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短編小説「ユニットストーリー」
015「天翔竜 プライドフル・ドラゴン」
ケテルサンクチュアリ
種族 コスモドラゴン
カード情報
 ケテルギアのいと高き楼門には誇り高き竜が鎮座するという。

 わたしは、初めてここを訪れた時のことを今でも忘れられない。
 あれは、そう私がまだ子供の頃、両親に連れられてケテルギア中央セントラルに来た時だ。ギア6の役人だった父は、そのことをいつも得意げに話してくれた。
「門の上に大きな竜が見えるだろう。あの天翔竜様が四方に睨みをきかせているから、私たちは安心して暮らせるのさ」
 まだ幼かったわたしはてっきり様々な色の岩石を集めて造られた彫像だと思っていたから、その竜が、流れゆく雲に合わせるように巨大なその首と顔、輝く目を動かすのを見て、思わず母の腰にしがみついてしまった。威圧感だけではない。その姿はわたしには美しすぎたのだ。
「怖くない怖くない。竜が力をふるうのはこのケテルギアの島々を脅かす者にだけよ」と母。
「そんなことも最近はめったに無いがね。いや、平穏こそ我らが望み。ありがたいことだ」
 父の仕事は統計局で人口動態のデータを管理することだった。
 いま思えばそんな数値の中にも、すでに地上と天上との格差や、やがて現実のものとなる内外の不穏な動きを感じていたのかもしれない。

「コルテーゼ、早いな」
 夜勤明けにも関わらず、颯爽とした足取りのオールデンとすれ違った。朝日にまぶしく輝く青銀色の鎧と背に負った大剣、いつでも手入れ怠りなく磨き抜かれた武具が彼の目印だ。
「あなたは遅くのあがりね、豪儀の天剣どの」
「いつも通りのはずだが」
 と言いつつオールデンは懐中時計を取り出す。この地上生まれの青年騎士に軽妙な言い回しや気の利いた会話は期待できない。わたしは苦笑して手を振った。
「いいのよ、オールデン。あなたがそういうなら時間通りなのでしょ」
 ふむ、と頷いて去りかけた彼は、ふと足を止めてこちらを顧みた。
「何を見ていたのだ、いま」
「……。我らが楼門の竜を」
 オールデンはわたしに並んで、天上騎士団クラウドナイツ本部の楼門を仰ぎ見た。
「天翔竜 プライドフル・ドラゴン。まさに確固不動。いつ見ても堂々たる居住まいだ」
「小さい頃はなんだか怖かったわ。実を言えば、今も少しね」
「うむ。人間が、竜を恐れるのはたぶん正しいのだろう。我らより強く、賢く、永く生き続ける。味方にすれば頼もしいが敵となれば勝ち目など無い。我らと彼らを結ぶものはただ一つ、“天空の法の下に”正しくあらんとする志だ。入団の誓いのとおり」
 オールデンは腕組みをして楼門を見上げている。
 堅物で知られるオールデン──地上の親友を逮捕し収監した事件ではあまりの真面目さを悪く言う者もいたくらいだ。その時わたしはオールデンの気持ちを察しない団員のほうに憤慨したものだけど──が話に乗ってくるのは珍しい。
「あなたはその背のもの、わたしはこれね」
 わたしは翼の意匠がつけられた杖を持ち上げて見せた。
「そうだ。剣と魔法だ。ケテルギアを護る力だ」とオールデン。
「わたしの父は役人だったの。あなたみたいに真面目でね。でも都を護るあの竜のことになるとまるで英雄を見あげてはしゃぐ子供みたいだった」
「その気持ちはわかるな」
「でしょうね。でもわたしにはそれがわからない。英雄として憧れるにはあまりにも異質で高見におられる存在だわ。ところが学校で進路を聞かれた時……」
 横目で見たオールデンがきちんと話を聞いてくれているのに、私は気を良くしていた。
「なぜか言っちゃったのよ。学んできた魔法の力を、他人ひとのために役立てたいって。これって父の影響かも」
「いいや。志とは自分自身の深いところに厚く溜まるものだ。それは君自身の気持ちだろう」
「志、か……」
 実に説得力がある。今朝のオールデンは良い話し相手だ。わたしは少し迷った後、思い切って言葉をかけた。
「わたし、あなたが騎士団に来た経緯、知ってるわ。わたしたちケテルギア生まれの何倍も厳しい競争と審査を乗り越えて、法を護る天上の騎士になる夢を叶えた」
「……夢か」
 オールデンの横顔は門の上の竜と同じほど不動だった。
「そうだ、天上の騎士はオレの夢だった」
 オールデンが自分の事をオレと呼ぶのは初めて聞いた。わたしは“だった”という所にこだわった。
「後悔してる?」
「まさか。これほどやりがいのある仕事もない。充実してるよ、毎日」
 やっぱり口調が崩れている。ただ、なんとなくこの話の相手はわたしのようでいて、わたしではない気がする。
「良かった。ご両親や地元の人も鼻が高いわよ、きっと」
 軽い相槌のつもりだった。だけど……。
 とたんにオールデンの表情が曇った。わたしにはその理由はわからなかったけど、今何かいけない事を言ってしまったことだけはわかった。
「……そうだといいがな」
「ま、まぁ、とにかくお疲れ様。次の勤務までゆっくり休んで」
「あぁ」
 いつものオールデン、いや、いつも以上の堅物にしてしまった。労うつもりが調子に乗ってこの有様。わたしのせいだと思うと、自分のうかつさにいたたまれない気分だった。
 その時──。

 突如、ケテルギア全市に緊急警報が響き渡った。
 “ギア4方向より未確認物体接近多数!警戒せよ!警戒せよ!”
「!」
 わたしとオールデンは杖と剣それぞれを構えて目を合わせた。
 緊張で辺りの空気が張り詰める。
 地上で暮らす人々は知らないが、天空の暮らしには意外とトラブルが多い。
 突風、群雷、荒雲(地上で言う濃霧)・氷晶嵐(一瞬で視界ゼロとなる猛吹雪)など。
 だけど、全市一斉の緊急警報は滅多なことでは発せられない。
「「本部に!!」」
 こんな時、天上の騎士クラウドナイトであるわたしたちの向かうべき場所はまさに目の前、楼門のすぐ先にあった。
 本部に向かって駆けだそうとした瞬間──。
『コルテーゼ、オールデン』
 明らかに人間のものではない、重々しい深みのある声が私たちの頭の中に届いた。低く身体を震わせるその“声”を最初は晩鐘かと思ったほどだ。
 わたしとオールデンはまた顔を見合わせ、二人同時にある結論に達して、恐る恐る頭上を仰ぎ見た。
『ふたたび飛翔の時、来たれり。志を示し、我の供をせよ。コルテーゼ、オールデン』
 見えない手で全身をがっちりと掴まれたかのような感覚があった。
 わたしはいま悟った。
 なんとこの楼門の竜は、ここケテルギアで交わされた会話に耳を澄ませ、この都市の歴史すべてを知り蓄えているのだ。
 真実を知れば、団員のほとんどが恐怖するに違いない。全員が常時、一点の曇りもない聖人君子であるわけではないのだから。
 そしてこの魂まで見透かされるような問い。
 嘘や生半可な覚悟での返答は絶対に許されない、法の守り手としてまさに究極の試練だった。
「《豪儀の天剣 オールデン》、お供いたす!」
 翼の意匠の大剣を、オールデンは高く掲げた。
 そこには古い友を裁きにかけたことの後悔も消え……いや、痛みが消えることはないだろう。消してはいけない。オールデンは痛みを抱えたまま、また一歩進む決意を成したのだ。
「《厚志の天杖 コルテーゼ》、お供いたします!」
 わたしも杖を掲げた。
 オールデンほどの重荷をわたしは持っていない。彼に比べれば、私の覚悟はまだ小さく幼く怖れを含んだ憧れに近い感情なのだろう。父母とこの竜を見上げたあの頃のように。
 今はただ、オールデンの決意に少しでも近づける自分でありたい。
 そして何より他の誰でもないわたしとオールデンが楼門の竜に召されたことを感謝しよう。
『意気や良し。ついて参れ』
 応、と叫ぶなりオールデンとわたしの武具が“雲”をまとい、飛翔した。
 都市に迫る脅威の正体は不明。数も不明。しかしこの竜が乗り出すからには大変な相手のはずだった。
 だけど空を飛び、戦いに臨むわたしの心はすでに躍動していた。
 天上の騎士クラウドナイトとして竜と共に都市を護る最前線に立つ。これ以上、名誉な勤めがあるだろうか。
『風は西から吹いておる。往くぞ、若きヒトの騎士たちよ』

 ケテルギアのいと高き楼門には誇り高き竜が鎮座するという。
 この日、わたしとオールデンは天翔竜 プライドフル・ドラゴンの供となった。



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《今回の一口用語メモ》
天上騎士団クラウドナイツ 本部と組織
 ケテルサンクチュアリのロイヤルパラディン第1騎士団が「天上騎士団クラウドナイツ」である。
 その任務は首都である天空の浮島群ケテルギアを守護し、街の治安を維持することであるが、国家間の重要な案件の場合、稀に国外に派遣されることもある。
本部はケテルギア中央セントラルにあり、ここに全ての情報が集約され天空通信網クラウドネットによって瞬時に、各団員に任務が与えられる。
 なお天上騎士団クラウドナイツ本部の楼門には、発足以来、巨大な竜が鎮座しているが、この竜が飛び立つのは都市に危急の事態が迫った時と言われる。またこの竜は見る者によって二重に姿がブレることがあるそうだが、本来戦場で使われる“力”の顕れ(分身・化身など)とも、透明なだけで実は外殻的な霊体が重なって存在している等、様々な噂があり、ケテルギアの都市伝説の一つとなっている。

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本文:金子良馬
世界観監修:中村聡