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短編小説「ユニットストーリー」
007「高層の曲芸師 マージョリー」
ダークステイツ
種族 サキュバス
カード情報
「ハイハーイ!こんにちはー!元気だった?あたしに会えなくて寂しかった?……ねぇキミ、そこのキミだよ~!こっち向いてごらん!」
 僕はハッとして顔をあげた。
 するとこちらを見下ろしている彼女と目が合った。僕は彼女を見、そして彼女は僕を見ていた。
 とんでもない高みにいる彼女には豆粒ほどの大きさにしか見えないはず。でもこのときなぜか、確かに客席の僕のことを指して言った言葉だとわかったんだ。
「それでは始まります。かつてギャロウズボール・チアリーダーとして満場の観衆と選手をも酔わせた高層の曲芸師アップワード・アクロバット!我がサーカス団の花形スタア!最大級の曲芸アクロバット・マキシマム!マージョリーの綱渡りをとくとご覧くださーい!!」
 ピエロの声が高らかに謳い、僕らは今日一番の歓声をあげる。
 巨大なテントもどよめく・・・・ほどの喝采の中、彼女は渡り始めた。
 トレードマークの日傘を指しながら、まるでそこが宮殿の廊下であるかのように悠然と気品に満ちて……。

「まったくこの子ったら、あれからずーっとボーっとしちゃって、もう」
 帰り道。母さんはずっとおかんむりだった。
「まぁまぁ、楽しかったんだから良かったじゃないか。踊る獣たちに火の輪くぐり、そして綱渡り。こんなこと年に一度もない事なんだから」
 と父さん。確かにブラントゲートとの国境近くの山奥にある僕らの村、イザックは山と森以外なにもない所だ。僕らにとってクマやオオカミはピエロとダンスするものではなく、夜に餌を求め家畜を襲ってくるモノなのだから面白くないわけがないだろう。
「だからってもう!知ってるでしょ、あれはアレですよ。だからこんな6歳の男の子まで」
「ありぁキレイだったもんなぁ」
「もうあなたまで……いやだわ。村の男たちは当分、木に斧が通らないわね、きっと」
 母さんは深いため息をつくと僕と、なんだか足元まで怪しくなっている父さんを家に急がせた。
 僕はもう一度、サーカスのテントの方を振り向いてみた。テントは幻じゃなく、森の空き地に高くそびえていた。賑やかな音楽がまだ聞こえてくるようだった。あの言葉もまた……。
『あたしに会えなくて寂しかった?』
 綱渡りをしていたあのお姉さんが“サキュバス”なんだと教えられたのは、その晩のことだった。



「入団したいだぁ?」
 かっと目を剥いてピエロが叫んだ時、僕は話しかける相手を間違えたことに気が付いた。でもサーカスの採用係が誰かなんて分かるわけないじゃないか。
 ところが間違いじゃなかった。
「な~んてな。実はよく来るんだよ……でアンタ、特技は?」
「へ?」
「へ?じゃねぇ。特技がなくちゃサーカスの一員なんぞなれるワケないだろうが」
「えーっと、木の皮剥ぎはうまいって言われます。あとロープ結びも」
「おとなしく家業を継ぎなって。あーダメだダメ。他は?」
「根性と体力はあると思います。雪山で迷子になった時……」
「あのなぁ、そもそもサーカスは雪山になんて行かないんだよ。遭難もしない。たぶんな」
「大食いなら誰にも負けません!」
「ヘイ!獣のエサ代だけでもドえらい出費なんだぞ!うちを潰す気か?!もう帰ってくれ!」
 怒り心頭のピエロはテントに帰りかけていたけど、僕は絶対このチャンスを逃したくなかった。ただ待っているのはもうゴメンだ。思いついたこと何でも言ってやる。
「どんなに高い所でも平気で登れますっ!!」
 ピエロはピタリと動きを止めた。
「ほ~う~」
 ピエロはクルリとカラクリ人形のように振り向いた。
「小僧ぉ……その言葉にウソはないだろうなぁぁ」
 ピエロはずんずん近づいてきた。
「は、はい、ホントです!」
 目の前に迫りくるピエロの顔に気圧されながらも、僕はしっかりと答えた。

 長い長い契約書に全部目を通し、何度も何度も誓約を繰り返して、僕はやっとサーカスのテントの裏に入ることを許された。まだよくわからないけど、このサーカス団ペイルムーンには秘密が多いらしい。
 自己紹介もそこそこに僕は“現場”に連れていかれた。
「おまえみたいな田舎モンでもブルースの旦那のことは知ってるよな。そう、チーム「ディアブロス」のかしら、“暴虐バイオレンス”ブルースのことさ。彼女をギャロウズボールからスカウトした時にゃ、俺はホント、命が九つあっても足んねぇくらいの目にあったんだぜぇ……まぁ人生、何に替えても手に入れたいモノって一つはあるよな」
「前任者はひと月もたなかった。その前は3日で逃げ出した。その前は珍しく3年務めて円満引退さ。なんでもそのあと神官に転職したんだと。それでも最後がいなくなって、かれこれもう10年になるかね。まったく男は悲しい生き物さね」
 ピエロ……いやこのサーカスの専属演出家は低い声で何やら穏やかでない言葉をつぶやいていたが、僕にはもう何も聞こえていなかった。
 テントの最上部。
 長い間手入れされていない木枠や舞台装置は、まるで僕に直してもらうのを待っていたかのようだ。
 頑張るぞ!今日からここが僕の職場だ。あの人のために隅から隅まで真っさらにしてあげよう。
 ピエロのどこか皮肉な声が僕の耳に届いた。
「ま、うまくやんなよ、高層係・・・。アンタなら案外長続きしそうな気がするぜ」

 サッとカーテンが引かれる。
 そこには彼女が、サーカス団の花形スタア《高層の曲芸師 マージョリー》が綱に腰かけて待っていた。
 トレードマークの日傘を指しながら、まるでそこが宮殿の廊下であるかのように悠然と気品に満ちて……。
「ねぇキミ、元気だった?あたしに会えなくて寂しかった?」
「はいっ!これからよろしくお願いしますっ!」
 サキュバスはあの日とまったく変わらない笑顔で迎えてくれた。
 彼女に選ばれた僕は、あれから10年がたち16歳になっていた。



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《今回の一口用語メモ》
サキュバス
夢魔。人型で女性の姿をしている。
惑星クレイのサキュバスは、性格が凶暴なのから社会に適応している(チアガールやサーカス)者まで様々なタイプがある。
いずれにせよ異性の人間(つまり男性)の精気を糧として生きているので接触には注意が必要である。

真夜中のサーカス団
蒼ざめた月ペイルムーンとも呼ばれる、世界で最も有名なサーカス団。
「永遠の夜宴」を主宰する魔王のお気に入りであり、世界中を巡業して公演している。
なお、「真夜中のサーカス団は魔王直属の暗殺者集団である」という根強い噂がある。
敵対する魔王の平均寿命や、海外公演時の要人の不審死の統計データ、サーカス団のパトロンである魔王が武闘派ではないにも関わらず、長きに渡り領土を維持したことなどを根拠として、いわゆる都市伝説として語り継がれている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡