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小説

Novel
クレイ群雄譚(クロスエピック)

第1章 誰が為の英雄

作:鷹羽知  原作:伊藤彰  監修:中村聡

第1章 13話 世界樹の若芽 ロロワ

 
 疲労していた、薄暗い視界の中だった、そんな言い訳は全て無意味だった。
 戦いにおいては結果だけがすべてであり、ラディリナは持ちうる力のすべてをその一太刀に込め、上空から落下する勢いのまま、オブスクデイトへと振り下ろした。
 しかし——少女の魂を燃やした炎剣は、肉を断つよりも前に火の粉と散った。オブスクデイトの斬撃にて薙ぎ払われたのだ。
 すぐさま二の太刀のために空中で振りかぶるが——間に合わない、と刹那に直感していた。
 その先にあるのは、死。
 モモッケは幼く、まだラディリナを乗せて飛行する能力を有しない。落下する彼女を守ることは不可能、剣を大きく振りかぶった身体は隙だらけだった。
 果たして。
 オブスクデイトが無慈悲にラディリナを両断する。左半身と右半身に分かたれた身体が『ずるぅ』と崩れ落ちる。
 真っ赤な断面から、ぐちゃぐちゃになった内臓が溢れ出す。
 そう予想された阿鼻叫喚は——起こらなかった。

「——えっ?」

 ラディリナは事態を理解するよりも先に、反射的にオブスクデイトの肩を蹴り、宙にてひらりと身を翻していた。着地するなり、地面を蹴って距離を取る。
 追撃はなかった。
 なぜか。突如としてどこかから伸びてきた蔓植物がオブスクデイトの腕に巻き付いて、動きを妨げている。
——こんなことを、誰が。
 ありえない『予感』と共に振り帰ると、そこに立つ一人の少年が、オブスクデイトに向かって手を伸ばしていた。

「——なんで……」

 地獄なんてものはこの世にあって、そうそう都合のいいことは起こらない。あるとすればグロテスクな因果応報の現実だけ。
 なのに目の前で立っているのは幻覚の類ではなかった。
 ロロワが生きていた。

     *

 
「——世界樹の若芽ってどうい」
 ロロワが言葉を作りきるより先に、突如として視界は緑の光に包まれた。ロロワが立っていた精神世界は本のページでも捲るように切り替わり、画面の向こうのようだった景色が現実として顕現した。
 目の前で、堕ちるラディリナの身にオブスクデイトの刃が迫っている——殺される。しかしロロワの身体は鉛のように重く、二人は絶望的に遠かった。
 それでもロロワが無我夢中で右手を伸ばした瞬間、地面から蔓が湧き出でると、二人に向かって疾駆したのだった。
 指ほどの太さの蔦は、ロロワの意のままに動きオブスクデイトの腕を締めあげる。一本一本は弱々しいが、束になれば動きを封じるのには十分だ。

「——……」

 オブスクデイトは幾本かをぶちぶちと引きちぎったものの、絡みつくスピードの方が速い。その場で釘付けになる。
 地面に着地したラディリナはロロワを振り返り、驚愕に目を見開いた。命に別状はないようで、こちらに駆けよってくる。

「ラディ!」
「……ロロワ」

 思わず顔が綻んでしまったロロワに対し、ラディリナの表情は凪いでいる。手を高々と振り上げ、力任せにロロワの背中を叩いた。
 バシィッ! と良い音がした。
 ゴホッ。思いもよらぬ攻撃に咽せると、ラディリナは口をひん曲げながら鼻を鳴らしている。

「元気そうで何よりよ」
「ゴホ、今元気じゃなくなった……」
「生き返れるなら、死ぬ前に言っておきなさい」
「ごめん、今度からはそうする……って、無茶言わないでよ!」
 
 ロロワ自身、自分がどうして生き返ったのか正確なことはわからない。ただ脳のてっぺんから爪先まで、何かが決定的に変わったということだけがわかる。身体の中心に、瑞々しい流れが一本通っているような感覚。それがロロワの感情に応え、蔓植物となって溢れ出したのだ。
 やや冷静になって自分の状況を見れば、オブスクデイトの剣に貫かれた服はそのままだが、胸の傷は塞がっている。右手で胸に触れれば、ドクンドクンと確かに心臓が脈打っていた。
 そこでもげていたはずの腕も再生していることに気づく。
 ゆっくりと指を広げたが、欠ける前と変わらない滑らかな動きだった。息を吹き返したことも、回復したことも、これまで想像したこともなかったような埒外の力が働いている。
 そのとき、場に不似合な底抜けに明るい声が響いた。

「ロロワさんおはようございます! 御気分はいかがですか~?」

 動けないオブスクデイトの背後からエバが陽気に手を振っている。笑顔ではあったが、見開かれた目は異様なほど爛々としていた。そこにはロロワの姿のみが映っている。

「ちゃーんと殺しましたよね? 心臓は停止、魔力の反応もありませんでした。知ってます? それって死んだって言うんです。なのになんで?」

 エバは詰め寄ってくるが、ロロワは口を閉ざした。
 クロノス・コマンドとのやり取りを信じてもらえるとは思えず、信じてもらう必要もない。目の前にいるのは躊躇いなく人を殺す少女だ。
 オブスクデイトの身動きを封じた今——どう出る。
 警戒を解かないロロワに、エバはぷぅっと頬を膨らませた。

「教えてくれないなんて酷いじゃないですかぁ。なんで生き返ったんですか? なんで身体の中から煌結晶が? なんで傷が治っているんですか? 煌結晶はもうないのに、なんでこんなに魔力があるんですか?」
「……魔力?」

 ロロワは思わず問い返してしまった。
 オリヴィと旅をしていた頃のロロワの魔力はささやかなものだった。正確に比べたわけではないが、一般的なバイオロイドの三分の一に満たなかっただろう。
 しかし今、エバの手には煌結晶を探すためのコンパスがあり、その針は真っすぐにロロワを指し示していた。
 魔力の塊である煌結晶はエバが持っているにも関わらず——
 そこに示されている事実は明白、煌結晶よりさらに大きな魔力を持つ物が針の示す先にあるということ。ロロワの身体に満ちているということ。

「ありえません。けれどこの世にありえないなんてことは、ない。きっとみんな私に秘密を暴かれたがっているんでしょう?」
 
 エバが大きく腕を上げると、広がった白衣の中で得体の知れない薬や実験器具たちが物々しい音を立てた。それはまるで拷問道具か何かのようにさえ見える。

「教えてください、実験させてください、綿でくるむみたいに優しく優しくしますから」
「い、嫌です」

 絶対にろくなことにはならない。異様な剣幕に押されて一歩ロロワは後ずさったが、エバも一歩また一歩とこちらに距離を詰めてくる。
 様子を静観していたオブスクデイトは蔓を振り払いながら「おい」と声をかけたが、制止はエバの耳に届かない。一歩、また一歩と歩み寄りながら「こう考えていたんです」と囁いた。

「樹木や骨が化石となりやがてオパールになるように、地中で眠っていたロロワさんの中に世界樹の魔力が流れ込んで、煌結晶ができた——仮説はこうでした。ロロワさん自身はただ世界樹の根本で眠っていただけのおバカさん、ただの依り代、取るに足りないものなんだって。だってロロワさんは見るからにみすぼらしくて、腕もなくて、生きる気力みたいなものも全然! ただのバイオロイド……いいえ、ゴミにしか見えませんでした」
「言われてるわよ」

 と、ラディリナ。ロロワは苦笑をひとつ。

「違いました、大きな大きな勘違い! おバカさんは私のほう!」

 少女は頬を上気させながら、まるで千紫万紅の夢で踊るように謳い上げる。

「世界樹のバイオロイドが、ただのバイオロイドを守るはずがない。考えてみれば当たり前のこと」

 世界樹のバイオロイド、ロロワ。
 エバは飴玉でも転がすようにその言葉を口にして、ふと視線を遠くにやった。

「今でも私の胸を焦がす光景があるんです。莫大な魔力を持つ結晶の内に残された英雄たちの記憶——それを追い求めてここまでやってきました。けれど所詮、それは”現象”や”物質”に対する興味。”人”ではないでしょう? でも今はロロワさんのことを知りたい。捕まえて、開いて、爪先からはらわたの底まで、ロロワさんのすべてが知りたい。ロロワさんのすべてが——欲しい」

 何ごとかを思いついたのか、エバはハッと口を押さえた。

「これってまるで恋みたいじゃありませんか? あぁ、これが初恋なんですね」

 うっとりと囁いたが、その佇まいは総毛立つほどおぞましい。彼女は決して他人を研究対象——“モノ”としか認識しないのに、あたかも正気であるようなふりをするから、いっそう怖気を誘うのだろう。
 ロロワは首を横に振る。

「違う。恋はそんなものじゃない」
「ぐすん……振られちゃいました。ロロワさんなら、きっと綺麗な煌結晶に”成る”と思ったのに……なら——力づくで」

 高らかな宣言に応えるように——エバの手の内で煌結晶が緑炎を噴き上げた。
 溢れる奔流となった、無尽蔵な生命の力。清らかなはずの緑は今や爆発的に燃え上がり、気狂いの魔獣のように天を舐める。

「すべて知りたいんです。どうして、どうして、どうして? そのために生まれた、そのためにここにある——だから!」

 理性や知性からは程遠い、脳髄まで晒すような剥き出しの『欲望』は、明らかに制御されたものではない。
 智慧の元にどうにか律されていた偏執は、最後の箍を失った。
 エバの身に起こった、決定的な『異変』に気づいたのはオブスクデイトだった。一気に蔓を引きちぎり、前を行くエバへと手を伸ばす。

「おい、止まれ!」
「アッハ!」

 声はエバの耳に届かない。
 吹き出していた生命の緑光は黒きエネルギーへと転じ、禍々しい深赭を混じらせながらエバを包み込む。それが彼女のあるべき姿だというように、言祝ぎのように。
 邪悪なエネルギーはエバに触れようとしたオブスクデイトの手さえ跳ね飛ばす。

「アハッ、アハハハハハッ!」

 赤黒い光は虚空に文字列を編み上げる。縒られた文字は束となり、地面を大きくかき混ぜると、たちまち地獄の底のように煮えたち、大きく隆起し、やがておぞましい形を成した。子どもが捏ねて作ったような出来損ないの土の胎児が、顔からずるずると自壊しながら立ち上がる。
 彼女本来の力ではない。こんな力を持つものは聞いたことがない。ならば願いを叶える煌結晶が、彼女に応えたということだろう。理性なき欲望がそのまま形となったようなそれは、五、八、十——瞬く間に際限なく増えていく。
 土胎児は岩のごとき巨大な足を一歩また一歩と踏み出し、ロロワたちに向かってきた。

「捕まえちゃってください!」

 エバの絶叫を受けた土胎児はぼたぼたと泥を散らし、あ、あ、うー……と喃語を発しながら、短い腕を二人に叩きつけた。
 飛びのいてやり過ごせたのは一体まで、折り重なるように身体ごと崩れてくる二体目をラディリナが両断し、返す刃で三体目を袈裟斬りにしようとしたが——間に合わない。岩のごとき拳が降ってくる。

「——っ」
「ラディ!」

 それを食い止めたのは地面から伸びてきた無数の植物だった。土胎児に巻きつき、曳き、粉々に砕いた。
 夥しい土くれを身に浴びながら、ロロワは真っすぐに手を指し伸ばす。指先から瑞々しい魔力が溢れ出し、植物の形を成しながら土胎児へと奔った。
 誰かに教わったわけでもない。『そう在れ』と身体が動く。野生動物が生まれて間もなく歩き出すように、植物が光に誘われて芽吹くように。
 群れを成す者どもを土に還し、蔦を一筋、エバに向けて撃ち放つ。しかしエバの体表に浮かんだ赤黒い環状の光に弾かれ、先端がわずかに頬を掠めたのみ。鮮紅色の筋をつくったが——エバは瞬きすら惜しいというようにロロワを凝視したままだ。

「……素敵」

 エバは手で傷をゆっくりとなぞり、循環液は掠れた痕となる。紅染めの指先をロロワに伸ばして手招いた。

「これだけじゃないでしょう? ではまず……性能の実験から!」

 指先から糸を吐くように赤い光がするすると伸び、黒い円環となった。それは球状に収縮、弾け、爆散した涅色が弾幕のように降ってくる。
 蔓で間に合うか。
 手を伸ばしたロロワだが、それを遮る声。

「——いけるわ」

 ラディリナの瞳は冷静だった。
 モモッケの炎と重ねながら、剣を大きく振るう。断つための剣ではなく、斬撃によって攻撃を防ぐもの。灼熱が黒い魔力を焼き尽くし、外れたものは足元や背後に飛んでいく。二人には傷ひとつ付けられない。

「さすが」
「あなたばっかりにいいとこ見せられないもの。世界樹? 実験? 知ったこっちゃない、全部あと。とりあえずあのクソガキぶっ飛ばすわ、援護」
「りょ、了解」

 男らしい貫禄すら漂わせ、ラディリナはエバを一睨、前へ跳んだ。涅色の魔弾は降り続けているが、彼女に迫るものはロロワの蔦とモモッケの炎が払う。見逃されたものが見当違いの方に飛んでいくばかりだ。
 二人の距離が詰まる。オブスクデイトは間に合わない、ラディリナはひとつ吼え——
 そのときロロワの耳の奥で、カチカチと歯車の重なる音がする。確信には満たない、か細い予感——ぞっとする未来の予感が。

「待って!」

 突如として出現した巨大な花が、ラディリナの突進を妨げる。ロロワによる妨害だと理解して、ラディリナは花を踏みつけ、宙がえりを打った。

「なんのつも、——っ!」

 ラディリナが表情を変える。刹那にして、生命力に満ちた大花が根から朽ち落ちたからだ。見れば、さきほど涅色の魔弾を受けた地面から禍々しいオーラが立ちのぼり、朽ちた花に纏わりついている。
 火炎で焦げたわけではない、酸を浴びたわけでもない、そこに” 腐蝕”が牙を剥いている。
 わずかに踏み込んでしまったのか、ラディリナの靴が黒く錆び、爪先は崩れかけている。もしロロワが制止していなければ、肉まで朽ちたか。

「騎士さんって本当におバカさんですよね。壊すのは自分たちの専売特許みたいな顔をして! 無からの創出は破壊よりもずっと大変だって想像もしない。創り方さえわかれば壊すのなんて……」

 エバの台詞に重なるように、地の底から重々しい震動が伝わってくる。かすかだったそれは瞬きの間に大きくなっていき、ロロワは思わず姿勢を崩した。ただの天災か、それともエバの仕業か。

「世界樹のロロワさんが命を謳うなら、私は死による実験を。殺しますから、死なないでくださいね?」

 無茶を言っている。しかしこれで彼女が引き起こしているとわかったが、何のために——
 ハッとして背後を振り返る。魔弾が外れていった方、狭い山間から頂きにかけて目を向けると、夜闇に黒く広がっていた木々の様子がおかしい。
 ロロワの耳に届いたのは、命であったものの断末魔だ。
 ざわめく木々が朽ち、よじれ、地響きと共に根が大地に露出する。たちまちにして斜面を維持できなくなった。
 いけない!
 直感してロロワは手を向けたが、間に合わなかった。滑った山肌は、朽ちた木や露出した岩を巻き込みながら莫大な流れになった。
 赤黒い魔力を帯びた土石流が、ロロワたちに向かって押し流れてくる。飲み込まれれば皮膚は溶け、肉は崩れ、骨も残らないだろう。人によってどうこうできる力を超えている。
 ロロワはクロノスコマンド・ドラゴンではない、どうあっても英雄には程遠い。
 ちくしょう、なんてらしくもない罵倒を吐いてしまいそうになる。オリヴィなら吐いていた、絶対に。
 代わりに、目前のラディリナが「クソッタレ!」と暴言を吐くので少し笑ってしまった。
 
「捕まって!」

 ロロワが手を伸ばすと、ラディリナがしっかりと握り返してきた。彼女の肩にはモモッケがしっかりと留まっている。
 身の丈を優に越える崩壊の波が、咆哮じみた轟音と共に降ってきた、しかしロロワたちを捉えることはない。無数の蔓や色とりどりの植物が地面から伸び、ロロワとラディリナに巻きついて宙に浮かせているのだった。そのまま土石流の流れに逆らわず、山の上を滑り落ちていく。
 もちろん、腐蝕を完全に防げるわけではない。伸びる根の方から見る間に腐っていくが、それを補うようにして新たな草木が芽をつけ、輝き、広げた枝先で二人を守った。
 このまま流れていき、やがて麓で土砂が止まれば、甚大な被害はでないだろう。
 そんな楽観が胸に広がったのはわずかの間、やや高いところから辺りを見下ろすと、禍々しい濁流に飲まれていく木々の中に、悲鳴をあげる人影がいくつもあるのに気づく。
 ロロワは視力がいい。目を凝らさずともわかった。

「あそこに人がいる!」

 さっきまで山道を越えようとしていた人たちだろう。女が一人、男が一人、子どもが二人。
 身をはったラディリナに助けられ逃げたはずだが、間に合わなかったのだ。

「ロロワ!」

 引っ叩くようなラディリナの声に、ロロワは強い目で応える。

「——うん、助けよう!」

 目標まで約二百メートル、近いようで遠い。息を吸って、吐く。できる、大丈夫だ、自分に言い聞かせる。
 鉄漿染めの黒い歯のように、ぞろぞろと押し寄せる波、その中心に淡緑の光が灯る。奥底から泥を絶つようにして、巨大な木が伸びてきた。幹が泥波を割り、逃げる人々を腐蝕から守る。
 同じく伸びてきた細い蔦の束は彼らの身体に巻きついて、安全な宙へと掲げあげた。肉を溶かす飛沫があがれば、モモッケの放った火炎弾が焼き尽くす。
 間一髪助かった彼らは何が起こっているのかわからない様子で、呆然とあたりを見回している。

「二時の方向!」

 彼らの行方を見ていると、そこに鋭いラディリナの声。
 そうだ、これで終わりじゃない。
 息をつく間もなく視線を巡らせれば、右手前方の山道で、車輪を悪路に取られた馬車がある。生臭い風に煽られた幌が捲れ、その奥に泣き喚く赤ん坊の姿が見えた。

「行く!」

 ロロワは身体を支えていた蔦を蹴り、跳躍する。
 空中に踊った身体を狙って、腐蝕の泥が牙を剥く。かわした。発生させた小葉を踏んで、泥を飛び越え、向こうに身を躍らせる。
 目下十メートル、馬車を泥が飲みこもうとしている。
 細剣を抜き、投げ放つ。地面に刺さるや、緑の枝をつけた木々が湧くように溢れた。枝先に赤く鮮やかな実をつけた、それこそナナカマド、バイオロイドとしてのロロワを成すもの。七度竈で燃やされても燃え尽きることのない、生命の木。それもただのナナカマドではなく、ロロワから注がれた魔力を帯びている。
 じゅう、と腐蝕に焼かれながらも朽ちることはなく、夜の帷を命で満たした。
 ロロワはナナカマドの根本に降り立って、馬車の中に声をかけた。

「長くは保ちません。荷台は諦めて、急いで!」
「は、はいっ!」

 赤子を背負った母親は転がるように出てくると、轅(ながえ)から馬を外し、またがった。
 ロロワが、いけそうですかと声をかけると、弱々しくも頷いて裸馬の腹を蹴って駆け出した。
 次!
 ロロワは細剣を引き抜き、バネ状の植物を踏む。カタバミの種のように勢いよく弾かれながら、再び宙に躍り上がった。
 まだ夜明け前、地平線の彼方がわずかに明るいが、それでも世界は濃い闇に染まる。視界は悪い、強い風を受けるロロワはあまりに矮小だ。それでも。
 目を凝らせ、目を凝らせ。息が止まってしまうほど、脳が千切れてしまうほど、すべてを賭けて人を助けろ。
 そうしてようやくこの世界で胸を張れる!