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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
217 特別編「リリカルモナステリオのクリスマス」
リリカルモナステリオ

Illust:ミズツ


 クリスマスキャロルは祝歌だ。
 愛と平和、そして慈しみを賛美する。
 透明な天蓋ドームの下、華やかに飾られた街は光に満ちて、ライトアップは眩しいほど。
「メリークリスマス!」「メリークリスマス!!」
 街で出会う人が掛け合う言葉にも喜びが溢れる。
 だって今日は善夜祭ぜんやさい
 暮れなずむ空に、善き夜の訪れ。
 これから始まるリリカルモナステリオのクリスマス。
 赤の装いに身を包んだアイドル達があなたに呼びかける。
「今宵、心からのプレゼント贈り物を。あなたに」と。
Illust:ぱとり


「いっぱいあるし……ひとつくらい……いいよね?」
 つまみ食いはやめられない。
“プレゼントは果物なんてどうかな”
 銀髪のフラティは、大きなケーキを彩る真っ赤なイチゴをひと囓りしながら考えていた。
 クリスマスの日、午後遅く。
 巨大なカフェテリアは、パーティーの準備の真っ最中。忙しく行き交う生徒たちでいっぱいだ。
 SweetLinkerスウィートリンカーメンバーも皆も、こちらを見ていない。
 デコレーションの影になったイチゴが一個欠けただけ。わからない、きっと誰もわからない。
「わからないわけ、な・い・で・しょ!」
 フォリアの声がしたかと思うと、フラティの尖った耳が軽くままれた。
 鮮やかな赤い髪とバツグンのプロポーションが目を引く彼女は、RaiZ:BlaZレイズ:ブレイズフォリア。寮友だ。
「ごめん」
「もう。ちょっと目を離すとこれだもの。今のは黙っててあげるけど、『善夜祭』につまみ食いは止めなよ」
「だって“善夜祭はドロボウの始まり”でしょ」
 ちょっと、言い方!とフォリアは苦笑いしながらたしなめて、一緒にカートを押し始める。
 正しく言えば、“善夜祭はドロボウが始まり”だ。
 クリスマスとも呼ばれる『善夜祭』の始まりは昔、ユナイテッドサンクチュアリで年の末になると出没したという義賊が起源だ。お金持ちから奪い、恵まれない側に分け与える。それが転じて現在は世界中、そしてこのリリカルモナステリオでも催されるクリスマスイベントは、プレゼントを贈り合う日になっている。
「ホント、その食い意地だけは考えものよね」
 友達の指摘に、エルフのフラティはちょっと悪い笑みを浮かべる。
 周囲がうらやむくらいスレンダーなクール美人なのに、呆れるほどの食いしん坊なのだ。
 一方、つっこみ役に回ることの多い人間ヒューマンフォリアが彼女に甘いのは、フラティがとても苦労してこの学園に来た事を知っているから。寮部屋でも散々、被害にあっているつまみ食いを除けば、フラティは努力家で気遣いもできて(言葉は多くないけれど)なんでも話せる良い娘だから。
Illust:茶椿


「フォリアはプレゼント、もう決めたの?」
 とエルフのフラティ。基本、他人のことには干渉しない彼女が心開く相手は、やはりこの人間ヒューマンの寮友だ。
「あなた宛ては迷わないわよね。甘いものの詰め合わせアソートを箱いっぱいに……ダメだって!」
 赤髪のフォリアは、またケーキに手を伸ばしかけたエルフの娘の手を弾きながら答えた。油断も隙もない。ちなみにフォリアの付き合いは変わっていて、何故かいつもドラゴロイド竜人の友達に囲まれている。
「それで、RaiZ:BlaZレイズ:ブレイズメンバーにはメッセージカードと、デビューの年記念の銘入りアクセサリーなんてどうかなと」
「いいと思う。気が利いてる」
 フラティはクールに評した。迷いなく断定してくるので、説得力がある。
「そっちはどうなのよ、フラティ?SweetLinkerスウィートリンカーのみんなには何を?」
「秘密」
「私には?」
「まだ秘密。教えるとつまらないから」
「ファンに配るものは?」
「それもヒ・ミ・ツ」
 さっきのお返しだ。銀髪のフラティは舌を出して逃げ、待ちなさーい!とフォリアは赤い髪を振って寮友の後を追いかける。
 周囲の生徒たちもくすくす笑いながら、運搬中のケーキそっちのけでじゃれる2人を見守っている。
 SweetLinkerスウィートリンカーフラティ、RaiZ:BlaZレイズ:ブレイズフォリア。
 売り出し中アイドルグループのリーダーが同室の寮友で、しかも大の仲良しというのは学園芸能誌でも話題のトピックなのだ。
Illust:壱子みるく亭


「わ~!こんな可愛いのが貰えたら、絶対嬉しいよね~。」
 寮友に、サポートメンバーに、そしてファンに。
 何を贈ろうか。
 みんなの喜ぶ顔を想像するだけで紙袋の目も✦、呼びかけられた髪の毛の蛇ゴルゴンヘアーたちまでウキウキしている。
 紙袋系悪魔アイドル、シアナも今日はクリスマス仕様だ。
 赤と緑のツートンカラー、鹿を模した角とそれにひっかけた赤い帽子。手を当てた口のあたりには白いヒゲも付けている(かの伝説の義賊もこんな髭があったとかなかったとか)。
 ショーウィンドウに手をついて覗きこむシアナは、よいしょっと背中の袋を担ぎ直した。
「義賊さん並みに配るにはまだまだ買い足りないよね~。……はっ!?」
 紙袋に大きな汗マークが浮かんだ。視線を感じて、そぉっと顔を上げてみる。
 あんまり長い時間悩んだためか、店頭の飾り付けを直しに来た店員さんと、ガラス越しに鉢合わせてしまったのだ。
「あ……ええっと……あぁぁ、ごめんなさいぃ」
 ショーウィンドウの前であたふたしている様子は、大ホールを超満員にする売れっ子アイドルとは思えない。
 でも、このリリカルモナステリオで魔法の紙袋を被る少女を、シアナ以外の誰かと見間違うものはいない。そして紙袋の下に隠れているのは可憐な蛇髪美少女の素顔で、彼女はとても礼儀正しく控え目な娘だということも皆、知っている。
「……ん?『どうぞ入って、見て行って』?あら、お気づかい頂いちゃって」
 店員さんのジェスチャーを声に出して通訳したシアナは、少し迷って、そして決めた。
「それじゃ、喜んで~」
 夜にはフェネル、シャルモートと合流してのプレゼント交換も控えてる。でもそれまでならば、ちょっと寄り道もいいだろう。
 この街では学園と市民との交流が、奨励されている。
 リリカルモナステリオの理念は愛と平和、そして慈しみ。
 普段から、相手を笑顔にして楽しませることを第一に生きている。
 そしてそんなこの街のことが、この学園にいられることが、シアナは大好きなのだ。
Illust:凛愛


 リリカルモナステリオは今、宵の口。
 空は青紫バイオレットから漆黒の美しいグラデーション。
 広場に並んだ出店ヒュッテは華やかなデコレーション。
「雪の夜にはホットチョコレート♡」
 キラキラ輝く風景の中で、耳大きい系獣人ワービーストアイドル、フェネルがにっこりと笑う。
 ヒゲのマスコット(赤い服を着たそのモデルは例の義賊だ)がついた紙カップ。
 赤と白、そしてリリカルモナステリオの制服の緑。
 天蓋ドームから穏やかに降り注ぐ内側雪うちがわノゆきの下、温かい飲み物を持って振り向いた笑顔のフェネルは、元気いっぱいに“クリスマス”していた。
「はい、これ。シャルモートのだよっ」
 サキュバスアイドル、シャルモートは受け取って湯気の立つ飲み物を見つめた。
「……ありがとう」「どういたしまして!」
 フェネルの耳が楽しげに動く。
 一方のシャルモートが──普段はもっと明るく活発な娘なのだ──ずっと戸惑った様子なのには訳がある。
「あのさ」「はい、なぁに?」
「フェネルって今、ドキドキしてるかな」「してるしてる!もうワっクワクだよ、友だちとのプレゼント交換!」
 んーそうじゃなくて。シャルモートは思わず目を閉じて額を押さえる。
 2人の周囲には、学園の生徒と市民が集まり、人垣が出来つつある。
 シャルモートが漂わせるいい香りに皆、うっとりとした表情を浮かべながら。
「私、サキュバスよね」「そうだねっ」
「サキュバスって何ができる?」「うーん。サキュバスといえば……」
 今度は獣人ワービーストフェネルが首を傾げる番だった。
「空を飛べる?」「それは他の種族でもできるね」
「血を吸うんだったかなぁ」「惜しい。でもそれはヴァンパイア」
「じゃあ歌がうまい!LèVreレーヴルSœurSスールの曲大好きだよっ」「ありがと」
 いやいやそうじゃなくて。
 シャルモートは優雅に肘をついたスタンドテーブルごしに、じーっとフェネルを見つめた。
「何か感じない?」
 フェネルも至近距離に顔を近づけてシャルモートを見つめ返す。こちらの姿勢は目の前を警戒する獣っぽい。
 その目がふっと泳いだ。
 やった!やっぱり魅惑が通じた!
 シャルモートがいつもの元気を取り戻したと思った瞬間、フェネルはにっこり笑って言った。
「うん!とってもいい匂いだね、シャルモート。これって何のコロン?今度教えてよ」
 がっくり。シャルモートは頭を垂れた。
 フェネルは純粋すぎる。まさかサキュバスの魅惑が効かない娘がこの学園にいるなんて、妹たちに見られなくて良かった。
「どうかした?」
 なんでもない。シャルモートは陶然とする周囲に──ということはフェネル以外には魅惑の力は効いているわけだし、どうやら自信を取り戻せそうだ──いつもの笑顔を振りまいてから、そして少しためらいがちに背中に手を回した。
 サキュバスはとてもプライドが高い。四姉妹の長女ともなればまして。
 普通の女の子はあまり気にしないことでも、意外と気に掛かるものなのだ。
 例えばキラキラ生命力を輝かせる獣人ワービーストの娘にホットチョコレート奢られたり(奢る側ならいいけれど)、同じくとても良い娘なんだけれどなぜか魅惑の力が通じなかったり。なんだかペースが狂ってしまう。
 人を惑わし生気を吸うサキュバスと自然の大らかさで生きる獣人ワービーストはいわば陰と陽。相性は良くないのかもしれない。でもシャルモートにとってフェネルは大事なお友達なのだ。
「シアナはまだだけど。これ」
 シャルモートが取り出したのは手提げ袋。クリスマスのラッピングがしてある。
「先に渡しておくね。フェネルが好きなもの、聞いておいてよかったよ」
Illust:成海七海


 わぁ!フェネルは小躍りした。
「プレゼント?私に?ありがとう!!」
 フェネルの喜びようは、魅了されているはずの群衆が思わずつられて、笑顔で拍手するほどだった。
「やったやったぁ!あ、すぐに私もプレゼントあげるね!」
 手を握られ、ぶんぶん振られながら、シャルモートは答えた。
「うん。あのね、フェネル。もしよかったら……」
「え?なんでも言ってよ、シャルモート」
 フェネルがただの元気なだけの獣人ワービーストではない証拠に、友だちが言いたげな雰囲気を(おそらくよく動くその耳で)たちまち察して、シャルモートにそっと身を寄せた。
「相談したいんだ。その……ファンの皆への分、まだ用意していないの。私たちって他人ひとを魅了できるし、望めば欲しいものはもらえるけれど」
「贈って喜ばれるものを考えるのが、苦手なんだね」
 わかるよー。フェネルは俄然がぜんやる気になったようだった。
「シャルモート!フェネル!遅れてごめんー」
 声と共に、ますます膨らんだ大袋を担いでシアナが姿を見せた。2人もそれに手を振り返した。
「じゃあ、シアナも一緒に。ね、友だちみんなで考えよう!」
 うん。シャルモートはいつもの元気を取り戻しながら、強く頷いた。
「クリスマスの夜はまだ始まったばかりだもんね……あ!」
 フェネルは手を広げると、嬉しそうにくるりと回った。
「雪、止んだね」
「……お待たせ!それじゃあらためて、メリークリスマス!」
 駆け込んできたシアナが息を弾ませて、2人に呼びかける。
「メリークリスマス!」
 その声に3人を囲んでいた皆も声を揃えた。広場は華やぐ赤の装いの人で溢れている。
「メリークリスマス!!」
 そう、今日はクリスマス。
 皆が楽しく、幸せになれる日だもの。



※註.リリカルモナステリオでの挨拶「メリークリスマス」のメリーもまた、異世界から流入した祝福の言葉らしく、「陽気な」や「お祭りを祝う(祝祭的な)」、また語源として「短い」という意味の言葉でもあるらしい。楽しいことは短く終わってしまう様に感じられるという事なのかもしれない。※

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《今回の一口用語メモ》

善夜祭──リリカルモナステリオの『クリスマス』

 惑星クレイの世界中から生徒が集まるリリカルモナステリオの年中行事は、非常にバラエティーに富んでおり、この学園で企画されたものが惑星クレイ世界に伝わって、普及することも珍しくない。
 『チョコレート祭り』(2月中旬)もそうしたイベントの一つだ。

 善夜祭は、ユナイテッドサンクチュアリ(現ケテルサンクチュアリ)が発祥とされる。
 地上の都セイクリッド・アルビオンに出没していた義賊。
 年末の一晩だけ、白い大きな袋を背負った赤い服という姿で現れる彼は──本当は性別も分からないが──、恵まれない子供たちに贈り物を配って歩いたという。
 これが後に「良い子には、この日願っていたプレゼントがもらえる(実際には家庭の親が配ることがほとんど)」という伝承へと変わっていった。
 義賊は結局、正体不明のままだったが、それがかえって伝説的な宝の配り手として崇められることにつながり、12月下旬(24日、25日が主流)に行われるこのお祝いは、天輪聖紀ではケテルサンクチュアリを中心に《善夜祭》と呼ばれる。

 なお、前夜祭には《クリスマス》という呼び名もあり、今回本編で触れられているように、今後はこちらの呼び方のほうが主流になりそうだ。
 クリスマスの語源については、ストイケイアの学者たちも惑星クレイ世界の言葉に似たものが無く、全く別な言語に由来するものではないかという仮説をたてている。こうした異世界から言葉などの知識・情報が流入することには前例もあり、この説の根拠となっている。

 リリカルモナステリオでのクリスマスは、赤い服を着た配り手(これは売れっ子のアイドルが仰せつかる名誉な役である)がファンにプレゼントを配り、オーナメント(飾り付け)をした部屋で、親しい友達同士でご馳走を食べ、贈り物を交換、「メリークリスマス!(地球から伝わってきた呪文のようなもの)」と叫ぶことで祝う。
 なぜかこの晩、リリカルモナステリオではドームに“内側雪うちがわノゆき”が降ることでも有名。また、空飛ぶクジラの周囲の環境次第で、時折雪が降りすぎてしまうこともあるらしい。これは、ドーム管理側の配慮として(イベントを盛り上げるべく)降らせているのかもしれない。



「リリカルモナステリオの年中行事」と、
パルヴィ、エドウィージュ、ベレトアが立ち上げた『チョコレート祭り』については
 →ユニットストーリー044「澄み渡る雪夜 ベレトア」
 を参照のこと。
 なお、本編にも登場したリリカルモナステリオの(超)巨大カフェテリアもこの話に登場している。

紙袋系悪魔アイドルシアナについては、その素顔の公開までも含めて
 →ユニットストーリー121「縛眼の麗蛇姫ゴルゴーン・アイズ シアナ」
 を参照のこと。

耳大きい系獣人ワービーストアイドルフェネルについては
 →ユニットストーリー120「Tr!ple×Tr!ckトリプル×トリック フェネル」
 を参照のこと。

シャルモートとサキュバスアイドル四姉妹については
 →ユニットストーリー119 「LèVreレーヴルSœurSスール シャルモート」
 を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡