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短編小説「ユニットストーリー」
009「ハイドロリックラム・ドラゴン」
ストイケイア
種族 ティアードラゴン
カード情報
 ゴーッ!ちゅどーん!ざっぱーん!
 それは音にするとこんな風。わたしは頭上から盛大に注ぎ降る冷たい海水に打たれた。
 いつもこの船に付きまとう陰鬱な雨とは比べ物にならない水の塊。これではまるで滝の下だ。
もちろんバイオロイドはこれしきの海水を浴びた所で機能に支障はないけれど、半ば植物の特性をもつわたしにとっては辛い仕打ちだ。
 ギーゼエンド湾に大きな波が立ち、船が大揺れに揺れる。
 手すりにしがみつくわたしの横を、樽やら骨やら半透明の人型やらが甲板を転げてゆく。
 幽霊船リグレイン号は空中に浮かぶ船だけど、これほどの衝撃となると無事ではいられない。
「ちょっと!試し射ちって何なのよ、これっ!」
 とわたし──こと継承の乙女ヘンドリーナは船長を振り返って怒鳴った。
「これでも手加減してもらったのだ。さて、我が船の新たな構成員を紹介しよう」
 杖で背後を指しながら、船長──怪雨の降霊術師ゾルガは悠然と答えた。
 その先には小山のように大きい水竜が水面から立ち上がり、わたしを光る眼で見下ろしていた。



 メガラニカ=ズー海の西岸。ドラゴンエンパイアの南端にギーゼエンド湾がある。
 はるか昔、この地で神格ギーゼが消滅したその影響で湾とそれを囲む島々が生まれ、ほぼ円形をした内海となった。
 その変化はもともとの地形──海と陸のちょうど境目に巨大隕石が落ちたようなものである。
「……と地誌や古文書の記述にはあるわね」
 湾の出口にあたるモルト岬の集落にたった朝市で、必要な物資を買い揃えながらわたしは解説した。
「もっとも今は、複雑な地形に集まってくる海の生物のおかげで世界有数の豊かな漁場としても有名」
 バイオロイドに魚介を食べる習慣はないけれど、市を埋め尽くす海の幸の鮮やかな色彩は良い目の保養だった。なにしろ普段目にしているのが陰鬱な雨と不死や霊魂の船員たちばかりなんだから……。
 もともと買い物は好きだ。まして久々のおか、天気も晴れとなればわたしの機嫌はいま最高だった。知識のおまけ披露くらいなんでもない。
「その割に小さな漁村ばかりというのはどういうことだ」
 とゾルガ。素で出歩くと怖がられるため、わたしの発案で大きな帆布で頭から足元までを隠してある。
 ……まぁこれはこれで気味が悪いんだけど。
 船長は欲しかったものがまったく売っていなかったのが不満らしく、表情こそ窺えないが不機嫌そうな様子だ。
「なぜここら一帯が栄えないかってこと?それはもう海賊のせいでしょ、あなた達みたいな」
 湾の複雑な地形は海賊の基地にもうってつけなのだ。実際、内海には海賊の港が無数にあるという。
 ギーゼエンドの名はそのまま海賊の代名詞みたいなもので、海運ギルドの統計でも世界で最も海賊の被害が多いのはこの湾と近辺の海域となっている。
 被害は陸まで及ぶので、商船どころか商人も脅えてやってこない。
 だからここの住人はみな漁師兼個人商店なのだ。賊の襲来があればすぐに逃げられるように。
「そこは訂正が必要だ。我々は海賊とは違う」
 とゾルガ。まぁこれは事実だ。
 あの船に乗ってしばらく経つけれど、
 1.船の住人が死人だの幽霊だの、とんでもない変わり者ばかり
 2.ゾルガが日々打ち込んでいる得体のしれない“実験”
──船室に閉じこもっている間は何をしてるのか解らない
 3.幽霊船リグレイン号の存在自体が恐怖の対象
   ──わたしの知る限り、海に近い地域では、親の言うことを聞かないとあのお化けの船に
連れていかれるぞ、という子供向けのおとぎ話として広~く伝わっている
 以上を除けば他人に迷惑はかけていない。この点、わたしを派遣したギルドの判断は間違っていないように思う。……いや、でも最後の一つで十分すぎるほど迷惑かけてるか……。
「じゃあ海賊ではないうち・・の船は、この海でどうやって過ごすつもり?」
 海賊の敵は海賊。
 リグレイン号は空を飛ぶ船だから多少の利はあるけど、重装備の海賊船相手にゾルガの魔法がどのくらい役に立つのか。
 戦艦でもない限り、単独で安全な航海など不可能だ。
「戦艦なら、もう手に入れてある」
「はぁ?」
 また考えを読まれて、我ながら間抜けな声をあげてしまった。戦艦?いつ?どこに?
 すっぽり被った帆布の下で、ゾルガの声は妙に自信ありげだった。
「見せてやる。まずは“試射”だ」

 ハイドロリックラム・ドラゴン。
 その口から吐かれる水圧で、遠く離れた船体でも衝角ラムをぶち当てたように破壊することからその名がついたと言う。
 ティアードラゴン──旧メガラニカ、伝説の海軍として知られたアクアフォースで「剛きこと戦艦のごとし」と称えられた巨大強力無比な水竜だ。
 わたしはやや呆気にとられて船尾に出現した巨大な水竜を見つめていた。
 ドラゴンをこれほど近くで見たのは初めてだ。
 書物から想像したよりもさらに大きく、美しく、その破壊力とは裏腹に物腰には高い知性の気配が漂っていた。
「見たかあの破壊力。並みの海賊船ごとき何の障害にもならん」
 その日、“試射”を見せつけた後のゾルガの得意そうな様子といったらなかった。
 気の毒なのはモルト岬の集落の人たちだ。
 幽霊船に続いて竜まで現れ、それが凄まじい水流で目と鼻の先にある岬の突端の岩を跡形もなく吹き飛ばしたのだから、生きた心地もしなかっただろう。
 そしてこの事件はたっぷり尾ひれがついた噂として広まるだろう。
ギーゼエンド湾の海賊どもさえ警戒し脅えるほどに。
たぶんこれこそがゾルガの狙いなのだ。演習と示威と宣伝を同時に済ますなんて本当にズル賢い奴。
「契約を結んだ。我々は対海賊の切り札として竜の力を借りる」
 ゾルガは相当上機嫌だったらしく、またこちらから聞く前に答えを言われてしまった。
「それにしてもアクアフォースのティアードラゴンがそんな簡単に……?」とわたし。
「特例だそうだ。アクアフォースは西海域へのグランブルー海賊団の被害拡大を警戒しているようでな。
 それと今回、契約締結に際して、ひとつ条件が加えられている」
 あれ。なんだかイヤな予感がする。
「ハイドロリックラム・ドラゴンは。この西の海域で消息を絶った同朋ドラゴンの行方を探している」
 そこでこの幽霊船の船長が協力を申し出た、と。ゾルガは邪悪なヤツだけど超がつくほど探検好きだからね。ここまではわかる。いや待って。でも……。
「ティアードラゴンは滅多に他人と話すことはないが実は古代語で意思疎通ができる。そして今回の竜探しには通訳が欠かせない」
 ああ、そういうことか。
「おまえ、海の生物のほかに古代語も専門分野だったな。“知識提供”、契約の第一項目だ」
 わたしは頭を抱えた。
古代語の知識提供の一環として竜の通訳までさせるなんて拡大解釈もいいとこだってば。
 でもでも……旅の間アクアフォースの竜と毎日お喋りできるなんて、古代語のネイティブスピーカーと話せるなんて機会はたぶんもう2度と……悔しいけどアリと言えばアリなのか。うーむ……。
「このヘンドリーナがお相手する。あとは二人で」
 わたしが無言で考え込んでいるうちに、ゾルガはそれだけ言い残すと杖を振り振り船室に引き上げてしまった。
「……あのぉ……」
 おそるおそるわたしが言いかけた次の瞬間──
 ば・しゃーん!
 わたしがひっ被った、水竜にとってはごく控えめな海水の塊とともに古代語の挨拶が耳に伝わった。
『以後よしなに』
 だから植物に海水をかけないでって……。
 すぶ濡れ半泣きの顔をあげながら、わたしは竜とのコミュニケーションの第一歩を踏み出した。




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《今回の一口用語メモ》
アクアフォース
絶対正義を旨とする、ストイケイアの全海域の治安を守る伝説の海軍。
かつて、世界の秩序と治安を支えていた神聖騎士団が聖域のみで活動するようになった今、まぎれもなく世界の秩序の守護者となっている。
魔法が失われた無神紀には、不死者を中核とする海賊団グランブルーはなりを潜めていた。
天輪聖紀となり、宿敵グランブルーが再び猛威を振るい始め、同じくらい生き生きし始めたと表現すると怒られるだろうか。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡