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小説

Novel
クレイ群雄譚(クロスエピック)

第1章 誰が為の英雄

作:鷹羽知  原作:伊藤彰  監修:中村聡

第1章 3話 3000年後のストイケイア

 聖域を守るためだろう。石造りの門扉は堅く閉ざされていたが、ケイオスが手で合図をするなり開いていく。

と、その先に広がる光景にロロワは思わず声をあげた。

 運河が縦横に走る巨大な街だった。

 煌めく水路では、船頭が漕ぐ画舫(ゴンドラ)が行き交う。そこに沿うようにして煉瓦造りの家が立ち並び、窓辺には色鮮やかなゼラニウムがそよいでいた。

 圧倒され、聖域から街に繋がる橋の上でロロワが足を止めると、先を行くケイオスが振り返った。

「なかなかのものだろう。トゥーリはストイケイアの中でも首都に次ぐ規模なんだ。三千年前にこの地に根付いた世界樹は、数多の恩恵を降らせた。そこに人が集まり、やがて巨大な街になったというわけだ」

「僕が知ってるトゥーリは、ただの田舎街だったので……ずいぶんと違います」

「これぞまさに三千年! というわけだね」

 往来は賑わい、数多の人々が行き交う。ロロワが目を奪われたのは、その種族が多様であることだった。

 三千年前のズーでは、農村部ではバイオロイドやドリアードたちが作物の生産に勤しんでいた。またズーガイア大陸の中央にはグレートネイチャー総合大学が存在し、高い知性を持つハイビーストたちがそこに知識の粋を集めていた。共通していたのは、国家であっても地域ごとに種族のおおよその傾向があったことだ。

 しかしちょうど傍らをすぎていったのは、白い鎧をまとい巨大な剣を携えたエルフの女騎士だった。その向こうにはいかにも海賊といった身なりのヴァンパイアが悠々と歩く。牧歌的だったかつてのトゥーリの街ではありえない。

「ずいぶん色んな人たちがいるんですね」

「あぁそれはね」

「煌結晶(ファイア・レガリス)よ」

 ケイオスの言葉を奪って口を挟んできたのは、半歩後ろをついて歩いていたラディリナだった。

「みんな、煌結晶(ファイア・レガリス)を求めてきているの。正体は不明、どこにあるかも不明、けれどきっと世界樹の近くにあるはず。聖域にはなかなか入れないけれど、みんな情報を集めて虎視眈々と狙ってここにいるのよ」

「そうみたいだね。だからラディ少女みたいな子がわんさとやってくるわけだ」

 ケイオスは肩を竦め、子どものように唇を尖らせる。

「そのせいで聖域に浸入しようとする不審者が後を絶たなくてねぇ。衛兵長のリエータも毎日必死で走り回っているよ。私も何度”無駄にうろちょろしないでください”と怒られたことか」

「うろちょろ……してたんですか」

「なに、記録できるものは総てしたくなってしまう性質(タチ)でね。物知りおにいさんと呼んでくれてもいいよ。私のスリーサイズ以外なら何でも答えるからね。ちなみにリエータは上から90、58、84だよ」

 ケイオスはくるくるとペンを回して見せる。ロロワは「は、はぁ」と相槌を打つことしかできないが。

「というわけで私は少々歴史を知っているというわけだ。そうだ! せっかくだ、君が眠りについたあとのこの世界のことを話そうか。それはいい、そうしよう」

 やけに嬉しそうに再びケイオスが手にした本が光を放ち、空中に像を結んだ。

「君が眠りについたのち、ギーゼが消滅した。三英雄『クロノジェット』『アルトマイル』『アーシャ』の力によってね」

「あのギーゼが……?!」

 ロロワは思わず口をぽかんと開いてしまった。

 破壊の竜神ギーゼ。

 ロロワのようなただの一般市民にも、その存在、影響力はあまりにも大きかった。遠い地でギーゼとの戦いが続いているとは人々の噂から聞いてはいたものの、木っ端市民の自分たちは火の粉が降りかからないよう努めるのが精いっぱいだった。

「うん。それと共に創世神メサイアも消失してしまった」

「メサイアが……」

 畳みかけるようにして伝えられた事実に、思わず言葉を失う。それは、地の底が抜けてしまうように、ふたつ浮かぶ月が消えてしまったように、当たり前だったものが突然消えてしまうということだ。どんな結果になるかなんて、想像すらできなかった。

 その驚きを見て取って、ケイオスが頷く。

「メサイアは太陽のようなものだった。当たり前すぎて、意識しないほどにその恩恵は惑星クレイにあまねく降り注ぎ、人々はその力によって暮らしていた。さらに悪いことは重なるよ。神格の源『クレイズイデア』の気配も感じられなくなってしまったんだ。その理由は私達のようなただの庶民には到底わからないけれど……さぁ困ったことになったね。何が起きるかわかるかな?」

「いえ……」

「すべての加護が失われてしまったんだ。もちろん魔法は使えない、天災は増えるし魔物は増える、不作によってネオネクタールたちの食料供給が追いつかなくなり、クレイは飢餓に見舞われる。もう大変なありさま、『祈り無き時代』の到来というわけだ」

 ケイオスの歴史書(ヒストリー・レコード)は、苦しみに喘ぐ人々を映し出す。

「それでも人々は生きてきた。この三千年の間、しぶとく、強く、ね。世界は小国に分裂し、合併し、大変な苦労と混沌の末に、六つの国家が生まれることになった」

 画面が切り替わり、映ったのは世界地図らしきものだ。しかしロロワの知るそれとは大きく違ったものだった。国境線が違う、何より目を引いたのは、元はドラゴンエンパイアの南の半島があった場所が丸く抉れたようになっていたことだ。

「ここは……?」

「そこがギーゼの最期になった場所だよ。今はその名の通りギーゼエンド湾と呼ばれているね。地形までも変えてしまうんだから、その壮絶な最期がわかるだろう? 他に気になることはあるかな?」

「メガラニカとズーがひとつになってる……?」

「流石ロロワ少年、いいことに気がついたね! そう、そこがこのストイケイア。縮小したグレートネイチャー総合大学で真理を追究していた賢者『ストイケイア師』によって興された国だ。『絶望せず感謝せよ。加護はクレイに遍く広がり力を蓄えつつ我々を支えている』とされているね。そこに『ズー』と『メガラニカ』が賛同し、ひとつの大きな国家になったわけだ」

「な、なるほど」

 情報量が多すぎて、ただそう反応することしかできない。もちろんそれを気遣ってくれるケイオスではなく、追撃の手をゆるめない。

「ストイケイア師に賛同した者たちがもうひとつある。バミューダ△——あの伝説の歌姫たちを知っているね? そう、「ライブの日には銃声が消える」とまで言われた麗しい人魚の歌姫たち! 彼女たちはのちにストイケイアを離れ、アイドルを目指すあらゆる種族を受け入れながら移動学園都市『リリカルモナステリオ』で世界を巡って平和を訴えているようになったんだ。この学園はなんと、海中ではなく空飛ぶ巨大な白鯨だ」

「さて、魔法が使えなくなったとき……最も打撃を受けるのはどこかわかるかな? 簡単なクイズだよ。魔法が特に発達していたのは?」

 ロロワは少し考え、すぐに思い至った。

「ダークゾーン、ですか……?」

「その通り! 私の故郷であるかの国は、魔の眷属が支配する地。それを統べる魔王たちは実に混沌で好戦的で、加護の消失と共に小国同士の戦国時代に戻ってしまったんだよ。そこにやがて一人の英雄が現れ、魔王たちをどうにかまとめあげ、ギアクロニクルたちもそこに集い、今は『ダークステイツ』として繁栄しているよ。めでたしめでたしだ」

 ケイオスはダークステイツを示していたペン先を北西に向けた。そこはロロワの記憶よりもよりもいささか小さくなってしまったとある国がある。

「お次はかつてユナイテッド・サンクチュアリと言われていた国だ。ここはなかなか大変だった。もともと内乱の多い国だったからね。加護を失ったことで不満が積み重なり、バートン王家が衰退してしまったんだ。さらに内乱に次ぐ内乱、魔物もはびこる、極限まで荒れ果てた。やがて国内の六つのクランから六人の英雄が集まって、天空の島『ケテルサンクチュアリ』を構築したんだ。しかし天があれば地もある。生まれるのは支配するものとされるものだ。歪みを抱えながらも新国家『ケテルサンクチュアリ』は今まで続いているのさ」

 ロロワの知るユナイテッドサンクチュアリは、高い志を持った騎士たちや占術を駆使する巨大企業などによる正義と秩序を重んじる国だった。それがどうしてそのような歪みに至ったのか、想像することは困難だった。

「一方、変わらなかった国もある。ドラゴンエンパイアだ。加護無き後も活動を維持できた五体の古き竜たちがクランを率いて大陸を守護しつづけた。絶望に向かい世界が尽きそうになっても……ね。その高い志を維持できたのは、なぜか。『暁紅院』という神殿が、神格の現身『ニルヴァーナ』の卵を守っていたからなんだよ。卵は孵り、「暁紅院」は太古からの使命を果たした。それによってクレイ中の気候や収穫も安定し、三千年に渡る暗黒の時代が終わりを告げた。そしてご覧の通り、今は復興の真っただ中だ。ご覧」

 そう言ってケイオスはその腕を大きく広げ、街中を指し示す。そこには過積載ではというほど家畜を積んだ荷車、声をはりあげて呼び込む野菜店の主、鼻歌と共に画舫(ゴンドラ)を漕ぐ船頭の姿があった。その顔のどこにも不安はなく、ただ今日を必死で生きていこうという生気に満ちていた。

「どんな世界でも、人々は力強くたくましく生きている。それは三千年前も今も変わらないんじゃないかな。というわけで、昔話はおしまいだ。ここからは君は君の物語を生きていくんだよ」

「はい」

 ケイオスの言葉にロロワはしっかりと頷く。ラディリナはモモッケの枝毛を探している。ケイオスは本をパタンと閉じた。

「ロロワ少年はこれからどうする予定なのかな?」

「僕は育ての親を……オリヴィを探そうと思います。もしこの世界にもういなかったとしても、どんな最期だったか、だけでも知りたいと思っているので」

 最期——そう口に出すだけで、胸のあたりがぎゅっと締め付けられるような心地がした。ロロワのなかでは、オリヴィはほんの昨日まで生きていた相手だ。自分が三千年後に来たということさえ理解しきれないのに、彼が死んだなんて到底受け入れることはできない。

 わずかでも希望があるのなら、それに縋っていたかった。

 そう決心した瞬間、ロロワからグウゥゥ~と力強い腹の虫が鳴り響いた。とっさに残った方の左腕で腹を隠したが無駄だった。

「ちなみに、ロロワ少年の手持ちは?」

「銀貨が二枚ぐらい……ですかね」

 ロロワはカツアゲに合いやすいので、財布担当はオリヴィになっていた。銀貨二枚も正直あったかどうか。

 ケイオスは「なるほど」と大きく、力強く、頼もしく、頷いた。

「ここは頼れる私が若人に手助けを……あ」

 ローブの内ポケットをひっくり返してすぐにケイオスが「まずい」という顔をした。

「すぐに散財するからミカニに没収されていたんだった……」

 悲しそうな顔をしているケイオスに、同じく悲しそうな顔のロロワが答える。

「とりあえずは働き口を見つけようかと思います」

「それがいい。うーん、世話をしてあげたいところだけど、私も神殿の食客の身分でなかなか自由にならないし」

 するとそのとき、通りをまっすぐに響き渡る声がする。

「ケイオス様、ケイオス様ぁあぁ——! どこにいらっしゃるのですか——!」

 振り返れば、神殿から通りにかかる橋の上に、ケイオスの名を呼ぶ衛兵の姿が豆粒ほどに見えた。

「げ」

 ケイオスは蛙が潰れたような声と共に、往来で檸檬(レモン)を積んであった果物店の物陰に身を隠した。怯えたように声を潜めつつ、ロロワとラディリナを呼び寄せる。

「さぁーて、そろそろ私は戻らないと……よし、ラディ少女、いいことを考えたよ。ラディ少女はこの街にしばらく滞在するだろう? なにせ目的の物を得ていないんだ」

「嫌」

「いいことを考えた、よ」

「いーや!」

「衛兵さーん、衛兵さーん、ここに聖域に浸入し逃げた不埒ものがー」

「う、うぐぐ……!」

 歯を食いしばるラディリナに対し、ロロワは苦笑と共に行き場なく立ち尽くすことしかできなかった。

 つまりはそういうことになった。