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小説

Novel
クレイ群雄譚(クロスエピック)

第一章 誰が為の英雄

作:鷹羽知  原作:伊藤彰  監修:中村聡

第1章 4話 テグリアとメープル

 往来の喧騒を行くラディリナの歩みは早く、体力の落ちているロロワでは、ついていくだけで精一杯だった。

「あ……のっ……!」

 思い切って声をかけても、振り返ることもない。その背中は雄弁だ。下手をすれば……いや、上手くいけばロロワを置き去りにしていけると思っているのだろう。困る。何せこの3000年後の世界では、彼女のほかに頼るものはない。生まれたての赤ん坊だってもう少し心強いはずだ。

 必死で地面を蹴りあげた、そのときだった。
 人混みの中を行くラディリナの背中にぴったりとつくように子どもが歩いている。その近さに違和感を覚えた刹那、子どもの手がラディリナの腰帯あたりでサッと閃いた。
 その意味を考えるよりも先に身体が動き、ロロワは子どもの手を掴んでいた。

「あ、あの! それ、返してくれませんかっ?」
「——ッ!」

 ロロワに手首を掴まれ、パッと振り返ったのは華やかなピンクと黄色の少女だった。さして身長の大きくないロロワよりもさらに頭ひとつは小さく、頭からは触角、背からは羽が生えており、種族はインセクトだろうとわかる。触角の先端は細く尖り、恐らくは蛾(モス)に違いない。

Illust:kaworu

 大きな瞳がロロワを映し、不審者を見るように歪んでいる。

「何だ? 離せって」

 あまりにも堂々としているので、反射的にたじろいでしまいそうになりながら、ロロワはどうにか声を張り上げた。
「あなたがスったの、ラディの財布、ですよね」
「えっ?」

 ラディリナが懐に手をやって、すぐに顔色を変えた。

「財布がない!」

 観念するかと思いきや、モス少女は唇を尖らせてしらばっくれている。

「知らない。落としたんじゃないのか?」
「僕は見ました。あなたがスって、その羽の間にしまったんだ」
「知らないって!」

 押し問答になったが、一向に財布を出す様子はない。

「羽の間ね、わかったわ」

痺れを切らしたラディリナは剣の柄に手をかけた。まずい。
 ロロワが天を仰ぎかけたその時だ。

「メープルさん?」

 人混みの奥から、凛と響く女の声がする。モス少女は露骨に嫌そうな顔になった。

「げ」

現れたのは、豊満な身体を鮮やかな真白の鎧で包んだ女騎士だった。背丈に合わない大剣を携えているのが人目を引く。鍔(ガード)から剣身(ブレイド)にかけて金色の翼が伸び、その中心では虹色の魔法石が煌めいている。
 亜麻色の髪を靡かせながら、騎士は真っすぐに少女へと向かった。

キャラクターデザイン:kaworu Illust:天城望

「スリがあったと聞こえました。犯人はあなただと。それは確かですか?」
「知らない。知らない知らない!」

 メープルと呼ばれた少女は一転して必死の形相で首を横に振ったが、騎士の視線は鋭く、その正義によって総てを見透かすようだった。

「メープル、さん?」
「うっ」
「真実を」
「うぅっ……」

財布はロロワが見た通り、あっさりと少女の羽の隙間から出てきた。

「——申し訳ありません!」
 事態を把握するなり、騎士はメープルの頭をがっちりと掴んで、深々とお辞儀をさせた。
「その財布がアタシのとこに勝手に入ってきたんだ! っていたたたたた!」
「本当に申し訳ありません。彼女に罪があるのはもちろん、彼女を統率する私(ルビ:わたくし)にも責任があります。罰は何なりと。窃盗未遂ですから、賠償と懲役を……」

 今にも自らの剣でその首を落とさんばかりの勢いに、ラディリナもそがれたようだった。

「いいわよ。こうして戻ってきたんだし」
「そういうわけにはいけません。見習いとはいえ、正義を成すべきロイヤルパラディンの騎士が罪を犯し、贖いから逃れるなんて」
「私がいいって言ってるんだからいいでしょ。って、あなたロイヤルパラディンってことは、ケテルサンクチュアリから?」

 ケテルサンクチュアリとこのストイケイアの間にはずいぶんと距離がある。時空転移を用いるにしても、鎧をまとったケテルサンクチュアリの騎士がいることには違和感があった。

「えぇ。申し遅れました。私、テグリアと申します。ケテルサンクチュアリがロイヤルパラディン第二騎士団の団長を務めております。この不届きものは騎士見習いであり私の部下、メープル」
「アタシは部下じゃない!」

 引き続きお辞儀をさせられながら羽をバタバタさせるメープルだが、テグリアの腕はびくともしない。確かに女性エルフの中でテグリアの上背は高い方だが、それ以上に膂力が尋常ではないのだろう。

 ロイヤルパラディン——3000年前の世界でも、その名声はあまねく知れ渡っていた。魔法科学の粋をつくした最新兵器を携えた彼らの力によって、かつてのユナイテッドサンクチュアリの平和は守られていたと言っても過言ではない。
そこに属しているというだけでも相当の実力者であることは間違いないが、その団長ともなれば一騎当千の力を持っているのだろう。しかし穏やかな物腰からは、大剣を振るう姿は想像もつかなかった。

「差し支えなければ、財布の中身を確認して頂いてもいいかしら?」
「そうね」

 ラディリナは革袋でできた財布の口を開いて覗き込む。

「銅貨が一枚、二枚、三枚……四枚」
「はい、銅貨が四枚ですね。銀貨は?」
「以上よ」

 ラディリナの声はやけに頑なだ。銅貨と言えば、3000年前と価値が変わらないのであれば、一人分の宿代に足りるかどうか。もちろん食事は出てこない。
 テグリアは髪を乱し血相を変えた。

「あの、もしメープルが盗んだようならお詫びを……!」
「以上、よ」

 テグリアはわずかに硬直したものの、すぐに穏やかな微笑みを取り戻した。
「代償には程遠いですが……もしよろしければ、お二人にお昼をご馳走しても?」
「……ありがたくお受けするわ」

 ごはん! ごはん! とメープルが元気に歌い頭を叩かれ、モモッケもピャァッ! とご機嫌に鳴いた。

 4人と1匹が入ったのは、大通りを真っすぐに海へ向かった先にある宿屋だった。空気に潮の香りが混じり始めている。看板には『渚亭』と描かれた看板が下がり、一階は酒場(ルビ:パブ)になっているようだった。
お昼にはやや早い時間だというのにほとんど満員で、あちこちで乾杯の声が上がっている。どの客も年季の入った冒険者といったいで立ちだ。

 その中でテグリアは目立つ。街にそぐわない大仰な鎧姿はもちろんのこと、華やかな上背も豊かな肢体にも視線が集まるのは避けられない。
しかし好奇の視線も、携えた大剣に気づいた瞬間にそっと逸らされるのだった。その大きさによって委縮するはもちろんのこと、鍔の中央で輝く石から放たれる魔力によって気圧されるのだ。
 当の本人は頓着する様子もなく席に着いた。

「ロロワさん、ラディさん、モモッケさん。お詫びですから、好きなものを召し上がってくださいね」
「す、すみません」

 ロロワは恐縮したが、メープルはすでにナイフとスプーンを両手に握っている。

「全部! 全部頼もうテグリア!」
「メープルったら、食べきれますか? それではこちらを全部、ドリンクはアルコール抜きにしてもらいましょうね」
「どうして!」
「子どものときからアルコールを呑んだら強い騎士にはなれませんから」
「アタシは世界一の悪党になるんだからいいんだ!」

 二人の様子は第二騎士団長と部下には到底見えず、良くて近所の世話焼きなお姉さんとやんちゃな子ども、といった雰囲気だ。
ユナイテッドサンクチュアリのロイヤルパラディン——正義と秩序を重んじる彼らは誰よりも厳格で規律を重んじたと聞く。
それも3000年の間に変わり、こんなにフランクに上下関係なく接するようになったのだろうか。
気になることと言えば、メープルの存在自体もそうだ。インセクトと言えば、メガコロニーを筆頭とする犯罪組織に属している種族だという印象が強い。彼女はスリをしたのだから、その認識も間違ってはいないだろう。

言うなれば正義と悪。真逆の二人が行動を共にしている理由は気になるところだ。素直に聞いてしまいたい気持ちもありつつ、ロロワは会話の糸口を探す。

「テグリアさんはどうしてストイケイアに? 例の煌結晶(ファイア・レガリス)ですか?」
 
えぇ、とテグリアは柔らかに微笑んだ。

「それもあります。我が母国ケテルサンクチュアリが望むのは自国の安寧のみではなく、世界の平和。そのためならば力を惜しみません。トゥーリの街は今、人が押し寄せているでしょう。物騒な輩も多く、ストイケイアの正規軍だけでは対処しきれない。そこで私は神殿を守る盛夏の花乙女リエータさんに協力を申し出たんです」
「そうだったんですね」
「今朝も神殿に侵入者があったと部下から報告がありました。煌結晶が世界樹のどこかにあるという噂が立っているらしく……まったく、神域を汚す不埒な輩は許せません。部下たちと共に神殿の警備をさらに厳重にするつもりです」
「は、はは……お疲れ様です」

 不埒な輩であるところのラディリナは、運ばれてきた白身魚のトマトソース煮をモモッケの口に運び「美味しい?」「ピャァッ!」と話していてこちらに視線もくれない。

「あとは……これはあまり褒められたことではなくお恥ずかしいのですが、長く個人的に人探しをしておりまして……そこにストイケイアでの目撃情報があったんです」
「っ!」

 ロロワは思わずフォークを取り落とした。その脳裏にオリヴィの姿が鮮やかに思い出されたからだった。

「僕も人探しをしているんです。テグリアさんはどんな人を?」
 テグリアはひとつ頷く。穏やかな微笑みは変わらなかった。
「人殺し、です」
「ひとごろし」

 ロロワはただその言葉を力なく繰り返す。騎士らしからぬ彼女の口から出ると、いやに非現実的に聞こえた。ラディリナも静かに顔を上げ、視線を彼女に投げる。

「私の恩師であり、前代のロイヤルパラディン第二騎士団長であった誇り高きジラール。素晴らしい人でした。その武勇は国内に響いていました。彼を騙し、無残に殺した大罪人——男の名をオブスクデイトと言います」

 ラディリナがカトラリーを置いた。

「顔写真は? 人探しをしているというんだからあるでしょう」
「それが……オブスクデイトは姿をくらましたときに、総ての痕跡を消していったのです。でも、人相書きならありますよ!」

 テグリアが取り出したのは、一枚の紙だった。端がよれているところを見ると、長い間持ち運んでいるらしい。広げると、手書きされた似顔絵が描かれている。
 ロロワは一瞬言葉に詰まった。

「——っ、すごく……個性的ですね」
「子どもだってもう少しマシな絵を描くと思うけど」

 とラディリナは容赦がない。しかし人というよりは潰れた饅頭のほうがよっぱど似ているという有様なので擁護もできなかった。
 人相書きとしては壊滅的なそれから読み取れるのは、男であるらしいということと、黒い服のようなものを着ていることと、大きな剣を持っているということだけだった。騎士の特徴として、まったく絞れないヒントである。

「人の道に外れたその男を私は罰したい。どんな些細なことでもいいのです。もし情報がありましたら、どうぞ私まで」
「わかりました」
「そうだ!」

 一転して明るい声音でテグリアは手を合わせた。

「ロロワさんは探し人さんの写真などはお持ちで? 私にも協力させてくださいね」
「……僕も持っていないんです」

 3000年前から今に持ってこられたものは細剣のみで、ボロになった衣類は着替えたときに処分してしまった。オリヴィに関わるものは何一つ残ってはいなかった。

「オリーブのバイオロイドで、僕の育て親なんです。首からは黒いペンダントを下げています」
「オリーブのバイオロイドさんですね。でしたら、リエータさんにもお伝えしておきますね。彼女もハイビスカスのバイオロイドですから、何かご存知かもしれません」
「ありがとうございます!」

 ロロワが頭を下げたそのときだった。

——―ゴゴゴゴゴ……

 地響きと共に足元が浮き上がるような衝撃が来て、続けて左右に揺すられる。地震だった。あちこちで悲鳴があがり、ロロワの前にあったディナー皿も横に吹き飛んだ。

「うわっ!」

 唯一残った方の手を伸ばすも、あと少しのところですり抜けてしまう——と思った次の瞬間、皿が空中でピタリと静止した。
 何が起こっている? しかし事態を認識するよりも、地震で転げないようにするので精いっぱいだ。

 地震はずいぶんと長かった。ようやく止んで、身を縮めていたロロワがそろそろと顔をあげると、フロアの皿が何十と空中で静止している光景が飛び込んできた。
 客たちが呆気に取られる中、フロアの上空に浮かんでいる少女がいる。メープルだった。広げた手の先からは、キラリと光る糸が無数に張り巡らされているのがわかる。地震で吹き飛んだ皿たちは、メープルが放った糸によって総て無事だった。
 ピンクとイエローの翅をパラパタとさせながら、メープルはフンと鼻を鳴らす。

「世界一の悪党でもごはんを粗末にしちゃいけないって、ママンが言ってたから」

 ぶっきらぼうな言葉と共にメープルは床に降り、浮いていた皿たちも無事にテーブルに戻る。彼女に突進したのはテグリアだ。

「メープル!」
「ぐぇっ」
「偉いですよ、流石ですよ。それでこそ我が部下、ロイヤルパラディンの見習い騎士です」
「部下じゃない! 騎士じゃない! 苦しい! 離せ! ニャー!」
「よしよし、よしよし」

 もがいているのにも構わずテグリアが力一杯抱きしめるせいで、メープルの顔は完全にその胸に埋もれてしまった。

「むぐぐぐぐ……」

 メープルのファインプレーもあり、間もなく場に喧騒が戻ってくる。人々が口々に呟くのは「またか」という言葉だった。

「また? そんなに地震が多いんですか?」

 ロロワが問うと、メープルを抱きしめたままのテグリアが答えた。

「最近多いようですよ。煌結晶出現の前触れだという人もいますけれど、どうでしょうね」

 そのとき、メープルがテグリアの胸から逃れ出て「プハッ!」と息継ぎをする。懐かない猫のように腕から脱出し、仁王立ちで宣言した。

「帰る! メープル様はもうお腹いっぱいだ!」
「あらあら。ロロワさん、ラディリナさん、またお会いしましょう。それでは良い旅を」

 会計には十分すぎる金額、金貨を一枚置いて、テグリアとメープルは酒場を後にしていった。