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短編小説「ユニットストーリー」
227幻真星戦編「禁忌の窮明者 ゾルガ “幻影” vs 悠久の幻真獣ニルズベイグ」
ブラントゲート


Illust:小澤彩音


 ♪軽やかなメロディーのアラーム♪
 研究所の正門ゲートにお客様だ。
「はいはーい。どちら様?」
 私ことヘンドリーナは白衣を翻して、インターコムのモニターを覗きこむ。
 両手の指にはサンプルの試験管。これらをこぼさず、危険なほど顔に近づけることなく、伸ばした親指でメガネをくいっと押し上げるのが、私の特技であり癖だ。
「ベンダーの方?認証ナンバーを言ってみて」
 この研究所に、同じ幻世界のあちこちから素材を納入する業者ベンダーの出入りは昼夜を問わない。よってその応対は煩雑なものだけど、あえて受付を入れずに、副所長である私が直々に対応するのには理由がある。
「ナンバーはないけど、ここを開けて」
 モニター画面に映っているのはエルフの女性。
 波打つ豊かな赤い髪、マントがついた衣装(これは一見して業者さんではないとわかる)、そして掲げられた花の杖とその先に乗った鳥みたいな獣。なるほど。聞いていた通りの姿だ。
「残念ね。関係者以外は立ち入り禁止よ」
「ここを開けてくれる?素敵な研究員さん」
「まぁお上手。でも、ストイケイアの名高い悠久の大魔法師ベルクレア様が幻真獣連れて押しかけて来たんだから、ただ事じゃないわよねぇ」
「!」
「あぁ、バレバレだよ。ベルクレア」と肩に位置をかえた幻真獣が大魔法師の髪を引っ張った。
 ふふふっ、慌ててる慌ててる。そう。私はこの人の名前を知っていた。正しく言えばブラントゲートに入国する前から、私たちのネットワークにはベルクレアの全データが共有されているのだ。
「……」
「あのね。知ってると思うけど、ここ秘密施設なの。用件を教えてくれないと研究所の扉は永遠に開かないわよ、ベルクレアさん。それとこのあたりには黒涙の骸竜っていう怖~いクリーチャーがうろついているからね。こんな白夜にお外でぼやぼやしてると食べられちゃうかも」
 試験管をホルダーに次々と詰めながら(視線を逸らすことなく機械よりも素早くこれができるのも私の特技だ)、私は淡々と話しかけた。大事なのは目的、そして手段だ。
 悠久の大魔法師はひと呼吸して、そして告げた。
「ゾルガを倒しに来たの。世界平和のためにね」
「どうぞ入って」
 私は即答し、ゲートを開ける。悠久の大魔法師のびっくりした顔が何度も見られて、ちょっといい気分。
「ようこそ、我がリグレイン生命創成研究所へ」
 私はカメラの向こうにウインクして、モニターのタッチスイッチを警戒モードから開門に切り替えた。



 ファントムドーム『ブラントゲート』があるのはこの国の東部、南極海に突き出した半島の先。ここは地理的にはもうストイケイア(グレートメガラニカ島)のほうが近い場所だ。
「周りに何にもないから研究には最適かもね。でもご存じの通り、ファントムドームはいわば密閉環境だから最初は自給自足するしかないじゃない。資源からエネルギーまで。まぁ、これが大変だったわけ。……あ、その子は気にしないで。あっちも興味ないから」
「ふーん」
 大魔法師ベルクレアは、ガラス越しのモニタールームでジャンクフードをむさぼり食いながらキーボードを叩く、リグレインリサーチャー夢囓りの姿を気味悪そうに見ていた。
「なんだか不気味だね」幻真獣(名前はニルズベイグだと聞いていた)の彼は正直だ。
 そう。目つきも悪いし他人の話は聞かないでグヒグヒ笑うばかりのメタボ技術者なんて確かに不気味よね、上司の私が認めるわ。


Illust:篠丸峰山


 その夢囓りの操作で吹き出されたエアシャワーを上と左右から浴びて(いつもより明らかに強い風圧で私もベルクレアも髪がめちゃくちゃになって大変だった。いつもながらショボいイヤがらせね。夢囓りの野郎、後で覚えてなさい!)完全自動操作のエアロックをくぐると、そこはもう実験棟だった。
「これは……」
 大魔法師は目を見開き、幻真獣ニルズベイグは羽音をたてて彼女の周りを飛び回った。
「魔獣合成体ユーバーメンシュ」
 私は格納スペースのガラス面の前に立ち、胸を張った。
「我が研究所が産み出した最高傑作。これが近い未来、生物学や医学に革命を起こすはず!“生きる”という意味さえ変える可能性を持っているのよ」


Illust:Moopic


「生きてるの?」とベルクレア。
「本当に気味悪いね、どこもかしこも」
 ニルズベイグも興味津々といった感じで、彼女と一緒に身を乗り出しながら言う。
 格納スペースの中で何本ものケーブルに吊り下げられたユーバーメンシュは、時折ビクリと動く。これって慣れていない人にはぎょっとする光景かもね。
 私はメガネを親指で上げながら質問に答えた。
「組織細胞化学的にはYes。魔道生物学的にはNoかな。まだ創成魔獣たちのを入れていないから」
「魂を入れる?それとさっき言っていた、“生きる”という意味さえ変えるってどういうこと」
 ベルクレアはちょっと私を睨んで言った。そうか。聞いてはいたけど、この娘にはこれは禁句だった。お客様を不愉快にさせては副所長の名がすたるもの。気をつけなければ。
「ごめん。機密契約があるので私からはこれ以上言えないの。詳しくはボスに聞いて」
 私はそう言いながら、ユーバーメンシュが吊られた格納スペースの、その先にある木製のドアへと彼女を導いた。
 古びた金細工のドアノッカーをゆっくりと1、2、3回叩く。
「ずいぶん古風なノックなんだね。惑星クレイの習慣には僕、詳しくないけど」
 ニルズベイグの言葉とベルクレアの視線を受けて、私は肩をすくめた。
「うちのボスの趣味なのよ。いつもアンティークで海賊っぽい様式を所員にも強制するの。科学者のくせにね」
 私は重いドアを開けると、恭しく礼をして客人を招き入れた。
 内部は闇だ。でも大魔法師と幻真獣が今さら暗闇を怖がるとは思わないし実際、彼女たちは堂々としていた。
「私はここまで。帰りには呼ばなくていいわ。結果はどうなっても」
「ありがとう。継承の乙女ヘンドリーナ」
「君って現実世界と同じようにいい人みたいだね。こんな気持ち悪い研究所にはもったいない」
 ありがと。ベルクレアと鳥型幻真獣ニルズベイグくんに、私は微笑んだ。
「ボスはよくその名前で呼んでからかうけど、私はブラントゲート生まれのエルフの科学者、リグレインリサーチャー ヘンドリーナ。ここの暮らしは忙しいけど、結構気に入っているのよ。じゃあ幸運を、大魔法師さん」
 我ながら意味深な言葉を贈り、私はまた一つウインクを送って扉をゆっくりと閉めた。


Illust:Moopic


「創成魔獣 頭蓋絞り」
 ドアが閉まると、暗闇の奥から声が掛かり、右手の水槽にスポットライトが当たった。
 それはたぶん(魔法を専門に修得したベルクレアからすると)バイオポッドと呼ばれるものだ、ということはわかる。そして、こうしたものの中に蓄えられているのは通常、細胞など肉体の一部、生物科学の「実験材料」だ。
 しかし今、光に照らされた円筒の内部、緑色の培養液の中で蠢いているものは、人型をした生物。
 人間などと違うのは、その頭部に当たる部分が溶け崩れた単眼の、目鼻口もない塊であることだ。
「……」
 ベルクレアは蠢くその禍々しい姿に思わず視線を逸らした。
「そのような姿で生き続けているのは見るに耐えないか。それはゲノムゲル。私が創り出した人造生命体、魂の素材だ」
「こんなこと……生物の尊厳に対する冒涜よ」
「罪なき命と魂をもてあそぶなんて、貴様とんでもないマッドサイエンティストだな!」
 杖を構え追及するベルクレアと、その横に浮かぶニルズベイグ(彼はリフィストールよりも感情を表に出すタイプの幻真獣なのだ)を、姿見えぬ声は嘲笑った。
「罪なき生命などいない。特にこの連中はね」
 スポットライトは次々と増えた。みな人型を崩したような、いやそれとも人型の生物をゲル状のものに変化させたような哀れな生き物たちだ。
「首のタグを見てご覧、ベルクレア」
「なぜそんなことを?」
「彼らの名前と、そして侵入を試みた日時が書いてあるのがわかるから。つまり一度、命を奪われた日が」
「……まさか」
 ベルクレアとニルズベイグは顔を見合わせた。
「そうだ。幻世界の競合する企業や研究所が差し向けたスパイどもは皆……」
 バン、と音を立てて太く真っ赤なスポットライトの光柱が立った。
 黒いローブをまとった男は、長く伸びた赤い鎖に、幾つもの布袋のような塊を捕らえ、縛りつけている。


Illust:篠丸峰山


「リグレインセキュリティ 怨念鎖。我が研究所の頼れる警備員。そして資材収集人だ」
 ベルクレアは首を振って、部屋に響く残忍無比な高笑いを振り払った。
「待って。ヘンドリーナはこの仕組みを知っているの?」
「元の彼女は犯罪を憎む人だったと聞いていた」ニルズベイグも頷く。
 ほう、と声はかすかに驚いた様子になった。
「よく知っているな。だがそれは現実世界のことだ」
「そうかな?ヘンドリーナはこの研究所で真面目に務めている。私にはそう見えたよ。ね、ニルズベイグ」
「そうだね。僕もそう思ったよ、ベルクレア」
「バレたか」
 苦笑。怨念鎖が黙したまま中央を譲り、部屋の奥へと頭を垂れると、闇を透かして主の足元が見えた。まだその顔は見えない。
「確かに、現実世界のことをヘンドリーナに伝えてある。そのほうが副所長として振る舞いやすいだろうと考えたからだ。科学者となった今のだから、より一層、確信をもって分析できるんだ。現実世界の頃から、彼女には強い変身願望と仕事に身を捧げる情熱と真面目さがある。つまりは生き甲斐だ。そしてこの世界はそれを存分に満たしてくれるのさ。悪の片棒を担いでいるとも知らずにね」
「じゃあ……」「やっぱりな」
「そう。彼女は、リグレイン生命創成研究所の表の顔なんだ。この研究の成果が世の中を変えると心底信じ、顧客以外には機密を漏らすまいと頑張っている。あの創成魔獣の素材も、業者が搬入していると信じてね。本当はこの研究所に業務として訪ねてくる者はすべて、幻世界の住人を洗脳して僕が用意したダミーだ。幻世界のファントムドーム『ブラントゲート』にそうそう都合良く細胞培養業者なんてあるわけないのにねぇ」
「丸ごと嘘ついて騙しているってことか。あなた悪い人ね。大事な職員でしょ?もう少し信頼関係を結んだらどう?」
「僕は悪人だからさ」
 研究所の主が愉快そうに笑っているのが闇を透かしてもわかった。
「面白いものを見せてあげるよ」
「なに?」
「君はきっと興味を示すと思うよ。なぜなら……」
 怨念鎖が手を引くと、引きずっていた布袋の物言わぬむくろと入れ替わるように、魔獣合成体ユーバーメンシュが1体、ベルクレアの前に降り立った。
 格納スペースにいたユーバーメンシュとは明らかに違う、血の通った感じ。
 しかもその姿勢には、あの創成魔獣 頭蓋絞りを思わせる共通点があった。
「気がついた?そう、魔獣合成体ユーバーメンシュは魂の器だ。合成された創成魔獣──つまりこの1体には頭蓋絞りや他の創成魔獣も混ぜ合わされた──の特徴や力が取り込まれ、より強力な存在となる。そして僕の命令には絶対服従だ。こんな風に」
 科学者の指がまっすぐにベルクレアを指した。
 ユーバーメンシュが咆哮をあげる。攻撃態勢だ。
 オォォ!
 次の瞬間、姉妹杖が輝くと……
促進魔法グロースマギアヴォクストール!』
 悠久の大魔法師ベルクレアは魔力を開放し、薄暗がりの所長室が活力で満たされた。


Illust:BISAI


 ベルクレアが帯びる名は悠久、そして振るう力は廻命かいめい魔法である。
 つまりこのマッドサイエンティストの巣窟に溢れている、生命倫理に反する邪悪な力の対局にあると言ってもいい。その証拠に暖かい陽差しのような光は、部屋で蠢く怪しくあかい月の光を圧倒し、ユーバーメンシュに膝を付かせた。
「出でよ!生命いのち育む大樹の竜!悠久の幻真獣ニルズベイグ!」
 さらにベルクレアが杖を掲げて呼びかけると、今までは小さな鳥のようだった姿が、部屋を圧するほどの力をはらんだ色鮮やかな幻真獣となって、羽ばたき一つで魔獣合成体を弾き飛ばす。
「これが君の研究成果なのか、ゾルガ?この程度では僕の準備運動にもならないよ」
「……さすがは幻真獣という所か。だけど」
 科学者が手を伸ばすと、ユーバーメンシュは先程のダメージがなかったかのように起きあがった。
「魔獣合成体ユーバーメンシュは1体のように見えて1つではない。その中には合成されたいくつもの創成魔獣の力が活きている。そう簡単に倒せると思わないことだ」
 ユーバーメンシュが苦悶するように身をよじると、その姿が変わり始めた。
「数とは力だ。そして僕には無限ともいえる素材がある。君たちは勝てないよ、ベルクレア。正しくあろうと思うなら、幻世界に同化したほうがいい」
「何事も、やってみなくちゃわからないよ!」
 ゾルガの言葉はまったく心に響くことがないのか、ベルクレアの返答はあくまで明朗なものだ。
 ベルクレアの回復魔法ヒーリングマギア エクスルーナス、強化魔法エンハンスマギアスタルキングと続けざまに、その廻命魔法の力で自らの力を高め、そして癒やし(邪悪な力で偽りの生命を与えられた者にとっては、癒やしの力はダメージとなる)、機能を弱め、ニルズベイグの爪が引き裂き、尻尾がユーバーメンシュを叩き伏せる。
 だが、先のゾルガの言葉を証明するように、その度にユーバーメンシュの表に出てくる姿勢とその雰囲気はネズミのよう=咬傷刻こうしょうきざみであったり、犬のよう=影みの走狗そうくへと変わり、変化するたびに前の姿ごとダメージを捨て去るように活力を復活し、また攻撃方法までを変えて襲いかかってくる。
 どうやら、所長室を埋め尽くす無数のバイオポッドこそが、疲れ知らずで戦い続けるユーバーメンシュの力そのものの様だった。


Illust:Moopic



Illust:Moopic


 倒しても倒しても起き上がる、不死身とも呼べる粘り強い戦い方に、気力を削がれるかと思いきや、ベルクレアの口から出たのは、敵に対するものとは思えない言葉だった。
「可哀そうに……私が正しい姿に戻してあげるからね!」
 ククク。叫びに答えたのは可笑しくてたまらないと言いたげな、科学者の笑いだった。
「正しい姿だと?これこそが正しい姿だ。君は最強の生命体が産まれる過程に立ち会っているのだよ、ベルクレア。もうすぐ完成だ。あの人・・・の完全なる蘇りを達成する日も近い」
 戦いに高揚するベルクレアは嘲る笑いを無視して、部屋の奥へ杖を突きつけた。その横でニルズベイグもまた奥を睨みつける。
「ずいぶん楽しそうね、邪悪な科学者さん?」
「ふふ。勇ましいな、女魔法師。そして未熟だ。自分というものがわかっていない」
 深めに被っていたフードを取るとゾルガ──リグレイン生命創成研究所所長──禁忌の窮明者 ゾルガ “幻影ファントム”の若々しい顔が現れた。
 彼の老若を年齢で表そうとするのは大きな誤りだ。確かに、幻世界のゾルガは人間ヒューマン。エルフであるベルクレアよりも“若い”彼ということになる。だが、2つの世界の知識を持つファントムガーディアン、ゾルガの目に宿る傲慢なまでの自信を見れば認めざるを得ないだろう。
 この男は野望に身を焦がすあまり、誰よりも年を取ってしまったのだと。


Illust:篠丸峰山


「そうかな、わかってないのはそっちじゃないの? 私とニルズベイグの魔法、あなたはまだその一端しか見てないんだからさ」
 宣言するとベルクレアは次の渾身の一撃に備えて、身構えた。
 フォローのため、ニルズベイグが彼女に巻き付くように寄り添う。
「僕の力、あまり見くびらないでね。君ご自慢の実験結果も、そろそろ元気がなくなっているようだけど」
 その言葉通り、ニルズベイグが幻真獣としての実力を発揮したおかげで、魔獣合成体ユーバーメンシュも(合成されていた)無限とも思えた創成魔獣の備蓄も心細くなったのか、その回復と変化のスピードが鈍くなっていた。
「まぁ、そちらは幻真獣とその加護を受けたコンビとして一つの完成形、こちらは最終テスト中のプロトタイプだ。確かに分は悪いな。試してみるがいい。僕を滅ぼすことができるかどうか」
 ゾルガは、現実世界から来た2人に向かって両手を広げた。
「……」
 悠久の大魔法師は、違和感に目を細めた。
 ベルクレアはゾルガと直接の面識はない。
 それでも、現実世界のゾルガはゴースト幽霊であり、幻世界のゾルガが人間であること。
 現実世界では道半ばのゾルガが、この幻世界ではその野望にほぼ手が届きかけていること。
 その違いが種族や立場を越えて、禁忌の窮明者 ゾルガ “幻影”に圧倒的な自信と存在感を与えていた。
「ずいぶんと自信たっぷりだね。失うことが怖くないの?」
「僕が現実世界で偽りの生を送る死人となり、この世界では若き科学者として2つの世界の知識と実績を混ぜ合わせた実験に挑み、生と死の境界に挑む手応えを掴むのに、どれほどの時間がかかったか。どれほど根本的な変化を必要としたか、君は知らないだろう」
「知りたくもないね」
 とニルズベイグ。その通りよ、とベルクレアも頷いた。そんな2人の様子も、ゾルガは意に介さなかった。
「幻世界の力を得て、僕は野望が手の届く挑みだと知り、記憶し、果実を掴みかけている。今の僕にはその探求以外、どうでもいいのさ」
「あなたの話には自分以外の事が出てこない。だから間違っていると気がつかないんだ」
「僕はそこまで傲慢ではないよ、ベルクレア。だが僕は間違っていない」
「生と死の境界を侵すなんて、魔法と科学、その理にも背いているでしょ!」
「違う。間違っているのはそれらだ。すでに死は絶対のものではなくなった」
「……」
「ベルクレア。ゼーリスのことはもう知っているんだろう」
「!」
「彼女はファントムガーディアンの一人として『幻真星戦』の我が陣営にいる。でもおかしいね。ゼーリスは死んだはず。その“姉妹杖”ごと、辺境の遺跡で呪いを受け、全身どろどろのぐちゃぐちゃになって」
「……!」
 暗い廃墟で見つかった溶け崩れた魔法師の服、石畳から泉へと延び広がる溶液。
 目の前に、以前見た報告書と写真の映像がフラッシュバックする。
 快活明朗だったベルクレアが今、この瞬間、口を覆った。ニルズベイグが寄り添い、ゾルガを睨む。
「レザエルにも相談したんだろう、ベルクレア。彼は君たち共通の恩師だ。『エルフ総合魔法学校』時代のね。彼は何て言っていた?死した親友を君自身で倒すべきだ、とでも。いやいやレザエルはそんな男じゃない。親身に話を聞き、寄り添い励ましてくれただろう」
「……」
 ベルクレアは言葉もなく泣いていた。そして今、彼女に寄り添うのは相棒である幻真獣ニルズベイグだ。
「そして君は現実世界の戦士として幻真獣と共にここに来た」
「私たちは勝たなきゃいけない。死者が蘇り、世界が幻に覆われるなんて、ありえないよ」
 ベルクレアは搾り出すように告げた。
「許せないから僕を倒す?そうだろうね。でもその前に、聞きたいことがあるんだろう。さぁどうぞ」
「……」
「では僕から言おう。ゼーリスは本当にあのゼーリスだ。あんな無惨な終わり方ではなくて良かったねぇ、ベルクレア」
 ゾルガはたっぷりと皮肉をこめて言い、ベルクレアの顔が硬くなった。ベルクレアの楽天的な性格や言動にも限界はある。
「君の親友、旅の途中で死んだゼーリス。そして今やファントムガーディアン、泡沫の大魔法師ゼーリス"幻影ファントム”」
 ベルクレアは凍りついた。ゼーリス。では間違いなくあのゼーリスが敵だというのか。
『あなたは特別。あなたと私はこの杖のように“姉妹”よ、ベルクレア』
 ゼーリスの、別れの言葉。脳裏に、学校で共に過ごした日々がよぎる。
「知っているか?ブラグドマイヤーの誘いをレザエルは断った。僕ら幻世界に加われば、彼が二千年も焦がれ続けている真のリィエルを蘇らせ、一緒になれるというのに」
「甘い幻より辛い現実を受け入れて生きる。レザエル先生はそういう人だ」
「ゼーリスに会ってなお、君もそういう立場でいられるかな、ベルクレア」
「生きているにせよ、死んでいるにせよ、幻世界を選んだならゼーリスは私の敵だ」
「死んでいて蘇るはずがないからと君は友愛を、レザエルは恋愛を捨てる。幻を愛して何がいけないのか。僕はこの幻世界の人間ヒューマンとして、幼い頃に聞いたお伽話の英雄、七海覇王ナイトミストに会いたくて科学者となり、研究に打ち込む人生を歩んできた。現実世界のゴースト船長と同じさ。いや、僕ら・・は“生と死の壁を超える”研究をする者として矛盾なく、同一の存在と言えるだろう」
「あなたは自分の目的と手段を都合良くすり替えている」
 ベルクレアはようやく腑に落ちた様子となり、背をまっすぐに伸ばして杖を掲げた。
「死を乗り越えるため生命の尊厳を踏みにじって良いということは無い」
 失い掛けていた彼女の自信と力が回復するのを感じ、悠久の幻真獣ニルズベイグが舞い上がり、戦闘態勢を取る。
「正しいもののため、僕も戦う。ベルクレア、君と一緒にね」
 ベルクレアは笑顔になって頷いた。月の試練以来、彼女の背中には常に彼がいた。
「ゾルガ。廻命魔法を極めた者として言う。この世界において死は絶対的なものだ。人や獣の屍から造られた、あの哀れな創成魔獣たちの様を見ろ。あなたほど頭の良い男が、蘇るのは偽りの生命と苦しみに満ちた魂だけだと何故気づかない。だからこそ精一杯生きる価値があり、病める者、傷ついた者、疲れた者を癒やす意味があるんだよ、ゾルガ」
「ほう。ようやくエルフのお嬢さんが大魔法師らしくなってきたな。レザエルに感化されたか」
「違うよ。私自身が感じ、戦う理由。その理由は最初から揺るがない。私はあなたを倒す」
「やってみろ!受け止められなければ赫月の光の力も、俺の野望もまたその程度だったということだ」
 ゾルガが“俺”になり、所長室には一気にあかい光が溢れた。
 対するベルクレアにはもう迷いはなかった。その手には“姉妹杖”が、頭上には幻真獣が、そしてその背後には修行の末に身につけた廻命の力が泉のように湧きあがってくる。
「我、悠久の魔法師が真に願う。大地よ、循環の理ここに」
 それは生命力を操る究極の術。
「緑よ。自然の息吹をここに。大気よ、魂の息吹をここに。しかして活性せよ。生命いのちの源。
 廻れ、廻れ、廻れ、廻れ……
 悠久の極大魔法エターナルグランマギア ゼグレ・リオース!」


Illust:BISAI


 姉妹杖を前面に掲げると爆発的な廻命の力が解放され、魔法によりその肉体を極限まで強化したベルクレアは疾風の勢いで突っ込むと、1発!2発!。ユーバーメンシュと怨念鎖──ここまでゾルガを補助し、魔獣合成体の力を増幅し続けてきた──に拳を打ち込み、魔獣合成体と不気味な屍管理人を壁にめり込ませ、その動きを止めた。
「ゾルガ、覚悟!」
 勢いを殺さず、くるりと一回転したベルクレアは抱え込んでいた脚を伸ばし、鮮やかな回し蹴りを、立ち尽くしていた科学者の胴に打ち込む。
 あまりにも疾く強い。それは若きエルフの乙女の蹴りなどではない。まさしく巨人の一撃だった。
 蹴りをまともに受けた科学者ゾルガの身体は激しく吹き飛ばされ、よろめくと、所長室の真ん中で辛うじて踏みとどまった。
 だがゾルガもまたただの人間ではなかった。常人ならばとうに絶命している打撃を受けてなお、この狂気の科学者は、創成魔獣のバイオポット、倒れて動かない魔獣合成体ユーバーメンシュ、研究結果が積み重なった彼の野望に囲まれながら、力なき最期の舞いを踏んだ。
「ニルズベイグ、最後は頼んだ!」
「任せて!大樹の威厳を示す、我が真の理を受けるがいい!」
 羽を広げた幻真獣が放つ波動は白く辺りを染め、部屋にたちこめていたあのあかき光を吹き払うようだった。
 幻真獣ニルズベイグが嘴を開けると、充填されたエネルギーが眩しい光となり
「滅せよ、禁忌の窮明者 ゾルガ “幻影”!」
 怒濤の力の奔流がゾルガに当たり、押し流し、……そして全てが砕け散る瞬間。彼は微かに笑った。


Illust:BISAI


 所長室のドア、海賊船の船長室を思わせる重い扉を開くと、いつものように試験管を振りながらヘンドリーナが通りかかる所だった。
 幻真獣ニルズベイグの背に乗せられ、今は眠っている怪雨の降霊術師ゾルガの姿を見ても、彼女は何も動じなかった。
「あ、やっぱり倒されちゃったんだ」
 ベルクレアはさすがに驚きを隠しきれない様子で、身構えかけていた緊張を解いた。
「あなたはこれでいいの?ヘンドリーナ」
「私は副所長としてやるべきことをやっているだけ」
 リグレイン研究所員リサーチャーは親指でメガネを上げた。


Illust:辰巳


「それに私に隠れて、ずっと悪いことしてたみたいじゃない。この人間ヒューマンの天才科学者さんは。バチが当たったのよ。これでこの研究所もドロドログログロの邪悪な実験のためでなく、画期的な新薬や治療法のために研究を続けられる」
「うん。……良かったね」
 ベルクレアとニルズベイグは毒気を抜かれたようにヘンドリーナの独白を聞いていた。この研究所で本当に大胆で怖い存在だったのはもしかすると、ゾルガではなくヘンドリーナの方だったのかもしれない。
「でも逃げるなら早くして、ベルクレアさん。……非常通路を開けといてあげたから、ほら」
 ヘンドリーナが指差すと、廊下にしか見えなかった壁に通り抜けられる穴が開いた。
「見逃してくれるの?」
「その男がいなくなると、ここのボスは私になるという契約でね。その方が私も都合が良いのよ」
 ヘンドリーナは苦笑いした。
「まぁこんなことができるように、ゾルガは私に現実世界の事を教えたのかも。いつも妙に後始末のことまで気が回るのよ、本当に変なヤツ」
 ヘンドリーナは試験管を持っていない側の手を伸ばすと、彼の髪を撫でた。
「おやすみゾルガ」
「ありがとう、リグレインリサーチャー ヘンドリーナ」
 副所長の女エルフはにっこり笑った。
「やっとその名前で呼んでくれたね。じゃあごきげんよう、2人とも」
 ベルクレアとニルズベイグはそれに答え、非常口へと飛び込んだ。
 この研究所で最後に見たのは、もうすっかり直前のことを忘れたように、試験管を振りながら所長室──いまや自室となった──に消える幻世界の住人、リグレイン生命創成研究所所長ヘンドリーナの姿だった。



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《今回の一口用語メモ》
“姉妹杖”のえにし──ベルクレアとゼーリス

 泡沫の大魔法師ゼーリスがファントムガーディアンの一人であり、魔王竜ガブエリウスの尖兵として、幻世界の侵食に力を貸していることが判明したのはつい最近のことだ。
 ベルクレアとゼーリスについては、別の話が詳しいのでそちらを参考にしてもらうとして、「なぜ親友である泡沫の大魔法師の死を確信していたのか」には理由がある。
 それは“姉妹杖”だ。
 世界樹の枝から作られた杖は『エルフ総合魔法学校』の全課程を修了した魔法師の証だ。
 その中でも、開校以来最高の才能と称され、卒業時には同時主席。そして何より双子のようにいつも一緒だった全校の憧れ、教師陣が誇りとする優秀なコンビの2人は、特別に一つの枝から分かれた一対の杖、“姉妹杖”が贈られた。
 “姉妹杖”はただの魔法の杖ではない。文字通り姉妹のように呼応し、互いを呼び合うのだ。
 だから卒業後、独立し大魔法師となったベルクレアとゼーリスは、たとえ遠く離れていても杖を通して互いの想いとぬくもりを感じ、寂しいことはなかったし、危機に陥れば知ることもできた。
 だがあの時。
 ゼーリスが消息を絶ったその日。ベルクレアの杖はゼーリスの“姉妹杖”から何も伝わらなくなった。そしてベルクレアにも魔法学校にもゼーリスからの連絡は無くなった。
 このことが示す可能性は2つ。
 “姉妹杖”が破壊されたか、あるいはゼーリスが“姉妹杖”を失ったか。
 そのどちらであってもゼーリスが生きていることは無いだろうと、ベルクレアは確信せざるを得なかった。
 大魔法師にとって杖は、力を集め、術を行使するために欠かせないものだ。
 “姉妹杖”もまた魔法の品であるので、一度授与されれば一種の忠誠心のようなものが働き、主の身体の一部のように馴染み、容易に奪われたり、壊されることはない。
 つまり“姉妹杖”が何も伝えなくなったということは、ゼーリスはもうこの世にはいないという事なのだ。
 そして、その止めとなったのが、今回本編でも触れられている、魔法学校の調査隊からあがってきた報告書だ。
 ゼーリスはおそらく全身を溶かす呪いにかかり、その衣服や肉体の名残のような痕跡、杖の一部が見つかった。生命の研究者でもあるベルクレアは、その状況からゼーリスの死を正しく理解したのである。



ベルクレアとゼーリスについては
 →ユニットストーリー227特別編「悠久の大魔法師 ベルクレア」
 を参照のこと。

ゾルガの野望、七海覇王しちかいはおうナイトミストの復活とバスティオンとの因縁については
 →ユニットストーリー113「万民の剣 バスティオン・アコード」
  ユニットストーリー136 運命大戦第10話「 禁忌の運命者 ゾルガ・ネイダール II 《零の虚》」
 を参照のこと。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡