ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
212 赫月篇第11話「救護の翼 ソエル」
ケテルサンクチュアリ
種族 エンジェル

曇天。灼熱の山は噴煙を纏っていた。
うねる尾根は熱気を立ち上げる巨獣の背のようだ。
辺りに漂う強烈な臭気は硫黄。それはこの一帯が生きた火山活動の只中にあることを示している。
「汝が力では、我が最強の布陣を脅かすには及ばず!」
ドラジュエルドは火球を吐き出した。
とっさに腕をクロスして前面をかばうレザエル。だが──
(避けきれない!)
虹の魔竜の長が放つ運命力を集束させた凄まじい一撃をもろに受けて、力尽きた蝶のように墜ちていくレザエル。
落ちた剣が焼けた地表に突き刺さり、白い天使の羽根が焦げつき燃え上がった。
奇跡の幻真獣リフィストールは目前の敵リドスアグールとの戦いを放棄すると、素早く身を翻して飛んだ。
友レザエルを救うために。
この危機から脱するために。
Illust:タカヤマトシアキ
──虹の魔竜の塒、数時間前。
「医師として、戦いを好むものではないが」
「……」
断崖の頂。聖剣を下げて立つレザエルの横で、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは腕組みをして岩に腰掛けていた。口には草の茎を一本噛んでいる。
「運命力の天秤がこの邂逅と対峙に導いたのならば、私はそれに臨む。いつもの事だ」
ヴァルガはふっと草を吹き出すと、立ち上がり友の肩に手をかけた。
「言い添えることがあるとするならば」
剛直な剣士の静かな激励と意外な言葉に、リフィストールは思わず猛禽の首を巡らせる。
運命者ヴァルガとは知り合って間もないが、幻真獣にとってその寡黙さは時に近寄りがたいほどで(レザエル以外ならば)他人に忠告などするような性格とは思えなかったからだ。
「戦うからには勝て。勝つために戦え」
「感謝する、友よ」
「健闘を祈る。さらばだ」
レザエルも、力と技を競い合う好敵手であるヴァルガの肩を叩いて別れの挨拶とした。
思えば北方、ドラゴニア大山脈で出会って以来、大事な時には彼がいつも背を押してくれた。月の試練の最終局面では奥義である“見切り”をレザエルに伝授するなど、いわばもう一人の剣の師匠でもあった。
良き友である。
レザエルとリフィストールは翼を広げると、険しい山に囲まれた眼下の広大な谷へと飛び立った。
「ようこそ、奇跡の運命者レザエル」
「ドラジュエルド」
レザエルは谷の底で蜷局を巻く虹の魔竜の長と、その背後にずらりと並ぶ眷族に会釈した。リフィストールも倣う。
「遠路はるばる足労であったの」
「私の翼ならばそれほど遠くはなかった。それに、私もあなたと話してみたかったのだ、ドラジュエルド」
ドラジュエルドの竜の顔がにやりと笑った。
「バヴサーガラもおまえを認めておった。ワシに会いに来る者がみな誉めるので、興味も湧こうというものだ」
「その封焔の巫女によれば、あなたも“月”の異変を感じているという」
「ほぅ。本題にズバリと斬り込むとは、いかにも医者らしい」
「あなたから情報をいただけるならば感謝する。ご存じの通り『赫月病』は、我ら惑星クレイ世界の住人すべてにとって備えるべき脅威なので」
「それは条件次第じゃのう」
大地のあちこちから煙を上げる谷の底で、心地よさげにのんびり寝転がりながら、虹の魔竜は素っ気なく返した。
「必要なのは報酬だろうか」とリフィストール。
「まさか」ドラジュエルドは大口を開けて笑い飛ばした。
「この地下の塒には虹の魔石が溢れておる。どれも値段の付けようもないほど貴重で、強き力を求める者すべてが欲しがる運命力の結晶、世界に並ぶもの無き至宝じゃ。その主たるワシは金品などでは釣れぬよ」
「では魔宝竜皇は何がお望みか」とレザエル。
「それは既に送ったであろう」
レザエルは携えてきた魔法紙の書状を取り出した。
「決闘状は、ヴァルガから確かに受け取ったが……」
「ヴァルガとは、迷宮を突破したヤツが我が寝所の門を叩いてからの仲じゃ。ある日、この惑星でもっとも猛き竜と手合わせしたいと訪ねてきてのう。そこで今回はワシが汝と戦いたいと言ったら、仲介を買って出た。あの者、なかなか見どころがある」
「なぜ彼に使者を」
「任せたかと?汝とヤツが友だからだ。おまえが勝つと信じて疑わん。ヴァルガにそこまで信じさせる汝、この世界における運命力の極であり剣士として最強の呼び声も高い、奇跡の運命王レザエル・ヴィータとワシは戦ってみたい」
レヴィドラス?ああ、あの宿命王のジジイは武闘派ではないからの、争おうと煽っても乗って来んからパスじゃ。ヤツは傍観者。どうせ今も、この光景をどこからか見とるんじゃろうよ。
問いたげなレザエルが質問するより先に答えを言って、ドラジュエルドは立ちあがった。
「この谷を地元の民は“地獄の竈”と呼ぶ。我ら竜の目を掠めて人間達が細々と硫黄を採掘するだけの、灼熱と毒の臭気で動物はおろか草木も生えない不毛の地。眠れる暴竜と悲しみの天使の決闘にはふさわしい舞台じゃろうが」
「……」
リフィストールは無言のレザエルに視線を送った。
幻真獣として戦いを厭うものではないが、虹の魔竜といい天輪といい、腹を割って話すために鬩ぎ合いを避けられないのは“運命者の宿命”なのだろうか。
Illust:北熊
レザエルは聖剣を抜き、剣礼を捧げて答えた。
「受けて立とう」
「よろしい。だが勝負は公正でなくては意味が無い。そちらは運命者と幻真獣の2人、我らも2人で臨む」
「異論はない」
斜面が毒煙をあげる谷の底。
対峙するレザエル、リフィストールとドラジュエルド、リドスアグール。
いつの間にか、4人の周りを魔石竜たちが遠巻きに円陣を組み、囲んでいた。
ランバージャック・デスマッチ。
場外に逃げようとした者を戦いの場に押し返す、という方法を選んだのは必ず決着をつけるという決意の表れか。
そして、ドラジュエルドがいつものように地下迷宮の最下層で待ち構えるのではなく、地上の毒煙を湧き上げる大きな谷を選んだのも、その言葉通り「どちらが強いかを決めるため、公正を期した」のだろう。
「行くぞ!」
ドラジュエルドはいままで怠惰に横たわっていたとは思えぬほど素早く、そして圧倒的な力感を持って、レザエルたちの頭上に飛び上がった。
「リフィストール!」「承知!」
運命者と幻真獣のコンビネーションは、その出会いから世界を巡る旅を経て、すでに確立している。
声を掛け合うだけで左右に分かれ、ドラジュエルドの優位を打ち消した。
「させん!」
リフィストールの飛んだ先には魔石竜リドスアグールが、水色に輝く鉱石の剣を振りかざして待っていた。
嘴と剣が噛み合う。
「どこを見ておる!」
レザエルが気を取られた一瞬を逃さず、ドラジュエルドの叫びと共に、四色の炎が意志のあるもののようにレザエルを襲った。
辛うじて剣が薙ぎ払うも、勢いを殺さずに突っ込んできたドラジュエルドの鉤爪が天使の羽根をちぎり取る。
そのまま受けた聖剣と締め付ける鍵爪の鍔迫り合いになった。
いや、正しくはドラジュエルドがレザエルの剣筋を止めているのだ。
「……!」
レザエルは戦慄した。
ドラジュエルドの動きと戦闘センスは、100億歳とも言われる途方もない老齢や、眠れる暴竜の異名から想像がつかないほど優れたものだった。
「“強い。ただの寝ぼけた老竜とは違う”。そう思うじゃろうな。これこそがワシの本気じゃ」
ドラジュエルドはいつもの飄々とした口調も捨て、天使の剣士に闘気を吹きかけた。
「ワシはついこの前まで生と死、その狭間にいた。その間、修羅の中におったのだ。あの異世界の少年とともに、ただ強さと勝利だけを追求する戦いを繰り返すだけの」
「御老にとって戦いとは何だ。なぜ私なのだ」
レザエルは渾身の力で押し返そうとしながら、それが適わないことに焦りを感じていた。
「魂を燃やすことよ。そして、そのためには最強の敵と対する必要がある」
ドラジュエルドはレザエルを突き放した。
吹き飛ばされた天使を、魔石竜ジュエルニール “ラスター”が受け止め、再び谷の中心に投げ返した。
灼熱の地面に放り出されたレザエルに、上空からドラジュエルドの火球が襲う。辛うじて避けた。
「どうした!遅いぞ、レザエル!」
追撃は容赦がなかった。
レザエルは自分が、ドラジュエルドの意図する方向と体勢に誘導されているのを知っていたが、地形・戦法・そして戦力と、その全てに形勢を逆転する要素が何もない。
(せめて上を取れれば!)
苦し紛れにレザエルは賭に出た。
全力で垂直に飛び上がる。
だが、これこそがドラジュエルドが待っていた瞬間だった。
「汝が力では、我が最強の布陣を脅かすには及ばず!」
叫びとともにドラジュエルドは火球を吐き出し、かばった腕ごと直撃のダメージを受けたレザエルは力を失い、地上へと落下していった。
Illust:北熊
「愚かなる者よ。四炎の前に沈め」
四色の炎で作られた檻の中心に閉じ込められ、がっくりと膝をつくレザエルに、(今まではランバージャックの囲いにいた)魔宝竜ラベナジェイダーが突きつけた槍と投げかけた言葉は、過酷すぎたかもしれない。
だがレザエルに不思議と怒りはなかった。
確かに戦場と決着の優位はあった。
それでも戦闘開始の瞬間からドラジュエルドは全力で攻め続け、そして途轍もなく強かった。100億歳の眠れる老竜という前提に惑わされ、受け側に回った消極性は愚かと言われても仕方ない。
「もう終わりなのか、奇跡の運命者」
友の身を案じて飛び回るリフィストールを追い返し、ドラジュエルドが舞い降りてきた。目顔でラベナジェイダーに槍を収めさせるあたりは、さすが長の貫禄である。
「ワシは最強の証明さえできればよい。まぁ運命王まで至らずこのまま終わりでは、ちと食い足らないがのう」
「……」
「良い目だ、レザエル。だが勝ち負けが付く前に手心を加えたと見られると、ワシも臣下に示しがつかぬのでな。無論、殺しはせぬが……痛いぞ、許せ」
「構わない。私も剣士だ」
ドラジュエルドは大きく息を吸い込み、口の間から炎がこぼれた。
間もなく渾身の運命力の炎がレザエルを撃ち倒すだろう。
天使は目を閉じた。
その時──。
「お師匠様!諦めないで!」
澄んだ声が毒煙を立ち上げる“地獄の竈”に響き渡った。
Illust:眠介
谷の尾根に、一人の天使が姿を現した。
彼は杖を掲げ、その背後には虹色の光輪が輝いている。
「ソエル!!」「ソエル!」「ソエル?誰じゃ?!」
レザエルが立ち上がり、リフィストールも振り返って叫んだ。最後のドラジュエルドは困惑の声である。
「救護の翼ソエル、見参!」
ソエルは逞しくなった翼を広げ、戦場へとまっしぐらに突っ込んでいった。
「止まれ、小僧!勝手な介入は認められんぞ!」
「いいえ、これで3対3!公正です!」
ドラジュエルドは怒鳴ってから、戦場に出てきた3人目の竜である魔宝竜ラベナジェイダーを見て、天使の主張の正当性に気がついた。
ソエルはそのラベナジェイダーを体当たりで退けると、あっという間に、四色の炎で作られた檻の中へと滑り込み、思い出したかのように放たれたドラジュエルドの炎を杖の一振りで打ち消した。
「通さない!」
よろめきはしたけれど今、ソエルは確かに強い竜の力を自分だけの力で打ち消したのだった。
(いつの間にこれほどの強さを……)
この前、ソエルと別れてから一月と経っていない。
自信、自負、あるいは大人への覚醒。あるいは他の何かが、この天使の少年を劇的に変えたのだ。
優しく気遣いのできる医師ではあったけれど、戦士としてはほとんど評価されなかったソエルを。
レザエルは茫然から覚めると、自分を庇って目の前に立つソエルに問い正した。
「採用試験はどうしたのだ?!」
ソエルは振り向かずに答えた。だから今、彼が何を感じているか、その表情は見えなかった。
「受けました。合格もしました。……でも、辞退しました!」
「何だと……!」
温厚で知られるレザエルの声にも、さすがに怒りが垣間見えた。
躍進の騎士アゼンシオルと風巻の斥候ベンテスタの2人によって、召喚命令を伝えられたソエルは、前線基地にいた両親の前で、ケテルサンクチュアリ国からエンジェルフェザー正式隊員の採用試験を受けることを許されたのである。
レザエルにだけはその立場と実績から、召喚の目的が明かされていた。ソエルにとって父母と共に働くのは、幼少期からの夢。そして弟子の成長は師匠として無上の喜びである。レザエルは寂しい気持ちを押し隠して、彼の門出を心から祝福していたのだ。リフィストールもそれを察している。それなのに……。
「お叱りは覚悟の上!でも僕の居場所はこっちなんです。だから、お師匠様達から学んできた全てを!今、ここで――!」
「そして今は、戦いのまっ最中!2人とも、飛んで!」
魔石竜リドスアグールと組み合いながら叫ばれたリフィストールの声に、レザエルとソエルは真上に飛んだ。
「こっちは僕が!お師匠様!」
追撃してきたラベナジェイダーを杖で受け止めるソエルに頷いて、レザエルは姿を変えた。
「『奇跡の運命王レザエル・ヴィータ』!」
Illust:タカヤマトシアキ
「おぉ!ようやく本気となったか、レザエル。これを待っておった!」
老竜の声は弾んでいた。
戦いにおけるドラジュエルドの信念は“獅子は兎を捕らえるにも象を捕らえるにも全力を用いる”。無双の剣士ヴァルガとまったく同じである。そして相手もこれに応えるならばその鬩ぎ合いは無上の喜びとなる。戦士とはそういうものなのだ。
「魔宝竜皇ドラジュエルド・マグナス。あなたが望む報酬が戦いだと言うのなら!」
「その通り!」
レザエルは打って出た。2体の魔石竜は弟子ソエルと幻真獣リフィストールが、それぞれ押さえているので後顧の憂いはない。
そしてドラジュエルドも正面からこれを受け、“地獄の竈”の上空に、聖剣と鉤爪とが二合、三合と噛み合った。
「無茶が過ぎるな、ご老体!」
「医者の忠告なら要らぬぞ、若僧!」
ドラジュエルドは呵呵と笑うとレザエルを突き放した。また大きく息を吸い込む。
「受け止めよ、我が渾身の炎!」
ゴォ!
押し寄せる運命力の炎に、レザエルは迷うことなく真正面から突入した。
「レザエル!」「お師匠様!」
彼を慕う2人。幻真獣とそして弟子の強い想いが背中を押した。
ただでさえ長大な運命王の聖剣が、レザエルとソエル、リフィストールの闘志を乗せて巨大化する。
「この一撃で決める!」
レザエルは振りかぶり、そして斬り下ろした。
「何のこれしき……?!」
躱そうとしたドラジュエルドは、届かないはずの距離を剣の軌跡が一気に薙ぎ払ったのを見て、驚愕した。それは未だかつて見たことの無い攻撃であり、そして彼ドラジュエルドが発する四炎に勝るとも劣らない、眩しいほどの運命力の輝きだった。
「超えてみせるか。我が100億年の歳月さえも……」
剣の軌跡がドラジュエルドを捕らえると爆発的な力が谷を震わせ、そして全てが光に包まれた。

虹の魔竜の地下迷宮、最下層。王の間。
「あぁ、さすがに疲れた。年寄り相手じゃ、少しは手加減せんか。まったく若いもんはこれだから……」
そう言うなり、ドラジュエルドはあくびをして寝所で丸くなった。
主の敗北にむっつりと黙り込む魔石竜たちの中で、ソエルだけが先の戦闘との落差につんのめって、レザエルとリフィストールは顔を見合わせた。
「ドラジュエルド老。さっそくだが、お話を」とレザエル。
「いやだ。あちこち痛いし、出直せ」
「そうおっしゃらずに」
レザエルはなだめるが、すっかり拗ねた様子のドラジュエルドはまるで駄々っ子のようだ。
「最近はこのダンジョンもうるさい仔虫が出て、よく眠れんのじゃ」
ここで声をあげたのはソエルだった。
「あの、僕ドラゴン用のお薬も処方できますよ。……ところで“仔虫”って何ですか?」
「この迷宮にな。最近、見たこともない奇妙な魔獣が出るのだ。羽音を頼りに追い回しても結局、霧の中に消えてしまう。とはいえ我らの警護がある限り、ドラジュエルド様には指一本触れさせん。まぁ“仔虫”だ」
主の信頼篤い、魔石竜ジュエルニール “ラスター”が答えた。
「それはお気の毒に」リフィストールは毛づくろいしながらコメントする。
「霧の中に消える……この虹の魔竜の地下迷宮で?」
「お、小僧。いい所に気がついたなぁ。ここの警備を擦り抜けられるなんて、まぁ夢に侵入するくらいしかないよな。それももうディムメアの野郎を締め上げて、対策も万全よぉ」
ソエルの呟きとそれに対するジュエリアス・ドラコキッド “グロウ”の答えに、レザエルも反応する。
「つまり現実でも夢でも侵入不可なこの迷宮に、いつの間にか現れ、そして霧の中に消える者がいると」
「気になります、よね」
ソエルはレザエルを見つめた。彼がドラゴニア大山脈の中で見た、魔獣の変容とあの光る白い霧については、すでに師匠と共有している。
「確かに。ドラジュエルド老が感じたという“月の異変”も、もう少し詳しく聞いてみたい」
「……あの、お師匠様」
レザエルはソエルが指差す方を見て、苦笑いした。緊張続きの今日、初めて漏れた笑いだった。
ドラジュエルド・マグナスは大いびきをかいて眠っていた。宣言通り。
闘志を鎮めた今、魔宝竜皇の四炎も物々しい装具も、ただ老いた王竜が纏う飾りにしか過ぎないようだった。
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
ソエルの決断──エンジェルフェザーの採用基準と基礎教練
今回、ソエルはケテルサンクチュアリ国の召喚命令を受け、エンジェルフェザー正式隊員の採用試験を受けることを許された。
ソエルが切望する余り、家出までした「エンジェルフェザー正式隊員」。
これは過去にはレザエル、リィエルも帯びた称号だが、天輪聖紀のエンジェルフェザーはケテルサンクチュアリに本部を置きながら、国家としてのケテルサンクチュアリとは独立した活動内容となっている。つまり、ソエルが国の命令と推薦を受けて試験に臨むのは、少し違和感がある流れにも思える。
ただし、医療組織としてのエンジェルフェザーは(天輪聖紀以前から)、採用基準が非常に厳しいことでも知られている。
これはエンジェルフェザーが「戦場を駆ける医者」集団のためだ。
その任務をこなすには、技術や知識が優れた医師というだけでは不可で、自分の身は自分で守れる戦士としての能力も要求される。
こうした事情から、エンジェルフェザー隊員への道は狭き門であり、それでいて国家を問わず、最前線で働く者の人命と健康のために常に必要とされる貴重な人員である。この点からするとソエルの召喚は、国家としてのケテルサンクチュアリ(とおそらくバスティオン率いるケテル防衛省)が、彼を出奔前後から、いずれ国家の未来に関わるであろう有望な人材として注目し、その成長を望んでいる証拠だと見ることもできそうだ。
大望の翼ソエルは約一月、これまでずっと行動を共にしてきたレザエルと離れ、採用試験を受けるための準備として、隊員と同じ環境でエンジェルフェザーの基礎教練を受けている。
長い経験と実績から完成されたエンジェルフェザーの教練過程は、新人だけでなく現役医師のブラッシュアッププログラムとしても定評があり、ソエルもこの恩恵に預かっている。さらに今まで欠けていた戦士としての特訓も積む絶好の機会ともなり、これがレザエル一行の新たな力、救護の翼ソエルとなる急成長に繋がったものと思われる。
なお、付け加えればソエルはこの期間、ドラゴニア大山脈のエンジェルフェザー前線基地で父母と暮らした。ソエルも天使としてはまだ少年であり、長く離ればなれだった家族も、互いに親子仲を深められたようである。
ソエルが(彼をずっと陰日向に見守ってきた)風巻の斥候ベンテスタと躍進の騎士アゼンシオルによって、ケテルサンクチュアリ国の召喚を受けたことついては
→ユニットストーリー209赫月篇第9話「武装裁刃 アルスヴェルリーナ」
を参照のこと。
ソエルと、エンジェルフェザー隊員である父母との関係については
→126「大望の翼 ソエル」
128「奇跡の運命者 レザエル」
130「万化の運命者 クリスレイン」
を参照のこと。
天輪聖紀のエンジェルフェザーについては
→199「ディセクション・エンジェル」
を参照のこと。
ソエルと天輪(焔の巫女リノ、トリクスタ&スエンディ)の関わりについては
→ユニットストーリー209赫月篇第9話「武装裁刃 アルスヴェルリーナ」
ユニットストーリー210「トリクスタ&スエンディ」
を参照のこと。ただし、この2つの話は逆になっているため、
210→209の順に読むことをお勧めする。
魔石竜リドスアグールの闘志としぶとい戦い方については
→ユニットストーリー183「魔宝真竜 ドラジュエルド・イグニス」
を参照のこと。
ヴァルガの戦いの信念「獅子は兎を捉えるにも象を捉えるにも全力を用いる」は
→ユニットストーリー163「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
の中で吐露されている。
ドラジュエルドの夢に侵入したデーモン、ディムメアについては
→ユニットストーリー194「現れる凶夢 ディムメア」
を参照のこと。
----------------------------------------------------------
うねる尾根は熱気を立ち上げる巨獣の背のようだ。
辺りに漂う強烈な臭気は硫黄。それはこの一帯が生きた火山活動の只中にあることを示している。
「汝が力では、我が最強の布陣を脅かすには及ばず!」
ドラジュエルドは火球を吐き出した。
とっさに腕をクロスして前面をかばうレザエル。だが──
(避けきれない!)
虹の魔竜の長が放つ運命力を集束させた凄まじい一撃をもろに受けて、力尽きた蝶のように墜ちていくレザエル。
落ちた剣が焼けた地表に突き刺さり、白い天使の羽根が焦げつき燃え上がった。
奇跡の幻真獣リフィストールは目前の敵リドスアグールとの戦いを放棄すると、素早く身を翻して飛んだ。
友レザエルを救うために。
この危機から脱するために。

──虹の魔竜の塒、数時間前。
「医師として、戦いを好むものではないが」
「……」
断崖の頂。聖剣を下げて立つレザエルの横で、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは腕組みをして岩に腰掛けていた。口には草の茎を一本噛んでいる。
「運命力の天秤がこの邂逅と対峙に導いたのならば、私はそれに臨む。いつもの事だ」
ヴァルガはふっと草を吹き出すと、立ち上がり友の肩に手をかけた。
「言い添えることがあるとするならば」
剛直な剣士の静かな激励と意外な言葉に、リフィストールは思わず猛禽の首を巡らせる。
運命者ヴァルガとは知り合って間もないが、幻真獣にとってその寡黙さは時に近寄りがたいほどで(レザエル以外ならば)他人に忠告などするような性格とは思えなかったからだ。
「戦うからには勝て。勝つために戦え」
「感謝する、友よ」
「健闘を祈る。さらばだ」
レザエルも、力と技を競い合う好敵手であるヴァルガの肩を叩いて別れの挨拶とした。
思えば北方、ドラゴニア大山脈で出会って以来、大事な時には彼がいつも背を押してくれた。月の試練の最終局面では奥義である“見切り”をレザエルに伝授するなど、いわばもう一人の剣の師匠でもあった。
良き友である。
レザエルとリフィストールは翼を広げると、険しい山に囲まれた眼下の広大な谷へと飛び立った。
「ようこそ、奇跡の運命者レザエル」
「ドラジュエルド」
レザエルは谷の底で蜷局を巻く虹の魔竜の長と、その背後にずらりと並ぶ眷族に会釈した。リフィストールも倣う。
「遠路はるばる足労であったの」
「私の翼ならばそれほど遠くはなかった。それに、私もあなたと話してみたかったのだ、ドラジュエルド」
ドラジュエルドの竜の顔がにやりと笑った。
「バヴサーガラもおまえを認めておった。ワシに会いに来る者がみな誉めるので、興味も湧こうというものだ」
「その封焔の巫女によれば、あなたも“月”の異変を感じているという」
「ほぅ。本題にズバリと斬り込むとは、いかにも医者らしい」
「あなたから情報をいただけるならば感謝する。ご存じの通り『赫月病』は、我ら惑星クレイ世界の住人すべてにとって備えるべき脅威なので」
「それは条件次第じゃのう」
大地のあちこちから煙を上げる谷の底で、心地よさげにのんびり寝転がりながら、虹の魔竜は素っ気なく返した。
「必要なのは報酬だろうか」とリフィストール。
「まさか」ドラジュエルドは大口を開けて笑い飛ばした。
「この地下の塒には虹の魔石が溢れておる。どれも値段の付けようもないほど貴重で、強き力を求める者すべてが欲しがる運命力の結晶、世界に並ぶもの無き至宝じゃ。その主たるワシは金品などでは釣れぬよ」
「では魔宝竜皇は何がお望みか」とレザエル。
「それは既に送ったであろう」
レザエルは携えてきた魔法紙の書状を取り出した。
「決闘状は、ヴァルガから確かに受け取ったが……」
「ヴァルガとは、迷宮を突破したヤツが我が寝所の門を叩いてからの仲じゃ。ある日、この惑星でもっとも猛き竜と手合わせしたいと訪ねてきてのう。そこで今回はワシが汝と戦いたいと言ったら、仲介を買って出た。あの者、なかなか見どころがある」
「なぜ彼に使者を」
「任せたかと?汝とヤツが友だからだ。おまえが勝つと信じて疑わん。ヴァルガにそこまで信じさせる汝、この世界における運命力の極であり剣士として最強の呼び声も高い、奇跡の運命王レザエル・ヴィータとワシは戦ってみたい」
レヴィドラス?ああ、あの宿命王のジジイは武闘派ではないからの、争おうと煽っても乗って来んからパスじゃ。ヤツは傍観者。どうせ今も、この光景をどこからか見とるんじゃろうよ。
問いたげなレザエルが質問するより先に答えを言って、ドラジュエルドは立ちあがった。
「この谷を地元の民は“地獄の竈”と呼ぶ。我ら竜の目を掠めて人間達が細々と硫黄を採掘するだけの、灼熱と毒の臭気で動物はおろか草木も生えない不毛の地。眠れる暴竜と悲しみの天使の決闘にはふさわしい舞台じゃろうが」
「……」
リフィストールは無言のレザエルに視線を送った。
幻真獣として戦いを厭うものではないが、虹の魔竜といい天輪といい、腹を割って話すために鬩ぎ合いを避けられないのは“運命者の宿命”なのだろうか。

レザエルは聖剣を抜き、剣礼を捧げて答えた。
「受けて立とう」
「よろしい。だが勝負は公正でなくては意味が無い。そちらは運命者と幻真獣の2人、我らも2人で臨む」
「異論はない」
斜面が毒煙をあげる谷の底。
対峙するレザエル、リフィストールとドラジュエルド、リドスアグール。
いつの間にか、4人の周りを魔石竜たちが遠巻きに円陣を組み、囲んでいた。
ランバージャック・デスマッチ。
場外に逃げようとした者を戦いの場に押し返す、という方法を選んだのは必ず決着をつけるという決意の表れか。
そして、ドラジュエルドがいつものように地下迷宮の最下層で待ち構えるのではなく、地上の毒煙を湧き上げる大きな谷を選んだのも、その言葉通り「どちらが強いかを決めるため、公正を期した」のだろう。
「行くぞ!」
ドラジュエルドはいままで怠惰に横たわっていたとは思えぬほど素早く、そして圧倒的な力感を持って、レザエルたちの頭上に飛び上がった。
「リフィストール!」「承知!」
運命者と幻真獣のコンビネーションは、その出会いから世界を巡る旅を経て、すでに確立している。
声を掛け合うだけで左右に分かれ、ドラジュエルドの優位を打ち消した。
「させん!」
リフィストールの飛んだ先には魔石竜リドスアグールが、水色に輝く鉱石の剣を振りかざして待っていた。
嘴と剣が噛み合う。
「どこを見ておる!」
レザエルが気を取られた一瞬を逃さず、ドラジュエルドの叫びと共に、四色の炎が意志のあるもののようにレザエルを襲った。
辛うじて剣が薙ぎ払うも、勢いを殺さずに突っ込んできたドラジュエルドの鉤爪が天使の羽根をちぎり取る。
そのまま受けた聖剣と締め付ける鍵爪の鍔迫り合いになった。
いや、正しくはドラジュエルドがレザエルの剣筋を止めているのだ。
「……!」
レザエルは戦慄した。
ドラジュエルドの動きと戦闘センスは、100億歳とも言われる途方もない老齢や、眠れる暴竜の異名から想像がつかないほど優れたものだった。
「“強い。ただの寝ぼけた老竜とは違う”。そう思うじゃろうな。これこそがワシの本気じゃ」
ドラジュエルドはいつもの飄々とした口調も捨て、天使の剣士に闘気を吹きかけた。
「ワシはついこの前まで生と死、その狭間にいた。その間、修羅の中におったのだ。あの異世界の少年とともに、ただ強さと勝利だけを追求する戦いを繰り返すだけの」
「御老にとって戦いとは何だ。なぜ私なのだ」
レザエルは渾身の力で押し返そうとしながら、それが適わないことに焦りを感じていた。
「魂を燃やすことよ。そして、そのためには最強の敵と対する必要がある」
ドラジュエルドはレザエルを突き放した。
吹き飛ばされた天使を、魔石竜ジュエルニール “ラスター”が受け止め、再び谷の中心に投げ返した。
灼熱の地面に放り出されたレザエルに、上空からドラジュエルドの火球が襲う。辛うじて避けた。
「どうした!遅いぞ、レザエル!」
追撃は容赦がなかった。
レザエルは自分が、ドラジュエルドの意図する方向と体勢に誘導されているのを知っていたが、地形・戦法・そして戦力と、その全てに形勢を逆転する要素が何もない。
(せめて上を取れれば!)
苦し紛れにレザエルは賭に出た。
全力で垂直に飛び上がる。
だが、これこそがドラジュエルドが待っていた瞬間だった。
「汝が力では、我が最強の布陣を脅かすには及ばず!」
叫びとともにドラジュエルドは火球を吐き出し、かばった腕ごと直撃のダメージを受けたレザエルは力を失い、地上へと落下していった。

「愚かなる者よ。四炎の前に沈め」
四色の炎で作られた檻の中心に閉じ込められ、がっくりと膝をつくレザエルに、(今まではランバージャックの囲いにいた)魔宝竜ラベナジェイダーが突きつけた槍と投げかけた言葉は、過酷すぎたかもしれない。
だがレザエルに不思議と怒りはなかった。
確かに戦場と決着の優位はあった。
それでも戦闘開始の瞬間からドラジュエルドは全力で攻め続け、そして途轍もなく強かった。100億歳の眠れる老竜という前提に惑わされ、受け側に回った消極性は愚かと言われても仕方ない。
「もう終わりなのか、奇跡の運命者」
友の身を案じて飛び回るリフィストールを追い返し、ドラジュエルドが舞い降りてきた。目顔でラベナジェイダーに槍を収めさせるあたりは、さすが長の貫禄である。
「ワシは最強の証明さえできればよい。まぁ運命王まで至らずこのまま終わりでは、ちと食い足らないがのう」
「……」
「良い目だ、レザエル。だが勝ち負けが付く前に手心を加えたと見られると、ワシも臣下に示しがつかぬのでな。無論、殺しはせぬが……痛いぞ、許せ」
「構わない。私も剣士だ」
ドラジュエルドは大きく息を吸い込み、口の間から炎がこぼれた。
間もなく渾身の運命力の炎がレザエルを撃ち倒すだろう。
天使は目を閉じた。
その時──。
「お師匠様!諦めないで!」
澄んだ声が毒煙を立ち上げる“地獄の竈”に響き渡った。

谷の尾根に、一人の天使が姿を現した。
彼は杖を掲げ、その背後には虹色の光輪が輝いている。
「ソエル!!」「ソエル!」「ソエル?誰じゃ?!」
レザエルが立ち上がり、リフィストールも振り返って叫んだ。最後のドラジュエルドは困惑の声である。
「救護の翼ソエル、見参!」
ソエルは逞しくなった翼を広げ、戦場へとまっしぐらに突っ込んでいった。
「止まれ、小僧!勝手な介入は認められんぞ!」
「いいえ、これで3対3!公正です!」
ドラジュエルドは怒鳴ってから、戦場に出てきた3人目の竜である魔宝竜ラベナジェイダーを見て、天使の主張の正当性に気がついた。
ソエルはそのラベナジェイダーを体当たりで退けると、あっという間に、四色の炎で作られた檻の中へと滑り込み、思い出したかのように放たれたドラジュエルドの炎を杖の一振りで打ち消した。
「通さない!」
よろめきはしたけれど今、ソエルは確かに強い竜の力を自分だけの力で打ち消したのだった。
(いつの間にこれほどの強さを……)
この前、ソエルと別れてから一月と経っていない。
自信、自負、あるいは大人への覚醒。あるいは他の何かが、この天使の少年を劇的に変えたのだ。
優しく気遣いのできる医師ではあったけれど、戦士としてはほとんど評価されなかったソエルを。
レザエルは茫然から覚めると、自分を庇って目の前に立つソエルに問い正した。
「採用試験はどうしたのだ?!」
ソエルは振り向かずに答えた。だから今、彼が何を感じているか、その表情は見えなかった。
「受けました。合格もしました。……でも、辞退しました!」
「何だと……!」
温厚で知られるレザエルの声にも、さすがに怒りが垣間見えた。
躍進の騎士アゼンシオルと風巻の斥候ベンテスタの2人によって、召喚命令を伝えられたソエルは、前線基地にいた両親の前で、ケテルサンクチュアリ国からエンジェルフェザー正式隊員の採用試験を受けることを許されたのである。
レザエルにだけはその立場と実績から、召喚の目的が明かされていた。ソエルにとって父母と共に働くのは、幼少期からの夢。そして弟子の成長は師匠として無上の喜びである。レザエルは寂しい気持ちを押し隠して、彼の門出を心から祝福していたのだ。リフィストールもそれを察している。それなのに……。
「お叱りは覚悟の上!でも僕の居場所はこっちなんです。だから、お師匠様達から学んできた全てを!今、ここで――!」
「そして今は、戦いのまっ最中!2人とも、飛んで!」
魔石竜リドスアグールと組み合いながら叫ばれたリフィストールの声に、レザエルとソエルは真上に飛んだ。
「こっちは僕が!お師匠様!」
追撃してきたラベナジェイダーを杖で受け止めるソエルに頷いて、レザエルは姿を変えた。
「『奇跡の運命王レザエル・ヴィータ』!」

「おぉ!ようやく本気となったか、レザエル。これを待っておった!」
老竜の声は弾んでいた。
戦いにおけるドラジュエルドの信念は“獅子は兎を捕らえるにも象を捕らえるにも全力を用いる”。無双の剣士ヴァルガとまったく同じである。そして相手もこれに応えるならばその鬩ぎ合いは無上の喜びとなる。戦士とはそういうものなのだ。
「魔宝竜皇ドラジュエルド・マグナス。あなたが望む報酬が戦いだと言うのなら!」
「その通り!」
レザエルは打って出た。2体の魔石竜は弟子ソエルと幻真獣リフィストールが、それぞれ押さえているので後顧の憂いはない。
そしてドラジュエルドも正面からこれを受け、“地獄の竈”の上空に、聖剣と鉤爪とが二合、三合と噛み合った。
「無茶が過ぎるな、ご老体!」
「医者の忠告なら要らぬぞ、若僧!」
ドラジュエルドは呵呵と笑うとレザエルを突き放した。また大きく息を吸い込む。
「受け止めよ、我が渾身の炎!」
ゴォ!
押し寄せる運命力の炎に、レザエルは迷うことなく真正面から突入した。
「レザエル!」「お師匠様!」
彼を慕う2人。幻真獣とそして弟子の強い想いが背中を押した。
ただでさえ長大な運命王の聖剣が、レザエルとソエル、リフィストールの闘志を乗せて巨大化する。
「この一撃で決める!」
レザエルは振りかぶり、そして斬り下ろした。
「何のこれしき……?!」
躱そうとしたドラジュエルドは、届かないはずの距離を剣の軌跡が一気に薙ぎ払ったのを見て、驚愕した。それは未だかつて見たことの無い攻撃であり、そして彼ドラジュエルドが発する四炎に勝るとも劣らない、眩しいほどの運命力の輝きだった。
「超えてみせるか。我が100億年の歳月さえも……」
剣の軌跡がドラジュエルドを捕らえると爆発的な力が谷を震わせ、そして全てが光に包まれた。

虹の魔竜の地下迷宮、最下層。王の間。
「あぁ、さすがに疲れた。年寄り相手じゃ、少しは手加減せんか。まったく若いもんはこれだから……」
そう言うなり、ドラジュエルドはあくびをして寝所で丸くなった。
主の敗北にむっつりと黙り込む魔石竜たちの中で、ソエルだけが先の戦闘との落差につんのめって、レザエルとリフィストールは顔を見合わせた。
「ドラジュエルド老。さっそくだが、お話を」とレザエル。
「いやだ。あちこち痛いし、出直せ」
「そうおっしゃらずに」
レザエルはなだめるが、すっかり拗ねた様子のドラジュエルドはまるで駄々っ子のようだ。
「最近はこのダンジョンもうるさい仔虫が出て、よく眠れんのじゃ」
ここで声をあげたのはソエルだった。
「あの、僕ドラゴン用のお薬も処方できますよ。……ところで“仔虫”って何ですか?」
「この迷宮にな。最近、見たこともない奇妙な魔獣が出るのだ。羽音を頼りに追い回しても結局、霧の中に消えてしまう。とはいえ我らの警護がある限り、ドラジュエルド様には指一本触れさせん。まぁ“仔虫”だ」
主の信頼篤い、魔石竜ジュエルニール “ラスター”が答えた。
「それはお気の毒に」リフィストールは毛づくろいしながらコメントする。
「霧の中に消える……この虹の魔竜の地下迷宮で?」
「お、小僧。いい所に気がついたなぁ。ここの警備を擦り抜けられるなんて、まぁ夢に侵入するくらいしかないよな。それももうディムメアの野郎を締め上げて、対策も万全よぉ」
ソエルの呟きとそれに対するジュエリアス・ドラコキッド “グロウ”の答えに、レザエルも反応する。
「つまり現実でも夢でも侵入不可なこの迷宮に、いつの間にか現れ、そして霧の中に消える者がいると」
「気になります、よね」
ソエルはレザエルを見つめた。彼がドラゴニア大山脈の中で見た、魔獣の変容とあの光る白い霧については、すでに師匠と共有している。
「確かに。ドラジュエルド老が感じたという“月の異変”も、もう少し詳しく聞いてみたい」
「……あの、お師匠様」
レザエルはソエルが指差す方を見て、苦笑いした。緊張続きの今日、初めて漏れた笑いだった。
ドラジュエルド・マグナスは大いびきをかいて眠っていた。宣言通り。
闘志を鎮めた今、魔宝竜皇の四炎も物々しい装具も、ただ老いた王竜が纏う飾りにしか過ぎないようだった。
了
----------------------------------------------------------
《今回の一口用語メモ》
ソエルの決断──エンジェルフェザーの採用基準と基礎教練
今回、ソエルはケテルサンクチュアリ国の召喚命令を受け、エンジェルフェザー正式隊員の採用試験を受けることを許された。
ソエルが切望する余り、家出までした「エンジェルフェザー正式隊員」。
これは過去にはレザエル、リィエルも帯びた称号だが、天輪聖紀のエンジェルフェザーはケテルサンクチュアリに本部を置きながら、国家としてのケテルサンクチュアリとは独立した活動内容となっている。つまり、ソエルが国の命令と推薦を受けて試験に臨むのは、少し違和感がある流れにも思える。
ただし、医療組織としてのエンジェルフェザーは(天輪聖紀以前から)、採用基準が非常に厳しいことでも知られている。
これはエンジェルフェザーが「戦場を駆ける医者」集団のためだ。
その任務をこなすには、技術や知識が優れた医師というだけでは不可で、自分の身は自分で守れる戦士としての能力も要求される。
こうした事情から、エンジェルフェザー隊員への道は狭き門であり、それでいて国家を問わず、最前線で働く者の人命と健康のために常に必要とされる貴重な人員である。この点からするとソエルの召喚は、国家としてのケテルサンクチュアリ(とおそらくバスティオン率いるケテル防衛省)が、彼を出奔前後から、いずれ国家の未来に関わるであろう有望な人材として注目し、その成長を望んでいる証拠だと見ることもできそうだ。
大望の翼ソエルは約一月、これまでずっと行動を共にしてきたレザエルと離れ、採用試験を受けるための準備として、隊員と同じ環境でエンジェルフェザーの基礎教練を受けている。
長い経験と実績から完成されたエンジェルフェザーの教練過程は、新人だけでなく現役医師のブラッシュアッププログラムとしても定評があり、ソエルもこの恩恵に預かっている。さらに今まで欠けていた戦士としての特訓も積む絶好の機会ともなり、これがレザエル一行の新たな力、救護の翼ソエルとなる急成長に繋がったものと思われる。
なお、付け加えればソエルはこの期間、ドラゴニア大山脈のエンジェルフェザー前線基地で父母と暮らした。ソエルも天使としてはまだ少年であり、長く離ればなれだった家族も、互いに親子仲を深められたようである。
ソエルが(彼をずっと陰日向に見守ってきた)風巻の斥候ベンテスタと躍進の騎士アゼンシオルによって、ケテルサンクチュアリ国の召喚を受けたことついては
→ユニットストーリー209赫月篇第9話「武装裁刃 アルスヴェルリーナ」
を参照のこと。
ソエルと、エンジェルフェザー隊員である父母との関係については
→126「大望の翼 ソエル」
128「奇跡の運命者 レザエル」
130「万化の運命者 クリスレイン」
を参照のこと。
天輪聖紀のエンジェルフェザーについては
→199「ディセクション・エンジェル」
を参照のこと。
ソエルと天輪(焔の巫女リノ、トリクスタ&スエンディ)の関わりについては
→ユニットストーリー209赫月篇第9話「武装裁刃 アルスヴェルリーナ」
ユニットストーリー210「トリクスタ&スエンディ」
を参照のこと。ただし、この2つの話は逆になっているため、
210→209の順に読むことをお勧めする。
魔石竜リドスアグールの闘志としぶとい戦い方については
→ユニットストーリー183「魔宝真竜 ドラジュエルド・イグニス」
を参照のこと。
ヴァルガの戦いの信念「獅子は兎を捉えるにも象を捉えるにも全力を用いる」は
→ユニットストーリー163「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
の中で吐露されている。
ドラジュエルドの夢に侵入したデーモン、ディムメアについては
→ユニットストーリー194「現れる凶夢 ディムメア」
を参照のこと。
----------------------------------------------------------
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡