ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
233 幻真星戦編「幻真獣機神 “月天巨星”アングボルド vs 泡沫の大魔法師 ゼーリス “幻影”」
ブラントゲート

Illust:北熊
◆第1の月←→惑星クレイ[リィエル記念病院]/リモート定例会議
ヴェイズルーグ(以下ヴ)「では始めようと思う。いつものように月とクレイの時間差は音声・映像とも調整してある。目の前にいるのと同じように話してくれて構わない」
レザエル(以下レ)「では私から。ヴェイズルーグ、あなたから聞いていた国家クラスのファントムガーディアンは残すところ、ゼーリスのみとなったと思う」
ヴ:「その通りだ」
ベルクレア(以下ベ)「彼女が相手ならば出て行くのは私しかいない。やらせてください!レザエル先生、ヴェイズルーグ!」
ヴ:「ベルクレア。君の気持ちは理解できるし、応えたいとも思っている。事実、真の覚醒をとげた幻真獣の“充電”間隔からすれば、現在出撃できるのはベルクレアとニルズベイグ、レザエルとリフィストール、幻真獣との組み合わせではないがリィエル゠アニムス、そして我らだ。一方で、幻側はファントムガーディアンのゼーリスと魔王竜ガブエリウス。先日ガブエリウスは単身ミラージュタワーから出撃し、あのヴァルガと無双の幻真獣ザルヴァ・ドラグニアを退け、その際に山を砕くほどの力を見せている。ゼーリスについては情報不足でありその実力も不明。無論、強敵であることは疑いないが。そもそも(幻世界では様々な異常が起こるとはいえ)彼女がなぜ“生きている”のかもわかっていない」
レ:「なるほど。こうして比較してみると、状況は決して楽観できるものではないようだ。ヴェイズルーグ」
ヴ:「我もそう考えている。レザエル」
ベ:「でも、よくわかりません。私たちには、月の門番として今までも赫月病と戦ってきたヴェイズルーグ、あなたがいるし、数だけで言えば現実側が勝ってる。そうでしょう?」
ヴ:「問題はその赫月病が、我が未だかつて見たことのない特徴を持っているものであること。そして幻真星戦を仕掛けてきた魔王竜ガブエリウスが惑星クレイと地球、2つの世界をまたぐ同時存在として我々を脅かしていることなのだ。ベルクレア、わかって欲しい。我が残る2つの敵について、これまで以上に慎重にならざるを得ない理由を」
ベ:「私はあなたを信頼していますし、ヴェイズルーグとレザエル先生、お二人の方針に従います」
レ:「私も。あなたの判断を尊重する。ヴェイズルーグ」
ヴ:「感謝する。戦況について話を戻せば『幻存在は幻世界を越えては存在できない』という制限があり、これはこちら側にとっての有利となるだろう。我々にも多少、態勢を整える時間が与えられるかもしれない。【ノイズ】次なる敵ゼー【ノイズ】」
ベ:「ヴェイズルーグ?!」
ヴ:「待て【ノイズ】、何だ【ノイズ】反応は」
レ:「ヴェイズルーグ!雑音がひどい」ベ:「レザエル先生!通信が乱れています!」レ:「サブ回線のレーザー通信に……」ベ:「ダメです、落ちました。全部!」レ:「何だと!?」
──現在。月面。
ヴェイズルーグは月の門の下、通信設備の前で凍りついたように砂礫の上に立ち尽くしていた。
背後に誰かがいる。
「……なぜだ」
「こちらも必死なの。あなたの想定を超えるくらいはやらないと、勝てないから」
ゆっくりとヴェイズルーグは首をめぐらせる。
確かに彼女がそこにいた。
「初めまして、月の門番ヴェイズルーグ。わたしは泡沫の大魔法師ゼーリス “幻影”」
冷たい瞳のファントムガーディアンは漆黒の宇宙を背に、月の希薄な大気を愛でるように大きく息をついた。

Illust:BISAI
姉妹杖を掲げる彼女の足元、月世界はいま噴き上がる赫い光に照らされていた。
「どうやってここに?ファントムガーディアンは幻世界を離れることはできないはずだ」
「ベルクレアに聞いているでしょう、廻命魔法のこと」
「ストイケイア国のエルフに伝わる秘法だと。ベルクレアは生命を活性化させる“悠久”……」
「わたしが習得したのは“泡沫”。感覚を操ることで他者に幻を見せることもできる」
「では今、目の前にいる姿も幻覚だと」
「その究極系、とでも言えばいいかしら。現実に干渉できる“幻体”。故にファントムドームを越え、こうやって月まで来ることができる」
ゼーリスの目が鋭くなった。
「全てはあなたを倒すため」
「月にまで現れるとは思っていなかったが、そちらからやって来るのならば話は早い」
「時間もね。この月では時が早く流れるわ、クレイとは違って。……決着をつけましょう」
「容赦はしないぞ」
ヴェイズルーグは片手を挙げた。
「来たれ!天を駆ける真なる獣……」
第一の幻真獣 “天戒牙狼”ロズトニル!
「世界を震わす真なる獣……」
第二の幻真獣 “震界蛇王”ガルズオルムス!
「異界を統べる真なる獣……」
第三の幻真獣 ”玲獄寵妃” ヘルグヴァール!
上空には大勢の烏輪の幻真獣レヴノローグが舞い、月の門が輝きを増していた。

Illust:北熊
『天を覆うは漆黒の翼』
間違いなく、これは月の門番ヴェイズルーグ本気の陣形だった。
「くっ……もう少し動揺してくれてもいいのに!」
ゼーリスが姉妹杖を構える。
次の瞬間、月の軍勢が一気に押し寄せた。
烏輪の幻真獣レヴノローグの一団が群体となり、泡沫の大魔法師に殺到する。
第一の幻真獣ロズトニルがその鉤爪で薙ぎ、その質量を活かした体当たりで圧倒する。
第二の幻真獣ガルズオルムスは身体に備わった鋭い切っ先で、すれ違いざまに切り刻む。
陣形だけではなく、一連の攻撃もまた息つく暇もない凄まじいものだった。
「なんと!」
だが声をあげたのは、ヴェイズルーグの側で直衛にあたっていた第三の幻真獣 ”玲獄寵妃” ヘルグヴァール。
主と彼女が見つめる先、いま大地を抉らんばかりの攻撃が集中した地点では無傷のゼーリスが1人、そしてその背後にも同じ姿をした泡沫の大魔法師ゼーリス “幻影”が立っていたからだ。

Illust:BISAI
「……」
2人のゼーリスは、同時に顔をあげた。
「これが、幻影となってより強度を増した、泡沫魔法の真価」
「実体と見分けのつかぬ幻体が、もう一人とは。赫月と泡沫魔法の相性がよほどよかったのか……だが、その程度で我が幻真獣は止められぬ。ここに見せよう、星を守護する力、その真髄を!」
ヴェイズルーグは両手を宙空に差し上げて呼んだ。
「門よりいづるは、我が幻真獣最終機構。三つの祖集う真の器!」
ヴェイズルーグが信頼する第一、第二、第三の幻真獣、ロズトニル、ガルズオルムス、ヘルグヴァールが主の声に頷くと、月の門に向かって翔んだ。3体の姿は3つの光の球となって上昇する。
月の門が今、最大の輝きを放った。
「起動せよ、宙に聳えし月の巨神!」
幻真獣機神 “月天巨星”アングボルド!!!

Illust:中村エイト
宇宙空間では遠近感を把握し、物の大きさを測る物差しがない。
それは大気によるかすみが無いからだ。影は深い闇となり、光は減衰せずに物体を照らし出す。
惑星クレイの周囲を埋める惑星は見かけ以上にとてつもなく巨大なものであり、浮遊する宇宙塵であっても接近するまではそれが微少なのか自分よりも大きい物体なのかもひと目ではわからない。
その理屈は月の空も同じ。だが、そうした理屈すら超えて“巨人”はあまりにも大きかった。
小惑星並みの構造物である、月の門そのものが降り来たったように。
味方であるはずの烏輪の幻真獣レヴノローグの群れも戦く最終兵器の到来、他の何もかもが砂粒程度にしか見えない対峙の中で、ゼーリスもまた、動揺を隠しきれてはいなかった。
「これが噂の……月の門の最終兵器……!」
「赫月と幻影の脅威に対し、我が最大の力をもって処断する。覚悟は良いか、死せるエルフの乙女よ」
「覚悟なんて……とっくにしてる!」
ゼーリスは己が恐怖心を紛らわすように叫んだ。
ヴェイズルーグは一瞬だけ目を閉じ、命じた。
「撃て、アングボルド!」
幻真獣機神 “月天巨星”アングボルドが、それ自体で空を覆うほどの両腕を構えると、エネルギーが集束していく。この隙に逃亡を試みたとしても避ける場所はどこにも無いことは誰もが理解できた。
充填完了!
──!!!!
ビームが放射され、月の平原すべてがその奔流に覆われると、地上のもの全てが湧き立ち、消滅した。ゼーリス2人の姿もまた。
「安らかに眠れ。今度こそ」
ヴェイズルーグは死の荒野と化した月の大地に向かい、瞑目した。
「……この時を待ってたわ」
「!?」
その声は、ヴェイズルーグの背後。正確には、月の門がある方向から聞こえた。
「まさか……!」
ヴェイズルーグが振り返ると、月の門の真上に、ゼーリスがいた。
「最初から、二人は囮か」
「ええ。あなたが全力を出して、月の門から厄介なものを全部出させるためのね。最初から狙いは月の門ただ一つ」
ゼーリスは姉妹杖を構える。
「大きな賭けだったけど、さすがのあなたもこの奇襲で思考が狭まっていたようで安心した。三体目のわたしがいる事なんて、普段のあなたなら簡単に看破していたでしょう。全然動揺しているそぶりを見せないから、わたしの方が焦ってしまったけど、ぎりぎりでわたしの勝ちよ」
「くっ……!」
ゼーリスが杖を放すと、姉妹杖はまるで意志あるものの様に、その手の先で一文字に固定された。
呪文の詠唱が始まると、溶けた月面に泡がさざめき、輝く魔方陣が浮かび上がった。
「我、泡沫の魔法師が切に願う。水よ、母なる恵みをここに。空よ、遥かなる青をここに。雲よ、星の営みをここに。しかして活性せよ、生命の源」

Illust:BISAI
「これが……」
ヴェイズルーグの呟きをゼーリス“幻影”は聞き逃さなかった。
彼女が振りかぶった手の先には巨大な水球を出現させている。
そう。これが門を死へと誘う“泡”よ。
「廻れ、廻れ、廻れ、廻れ……
泡沫の極大魔法 ゼグレ・リオース!」
今、一つとなった泡沫の大魔法師ゼーリス “幻影”が振り下ろした“泡”は、一直線に月の門を直撃した。
それはかつて森の木箱にかけた錯覚の術と同様、月の門に「停止する」という強力な幻覚をかけて、強制的に在り方を曲げる泡沫魔法の極致。
月の門は明滅するとその動きを止め、光を失い、沈黙する。それに伴い、月の門と繋がっていたアングボルド(とその中にいるロズトニル、ガルズオルムス、ヘルグヴァール)は、粒子となって消えていく。
「終わった」
ゼーリスは溶けた大地と無音の世界に向かって息をついた。
見上げた空には青く輝く水の惑星、クレイが浮かんでいる。
「では、ベルクレアに伝えてちょうだい。待っている、と」
ゼーリスは振り向くこともなく言い残した。茫然と佇むヴェイズルーグに。
ゼーリスの全身を泡が包むと、彼女の姿は形を失い、まるで溶け崩れるように消えた。
あとに残されたのは静寂。
月の門は停止した。
現実世界にとって最大の希望が今、ここに潰えたのだ。
了
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《今回の一口用語メモ》
ゼーリス “幻影”──泡沫の廻命魔法が可能とした月の強襲
今回、泡沫の大魔法師ゼーリス “幻影”は自身の分身を作り、月へと投射することで、月の門番ヴェイズルーグを襲い、月の門の機能を停止させた。
ゼーリスがいま飛び抜けた幻存在、ファントムガーディアンであることを差し引いても、これはヴェイズルーグでなくても驚愕の事態なのだ。
本編で起こった異常な事と、その意味を順に解説してみよう。
★生身のまま人が月に達すること
これまでも、宇宙船など機械的魔法的装置の力を借りることなく、月に達した惑星クレイ世界の生物は存在する。
その筆頭が「楽園へ導く者ナナクリル」だ。
ただしこの場合、ナナクリルが属する真宵楽園という世界が、ヴェイズルーグの強い望みに応えて“月まで招来された”というべきで、(明らかに)シルフである彼女自身の力ではない。
一方、ゼーリス“幻影”の種族は現実世界と同じくエルフ。
エルフも強い魔法親和力を持つ種族ではあるが、天輪聖紀において地上で生活している生物が(宇宙に耐性のある仲間や組織のバックアップ体制もなく)、自力で月まで移動した記録は見当たらない。
★人が月で生き延びること
月には惑星クレイ世界にある濃密な大気や水、強い重力がない。
当然ながら、エルフであれシルフであれ、天使であれ人間であっても何かの助けなしには生き延びることはできない。
※ただしスペースドラゴンやギアクロニクルなど、宇宙に棲息する生物や他次元由来のものは別である※
今回、ゼーリス “幻影”はそれに成功し、さらに月の門番ヴェイズルーグとアングボルドとも交戦している。
★ゼーリス“幻影”複製体と、月の門停止の影響
ここでそれらの謎を解く鍵として、本編でゼーリス“幻影”が語っている言葉が「幻体」だ。
ゼーリスはエルフ総合魔法学校で泡沫の廻命魔法を習得している。
その力は彼女が未熟であった頃でさえ強いもので、その“泡”の魔法は「本来意志のない物体にさえ錯覚させることができる」ほどだった。
ゼーリスの言葉から察するに、月に達したゼーリス“幻影”の「幻体」は月でも活動できる(と錯覚している)複製体であり、本体は惑星クレイの地上にいるということなのだろう。
そして月の門の停止は、幻真獣を“充電”する機会が失われたことを示す。
今後のヴェイズルーグ、レザエル、リィエル゠アニムス、ベルクレアの行動が注目される所である。
現実世界のゼーリス、廻命魔法については
→サイドストーリー「ベルクレアとゼーリス 大魔法師物語」
を参照のこと。サイドストーリーの中には、泡沫の廻命魔法についても記述があり、またゼーリスが師匠である学校長に“廻命魔法の可能性”を問う場面もある。
ゼーリスの生い立ちと死については
→ライドライン解説「石川クルミ」
を参照のこと。
楽園へ導く者ナナクリルと真宵楽園が惑星クレイの月面を訪れた時のことについては
→ユニットストーリー201 赫月篇第2話「楽園へ導く者 ナナクリル」
を参照のこと。
レザエルら月の試練の挑戦者や、その後に月で休養する者が月世界で生き延びられる理由については
→ユニットストーリー177 朔月篇第2話「月の門番 ヴェイズルーグ」
で触れられている。
ギアクロニクルである時の宿命者 リィエル゠オディウムが、宇宙空間でも行動可能であることは
→ユニットストーリー163 宿命決戦第12話「無双の魔刃竜 ヴァルガ・ドラグレス “羅刹”」
で触れられている。
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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡