ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
231幻真星戦編「無双の幻真獣 ザルヴァ・ドラグニア vs 魔王竜 ガブエリウス “幻影”」
ダークステイツ
「オマエらばっかりずるいぞ。俺も混ぜろ」
声をかけたのは偵察から帰投した、無双の幻真獣ザルヴァ・ドラグニア。
ドラゴンエンパイアの雪原。ファントムドーム『ドラゴンエンパイア』を見下ろす尾根の頂。
ろくな足場もない天空の戦場で、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは二刀を構え、一羽の烏輪の幻真獣レヴノローグと衝突し、鬩ぎ合っている。
何度も斬りつけられ、避け損ねたレヴノローグは羽根も身体もボロボロだが、その目の奥にはまだ消えることのない闘気が燃えていた。
現在、ヴァルガには2体の幻真獣がついている。
四つ足型の火竜ザルヴァ・ドラグニアは《月の試練》を達成して相棒となった者。烏型レヴノローグはその月世界でヴァルガに弟子入りを懇願し、彼の肩に止まることを許された者である。
「お前との斬り合いはまた今度だ。オレたちが刀を向け合えば、それこそ一日中やりあうことになるだろう」
一方のザルヴァ・ドラグニアは豪放磊落な幻真獣である。相棒のヴァルガにも遠慮がない。
「ケッ、俺はそれがいいのによ」
「先日の戦いを経ても、まだ闘気が滾るか」
先日、ヴァルガ一行が遭遇し、倒したのは現実世界で凌駕の宿命者インバルディオと呼ばれていた者である。幻世界の住人としてのその変化は、現実世界でも死闘を繰り広げたことのあるヴァルガも軽い驚きを禁じ得ないものだったが。
「見かけはともかく、あれの戦闘狂っぷりはホンモノだったよな。手強かった」
「……」ヴァルガは無言のままだ。
ザルヴァ・ドラグニアは肩をすくめる。するとその両脇で燃えあがる双剣のような炎も揺れた。
「もう準備は良さそうだな、ヴァルガ。敵情は俺が見てきたし、チャンバラ見てたら俺も戦いたくて仕方がねぇ。そろそろ行くか、目指すはファントムドーム『ドラゴンエンパイア』!……ん?」
む!幻真獣と同じタイミングで、ヴァルガが空を見上げた。
昼間だと言うのに、上空には赫い月がかかっている。
晴天にみるみる白い霧が集まったかと思うと、猛烈なスピードで尾根へと降り下り、そして弾ける。
ヴァルガ、烏型レヴノローグ、火竜ザルヴァ・ドラグニアが一斉に散開し、その無双の幻真獣が叫んだ。
「おー、きたきた!ラスボスのお出ましかよ!」
現れたのは靡く白い髪、力強くはばたく翼、黒と水色に彩られた強靭な身体をもつドラゴン。
魔王竜ガブエリウス!
幻真星戦を行っている張本人。幻影の総大将。
かつては世界を救い、今はこの現実を破壊しようとしている。
それは強大無比の力を持つ偉大かつ凶悪な、幻世界のドラゴンだった。

ガブエリウスは過去を見ている。
それは新聖紀の頃のこと。現在とは国の形も名前も違っていた。
そして彼は竜としてはまだ少年だった。
父は族長ルシウス、母は大神官サリエラ。司令官カシウスはガブエリウスの師匠であり叔父でもある。
守護聖竜を祀る寒村での暮らしは倹しいものだったが、記憶の中では皆が笑顔だ。
村人も、神殿を守る精鋭の竜戦士たちも。
突然。
平和な村の風景が一変する。
燃え上がる建物、互いに殺し合う兵士たち。息絶えた竜たちが白亜の凍土に倒れ伏している。
「やめろ……」
彼が見つめる先、精神を汚染された叔父カシウスの爪に掲げられているのは、父ルシウスと母サリエラの首級だ。
「やめてくれ!」
絶叫。そして暗転。
魔王竜は目を開いた。
ミラージュタワー玉座の間。
塔の内外で近衞の眷属たち、アスピリング・ドラコキッド、フルーシオン・ドラゴン、アテインメント・ドラゴンが主の叫びに反応し、にわかに気配が慌ただしくなってきた。
「いよいよだな」
ガブエリウスは竜の我が手を見下ろした。
今ここに在る魔王竜は、地球にいるガブエリウスがクレイ侵攻を行うために用意した端末体。ただ指令を実行するための装置でしかない。
だがそれでも、本体とリンクしたその脳に、ガブエリウスの記憶が流れ込んでくる時がある。
シヴィルトの精神汚染によって滅ぼされた一族。その絶望と無念の残滓が。
そしてその激情が激しく彼の背を押し、決意を強めるのだ。すなわち、
「我が使命を、遂行する」と。
口をついて出たのは、己が責務。
本体のガブエリウスから与えられた、強烈な行動基準である。
それはガブエリウスが、邪竜の力を察知し、一行を強襲する、ほんの1時間ほど前の話だ。

Illust:萩谷薫
──現在。
1人と3人は、雪を頂く山々の上で睨み合っている。
「邪竜の力を私は赦さない」
「なんだとォ?」
ザルヴァ・ドラグニアの言葉を無視し、ガブエリウスは空中からまっすぐヴァルガを見下ろして続けた。
「我が理想の世界にそれはあってはならないものだ」
「魔王竜ガブエリウスだよな。なんで直接こんな所まで来てるんだ?」
「無双の幻真獣だな」
凍えるように冷たい一瞥と言葉を受けても幻真獣は気にも留めず、ただにやりと不敵に笑い返した。
「あぁ。ザルヴァ・ドラグニアだ。それより俺の質問に答えろよ」
「我が本体より指令が下った。邪竜の力を今すぐ排除せよと。それだけだ」
ザルヴァ・ドラグニアがほんの少し「しまった」という顔になったのは、偵察に出たわずかな間に、ヴァルガの闘気が察知されたことに気がついたからだ。こうして敵に居所を悟られないためにも、幻真星戦において幻真獣と加護を受けた相棒は常に行動を共にしているのだが、それにしても魔王竜ガブエリウスのそれは異常すぎる探知力ではあった。
「はるか南のミラージュタワーからとはご苦労様だなぁ、ここの気配を感じて飛んで来たっていうのかよ。すっげぇな」
喋りながらザルヴァ・ドラグニアは、さりげなく後ろ手に何かを烏型レヴノローグに渡す。
ヴァルガがずいと一歩前に出た。
「大将自ら乗り出してくるとは、潔し。だが良いのか。返り討ちにあえば幻真星戦は終いとなるが」
「その可能性はない」
大した自信だねぇ、とザルヴァ・ドラグニアは首を振った。
ヴァルガは、ガブエリウスの絶対の自信表明にもむしろ冷静な調子を強めて続ける。
「剣士として勝負に臨む以上、はっきりさせておきたい。我らが勝てば全てが“現実”に戻る。そちらが一人で来たのには本来、単騎で臨むのが礼儀だが、対幻戦には幻真獣の力が不可欠である以上、こちらは総がかりで行く」
「異論はない」
「では始めよう」
無双の剣士はすらりと光と闇の二刀を引き抜いた。
「ゆくぞ、ザルヴァ・ドラグニア」
「承知!滾ってきたぜ」
重々しいヴァルガに、無双の幻真獣の応えはあくまで快活だった。

Illust:萩谷薫
ヴァルガは敵の力量を見切り、最初からためらいなく最強の一手を出した。
羽ばたき一つで迫ると、ヴァルガは光の剣を振りかぶり、
「無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”!、参る!」
一の太刀!
ガブエリウスは躱す。さらにヴァルガは闇の剣で十字を描く。魔王竜は2つの真剣を爪で受け、そのまま鍔迫り合いに移行する。
「!」「武爪術。我が一族の秘伝だ。レザエルのこれを見たことがあるだろうが」
ヴァルガは目を細め、口を開いた。
「我らは以前にもこうして刃を交えた。ガブエリウス」「その時も私が勝った。正しくはリィエル゠アモルタの魂を宿した我が肉体がな」
セィッ!
両者の気合いで剣と鍵爪が弾け、2人は飛び退った。
振りかぶり、また刃が噛み合う。
二の太刀!
「オレは魔刃竜の力を己がものとした。この力を使うのが気に食わぬというのなら、なぜ貴様は世界を幻で呑み込もうとする」
「造り変えるのだ、その世界ごと。我ら一族が平和に暮らす、理想の世界に」
ヴァルガが刃を押し込む。
「そのためにこの現実世界を犠牲にしてもか!」
「一度はシヴィルトの力に屈した者がそれを言うのか。未来とは強き者が手にするものだ」
三の太刀!
ガブエリウスはヴァルガの両刀を受け止め、握りしめた。尋常ならば触れるもの全てを断ち切る魔刃である。
膠着しかけた局面に割り込んだのは、無双の幻真獣だった。
「ザルヴァ・ドラグニア、行くぜッ!」
両脇の剣状の焔を燃え立たせた無双の幻真獣の突進が、ガブエリウスとヴァルガの間を割る。
「幻真獣。月の門よりもたらされた、お前たちの力……」
ヴァルガをかばうザルヴァ・ドラグニアを睨みつけ、ガブエリウスは続ける。
「幻真獣の力は幻を破り、幻世界の拡張を妨げてしまう。邪魔な存在なのだ」
ガブエリウスは奇妙なことに、ここで自信と落ち着きを深めたようだった。
「魔王竜 ガブエリウス “幻影”。我が力をここに示そう」
空中で、手を広げるガブエリウス。
「敵を排除する。禁術、始動」
ガブエリウスから黒い力が迸る。
黒い奔流はそのままヴァルガ、ザルヴァ・ドラグニア、後方に離れて戦況を見守るレヴノローグまでも触手のように伸び(当然、少しでも触れれば害があるので)、現実側は警戒と防御のために散開する。
そして距離を取って対峙する。
敵は、空中に悠然と立つ魔王竜ガブエリウス一人。
対する3人は日頃から修練を積んだ戦士たちである。迂闊に飛び込んで隙を作るようなことはしない。
「どうした」
それは一見隙だらけに見えた。
だが無双の剣士ヴァルガはもとより幻真獣ザルヴァ・ドラグニアも、あるいは後方に離れて戦況を見守るレヴノローグでさえも、ガブエリウスが、あのレザエルの師匠でもある古の竜戦士だと知っている。
斬ってこいという、これは誘いだ。
だがそれでも勝負を決める機会ならば、見逃す手はなかった。
「切り捨て御免!」「幻を噛み砕く俺の二刀を受けろ!」
剣士と幻真獣は同時に、しかしわずかにその軌道とタイミングをずらし、避けようもない同時攻撃を繰り出した。
ヴァルガの光と闇の剣が魔王竜の首を刎ね、ザルヴァ・ドラグニアはその逆側からガブエリウスの胴を二刀で薙いだ。
烏型レヴノローグが両翼をあげて喝采を挙げ……かけた。
「禁術、再動」
魔王竜ガブエリウスの静かな声が、敵を擦り抜けて残心に入っていた2人を驚愕させ、振り向かせた。
ガブエリウスはまったくの無傷。変わらぬ姿で空中にあった。
「わずかな光も失せ、伸ばした手は黒く沈み、奇跡は闇へと消える。我が身に宿るは、黒き術。致命傷を無へと帰す」
──!
茫然は一瞬。同時に我に返ると、ヴァルガとザルヴァ・ドラグニアは再び魔王竜に飛びかかった。
そのヴァルガの斬撃を右手一本で受け止め、ザルヴァ・ドラグニアの二刀をまとめて左手で握り押さえるガブエリウス。
腕の振りに続く蹴りと、しなう尻尾で2人は一気に尾根まで突き落とされ、叩きつけられた。
「終わりだ。邪竜の力を振るう剣士、無双の幻真獣」
ガブエリウスは今回の戦いで、初めて渾身の動きを見せた。
すなわち身体が膨れ上がるほどの吸気を見せると、口元に溢れかえるほどの闇の力が収束する。
「受けるがよい。我が生涯をかけた漆黒の燦めきを」
怒濤の闇のエネルギーがドラゴンエンパイア上空、連なる峰に太い筋を描く。
殺到する闇の奔流が到達する直前、起きあがった無双の幻真獣ザルヴァ・ドラグニアが無双の剣士の上に覆い被さり、
「やらせねぇ!ヴァルガ、せめてオマエだけは……」
そして烏輪の幻真獣レヴノローグが預かっていたスマートフォンをタップした。
ドォォォォン!!!
山体の天辺が、まるで落下する隕石の直撃を受けたかのように爆発し、砕け散り、惑星クレイの北半球を響もした。
それは魔王の示威。彼に逆らう者がどうなるかを広く知らしめる一撃だった。
「我が征く先は覇道。何人たりとも止められぬ」
何もない空中に漆黒の穴を出現させると、ガブエリウスはそれだけ言い残して消え去った。
ガブエリウスには3人の緊急避難が見えていただろうか。
もちろん知らぬはずがなかった。なぜなら彼は魔王竜ガブエリウス “幻影”だったから。

Illust:タカヤマトシアキ
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《今回の一口用語メモ》
ミラージュタワー/幻影側の本拠、2つの塔
ミラージュタワーは惑星クレイと地球、2つの世界に同時に出現した同じ形、同じ大きさの塔である。
この塔は、どちらもその最上部に魔王竜ガブエリウスが座す「幻影側」の本拠、世界侵略の中心となっている。
ただし、今回明らかになったように、惑星クレイ世界の魔王竜ガブエリウスはドラゴンの形態を取り、いざとなれば自ら出撃することができる。つまり幻真獣ザルヴァ・ドラグニアの言葉を借りれば「いきなりラスボス登場」となるのだ。
聖竜ガブエリウスと守護聖竜を祀るコスモドラゴン一族、その滅亡については
→ガブエリウス サイドストーリー「わずかな光でも、手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる」
を参照のこと。
ギーゼ消滅については
→世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史 第14章新聖紀後期 ~第二次弐神戦争~
を参照のこと。
《世界の選択》については
→ユニットストーリー041「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)前編 ~昇華する願い~」
ユニットストーリー042「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)後編 ~サンライズ・エッグ~」
を参照のこと。
龍樹侵攻の最終局面については
→ユニットストーリー117 龍樹篇「滅尽の覇龍樹 グリフォギィラ・ヴァルテクス」
ユニットストーリー118 龍樹篇「武装焔聖剣 ストラヴェルリーナ」
を参照のこと。
凌駕の宿命者インバルディオと無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの戦いについては
→ユニットストーリー156 宿命決戦第6話「凌駕の宿命者 インバルディオ」
を参照のこと。
無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”については
→ユニットストーリー160 宿命決戦第9話「時の宿命者 リィエル゠オディウム II 《最後に立つ者》」
ユニットストーリー163 宿命決戦第12話「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
ユニットストーリー165「ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ」
ユニットストーリー181 朔月篇第6話「無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス III」
を参照のこと。
幻真獣の随伴ミニチュア形態については
→ユニットストーリー225 幻真星戦編「月の門番 ヴェイズルーグ IV」
に、悠久の幻真獣 ニルズベイグと、万化の幻真獣ウルティニアスの描写がある。
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声をかけたのは偵察から帰投した、無双の幻真獣ザルヴァ・ドラグニア。
ドラゴンエンパイアの雪原。ファントムドーム『ドラゴンエンパイア』を見下ろす尾根の頂。
ろくな足場もない天空の戦場で、無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスは二刀を構え、一羽の烏輪の幻真獣レヴノローグと衝突し、鬩ぎ合っている。
何度も斬りつけられ、避け損ねたレヴノローグは羽根も身体もボロボロだが、その目の奥にはまだ消えることのない闘気が燃えていた。
現在、ヴァルガには2体の幻真獣がついている。
四つ足型の火竜ザルヴァ・ドラグニアは《月の試練》を達成して相棒となった者。烏型レヴノローグはその月世界でヴァルガに弟子入りを懇願し、彼の肩に止まることを許された者である。
「お前との斬り合いはまた今度だ。オレたちが刀を向け合えば、それこそ一日中やりあうことになるだろう」
一方のザルヴァ・ドラグニアは豪放磊落な幻真獣である。相棒のヴァルガにも遠慮がない。
「ケッ、俺はそれがいいのによ」
「先日の戦いを経ても、まだ闘気が滾るか」
先日、ヴァルガ一行が遭遇し、倒したのは現実世界で凌駕の宿命者インバルディオと呼ばれていた者である。幻世界の住人としてのその変化は、現実世界でも死闘を繰り広げたことのあるヴァルガも軽い驚きを禁じ得ないものだったが。
「見かけはともかく、あれの戦闘狂っぷりはホンモノだったよな。手強かった」
「……」ヴァルガは無言のままだ。
ザルヴァ・ドラグニアは肩をすくめる。するとその両脇で燃えあがる双剣のような炎も揺れた。
「もう準備は良さそうだな、ヴァルガ。敵情は俺が見てきたし、チャンバラ見てたら俺も戦いたくて仕方がねぇ。そろそろ行くか、目指すはファントムドーム『ドラゴンエンパイア』!……ん?」
む!幻真獣と同じタイミングで、ヴァルガが空を見上げた。
昼間だと言うのに、上空には赫い月がかかっている。
晴天にみるみる白い霧が集まったかと思うと、猛烈なスピードで尾根へと降り下り、そして弾ける。
ヴァルガ、烏型レヴノローグ、火竜ザルヴァ・ドラグニアが一斉に散開し、その無双の幻真獣が叫んだ。
「おー、きたきた!ラスボスのお出ましかよ!」
現れたのは靡く白い髪、力強くはばたく翼、黒と水色に彩られた強靭な身体をもつドラゴン。
魔王竜ガブエリウス!
幻真星戦を行っている張本人。幻影の総大将。
かつては世界を救い、今はこの現実を破壊しようとしている。
それは強大無比の力を持つ偉大かつ凶悪な、幻世界のドラゴンだった。

ガブエリウスは過去を見ている。
それは新聖紀の頃のこと。現在とは国の形も名前も違っていた。
そして彼は竜としてはまだ少年だった。
父は族長ルシウス、母は大神官サリエラ。司令官カシウスはガブエリウスの師匠であり叔父でもある。
守護聖竜を祀る寒村での暮らしは倹しいものだったが、記憶の中では皆が笑顔だ。
村人も、神殿を守る精鋭の竜戦士たちも。
突然。
平和な村の風景が一変する。
燃え上がる建物、互いに殺し合う兵士たち。息絶えた竜たちが白亜の凍土に倒れ伏している。
「やめろ……」
彼が見つめる先、精神を汚染された叔父カシウスの爪に掲げられているのは、父ルシウスと母サリエラの首級だ。
「やめてくれ!」
絶叫。そして暗転。
魔王竜は目を開いた。
ミラージュタワー玉座の間。
塔の内外で近衞の眷属たち、アスピリング・ドラコキッド、フルーシオン・ドラゴン、アテインメント・ドラゴンが主の叫びに反応し、にわかに気配が慌ただしくなってきた。
「いよいよだな」
ガブエリウスは竜の我が手を見下ろした。
今ここに在る魔王竜は、地球にいるガブエリウスがクレイ侵攻を行うために用意した端末体。ただ指令を実行するための装置でしかない。
だがそれでも、本体とリンクしたその脳に、ガブエリウスの記憶が流れ込んでくる時がある。
シヴィルトの精神汚染によって滅ぼされた一族。その絶望と無念の残滓が。
そしてその激情が激しく彼の背を押し、決意を強めるのだ。すなわち、
「我が使命を、遂行する」と。
口をついて出たのは、己が責務。
本体のガブエリウスから与えられた、強烈な行動基準である。
それはガブエリウスが、邪竜の力を察知し、一行を強襲する、ほんの1時間ほど前の話だ。

Illust:萩谷薫
──現在。
1人と3人は、雪を頂く山々の上で睨み合っている。
「邪竜の力を私は赦さない」
「なんだとォ?」
ザルヴァ・ドラグニアの言葉を無視し、ガブエリウスは空中からまっすぐヴァルガを見下ろして続けた。
「我が理想の世界にそれはあってはならないものだ」
「魔王竜ガブエリウスだよな。なんで直接こんな所まで来てるんだ?」
「無双の幻真獣だな」
凍えるように冷たい一瞥と言葉を受けても幻真獣は気にも留めず、ただにやりと不敵に笑い返した。
「あぁ。ザルヴァ・ドラグニアだ。それより俺の質問に答えろよ」
「我が本体より指令が下った。邪竜の力を今すぐ排除せよと。それだけだ」
ザルヴァ・ドラグニアがほんの少し「しまった」という顔になったのは、偵察に出たわずかな間に、ヴァルガの闘気が察知されたことに気がついたからだ。こうして敵に居所を悟られないためにも、幻真星戦において幻真獣と加護を受けた相棒は常に行動を共にしているのだが、それにしても魔王竜ガブエリウスのそれは異常すぎる探知力ではあった。
「はるか南のミラージュタワーからとはご苦労様だなぁ、ここの気配を感じて飛んで来たっていうのかよ。すっげぇな」
喋りながらザルヴァ・ドラグニアは、さりげなく後ろ手に何かを烏型レヴノローグに渡す。
ヴァルガがずいと一歩前に出た。
「大将自ら乗り出してくるとは、潔し。だが良いのか。返り討ちにあえば幻真星戦は終いとなるが」
「その可能性はない」
大した自信だねぇ、とザルヴァ・ドラグニアは首を振った。
ヴァルガは、ガブエリウスの絶対の自信表明にもむしろ冷静な調子を強めて続ける。
「剣士として勝負に臨む以上、はっきりさせておきたい。我らが勝てば全てが“現実”に戻る。そちらが一人で来たのには本来、単騎で臨むのが礼儀だが、対幻戦には幻真獣の力が不可欠である以上、こちらは総がかりで行く」
「異論はない」
「では始めよう」
無双の剣士はすらりと光と闇の二刀を引き抜いた。
「ゆくぞ、ザルヴァ・ドラグニア」
「承知!滾ってきたぜ」
重々しいヴァルガに、無双の幻真獣の応えはあくまで快活だった。

Illust:萩谷薫
ヴァルガは敵の力量を見切り、最初からためらいなく最強の一手を出した。
羽ばたき一つで迫ると、ヴァルガは光の剣を振りかぶり、
「無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”!、参る!」
一の太刀!
ガブエリウスは躱す。さらにヴァルガは闇の剣で十字を描く。魔王竜は2つの真剣を爪で受け、そのまま鍔迫り合いに移行する。
「!」「武爪術。我が一族の秘伝だ。レザエルのこれを見たことがあるだろうが」
ヴァルガは目を細め、口を開いた。
「我らは以前にもこうして刃を交えた。ガブエリウス」「その時も私が勝った。正しくはリィエル゠アモルタの魂を宿した我が肉体がな」
セィッ!
両者の気合いで剣と鍵爪が弾け、2人は飛び退った。
振りかぶり、また刃が噛み合う。
二の太刀!
「オレは魔刃竜の力を己がものとした。この力を使うのが気に食わぬというのなら、なぜ貴様は世界を幻で呑み込もうとする」
「造り変えるのだ、その世界ごと。我ら一族が平和に暮らす、理想の世界に」
ヴァルガが刃を押し込む。
「そのためにこの現実世界を犠牲にしてもか!」
「一度はシヴィルトの力に屈した者がそれを言うのか。未来とは強き者が手にするものだ」
三の太刀!
ガブエリウスはヴァルガの両刀を受け止め、握りしめた。尋常ならば触れるもの全てを断ち切る魔刃である。
膠着しかけた局面に割り込んだのは、無双の幻真獣だった。
「ザルヴァ・ドラグニア、行くぜッ!」
両脇の剣状の焔を燃え立たせた無双の幻真獣の突進が、ガブエリウスとヴァルガの間を割る。
「幻真獣。月の門よりもたらされた、お前たちの力……」
ヴァルガをかばうザルヴァ・ドラグニアを睨みつけ、ガブエリウスは続ける。
「幻真獣の力は幻を破り、幻世界の拡張を妨げてしまう。邪魔な存在なのだ」
ガブエリウスは奇妙なことに、ここで自信と落ち着きを深めたようだった。
「魔王竜 ガブエリウス “幻影”。我が力をここに示そう」
空中で、手を広げるガブエリウス。
「敵を排除する。禁術、始動」
ガブエリウスから黒い力が迸る。
黒い奔流はそのままヴァルガ、ザルヴァ・ドラグニア、後方に離れて戦況を見守るレヴノローグまでも触手のように伸び(当然、少しでも触れれば害があるので)、現実側は警戒と防御のために散開する。
そして距離を取って対峙する。
敵は、空中に悠然と立つ魔王竜ガブエリウス一人。
対する3人は日頃から修練を積んだ戦士たちである。迂闊に飛び込んで隙を作るようなことはしない。
「どうした」
それは一見隙だらけに見えた。
だが無双の剣士ヴァルガはもとより幻真獣ザルヴァ・ドラグニアも、あるいは後方に離れて戦況を見守るレヴノローグでさえも、ガブエリウスが、あのレザエルの師匠でもある古の竜戦士だと知っている。
斬ってこいという、これは誘いだ。
だがそれでも勝負を決める機会ならば、見逃す手はなかった。
「切り捨て御免!」「幻を噛み砕く俺の二刀を受けろ!」
剣士と幻真獣は同時に、しかしわずかにその軌道とタイミングをずらし、避けようもない同時攻撃を繰り出した。
ヴァルガの光と闇の剣が魔王竜の首を刎ね、ザルヴァ・ドラグニアはその逆側からガブエリウスの胴を二刀で薙いだ。
烏型レヴノローグが両翼をあげて喝采を挙げ……かけた。
「禁術、再動」
魔王竜ガブエリウスの静かな声が、敵を擦り抜けて残心に入っていた2人を驚愕させ、振り向かせた。
ガブエリウスはまったくの無傷。変わらぬ姿で空中にあった。
「わずかな光も失せ、伸ばした手は黒く沈み、奇跡は闇へと消える。我が身に宿るは、黒き術。致命傷を無へと帰す」
──!
茫然は一瞬。同時に我に返ると、ヴァルガとザルヴァ・ドラグニアは再び魔王竜に飛びかかった。
そのヴァルガの斬撃を右手一本で受け止め、ザルヴァ・ドラグニアの二刀をまとめて左手で握り押さえるガブエリウス。
腕の振りに続く蹴りと、しなう尻尾で2人は一気に尾根まで突き落とされ、叩きつけられた。
「終わりだ。邪竜の力を振るう剣士、無双の幻真獣」
ガブエリウスは今回の戦いで、初めて渾身の動きを見せた。
すなわち身体が膨れ上がるほどの吸気を見せると、口元に溢れかえるほどの闇の力が収束する。
「受けるがよい。我が生涯をかけた漆黒の燦めきを」
怒濤の闇のエネルギーがドラゴンエンパイア上空、連なる峰に太い筋を描く。
殺到する闇の奔流が到達する直前、起きあがった無双の幻真獣ザルヴァ・ドラグニアが無双の剣士の上に覆い被さり、
「やらせねぇ!ヴァルガ、せめてオマエだけは……」
そして烏輪の幻真獣レヴノローグが預かっていたスマートフォンをタップした。
ドォォォォン!!!
山体の天辺が、まるで落下する隕石の直撃を受けたかのように爆発し、砕け散り、惑星クレイの北半球を響もした。
それは魔王の示威。彼に逆らう者がどうなるかを広く知らしめる一撃だった。
「我が征く先は覇道。何人たりとも止められぬ」
何もない空中に漆黒の穴を出現させると、ガブエリウスはそれだけ言い残して消え去った。
ガブエリウスには3人の緊急避難が見えていただろうか。
もちろん知らぬはずがなかった。なぜなら彼は魔王竜ガブエリウス “幻影”だったから。

Illust:タカヤマトシアキ
了
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《今回の一口用語メモ》
ミラージュタワー/幻影側の本拠、2つの塔
ミラージュタワーは惑星クレイと地球、2つの世界に同時に出現した同じ形、同じ大きさの塔である。
この塔は、どちらもその最上部に魔王竜ガブエリウスが座す「幻影側」の本拠、世界侵略の中心となっている。
ただし、今回明らかになったように、惑星クレイ世界の魔王竜ガブエリウスはドラゴンの形態を取り、いざとなれば自ら出撃することができる。つまり幻真獣ザルヴァ・ドラグニアの言葉を借りれば「いきなりラスボス登場」となるのだ。
聖竜ガブエリウスと守護聖竜を祀るコスモドラゴン一族、その滅亡については
→ガブエリウス サイドストーリー「わずかな光でも、手を伸ばした者にのみ、奇跡は舞い降りる」
を参照のこと。
ギーゼ消滅については
→世界観コラム ─ 解説!惑星クレイ史 第14章新聖紀後期 ~第二次弐神戦争~
を参照のこと。
《世界の選択》については
→ユニットストーリー041「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)前編 ~昇華する願い~」
ユニットストーリー042「天輪聖竜ニルヴァーナ(覚醒編)後編 ~サンライズ・エッグ~」
を参照のこと。
龍樹侵攻の最終局面については
→ユニットストーリー117 龍樹篇「滅尽の覇龍樹 グリフォギィラ・ヴァルテクス」
ユニットストーリー118 龍樹篇「武装焔聖剣 ストラヴェルリーナ」
を参照のこと。
凌駕の宿命者インバルディオと無双の運命者ヴァルガ・ドラグレスの戦いについては
→ユニットストーリー156 宿命決戦第6話「凌駕の宿命者 インバルディオ」
を参照のこと。
無双の魔刃竜ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”については
→ユニットストーリー160 宿命決戦第9話「時の宿命者 リィエル゠オディウム II 《最後に立つ者》」
ユニットストーリー163 宿命決戦第12話「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
ユニットストーリー165「ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ」
ユニットストーリー181 朔月篇第6話「無双の運命者 ヴァルガ・ドラグレス III」
を参照のこと。
幻真獣の随伴ミニチュア形態については
→ユニットストーリー225 幻真星戦編「月の門番 ヴェイズルーグ IV」
に、悠久の幻真獣 ニルズベイグと、万化の幻真獣ウルティニアスの描写がある。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡