ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
12月。超科学国家ブラントゲートであっても年の瀬は忙しないものだ。
街を行き交う人や地上車、空飛ぶ車の流れも、心なしか普段より賑やかに感じられる。
ドーム越しに見上げる都市の上空は青く、南極大陸の“夏”に当たる今、雲はいつもより多めに湧き立っていた。
「ネーバネバァ~ッ!」
そんな、のどかな午後の風景を粘っこい叫びが塗りつぶした。
子供のように楽しげに叫んでいるのは、粘液怪獣ネバジュワー。
だけどその可愛い外見にはご用心。一度懐かれたら大変だ。
好奇心の強いネバジュワーの興味を引くということは、まき散らされるあの酸性の体液を滝のように浴びることを意味するからだ(それでもなおネバジュワーと遊びたい人にはタイプ3以上の液体防護用密閉服をお勧めする)。

Illust:ヨシヤ
「ネバ?」
舗装道路をのしのし歩いていたネバジュワーがぴたりと足を止めた。
周囲には人影も無く(警報と誘導によって退避したのだ)、紫色のネバネバにジュワジュワと溶かされ変形した自動車や標識だけが転がっている。
3つの複眼が周囲を鋭く警戒する。
惚けた仕草から戦闘モードへ切り替わる速さ。これだけで、そのぬいぐるみのような姿に似合わず、ネバジュワーもまた“災害”と称されるエイリアン、一人前の怪獣だということがわかる。
『気がついた?キミ、なかなかやるね』
怪獣がキョロキョロとあたりを見回しているのは、その声が周囲に反響して、音の出所がわからなくなったからだ。
「どこ見ているの。ボクはここだよ」
「ネバッ!」
ハッと見上げたビルの屋上に、少年が立っていた。
それは、ひと目で人間ではないと分かる姿だった。
子供くらいの小柄な身体に、蛾を思わせる触角と羽根、そして赤黒い輪。
リンクジョーカーのサイバーフェアリーである。

Illust:月見里大樹
「ネバネバッ?!」「ボクは異種原子の抱き手」
粘液怪獣の咆哮を誰何と理解したサイバーフェアリーは、無表情のまま答えると続けて言った。
「でも名乗るのはムダだったかも。だって……」「?!」
ネバジュワーはハッと丸っこい両腕で口を押さえた。この匂いは……。
「キミはもうすぐ倒れるから」
もし目撃者がいて、リンクジョーカー並みのセンサーを持っていたならば、それが見えたかもしれない。
怪しく輝く赤い鱗粉のような微粒子が、まるで意志を持つ靄のようにネバジュワーに迫り、取り囲み、渦巻き、まとわりついた。
「ネ、ネバネバ~……」
顔を押さえた粘液怪獣ネバジュワーは膝を落とし、空しくもがき、悲しげな声をあげながら、地響きをたてて路面に倒れこんだ。
未知の物質を含む鱗粉は、予測不能の害を及ぼす。今回は昏睡と無力化をもたらしたのだろう。
異種原子の抱き手は、通常の武器や電撃、麻酔などの化学成分が効かない怪獣の動きを止めることができる。
「おやすみ。これでもまだ、他の者よりは楽な倒され方だと思うよ」
表情を変えず静かに言い放った異種原子の抱き手の声音には、聴く者を慄然とさせる凄みと、一種の悲哀のようなものが漂っていた。
それは、街を破壊することが存在理由である怪獣へ向けられたものか、あるいは自分自身に対する感情だったのかもしれない。
サイバーフェアリー異種原子の抱き手もまた、ブラント月(遊星ブラント)で生まれ、地上の都市に生きる身なのだから。

Illust:ハタパグ
──同じ街、少し離れた区画で。
「モ~ルダー!」
腐敗怪獣バッドモールダーが街にもたらす被害は、ネバジュワーよりも深刻なものだった。
なにしろこの怪獣は、その身体が異様な臭気を放つ腐食性のスライム状物質からできており、出現した瞬間から周囲の建物、道路、大地、空気(一説には人の心)までを腐らせるので、街は為す術もなく、この怪獣に呑み込まれていく。……はずだった。
ブスッ!
バッドモールダーの脳天に突き立った矢は、巨大な体躯からすると、獣が虫に刺される程度だろう。だが、
「モ~ルダーァァァ!」
腐敗怪獣はスライムの両腕で頭を抱えた。効いたのである。
続いてその両手、背中にも矢が刺さり、苦悶の声は大きくなった。

Illust:浅利早香
「大宇宙の力をこの一矢に!……な~んてね♪」
昼間でも近隣の惑星が見える空を背景に、垂直降下してきたのはココオリカ・エミッター。
ボウガンのように武器を構えたサイバロイド。
その矢が怪獣に対して異様なまでの効果を示す理由は、弓とつがえた矢に赤黒い光が“帯電”していることでも明らかだ。リンクジョーカーの力が込められているのである。さらに、
「油断するな、ココオリカ!」
男性の叫びと共に、赤いビームが次々と腐敗怪獣に撃ち込まれた。
「モ~ルダーァァァ!」

Illust:成世セイチ
「危険は事前に取り除く。ここで消えろ!」
グルーオン・コライダー。
サイバロイドの銃手は、腐食し崩れ落ちる建材の間をかいくぐって飛び、射撃を続ける。
彼が言う“事前に”というのは伊達ではない。腐敗怪獣バッドモールダーの出現は(その強すぎる腐食力と大きすぎる図体ゆえに)市当局、そして超感覚を持つリンクジョーカーにとっては、容易に予期できるものだった。
この地区の避難はすでに完了している。
このまま無力化できれば、今回の怪獣災害の被害を事前かつ最小限で済ませられるかもしれない。
「ここはあたしたちが守るから」「あとは頼んだぜ、“滅びの刃”!」
ボウガンの弓手ココオリカ・エミッターと、ビームの銃手グルーオン・コライダーの呟きには、切実な願いと、激しい闘志が燃えていた。
2人もまた、地上暮らしのサイバロイド。
惑星クレイの住人たちと触れあう内に、協調性と土地への愛着と、感情の揺れを身につけた天輪聖紀のリンクジョーカーなのだ。

Illust:Moopic
──都市の外、外壁の間際で。
あまりにも強い磁力が、都市ドームの構造自体を揺らしていた。
その源になっているのは……
磁力怪獣マグニデス!
ブラントゲート政府が発行する『怪獣白書』には“周囲の金属を凝集し、その一打は限りなく重く”と記述がある。
同解説によれば、背中の生体反応炉が生み出すエネルギーによって、身体の各所に強力な磁場を作り、それを放出することもできるという。そしてそのパワーは、大型の量子加速器を超えるとも言われているのだ。
実際にマグニデスの磁力は、あらゆるものから都市を守るはずの透明なドームすら脅かしていた。そしてその内部をも。
車や建材、街にある金属製品がマグニデスに引き寄せられ、ドームの内側に貼り付いていた。
バッドモールダーと同じく、怪獣警報によって避難は辛うじて間に合い、ドーム外の防衛線を保つことはできている。
だが一方で、本来は怪獣退治のために真っ先に駆けつけるブラントゲート軍も銀河英勇も、まだこの現場には到着していない。超銀河警備保障の極光戦姫たちも、今は避難誘導に集中している。
もしドーム外壁を突破されたら。そこに残るのは、ありとあらゆる金属が引き寄せられ、全ての機能を停止した都市の残骸だけだ。そしてこの廃墟に残された人々も磁力がもたらす電位変化や放射線による健康被害から逃れることができない。
この危機に際し、磁力怪獣災害の前に立ちはだかるのは誰か……。
「インフラトン・ディフレクター、参る」
剣士は名乗ると、赤黒いオーラを帯びた大刀を正眼に構えた。
“その巨体は崩壊を拒み、振るう刃で滅びを与える”
サイバーゴーレム、インフラトン・ディフレクターはリンクジョーカーが誇る宇宙の剣士として、こんな言葉を冠せられ恐れられている。
それが今、地上のブラントゲート都市と市民を守るため、ドーム外壁を背負いながら、怪獣と相対している。
歴史を知る者ほど、この構図と対峙に皮肉を感じざるを得ないだろう。
だが、天輪聖紀のリンクジョーカーの在り方は、確実に変化している。
多忙な異界との戦いの合間をぬって、地上に出現する(こともある)柩機の王オルフィストのSD形態。
そのオルフィストの後見を得て、リリカルモナステリオ学園からデビューを果たし、零の運命者ブラグドマイヤーの友となった柩機アイドル PolyPhonicOverDriveアルティサリア。
そして今日、都市の危機に立ちあがって戦う、サイバーフェアリー、サイバロイド、サイバーゴーレムたち。
彼らは頼まれたわけでもないのに、他の誰でもなく自分と街のために命を賭けて戦っている。

Illust:Mがんぢー
グォォ──!
磁力怪獣マグニデスは、同時に都市を襲った他の2体の怪獣(ただしマグニデスは強すぎる磁力がドームに阻まれたため、いきなり内部には出現できなかったのだが)とはケタ違いの、真に恐るべき“災害”として、インフラトン・ディフレクターに向かって咆えた。
「ここは一歩も退かぬぞ!」
リンクジョーカーの剣士も揺るがない。
しかしその腕の大刀もまた、強すぎる磁力に自由を奪われている。
サイバーゴーレムの剛力を以てしても、刀身の異常振動が止まらないのだ。だが、
(斃せる者が来るまで持てば良い。我、斃れるとも)
剣士の思考は元より捨て身である。死を賭してこそ活路あり。
マグニデスが身構え、背中の生体反応炉が輝く。
フルパワーで突進してくる前兆だった。
グォォォォォォ──!
咆哮とともに、怪獣が迫った。
「ウォォォォォォ──!」
剣士も咆えた。そして刀が引き寄せられる猛烈な力に逆らわず、そのまま前に飛んだ。
まさに衝突する刹那。
角度を変えたインフラトン・ディフレクターの大刀が、怪獣の胴を横一線に薙いだ。
剣筋はそのままに、磁力で増した速度と力をこの一撃に込めて。
双方すれ違い、凝固した姿勢のまま、長い沈黙が続いた。
やがて磁力怪獣マグニデスの生体反応炉が輝きを失い、全身を包んでいた磁力の渦が消えると、ゆっくりと時間をかけて地面へと倒れていった。
「峰打ちだ。安らかに眠れ」
そう言うと、剣士は血振りをしてから歩き出した。
街の同胞である他のサイバーフェアリーやサイバロイドたちと合流するために。
後のことは誰かがやってくれるはずだ。国か、軍か、他の組織か。
すでに問題は片付いた。
今日は急遽、守り手のいない街のために働いたが、余計なことまで関わるつもりはない。
インフラトン・ディフレクターは振り向かずに去った。
なぜなら、彼もまた異邦人。リンクジョーカーだからだ。
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《今回の一口用語メモ》
『怪獣災害』と怪獣ハンター──リンクジョーカーの新たな可能性
超科学国家ブラントゲートは、この国がスターゲートと呼ばれていた頃から、惑星クレイの南極を中心とした極寒の地を国土としてきた。
ブラントゲートの都市といえば透明な半球状のドームが思い浮かぶのは、こうした外部の脅威から市民を守るために必然の設備だからだ。
ブラントゲートを脅かしてきたもの、それは生物が住むには厳しい環境と災害である。
ここでいう災害には(前述の極寒と氷雪による)自然由来のものと、エイリアンによるものがある。
天輪聖紀となってブラントゲート最大の脅威となったのが、極点近くの地下深くで目覚め、ネルトリンガーを頂点とする帝国を再始動させたグラビディアンである。
そしてもう一つ。
古よりこの国を襲い続けているのがエイリアン。宇宙や異世界からの来訪者だ。
海や雪原などに点在する“ゲート”から突如出現し、ドーム都市を攻撃する怪獣たちによる被害は『怪獣災害』と呼ばれ、今も昔も悩みの種なのだ。
ただしこうしたエイリアンでも、ブラントゲート国で(他者を脅かすことなく)生活し、惑星クレイ世界の住民となる者もいる。
怪獣も然り、またかつて惑星クレイへ侵略者として大挙して押し寄せたリンクジョーカーもこれに当たる。
リンクジョーカーの多くは宇宙空間やブラント月(かつての遊星ブラント)に居住しているが、ブラントゲートの都市ドームに住み着いているものもいる。
怪獣ハンター。
これは正式な職業名ではないが、今回のエピソードを見ると、天輪聖紀においてリンクジョーカーが生計を立てる手段、その新たな可能性としては有望かもしれない。なにしろ元々、他星(遊星ブラント)由来の生物であるリンクジョーカーは大気圏/宇宙、温度、気候、重力の有無に関係なく、疲労や恐れなどの感情を切り離して、仕事に集中できるからだ。
今回のように(かつては侵略者だった)リンクジョーカーたちが、宇宙から地上まで追跡し、ドーム都市にまで侵入する怪獣を撃退するというのは一種、皮肉な状況にも見える。
だが、同じリンクジョーカーの柩機は、オルフィストに率いられ、惑星クレイ世界を多宇宙からの侵略から守る最前線として、異界で行われる果てしない戦いに身を投じているし、最近話題をさらったPolyPhonicOverDriveアルティサリアに至っては、愛と平和の学園都市リリカルモナステリオから柩機アイドルとしてデビューし、人気を集めている。
かつての敵は今や友。
エイリアンであっても(話しが通じる相手であれば)、いつの間にか自分たちの枠組みに馴染ませ、国家の一員として同化させてしまう。これこそが他の宇宙との玄関口、種族のるつぼとも呼ばれてきたブラントゲートの懐の深さだと言えるだろう。
ブラントゲートと『怪獣災害』については
→ユニットストーリー011「発破怪獣 ボバルマイン」
→ユニットストーリー144 クレイ群雄譚 アナザーストーリー 「怪獣は楽園を破壊する アルキテ」
を参照のこと。
一方で、ブラントゲートの住民として同化し生活している個体については
→ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
天輪聖紀のブラントゲートを脅かすエイリアンの筆頭として、グラビディアンがある。
グラビディアンについては
→ユニットストーリー024「グラビディア・ネルトリンガー」および同話《今回の一口用語メモ》
ユニットストーリー030「フォーリング・ヘルハザード」
ユニットストーリー108「ゴアグラビディア ネルトリンガー・マスクス」
を参照のこと。
ブラントゲートの防衛・治安維持組織とその守備範囲については
→ユニットストーリー195「銀河英勇 ステイトリィ・クロツァード」および《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。
天輪聖紀のリンクジョーカーと柩機、“夜”の戦いについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」006 柩機(カーディナル)、参照のこと。
柩機と柩、異界の敵との戦いについては
→ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」
ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」を参照のこと。
柩機ではないリンクジョーカーについては
→ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」
ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
柩機アイドル PolyPhonicOverDriveアルティサリアについては
→ユニットストーリー179「PolyPhonicOverDrive アルティサリア」
ユニットストーリー184「樹角獣皇 マグノリア・パトリアーク」
ユニットストーリー187「零から歩む者 ブラグドマイヤー・ネクサス」
ユニットストーリー203「聖なる時の運命者 リィエル゠ドラコニス」
を参照のこと。
オルフィストSDについては
→ユニットストーリー063「柩機の主神 オルフィスト・レギス」
ユニットストーリー086「龍樹の落胤 ビスト・アルヴァス」
ユニットストーリー087「戯弄の降霊術師 ゾルガ・マスクス」
ユニットストーリー106「柩機の徒 オプアート」
に登場している。
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街を行き交う人や地上車、空飛ぶ車の流れも、心なしか普段より賑やかに感じられる。
ドーム越しに見上げる都市の上空は青く、南極大陸の“夏”に当たる今、雲はいつもより多めに湧き立っていた。
「ネーバネバァ~ッ!」
そんな、のどかな午後の風景を粘っこい叫びが塗りつぶした。
子供のように楽しげに叫んでいるのは、粘液怪獣ネバジュワー。
だけどその可愛い外見にはご用心。一度懐かれたら大変だ。
好奇心の強いネバジュワーの興味を引くということは、まき散らされるあの酸性の体液を滝のように浴びることを意味するからだ(それでもなおネバジュワーと遊びたい人にはタイプ3以上の液体防護用密閉服をお勧めする)。

Illust:ヨシヤ
「ネバ?」
舗装道路をのしのし歩いていたネバジュワーがぴたりと足を止めた。
周囲には人影も無く(警報と誘導によって退避したのだ)、紫色のネバネバにジュワジュワと溶かされ変形した自動車や標識だけが転がっている。
3つの複眼が周囲を鋭く警戒する。
惚けた仕草から戦闘モードへ切り替わる速さ。これだけで、そのぬいぐるみのような姿に似合わず、ネバジュワーもまた“災害”と称されるエイリアン、一人前の怪獣だということがわかる。
『気がついた?キミ、なかなかやるね』
怪獣がキョロキョロとあたりを見回しているのは、その声が周囲に反響して、音の出所がわからなくなったからだ。
「どこ見ているの。ボクはここだよ」
「ネバッ!」
ハッと見上げたビルの屋上に、少年が立っていた。
それは、ひと目で人間ではないと分かる姿だった。
子供くらいの小柄な身体に、蛾を思わせる触角と羽根、そして赤黒い輪。
リンクジョーカーのサイバーフェアリーである。

Illust:月見里大樹
「ネバネバッ?!」「ボクは異種原子の抱き手」
粘液怪獣の咆哮を誰何と理解したサイバーフェアリーは、無表情のまま答えると続けて言った。
「でも名乗るのはムダだったかも。だって……」「?!」
ネバジュワーはハッと丸っこい両腕で口を押さえた。この匂いは……。
「キミはもうすぐ倒れるから」
もし目撃者がいて、リンクジョーカー並みのセンサーを持っていたならば、それが見えたかもしれない。
怪しく輝く赤い鱗粉のような微粒子が、まるで意志を持つ靄のようにネバジュワーに迫り、取り囲み、渦巻き、まとわりついた。
「ネ、ネバネバ~……」
顔を押さえた粘液怪獣ネバジュワーは膝を落とし、空しくもがき、悲しげな声をあげながら、地響きをたてて路面に倒れこんだ。
未知の物質を含む鱗粉は、予測不能の害を及ぼす。今回は昏睡と無力化をもたらしたのだろう。
異種原子の抱き手は、通常の武器や電撃、麻酔などの化学成分が効かない怪獣の動きを止めることができる。
「おやすみ。これでもまだ、他の者よりは楽な倒され方だと思うよ」
表情を変えず静かに言い放った異種原子の抱き手の声音には、聴く者を慄然とさせる凄みと、一種の悲哀のようなものが漂っていた。
それは、街を破壊することが存在理由である怪獣へ向けられたものか、あるいは自分自身に対する感情だったのかもしれない。
サイバーフェアリー異種原子の抱き手もまた、ブラント月(遊星ブラント)で生まれ、地上の都市に生きる身なのだから。

Illust:ハタパグ
──同じ街、少し離れた区画で。
「モ~ルダー!」
腐敗怪獣バッドモールダーが街にもたらす被害は、ネバジュワーよりも深刻なものだった。
なにしろこの怪獣は、その身体が異様な臭気を放つ腐食性のスライム状物質からできており、出現した瞬間から周囲の建物、道路、大地、空気(一説には人の心)までを腐らせるので、街は為す術もなく、この怪獣に呑み込まれていく。……はずだった。
ブスッ!
バッドモールダーの脳天に突き立った矢は、巨大な体躯からすると、獣が虫に刺される程度だろう。だが、
「モ~ルダーァァァ!」
腐敗怪獣はスライムの両腕で頭を抱えた。効いたのである。
続いてその両手、背中にも矢が刺さり、苦悶の声は大きくなった。

Illust:浅利早香
「大宇宙の力をこの一矢に!……な~んてね♪」
昼間でも近隣の惑星が見える空を背景に、垂直降下してきたのはココオリカ・エミッター。
ボウガンのように武器を構えたサイバロイド。
その矢が怪獣に対して異様なまでの効果を示す理由は、弓とつがえた矢に赤黒い光が“帯電”していることでも明らかだ。リンクジョーカーの力が込められているのである。さらに、
「油断するな、ココオリカ!」
男性の叫びと共に、赤いビームが次々と腐敗怪獣に撃ち込まれた。
「モ~ルダーァァァ!」

Illust:成世セイチ
「危険は事前に取り除く。ここで消えろ!」
グルーオン・コライダー。
サイバロイドの銃手は、腐食し崩れ落ちる建材の間をかいくぐって飛び、射撃を続ける。
彼が言う“事前に”というのは伊達ではない。腐敗怪獣バッドモールダーの出現は(その強すぎる腐食力と大きすぎる図体ゆえに)市当局、そして超感覚を持つリンクジョーカーにとっては、容易に予期できるものだった。
この地区の避難はすでに完了している。
このまま無力化できれば、今回の怪獣災害の被害を事前かつ最小限で済ませられるかもしれない。
「ここはあたしたちが守るから」「あとは頼んだぜ、“滅びの刃”!」
ボウガンの弓手ココオリカ・エミッターと、ビームの銃手グルーオン・コライダーの呟きには、切実な願いと、激しい闘志が燃えていた。
2人もまた、地上暮らしのサイバロイド。
惑星クレイの住人たちと触れあう内に、協調性と土地への愛着と、感情の揺れを身につけた天輪聖紀のリンクジョーカーなのだ。

Illust:Moopic
──都市の外、外壁の間際で。
あまりにも強い磁力が、都市ドームの構造自体を揺らしていた。
その源になっているのは……
磁力怪獣マグニデス!
ブラントゲート政府が発行する『怪獣白書』には“周囲の金属を凝集し、その一打は限りなく重く”と記述がある。
同解説によれば、背中の生体反応炉が生み出すエネルギーによって、身体の各所に強力な磁場を作り、それを放出することもできるという。そしてそのパワーは、大型の量子加速器を超えるとも言われているのだ。
実際にマグニデスの磁力は、あらゆるものから都市を守るはずの透明なドームすら脅かしていた。そしてその内部をも。
車や建材、街にある金属製品がマグニデスに引き寄せられ、ドームの内側に貼り付いていた。
バッドモールダーと同じく、怪獣警報によって避難は辛うじて間に合い、ドーム外の防衛線を保つことはできている。
だが一方で、本来は怪獣退治のために真っ先に駆けつけるブラントゲート軍も銀河英勇も、まだこの現場には到着していない。超銀河警備保障の極光戦姫たちも、今は避難誘導に集中している。
もしドーム外壁を突破されたら。そこに残るのは、ありとあらゆる金属が引き寄せられ、全ての機能を停止した都市の残骸だけだ。そしてこの廃墟に残された人々も磁力がもたらす電位変化や放射線による健康被害から逃れることができない。
この危機に際し、磁力怪獣災害の前に立ちはだかるのは誰か……。
「インフラトン・ディフレクター、参る」
剣士は名乗ると、赤黒いオーラを帯びた大刀を正眼に構えた。
“その巨体は崩壊を拒み、振るう刃で滅びを与える”
サイバーゴーレム、インフラトン・ディフレクターはリンクジョーカーが誇る宇宙の剣士として、こんな言葉を冠せられ恐れられている。
それが今、地上のブラントゲート都市と市民を守るため、ドーム外壁を背負いながら、怪獣と相対している。
歴史を知る者ほど、この構図と対峙に皮肉を感じざるを得ないだろう。
だが、天輪聖紀のリンクジョーカーの在り方は、確実に変化している。
多忙な異界との戦いの合間をぬって、地上に出現する(こともある)柩機の王オルフィストのSD形態。
そのオルフィストの後見を得て、リリカルモナステリオ学園からデビューを果たし、零の運命者ブラグドマイヤーの友となった柩機アイドル PolyPhonicOverDriveアルティサリア。
そして今日、都市の危機に立ちあがって戦う、サイバーフェアリー、サイバロイド、サイバーゴーレムたち。
彼らは頼まれたわけでもないのに、他の誰でもなく自分と街のために命を賭けて戦っている。

Illust:Mがんぢー
グォォ──!
磁力怪獣マグニデスは、同時に都市を襲った他の2体の怪獣(ただしマグニデスは強すぎる磁力がドームに阻まれたため、いきなり内部には出現できなかったのだが)とはケタ違いの、真に恐るべき“災害”として、インフラトン・ディフレクターに向かって咆えた。
「ここは一歩も退かぬぞ!」
リンクジョーカーの剣士も揺るがない。
しかしその腕の大刀もまた、強すぎる磁力に自由を奪われている。
サイバーゴーレムの剛力を以てしても、刀身の異常振動が止まらないのだ。だが、
(斃せる者が来るまで持てば良い。我、斃れるとも)
剣士の思考は元より捨て身である。死を賭してこそ活路あり。
マグニデスが身構え、背中の生体反応炉が輝く。
フルパワーで突進してくる前兆だった。
グォォォォォォ──!
咆哮とともに、怪獣が迫った。
「ウォォォォォォ──!」
剣士も咆えた。そして刀が引き寄せられる猛烈な力に逆らわず、そのまま前に飛んだ。
まさに衝突する刹那。
角度を変えたインフラトン・ディフレクターの大刀が、怪獣の胴を横一線に薙いだ。
剣筋はそのままに、磁力で増した速度と力をこの一撃に込めて。
双方すれ違い、凝固した姿勢のまま、長い沈黙が続いた。
やがて磁力怪獣マグニデスの生体反応炉が輝きを失い、全身を包んでいた磁力の渦が消えると、ゆっくりと時間をかけて地面へと倒れていった。
「峰打ちだ。安らかに眠れ」
そう言うと、剣士は血振りをしてから歩き出した。
街の同胞である他のサイバーフェアリーやサイバロイドたちと合流するために。
後のことは誰かがやってくれるはずだ。国か、軍か、他の組織か。
すでに問題は片付いた。
今日は急遽、守り手のいない街のために働いたが、余計なことまで関わるつもりはない。
インフラトン・ディフレクターは振り向かずに去った。
なぜなら、彼もまた異邦人。リンクジョーカーだからだ。
了
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《今回の一口用語メモ》
『怪獣災害』と怪獣ハンター──リンクジョーカーの新たな可能性
超科学国家ブラントゲートは、この国がスターゲートと呼ばれていた頃から、惑星クレイの南極を中心とした極寒の地を国土としてきた。
ブラントゲートの都市といえば透明な半球状のドームが思い浮かぶのは、こうした外部の脅威から市民を守るために必然の設備だからだ。
ブラントゲートを脅かしてきたもの、それは生物が住むには厳しい環境と災害である。
ここでいう災害には(前述の極寒と氷雪による)自然由来のものと、エイリアンによるものがある。
天輪聖紀となってブラントゲート最大の脅威となったのが、極点近くの地下深くで目覚め、ネルトリンガーを頂点とする帝国を再始動させたグラビディアンである。
そしてもう一つ。
古よりこの国を襲い続けているのがエイリアン。宇宙や異世界からの来訪者だ。
海や雪原などに点在する“ゲート”から突如出現し、ドーム都市を攻撃する怪獣たちによる被害は『怪獣災害』と呼ばれ、今も昔も悩みの種なのだ。
ただしこうしたエイリアンでも、ブラントゲート国で(他者を脅かすことなく)生活し、惑星クレイ世界の住民となる者もいる。
怪獣も然り、またかつて惑星クレイへ侵略者として大挙して押し寄せたリンクジョーカーもこれに当たる。
リンクジョーカーの多くは宇宙空間やブラント月(かつての遊星ブラント)に居住しているが、ブラントゲートの都市ドームに住み着いているものもいる。
怪獣ハンター。
これは正式な職業名ではないが、今回のエピソードを見ると、天輪聖紀においてリンクジョーカーが生計を立てる手段、その新たな可能性としては有望かもしれない。なにしろ元々、他星(遊星ブラント)由来の生物であるリンクジョーカーは大気圏/宇宙、温度、気候、重力の有無に関係なく、疲労や恐れなどの感情を切り離して、仕事に集中できるからだ。
今回のように(かつては侵略者だった)リンクジョーカーたちが、宇宙から地上まで追跡し、ドーム都市にまで侵入する怪獣を撃退するというのは一種、皮肉な状況にも見える。
だが、同じリンクジョーカーの柩機は、オルフィストに率いられ、惑星クレイ世界を多宇宙からの侵略から守る最前線として、異界で行われる果てしない戦いに身を投じているし、最近話題をさらったPolyPhonicOverDriveアルティサリアに至っては、愛と平和の学園都市リリカルモナステリオから柩機アイドルとしてデビューし、人気を集めている。
かつての敵は今や友。
エイリアンであっても(話しが通じる相手であれば)、いつの間にか自分たちの枠組みに馴染ませ、国家の一員として同化させてしまう。これこそが他の宇宙との玄関口、種族のるつぼとも呼ばれてきたブラントゲートの懐の深さだと言えるだろう。
ブラントゲートと『怪獣災害』については
→ユニットストーリー011「発破怪獣 ボバルマイン」
→ユニットストーリー144 クレイ群雄譚 アナザーストーリー 「怪獣は楽園を破壊する アルキテ」
を参照のこと。
一方で、ブラントゲートの住民として同化し生活している個体については
→ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
天輪聖紀のブラントゲートを脅かすエイリアンの筆頭として、グラビディアンがある。
グラビディアンについては
→ユニットストーリー024「グラビディア・ネルトリンガー」および同話《今回の一口用語メモ》
ユニットストーリー030「フォーリング・ヘルハザード」
ユニットストーリー108「ゴアグラビディア ネルトリンガー・マスクス」
を参照のこと。
ブラントゲートの防衛・治安維持組織とその守備範囲については
→ユニットストーリー195「銀河英勇 ステイトリィ・クロツァード」および《今回の一口用語メモ》
を参照のこと。
天輪聖紀のリンクジョーカーと柩機、“夜”の戦いについては
→世界観コラム「セルセーラ秘録図書館」006 柩機(カーディナル)、参照のこと。
柩機と柩、異界の敵との戦いについては
→ユニットストーリー016「柩機の兵サンボリーノ」
ユニットストーリー027「柩機の竜 デスティアーデ」を参照のこと。
柩機ではないリンクジョーカーについては
→ユニットストーリー050「軋む世界のレディヒーラー」
ユニットストーリー059「世話好き怪獣 セコンデル」を参照のこと。
柩機アイドル PolyPhonicOverDriveアルティサリアについては
→ユニットストーリー179「PolyPhonicOverDrive アルティサリア」
ユニットストーリー184「樹角獣皇 マグノリア・パトリアーク」
ユニットストーリー187「零から歩む者 ブラグドマイヤー・ネクサス」
ユニットストーリー203「聖なる時の運命者 リィエル゠ドラコニス」
を参照のこと。
オルフィストSDについては
→ユニットストーリー063「柩機の主神 オルフィスト・レギス」
ユニットストーリー086「龍樹の落胤 ビスト・アルヴァス」
ユニットストーリー087「戯弄の降霊術師 ゾルガ・マスクス」
ユニットストーリー106「柩機の徒 オプアート」
に登場している。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡