カードファイト!! ヴァンガード overDress 公式読み物サイト

ユニット

Unit
短編小説「ユニットストーリー」
228幻真星戦編「万化の幻真獣 ウルティニアス vs 穿雷竜 アルファルド “幻影”」
リリカルモナステリオ
 殿軍しんがりは武勇の極み、と戦士たちは云う。
 味方をかばいながら絶対零度の戦場を後退する彗星竜アルファルドは、第5宙域セクターの殿軍として厳しい選択に直面していた。
 我が軍は敗色濃厚。
 このまま後ろから撃たれるままに退くべきか、反転して一矢報い、損害を減らす賭けに出るべきか。
 戦友が率いる隊はもう近くまで来ているはず。
 あと少し。少しだけ持ちこたえれば。
「アルファルド。彼を信用できますか」
 副長が傷ついた同僚を支えながら問いかけ、指揮官であるアルファルドは即答した。
「できる。ヤツは必ず来る」
 そうだ。もっと苦しい時はこれまでもあった。
 今回も逆転できる。
 彼ら彗星竜は勇猛な宇宙の戦士。戦友との絆は何よりも固いのだから。
「しかし……」
 副長は続く言葉を飲み込まざるを得なかった。
 敵の追撃がいっそう苛烈さを増したからだ。
 殿軍の周囲の宇宙空間は、敵が放つエネルギー弾とその衝撃波であふれていた。
「踏みとどまるのだ!味方の盾となり、彗星竜軍団の勇猛さをこの宇宙に轟かすは今この時!」
 アルファルドは全武装を再起動リブートさせ、迎撃モードにシフトした。
「戦え!そして持ちこたえよ!援軍の到着まで!」
 その叫びに兵は奮い立ち、敵に向き直る。
 彗星竜たちは戦った。
 司令官への敬愛とわずかな希望にすがり、文字通り、最後の一兵まで。
 ……だが結局、増援がやって来ることはなかった。
 彼らは見捨てられたのだ。
 冷たい宇宙の只中、身を焦がす砲火にさらされ、苦悶と怨嗟えんさの声をあげながら、皆、死んでいった。

 それが現実世界でのこと。
 友に裏切られ、敗戦の責を一身に負わされ、故郷を永遠に追われた放浪の竜、アルファルドの現実だった。





 ファントムドーム『ドラゴンエンパイア』の白い天蓋は北極圏の原野、その中央に出現していた。
「攻められやすく守りづらい。戦略的に最悪の立地と言わざるを得ぬのう、クリスレイン」
 ウルティニアスは羽を畳み、凍てついた地面に尾肢でふわりと優雅に降り立った。
には自信があるのでしょう、ウルティニアス。何者が来ても負けることはないと」
 その後ろからクリスレインが続く。
 この不毛の地に辿り着いた万化の幻真獣と運命者。2人は奇しくも同じ人魚の姿を取っていた。
 幻真獣ウルティニアスは辺りを見回して、身を震わせた。
「おぉなんと寒々しい光景。見よ、わらわの鱗が逆立っておるわ」「身体に異常はないようですが?」
 もちろん絶対零度の宇宙、月の門から到来した幻真獣が惑星クレイの北極圏程度で凍えるわけもない。
 それでも、気温や天候が(灼熱も大嵐も全然平気でしょう)ドレスを整えねば(真空の中でも全く乱れていませんよね)料理の味つけが(幻真獣は食事をしないということでしたけれど)……等々、文句を言ってはクリスレインに突っ込まれるのがウルティニアスの日常である。
 そしてウルティニアスの──今どき極東の貴族でも使わないほど──古風で仰々しい姫君のごとき言い回しと立ち居振る舞いに、クリスレインはよく微笑を誘われる。

 そんなドームの前で言葉を交わす2人の姿を、内部の高所から睥睨へいげいする者がいた。
「戦う覚悟というものが感じられぬ。やはり武人ではない者に、我が出てゆくまでもないか」

 その声を聞いたからという訳ではないだろうが、クリスレインは気を取り直し、ドームの壁面に向き直っていた。
 現実と幻を隔てる半透明の壁は、正面から近づいてみると、その向こうは砦や城の門を思わせる建造物になっているようであり、ここから進むことができそうだ。
 来る者拒まずという点で、ファントムドームの特性は、先発したレザエル、リフィストールの報告にあった通りである。
「さぁ。お喋りはそろそろ控えて、ウルティニアス」
「その覚悟や良し。じゃが、きょうもないのう。わらわの美声を存分に聞けぬとは気の毒じゃ。導きの塔の主よ」
 クリスレインは学園都市リリカルモナステリオの指導者らしさを見せて、幻真獣をたしなめ、ウルティニアスは肩をすくめた。どちらの口元にも笑みがあった。クリスレインに至っては思わずくすりと笑っている。
 緊迫する場面ほど軽妙にじゃれて掛け合う2人。
 歯に衣着せぬお喋りなウルティニアスと温厚なクリスレインとは、月の試練を達成しコンビを結成して以来、絶妙に噛み合う関係なのだ。



Illust:ひと和


 白い障壁をくぐり抜け、城塞の門を思わせる石畳の廊下を2人は進んでいた。
 赤く照らされた無機質な壁が続く回廊は部隊が行進できそうな広さがあり、天井も高かった。明らかに人の手で整備された通路なのに、動くものの気配だけがない。
「無人なのかしら?」
「まさか。罠に決まっておるわ。クリスレイン、くれぐれも油断するでない」
 口の悪さはともかく、ウルティニアスは世話焼きな一面がある。
 リリカルモナステリオ導きの塔の主にして永遠のアイドル、偉大なる万化の運命者クリスレインに小言や励ましを投げかけられるのは、確かに幻真獣ウルティニアスくらいなものだろう。
 そのクリスレインは今日、トゥインクルパウダーを使っていない。ウルティニアスは人魚型幻真獣ではあるが、人魚ではないので二足になることはない。
 それでも2人が滑らかに尾肢だけで歩めるのは、彼女たちがわずかに浮遊しているからであり(落とし穴など地味だが危険なトラップも防ぐことができる)表情一つ動かさずに警戒を保つ隙の無さは、運命者と幻真獣それぞれの実力の高さを窺わせるものだった。
 ──!
 襲撃は突然だった。
「アルファルド隊、一番槍ィ!!」
 叫びと、噛み裂く牙、槍の穂先が同時に万化の2人を襲う。
 それが石畳スレスレに迫った飛竜と、その背に乗った騎手の構えた槍だと見て取る間もなく、クリスレインとウルティニアスは回廊の左右へ、弾かれたように跳んでいた。



Illust:なかざき冬


「少年兵?!」
 クリスレインは回避しながら叫んだ。真の覚醒をとげた幻真獣に匹敵するその身のこなしは、永の歳月、超一流のパフォーマーとして舞台で鍛えた賜物である。
「上じゃ。飛べ、クリスレイン!」
 ウルティニアスの鋭い声が耳を打った瞬間、万化の運命者は反射的に尾肢で石畳を蹴った。
 すると今までいた位置を、帯電した扇が連続で薙ぎ払う。
 それが、白髪の方子(神仙術使い)が舞うように回転しながら放った連続攻撃だとクリスレインが理解したのは、空中でひねりを加えた前方宙返りを決めながらである。



Illust:なかざき冬


「ウルティニアス!前方……!」
 着地しながらのクリスレインの警告は、ぎりぎりで間に合った。
 ──!
 疾風のように迫った半裸の竜人ドラゴロイドが放った正拳突きを、ウルティニアスはオーラをはらんだ翼と両腕で防御する。剛腕をまともに受けた幻真獣は岩石に衝突されたような衝撃音を発し、後方に吹き飛んだ。
 それでも衝撃を逃がしながら、こちらも後方宙返りを決めて着地する。
「このわらわを殴りつけるなど、許さぬ!」
 ウルティニアスは怒りに燃え、そして気を引き締めた。
 幻真獣相手に、これほどの衝撃を与えるのはドラゴンエンパイアの軍人だったとしても飛び抜けた力と評価せざるを得ない。



Illust:なかざき冬


 続く攻撃はまるで荒れ狂う旋風つむじかぜのようだった。
 3名の戦士は(最初の少年の喚声を除けば)息づかい以外、何の声も発することなく、2人を攻め続ける。
 気合いも喚声もなく、味方同士は巧みに互いを連携させる一方で、敵には休む間も与えない。
「この戦法は……」幻真獣であるウルティニアスも困惑を隠せない。
 猛烈な殺気と危険な打撃が回廊に満ちあふれ、まさに雷撃の勢いで迫る、一種異様な攻勢である。
無韻戦舞むいんせんぶ!」
 ウルティニアスと合流することもはばまれ、嵐のような3名の戦士の攻撃を避け、かわし、受け止めながらクリスレインは呟いた。
 博識なクリスレインは、これがドラゴンエンパイア第2軍なるかみの精鋭に伝わる、特殊戦法であることを知っていた。閉所での雷撃戦、敵を封じながら倒すことだけに特化した無音闘法。
 この戦法で唯一、声を上げられるのは最初と、そして相手を無力化させたと確信した時、すなわち……
「どりゃぁぁ!」
 半裸の竜人ドラゴロイドの正面蹴りを杖で受けたクリスレインは、とっさに背後へと飛んで彼女をかばったウルティニアスごと、回廊のはるか向こうまで弾き飛ばされた。
「そこまで」
 威厳に満ちた声が後方の暗闇からかかり、戦士たちはぴたりと動きを止めた。
「よくやったぞ。レキ、ゲルビトール、ブラジェド」
 称賛の言葉にもかすかに頷くだけで、3名はいずれも完璧な臨戦態勢ファイティング・ポーズを取ったまま凝固している。彼らはプロの軍人である。敵を殲滅せんめつし、隊長が任務完了を告げるまで仕事の時間は終わらない。
「立て!侵入者!」
 轟く声に、クリスレインは咳き込みながらウルティニアスの手にすがって立ちあがった。
「我が隊の実力とファントムドーム『ドラゴンエンパイア』を見くびったな」
「不意打ちとは卑怯なり!しかも3体同時とは……!」と悔しげなウルティニアス。
「奇襲は兵法の基本、戦場において数は力だ。その気になれば、このドームに駐屯する我が兵の全てを投入して消耗を待つこともできた。だが我はそれを敢えてしない。ここまで数多のファントムを倒してきた貴様らには、我が隊の精鋭をもって迎え撃つと決めていたからだ。そして結果は見えた。降伏し幻世界の住人に加わることを勧告する」
「……」
 万化の2人には言葉もない。
「だが、それでも不満というなら一対二で受けて立つ。そのために我、自らここに来たのだ」
 重い足音が響き、避けた3名の戦士の向こうに、彼が現れた。
「この、穿雷竜せんらいりゅうアルファルド “幻影ファントム”がな」
 サンダードラゴンの右腕は杭打ち機パイルバンカーのような突撃槍になっていて、それは既に激しく雷光を帯びていた。
「あれがこの地のファントムガーディアンであるか」
 幻真獣ウルティニアスは噛みしめるように呟いた。恐れを知らぬ幻真獣をも圧するものが、彼アルファルドにはあった。
 誇り溢れ、圧倒的な自信に支えられた所作。
 目の前にいるのは生え抜きの軍人。常勝無敗の制圧者だった。



Illust:なかざき冬


「穿雷竜アルファルド」
 クリスレインは相手に向け、片手を突き出して呼びかけた。
 いま“幻影ファントム”と呼ばれなかったことに、アルファルドの表情がぴくりと動く。
「万化の運命者クリスレインの名において、竜戦士のあなたに“対峙の礼”を求めます」
 アルファルドは唸った。
 対峙の礼とはドラゴンエンパイアの誇り高き竜戦士に通じる、戦場の古風な決まりである。
 互いの存亡を賭けて正対し接敵したいくさにおいて、片方が名乗りをあげて一対一の会談を求めると、それには必ず応じなければならない。そしてこの間は交戦が許されないのだ。
「よかろう。だが忘れるな。会談が決裂すれば即、戦いの火蓋は切られる」「承知です」
「クリスレイン!」
 惑星クレイの友に呼びかけるウルティニアスの肩に、安心させるように手をかけて、リリカルモナステリオ導きの塔の主は無言で進み出た。万化の幻真獣にとっても、クリスレインが時折見せる大胆さには目を瞠るものがあるのだ。
 アルファルドも部下に、手を出すなと合図して歩み寄った。
 幻真獣と、なるかみ部隊との中間、回廊の中心で両者が向き合う。
「あなたは何を求めて、ここにいるのですか」
「その逆だ。自分が軍人として、竜として得られなかった全てがここにある」
「現実世界で、やはり勇敢な軍人であったあなたの事ですね、彗星竜アルファルド」「!」
 アルファルドの巨体がこの時、一気に膨れ上がったように見えた。込み上げたのは凄まじいまでの怒りだ。
「二度とその名で呼ぶな。特に我が隊の前では」
「彼らは、現実世界、宇宙の彼方にいた頃のあなたを知るすべがありません」
 クリスレインは首を振って指摘し、そして続けた。
「私もヴェイズルーグ──彼は“月”を通して宇宙や異世界の様々な出来事に通じていますから──に教えられたから知っているのです」
「やめろ……」
「現実世界でのあなたは、宇宙の放浪者としてこの惑星クレイに辿り着いた。濡れ衣を着せられ、裏切り者として故郷の星を追われて……」
「やめろというのだ!」
 怒声で反射的に配下の隊員たちが動きかけるのを、アルファルドは手信号で止めた。
「貴様は怒りで我の目をくらませたいのか。だとすればその狙いは当たったぞ」
「辛いことに触れてしまって、ごめんなさい。でもこれを語らなければ、もう一つの現実も説明できなくなりますから」
「自分はファントムガーディアンだ。現実のことも覚えている。すべて最悪の記憶だ。今さら何を説明する」
「あなたの行為の意味を」
 クリスレインはまっすぐに穿雷竜アルファルドを見つめた。



Illust:ひと和


「退却する軍の最後尾を守り、あなたは味方のためにその身と命を投げ出した」
「殿軍とはそういうものだ」
「戦士たちは武勇の極みと称えられると聞きました」
「あれのどこが武勇の極みか!」
 アルファルドは吐き捨て、クリスレインを睨みつけた。
 かつて彗星の青白い光を曳いて宇宙を駆けていた若き戦士竜、そして今、惑星クレイの地上、幻世界でエリート軍人としてキャリアを確立させた彼が帯びるのは、煮えたぎる怒りといかずちだ。
「約束していた援軍は来ず、我が隊は自分を除いて全滅した。傷つき、やっとの事で帰り着いた我を待っていたのは、無謀な反抗を試み部下を死なせた指揮官として、査問と処罰だったのだ」
「あなたは故郷を追われ、この惑星クレイに辿り着いた」
「あぁ。長い旅の果てに待っていたのも、やはり疎外だった」
 クリスレインは同情に満ちた目で、穿雷竜を見つめた。
 現実世界では友に裏切られ、敗戦の責を一身に負わされ、故郷を永遠に追われた放浪竜。
 この幻世界での彼はエリート武家に生まれ、部下の尊敬を集める、なるかみの戦士なのだ。
「俺は他のファントムガーディアンとは違う。現実世界には微塵も未練がない」
「アルファルド……」
「そして貴様の顔を見れば、そちらも幻世界を受け容れることもないのが分かる」
 クリスレインは頷いた。
「私はリリカルモナステリオ導きの塔の主。都市と学園を現実に留めておくのが務めです」
「だがその抵抗もここで敗れれば終わりだ」
「……」
「やはり相容れぬままだったな。会談は終わりだ。だが、こうした古き流儀に沿った行いには敬意を表する」
 手を挙げて“終了”を告げる穿雷竜アルファルド “幻影”の重々しい言葉は、孤独な宇宙の落人おちうどではなく、ドラゴンエンパイア帝国のエリート戦士竜のものだった。
「せめて苦しまずに倒してやろう!」
 パイルバンカー型突撃槍は、その大きさから想像もできないほど俊敏に、予備動作もなくクリスレインに突き出された。
 だが次の瞬間、2人の間に爆発的なエネルギーが降り注ぎ、クリスレインの身体もそれに逆らうことなく、弾かれたようにその場からいなくなっていた。
「下がるのじゃ、クリスレイン!」
 叫びはウルティニアスのもの。
 友であるクリスレインの様子だけを注視していたウルティニアスは、アルファルド “幻影”が会談終了を告げた瞬間から渾身の一撃、すなわち両者の間にエネルギー弾を放って引き離すことだけを狙っていたのである。
「ではやはり、対するのは貴様というわけだな、万化の幻真獣」
 アルファルドがよろめいたのは一瞬。
 速やかに体勢を整えると、翼を一振りし、まだ空中で宙返りの途中だったウルティニアスのさらに上空のポジションを取った。
「わらわの上を取るじゃと?!」「遅いな」
 ウルティニアスは驚き、アルファルドは悠々と、しかし迅雷の勢いで突撃槍を振り下ろした。
 万化の幻真獣はかわし損ね、ややバランスを崩しながらクリスレインの側に降り立った。
「大丈夫?!」「大事ない」
 しぶとく笑い飛ばすウルティニアスだが、その脇腹には擦過傷がついている。
「治します」
 クリスレインは杖の先を輝かせ、ウルティニアスの患部に当てた。学園都市リリカルモナステリオの指導者として当然、クリスレインは高い医術と魔法力も持っている。
 だが、そのクリスレインも先鋒3名との交戦で無傷というわけではない。むしろ肉体的にも精神的にもいつ斃れてもおかしくないほど弱っていた。さらにアルファルドのように鍛え上げられた強者は、正対し相手を睨みつけ、闘気を浴びせるだけで相手を萎縮させ、疲労させる。その彼が見抜いていたとおり、クリスレインは力ある運命者であっても、その本質はアイドルであり芸術家であり、心優しき教師だった。
 そんな友の震える手には見ぬふりをして、万化の幻真獣はあえて呑気に話しかけた。
「ほどほどにな。彼奴きゃつはゆっくり治す余裕など与えてはくれぬぞ。……それ!」
 ウルティニアスはそう言うなり、クリスレインを抱えて転がった。
 轟音。
 石畳が弾けた。
 再び避け、轟音。みるみる間に回廊はクレーターだらけになっていく。
 穿雷竜アルファルド “幻影”が放つ杭打ち槍のエネルギー。しかも浮遊しながら照準するアルファルドの様子を見れば、これがまだ攻撃としては(ボクシングでいう)ジャブであることは明白。しかもジャブでもKOを奪うことがあるように、アルファルドの攻撃と威力はその一つ一つが脅威であり、万化の2人は回避するだけで精一杯だった。
「アルファルドの強さがこれほどとは……」
 クリスレインは焦りの色を隠せないが、そんな彼女を抱いて飛び続けるウルティニアスは苦笑して答える。
「この回廊を戦場に選んだのは、こちらの素早い横の動きを封じ、槍突の直線的な攻撃を有利にするため。相手はプロの軍人じゃ。わらわは罠だと言ったであろうよ」
「ごめんなさい。私……」
「そなたが謝ることはない、万化の運命者よ」
 ウルティニアスはそう優しく言い、着地すると後方にさっと手を差し伸べた。
 スパークする音が響く。襲い来るアルファルドの攻撃を腕一本で止めて見せたのだ。
 おぉ!
「やるな」
 アルファルド隊の戦士たちからどよめきが起こり、穿雷竜が唸った。かつて誰もあの槍の雷撃を止めた者などいなかったのだ。だがその代償も小さくはなかった。
「……くっ!」「ウルティニアス?!」
 幻真獣が崩れ落ちそうになるのを、クリスレインは必死で抱え起こした。
「よい。それよりこれを思い出せ」
 ウルティニアスは、クリスレインがドレスに忍ばせていたスマートフォンを取り出す。
「ヴェイズルーグが用意したこの端末は、アプリを起動させることで現実世界へ緊急避難ができると聞いた」「そうね。でもそれより腕を」「聞くのじゃ、万化の運命者」
 幻真獣はクリスレインを抱き寄せた。
「これまでの悪口三昧あっこうざんまい、許してたもれ。そなたと話していると、わらわは楽しくて仕方がなかったのじゃ」
「……ウルティニアス」
「これより共倒れを期して突っ込む。もしわらわがたおれたら、すぐにその端末を押すのじゃ」
「嫌です。あなたを置いては……!」
「置いてゆけ。我ら幻真獣は戦うために生まれた。戦場で滅ぶはほまれ。本望じゃ。だが、そなたがその後この幻世界に取り込まれるなど考えるのも嫌なのだ」
 ウルティニアスの口調が変わった。その覚悟が伝わり身を固くしたクリスレインに、別れの言葉が囁かれた。
「わらわはそなたと共に戦えて光栄であった。このあとも現実世界で愛する生徒と市民たちに囲まれ、永く幸せに暮らせ」
「ウルティニアス!」
「さらば万化の運命者クリスレイン。優しく聡明なるリリカルモナステリオ導きの塔の主よ!」
 止めようと手を伸ばすクリスレインを突き放し、万化の幻真獣ウルティニアスは飛んだ。
 狙うは差し違え。
 だが、アルファルド側も同時に飛び出していた。
「死ぬ気で来たか……赫月、フル充填完了」
 その右腕が凄まじい稲妻を帯びて唸りを上げ、振りかぶられた。今までがジャブならば次こそが渾身のフィニッシュブローだ。
「くらえ! バニシングレイ・ボルテッカァァァァァァ!!」
「ぐっ!」
 ウルティニアスはあと一歩という所で、アルファルドの突撃槍にその身を貫かれていた。
「……無念じゃ」
「見事な死に様だ。我が槍の露と消えよ」
 幻真獣の呻きに、ファントムガーディアンは重々しく滅びを宣告した。
「……クリスレイン……!」
 苦しい息でウルティニアスは呼びかけた。
 滂沱の涙を流すクリスレインは、震える手で端末を押す。激しい心身の消耗とこみあげる悲しみに、彼女はもう立ち続ける力すら残されていなかった。
 すると運命者クリスレインはかすみの様に薄れて消え、槍に貫かれていた幻真獣の背後にも“月の紋章”の魔方陣が現れたかと思えば、次の瞬間、ウルティニアスの姿も消えていた。
「あんなの卑怯だ!」「追撃しましょう」そして怒りの唸り。
 騒然とする配下、ドラグリッター レキ、雷鳴仙人ゲルビトール、雷鱗の拳闘士ブラジェドを、隊長である穿雷竜アルファルド “幻影”は手を挙げて鎮めた。
「敵は戦意喪失して退却、万化の幻真獣は力を消失した。我らは勝利したのだ。任務完了」
 3名は一斉に敬礼し、アルファルドも返礼した。
 戦場において、隊長の命令は絶対である。
 ヴェイズルーグと月の門という天敵、そしてその力を有する幻真獣をすべて排除できれば、もう幻世界を拒める者はいなくなる。幻真獣の力を全て無くすことこそ、ファントム側完全勝利の道筋なのだ。
「帰投する」
 部下を先行させ、アルファルドは殿軍しんがりについた。
 誰よりも先に突撃し、誰よりも後ろで引き上げる。
 常に身体を張っているからこそ、部下もまた命を預けてくれる。
 それは軍隊の上官としての覚悟であった。
 この幻世界でも、かつての現実世界でも。
 そしてアルファルドの次の言葉は(同じく上官の心得として)心の内の呟きだったために、信頼で結ばれた部下たちの耳にも届くことはなかった。
「取り込めぬのなら破壊し、滅ぼすのみ。我にとってこの幻世界こそが現実なのだから」



----------------------------------------------------------

《今回の一口用語メモ》

ファントムユニットの幻化について

 惑星クレイ全土を侵食する白い霧の発生と、それに触れたものが幻と化す「幻化」現象と共に、魔王竜ガブエリウスが仕掛けたのが『幻真星戦』。
 それは現実世界と幻世界のどちらか勝利した側が、惑星クレイそのものの未来を掴む戦いだ。

 その中で、ファントムドーム『ドラゴンエンパイア』に陣を構える戦闘部隊アルファルド隊は幻世界の住人でありながら、ドラゴンエンパイア帝国第2軍なるかみ所属を名乗っている。
 これは一見、奇妙にも思える。
 アルファルドの現実世界の姿は、友に裏切られ、故郷を追われた放浪竜。ドラゴンエンパイア帝国軍の正規部隊に指揮官としてのアルファルドの名も、アルファルド隊の記録も無いからだ。

 だが幻世界の住人としてのアルファルドは、ドラゴンエンパイア帝国のエリート軍人の家系に生まれ、自身もその道に進むことを当然の事として、自らに厳しい鍛練を課しながら若くして出世を遂げた戦士竜である。
 そうして幻世界の帝国軍で栄達をとげていたアルファルドが、ファントムガーディアンとして選ばれた。
 幻世界に一度取り込まれたものは(ファントムガーディアンを除けば)現実世界を思い出すことも、認識することもなくなる。幻世界の住人にとってドラゴンエンパイア帝国軍とは(現実世界のものではなく)、「幻世界のドラゴンエンパイア帝国軍」なのだ。
 つまり幻世界のアルファルドは“偶然”、現実世界では叶わなかった理想的な人生を歩んでいたことになる。

 ここまでの他のファントムガーディアンたちを見ても、幻化の影響はそれぞれに違い、本人の意志とは関係なく、現実とは違う幻世界の人生が「既にここまで送ってきた結果」として生じるようだ。アルファルドの場合は理想の姿を手に入れたが、他の者もそうとは限らない。
 幻化に法則性は確認できず、その現れは天のきまぐれのように多岐に渡るからだ。

----------------------------------------------------------

本文:金子良馬
世界観監修:中村聡