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ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
221「台形基盤の女魔術師」
ケテルサンクチュアリ
種族 ヒューマン
カード情報


Illust:ダイエクスト


 冬の空は快晴。9つの浮島を過ぎる午後の風は穏やかだ。
 日頃鍛えた技と力、そして覚悟の程を披露し、この街に捧げるには絶好の日和である。
「決行いたします」
 六角宝珠ヘキサオーブ藍玉あいぎょく”のひと言で、本日の儀式は開催と決まった。
 ここは中央島ギアセントラルの頂にあるテラス。
 多くの式典で使われるここは普段、市民が集う憩いの場所でもある。
 住み慣れた宝珠洞を離れ、駆けつけた一角飽和ヘナゴンサテュレイトから五角幾何ペンタキュレーションまでの女魔術師ソーサレスたちも一様に頷いた。元より、偉大なるメイガスの伝統を継ぐ希代の占術師にして、卓越した指導者として女魔術師たちから絶大な尊崇と人望を集める、この六角宝珠のうつし身の言葉に異を唱える者などいるわけもなかった。
「後見としてエンジェルフェザーより私、ピュリティスケーラー。騎士団より、すぱがおんが立ち会わせていただきます」
 口上と共に女魔術師ソーサレスたちに頭を垂れたのは、スケール除削鉤杖を携えたエンジェルフェザーの天使と、剣を口にくわえ甲冑に身を包んだ犬型ハイビーストの騎士である。
 六角宝珠もまた会釈を返し、丁寧に答えた。
「今回は全会一致であの2人を選びました。彼女たちが導線となり、我々も全力を注ぎます。では、始めましょう」
 その声は穏やかな調子だったが、今日の奏者・・にとって、それはまさに号令だった。
 ──!
 2人の若い女性が張りつめた弦から放たれた矢のように、天上港から飛び出した。
 ケテルサンクチュアリの蒼穹にオレンジとピンク、2つの軌跡が描かれ始める。
 こうして女魔術師ソーサレスの儀式が始まった。


Illust:I☆LA



Illust:トビ丸小夏



 ケテルサンクチュアリ。
 いにしえにはユナイテッドサンクチュアリと呼ばれたこの国が、その始まりからいしずえとしてきた力がある。
 剣、そして魔法と科学。
 剣とは言うまでもなく、初代王アルフレッドから現代まで続く「騎士国」としての武力。世界の危機に際しては常に正義の刃である。
 そして残る魔法と科学は、この神聖国家において、本来別々の力(魔法力/科学力)であるにも関わらず親和性のある力として扱われる。
 ケテルサンクチュアリの首都ケテルギア。
 天空に浮かぶケテル、9つの浮島ギアからなるこの都は、他国から見ればまさに「驚異」と言うしかない偉観だ。
 この見事な眺めが生まれたのは無神紀のこと。
 元々、はるか古代にオラクルシンクタンクによって「意志ある予言書」として造られ、運命力が枯渇した無神紀にはその機能を停止していたケテルエンジンを、後代のメイガス占術士が復旧させ、9つの浮島が冠を描く聖都ケテルサンクチュアリの原動力として中央島セントラルに据えたのである。


Illust:まるえ


 耳元の風の冷たさを、トラペジウムベースはもう感じていなかった。
 女魔術師ソーサレスとして最も栄えある任務の一つに就いていることで今、この上なく高揚しているからだ。
「土台を固め、天を目指す。その一歩目の魔法」
 そう呟く彼女は、台形基盤の女魔術師トラペジウムベース・ソーサレス
 携えるは台形トラペジウムの杖、背後に曳くは鮮やかなピンクのオーラ。
冠輪ケテルループ!始めるよ、楕円エリプス!」
 トラペジウムは後方に叫んだ。浮島8ギアエイトはもう目前だ。


Illust:佐嶋ミナト


 エリプスワンドは魔杖をあげて応えた。
「いつでもいいよ、台形トラペジウム!」
 長機リードの斜め後ろを飛ぶ僚機ウィングマン、オレンジのオーラを曳く彼女は楕円魔杖の女魔術師エリプスワンド・ソーサレス
((行くよ!!))
 合図すら掛け合うこともなく、まったく同時にピンクとオレンジの軌跡が旋回に入った。
 堅実なトラペジウムと陽気なエリプス。
 普段から姉妹のように仲が良い2人だ。試験飛行の段階からすでに息はぴったりだった。
 まもなく浮島8ギアエイトを一つ目のループが包んだ。


Illust:百瀬寿


「いかがでしょう。六角宝珠様」
 彼女たちの指導者に、影のように寄り添う八角報謝の女魔術師オクタデヴォート・ソーサレスが、そっと声をかけた。数だけならば六角よりも多い名前をもつ彼女だが、いつも控え目で誰よりも頼れる助言者である。
「良き2人です。街と人と運命力が、響き合っている」
 六角宝珠ヘキサオーブ藍玉あいぎょく”は半眼にしていた目を開くと、満足げに微笑んだ。
 まるで8つの花弁を縁取るように、2人の飛行する女魔術師ソーサレスの軌跡が各浮島ギアの周りに円を描き、それ自体が重なるトーラス形状、冠輪ケテルループを描いていく。
「来た甲斐がありました。皆にも会えましたし」
「2人も光栄でありましょう。そして我々も」
 指導者の言葉に恭しく頭を垂れたのは、金剛鏡の女魔術師ダイヤグラス・ソーサレス
「後ほど皆にもお言葉をいただけますと幸い」


Illust:ヨシヤ


 六角宝珠が振り向くと、背後の床に悠々と座り込んでいるクラカミーニャ──尊大なるお目付役ハイビースト、この誇り高き使い魔は“藍玉”のケテルギア訪問以来、側を離れようとしないのだ──、さらにその後ろに並ぶ女魔術師ソーサレスたちも皆、彼女の目線と言葉がかかるのを、目を輝かせながら待っていた。
「ええ、後ほど。務めが終わりましたら」「もちろんです。我が“藍玉”」
 ダイヤグラスは他ならぬ六角宝珠の命を受け、宝珠洞からケテルギアに派遣された女魔術師ソーサレス五角閃光ペンタグリームの友である。六角の現し身である“藍玉”もまた忠誠を尽くすべき対象であった。
 六角宝珠はまた微笑むと、視線を正面に戻し、そして立ちあがった。
 一同もあらためて緊張感を高め、姿勢を正す。女魔術師ソーサレスたちは祈り、エンジェルフェザー ピュリティスケーラーも騎士団すぱがおんも拝跪していた。

 ピンクとオレンジの冠輪ケテルループはまもなく完成する。
 儀式はクライマックスを迎えようとしていた。

女魔術師ソーサレスは、メイガスに連なる者としてケテルサンクチュアリの未来を占う者」
 六角宝珠ヘキサオーブ藍玉あいぎょく”の声音はまた穏やかだったが、天に語りかけるようなその豊かな抑揚はどこか宇宙的な響きをも帯びていた。
「新たなる脅威が迫る今、誰よりも先んじて憂い、備えるは我ら女魔術師ソーサレスの務め。ケテルサンクチュアリのために、クレイのために」
 “藍玉”の眼には完成した運命力のトーラス、冠輪ケテルループ、そしてそれを導線リードとして注ぎ込まれる彼女たちの祈りと魔力の流れが見えていた。
「輝け、運命力の冠輪ケテルループ!ケテルエンジンを賦活せよ!」
 “藍玉”の身体が輝いた。
 天空の浮島ケテルギアを宙に浮かべ、都市として維持する“核”であるケテルエンジン賦活の儀式が、天輪聖紀の女魔術師ソーサレスが担う重要任務であることは、あまり知られていない。
 天上の民が当たり前のように享受する生活の裏には、都市のメンテナンスを担い続ける者の努力があるのだ。
 だが女魔術師ソーサレスたちがそれを誇ることはない。
 なぜなら、発明者でありはるか古代の先祖であるメイガスたちの意志をその正統なる末裔が継ぐこと。それは彼女たちにとっては至極当然の仕事をしているだけなのだから。
台形基盤の女魔術師トラペジウムベース・ソーサレス楕円魔杖の女魔術師エリプスワンド・ソーサレス。汝らの導きをもって、この年の終わりに捧げる儀式を完了します」
 疲弊しきった2人が最後の力を振り絞り、なかば墜落する形でテラスに辿り着く。
 仲間たちの温かい慰労の手が、今日の英雄たちを迎え、速やかに憩わせた。
「天よ。我らが祈り、納めたまえ」
 9つの浮島に溢れる光の中、六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレス藍玉あいぎょく”の全身が輝き、そしてケテルエンジン賦活の儀は終了した。


Illust:百瀬寿


 だが、安堵の吐息を漏らす一同には、“藍玉”が誰にも聞こえぬ祈りを唱えていたことを知る由もなかった。
 すなわち、
太陽ニルヴァーナよ、そして2つの月……ブラント月と、本来白くあるべき月よ。どうか」と。



※惑星の転向力の名称については地球で使われている「コリオリの力」を用いた。※

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《今回の一口用語メモ》

ケテルギアの飛行機能維持と女魔術師ソーサレス──天輪聖紀のメイガスが背負う重要任務

 すでに本編や他の解説でも触れていることだが、かつて神聖王国ユナイテッドサンクチュアリにおいて
 メイガスとは神聖魔術や占術に通じる者を指す言葉であり、天輪聖紀では女魔術師ソーサレスと呼ばれている。
 また、古来より続く生業なりわいに加えて、天輪聖紀の女魔術師ソーサレスにはケテルエンジンの機能修復と、ケテルエンジンを動力源とする浮遊都市群ケテルギアの飛行機能維持という任務が課せられている。
 もちろんその大部分は(ケテルサンクチュアリならではの)神聖科学と魔術から編み出された、集団作業によるものだ。
 ただ、ケテルエンジンとは、見かけは巨大で無機質な構造物のようであっても、その正体はオラクルシンクタンクによって造られ、聖竜紀に完成した「意志ある予言書」である。つまり機械のようなメンテナンスを繰り返すばかりでは、存在を維持するための大事な要素が不足してくる。
 祈りと調和。正しい“律”の下に保たれた平衡バランス
 そして今回触れられている女魔術師ソーサレスの努力もまた、そうした浮遊都市群ケテルギアを維持するための欠かせない1ピースだ。

 また、本編にもある通り、このケテルギアに力を与える儀式(の一部)には、オラクルシンクタンクと女魔術師ソーサレスだけではなく、エンジェルフェザーやケテルサンクチュアリ騎士団も協力している。
 ケテルエンジンの力源は(無神紀に機能が一時停止したことからも明らかなように)運命力である。
 運命力とはクレイという惑星自体に宿る力、そしてこの星に住む生物を活かす、莫大なエネルギーの流れだ。
 冠輪ケテルループは一見、女魔術師ソーサレスたちが周回飛行とその舞う姿と軌跡の正確さを競う「技能検定」か「運動会」のようなていを取りながらも、天空の浮島ケテルギアに停滞する運命力を攪拌し、流れを整え、飛行する2者の共振によって活性化させる意味を持つ重要な儀式なのだ。


天輪聖紀のオラクルシンクタンクとケテルエンジンについては
 →ユニットストーリー148「紡縁の魔法 ペララム」本編と《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレスと宝珠洞については
 →ユニットストーリー012「六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレス
 を参照のこと。

六角宝珠の女魔術師の「外で活動するもう一つの姿」については
 →ユニットストーリー097「六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレス藍玉あいぎょく”」
 を参照のこと。

ケテルサンクチュアリと魔術数“2”についても
 →ユニットストーリー097「六角宝珠の女魔術師ヘキサオーブ・ソーサレス藍玉あいぎょく”」
 を参照のこと。

ケテルサンクチュアリ騎士団については
 →ユニットストーリー070「ユースベルク“反抗黎騎・翠嵐”」本編と《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

エンジェルフェザーについては
 →ユニットストーリー057「救命天使 ディグリエル」および《今回の一口用語メモ》を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡