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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
216「誓盟の騎士 エディンヴェイド」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
カード情報

Illust:萩谷薫


誓盟せいめいの騎士エディンヴェイドだ。ユースに会いたい」
 長い金髪をなびかせるロイヤルパラディンは長剣を杖のように立て、破天の門の前で不動の姿勢をとった。
 門といっても傍目はためには、通り沿いに設けられた小屋か物置程度にしか見えない、小さな建物の扉である。
轟破ごうはの騎士ベスルテインがうけたまわる」
 慣例通りの口上で出迎えた黒き騎士がこの時わずかに表情を動かしたのは、彼らの団長をその名で呼ぶ白銀の騎士ロイヤルパラディンが、勇奏の楽士コルリーノ(彼女は天上から破天騎士団の武装部門に出向している)などまだ少数だからだ。
 防衛省長官バスティオンもオールデン将軍も「ユースベルク」と呼ぶ。
 死闘を繰り広げた好敵手、士官学校時代からの同期、そして破天騎士団の長。それぞれ確かな友情で結ばれている3人が、公の場では節度ある距離感を保っている所が、現在のケテルサンクチュアリにおいて天上と地上が絶妙のバランスを維持している一つの理由でもある。

Illust:たつよ


「何のご用か。我らのリーダーは多忙だ。約束がなければ会わせられない」
 轟破の騎士ベスルテインは仰々しく答えた。黒い甲冑と大剣、薄い緑色の髪。シャドウパラディンのベスルテインが纏う左腕の赤い布は天上に対する反抗“破天”の証である。
 白銀の騎士は砕けた口調をあらためた。が、その内容は逆に鋭く真相を貫くものだった。
「忙しいというのは“赤い月”に関わることかな」
 ベスルテインは素早く周囲に鋭い視線を配る。
 ここは地上の都セイクリッド・アルビオンの南東に延びる大通り「工匠の道」の外周ぎりぎりにある“破天の門”の一つ。晴れた午後の今、職人たちは工房にこもり、通行人の姿はまばらだ。
「入れ。ここではまずい」
 黒色のベスルテインが相手の腕を引くと、白銀のエディンヴェイドは長剣を肩に背負い、引き込まれるまま扉の内側へと招き入れられた。互いに武道の達人同士の駆け引きなので、動きに無駄がなく、あっと言う間に通りから2人の騎士の姿が消えたように見えただろう。もっともこの街で、それは珍しくない光景なのだが。

「貴様、どういうつもりだ」
 厚い扉が閉まると、2人は冷えた空気に包まれた。
 凄みをきかせたベスルテインの声音もどこ吹く風、エディンヴェイドは周囲を興味深げに見渡した。
 ここはセイクリッド・アルビオンに幾つもある“破天の門”の一つ。いわば番人の詰め所である。
 そして都の地下に網目状に広がるこの隧道トンネルこそが、難攻不落を謳われる破天騎士団の根城というわけだ。
「慌てるな。知らぬ者ならブラント月のこととしか思わんだろう。お陰で目立たずに入ることができた」
 小手にかかった黒い騎士の腕を外す、エディンヴェイド。その口調は落ち着いている。
「……」
 確かに惑星クレイ世界でただ“赤い月”と言えば、第1の月(白色の月)に対する第2の月、すなわちブラント月のことを指す。
「誤魔化すな、言え。赫月病のことも何か知っているのか」とベスルテイン。
「さる方の命令を受けて来た。私の専門は神聖疫学だ」
 ロイヤルパラディンの説明に、シャドウパラディンは考えを巡らせる様子で目を細めた。
 隣国ドラゴンエンパイアが竜の国と呼ばれるように、神聖国ケテルサンクチュアリ(旧ユナイテッドサンクチュアリ)は騎士の国である。騎士は武人であると共に、知識人や研究者であることも珍しくない。
 差し出された命令書には確かにサインがあった。諜報を専門とするシャドウパラディンの一員、ベスルテインならわざわざ照合して真偽を判定するまでもない。団長に届く交換書面で見慣れた、防衛省長官の署名である。
「なるほど。それで、俺たちのユースとは同期か」
「ガキの頃、ユースに率いられていたチビ助の一人でね。士官学校では期が合わなかったが今、力になりたい」
 エディンヴェイドは長い金髪を揺らした。頭上の淡い照明に、白銀の鎧が鈍く輝く。
「それで立候補か。バスティオンに直訴とは友情に篤いことだ」
 長官からの書状に目を通したベスルテインの呟きを圧するように、隧道の闇から吠え声が轟いた。
 ──!
 巨大な犬のようなそれはハイビーストだ。黒く鋭い鉤爪は、剣を砕き鎧を引き裂く。
「ジャギガオン!彼は団長の古い友人だそうだ。長官からの命令と推薦文つきで身元は保証されてる」

Illust:オサフネオウジ


 うー。黒い騎士の言葉にジャギガオンは唸りながら伏せた。
 味方らしいとの判断は了解した。だが侵入者に備え、詰めていた定位置は一歩も譲らない。
 ハイビーストは知能が高く知性ある動物である。そして破天の門番ジャギガオンについていえば特にその士気が高く、人の後ろにつくという事が許せない性格なのだ。
「お役目ご苦労」
 こちらを睨むジャギガオンに笑顔を向け、その鉤爪だらけの背中を跨いだ銀のエディンヴェイドは、黒の騎士ベスルテインの後に続いて破天騎士団の根城、その奥深くへと進んでいく。



 破天騎士団の本拠、地上の都セイクリッド・アルビオンの地下道は、外部からは想像がつかないほど整備されていた。
 生活用水と飲料水、二系統の配管は汚水管と完全に隔離され、破天騎士団によって厳重に監視されている。
 言うまでもなく、新鮮で安全な水の確保は都市繁栄の第一条件だ。
 しかし騎士団に市民のインフラまでを守る義務は本来ないはずだが、破天騎士団の長ユースベルクはそうは考えなかった。それゆえに表から見る街の荒廃ほどには、水が豊富なセイクリッド・アルビオンの生活満足度は低いものではなかったし、治安も良く、貧しくても住人たちにはよく笑顔が見られた。
 これは、贅を尽くし繁栄しているはずの天上への皮肉をこめた抵抗の合い言葉にもなっている。
 すなわち「オレたちは地上から笑顔で、陰鬱な天上に拳を突き上げる!」と。
 そしてそうした只の武人に収まらない視点と地上への愛こそが市民の圧倒的な支持を、そして郷士ゴールドパラディンや地上勤務のロイヤルパラディンまでもが、ユースベルクの名に畏敬の念をこめる理由でもある。

Illust:しな


「ユースの馬か」
 防衛省派遣のロイヤルパラディン、白銀のエディンヴェイドが足を止めたのは厩の前だった。
「そうだ。礼装で乗ることが多いから最近少々、力を持て余しているが」
 馬は騎士の宝だ。
 従軍、護送、巡察、槍試合そして凱旋。
 どれも切っても切れない仕事ゆえに、騎士は自然と馬の目利きになるものだ。
「シルバーメイン・スタリオンか。素晴らしいオスじゃないか。ユースのことを宜しく頼むよ」
 銘を読み上げながらエディンヴェイドが飼葉を足し、首を撫ぜると、シルバーメインは竿立ちになっていなないた。
 彼もまたハイビースト。天上から派遣された騎士に誉められ、友を託されたことは完璧に理解している。
「黒き駿馬は、踏ん張りどころを知っている」
 黒のベスルテインは静かに頷き、そして促した。
「行こう。ちょうど会合・・の時間だ」

 幾つもの通路と部屋を2人は通り過ぎた。
 地上でいえば外周から中央の聖域まで歩いた位だろうか。
 ただ、エディンヴェイドの研ぎ澄まされた方向感覚は、この入り込んだ地下水路行が思っているよりも進んでいないことを告げていた。意図して回り道をしているのだろう。
「警戒しているのか。この私を」
「破天騎士には敵も多い。当然の用心だ」
 黒衣のベスルテインはその身を半ば闇に溶け込ませながら答えた。
「その赤い布を巻かねば信じてもらえないか」
「確かにこれは“破天”を誓った証だが、時として最大の敵は身の内に潜んでいるものだ。解ってもらいたい」
 疫学の専門家としてエディンヴェイドには感じる所があったようだ。伝え聞く月の門番ヴェイズルーグの言葉もまた、赫月病の現れが(病んだ月ではなく)惑星クレイ世界の中から現れるだろうと示唆していた。
「なるほど。怖れ備えているのは機密の漏洩か、暗殺か。いや……分断だな」「ほう」
 今度の反応には称賛の気配があった。感心したのだ。
「破天騎士団の強みはユースを中心とした強固な連帯、そしていつかを覆すという強烈な旗印と意志」
 早足で進む黒のベスルテインは沈黙している。
 その間にも、通り過ぎる通路や壁、部屋の扉、時には天井からも、思わぬ所が開き、鋭い目の破天の兵士たちが顔を覗かせ、語り続ける白銀の騎士を見つめる。
「そして練度とこの地下構造だ。地図は君たちの頭の中にしか存在しないのだろう。たとえ数万の軍勢が押し寄せたとしても最後に立っているのは数百人の破天ではないか。ゲリラ戦術で抵抗されると、正規軍の力押しでは勝算が成り立たない。だから敵は指導者であるユースと、彼を巡る信頼と団結を切り崩そうとする」
「さすがは士官学校卒」
 白銀のエディンヴェイドは肩をすくめた。
「子供の頃からそうだよ、ユースは。心身の強さと優しさ、強烈なまでの負けん気。それなのにどこか寂しそうな所が皆について行きたい、支えたい、夢を託したいと思わせるんだ。時が時なら王にもなれたと思うね」
「それと同じことを言って、ずっと焚きつけてる女もいるらしいな。星刻姫とかいう……着いたぞ」

 トンネルの終わりは午後の陽が差しこむ空間だった。
 暗闇に慣れた目が視力を取り戻す前に、それ・・は始まっていた。
「これは、お前が重ねた罪の重さだよ!」
 女性の叫びと共に、戦棍メイスが床を叩き割った。


Illust:中西達哉




Illust:茶ちえ


「少しからかったくらいで大袈裟だぜ!だけど結局お前に俺は、止められねぇのさ!」
 返答は男の声と、巨大な戦斧の一撃だった。同じく砕け散る石床。
 そして互いに飛び退って、睨み合う騎士。
 若い女性は光槌の騎士ロジスティラ。ゴールドパラディン郷士
 男性のほうはさらに若く少年と呼んでもいい年頃。翻弄の騎士クアン。シャドウパラディン。
「仲間割れか?」
 ちょうど話題にしていた、警戒すべきことが目の前で展開していることに、白銀のロイヤルパラディン、エディンヴェイドは少し呆れているようだった。よく見ると2人とも赤い布は付けていない。
「よく見ろ」
 黒のベスルテインは、エディンヴェイドに周囲を眺めるように促す仕草をした。
 光に慣れて見るとここは上水道の開口部、つまりセイクリッド・アルビオンの街路の真下に当たる地点ということがわかった。
 もう一度、対峙する男女を見てみる。
 2人の目は笑っていた。存分に戦える喜びに。
 そして彼ら彼女らを囲む観衆の騎士たちも。ロイヤルパラディン、シャドウパラディン、ゴールドパラディン郷士、よく見れば天上騎士クラウドナイトまでがいる。
「セイクリッド・アルビオンの上水道は2つのラインに分かれている。一つが飲料水用」
 解説するベスルテインの目は、再び剣と斧を噛み合わせた騎士たちを鋭く見つめている。
「もう一つが生活用水のライン。つまりはここ・・だ。こうした水の広場は、地上と同じく憩いの場所なんだ」
「つまり?」
「ほんの腕試しということだ」と黒のベスルテイン。
「組織を超えた模擬戦ということか。だが天上騎士クラウドナイトは勤務中ではないのか?」
 ケテルギア勤務だったロイヤルパラディン、エディンヴェイドは首を傾げた。
 バスティオン長官率いる防衛省は、ケテルサンクチュアリ騎士団内部の不正や嫌がらせなどを徹底的に取り締まり、組織の清浄化に成功したと評価される反面、規律厳守でも知られている。
「非番に限られる。それも上官にはきちんと“交流試合”、“隊外訓練”と届け出て、許可をもらっているらしい」
「剣戟が何よりも好きな連中というわけか」
 エディンヴェイドは白銀の甲冑と長い金髪を振って嘆息をついた。これのどこが“憩い”なのだ。そしてこんなたわむれを許すあたり、実に彼の知るユースらしい。
「こんな所で地上と天上の交流が深まっていたとは思わなかった」
「わかってきたようだな。ところで……」
 黒のベスルテインは、客人であるユースの友に向き直った。
「言った通り、ユースは遅れてくる。白い霧について、他に調査しておきたいことがあるのだとか」
 白銀のエディンヴェイドは深く頷いた。
「それを手伝うために来た。きっと私が役に立てるだろう」
「あぁ。ところでその前に、これもひとつの縁だと思うのだが。……どうだ、誓盟の騎士エディンヴェイド」
 ベスルテインは黒い大剣を持ち上げて、今日初めて薄い笑みを口元に浮かべていた。
 エディンヴェイドはまた嘆息をついた。だが今度は呆れたのではなく、自分の中にも高まる剣士としての欲求を認める吐息だった。
「やるか。轟破の騎士ベスルテイン」
 エディンヴェイドが長剣を抜くと、2人は向き合ったまま同時に駆け出し、まだ打ち合っていた騎士たちを押し出して、水路に浮かぶ石舞台に立った。
 共に手練れ。それをひと目で見破ったギャラリーの騎士たちから歓声があがった。
「我が剣に刻むは誇りと信念!」
 白銀のエディンヴェイドは構えて叫び、
「……!」
 黒のベスルテインは無言で大剣を構えた。
 言葉は少なくとも、太刀筋が決意を物語る。好意も信頼も友情も。彼はそんな男なのだ。
「「いざ、参る!!」」
 こうして2人の友は、所属も生まれも立場も忘れて、ただ戦う喜びに身をまかせた。
 秋の陽差しが駆け込むセイクリッド・アルビオンの地下剣闘広場で。



※註.ゲリラについては地球の酷似した戦術の名称を借りた。※

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《今回の一口用語メモ》

破天騎士団とセイクリッド・アルビオン地下水路

 本編でも触れた通り、ケテルサンクチュアリ地上の都セイクリッド・アルビオンの地下、縦横無尽に張り巡らされた水路は、そのまま破天騎士団の本拠であり生活の場であり、難攻不落の要塞でもある。
 セイクリッド・アルビオンはその名の通り、聖なる白き都としてユナイテッドサンクチュアリの首都であり、英雄王の玉座が置かれてきた土地。
 バートン王家の衰退と地上の荒廃は無神紀に始まり、現代にいたるが、天輪聖紀における破天騎士団と破天騎士ユースベルクの登場は、天上に対する抵抗運動の旗印としての“破天”だけでなく、都市の復興にも大きな影響を与えている。

 古来、「民を味方につけた城は難攻不落」という鉄則がある。
 ゆえに城塞、砦は街=住民を内に抱えるか、反対に周囲を街=住民に囲まれるように建てられることが多い。
 破天騎士団はこの築城論をさらに進化させたものとも言える。
 都市の地下水路の構造そのものを、市民抵抗運動のアジト、そして破天騎士団の本拠とする。
 このメリットは非常に大きく、(現在は指導者同士が昵懇じっこんであるため、比較的穏やかだが)天上側または外敵が地上側を攻撃しようとした時、セイクリッド・アルビオンという都市そのものが防壁となる。
 しかもこれは岩盤や土砂の厚みというだけではなく、住民の経済的・人員的・心理的な援助の厚みでもある。
 そして地下水路は、攻めるのに困難である反面、守る側にとっては圧倒的な優位となる。
 迷路のように入り組んだ通路や部屋、何もないように見える床、壁や天上から現れる伏兵はまさに神出鬼没。
 しかもその待ち受ける兵士たちはいずれも士気が高く、統制のきいた、一騎当千の破天騎士団(および破天に共感した市民義勇兵)である。これが市民=都市の援助の下、頑強に忍耐強く戦い続けるのだから、いかなる敵も容易に侵略することは極めて困難だと言えるだろう。


破天騎士団については
 →ユニットストーリー062「ユースベルク“破天黎騎”」および《今回の一口用語メモ》
 を参照のこと。

破天騎士団の根城であるセイクリッド・アルビオン地下については
 →ユニットストーリー069「フェストーソ・ドラゴン」
  ユニットストーリー088「異星刻姫 アストロア=バイコ・マスクス」
  ユニットストーリー199「ディセクション・エンジェル」
 で触れられている。

ユースベルクが地下のみならず、セイクリッド・アルビオンの街路に開いている上水道をも利用していたことについては
 →ユニットストーリー066「ユースベルク“反抗黎騎・疾風”」
 を参照のこと。

ロイヤルパラディン勇奏の楽士コルリーノが「ユース」と呼んでいることについては
 →ユニットストーリー116「ユースベルク“反抗黎騎・閃煌”」
 を参照のこと。ちなみにコルリーノは破却の魔女フェルゴーサと同じく、破天騎士団武装担当アリアドネの弟子の一人である。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡