ユニット
Unit
短編小説「ユニットストーリー」
235幻真星戦編「魔王竜 ガブエリウス “幻影” II」
ダークステイツ
種族 アビスドラゴン/幻影

ダークステイツにあるファントムドームの中、ミラージュタワーは暗黒地方独特の瘴気の空の下に聳え立っていた。
周りには荒れ地と遠い山並み以外、何もない。
「……とうとうここまで来た」
「ええ、そうね。レザエル」
閉ざされた門の前で頂を見上げていたレザエルが呟くと、その手を握っているリィエル゠アニムスが答えた。
「ヴェイズルーグ様からの伝言がある。『皆の力で、本当の世界を取り戻して欲しい』と」
リフィストールが言い添えると、背後のベルクレアと彼女の幻真獣ニルズベイグも頷いた。
「ヴェイズルーグも今は手が離せないということか。月の門は?」「そうだ。ヴェイズルーグ様は月世界の機能修復と、異世界《地球》の対応にも力を尽くされている。月の門だが……再起動はまだ当面は難しいだろうとのことだ」
そうだろうなとレザエルは首肯する。
「我々だけでやるしかない」
「レザエル先生、私たちも戦います!でも……」
意を決したようにベルクレアが口を開く、いつも陽気な幻真獣ニルズベイグまでが真剣な様子である。
「正直言って、私たち2人に残された力は、魔王竜を倒すのに充分とは言えません」
「いいや。ベルクレア、ニルズベイグ。ここまで来てくれただけでも心強い」
レザエルが言っているのは、親友であるゼーリス“幻影”を倒した件である。
記念病院へ帰投した後も、悠久の2人が負った心の痛手と、魔法合戦によるエネルギーの減衰は、レザエルとリィエル゠アニムスによる治療──おそらく現在考えられる最高の組み合わせである──を受けても、すぐには回復しがたいものがあった。ニルズベイグに至っては“充電”するための月の門が動いていないのだから。
「でも……ここまで来たのに力になれないなんて」
「ヴェイズルーグの伝言を思い出して、ベルクレア」
俯くベルクレアの肩をリィエル゠アニムスが優しく抱いた。
「月の門番は『皆で』と言った。ヴェイズルーグは誰よりも先を見据えている。この幻真星戦を勝ちきるには一人一人ではなく、全員の力が必要だということなのよ、きっと」
ゴゴゴ……。
アニムスの声を聞いていたかのように、ミラージュタワーの門が重々しい音をたてて開いた。
“来るなら来い”という、これはガブエリウスの意思表示なのだろうか。
見渡すレザエルに全員が頷き返す。
こうして抗戦者──現実世界を守る唯一にして最後の戦士──たちは、敵の本拠へと歩み入った。
ミラージュタワーの外輪構造は、一種の城郭のようでもあった。
外郭門を抜けると、塔本体までは広大な曲輪となっている。
──!
レザエル一行が一歩踏み出すなり、塔の周囲を巡っていた大小の竜が、叫び交わしながらこちらに飛来してくるのが見えた。
『アスピリング・ドラコキッド、フルーシオン・ドラゴン、アテインメント・ドラゴン。獰猛にして忠実なる我が深淵の竜軍団が、お前たちの“現実”を切り刻む』
昼天の空に輝く赫月。
轟雷を思わせる声は、この幻世界の中心である塔自体を震わせるかと思うほど威圧感に満ちている。
そんな中、ベルクレアが笑顔を浮かべ、拳を打ち鳴らして答えた。
「ご紹介ありがと、ガブエリウスさん。そう。いきなりの歓迎ってワケね」
「あーんなザコども、僕らなら一蹴しちゃうよ。ね、ベルクレア」
幻真獣ニルズベイグもようやく本来の調子を取り戻して、その美しい翼を広げた。
「ここは私たちが。行ってください!レザエル先生!」「すまない。頼む!」

Illust:BISAI
ベルクレアの叫びにレザエルは頷くと、リフィストールとリィエル゠アニムスを促して、塔の門へと飛んだ。
彼女がまだ魔法学校の生徒だった頃からの師弟としての付き合い、そして今は共に戦う同士である。言葉は短くても伝わったし、何より、ガブエリウスに抗しきれないならば、せめて自らが囮となって番兵を引き受け、主力であるレザエルたちを先へ、という彼女ら2人の意志を無駄にするわけにはいかなかった。

Illust:豆沢

Illust:saikoro

Illust:イトウヨウイチ
塔の前面は柱列門になっていた。
レザエルが顔を曇らせたのはその構造が、以前、ケテルサンクチュアリ北方で見かけた廃墟とそっくりだったからだ。その時、レザエルはあるコスモドラゴンに武術指南を受け、秘技を授けられていた。
その竜戦士の名こそ、
「ガブエリウス!」
レザエルは内部へと進みながら、その名を叫んだ。リィエル゠アニムスがその後に続く。
リフィストールは2人の背を守りながら進んだ。彼が心を配っているのは、レザエルが熱くなり過ぎないように注意すること、罠や待ち伏せの存在に警戒し、レザエルとアニムスをすべての脅威から守ることだ。
「ガブエリウス!どこだ?!」
『玉座の間。この塔の頂にいる』
「話がしたい。姿を見せてくれ」
『要求か。それならば勝ち取ってみせろ』
レザエルとアニムスが腕に触れて注意を促した。
床と壁以外、何もなかったはずの室内、その空中に3つの揺らぐ暗闇が出現していた。
『表で戦っている者たちを除けば、お前たちは3人。よって3名で出迎える』

Illust:ダイエクスト
『リヴァレントダガー・ドラゴン』
魔王竜の呼びかけに紫色の炎をまとったドラゴンが、両手に剣を構え、鴉のような奇声を上げた。

Illust:Yoshimo
『パイアスブレス・ドラゴン』
長い胴をくねらせる四枚羽根のドラゴンはその口に、黒く燻る炎を蓄えていた。

Illust:ロブジャ
最後に呼び出されたのは、緑色に光る竜型の妖気を操る魔導士ドラゴン。
『フィーブライル・ドラゴン。いずれも近衞の深淵の竜の中でも選りすぐりの戦士だ。……では待っているぞ。レザエル、幻真獣』
暗闇がそれぞれ竜の姿に実体化した時、ガブエリウスの声が響き、そして消えた。
「出口が塞がれた。戦うしかない」と幻真獣リフィストール。
「わかった。では手分けしましょう。私は杖を持ったドラゴンにする。魔法戦になるだろうし、あれが背後に守っているのが上に通じる天扉みたいだから」
リィエル゠アニムスがそう伝えるなり身構えたのを、レザエルと幻真獣が思わず振り返った。
アニムスは肩をすくめる。
「2人とも私がエンジェルフェザーだったのを忘れてない?足手まといにはならないわ」
「しかし……」
『ねぇ聞いて。大事なことだから』
アニムスはレザエルの発言をハンドサインで止めた。
懐かしいエンジェルフェザー隊の共通信号である。
「もう一つ。ガブエリウスが私を呼ばなかったのを聞いたでしょう。これは最も手強いあなたたちを消耗させるための罠。だからその逆を突くの。突破できそうだったら、あなたたちは一気に最上階を目指して、飛んで」
「その後はどうする」
レザエルの問いに、アニムスはなんでも無さそうに肩をすくめて見せた。
これはもちろん恋人の気を軽くするためのポーズである。
「持ちこたえてみせるわ。2人で1人のリィエルとして。私がここで近衞兵である竜たちを止めている間に、あなた達2人がガブエリウスを倒す。簡単なことでしょう」「……」
戸惑うレザエルがリフィストールを見る。幻真獣は頷いた。
リフィストールは、アニムスとしての覚醒以降、彼女の力を高く評価してきたし事実、アニムスはファントムガーディアンであるマグノリア“幻影”を単独で倒している。さらに言えばたった今、披露した戦況分析も、立案した『決戦点集中』戦術も理に適っている。
惑星クレイの民が持つ愛情を論理として学んできたリフィストールだが、この時、なぜレザエルがこれほど強く永く彼女を愛しているのかを、その総量として理解できたように感じていた。“惚れ惚れする”という称賛の言葉の意味もまた。
「さぁレザエル!時間がもったいないわ」
「わかった。では始めよう!」
レザエル、リフィストール、リィエル゠アニムス、抗戦者3人は戦闘態勢に入った。
聖剣を抜いたレザエルが飛びかかった相手は、リヴァレントダガー・ドラゴン。
天使の一撃を、両刀を繋いでいる鎖で受け止めたリヴァレントダガーは、そのまま聖剣を巻き取って鍔迫り合いに持ち込んでいく。
リフィストールは、長い胴のパイアスブレス・ドラゴンに挑む。
敵が吐く黒い炎をよけて肉迫したリフィストールだが、パイアスブレスは蛇のように身体をくねらせ、急激に締め上げて幻真獣を捕らえようとする。辛うじて躱すリフィストールだが、この後のガブエリウス戦を考えると全力のエネルギー放射は温存しておきたい所だ。
一方で、リィエル゠アニムスの狙いはハッキリしている。
故にその攻撃もまた、最初からフルパワーで出し惜しみがなかった。
──!
アニムスが差し伸べるように突き出した手の先、そして彼女の全身から黄金色の細い剣の嵐が、フィーブライル・ドラゴンに降り注ぐ。緑色に光る竜の妖気たちが悲鳴をあげ、魔導士は苦悶の表情で体勢を崩した。
「今よ!レザエル!リフィストール!」「応!」
それぞれ優位に立ち始めていた奇跡の運命者と幻真獣は、鍔迫り合いしていた相手が一瞬呆気にとられるほどの鮮やかさで身を翻すと、フィーブライル・ドラゴンが背にしていた天扉、不気味に赤く輝く幻影の紋章まで一気に突っ切って、突破した。
敵全員と当たり、隙を見て、1点集中突破を計る。
まるでずっとチームを組んでいたかのような鮮やかさである。
すぐさま2人を追おうと迫った3体の深淵の竜たちの前に一人、闘志を燃え上がらせた女天使が立ちはだかった。不敵に微笑むその周囲には、黄金色の細い剣がぎっしりと密集隊形で敵を待ち構えている。
「待ちなさい。あなたたちの相手はこの私、決意と罪を抱く者リィエル゠アニムスよ!」

Illust:海鵜げそ
──ミラージュタワー最上階。玉座の間。
そこは暗闇だった。
レザエルとリフィストールは羽ばたいた姿勢のまま床を擦り抜けると、減速して着地した。
(距離が合わない)
レザエルがその疑念を持って視線を合わせると、リフィストールは言葉にして答えた。
「おそらく低層階から転送したのだろう。魔王竜の力で」
『そうだ』
響き渡る声に2人が振り向くと、室内が赫い光に満たされ、玉座の上を浮遊する竜の姿が見えた。
「ガブエリウス……」
「来たか。決着の時だ」
魔王竜ガブエリウスはゆっくりと床まで降りてきた。
「待て。おまえは本当にあのガブエリウスなのか」
「ガブエリウスだ。だがその“本当”かについては意味にもよるな。レザエル」「……」
魔王竜は部屋の中央まで歩き、そして2人を睥睨した。
「実体ということならば、私の本体は異世界《地球》にいる」「地球。それはシヴィルトの……」「そうだ。ヤツが世界渡りをした先の世界だ」
シヴィルトの名に、また魔王竜の身体が怒りに膨らむ。
「この私は端末体だ。地球にいるガブエリウスがクレイ侵攻を行うために用意した。ただ指令を実行するための装置でしかない」
「端末体……」
「だが、本体でないことはその強さや記憶とは何ら関係がないことだ。このように」
ガブエリウスは軽く前腕を払うような仕草をした。
何気ないその動きに、室内に立ちこめる白い霧が、急に鈍器の硬さとなって2人を襲った。避けようもない。
「ぐっ!」
弾かれ、倒れこむレザエルとリフィストールを、ガブエリウスは静かに見つめている。
「幻真星戦は、邪魔な存在である幻真獣の力を消すためのもの。その術式は運命大戦を模して構築した」
そう言うと、ガブエリウスは片脚を軽く蹴り上げた。
すると塔の天井を破らんばかりの衝撃が突き上げて、レザエルとリフィストールは辛うじて避けた。
背筋が凍るような圧倒的な破壊力と威圧感だった。魔王竜の名は伊達ではないようだ。
「幻真獣さえいなくなれば、世界が理想郷に塗り替わる日も遠くないだろう。お前たちもその世界の住人になるのだ」
「断る。私は現実を、元の世界を取り戻す!」
レザエルは立ちあがった。リフィストールも寄り添うようにその横に並ぶ。
「なぜだ。何のために戦うのだ?レザエル。ヴェイズルーグの言うように、赫月が人の心を狂わせ、幻存在に変化させると信じているのか。私は私だ。変質こそしているが、その心まで月の病などに明け渡してはいない」
「いいや。お前は私の知るガブエリウスでは……世界の未来を案じ、全てをかけて世界渡りを敢行した、あの聖竜ガブエリウスではない!」
魔王竜はほんの一瞬、彼自身を顧みるように沈黙し、そしてその牙の間から軋るように言葉を紡ぎ出した。
「……お前に何がわかる。何も報われぬままに歴史の影に消えていった一族の無念が。……私の孤独が」
端末体である魔王竜ガブエリウスは呟いた。
「この幻世界が偽りであると知りながら、それでもいい、それでも無かったことにしたいと思う過去があり、実現したい今を望む気持ちが抑えられぬのだ。……レザエル、お前は本当に一時も悩まなかったのか?あのユナイテッドサンクチュアリの華リィエルと、お前の愛した真のリィエルと、生きてまた逢いたい、末永く暮らしたかったと」
「……」
「その顔を見れば答えは知れる。それでも、お前は幻よりも現実を選ぶのだな。レザエル。おまえはいつでも真っ直ぐで強い……地球のあの少年のようにな。だから叩き潰さねばならん!私は何を犠牲にしてでも取り戻したいのだ。父を母を、シヴィルトによって同士討ちし滅ぼされた叔父や仲間を!故郷を!」
ガブエリウスは左手に剣を出現させ、身構えた。
その周囲に、幾つもの濃密な闇が固まってゆく。
──!
「避けろ、レザエル!」
声と同時に、リフィストールはレザエルの前に身を投げ出し、次の瞬間……
闇の弾丸が、途切れることなく2人に降り注ぎ、爆煙を上げ、床を崩壊させていった。
「……やるな」
ガブエリウスは静かに言うと再び身構えた。

Illust:タカヤマトシアキ
奇跡再臨!
瓦礫の中から現れたのは、無傷のリフィストールと奇跡の運命王レザエル・ヴィータだった。
「ガブエリウス!私があなたを止める!これで目を覚ましてくれ!」
レザエル・ヴィータは長大な聖剣を振りかざし、突っ込むと、一振りで魔王竜ガブエリウスの防御ごと玉座まで吹き飛ばした。その呼びかけで、彼が剣を振るうのが魔王竜ではなく、聖竜ガブエリウスとその良心を信じ、それに訴えかける一撃であることが察せられた。
「貫け!リフィストール!」
レザエル・ヴィータの指差すままに奇跡の幻真獣リフィストールは、玉座に倒れこんだガブエリウスへエネルギー弾を叩き込む。
──!!
「やったか!」
「いいや。まだだ、レザエル」
床が抜け、壁が崩れ、白く霧の煙る外界まで覗ける惨状の中、魔王竜ガブエリウスは起きあがった。
「禁術、再動」
まるでダメージがなかったように、ガブエリウスは翼を広げている。
「幻か、真か、これは己が存在を懸けた戦い……お前にはここで消えてもらうぞ、我が願いのために」
魔王竜の身体がまた一弾と膨らみ、黒いオーラは半壊した部屋すべてを覆い尽くさんばかりだ。
(来る!)
次の一撃に耐えられるか。
ここまでの威力を見れば受け止めるのは論外だ。
大きく避けて距離を取るか、きわどく躱して反撃に転じるか。
いずれにせよ、それができればの話だ。
レザエルの焦燥を読み取ったかのように、魔王竜は告げた。
「お前は、強かった……。だが、それでも私には勝てぬ」
ガブエリウスはその顎にこぼれんばかりの闇のエネルギーを集束させた。あまりの力の波動に、この玉座の間そのものが崩壊し始めている。
「わずかな光も失せ、伸ばした手は黒く沈み、奇跡は闇へと消える。……この身に宿るは不動の意志! 受けるがよい! 我が生涯を懸けた、漆黒の煌めきを!」
(これで終わりなのか)
轟音。
玉座の間の半分、ミラージュタワーの先端が欠け、地上へと落下していった。
……。
(死んでいない?)
レザエル・ヴィータが閉じていた目を開けると、自分たちの前で手を広げる輝く天使の姿が見えた。
あぁ、これは。
レザエルはこぼれ落ちる涙をもう止められなかった。
過去に幾度も見た光景だ。命が掛かった本当の危機に。何度も。
白く柔らかい光。芳しい香り。
どのような脅威の前でも、彼女はただ微笑んで、こう言うのだ。
「次に目覚めた時はきっとまたあなたがいる。レザエル」
時の運命者リィエル゠アモルタは。

Illust:海鵜げそ
了
本文:金子良馬
世界観監修:中村聡
世界観監修:中村聡