吹くバイオロイドが現れた。
澄み切った音色が野外フェス会場──リリカルモナステリオ中心部に響き渡る。

まだ少年らしさが抜けない愛らしい演奏者と心が浮き立つようなフレーズに、観客がほうと嘆息をつく。
彼は先触れだ。
そしてそこへ、今日もう一人の主役、バイオロイドのドラムメジャーが現れた。
「夢咲き誇る楽団長リアノーン・トロイメント!」
わぁ、と歓声が爆発した。

リアノーンは数ある音楽隊の中でも──ひょっとしたら本人が一番気がついていないかもしれないけれど──、惑星クレイ世界で飛び抜けた知名度と人気を集めるドラムメジャーである。
彼女が(合流したカラーガード3人、モルワールと)世界樹の音楽隊と行進し始めると、リリカルモナステリオの町や街路から、波のように歓声が沸き起こった。
リアノーンがメジャーバトンを振る時、明らかに他と違う特徴がある。
観客が皆、笑顔なのだ。
彼女と音楽隊が奏でる音楽とダンスが楽しい。彼女について行くのが楽しい。
バイオロイドもハイビーストも、ドラゴンも他の種族もただ心躍るのである。
それはリアノーンがただ天性の音楽家というだけではない。
彼女の中には葛藤があり、迷い、惑わされ、挫折もして、そしてまたみんなと音楽がしたいと立ち返った情熱がある。聴いている者にもそれはちゃんと伝わるのだ。
心強いだけの人に憧れることはあっても、惹かれることは少ない。
人は弱さにこそ、自分を投影する。
そして一歩踏み出す、その勇気の価値を知る者だけが、暗闇の中にいる他人の苦しみを理解できる。
『さぁみんな歌おう!踊ろう!立ちあがって、手を叩いて!』
リアノーンは口に出しているわけではない。
でも誰もがそれを聞き、実際に硬い椅子から、あるいはくつろいで横になっていた柔らかいソファーから、陽を避けて隠れていた影から立ちあがり、心から喝采し、共に歌い出す。
そして、まるでカラクリ時計のように華々しく音楽隊の列が、塔のテラスを回りきった時、
「我らが導きの塔の主!万化の運命者クリスレイン・カデンツァ様──!」
リシアフェールのこの日一番のシャウトと、同じく最大の歓声がリリカルモナステリオを揺るがした。

──!!!
観衆に応えたのは、意外にもある種の咆哮を思わせる、腹に響くような低く荘厳な音だった。
音に詳しい誰かは気がついたかもしれない。
それが鯨の鳴き声に──その音量と深みは海のそれを凌駕していたけれど──似ていたことを。
そして万化の運命者クリスレイン・カデンツァの姿が、導きの塔の頂に現れた。
彼女が向き合っているのは、たくさんの突き出たパイプ。
それは彼女が触れると反応する操作盤になっているようで、左手を滑らすように仕草をすると対応した音色が鳴る。足元のペダルはリバーブだけでなく音色も変えられるようで、クリスレインはそれら全てを杖を持ったまま操っている。
つまり塔全体が、鯨の声を奏でる一つの巨大な楽器ということなのだ。
これを巧みに演奏し、観客を酔わせるクリスレインの姿はあくまで優雅であり、力強く、光を放ち、そして複雑な色合いに変化するドレスと相まって、息を呑むほど美しかった。
確かにクリスレインこそは永遠のアイドル。歌唱からラップ、舞踏もその所作も、そして演奏までその全てが最高峰にして、完璧なのだった。
『フィナーレは駆け上がるように。皆と共に』
音楽隊のマーチを邪魔することなく、むしろその旋律を何倍にも豊かに膨らませ、鯨のオルガンが壮麗な終止へと向かって走り出した。
『クリスレイン』
『リアノーン』
楽団長と万化の運命者は目を見交わしていた。
渾身の演奏と歌唱の最高潮の真っ只中。誰にも気づかれることなく。
そのどちらともに同じ感情があった。
心許す仲間、友達と音楽を奏でること。踊り、舞い、全身で表現すること。
2人は、導きの塔最上階の樹──真珠色の空中世界樹──の前で共感し、手を取り合い、生まれも立場も種族すらも超えて、互いの中に同じものを感じ取ったのだ。
ドーン!ドン・ドーン!
輝く天蓋の外側に幾つも大輪の花が咲いた。
花火だ。それはまるでフェスのフィナーレを、音楽隊とアイドル達を、リアノーンとクリスレインとを空飛ぶクジラが祝福している様だった。
『楽しいね。音楽って』
『そうね。だって音を楽しむことだもの、音楽は』
夢見るように、華々しい終幕。
喝采と充実と、そして喜びと。
リリカルモナステリオの新たな試み、合同野外音楽フェスはかくして大盛況のうちにその幕を閉じたのだった。
──同時刻。
輝く天蓋。洋上を遊弋する巨大な空飛ぶクジラ。
夕景のリリカルモナステリオ、そのさらに上空から降りてくる一つの影があった。
「此度、試練に招集されし者……」
“導きの塔”の壮麗な音色も、世界最高のマーチングバンドと永遠のアイドルとの共演に熱狂する観客の声も、この任務に忠実な月の民には全く感興も湧かせないようだ。
月の忠臣 ラムズデンは降下しながら、誰にも聞こえない冷徹な呟きを放った。
「その名は……万化の運命者クリスレイン・カデンツァ」
了
※註.音楽用語、楽器名などは地球の酷似したもの、ないし同じ意味のものに変換して使用した。ただしレクティナの長いバトンをライフルではなく短槍と呼ぶのは、ストイケイアの音楽隊独自の慣例である。※
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《今回の一口用語メモ》
トロイメント/カデンツァ──夢見るように、華々しく歌い上げるフィナーレ:リリカルモナステリオ共同音楽フェス
空飛ぶクジラの背に乗るアイドル学園リリカルモナステリオは、惑星クレイ世界の各地を日々移動している。
多くの場合これは「リリカルモナステリオ ライブツアー」に、地名や売り出し中のグループ名が付くのだが、意外なことに合同フェスが企画されたことは、ほとんど無かった。
これはリリカルモナステリオそのものがアイドル事務所であり歌唱・ダンス・音楽全般について豊かな人材、また衣装、美術、照明、音響から演出に至るまで公演を実現するためのスタッフと設備、広報、ライブ中継/配信から劇評までを含むメディア、さらにはグッズの企画・パッケージ・販売までのほぼ全てが、学園内で完結している為だ。
それでも今回、合同音楽フェスが開催されたのには、世界樹の音楽隊のドラムメジャー、リアノーンというタレントがあったからに他ならない。
現在、惑星クレイ世界の運命力の均衡は、運命者と宿命者の2派に大きく分かれている。
その一方で、惑星クレイ自体を活かす生命力は、世界各地に自生する世界樹を通じ、地表の生物の運命力を星に還元するサイクルによって成立している。
この世界樹と対話・共感し、音楽と踊りによって樹を活性化させる才能こそ、リアノーンがそのドラムメジャーという表向きの立場を超えて、信頼され、常に世界各国からの招待が殺到している理由である。
話をリリカルモナステリオ共同音楽フェスに戻そう。
結果から言うと、今回のイベントは大成功のうちに幕を閉じた。
前座を務めた至高の宿命者リシアフェールのステージは、「至高の前進に迷いなし」「直前に行われた宿命者記念ステージの勢いそのままに」「確かな成長の跡」「前座の枠を超える大爆発」などの劇評を集めるほど盛り上がり、真打ちのクリスレインを呼び、観客を酔わせる熱いシャットアウトはまさに“万化の召喚者”だった。
また今回の公演は、リリカルモナステリオに“野外フェス”という新しい形態を加えたことでも評価できる。
リリカルモナステリオの町は、クジラの背に設けられた全天候/全高度型ドームを特徴とする。
急な天候の変化や高空ならではの突風に悩まされることなく無事イベントが完了したのは、第一にこのドームのおかげだ。
さらに未確認情報であるが、本編で触れたクリスレインとリアノーンの音楽隊で締めくくられたフィナーレでは、今までは自然の気圧差・気温差に任せるだけだった内側雨、内側雪が何らかの力によって、夏の日差しの下、自在に操られていたという証言もある。これが本当で再現性があるのならば新たな野外舞台演出としても画期的なものとなる。
また野外フェスのもう一つの大きな要素として、今までは賢者の塔の屋内メインステージが最大だったが、今回はテラスを舞台として利用し、道路と周辺の建物を観客席とすることで(屋内ステージではライブビューイングが行われた)、観覧可能人数の飛躍的な増加とホスピタリティが実現した。
さらに内部の整備と外来のお客様をもてなす過程で、市民と学園生徒・職員との良好な関係がより親密で親しいものとなるという副産物も生まれたという点でも、愛と平和を理念に掲げ、第6の国家と呼ばれるリリカルモナステリオならではの可能性を感じさせるものだと言えるだろう。

万化の運命者 クリスレインとリリカルモナステリオ導きの塔については
→ユニットストーリー130 運命大戦第5話「万化の運命者 クリスレイン」
を参照のこと。
クリスレインとリシアフェールについては
→ユニットストーリー155 宿命決戦第5話「至高の宿命者 リシアフェール」
を参照のこと。
リリカルモナステリオと内側雨、内側雪については
→世界観コラム ─ セルセーラ秘録図書館009「リリカルモナステリオ」
を参照のこと。
惑星クレイ世界における人魚とトゥインクルパウダーについては
→ユニットストーリー047「Astesice×Live カイリ」
を参照のこと。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡