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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
210 「トリクスタ&スエンディ」
ドラゴンエンパイア
種族 タリスマン/プレアドラゴン
 北に向かって飛ぶソエルが、左斜め上方に機影を見つけたのは偶然だった。
 季節は夏の終わり。
 前方に高くそびえるのはドラゴニア大山脈。万年雪を戴く峰々。
 真昼の陽は高く、天候は晴れ。ソエルの周囲に今、雲はほとんど無く、風も強くない。つまり次の良い上昇気流に乗れるまでは、懸命に羽ばたき続ける必要があった。
 前方遠くを飛ぶ人型の赤い姿に目を凝らして、ソエルは呟いた。
ドラゴンかな」
 故郷であるケテルサンクチュアリでも、ここドラゴンエンパイアでも空のマナーは変わらない。
 天使であれ、竜であれ、あるいは航空機であれ空中を移動している以上、他人ならば距離を取ることが原則。それは互いの安全を守るための重要なルールだ。
 もっと近くですれ違う場合は軽く手など振り合うと、こうした偶然の出逢いも楽しいものになるけれど。
「僕も急ぐ旅だし」
 このまままっすぐ飛ぼうとソエルは決めた。
 目指しているのはドラゴニア大山脈の麓にある村。
 人々は、若き天使の医師の到着を、今や遅しと待ちわびているはず。
 そしてそのさらに先には師匠との合流地点、暁光院がある。

 ──時は、奇跡の運命者レザエルとタリスマン トリクスタが、その暁光院で戦う前日のこと。
「ねぇ、ソエル君はなんでこんな村に来たの」「田舎なのに」「ここ何にも無いんだぜ、ホント」
 午後の診療が一段落したソエルは、ひと息つこうと振り返って、診療所を覗き込む子供たちのたくさんの瞳と向き合うことになった。
 先生せんせいと呼びなさい、などと周囲の大人たちも叱らないし、当のソエルもにこにこしながら対応している。ここでは、遠方の病院から派遣された巡回医師にすぎないのだ。
 ソエルが“救世の使い”レザエルの一番弟子であり、リィエル記念病院ではレザエルやオディウムに留守を任されるほど信頼されている事も知られていないし、自慢するような性格でもなかった。
 それでも、赤ん坊からお年寄りまで村人全員の健康診断。傷の治療や簡単な手術、病気の症状に応じた薬の処方と、手際よくこなす童顔の天使ソエルが、実は頼れるお医者さんであることはこの午後だけで村の皆すべてが知っていた。
「ずっと前に、みんなくらいのとしの子に会ってね。この辺りにはお医者さんが少ないんだなって」
「いないよー」「山2つ超えなきゃ無理」「風邪も引けないって、母ちゃんがぼやいてた」
「うん。そんな困っている人がいるんじゃないかって、また来たいと思っていたんだよ。……あ、そうそう。お土産もってきたんだった。忘れててごめんね」
 ソエルは慌てて、携えてきたお菓子の袋──オディウムのアドバイスを受けて用意したものだ──を取り出すと、たちまち子供たちが群がった。
 臨時の診療所に子供たちと大人たちの明るい笑い声が響いた。
 厳しい自然と向き合い、わずかな作物とその収入で細々と生活するこの村で、久々に聞かれた喜びの声だった。
 ソエルはもみくちゃにされながら診療机に置いたスノードームに目を留めて、また笑顔になった。
 それはソエルが今回のドラゴンエンパイア無医村の巡回診療を決意させた、ひとつの大きなきっかけでもあった。



 夕方。
 仕事を終え荷物を収めたソエルは、診療代は固辞して、村人から握手や心のこもったお礼の言葉をもらい、またそれに医療的なアドバイスを返したりしていたが、ふと掛けられた一人の少年の言葉に動きを止めた。
「ねぇソエル君。月の光で獣がおかしくなるっていうのも病気?あれも治せる?」
「なんだって!月夜の異変?!」
 ソエルの問いに目を丸くしているのは午後、特に懐いていた子供である。
 ちょっと語気が強くなっていたのに気がついて、ソエルは口調を改めた。
「ごめんごめん。ちょっと気になることがあるものだから。月によって人や獣がおかしくなるというのは僕の先生がまさに今、取り組んでいるお仕事なんだよ」
「よかった!あのね、ボクの父ちゃん、猟師なの。遠くの尾根で夜、変になる・・・・獣がいるんだってさ」
 うちの坊主が何か申しましたようで、と弓を携えた逞しい男性が人垣を分けて、話を引き取った。
 ソエルが詳しい話をせがむと猟師は答えた。
「ちょうど明日からの狩りで、これから山に入るんです。夜の山歩きなんて絶対に素人は連れて行かないんですが、ソエル先生はオレ達のために新竜骨ネオドラゴボーンの山を越えて夜通し飛んで来られるほどのお人だから、素人じゃない。皆を治してくれたご恩返しに、オレがご案内いたしましょうか」
「ぜひお願いします!」
 ソエルの返答に迷いはなかった。
 師レザエルが世界中を飛び回り、運命者・宿命者ネットワークの情報網をってしても手掛かりがなかった赫月病かくげつびょうの調査に、思わぬ所から光が当てられるかもしれない。

Illust:ムラカミイッセイ



 レンドセレイト・グリフォン。
 ドラゴンエンパイアの山岳部で見られる獣であり、好んで谷間に巣を作る。上半身がワシで下半身はライオンという異なる複数の動物の特徴が混在するキメラ。性格は獰猛で、対話は極めて困難。
 ソエルは『クレイ動植物豆辞典』をめくりながら、やはり紙の書物を持ってきて良かったと思った。タブレットなどディスプレイ画面の光は自然界では恐ろしく目立つのだ。少なくとも夜の森の狩りの最中に使うべきものではない。
「(ソエル先生、もう少し頭を下げてください)」
「(あ、すみません)」
 猟師の囁きに従って谷の岩に頬をこすり付けるようにしながら、ソエルは向かいの崖をそおっと覗き見た。
 白く輝く第1の月の光の下、キメラの猛禽は熱心に毛繕いしている。
「(なんだか大人しそうにも見えますけど……)」
「(とんでもない。見つかったら最後、あの爪で切り裂かれてエサになっちまいますよ。ヤツはずる賢い。オレたちから奪える全てを狙っているんです)」
 ソエルは、グリフォンの顔や首を彩る装飾品が冷たく光るのを見て、ぞっと身を震わせた。あれも略奪品なのだろうか。ただ、ひとつ気になる点があった。
「獰猛で狡猾、人を襲い金品も奪う。レンドセレイト・グリフォンは確かに、怖くて危険な獣ですね」
 その通り、と猟師は弓に矢をつがえながら頷いた。
「……でも、あの獣にとってはそれが自然な生き方でしょう。特に変な感じはしませんけれど」
 しっ、と猟師が唇に指を当てた。
「よくご覧になっていてください」
 ソエルは緊張して注目した。
 月が厚い雲に入り、地上のこの一帯には暗闇が落ちている。
 吹きだした冷たい風が気温を急激に下げ、そのためか谷間に霧が湧き出してきた。
「……やはり変だ」「どうしたんですか」
「山の霧は珍しいものじゃない。でも、見てください。この霧は月の光が無いのに見えている。はっきりと白く」
 ソエルはあっと声をあげそうになって口を押さえ、そして恐怖に襲われた。
 空を飛ぶものとして、光が無い夜空で雲を見られない事は知っている。
 同様に、霧をまったくの闇夜に見ることはできない。雲も霧も根本的には同じ原理で生じる現象だからだ。
「見てください、キメラを」
 猟師が指す先を見て、ソエルはまた息を飲んだ。
 先ほどは毛繕いするほどリラックスした様子だったレンドセレイト・グリフォンが、空を見上げ口を開けて、苦しそうにもがいている。爪で手当たり次第、辺りを引っ掻いている様子は狂乱と呼ぶべきだろう。
 鈍く白く光る霧の中で、そのワシの目だけが赤く輝いていた。
「あんなの見たことありますか、先生」「ありません。あれは一体……」
 ソエルは多種多様な種族が住む惑星クレイ世界の医師として、人型だけでなく獣も診ることがある。
 強靭な野生の獣を苦悶させ、狂わせる有毒な霧など聞いたこともない。
 何よりもソエルを困惑させたのは、師匠レザエルがストイケイアのマグノリア王から聞いたという、樹角獣が怖れる“奇妙な霧”のことを思いだしたからだ。樹角獣は賢明にも霧に近づくのを避けていたようだけど。
 もちろん、ここはドラゴンエンパイアのドラゴニア大山脈。ストイケイアの森とは星の裏と表ほど離れている。だがソエルやレザエル、そして月の門番ヴェイズルーグが追う赫月病かくげつびょうとは、そうした距離や時間をも超えた、宇宙的な異常なのではないか。
「先生、危ねぇ!」
 ソエルが聞き返すことなく、すぐに反応できたのは師匠レザエルに付き従って旅するうちに磨かれた反射神経に他ならなかった。
 羽ばたきの音と鋭い鳴き声と共に、目の前に激しく迫る猛禽の姿を見た瞬間、ソエルは猟師を身体ごと抱えて後方に飛び上がっていた。
 レンドセレイト・グリフォンの爪は引き裂く対象を失った。
 すかさず猟師の弓矢がその胴体を狙ったが、無理な空中姿勢のために外れ、雲が切れて再び射し込んだ月光に空しい軌跡を描いて消えた。
「このまま後退します!」
「いや2人じゃ追いつかれます!オレを降ろして!」
 猟師は素早く弓をつがえ、追いすがるグリフォンを威嚇しながら叫んだ。
 ソエルは反論しようとしたが、確かに彼の力では大人の男性を持ち上げたままの飛行は遅く、両手も使えない。共倒れになるのは時間の問題だった。

Illust:眠介


 僕の翼にもっと強い力があれば。
 悔しさを噛みしめながら、ソエルは周囲でもっとも高い岩場に猟師を降ろした。
 幸い、ここには背の高い列石が集まっていて──古代には祈りの場だったのかもしれない──弓と矢があれば、熟練の猟師にとっては防御に適した陣地となりそうだ。
「僕も戦います」
 ソエルは杖を掲げて猟師と肩を並べたが、彼は首を振った。
「先生もそこそこ修羅場をくぐってるとは思いますが、相手はそこらの野盗じゃない。獰猛で、威嚇も交渉も通じない猛獣です。しかもあの霧でおかしくなっている“魔獣”だ。第一、先生の杖は病人や怪我人を癒すもので、キメラを殴るためのものじゃない」
「……」
「ソエル先生、あなたは空が飛べる。村まで戻って、誰か応援を呼んできてください」
 優しい嘘だ。
 患者を見慣れたソエルにはわかった。
 医師は時に、患者の言葉に慰められることがある。それは診断に悩んだ時、処方がなかなか効果を現わさない時、そして……どうしても患者の命を救えないと判った時だ。
 今この場を離れて村に急行したとしても間に合わないし、あの奇妙な霧に狂わされた魔獣相手に猟師が束になっても勝てるかどうか。
「ダメです!見捨てて僕だけ助かるなんて、できません!」
 ソエルは頭上に、輝く神聖魔術の明かりを灯した。魔獣がこの程度にひるむとは思えないが、弓の狙いもつけやすく、光を背にすることでこの戦いにも幾分有利に働くかもしれない。
 猟師は覚悟を決めた様子のソエルを見て、黙って背中合わせに構えた。
 互いの後ろを守り、キメラの爪とくちばしかわしながら、矢で急所を射る。
 現状ではこれが最善の戦い方には違いなかった。

 雲が晴れた岩山。
 崖下にあの霧がせり上がってくる中、戦いは続いていた。
 岩の狭間から突き出される爪と嘴、真っ赤に染まった魔獣の目が猛烈な勢いで迫っては遠ざかる。
 杖と弓矢はキメラの身体を擦りもしないのに、2人の傷は増えていく。ソエルの魔法でも回復が間に合わないほどだ。
 ソエル達は明らかに劣勢だった。
 今までにも運命大戦、宿命決戦と師匠レザエルの戦いに数多く立ち会ってきたソエルだったが、いざ狂気の魔獣との接近戦の真っ只中に投げ込まれ、孤立無援になるとそんな経験も覚悟も吹き飛んでしまった。
 レンドセレイト・グリフォンは狂気にかられていても、その戦い方は狡猾で巧妙だった。
 野生の獣として狩りはもはや本能なのだろう。
 威嚇し、無駄な矢弾を消費させ、攻め続けることで獲物の体力と気力を削いでいく。
「やっぱり後悔してませんか、ソエル先生」
 猟師は山の男のしぶとさを見せて、この状況でも軽口を叩いてみせた。
「逃げていたら、お師匠様にも申し訳が立ちませんからね……痛ッ!」
 ソエルも精一杯の空元気で応じるが、肩をついばまれて悲鳴をあげてしまう。
 やはり僕は、親友アルダートのような戦士ではない。
 でもこの翼に、魔法に、もっと強い力があれば打ち負かせないまでも、しぶとく抵抗できていたはずだ。
 傷を押さえながら、ソエルは意外と冷静に考えていた。
 悔しいのは、このままでは、明日合流するという師匠レザエルと幻真獣リフィストールとの約束を守れず、あの奇妙な霧と魔獣の凶行という貴重な情報も報告できずに、この場で人生を終えることになりそうだという事だ。
「すみません、レザエル様!」
 ソエルは声に出して詫びた。
 せめて案内を買って出てくれた猟師にだけは隙あらば逃げてもらおうと、岩場から飛び出して囮になる決意をしたのだ。
 無謀な賭だった。
 だがソエルは医者だ。敵を倒すことよりも、味方を癒し、力づけることこそが本分。こんな寂しい夜に魔獣の餌となってしまったとしても、それで誰かの命を救えるのなら、人生最後の“治療”として悔いはなかった。
 後悔があるとすれば、距離としてはここまで近くに来て、顔も合わせずに訃報を聞くことになる両親のことだ。
「お父さん、お母さん。本当に……ごめんなさい」
 ソエルは杖を構えて岩場から飛び出した。背後からは驚く猟師の声。
 そして追い詰められた医師の動きを予測していたキメラは、ソエルが稼ごうと思っていた距離よりもはるかに短い間に追いつき、その爪で天使の背後から掴みかかった。

 その時──。

 暗い天から降り来たった炎の柱が、ソエルとレンドセレイト・グリフォンとの間に割り込み、双方は岩だらけの尾根に投げ出された。

Illust:ToMo


 炎が岩を灼き、這い上がっていた白い霧の上部を吹き飛ばし、無害な夜気へと変える。
 炎の渦が収まるとそれは大型の人型竜と、その肩に乗る小柄な精霊の姿となった。
「間に合って良かった」
 精霊は白い頭巾とマントをひらめかせながら、ソエルの目の前まで飛んできて、手を差し伸べた。
「大丈夫かい、ソエル」「?」
 名前を呼ばれた天使の表情に気がついて、希望の精霊は頭を掻いた。
「あぁ、ごめん。ボクはトリクスタ。彼はスエンディ、プレアドラゴンだよ」
 スエンディは挨拶代わりに左腕と一体になっているハサミ型剣を開閉してみせた。その間も視線はレンドセレイト・グリフォンから外さず、すぐに応戦できるよう水色の翼も広げたままだ。プレアドラゴンは皆、生まれついての戦士である。
「ええっと……」
 ソエルはまだ戸惑っていた。
「そうだよね。ボクらと話すのはレザエルがほとんどだし。でもほら、ずっと前だけど水晶玉マジックターミナルを繋げた時、リノの後ろで。君もレザエルの後ろにいたでしょ」
 焔の巫女リノの名を聞いて、ようやくソエルはかつて見た光景を思い出した。巫女の背後で跳びはねている彼と、ソエルは互いに自己紹介したことがあった。
「ああ!あのトリクスタさん!?」
「そうそう。やっと思いだしてくれた。さ、ボクの手を取って」
 トリクスタは笑いながら、ソエルを軽々と引き起こした。小柄な身体に似合わず、力が強い。
 希望の精霊トリクスタは高い戦闘力を誇るタリスマン、ヴェルリーナにも変化オーバードレスできるのだと言うことを、ソエルはまた思い出していた。
「ところで、どうしてここに?」
「んー。南のト=リズンって町に会いたい人たちがいて。おつかいも頼まれてたし」
 のんびり会話する後ろでは、唸る魔獣レンドセレイト・グリフォンと、それをハサミ型剣で牽制するプレアドラゴン スエンディが睨み合っている。
 一方で、村から来た猟師はといえばさすがベテラン。敵の注意が逸れたと知るとこちらに合図を残して、村の方角へと走り去っていた。先の言葉通り、今度は自分で応援を呼んでくるつもりなのだろう。
 トリクスタは背後の殺気だった対峙はどこ吹く風と、のどかに話し続けた。 
「実はリノからも頼まれていたんだ。近頃、ドラゴニア大山脈の南で危険な魔獣が出没していること。そしてレザエル医師せんせいの一行が、暁光院を訪ねてくること。赫月病かくげつびょうについてだよね、ボクも心配でさ」
「はい。お師匠様も天輪の巫女のご意見を伺いたいとのことでした」
「それで、パトロールしていたってワケ。お昼も天使が一人、後ろに飛んでいるなとはボクらも気がついていたんだけど、ソエルがレザエルと別行動してるとは知らなくて。戻ってくるのがちょっと遅れちゃった」
 グォーッ!
 スエンディのハサミ型剣に突進を阻まれて、レンドセレイト・グリフォンは悔しげに吼えた。
「だめ!いま話し中なんだから」
 トリクスタは睨んで、キメラを黙らせた。怖い顔をしているつもりだが、まったく迫力がない。
「でも、ここで会えて良かった。リノもキミのお師匠様も喜んでくれるね。ボクらが暁光院に案内するし、もう安心していい。もっとも……」
 ソエルに微笑みを残してトリクスタは飛び上がり、またプレアドラゴンの肩に乗っかった。

design/伊藤彰 Illust/獣道


「この悪い子にはお仕置きしておかないと」
「気をつけて、トリクスタ!その獣はあの妙な霧にまかれて……」
「おかしくなってる。そうでしょ?じゃあまずはあの霧からだね」
 スエンディ!トリクスタが叫んで指差すと、竜の全身から炎が噴き出し、再び白い奇妙な霧を押し返し始めた。プレアドラゴンは封焔の巫女バヴサーガラから天輪へと贈られている祈りの竜。(封焔竜が内に封焔を燃やすように)プレアドラゴンの体内に燃えているのは世界を照らす天輪の力、希望の焔である。
「!」
 ソエルは、自分たちが追い込まれた霧をトリクスタとスエンディが、あっさりと吹き払ってしまうのに愕然としていた。
「そしてキミ。悪い子だね。ソエルや村の人をいじめるヤツはボクが許さないよ」
 トリクスタはそう言うなり飛び上がり、キメラの頭上を飛び越して、ひらりとその背中を取った。
 ゴツン!
 思わず振り返ったレンドセレイト・グリフォンの頭を、素早く駆け寄ったスエンディのハサミ型剣が殴り、悲鳴をあげる間もなく、プレアドラゴンの背中から延びる糸のような尻尾で捕縛されてしまった。
「お仕置き完了!」
 トリクスタが得意げに叫ぶと、スエンディは右手と左手のハサミを器用に使って、拘束した糸を結んで断ちきり──この後、スエンディの尻尾はまた生えてくるんだよとトリクスタから聞くことになる──、グルグル巻きになった魔獣レンドセレイト・グリフォンは完全に抵抗する力を失ってしまった。
 呆気にとられるほど鮮やかな、そして遊んでいるのかと錯覚するほどの圧倒的な力の差だった。
「……凄いですね」
「まぁ、ボクらは息ぴったりだもんね。スエンディ」
 戻ってきたトリクスタは照れくさそうに顔の真ん中(鼻があればその辺り)をこすり、スエンディも誇らしげに胸を張って、またハサミを開閉させた。
「どうするんですか、これ」とソエルは魔獣を指すと
「うーん。暁光院に連れて行くべきだろうね。あの霧との関係も気になるし」
 トリクスタにもストイケイアからの情報は伝わっているらしい。ソエルは安堵したが、いま省みて痛切に思う所もあった。
「僕、何も役に立てなかった」
「そんなことないよ!ほら顔をあげて!」
 トリクスタは強い口調で言って、ソエルの頬に触れると目線を合わせた。
「キミがあの猟師さんと残ると決めたのを、ボクらは知っているよ。ここに辿り着く前、遠目から見えたからね。それもソエルが明かりを灯してくれたから判ったことだ。ピンチになっても慌てず、諦めずにいい工夫をしたね」
「ありがとう。……あ!」
 眼下に幾つか小さく火が見えた。
 猟師が呼んだ、村人たちが駆けつけてくれたのだろう。
「あの人たちも安心させてあげなきゃ。ね、ソエル」
 トリクスタはうんうんと頷き、ソエルも気を取り直した。
 自分の弱さを認めることと、至らなさを責めて自分をいじめることは似て非なるものだ。
 精霊と竜のコンビであるトリクスタ&スエンディのように、あるいは師匠レザエルのように医師でありながら優れた剣士であるように、ソエルが強くなることはできないのかもしれない。
 ただ必要な時に、守りたい人を守る知恵と力は必要だ。
 たった今、直面したように、こちらの都合には関係なく災いや悪意は襲ってくるものなのだから。

 こちらを案じる声が近づいてきた。不安に怯える村人たちをどう安心させればよいか。
 それを考え、そして働きかけられるのは自分だけだ。
 ソエルはにこにこ笑うトリクスタと静かに佇むスエンディを見上げながら、また頼れる医師としての自分を取り戻し始めていた。



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この話の後日談が
 →ユニットストーリー209 赫月篇第9話「武装裁刃 アルスヴェルリーナ」
 である。

ソエルが救った(ドラゴンエンパイア西部の)少年と、彼からもらったスノードームについては
 →ユニットストーリー141 運命大戦第15話「奇跡の運命者 レザエル III《零の虚》」
 を参照のこと。

ドラゴンエンパイアの魔獣、キメラと違法獣イレギュラー貿易については
 →ユニットストーリー003「砂塵の重砲 ユージン」
 を参照のこと。

ト=リズンの町と、焔の巫女一行が巻き込まれた事件については
 →ユニットストーリー002「天輪聖竜ニルヴァーナ(胎動編)」
 を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡