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短編小説「ユニットストーリー」
005「ディヴァインシスター ふぁしあーた」
ケテルサンクチュアリ
種族 エルフ
カード情報
 ディヴァインシスターとは、天輪聖紀の時代においてケテルサンクチュアリが直面する内外の脅威に対し結成されたオラクルシンクタンク所属のエージェント、戦う修道女たちのことである。

「いと尊き守護聖竜と冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリの名において……はい、以上で本日の講話はおしまいですよ」
 修道女シスターふぁしあーたが笑顔で首を傾げると、詰めかけた群衆も一様に笑顔でほっと息をついた。ふぁしあーたは話が上手くない。上手くはないが、一生懸命喋るその様子になぜか人々は癒され、またその声が聴きたくて休みの朝からこの神殿に足を運んでしまうのである。
「続いてお悩み相談のコーナーです。何かお困りの方いらっしゃいますかぁ」
 はいはいはーい!と若い男女が次々手を挙げる。
 ふぁしあーたはまたにっこり笑うと、最初の相談者を登壇させた。


 ケテルサンクチュアリの首都セイクリッド・アルビオンの南西にユクラック湖がある。
 地図で見ると大平原のほぼ中央に位置するこの湖は、極端なほど南北に細長い形をしている。
 伝説によるとユクラック湖は遥か昔、この地を襲ったただ一体の竜によって大地に刻まれた裂き傷、その名残りなのだという。竜がどれほど力の持ち主だったかは想像するだに恐ろしいが、皮肉にも3000年の時を経てその爪痕にたまった豊かな水は一帯の水源として大地を潤し、人々に豊かな実りをもたらしていた。
 ふぁしあーたが定期的に訪れるブラストレイク神殿は、そのユクラック湖の南岸にある。

修道女シスターふぁしあーた、お願いがございます」
 最後の相談者がふぁしあーたの前で頭を垂れた時、湖面には午後の日差しが落ちていた。
 子供の病気から恋愛相談まで、列をなした人々との会話の後でもふぁしあーたに疲労の影はない。ふぁしあーたの種族が長命を誇るエルフというだけではなく、そもそもこの快活な修道女シスターが色々な世代の人間と様々な話をするのを心から楽しんでいるからだろう。老人の思い出話も、彼女にとってはつい昨日のことのように鮮やかで色褪せない記憶なのだから。
「はぁい、何でしょう」
「本来であれば第2騎士団にご依頼すべきことかもしれませんが」
「神殿は騎士団がいる天空の島ケテルギアとみなさんを近づける場所でもありますよ。遠慮なくおっしゃってください」
 口調こそ穏やかだが、ふぁしあーたの顔は真剣だった。
 それは彼女たち修道女シスターが抱えるある・・使命感のためなのだが、詰めかけた者のほとんどはそれを知らない。
「ありがとうございます。おかげさまでユクラックの湖は岸に小魚や貝、中央に漕ぎ出せば大魚もおりまして、季節を問わず豊かな実りをもたらしてくれております」
 相談者は湖南部の漁師長だった。
「はぁい、いつも美味しいお魚ご馳走様でーす」
 ふぁしあーたがまた破顔する。湖近くに勤める修道女シスターらしく魚は好物らしい。
「どういたしまして。……しかし実は最近、岸近くの漁が大変な不振でして」
 はて、とふぁしあーたが首を傾げる。
「魚寄せの護符が弱まっているのかしら。さっそく作り直しましょうね」
 いえいえいえと漁師長はあわてて手を振った。
「中央部は大漁なくらいなのです。その原因ははっきりして……」
 どぶん、とその声を遮るように湖に水音がたち、神殿に詰めかけた人々から悲鳴が上がった。
「あれです!ああなんてことだ、こんな近くにまで……!」

 人々は口々に反対したが、ふぁしあーたの意思は固かった。
「わたし一人で参ります。小舟を一艘貸してください」
「男衆総出でお供します。もし修道女シスターに万が一のことがあったら、私たちは……」
 ふぁしあーたは笑顔で首を傾げた。
「わたし、大丈夫ですよ。ホワン君ならよくご存じよね」
 ホワン
 ふぁしあーたは意外な人物に同意を求めた。近くの村の引退した長で八十歳はゆうに越えようかというホワン爺だ。ふぁしあーたの集会に欠かさず現れる、その腰の曲がった皺だらけの老人は小さな声で何か言っている。
「……か……れ……」
「え、なんですって?」
 耳を近づけた現村長が、なんとも言えない表情でホワン爺の言葉をこちらに通訳する。
『一発かましたれ、修道女シスターふぁしあーた』
「おまかせっ!」
 止める間もなく、ふぁしあーたは素早くもやい綱を解くとひらりと小舟に乗って湖に漕ぎ出した。
 ふぁしあーたのオール使いは巧みだった。ホワン爺がまだ少年のころ、ふぁしあーたは彼とよく対岸まで小舟で競争したものだ。頭巾(ウィンプル)にレース付きの修道服を着たエルフはいつも負け知らずだった。
「さぁ来ましたよ。おでなさぁい」
 ふぁしあーたは静かな湖面に語りかけた。
 水に動きはない。
 ふぁしあーたは目を閉じて待った。
 本来水がなかった土地に生まれたユクラック湖は独自の生態系をもっている。ふぁしあーたもこの長い神殿勤めで何度かその噂・・・は聞いたことがあった。
 湖に潜む脅威。
 その中でももっとも大きく、どう猛な生き物。
 普段は湖の北に棲んでいるとされるが、南に現れたのは気まぐれか気候の変化か。
 小舟の前面、少し離れた水が騒ぎ出した。
「ディヴァインシスター ふぁしあーたがお相手しまーす」
 緊張感のかけらもない声とともに、ふぁしあーたの両手に6枚の金属片が現れた。
まるで奇術師の手品のように何もない空間から出現したのは〇と+を組み合わせた皿のような物体。ふぁしあーたがさらに手を振るとそれぞれが結束した7本の爆筒と合体する。まるでローソクと燭台のようになったそれ・・はふぁしあーたの細く強い指で6体の生き物のように踊った。
 水から突き出たひれがものすごいスピードで小舟に迫ると──
 ザァーン!
 大人二人分はあろうかという巨大な淡水鱶が、ふぁしあーたを襲った。
「やっぱりサメさんでしたかー」
 ふぁしあーたの口調には微塵の動揺もない。
 足の動きだけで巨大なサメと波を避けると、ひらりと左手が翻った。
 ドーン!!
 最初の結束爆弾が湖に水しぶきを立てた。
「今回、ちょっとおイタが過ぎましたね。湖の生き物と漁師さんの船に対する乱暴狼藉。見過ごせません」
 ふぁしあーたは船の上で静かに語り続ける。
「とは言え、湖は本来往来自由の場所。ですからおとなしく去ればよし。でも……」
 ドーン!!
 笑顔のままふぁしあーたがまた爆弾を放る。
 サメは──魚類としては高度な知能をもつと言われるが──混乱の極致にいた。
 いかなる動物もこのような反撃をしたことがない。自分はこの湖の王だったはずなのだ。
「このままわたしの可愛い信徒さんたちを」
 ドーン!!
「困らせるならお仕置きしちゃいますよー」
 ドーン!!
 船の真下に深く潜りつつ、水中のサメはすでに一時退却を決めていた。腹立たしいが今は態勢を整える時だ。だがその前に、この小さい奴を……。
「ふふっ。何考えてるか、わかっちゃってますからねー」
 ふぁしあーたは静まった船の上で静かに待っていた。
 ゴゴゴゴゴ
 ふぁしあーたの耳がぴくりと動いた。
「!」
 予備動作もなく、真上に、高く高く跳躍する。
 ザァーン!
 ド・ドーン!!
 船ごと呑み込もうと浮上して水を割ったサメと、残り2発の結束爆弾がその至近距離で爆発したのが同時。
 最後の轟音はまったき一つのものとして、ユクラック湖に広く響き渡った。

 湖南の漁師たちが総出で、船を乗り出した時、人々が修道女シスターの名を呼ぶ声には絶望が溢れていた。
が、その時──
「はぁい、みなさん。これでもうおしまいですよ」
 湖を包む爆煙の中から声がした。講話を終えたのと同じ声。
 ボロボロの小舟と、煤一つ付いていない修道服。首を傾げた笑顔。
 ふぁしあーただった。

 ディヴァインシスターには信仰と信徒の保護に身を捧げるほかに、もう一つ大事な使命がある。
 ケテルサンクチュアリは、天空の浮島ケテルギアによる支配が確立している国だ。
 かつて惑星クレイの危機を何度も救った神聖国家ユナイテッドサンクチュアリの頃の繁栄には及ばないとはいえ、天空に住まう者は物資・流通・情報・魔法・科学技術に至るまで恵まれた、楽園のような暮らしができるといっても過言ではない。国民のもう一方、地を耕し、湖に網を打って日々労働に明け暮れる、地上に住まう貧しい民に比べれば。
 天上に対する地上の不満は常にくすぶり続けている。それは放置すれば反乱という名の脅威となり、国はまた荒廃の危機に直面する。
 そんな中、戦う修道女バトルシスター、ディヴァインシスターたちは常に、地上の民とその生活に寄り添う存在である。
 天上と地上を結ぶ懸け橋。失われた信頼と結束を取り戻す、その一助となればと。
 ゆえに、ふぁしあーたは祈り、語り合い、慈しみ、そして戦うのだ。
「いと尊き守護聖竜と冠頂く我が神聖国ケテルサンクチュアリの名において……神罰遂行ディバイン・パニッシュメント

 ディヴァインシスターとは、天輪聖紀の時代においてケテルサンクチュアリが直面する内外の脅威に対し結成されたオラクルシンクタンク所属のエージェント、戦う修道女たちのことである。



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《今回の一口用語メモ》
 ディヴァインシスター
 以前はバトルシスターと呼ばれていた戦う修道女。
 天輪聖紀では、オラクルシンクタンク所属のエージェントとして、内外の脅威に対抗している。その活動は基本的に秘密・非公式のものだが、神格の加護なき時代に地上と天空(ケテルギア)を結ぶ懸け橋として人々の生活を助け、修道女として信仰と希望の灯をともし続けることを最優先の任務と考えている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡