ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
214「時旋拳竜 グラウワインド・ドラゴン」
ダークステイツ
種族 ギアドラゴン

瘴気たちこめる漆黒の空、その地平線近くにひと筋の光が漏れた。
朧な太陽。ダークステイツの暗い朝。
その始まりの時とともに、深い森の中から巨大な質量が迫り上がってくると、闇の国の怪鳥たちが驚き騒いで一斉に飛び立った。
リリリリリリ!
「さあ起きて~!見回りの時間だよ~!」
けたたましい目覚ましのベル音と共に、金属製のヒヨコがチクタク走る。
ここは古びた都市の回廊。
ヒヨコことギアビースト、麟子鳳雛のギアチックの背景には、動き出し蒸気を噴き上げる尖塔群が広がっている。
つい先程までの森から、今は工業街を思わせる鉄と歯車の町並みへ。それは劇的な変化だった。
Illust:ひがし
リリリ……リ!
ギアチックの目覚ましスイッチを、横合いからひょいと伸びた手が押して止めた。
「ぴょっ?!」
「もういい。みんな起き出したから」
少年は、目の高さまでギアチックを持ち上げた。もう片方の肩には、巨大なハンマーが乗せられている。
この小柄な少年スチームファイター ガムイルが、不釣り合いなほど巨大なハンマーを軽々と操れるのは、彼が人間ではなく、時空生命体ギアクロニクルの一種であるギアロイドだからだ。
Illust:夕子
「はいはい!いつまで遊んでいるの。効率第一!」
少年とヒヨコのすぐ上を、軽快にかすめ飛んで行く影。
それはギアロイドの少女で、手にはボウガンを携えている。
「今日も張り切ってんな、あいつ」
ガムイルは頭を掻いた。秘められたギアクロニクルの力はともかく、こうした子供っぽい仕草は同じような年頃の人間と変わらない。
スチームシューター アミュティス。
“時間の無駄は見逃さない!”が口癖の、この街の守衛だ。
だが、スカートの長い裾を靡かせて飛ぶその姿に惑わされてはいけない。
お供の鳥型ギアビーストと合わせて、1+1=3人力と評される凄腕なのだ。
Illust:Yoshimo
「そうだ。こうしている場合じゃない」
少年ガムイルはヒヨコのギアチックを促すと、建物の中へと急ぐ。
屋外のテラスから階下に降りるには頑丈な壁の、歯車マークがついた取っ手のない鉄扉を開ける必要がある。
「超載永劫拳撃!」
ガムイルが唱える声に、重い扉がかすかな蒸気音とともに開く。
「このままだと遅刻しちまうよ……おっと!」
螺旋階段を駆け下りようとした2人の目の前を、びよーん!と音を立ててカエルのようなギアビーストが横切る。本体に遅れて、ベトベトして長すぎる舌がガムイル少年の頬を撫ぜて悲鳴をあげさせた。
「うええ……!」「おい!気をつけるっぴょ!」
ヒヨコのギアチックはカンカンになって叫んだが当のカエル型ギアビースト、青蛙奮起のギアフロッグは階段の側壁に貼り付いたまま舌なめずりし、目を開閉させてこちらをギロリと睨んだだけ。
気を取り直し、また階段を降り始めたガムイルとギアチックの背後からゲロゲロからかう声が追いかけてきた。
「い、いつもながら気持ちの悪いヤツ」「急ぐっぴょ!」
なお、ギアフロッグの名誉のために付け加えるならば、彼もまたこの街を守る戦士であり、ダークステイツ特有の大型害虫などをあの舌で巻き取って、ひと呑みで退治してしまう強者だ。ただ、街の番人として同じような過激さで知られるギアロイド、スチームカッター サミウムと同じように、その攻撃性が時としてギアロイドの仲間にも向いてしまうところが曲者として恐れられている。

ギアクロニクル遺跡『超載永劫拳撃』。
この廃墟は、ギアクロニクルらしい幾つかの特徴で専門家に知られている。
ひとつは、遺跡と呼ばれながらも街自体は機能し続けており住民がいること。もっとも、この“一見して廃墟と見える場所でギアクロニクルが活動している”のは現在、ブラントゲート領にあるギアクロニクル第99号遺構(リィエル華廟)も同様で、惑星クレイ世界にギアクロニクルが居住する形態としては珍しくない。
二つ目が、この遺跡は“出現する時間が限られている”こと。麟子鳳雛のギアチックが目覚ましで朝を告げながら歩くのが、いつもその始点となる。
そして三つ目。
最大の特徴であり、この仰々しく複雑な名称の由来であり、この街が惑星クレイ世界におけるギアクロニクルの一つの極点とも呼ばれる理由。
それはガムイルとギアチックが降りていく先、この街の中枢、暗黒地方西部地区ギアクロニクル管制棟とも呼べるこの建物の最深部にあった。
Illust:寿ノ原
「遅いぞ、ガムイル!オレたちがなんのために時刻み抱えてるか、わかってるだろ」
「兄貴、ごめん」「ボクも。面目ないっぴょ……」
腕組みをした戦士が背中越しに放った喝に、ガムイルだけでなくギアチックまでが悄気た。
「まぁいい。オレの仕事は辻褄が合わねぇとこ、ちょっとコイツで切り取るだけだからさ」
スチームファイター グルキシャルは振り向いて、チェーンソーのように動く刃を持つ機械仕掛けの剣を持ち直した。もともと世話好きで頼れる、豪快でさっぱりとした性格の男性ギアロイドなのだ。
その背後、ナトリウム灯の光の下で安全弁が開き、圧縮された蒸気が激しく噴出した。
鉄骨と鎖、足場と歯車で構成された管制棟の地階は、機械の息吹にあふれていた。
外の一帯を工業街とするならば、ここはまさに地下工場である。
「そろそろ始まるよ、グルキシャル。準備はいい?」
蒸気を掻き分けて現れたスチームガンナー ビララマに、皆はそれぞれのやり方で敬礼した。
過去も未来も現在も、時空を超えた共同意思で互いに繋がっているのがギアクロニクルであり、一部の伝説的な英雄や指導者を除けば、基本的には上下関係は厳しいものではなく、軍隊ではないので敬礼も義務ではない。
だがそれでも、この“工場”での銃士ビララマは、戦士であるガムイル、その兄貴分グルキシャルよりも上級管理権限をもっているギアロイドなのだ。
「はいはい、そんなかしこまらなくていいから。じゃあ後は頼んだよ」
Illust:ueo
ビララマは笑顔で返礼して、素早くこの場を去った。
さすがは口癖が「息をつく暇?そんなのあげるわけないよ」のギアクロニクル。その仕事は常に秒刻みで進行しているが、態度も悠々として余裕がある。
「よし!おまえら行くぞ!歯車のネジ、がっちり巻き上げてな」
おー!ガムイルとギアチックは片手と片羽根を上げて、グルキシャル兄貴の後に続いた。歯車はギアクロニクルにとって、言語にも文化にも時空間を渡る力にも深く根付いた象徴である。
ドン・ドン・ドドン!ドン・ドン・ドドン!
ギアクロニクル管制棟の地下構造物を揺るがす連打の音。
ただそれは何事にも正しいルール、つまり時空間の調整者として「正確性」と「規律」を重んじるギアクロニクルとしては異例なことに、ただ一定に打ち込むだけではなく、ひとつ余拍を入れることで、何か生物的・有機的な印象をともなう、聴く者に耳を傾けさせたくなるリズムだった。
「「「時旋拳竜グラウワインド・ドラゴン!!!」」」
グルキシャル、ガムイル、ギアチックの3人が声を合わせて呼びかけた先──。
ドン・ドン・ドドン!ドン・ドン・ドドン!
管制棟の最深部には、地上からは想像もつかないような光景が展開していた。
Illust:安達洋介
大柄で逞しいギアドラゴンが紫の帳を叩いている。
ギアクロニクルの視力ならば、一目でそれが時空の歪みだとわかるだろう。
強烈な打撃にも拘わらず、最下層に生じた紫色の時空の歪みは表面を波立たせ、わずかに後退るだけだ。
それでも人型の竜は壁に向けての猛ラッシュを、一時も止める気配がない。
『歯車廻る両の拳で、歪んだ時空を殴って正す』
呟いたグルキシャルは、時旋拳竜グラウワインド・ドラゴンを直掩するギアロイドであり、この地下の壁打ちの意味と必然性を深く理解している。
時空を揺るがせる打撃の余波を受け、ガムイルとギアチックは思わず屈み込んでしまう。
「歪みを押し返してるぞ。すげぇ……」「あの振動。お腹がひっくり返るっぴょ」
そう。壁からせり出してくる紫の帳とは、ギアクロニクルだけに見える時空の歪みだ。
時空が歪むことは、例えば川の流れには多かれ少なかれ淀みが生まれるように、特に重力のある世界ではその発生自体は自然なもの。
だが、この暗黒地方西部地区ギアクロニクル管制棟最下層のものは、ある強力な存在が惑星クレイ世界に存在している時に生じる、放置はできない深刻な歪み。
そしてグラウワインドは、時間と空間の均衡が破綻することを水際で防いでいるのだ。
本来ならば、多数のギアクロニクルが束になって取り組んでも為し得ない時空間防衛をただ一人。
己が両の拳だけで。
時空間の安定と、この惑星の未来のために。
「称えよ、我が拳を奉納する武の神を!」
黙々と殴り続けてきたグラウワインド・ドラゴンが、管理棟のギアクロニクルたちがこの最下層に集まってきたことを感じて、叫んだ。
詰めかけたギアロイドやギアビーストたちは一斉に、ギアコロッサスの前に跪いた。
Illust:saikoro
ドン・ドン・ドドン!ドン・ドン・ドドン!
連打の音の背後、途方もない大きさと溢れかえる力。
管理棟の最下層は、その構造の大部分がただ一体の巨人の体躯だった。
超載永劫の時空巨神。
天輪聖紀の今、惑星クレイの地上にギアコロッサスが存在することに、研究家は驚愕するだろう。同じコロッサスでも時空巨兵とは違い、時空巨神はあまりにもその存在が強く大きすぎて、ギアクロニクルといえども唯の古代戦闘機械、つまりロボットとして自在に操ることができない。
つまりはいつ暴走するかわからない危険な破壊兵器なのだ。
だが時空巨神は腕組みをしたまま、打ち込み続けるグラウワインド・ドラゴンを見下ろし、力のオーラを噴き上げるだけで、破壊行動を移る気配はない。
「これこそが時空巨神と“拳”の循環システムだ」
スチームファイター ギアチックが、誰にともなく呟いた。
「覚醒している間、時空巨神の余剰エネルギーをこの都市が浮上するために吸収して使い……」
「夜は、コロッサスもボクらも寝てるっぴょ」と金属ヒヨコのギアチック。
「ああ。そして時空巨神が存在しているだけで歪む時空を、グラウワインドが殴って正す」
「そして、あの歪みを正す拳の打撃こそが武の奉納ってワケだよね……それにしても、なんて大きさ」
少年ギアロイド ガムイルが感に堪えかねたように呟いた。
毎日、何度見上げても、古代の神像さながらに聳え立つ巨岩か崖のような時空巨神の大きさと力の波動に慣れることはできない。これでは時空も歪もうというものである。
「どうしたんだい、みんな!いつまでもぼぉっと見てないで!」
拳による歪みの押し戻しと武技の奉納を呆けたように見ていた一同を、再び巡回してきたスチームガンナー ビララマが手を叩いて覚まさせた。
「昼は短いんだ。配管の点検、古くなった部品の交換、街の整備。やることはいっぱいあるんだからね」
ビララマは良い上司で管理者である。
叱咤には笑みが感じられたし、時空巨神への敬意と、グラウワインドを含む全員を励ます思いに溢れていた。
「さぁ、仕事仕事!時間は待ってくれないんだからね」
応!
答える声には皆の働くことの喜びと、時空生命体ギアクロニクルの一員としての誇りが感じられた。
「超載永劫拳撃!」
これがこの街で次の扉を開く、合い言葉なのだ。
※註.ナトリウム灯は地球の同じ原理で灯される照明の名称を借りた。時空生命体であるギアクロニクルにとっても、このオレンジの光は長時間の蒸気労働や視認性に適した明かりのようである。※
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《今回の一口用語メモ》
ギアコロッサス──封印されしもの、時空巨神
天輪聖紀においてその存在が確認されている、ギアコロッサスと呼ばれるものは2種。
「時空巨兵」、そして今回本編で登場した「時空巨神」。
その起源は同じで、超古代の科学者たちが造りあげた「機械仕掛けの神」とその尖兵であり、元々はあらゆる時空を侵略し、破壊し、駆逐するために開発された。※ギアコロッサスによる時空侵略とその封印は、時空の修復者ギアクロニクルの誕生にも深く関わるエピソードだが、世界観コラムを参照いただくことにして、ここでは割愛する。
天輪聖紀のギアコロッサスについて。
まずは「時空巨兵」について解説して行こう。
時空巨兵は、零の運命者ブラグドマイヤーや時の宿命者リィエル゠オディウムの配下に、その名を見ることができる。2人のようなダークステイツの力ある存在にとって、時空巨兵は、命令に忠実で恐れを知らず、強大な戦闘力を発揮する自律型守衛ロボットであり、これは天輪聖紀における時空巨兵の位置づけとも一致する。ギアクロニクルによる侵略性削除の改造処置により、惑星クレイ世界の住民として共存可能となった成功例である。
次に「時空巨神」。
超載永劫の時空巨神は近年、惑星クレイ暗黒西部地方の超古代都市遺跡、その最下層でギアクロニクルが発見し、天輪聖紀となってその存在を認めた最初の時空巨神となる。
解読された記録によれば、超載永劫の時空巨神は超古代において特に武道に優れたギアコロッサスだったという。
公表にあたり、ギアクロニクルが詳しい所在を明かさなかったのは本編に述べられているが、その理由もまた記述の通り。時空巨兵とは違い時空巨神は、ギアクロニクルといえどもただ命令し、それを実行させるロボットとして扱うことはできない。
そして時空巨兵と比べてさえ桁違いの大きさと力を持つ時空巨神は、まさに“神”の名に恥じない存在であり、神は貢ぎ物を要求するものだ。それは崇められることか、生け贄か、舞踏や武技の奉納なのか。
さらに問題はもう一つあった。
大きすぎる力はまた歪みをも生じさせ、そこに存在するだけで時空を歪ませてしまう。
事実、発見当時の段階で、超載永劫の時空巨神の周囲に永年溜められた力は、都市の地下で臨界寸前であったという。
では、この超載永劫の時空巨神と──世界の安定を脅かさずに──どう共生すべきか。
そこでギアクロニクルが考えたのは「このまま廃墟まるごと一つを時空巨兵の“檻”として安置し、武の力を奉納し続ける一方、街の活動エネルギーとして利用し、暴走を防ぐ」というものだ。
※注.惑星クレイ世界において「神」とは、ニルヴァーナをはじめとするクレイズイデアの神格を意味するが、あたかも神格を思わせるほどに強大な力を持つ存在に、人々が「神」の名を関する事例が歴史上もたびたび存在している。※
さてこうして、前代未聞の時空巨神エネルギー循環システムの運用が始まった。
あり余る時空巨神の力はその目覚めとともに、地中にある都市を低空にまで上昇させ、休眠つまり日没とともに元の地下へと下降する。さらに、この間の時空の歪みを、時旋拳竜グラウワインド・ドラゴンの“拳”によって封じる。一瞬の油断が(時空の歪みに侵食され、時空巨神が古代の狂戦士と化すという)世界の脅威にもなり得る存在を背に、日中休みなく渾身の拳を打ち込み、殴り続けるという過酷きわまる任務だ。
ギアクロニクル上層部の打診に、グラウワインドは『我が歯車廻る両の拳で、歪んだ時空を殴って正す』と即答したという。
久遠の時を積み上げ超えて、見出したるは拳の道。
ギアクロニクル遺跡『超載永劫拳撃』とは、時空巨神エネルギーで起動する浮沈都市という異様な特徴、最下層で日中繰り広げられる「時空の歪みに対する防衛戦/防衛線」、「超古代の武道神への拳撃の奉納」、その全てを表す名称なのだ。
天輪聖紀のギアクロニクルについては
→ユニットストーリー064 世界樹篇「マーチングデビュー ピュリテ」の
《今回の一口用語メモ》天輪聖紀のダークステイツ:大魔王とギアクロニクル
を参照のこと。
機械仕掛けの神の時空侵略と十二支刻獣については
→世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史 第13章「新聖紀中期 ~ストライドゲートと完全なる未来~」
を参照のこと。
リィエル゠オディウムに仕える、命脈途絶の時空巨兵については
→ライドライン解説 明導ヒカリ
を参照のこと。
初期のギアクロニクル第99号遺構については
→ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」
ユニットストーリー137「時の運命者 リィエル゠アモルタ」
ユニットストーリー139「時の運命者 リィエル゠アモルタ III《奇跡の運命》」
を参照のこと。
オディウム出現後のギアクロニクル第99号遺構とリィエル華廟については
→ユニットストーリー158「時の宿命者 リィエル゠オディウム」
ユニットストーリー176「奇跡の運命者 レザエル VI」
を参照のこと。
このことから、うち捨てられたはずの遺構にギアクロニクルが再び棲みついて、惑星クレイ上のコロニーを作る例があることがわかる。時空生命体ギアクロニクルにとっては永年廃墟となった遺跡でも、ついこの前離れたばかりの同族の住居という程度なのかもしれない。
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朧な太陽。ダークステイツの暗い朝。
その始まりの時とともに、深い森の中から巨大な質量が迫り上がってくると、闇の国の怪鳥たちが驚き騒いで一斉に飛び立った。
リリリリリリ!
「さあ起きて~!見回りの時間だよ~!」
けたたましい目覚ましのベル音と共に、金属製のヒヨコがチクタク走る。
ここは古びた都市の回廊。
ヒヨコことギアビースト、麟子鳳雛のギアチックの背景には、動き出し蒸気を噴き上げる尖塔群が広がっている。
つい先程までの森から、今は工業街を思わせる鉄と歯車の町並みへ。それは劇的な変化だった。

リリリ……リ!
ギアチックの目覚ましスイッチを、横合いからひょいと伸びた手が押して止めた。
「ぴょっ?!」
「もういい。みんな起き出したから」
少年は、目の高さまでギアチックを持ち上げた。もう片方の肩には、巨大なハンマーが乗せられている。
この小柄な少年スチームファイター ガムイルが、不釣り合いなほど巨大なハンマーを軽々と操れるのは、彼が人間ではなく、時空生命体ギアクロニクルの一種であるギアロイドだからだ。

「はいはい!いつまで遊んでいるの。効率第一!」
少年とヒヨコのすぐ上を、軽快にかすめ飛んで行く影。
それはギアロイドの少女で、手にはボウガンを携えている。
「今日も張り切ってんな、あいつ」
ガムイルは頭を掻いた。秘められたギアクロニクルの力はともかく、こうした子供っぽい仕草は同じような年頃の人間と変わらない。
スチームシューター アミュティス。
“時間の無駄は見逃さない!”が口癖の、この街の守衛だ。
だが、スカートの長い裾を靡かせて飛ぶその姿に惑わされてはいけない。
お供の鳥型ギアビーストと合わせて、1+1=3人力と評される凄腕なのだ。

「そうだ。こうしている場合じゃない」
少年ガムイルはヒヨコのギアチックを促すと、建物の中へと急ぐ。
屋外のテラスから階下に降りるには頑丈な壁の、歯車マークがついた取っ手のない鉄扉を開ける必要がある。
「超載永劫拳撃!」
ガムイルが唱える声に、重い扉がかすかな蒸気音とともに開く。
「このままだと遅刻しちまうよ……おっと!」
螺旋階段を駆け下りようとした2人の目の前を、びよーん!と音を立ててカエルのようなギアビーストが横切る。本体に遅れて、ベトベトして長すぎる舌がガムイル少年の頬を撫ぜて悲鳴をあげさせた。
「うええ……!」「おい!気をつけるっぴょ!」
ヒヨコのギアチックはカンカンになって叫んだが当のカエル型ギアビースト、青蛙奮起のギアフロッグは階段の側壁に貼り付いたまま舌なめずりし、目を開閉させてこちらをギロリと睨んだだけ。
気を取り直し、また階段を降り始めたガムイルとギアチックの背後からゲロゲロからかう声が追いかけてきた。
「い、いつもながら気持ちの悪いヤツ」「急ぐっぴょ!」
なお、ギアフロッグの名誉のために付け加えるならば、彼もまたこの街を守る戦士であり、ダークステイツ特有の大型害虫などをあの舌で巻き取って、ひと呑みで退治してしまう強者だ。ただ、街の番人として同じような過激さで知られるギアロイド、スチームカッター サミウムと同じように、その攻撃性が時としてギアロイドの仲間にも向いてしまうところが曲者として恐れられている。

ギアクロニクル遺跡『超載永劫拳撃』。
この廃墟は、ギアクロニクルらしい幾つかの特徴で専門家に知られている。
ひとつは、遺跡と呼ばれながらも街自体は機能し続けており住民がいること。もっとも、この“一見して廃墟と見える場所でギアクロニクルが活動している”のは現在、ブラントゲート領にあるギアクロニクル第99号遺構(リィエル華廟)も同様で、惑星クレイ世界にギアクロニクルが居住する形態としては珍しくない。
二つ目が、この遺跡は“出現する時間が限られている”こと。麟子鳳雛のギアチックが目覚ましで朝を告げながら歩くのが、いつもその始点となる。
そして三つ目。
最大の特徴であり、この仰々しく複雑な名称の由来であり、この街が惑星クレイ世界におけるギアクロニクルの一つの極点とも呼ばれる理由。
それはガムイルとギアチックが降りていく先、この街の中枢、暗黒地方西部地区ギアクロニクル管制棟とも呼べるこの建物の最深部にあった。

「遅いぞ、ガムイル!オレたちがなんのために時刻み抱えてるか、わかってるだろ」
「兄貴、ごめん」「ボクも。面目ないっぴょ……」
腕組みをした戦士が背中越しに放った喝に、ガムイルだけでなくギアチックまでが悄気た。
「まぁいい。オレの仕事は辻褄が合わねぇとこ、ちょっとコイツで切り取るだけだからさ」
スチームファイター グルキシャルは振り向いて、チェーンソーのように動く刃を持つ機械仕掛けの剣を持ち直した。もともと世話好きで頼れる、豪快でさっぱりとした性格の男性ギアロイドなのだ。
その背後、ナトリウム灯の光の下で安全弁が開き、圧縮された蒸気が激しく噴出した。
鉄骨と鎖、足場と歯車で構成された管制棟の地階は、機械の息吹にあふれていた。
外の一帯を工業街とするならば、ここはまさに地下工場である。
「そろそろ始まるよ、グルキシャル。準備はいい?」
蒸気を掻き分けて現れたスチームガンナー ビララマに、皆はそれぞれのやり方で敬礼した。
過去も未来も現在も、時空を超えた共同意思で互いに繋がっているのがギアクロニクルであり、一部の伝説的な英雄や指導者を除けば、基本的には上下関係は厳しいものではなく、軍隊ではないので敬礼も義務ではない。
だがそれでも、この“工場”での銃士ビララマは、戦士であるガムイル、その兄貴分グルキシャルよりも上級管理権限をもっているギアロイドなのだ。
「はいはい、そんなかしこまらなくていいから。じゃあ後は頼んだよ」

ビララマは笑顔で返礼して、素早くこの場を去った。
さすがは口癖が「息をつく暇?そんなのあげるわけないよ」のギアクロニクル。その仕事は常に秒刻みで進行しているが、態度も悠々として余裕がある。
「よし!おまえら行くぞ!歯車のネジ、がっちり巻き上げてな」
おー!ガムイルとギアチックは片手と片羽根を上げて、グルキシャル兄貴の後に続いた。歯車はギアクロニクルにとって、言語にも文化にも時空間を渡る力にも深く根付いた象徴である。
ドン・ドン・ドドン!ドン・ドン・ドドン!
ギアクロニクル管制棟の地下構造物を揺るがす連打の音。
ただそれは何事にも正しいルール、つまり時空間の調整者として「正確性」と「規律」を重んじるギアクロニクルとしては異例なことに、ただ一定に打ち込むだけではなく、ひとつ余拍を入れることで、何か生物的・有機的な印象をともなう、聴く者に耳を傾けさせたくなるリズムだった。
「「「時旋拳竜グラウワインド・ドラゴン!!!」」」
グルキシャル、ガムイル、ギアチックの3人が声を合わせて呼びかけた先──。
ドン・ドン・ドドン!ドン・ドン・ドドン!
管制棟の最深部には、地上からは想像もつかないような光景が展開していた。

大柄で逞しいギアドラゴンが紫の帳を叩いている。
ギアクロニクルの視力ならば、一目でそれが時空の歪みだとわかるだろう。
強烈な打撃にも拘わらず、最下層に生じた紫色の時空の歪みは表面を波立たせ、わずかに後退るだけだ。
それでも人型の竜は壁に向けての猛ラッシュを、一時も止める気配がない。
『歯車廻る両の拳で、歪んだ時空を殴って正す』
呟いたグルキシャルは、時旋拳竜グラウワインド・ドラゴンを直掩するギアロイドであり、この地下の壁打ちの意味と必然性を深く理解している。
時空を揺るがせる打撃の余波を受け、ガムイルとギアチックは思わず屈み込んでしまう。
「歪みを押し返してるぞ。すげぇ……」「あの振動。お腹がひっくり返るっぴょ」
そう。壁からせり出してくる紫の帳とは、ギアクロニクルだけに見える時空の歪みだ。
時空が歪むことは、例えば川の流れには多かれ少なかれ淀みが生まれるように、特に重力のある世界ではその発生自体は自然なもの。
だが、この暗黒地方西部地区ギアクロニクル管制棟最下層のものは、ある強力な存在が惑星クレイ世界に存在している時に生じる、放置はできない深刻な歪み。
そしてグラウワインドは、時間と空間の均衡が破綻することを水際で防いでいるのだ。
本来ならば、多数のギアクロニクルが束になって取り組んでも為し得ない時空間防衛をただ一人。
己が両の拳だけで。
時空間の安定と、この惑星の未来のために。
「称えよ、我が拳を奉納する武の神を!」
黙々と殴り続けてきたグラウワインド・ドラゴンが、管理棟のギアクロニクルたちがこの最下層に集まってきたことを感じて、叫んだ。
詰めかけたギアロイドやギアビーストたちは一斉に、ギアコロッサスの前に跪いた。

ドン・ドン・ドドン!ドン・ドン・ドドン!
連打の音の背後、途方もない大きさと溢れかえる力。
管理棟の最下層は、その構造の大部分がただ一体の巨人の体躯だった。
超載永劫の時空巨神。
天輪聖紀の今、惑星クレイの地上にギアコロッサスが存在することに、研究家は驚愕するだろう。同じコロッサスでも時空巨兵とは違い、時空巨神はあまりにもその存在が強く大きすぎて、ギアクロニクルといえども唯の古代戦闘機械、つまりロボットとして自在に操ることができない。
つまりはいつ暴走するかわからない危険な破壊兵器なのだ。
だが時空巨神は腕組みをしたまま、打ち込み続けるグラウワインド・ドラゴンを見下ろし、力のオーラを噴き上げるだけで、破壊行動を移る気配はない。
「これこそが時空巨神と“拳”の循環システムだ」
スチームファイター ギアチックが、誰にともなく呟いた。
「覚醒している間、時空巨神の余剰エネルギーをこの都市が浮上するために吸収して使い……」
「夜は、コロッサスもボクらも寝てるっぴょ」と金属ヒヨコのギアチック。
「ああ。そして時空巨神が存在しているだけで歪む時空を、グラウワインドが殴って正す」
「そして、あの歪みを正す拳の打撃こそが武の奉納ってワケだよね……それにしても、なんて大きさ」
少年ギアロイド ガムイルが感に堪えかねたように呟いた。
毎日、何度見上げても、古代の神像さながらに聳え立つ巨岩か崖のような時空巨神の大きさと力の波動に慣れることはできない。これでは時空も歪もうというものである。
「どうしたんだい、みんな!いつまでもぼぉっと見てないで!」
拳による歪みの押し戻しと武技の奉納を呆けたように見ていた一同を、再び巡回してきたスチームガンナー ビララマが手を叩いて覚まさせた。
「昼は短いんだ。配管の点検、古くなった部品の交換、街の整備。やることはいっぱいあるんだからね」
ビララマは良い上司で管理者である。
叱咤には笑みが感じられたし、時空巨神への敬意と、グラウワインドを含む全員を励ます思いに溢れていた。
「さぁ、仕事仕事!時間は待ってくれないんだからね」
応!
答える声には皆の働くことの喜びと、時空生命体ギアクロニクルの一員としての誇りが感じられた。
「超載永劫拳撃!」
これがこの街で次の扉を開く、合い言葉なのだ。
了
※註.ナトリウム灯は地球の同じ原理で灯される照明の名称を借りた。時空生命体であるギアクロニクルにとっても、このオレンジの光は長時間の蒸気労働や視認性に適した明かりのようである。※
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《今回の一口用語メモ》
ギアコロッサス──封印されしもの、時空巨神
天輪聖紀においてその存在が確認されている、ギアコロッサスと呼ばれるものは2種。
「時空巨兵」、そして今回本編で登場した「時空巨神」。
その起源は同じで、超古代の科学者たちが造りあげた「機械仕掛けの神」とその尖兵であり、元々はあらゆる時空を侵略し、破壊し、駆逐するために開発された。※ギアコロッサスによる時空侵略とその封印は、時空の修復者ギアクロニクルの誕生にも深く関わるエピソードだが、世界観コラムを参照いただくことにして、ここでは割愛する。
天輪聖紀のギアコロッサスについて。
まずは「時空巨兵」について解説して行こう。
時空巨兵は、零の運命者ブラグドマイヤーや時の宿命者リィエル゠オディウムの配下に、その名を見ることができる。2人のようなダークステイツの力ある存在にとって、時空巨兵は、命令に忠実で恐れを知らず、強大な戦闘力を発揮する自律型守衛ロボットであり、これは天輪聖紀における時空巨兵の位置づけとも一致する。ギアクロニクルによる侵略性削除の改造処置により、惑星クレイ世界の住民として共存可能となった成功例である。
次に「時空巨神」。
超載永劫の時空巨神は近年、惑星クレイ暗黒西部地方の超古代都市遺跡、その最下層でギアクロニクルが発見し、天輪聖紀となってその存在を認めた最初の時空巨神となる。
解読された記録によれば、超載永劫の時空巨神は超古代において特に武道に優れたギアコロッサスだったという。
公表にあたり、ギアクロニクルが詳しい所在を明かさなかったのは本編に述べられているが、その理由もまた記述の通り。時空巨兵とは違い時空巨神は、ギアクロニクルといえどもただ命令し、それを実行させるロボットとして扱うことはできない。
そして時空巨兵と比べてさえ桁違いの大きさと力を持つ時空巨神は、まさに“神”の名に恥じない存在であり、神は貢ぎ物を要求するものだ。それは崇められることか、生け贄か、舞踏や武技の奉納なのか。
さらに問題はもう一つあった。
大きすぎる力はまた歪みをも生じさせ、そこに存在するだけで時空を歪ませてしまう。
事実、発見当時の段階で、超載永劫の時空巨神の周囲に永年溜められた力は、都市の地下で臨界寸前であったという。
では、この超載永劫の時空巨神と──世界の安定を脅かさずに──どう共生すべきか。
そこでギアクロニクルが考えたのは「このまま廃墟まるごと一つを時空巨兵の“檻”として安置し、武の力を奉納し続ける一方、街の活動エネルギーとして利用し、暴走を防ぐ」というものだ。
※注.惑星クレイ世界において「神」とは、ニルヴァーナをはじめとするクレイズイデアの神格を意味するが、あたかも神格を思わせるほどに強大な力を持つ存在に、人々が「神」の名を関する事例が歴史上もたびたび存在している。※
さてこうして、前代未聞の時空巨神エネルギー循環システムの運用が始まった。
あり余る時空巨神の力はその目覚めとともに、地中にある都市を低空にまで上昇させ、休眠つまり日没とともに元の地下へと下降する。さらに、この間の時空の歪みを、時旋拳竜グラウワインド・ドラゴンの“拳”によって封じる。一瞬の油断が(時空の歪みに侵食され、時空巨神が古代の狂戦士と化すという)世界の脅威にもなり得る存在を背に、日中休みなく渾身の拳を打ち込み、殴り続けるという過酷きわまる任務だ。
ギアクロニクル上層部の打診に、グラウワインドは『我が歯車廻る両の拳で、歪んだ時空を殴って正す』と即答したという。
久遠の時を積み上げ超えて、見出したるは拳の道。
ギアクロニクル遺跡『超載永劫拳撃』とは、時空巨神エネルギーで起動する浮沈都市という異様な特徴、最下層で日中繰り広げられる「時空の歪みに対する防衛戦/防衛線」、「超古代の武道神への拳撃の奉納」、その全てを表す名称なのだ。
天輪聖紀のギアクロニクルについては
→ユニットストーリー064 世界樹篇「マーチングデビュー ピュリテ」の
《今回の一口用語メモ》天輪聖紀のダークステイツ:大魔王とギアクロニクル
を参照のこと。
機械仕掛けの神の時空侵略と十二支刻獣については
→世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史 第13章「新聖紀中期 ~ストライドゲートと完全なる未来~」
を参照のこと。
リィエル゠オディウムに仕える、命脈途絶の時空巨兵については
→ライドライン解説 明導ヒカリ
を参照のこと。
初期のギアクロニクル第99号遺構については
→ユニットストーリー132「奇跡の運命者 レザエルII 《在るべき未来》」
ユニットストーリー137「時の運命者 リィエル゠アモルタ」
ユニットストーリー139「時の運命者 リィエル゠アモルタ III《奇跡の運命》」
を参照のこと。
オディウム出現後のギアクロニクル第99号遺構とリィエル華廟については
→ユニットストーリー158「時の宿命者 リィエル゠オディウム」
ユニットストーリー176「奇跡の運命者 レザエル VI」
を参照のこと。
このことから、うち捨てられたはずの遺構にギアクロニクルが再び棲みついて、惑星クレイ上のコロニーを作る例があることがわかる。時空生命体ギアクロニクルにとっては永年廃墟となった遺跡でも、ついこの前離れたばかりの同族の住居という程度なのかもしれない。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡